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虚無の使い魔と煉獄の虚神-7 - (2007/10/22 (月) 19:17:07) の1つ前との変更点
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―――ティファニアはアルビオン王弟の娘である。
それが少女にとって「良いこと」であった事は少ない。
もしも父親が「王様の家族」でなければ、ひょっとしたら今も何処か人の居ない山奥か何処かで、
家族三人つつましく穏やかに暮らせていたかもしれないのだから。
けれどそれは夢でしかないと判っている。
どんな事情が父と母の間にあったのかは知らない。
けれどきっと、父が父であったから、母が母であったから、二人は出会って恋に落ちたのだろうと思う。
自分が王家の血筋である事を否定するのは、自分がエルフの血を引いている事を否定するのと同じこと。
自分が自分である事を否定するような事は、ティファニアの思う「正しいこと」ではない。
ならばアルビオン王族である自分、エルフである自分を受け入れて、その上で自分は何をすべきなのか。
朝食の仕度を調えながら、ティファニアは深く悩み続けていた。
一方、サイトとギーシュは今日使う分の薪と水を用意するため、枯れ木や枯れ枝を集めに朝の森を歩いていた。
昨日はうっかり忘れていたが、ワルキューレを使えば水汲みも大きな倒木を運ぶのも簡単なのだ。
そんなワケで女性陣には木の実やキノコでも集めてもらうことにして、
男二人が余計に必要になった5人分を賄うべく地道な労働に精を出しているのである。
だが、そこでサイトとギーシュは恐ろしいモノと出会っていた。
全身がガクガクと震える。汗がふきだす。見開いた目を閉じる事も出来ない。
あんな恐ろしいモノ、今まで生きてきた十数年の間、見たことが無かった。
「ふははははははは! ふあっはあはははははははは!」
それは全裸で哄笑を上げながら飛ぶマッチョなオッサン一人。
「この森はアレか! 水汲みに出ると必ずタイヘンな物に出くわす仕組みにでもなっているのかよ?!」
半分ぐらい泣きが入ったサイトの叫びがマッチョの笑いと響きあう。
昨日のテファのアレはまさにタイヘンなものだったが、今日のコレはむしろヘンタイなモノだ。
「ささささサイト、どうするよ? どうしたら良いとおもうかね?」
「おおおおお落ち着けギーシュ。落ち着いて素数を数えるんだ!」
サイトの国では専門用語でテンドンと呼ばれる会話を繰り広げる二人の頭上で、
天駆けるストリートキングのご立派が強い風に晒されて揺れる。
デルフリンガーを握る手の甲ではルーンがギンギンに輝いていたが、そりゃあ心だって震えると言うものだ。嫌な意味で。
「ふははははははははは!! 空を飛ばずしてなんの人生でありましょうや!」
鍛え上げられた全裸の筋肉が、風を切ってピクピクと蠢く。
コルベール先生を上回る見事なハゲ頭が、爽やかな朝の陽光を反射してキラリと輝く。
立派なカイゼル髭は絶好調の気分を表すかのようにピンと張っていた。
総合すると空飛ぶ変態に他ならないナニかがこっちに近づいてくる。
「「おちつけるかあぁぁぁぁぁ!」」
あんまりと言えばあんまりな光景に、ついにサイトが壊れた。
「いっけえぇぇぇ! デルフリンガー・ミサイル!」
「うわっ、ヤメロ相棒、俺っちだってアンナもん斬りたくねぇよおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
尾を引くような悲鳴をあげて投げられるデルフリンガー。
見事なピッチングで吸い込まれるように裸人へと飛んだデルフだったが、命中する前に男の全身が魔炎を上げて墜落した。
「ヒドイぜあいぼおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「うわあ……キミの剣、アサッテの方向に飛んでったぞ」
幸い高度を落としていたおかげで、男はクルクルとトンボを切ってサイト達の目前に着地した。
「おおう、いきなり何をするのですか少年達よ!」
「喋った! 喋ったぞサイト!」
空飛ぶ裸人でも喋るのは当然だろうが、完全にテンパってるギーシュは自分でも何を言っているのかわからない。
「うるせぇ! こっから先は女の子や子供も住んでるんだよ! 変態は侵入禁止だ!」
サイトのキレぎみの発言も微妙にテンパっている。
見事な胸筋と腹筋を誇示するように、伸ばした両腕を後ろに回したボディビルダーのようなポーズで立つ天空の変態改め大地の変態。
もちろんフリチンで。
「なぁに、当然知っていますとも、少年。ですからこの辺りで着陸して、こうやって……」
そして取り出したフンドシのような布をエレガントに穿いて見せる裸人。
フンドシ(もどき)は元の世界のパンツは一着しか持っていないサイトも愛用している、この世界の平民用の一般的な下着である。
よく見ると買い出し用のような大き目の、中身の詰まったズタ袋を背中に担いでいたようだ。
「そしてこうして……」
更に袋から出したマントを羽織る。
こうなるともう裸人ではない。
そうなって落ち着いてよく見れば、存外理知的で穏やかそうな目をした男だった。
でも所詮元裸人だが。
「ふはは! これで問題は無くなったでしょう、少年達よ!」
「な、なんなんだよアンタは」
気圧されながら聞くサイト。
その問いに、男は紳士的な物腰で答える。
「私はこの先の村でご厄介になっている者でしてな。名を『大気泳者』スピッツ・モードと申します。
それで、アナタ方は何者ですかな、沈黙する地獄人の少年?」
「相似魔術師か!?」
自分を沈黙する地獄人と呼んだモードの言葉に身を硬くするサイト。
咄嗟にデルフを掴もうと思ったが、彼は飛んでいって森の中だった。
相手もサイトが感知している限り魔法は使えないはずだったが、体格差から考えて素手同士では勝てない気がする。
「相似大系? はて、私は錬金体系の魔術師ですが?
それにアナタ、見た所日本人のようですが、公館ではお見かけした事がありませんな?」
その言葉に、緊張していたサイトの全身から力が抜けた。
公館というのは、魔術師の犯罪者から日本を守る仕事をしている政府の機関なのだとグレンから聞いている。
だから、多分戦う必要は無いのだ。
「俺は平賀才人。公館とかの関係者じゃない、です。今は、ティファニアの所に泊まってる……泊まってます」
そう思えば裸人と言えども服を着たのだから年上の人だ。
微妙につっかえながら、サイトは自分の素性を明かす事にした。
そして、一番重要な質問をする。
「あの、アンタ何で全裸なんですか?」
「少年はなぜ全裸ではないのかね?」
逆に聞き返された。
サイトとギーシュは、コイツやっぱり変態だと確信するのだった。
結局、彼の扱う錬金体系の魔術は、物の境界面に魔力を見出す魔法体系であり、その最たるものが体表面であるため、
錬金世界は純粋な『自己』たる全裸をさらすのが恥ずかしいという感覚の無い文化なのだと言う事だった。
また、モード氏の飛行魔術が体表面に触れた大気を水のようにする事で飛んでいるため、全裸でないと使えないという単純な理由もある。
錬金世界の魔術師にとって、全裸になる事はこちらのメイジが杖を掲げる事と同じなのだ。
そのため彼の世界では男も女も裸を美しく保とうとし、それを見せる事に躊躇しないのだという。
羨ましいような恐いような話だった。
「ほうほう、召喚の呪文で偶然こちらに呼ばれたと? それは大変でしたな。
私などは殺されたかと思ったその瞬間、この世界に飛ばされたようでしてな。
ティファニア殿と世界移動の偶然には、一命を救われたと言うべきなのですよ」
『大気泳者(エアダイバー)』は基本的に気のいい善良な人物らしく、村へと帰る道すがら、色々な事を語って聞かせてくれた。
自分が「刻印魔導師」と呼ばれる、罪によって地獄、つまり魔法を消去する住民が住む地球へと堕とされた罪人である事。
罪人とは言っても、モード氏は裕福な商家の出身であったため、政争によって無実の罪で地獄に落とされた政治犯である事。
日本国の『公館』と呼ばれる組織で、地獄人の専任係官と呼ばれる公務員に使われる立場だった事。
刻印魔導師は専任係官の下で100人の犯罪者を討伐しなければ罪が許されない事。
モード氏はただ空を飛ぶ事が好きで、どんな世界でも空を飛べるのならそれなりに満足だった事。
地獄人の作る飛行機械にも大変興味を持っていて、地獄生活もそう悪いものでは無かったという事。
それ以上に、この「空の国」とも呼ばれるアルビオンで暮らすのは自分に合っているのだと感じている事などを話してくれた。
「公館、魔導師公館の専任係官は皆殺しの戦鬼、スローターデーモンと呼ばれます。
その中に、沈黙する悪鬼、サイレンスと呼ばれるヒトがいたのですよ。
私の担当係官は地獄出身の魔法使い『アモン』でしたから、あまり面識はありませんが、
公館に係わる者は誰でも知っています。
ソレは最強ではなく、『アモン』のように最多の魔導師を殺しているワケでも無い。
奇跡の力も持たず、その動きも『鬼火』のように人を超越しているわけでもない。
魔法消去とて、決して万能でもなければ無敵でもない力です。
けれど、公館で最も恐いスローターデーモンは誰がと聞かれれば誰もが口をそろえる。
それは『沈黙(サイレンス)』。確認されているただ一人の沈黙する悪鬼だと」
紳士的な口調に、隠し切れない地獄人への恐れと敵愾心を滲ませながら。
「だから少年に聞くのですよ悪鬼よ。アナタは、何者ですか?」
瞳にサイトへの恐怖を潜ませて。
「俺は……」
自分は沈黙する悪鬼になりたいのだろうか?
地獄で犯罪行為を行う魔法使い達に、他の誰よりも恐怖と絶望を植え付けるという存在。
サイレンスと呼ばれるような、あのグレンを倒したという誰かのように。
「俺は、平賀才人ですよ。ただのサイト」
守るために力が欲しい。殺すための力はいらない。
けれど、守るために殺す事が必要なら、自分はどうすれば良いのだろう。
サイレンスと呼ばれた男なら、どうしたのだろう。
無性にグレン・アザレイと会いたくなった。
会ってサイレンスという男と戦った時の事を聞きたくなった。
やはりあの男は太陽に似ているとサイトは思う。
その存在が、離れていてもジリジリと焼け付くように感じられるのだから。
サイト達が村へと向かって歩いている頃、村の方では問題が起こっていた。
マチルダはルイズやキュルケと共に果物や野草を摘みに出て居ないというタイミングで、ガラの悪い客人が現われたのである。
それは十数人の鎧姿に剣や槍を持った男達で、それぞれが剣呑な雰囲気を帯びていた。
「なんだぁこの村は。ガキばっかりじゃねぇか」
「おいガキども、この村に村長は居るか? 居るんなら呼んできやがれ」
子供というのは大抵怖いもの知らずだが、本当に危険な相手に対する嗅覚もまた飛び抜けている。
目の前の兵士崩れ、つまり人殺しを職業にする男達への恐怖に、ある少年は怯えて逃げ出し、ある少女は泣き出してしまう。
「おいガキ、うるせぇぞ。殴られたくなけりゃあ静かにしやがれ」
「やめてください!」
子供達の様子に気が付いたティファニアが駆けつけ、子供達を守るように男の前へと立ち塞がる。
とは言っても、ハタから見ればティファニアこそ守られる必要がある弱者にしか見えないのだが。
大きな帽子で尖った耳を隠した少女は、恐怖で細かく震えているのだから。
「おっ、随分なべっぴんじゃねーか」
「なんなんですか、あななたちは」
「貴族さまに雇われてた兵隊さ。『元』だけどな」
「元?」
「あの馬鹿貴族、なにをトチ狂ったかしらねぇがレコン・キスタと戦うとか言い出しやがった。
そんな勝ち目の無い戦争に連れて行かれておっ死ぬのはゴメンなんでな。
さっさと辞めて、経験を生かして傭兵か山賊にでもなろうと決めたって寸法だ」
ギャハハと下品に笑う男と仲間達。
傭兵も山賊もかわらねーよと、仲間の一人が笑いながら言う。
実際、錬度と装備を兼ね備えた、命知らずのつわもの共などというのは一握りの傑出した傭兵だけであり、
名前を売って目立つ装備に身を固めて様々な陣営に請われて渡り歩くような物語の中に登場するような存在は、
千人の傭兵の中に一人か二人居る程度でしかない。
そんな、平民の炉辺で語られる昔話の「メイジ殺し」の剣士達以外の傭兵とはどんなものかと言えば、
「武器を手にした食い詰め者の集団」という一言でカタがつく。
口減らしや借金のカタに売られた者、地方の寒村から拉致された者、真面目な仕事が身に付かず生活のために傭兵となった者。
剣の振り方や槍の握り方すらよく知らない者すら多い。
戦争の度に兵隊を編成して参加する義務を負った諸侯の中で、農民などを駆り出して生産性を低下させるより、
いくらかの金を払ってならず者を雇った方がマシだと考えた時に雇用されるのが、一般的な傭兵なのだ。
戦争という仕事が無くなれば、一転して盗賊山賊に早変わりする者などめずらしくもない。
「そんなワケで俺達は山賊様なのさ、お嬢ちゃん」
「帰ってください。この村にあなた達にあげられるような物は何もありません!」
「そうでもねぇさ。食料に酒――は、ガキばっかりの村じゃあ有りそうにねえか。
それにアンタぐらいのべっぴんなら、娼館に売ればけっこうな額になる」
「その前に味見をしてもイイんじゃねぇか隊長」
「そりゃあ良い。おい嬢ちゃん、オマエの家に案内しな。そうすりゃベッドの上で優しくシてやれるぜ」
下品な笑みで顔を歪めて隊長と呼ばれた男の手がティファニアに伸びる。
丁度その場に帰ってきたサイトは現場を目撃した途端、デルフリンガーを引っ掴んで飛び出そうとして――
小屋の影に隠れていたマチルダに止められた。
サイトに続こうとしていたギーシュやモード氏も、目線で隠れるように指示されてしぶしぶと従う。
見ればルイズやキュルケも小屋の影に隠れて様子をうかがっていた。
「ハァイ、ダーリン」
「こんな時に何やってるんだよ、お前ら」
「知らないわよ。私達もミス・ロングビルに言われてこうしてるだけなんだから」
「仕方ないだろう。あの子が暴力とか嫌いなんだから。
魔法であの馬鹿共をブチ殺すのは簡単だけど、子供たちの前で人殺しはマズいからね。
あたし達が出ていってややこしくなるより、黙ってテファに任せておけば良いのさ」
ティファニアを信頼しているマチルダの言葉に、しぶしぶながら従うサイト達。
彼等が息を呑んで見守っている前で、隊長の手が彼女の帽子を乱暴にとる。
「な、なんだこの女!?」
「えええええエルフだぁ!」
現われた長い耳に、彼女が昔話でしか聞いた事の無い存在なのだと気が付いて慌てる男達。
ハルケギニアでは人食い鬼よりも恐れられる悪鬼の如き種族が目の前に居るという状況に、完全に浮き足立っている。
ニード・イズ・アルジール……ベルカナ・マン・ラグー……
逃げるか、攻撃するか。
兵士崩れの一団がそれを決定するより前に、ティファニアの呪文は完成していた。
空気が陽炎のようにゆらめいて男達を包み込む。
「ふえ……?」
大気が正常に戻ったとき、男達は呆然と宙を向いて立ち尽くしていた。
「俺達、何をしてるんだっけ?」
「なんでこんな森の中に居るんだ?」
「あなた達は故郷に帰る途中で道に迷ったのよ」
完全に自失している男達に、帽子を拾って被りなおしたティファニアは落ち着いた様子で言う。
「ああそうか。俺は田舎に帰る途中だったんだ」
「他の人もそう。故郷が無い人は、隊長さんと一緒に行くところだったのよ」
「うん。そうだ。皆でカザスの村に行かなくちゃならないんだ」
呆然としたまま呟くと、男達は踵を返して歩み去る。
自分達が村へやってきた目的どころか、ついさっき見たティファニアの耳の事すら忘れている様子だった。
呆然と歩く一団は、おなじく呆然とするサイト達の横を通って森の中へと去っていった。
その背中を見送って、サイト達はホッと息をつくティファニアの方へと駆け寄る。
「すげえな。テファってメイジだったのか」
「あ、うん。でもこの呪文以外は、マチルダ姉さんに教えてもらった簡単な呪文しか使えないんだけど」
ティファニアの持っている小さな杖に気が付いて呟いたサイトの言葉に、ティファニアは恥ずかしそうだ。
「コモンのスペルしか使えないのさ。なぜだか系統魔法は一つも成功しなくてね」
基礎の魔法を教えたマチルダがうんうんと首を振りつつ言い、キュルケも別の意味で首を縦に振って言う。
「そう言えばお父様が王弟殿下だったんだし、メイジであって当然なのよねぇ」
「……しかし、あの魔法はどの系統の魔術なんた?」
ギーシュの疑問にはマチルダすらも答えない。
誰も知らないのだ。あんな風に記憶を奪うスペルも、彼女が唱えた不思議な響のルーンも。
ティファニア自身ですら知らないのだから当然だとも言えるだろう。
答えは、意外な所から聞かされる事になる。
「こりゃあおでれーた。エルフっ子、お前さん虚無の担い手かよ」
サイトの手に握られたままだったデルフの言葉に、メイジ達が眼を剥いた。
「ちょ、ボロ剣、今なんて――虚無って、どーゆーコトよ?」
「おいおい娘っ子よぉ。もうボロじゃねーだろうが」
「ボロとかボロじゃないとかはどうでも良いわよ。テファが虚無の担い手ってのは本当なのかい?」
「おうよ。間違いねぇ。あの呪文は正真正銘『虚無』の呪文さね」
「きょきょきょきょきょ……虚無だってえぇぇぇ!?」
ギーシュが目一杯のオーバーアクシヨンで驚きを表現してくれた。
絶句しているルイズやキュルケの驚きも似たり寄ったりだろう。
唯一冷静でいる事に成功したメイジであるマチルダは、キョトンとしているティファニアを守るようにその肩を抱いて言う。
「とりあえずボロ剣には後で知ってる事を洗いざらい話してもらうとして……
そっちのハゲは何者なんだい、ぼうや?」
「ぼうやって呼ぶなよ」
「ボロじゃねーって言ってるのによぅ」
「ハゲではありません。この頭は空力的に合理的なように剃っているのですよレディ」
返答は三者三様に不服そうだった。
ティファニアの家に戻った一行は、錬金大系魔導師のスピッツ・モード氏は森の中で倒れていた所を助けられた人で、
塩や糸や布などの森では手に入りにくい生活必需品を買出しに行っていたのだと紹介された。
それから朝食がまだたった事を思い出したティファニアが腕を奮ってくれて、質素だがにぎやかな朝食が始まった。
村に住む戦災孤児達はそれぞれ四人組ぐらいで各家に住んでいるが食事の時は全員が集まってくるので、
サイトがお昼の定食屋か幼稚園を思い起こすような大騒ぎとなる。
そんな騒ぎが一段落して各自で食器を洗って片付けた子供達が帰り、サイト達も手伝って鍋などを洗って机や部屋を掃除。
やっと一息付いたと思えば、もう昼前になっている。
トリステインやアルビオンでは平民は昼食をとらないのが普通なのだが、育ち盛りの子供達はすぐにお腹を減らす。
ティファニアとマチルダは慌てて芋と野菜をふかしたり小麦と牛乳を鍋で煮たりを始めた。
タダ飯食いは許されない村なので、他の皆も当然各々仕事が与えられる。
「いやしかし、お前のワルキューレってマジ便利だよな」
「ははは、そんな当然の事、褒めても何も出ないよ」
「って言いながら薔薇出すなよ鬱陶しいから!
ワルドの魔法から助けてもらったから、ありがとうって言おうと思ってたけどやっぱ止めだ!
って薔薇が増えてる! 増えてるっ! やめろってマジ邪魔になるから!」
ギーシュのゴーレムが薪を割ったり畑に水を撒いている間に、子供では手の回らない家の補修などを行うサイト達。
釘打ちの最中にあふれ出した薔薇の花びらのせいで、間違って指を打ったりもした。
また、キュルケとルイズも年少の子供達の世話に借り出されて――
「おねーちゃんすごーい!」
「あら可愛い。ぼうや、あと12年ぐらい経ったらおねーさんの家で下男として雇ってあげるからいらっしゃいな」
火の魔法を見せて子供達をビックリさせるキュルケは、キラキラした目を向けてくる3歳程度の少年に流し目を向けたり。
「アンタ、その頃幾つのつもりなのよ――って、痛い! やめ……髪を引っ張んのやめなさーい!」
「おねーちゃんの髪ってふわふわだぁ」
「ピンク色だし、砂糖のお菓子みたいー」
「いやあー! 口に入れちゃダメー!」
ルイズは世話と言うよりオモチャにされていたり。
そんなこんなで村での仕事が終わり時間の空きができたのは、夕食の片付けが済んでからだった。
「ああ……もうダメ……一歩も動きたくない……」
「だらしないわねヴァリエール。とは言え、子供の相手がこんなに大変だとは知らなかったわ」
「ううむ……平民の生活というのは、父上に訓練を受けた時よりも厳しいものだなぁ」
「掃除機、洗濯機、ガスコンロ、自転車、水道、水撒きホース。どれも凄い発明だったって骨身に染みたぁ」
「なんだいなんだい。若いのが揃いも揃って情けないねぇ。
まぁ、私とテファが二人で修道院にやっかいになり始めた時も、そんなだったけどさ。
なにせ自分で水汲みもした事が無かったからねぇ」
ぐんにゃりと机につっぷした少年少女を見下ろして、昔を懐かしむように、遠い目をしてマチルダが語る。
「ロンディニウム近くの修道院ですよね。姉さんと二人だけになって逃げ込んだあそこで、
お坊さん達が私の耳を見ても受け入れてくれなかったら、きっと今頃……」
ハーブを煮出した疲れに効くというお茶を用意してくれたティファニアも、かつてを思い出しているようだった。
「あの頃は一日仕事を済ませる度に、もうダメだって毎日思ったけどね。
そんな平民の生活を味わってみるのも、悪い事じゃないさ、お坊ちゃんお嬢ちゃん達」
「そうですな。私も生まれは商家の末っ子でしたから、子供の世話なども初めての体験で。
自分にできない事や知らない事などいくらでも有ると知る事は成長に繋がるはずですとも。
特に皆さんのようなお若い時分には尚更に」
今晩のスープの具材になった兎の皮をなめしながらモード氏も言う。
道具も何も使わない、ただサイトの視線が向けられていない事だけ注意しながらの作業。
その手が軽く表面を撫でるだけで、熟練の職人の仕事のように見事になめされた毛皮になってゆく、錬金大系の技だった。
触れるだけで土を水のように変えて、棒でかき混ぜるだけで広い範囲の畑を耕したり、
同様に地面を液化させる事で大木を押してずらし、開墾を行ったり、
あるいは冷水を瞬時に沸騰させたりと、物質の状態変化を操る錬金大系はとても便利な魔術であり、
錬金魔術師であるモード氏は普通の手段では考えられない仕事量をこなしていた。
材料さえあれば常温であらゆる合金を作って形を整えられるし、錆びや傷みも簡単に修復できる。
農具や家具の破損も木を直接接着する事で修理できるし、土壌の管理などもお手の物だ。
子供達に管理できないほどに増やしても仕方が無いため抑えてはいるが、
彼が来てから畑の面積は二倍近くに増えているのだと言う。
それだけの事を、サイトが日本語を習う程度の学習で誰でもが可能となる世界。
魔術という名の恩寵を神より授かった魔法世界がサイト達の世界よりも圧倒的に豊かだと言う。
二万年前という人類の黎明期に、寒さに震えて肉食獣の食い残しを漁る人類を目にした放浪の魔法使い達が、
その貧しき世界を『地獄』と呼んだ事もあるいは必然だったのかもしれない。
けれど、その恵まれた世界の恵まれた家に生まれた男は、まぶしい頭を輝かせて言葉を続ける。
「こう……ワクワクはしませんかな? 未知の事、未知の物、未知の空があるというのは。
生まれ故郷の空は、それはもう何処までも高く爽快なものでしたが、
電気で輝く夜景に照らされた地獄の夜空も、格別に美しい空でしたとも。
そしてこのような、巨大な大陸が浮かぶハルケギニアの奇想天外な空もまた、素晴らしい。
未だ知らぬ世界、未だ知らぬ物事が、この空の先に広がっていると思う度、私は心がはやるのです。
この先へ、先の先へ、何処までも飛んで行きたいと全身の血がざわめくのですよ」
なめし終えた毛皮を傍らに置き、さめてしまったハーブ茶を錬金魔術で軽く温めなおして、モード氏はそれを一口啜った。
舌の上で転がした後、香りを楽しむように鼻から息をつけば、カイゼル髭がユラユラと揺れる。
このお茶もティファニアや子供達が摘んできた葉を錬金魔術で乾燥熟成させたものだ。
「うむうむ、今回のリーフは美味に仕上がっていますな。
このハーブ茶作りというのも、こちらに来てから始めた事なのですがね。
これが中々難しいものなのですよ」
自分の仕事とティファニアの手際に満足したように目をつむったまま笑む。
この異世界での暮らしを心底楽しんでいる様子に、この人のような人間をカントリー・ジョンブルって言うんだっけ、とサイトは感じていた。
「わたし……」
モード氏の態度にふと穏やかな気分になり、誰からとも無く沈黙した少しだけの時間。
その中で口を開いたのは、妖精のように美しいハーフエルフの少女。
「わたし、お城へ行こうと思うんです」
そう、はっきりとした意思を感じさせる声音でサイトに向けて言った。
「え……その、いいのかい、テファ?」
突然の言葉に驚くサイトに、ティファニアははっきりと肯く。
マチルダはそんな二人を静かに見守るだけだ。
「昨日サイトさんは言いましたよね?
お城の人達の事、ホントはよく知らないけど良い人達だったって。だから助けたいんだって。
わたしもね……わたしも、お城の人達がどんな人なのか、ホントは知らないって気が付いたんです。
知らずに恐がって、嫌って。
それじゃあ本当の事なんて判らないままになっちゃう。
それじゃあ私の耳を見て私の事を恐がる人達と同じになっちゃう。
それじゃあ……ダメなんだって、思ったんです。
知らない事を知らないってわかったら、知ろうとするべきなんですよね、モードさん?
正直に言うと怖いです。
恐いけど、お城の人達に会ってみて、どんな人達なのか自分で判断して、
それでまたどうするのか、自分で決めたい。決めなくちゃいけないって、そう思うんです」
そこまで一息で言い切って、ティファニアはサイトを、マチルダを、貴族の少年少女とモード氏を見渡した。
「わがままだなって、自分でもわかってます。
でもお願い。私が正しい事を見極める、手助けをしていただけますか?」
真剣な表情を芸術品のように整った顔に浮かべてティファニアは問うた。
半分がエルフで、こんな森の奥に暮らしていても、貴族の心は確かにこの少女の中にあるとルイズは思った。
だから、彼女の頼みに否を言う貴族など居ないと確信する。
なんて美しいんだと、電撃を受けたようにギーシュは震えた。
美しいものを手助けするのは僕の義務だと、誓いを新たにしている。
キュルケは面白そうにニンマリと笑い、マチルダは妹分の成長に目を細めた。
モード氏は命の恩人の頼みを断る訳が無かった。
そしてサイトは、ティファニアの目を正面から見つめ返して答える。
「そうだな、ティファニアはきっとわがままなんだと思う」
反論される覚悟はしていたティファニアだったが、実際に言葉にされるとそれが胸に突き刺さって、
親の小言を恐がる子供のように身を硬くしてしまった。
「だけどそれは、素敵なわがままだと俺は思うぜ」
「えっ!?」
ぱっと開かれたテファの双眸に飛び込んでくるのは、イタズラ小僧のような、けれどとても優しいサイトの笑み。
「協力する―――いや、協力してくれる事に感謝するよ、テファ」
言葉とともに伸ばされたサイトの手を、ティファニアは目に涙を浮かべて握り締めていた。
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―――ティファニアはアルビオン王弟の娘である。
それが少女にとって「良いこと」であった事は少ない。
もしも父親が「王様の家族」でなければ、ひょっとしたら今も何処か人の居ない山奥か何処かで、
家族三人つつましく穏やかに暮らせていたかもしれないのだから。
けれどそれは夢でしかないと判っている。
どんな事情が父と母の間にあったのかは知らない。
けれどきっと、父が父であったから、母が母であったから、二人は出会って恋に落ちたのだろうと思う。
自分が王家の血筋である事を否定するのは、自分がエルフの血を引いている事を否定するのと同じこと。
自分が自分である事を否定するような事は、ティファニアの思う「正しいこと」ではない。
ならばアルビオン王族である自分、エルフである自分を受け入れて、その上で自分は何をすべきなのか。
朝食の仕度を調えながら、ティファニアは深く悩み続けていた。
一方、サイトとギーシュは今日使う分の薪と水を用意するため、枯れ木や枯れ枝を集めに朝の森を歩いていた。
昨日はうっかり忘れていたが、ワルキューレを使えば水汲みも大きな倒木を運ぶのも簡単なのだ。
そんなワケで女性陣には木の実やキノコでも集めてもらうことにして、
男二人が余計に必要になった5人分を賄うべく地道な労働に精を出しているのである。
だが、そこでサイトとギーシュは恐ろしいモノと出会っていた。
全身がガクガクと震える。汗がふきだす。見開いた目を閉じる事も出来ない。
あんな恐ろしいモノ、今まで生きてきた十数年の間、見たことが無かった。
「ふははははははは! ふあっはあはははははははは!」
それは全裸で哄笑を上げながら飛ぶマッチョなオッサン一人。
「この森はアレか! 水汲みに出ると必ずタイヘンな物に出くわす仕組みにでもなっているのかよ?!」
半分ぐらい泣きが入ったサイトの叫びがマッチョの笑いと響きあう。
昨日のテファのアレはまさにタイヘンなものだったが、今日のコレはむしろヘンタイなモノだ。
「ささささサイト、どうするよ? どうしたら良いとおもうかね?」
「おおおおお落ち着けギーシュ。落ち着いて素数を数えるんだ!」
サイトの国では専門用語でテンドンと呼ばれる会話を繰り広げる二人の頭上で、
天駆けるストリートキングのご立派が強い風に晒されて揺れる。
デルフリンガーを握る手の甲ではルーンがギンギンに輝いていたが、そりゃあ心だって震えると言うものだ。嫌な意味で。
「ふははははははははは!! 空を飛ばずしてなんの人生でありましょうや!」
鍛え上げられた全裸の筋肉が、風を切ってピクピクと蠢く。
コルベール先生を上回る見事なハゲ頭が、爽やかな朝の陽光を反射してキラリと輝く。
立派なカイゼル髭は絶好調の気分を表すかのようにピンと張っていた。
総合すると空飛ぶ変態に他ならないナニかがこっちに近づいてくる。
「「おちつけるかあぁぁぁぁぁ!」」
あんまりと言えばあんまりな光景に、ついにサイトが壊れた。
「いっけえぇぇぇ! デルフリンガー・ミサイル!」
「うわっ、ヤメロ相棒、俺っちだってアンナもん斬りたくねぇよおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
尾を引くような悲鳴をあげて投げられるデルフリンガー。
見事なピッチングで吸い込まれるように裸人へと飛んだデルフだったが、命中する前に男の全身が魔炎を上げて墜落した。
「ヒドイぜあいぼおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「うわあ……キミの剣、アサッテの方向に飛んでったぞ」
幸い高度を落としていたおかげで、男はクルクルとトンボを切ってサイト達の目前に着地した。
「おおう、いきなり何をするのですか少年達よ!」
「喋った! 喋ったぞサイト!」
空飛ぶ裸人でも喋るのは当然だろうが、完全にテンパってるギーシュは自分でも何を言っているのかわからない。
「うるせぇ! こっから先は女の子や子供も住んでるんだよ! 変態は侵入禁止だ!」
サイトのキレぎみの発言も微妙にテンパっている。
見事な胸筋と腹筋を誇示するように、伸ばした両腕を後ろに回したボディビルダーのようなポーズで立つ天空の変態改め大地の変態。
もちろんフリチンで。
「なぁに、当然知っていますとも、少年。ですからこの辺りで着陸して、こうやって……」
そして取り出したフンドシのような布をエレガントに穿いて見せる裸人。
フンドシ(もどき)は元の世界のパンツは一着しか持っていないサイトも愛用している、この世界の平民用の一般的な下着である。
よく見ると買い出し用のような大き目の、中身の詰まったズタ袋を背中に担いでいたようだ。
「そしてこうして……」
更に袋から出したマントを羽織る。
こうなるともう裸人ではない。
そうなって落ち着いてよく見れば、存外理知的で穏やかそうな目をした男だった。
でも所詮元裸人だが。
「ふはは! これで問題は無くなったでしょう、少年達よ!」
「な、なんなんだよアンタは」
気圧されながら聞くサイト。
その問いに、男は紳士的な物腰で答える。
「私はこの先の村でご厄介になっている者でしてな。名を『大気泳者』スピッツ・モードと申します。
それで、アナタ方は何者ですかな、沈黙する地獄人の少年?」
「相似魔術師か!?」
自分を沈黙する地獄人と呼んだモードの言葉に身を硬くするサイト。
咄嗟にデルフを掴もうと思ったが、彼は飛んでいって森の中だった。
相手もサイトが感知している限り魔法は使えないはずだったが、体格差から考えて素手同士では勝てない気がする。
「相似大系? はて、私は錬金体系の魔術師ですが?
それにアナタ、見た所日本人のようですが、公館ではお見かけした事がありませんな?」
その言葉に、緊張していたサイトの全身から力が抜けた。
公館というのは、魔術師の犯罪者から日本を守る仕事をしている政府の機関なのだとグレンから聞いている。
だから、多分戦う必要は無いのだ。
「俺は平賀才人。公館とかの関係者じゃない、です。今は、ティファニアの所に泊まってる……泊まってます」
そう思えば裸人と言えども服を着たのだから年上の人だ。
微妙につっかえながら、サイトは自分の素性を明かす事にした。
そして、一番重要な質問をする。
「あの、アンタ何で全裸なんですか?」
「少年はなぜ全裸ではないのかね?」
逆に聞き返された。
サイトとギーシュは、コイツやっぱり変態だと確信するのだった。
結局、彼の扱う錬金体系の魔術は、物の境界面に魔力を見出す魔法体系であり、その最たるものが体表面であるため、
錬金世界は純粋な『自己』たる全裸をさらすのが恥ずかしいという感覚の無い文化なのだと言う事だった。
また、モード氏の飛行魔術が体表面に触れた大気を水のようにする事で飛んでいるため、全裸でないと使えないという単純な理由もある。
錬金世界の魔術師にとって、全裸になる事はこちらのメイジが杖を掲げる事と同じなのだ。
そのため彼の世界では男も女も裸を美しく保とうとし、それを見せる事に躊躇しないのだという。
羨ましいような恐いような話だった。
「ほうほう、召喚の呪文で偶然こちらに呼ばれたと? それは大変でしたな。
私などは殺されたかと思ったその瞬間、この世界に飛ばされたようでしてな。
ティファニア殿と世界移動の偶然には、一命を救われたと言うべきなのですよ」
『大気泳者(エアダイバー)』は基本的に気のいい善良な人物らしく、村へと帰る道すがら、色々な事を語って聞かせてくれた。
自分が「刻印魔導師」と呼ばれる、罪によって地獄、つまり魔法を消去する住民が住む地球へと堕とされた罪人である事。
罪人とは言っても、モード氏は裕福な商家の出身であったため、政争によって無実の罪で地獄に落とされた政治犯である事。
日本国の『公館』と呼ばれる組織で、地獄人の専任係官と呼ばれる公務員に使われる立場だった事。
刻印魔導師は専任係官の下で100人の犯罪者を討伐しなければ罪が許されない事。
モード氏はただ空を飛ぶ事が好きで、どんな世界でも空を飛べるのならそれなりに満足だった事。
地獄人の作る飛行機械にも大変興味を持っていて、地獄生活もそう悪いものでは無かったという事。
それ以上に、この「空の国」とも呼ばれるアルビオンで暮らすのは自分に合っているのだと感じている事などを話してくれた。
「公館、魔導師公館の専任係官は皆殺しの戦鬼、スローターデーモンと呼ばれます。
その中に、沈黙する悪鬼、サイレンスと呼ばれるヒトがいたのですよ。
私の担当係官は地獄出身の魔法使い『アモン』でしたから、あまり面識はありませんが、
公館に係わる者は誰でも知っています。
ソレは最強ではなく、『アモン』のように最多の魔導師を殺しているワケでも無い。
奇跡の力も持たず、その動きも『鬼火』のように人を超越しているわけでもない。
魔法消去とて、決して万能でもなければ無敵でもない力です。
けれど、公館で最も恐いスローターデーモンは誰がと聞かれれば誰もが口をそろえる。
それは『沈黙(サイレンス)』。確認されているただ一人の沈黙する悪鬼だと」
紳士的な口調に、隠し切れない地獄人への恐れと敵愾心を滲ませながら。
「だから少年に聞くのですよ悪鬼よ。アナタは、何者ですか?」
瞳にサイトへの恐怖を潜ませて。
「俺は……」
自分は沈黙する悪鬼になりたいのだろうか?
地獄で犯罪行為を行う魔法使い達に、他の誰よりも恐怖と絶望を植え付けるという存在。
サイレンスと呼ばれるような、あのグレンを倒したという誰かのように。
「俺は、平賀才人ですよ。ただのサイト」
守るために力が欲しい。殺すための力はいらない。
けれど、守るために殺す事が必要なら、自分はどうすれば良いのだろう。
サイレンスと呼ばれた男なら、どうしたのだろう。
無性にグレン・アザレイと会いたくなった。
会ってサイレンスという男と戦った時の事を聞きたくなった。
やはりあの男は太陽に似ているとサイトは思う。
その存在が、離れていてもジリジリと焼け付くように感じられるのだから。
サイト達が村へと向かって歩いている頃、村の方では問題が起こっていた。
マチルダはルイズやキュルケと共に果物や野草を摘みに出て居ないというタイミングで、ガラの悪い客人が現われたのである。
それは十数人の鎧姿に剣や槍を持った男達で、それぞれが剣呑な雰囲気を帯びていた。
「なんだぁこの村は。ガキばっかりじゃねぇか」
「おいガキども、この村に村長は居るか? 居るんなら呼んできやがれ」
子供というのは大抵怖いもの知らずだが、本当に危険な相手に対する嗅覚もまた飛び抜けている。
目の前の兵士崩れ、つまり人殺しを職業にする男達への恐怖に、ある少年は怯えて逃げ出し、ある少女は泣き出してしまう。
「おいガキ、うるせぇぞ。殴られたくなけりゃあ静かにしやがれ」
「やめてください!」
子供達の様子に気が付いたティファニアが駆けつけ、子供達を守るように男の前へと立ち塞がる。
とは言っても、ハタから見ればティファニアこそ守られる必要がある弱者にしか見えないのだが。
大きな帽子で尖った耳を隠した少女は、恐怖で細かく震えているのだから。
「おっ、随分なべっぴんじゃねーか」
「なんなんですか、あななたちは」
「貴族さまに雇われてた兵隊さ。『元』だけどな」
「元?」
「あの馬鹿貴族、なにをトチ狂ったかしらねぇがレコン・キスタと戦うとか言い出しやがった。
そんな勝ち目の無い戦争に連れて行かれておっ死ぬのはゴメンなんでな。
さっさと辞めて、経験を生かして傭兵か山賊にでもなろうと決めたって寸法だ」
ギャハハと下品に笑う男と仲間達。
傭兵も山賊もかわらねーよと、仲間の一人が笑いながら言う。
実際、錬度と装備を兼ね備えた、命知らずのつわもの共などというのは一握りの傑出した傭兵だけであり、
名前を売って目立つ装備に身を固めて様々な陣営に請われて渡り歩くような物語の中に登場するような存在は、
千人の傭兵の中に一人か二人居る程度でしかない。
そんな、平民の炉辺で語られる昔話の「メイジ殺し」の剣士達以外の傭兵とはどんなものかと言えば、
「武器を手にした食い詰め者の集団」という一言でカタがつく。
口減らしや借金のカタに売られた者、地方の寒村から拉致された者、真面目な仕事が身に付かず生活のために傭兵となった者。
剣の振り方や槍の握り方すらよく知らない者すら多い。
戦争の度に兵隊を編成して参加する義務を負った諸侯の中で、農民などを駆り出して生産性を低下させるより、
いくらかの金を払ってならず者を雇った方がマシだと考えた時に雇用されるのが、一般的な傭兵なのだ。
戦争という仕事が無くなれば、一転して盗賊山賊に早変わりする者などめずらしくもない。
「そんなワケで俺達は山賊様なのさ、お嬢ちゃん」
「帰ってください。この村にあなた達にあげられるような物は何もありません!」
「そうでもねぇさ。食料に酒――は、ガキばっかりの村じゃあ有りそうにねえか。
それにアンタぐらいのべっぴんなら、娼館に売ればけっこうな額になる」
「その前に味見をしてもイイんじゃねぇか隊長」
「そりゃあ良い。おい嬢ちゃん、オマエの家に案内しな。そうすりゃベッドの上で優しくシてやれるぜ」
下品な笑みで顔を歪めて隊長と呼ばれた男の手がティファニアに伸びる。
丁度その場に帰ってきたサイトは現場を目撃した途端、デルフリンガーを引っ掴んで飛び出そうとして――
小屋の影に隠れていたマチルダに止められた。
サイトに続こうとしていたギーシュやモード氏も、目線で隠れるように指示されてしぶしぶと従う。
見ればルイズやキュルケも小屋の影に隠れて様子をうかがっていた。
「ハァイ、ダーリン」
「こんな時に何やってるんだよ、お前ら」
「知らないわよ。私達もミス・ロングビルに言われてこうしてるだけなんだから」
「仕方ないだろう。あの子が暴力とか嫌いなんだから。
魔法であの馬鹿共をブチ殺すのは簡単だけど、子供たちの前で人殺しはマズいからね。
あたし達が出ていってややこしくなるより、黙ってテファに任せておけば良いのさ」
ティファニアを信頼しているマチルダの言葉に、しぶしぶながら従うサイト達。
彼等が息を呑んで見守っている前で、隊長の手が彼女の帽子を乱暴にとる。
「な、なんだこの女!?」
「えええええエルフだぁ!」
現われた長い耳に、彼女が昔話でしか聞いた事の無い存在なのだと気が付いて慌てる男達。
ハルケギニアでは人食い鬼よりも恐れられる悪鬼の如き種族が目の前に居るという状況に、完全に浮き足立っている。
ニード・イズ・アルジール……ベルカナ・マン・ラグー……
逃げるか、攻撃するか。
兵士崩れの一団がそれを決定するより前に、ティファニアの呪文は完成していた。
空気が陽炎のようにゆらめいて男達を包み込む。
「ふえ……?」
大気が正常に戻ったとき、男達は呆然と宙を向いて立ち尽くしていた。
「俺達、何をしてるんだっけ?」
「なんでこんな森の中に居るんだ?」
「あなた達は故郷に帰る途中で道に迷ったのよ」
完全に自失している男達に、帽子を拾って被りなおしたティファニアは落ち着いた様子で言う。
「ああそうか。俺は田舎に帰る途中だったんだ」
「他の人もそう。故郷が無い人は、隊長さんと一緒に行くところだったのよ」
「うん。そうだ。皆でカザスの村に行かなくちゃならないんだ」
呆然としたまま呟くと、男達は踵を返して歩み去る。
自分達が村へやってきた目的どころか、ついさっき見たティファニアの耳の事すら忘れている様子だった。
呆然と歩く一団は、おなじく呆然とするサイト達の横を通って森の中へと去っていった。
その背中を見送って、サイト達はホッと息をつくティファニアの方へと駆け寄る。
「すげえな。テファってメイジだったのか」
「あ、うん。でもこの呪文以外は、マチルダ姉さんに教えてもらった簡単な呪文しか使えないんだけど」
ティファニアの持っている小さな杖に気が付いて呟いたサイトの言葉に、ティファニアは恥ずかしそうだ。
「コモンのスペルしか使えないのさ。なぜだか系統魔法は一つも成功しなくてね」
基礎の魔法を教えたマチルダがうんうんと首を振りつつ言い、キュルケも別の意味で首を縦に振って言う。
「そう言えばお父様が王弟殿下だったんだし、メイジであって当然なのよねぇ」
「……しかし、あの魔法はどの系統の魔術なんた?」
ギーシュの疑問にはマチルダすらも答えない。
誰も知らないのだ。あんな風に記憶を奪うスペルも、彼女が唱えた不思議な響のルーンも。
ティファニア自身ですら知らないのだから当然だとも言えるだろう。
答えは、意外な所から聞かされる事になる。
「こりゃあおでれーた。エルフっ子、お前さん虚無の担い手かよ」
サイトの手に握られたままだったデルフの言葉に、メイジ達が眼を剥いた。
「ちょ、ボロ剣、今なんて――虚無って、どーゆーコトよ?」
「おいおい娘っ子よぉ。もうボロじゃねーだろうが」
「ボロとかボロじゃないとかはどうでも良いわよ。テファが虚無の担い手ってのは本当なのかい?」
「おうよ。間違いねぇ。あの呪文は正真正銘『虚無』の呪文さね」
「きょきょきょきょきょ……虚無だってえぇぇぇ!?」
ギーシュが目一杯のオーバーアクシヨンで驚きを表現してくれた。
絶句しているルイズやキュルケの驚きも似たり寄ったりだろう。
唯一冷静でいる事に成功したメイジであるマチルダは、キョトンとしているティファニアを守るようにその肩を抱いて言う。
「とりあえずボロ剣には後で知ってる事を洗いざらい話してもらうとして……
そっちのハゲは何者なんだい、ぼうや?」
「ぼうやって呼ぶなよ」
「ボロじゃねーって言ってるのによぅ」
「ハゲではありません。この頭は空力的に合理的なように剃っているのですよレディ」
返答は三者三様に不服そうだった。
ティファニアの家に戻った一行は、錬金大系魔導師のスピッツ・モード氏は森の中で倒れていた所を助けられた人で、
塩や糸や布などの森では手に入りにくい生活必需品を買出しに行っていたのだと紹介された。
それから朝食がまだたった事を思い出したティファニアが腕を奮ってくれて、質素だがにぎやかな朝食が始まった。
村に住む戦災孤児達はそれぞれ四人組ぐらいで各家に住んでいるが食事の時は全員が集まってくるので、
サイトがお昼の定食屋か幼稚園を思い起こすような大騒ぎとなる。
そんな騒ぎが一段落して各自で食器を洗って片付けた子供達が帰り、サイト達も手伝って鍋などを洗って机や部屋を掃除。
やっと一息付いたと思えば、もう昼前になっている。
トリステインやアルビオンでは平民は昼食をとらないのが普通なのだが、育ち盛りの子供達はすぐにお腹を減らす。
ティファニアとマチルダは慌てて芋と野菜をふかしたり小麦と牛乳を鍋で煮たりを始めた。
タダ飯食いは許されない村なので、他の皆も当然各々仕事が与えられる。
「いやしかし、お前のワルキューレってマジ便利だよな」
「ははは、そんな当然の事、褒めても何も出ないよ」
「って言いながら薔薇出すなよ鬱陶しいから!
ワルドの魔法から助けてもらったから、ありがとうって言おうと思ってたけどやっぱ止めだ!
って薔薇が増えてる! 増えてるっ! やめろってマジ邪魔になるから!」
ギーシュのゴーレムが薪を割ったり畑に水を撒いている間に、子供では手の回らない家の補修などを行うサイト達。
釘打ちの最中にあふれ出した薔薇の花びらのせいで、間違って指を打ったりもした。
また、キュルケとルイズも年少の子供達の世話に借り出されて――
「おねーちゃんすごーい!」
「あら可愛い。ぼうや、あと12年ぐらい経ったらおねーさんの家で下男として雇ってあげるからいらっしゃいな」
火の魔法を見せて子供達をビックリさせるキュルケは、キラキラした目を向けてくる3歳程度の少年に流し目を向けたり。
「アンタ、その頃幾つのつもりなのよ――って、痛い! やめ……髪を引っ張んのやめなさーい!」
「おねーちゃんの髪ってふわふわだぁ」
「ピンク色だし、砂糖のお菓子みたいー」
「いやあー! 口に入れちゃダメー!」
ルイズは世話と言うよりオモチャにされていたり。
そんなこんなで村での仕事が終わり時間の空きができたのは、夕食の片付けが済んでからだった。
「ああ……もうダメ……一歩も動きたくない……」
「だらしないわねヴァリエール。とは言え、子供の相手がこんなに大変だとは知らなかったわ」
「ううむ……平民の生活というのは、父上に訓練を受けた時よりも厳しいものだなぁ」
「掃除機、洗濯機、ガスコンロ、自転車、水道、水撒きホース。どれも凄い発明だったって骨身に染みたぁ」
「なんだいなんだい。若いのが揃いも揃って情けないねぇ。
まぁ、私とテファが二人で修道院にやっかいになり始めた時も、そんなだったけどさ。
なにせ自分で水汲みもした事が無かったからねぇ」
ぐんにゃりと机につっぷした少年少女を見下ろして、昔を懐かしむように、遠い目をしてマチルダが語る。
「ロンディニウム近くの修道院ですよね。姉さんと二人だけになって逃げ込んだあそこで、
お坊さん達が私の耳を見ても受け入れてくれなかったら、きっと今頃……」
ハーブを煮出した疲れに効くというお茶を用意してくれたティファニアも、かつてを思い出しているようだった。
「あの頃は一日仕事を済ませる度に、もうダメだって毎日思ったけどね。
そんな平民の生活を味わってみるのも、悪い事じゃないさ、お坊ちゃんお嬢ちゃん達」
「そうですな。私も生まれは商家の末っ子でしたから、子供の世話なども初めての体験で。
自分にできない事や知らない事などいくらでも有ると知る事は成長に繋がるはずですとも。
特に皆さんのようなお若い時分には尚更に」
今晩のスープの具材になった兎の皮をなめしながらモード氏も言う。
道具も何も使わない、ただサイトの視線が向けられていない事だけ注意しながらの作業。
その手が軽く表面を撫でるだけで、熟練の職人の仕事のように見事になめされた毛皮になってゆく、錬金大系の技だった。
触れるだけで土を水のように変えて、棒でかき混ぜるだけで広い範囲の畑を耕したり、
同様に地面を液化させる事で大木を押してずらし、開墾を行ったり、
あるいは冷水を瞬時に沸騰させたりと、物質の状態変化を操る錬金大系はとても便利な魔術であり、
錬金魔術師であるモード氏は普通の手段では考えられない仕事量をこなしていた。
材料さえあれば常温であらゆる合金を作って形を整えられるし、錆びや傷みも簡単に修復できる。
農具や家具の破損も木を直接接着する事で修理できるし、土壌の管理などもお手の物だ。
子供達に管理できないほどに増やしても仕方が無いため抑えてはいるが、
彼が来てから畑の面積は二倍近くに増えているのだと言う。
それだけの事を、サイトが日本語を習う程度の学習で誰でもが可能となる世界。
魔術という名の恩寵を神より授かった魔法世界がサイト達の世界よりも圧倒的に豊かだと言う。
二万年前という人類の黎明期に、寒さに震えて肉食獣の食い残しを漁る人類を目にした放浪の魔法使い達が、
その貧しき世界を『地獄』と呼んだ事もあるいは必然だったのかもしれない。
けれど、その恵まれた世界の恵まれた家に生まれた男は、まぶしい頭を輝かせて言葉を続ける。
「こう……ワクワクはしませんかな? 未知の事、未知の物、未知の空があるというのは。
生まれ故郷の空は、それはもう何処までも高く爽快なものでしたが、
電気で輝く夜景に照らされた地獄の夜空も、格別に美しい空でしたとも。
そしてこのような、巨大な大陸が浮かぶハルケギニアの奇想天外な空もまた、素晴らしい。
未だ知らぬ世界、未だ知らぬ物事が、この空の先に広がっていると思う度、私は心がはやるのです。
この先へ、先の先へ、何処までも飛んで行きたいと全身の血がざわめくのですよ」
なめし終えた毛皮を傍らに置き、さめてしまったハーブ茶を錬金魔術で軽く温めなおして、モード氏はそれを一口啜った。
舌の上で転がした後、香りを楽しむように鼻から息をつけば、カイゼル髭がユラユラと揺れる。
このお茶もティファニアや子供達が摘んできた葉を錬金魔術で乾燥熟成させたものだ。
「うむうむ、今回のリーフは美味に仕上がっていますな。
このハーブ茶作りというのも、こちらに来てから始めた事なのですがね。
これが中々難しいものなのですよ」
自分の仕事とティファニアの手際に満足したように目をつむったまま笑む。
この異世界での暮らしを心底楽しんでいる様子に、この人のような人間をカントリー・ジョンブルって言うんだっけ、とサイトは感じていた。
「わたし……」
モード氏の態度にふと穏やかな気分になり、誰からとも無く沈黙した少しだけの時間。
その中で口を開いたのは、妖精のように美しいハーフエルフの少女。
「わたし、お城へ行こうと思うんです」
そう、はっきりとした意思を感じさせる声音でサイトに向けて言った。
「え……その、いいのかい、テファ?」
突然の言葉に驚くサイトに、ティファニアははっきりと肯く。
マチルダはそんな二人を静かに見守るだけだ。
「昨日サイトさんは言いましたよね?
お城の人達の事、ホントはよく知らないけど良い人達だったって。だから助けたいんだって。
わたしもね……わたしも、お城の人達がどんな人なのか、ホントは知らないって気が付いたんです。
知らずに恐がって、嫌って。
それじゃあ本当の事なんて判らないままになっちゃう。
それじゃあ私の耳を見て私の事を恐がる人達と同じになっちゃう。
それじゃあ……ダメなんだって、思ったんです。
知らない事を知らないってわかったら、知ろうとするべきなんですよね、モードさん?
正直に言うと怖いです。
恐いけど、お城の人達に会ってみて、どんな人達なのか自分で判断して、
それでまたどうするのか、自分で決めたい。決めなくちゃいけないって、そう思うんです」
そこまで一息で言い切って、ティファニアはサイトを、マチルダを、貴族の少年少女とモード氏を見渡した。
「わがままだなって、自分でもわかってます。
でもお願い。私が正しい事を見極める、手助けをしていただけますか?」
真剣な表情を芸術品のように整った顔に浮かべてティファニアは問うた。
半分がエルフで、こんな森の奥に暮らしていても、貴族の心は確かにこの少女の中にあるとルイズは思った。
だから、彼女の頼みに否を言う貴族など居ないと確信する。
なんて美しいんだと、電撃を受けたようにギーシュは震えた。
美しいものを手助けするのは僕の義務だと、誓いを新たにしている。
キュルケは面白そうにニンマリと笑い、マチルダは妹分の成長に目を細めた。
モード氏は命の恩人の頼みを断る訳が無かった。
そしてサイトは、ティファニアの目を正面から見つめ返して答える。
「そうだな、ティファニアはきっとわがままなんだと思う」
反論される覚悟はしていたティファニアだったが、実際に言葉にされるとそれが胸に突き刺さって、
親の小言を恐がる子供のように身を硬くしてしまった。
「だけどそれは、素敵なわがままだと俺は思うぜ」
「えっ!?」
ぱっと開かれたテファの双眸に飛び込んでくるのは、イタズラ小僧のような、けれどとても優しいサイトの笑み。
「協力する―――いや、協力してくれる事に感謝するよ、テファ」
言葉とともに伸ばされたサイトの手を、ティファニアは目に涙を浮かべて握り締めていた。
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