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S-O2 星の使い魔-16 - (2007/11/05 (月) 02:22:48) の1つ前との変更点
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でかい。
改めて見上げると、とてつもなく、でかい。
木々がまるで藪のようで、無造作に掻き分ける度に凄まじい音を立てて薙ぎ倒されてゆく。
今さらながら、とんでもない相手に喧嘩を売ったものだと我ながら感心する。
ぐっ、とデルフを握る手に力を篭める。
大きく息を吸い、酸素を全身に行き渡らせる。
「僕が奴の攻撃を引きつける。援護は任せた」
「え、ちょ、ちょっと!」
ルイズが言葉を返す暇があればこそ、弾かれたようにクロードは飛び出す。
その迅さ、まさに疾風の如し。
一瞬で間合いを詰め、ゴーレムに肉薄する。
仲間を守るために先頭に立って切り込みつつ、冷静に戦場を見渡してコントロールする。
両方をこなさなければいけないのがフォワードの辛いところだ。
自分が倒れることは、そのまま作戦の破綻、ひいては一行の壊滅を意味する。
小便は済ませた。祈りは要らん。部屋の隅でガタガタ震えている暇など無い。
恐怖を捻じ伏せ、クロードは駆ける。
「しっかし、何だろうな。このデタラメなデカさは」
「それに生身で白兵戦を挑もうってのも、相当デタラメだよ」
「違いねえ」
軽口を叩き合うクロードとデルフ。
そうでもしなければ押し潰されそうなほど、このゴーレムは巨大であった。
唸りをあげる豪腕をギリギリで避け、懐へ潜り込む。
巻き上がる風が全身に纏わりついた汗を、思わずぞっとするほどに冷やした。
体型がずんぐりしているとは言え、クロードの頭が踝にすら届いていない。
轟音と共に襲い掛かる巨大な拳は、人の2、3人はすっぽり入ってお釣りがくるだろう。
股下から見上げる腰の高さときたら、並の家屋の天井と比べるのが馬鹿らしくなるほどだ。
それはまるで、子どもの頃にテレビで見ていた怪獣がそのまま現実に飛び出してきたかのよう。
その攻撃をまともに受けた日には、防御も何もあったものではない。一発でお星様になってお陀仏だ。
巨大であるというその一点が、そのまま恐るべき武器となっている見本と言えよう。
無論、クロードも黙ってやられるようなタマではない。
一閃。二合。身を翻してもう一撃。
光の刃が土の破片を斬り飛ばす。
巨大であるところの欠点である小回りが効きにくい点を突き、
彫刻刀のようにデルフでその体を削り取ってゆく。
「まるで樵だな、相棒」
「木は自分で動かないけどな」
口調の軽さと裏腹に、デルフを構えた両手がじわりと熱くなる。
何しろ、相手は規格外に巨大なゴーレムだ。剣で削り取れる量などたかが知れている。
だが、贅沢は言っていられない。何とかして戦況を動かさなければ。
「くそっ、燃えろッ!」
「うおっ、まぶしっ!」
フェイズガンが光を放つ。
振り上げた右腕、脇の下を最大出力で狙い撃ち、轟音と共に右腕が崩れ落ちる。
これで戦況が好転すればと思ったが、残念ながらそう簡単には問屋が卸してくれない。
残った左腕で落下した右腕を拾い上げて肩口に当てると、プラモデルのように肩と腕が再び接続される。
巨大なだけでは飽き足らず、再生能力まであるらしい。何処までデタラメだ、くそったれ。
おそらく、この威力で撃てるのはあと1、2回あるかどうか。
いざと言う時のことを考えると、これ以上無茶な使い方は出来ない。
「充電器なんて、あるわけないか……!」
「俺にそーゆー機能がありゃ良かったんだがなぁ」
フェイズガンが駄目となると、基本的にデルフでクロードが攻撃できるのは足元だけだ。
戦闘力を削ぐ効果は薄いし、下手に体を削りすぎれば体が崩落し、巻き込まれる恐れがある。
だからと言って牽制ばかりで被害が大したことないと知れば、攻撃の矛先をバックスに向けてくるだろう。
それではそれこそ自分がここにいる意味が無い。
どうしろってんだよ、糞。
「……聞こえる?」
突如として耳元に飛び込んで来た落ち着いた声に、思わず振り返るクロード。
後ろには杖を構えた3人、先頭に立つのはタバサ。
よく見ると口が動いているようだが、そんなことを気にしている場合ではないと慌ててゴーレムに向き直る。
「風で声を送っている。今は事情を説明する時間が無い。
合図と同時に、あなたを『飛ばす』」
「……そうか、その手があったか!」
その一言だけで十分だった。
タバサの作戦を余さず理解し、クロードの顔に笑みが浮かんだ。
「……こんなもんでOK?」
『レビテーション』を受けてゴーレムの肩に降り立ったクロードの姿を確認し、
キュルケが片目を瞑ってみせる。
「十分。あとは彼の指示と状況次第。
彼がゴーレムに取り付いた状態を維持し続けることを優先して」
「了解! んもう、厳しいんだから」
当のタバサは次のゴーレムの一挙手一投足を見逃すまいと神経を集中させる。
クロードは着地するやいなや、ゴーレムの肩口に刃を突き立てている。
このまま腕を切り落とされては面倒と、ゴーレムも蝿を追うように手を振り回すが、
決して広くない足場ながらも、巧みにひらりひらりと立ち回って的を絞らせない。
岩の手は空を切るばかりで、クロードを捕らえることは叶わない。
クロードのあの動きからして、キュルケのフォローも加えればそう簡単に捕まることはないだろう。
とすると、そのうち狙いを変えてくるはずだ。時間の余裕は無い。
「……だーかーら、離しなさいよ!
アイツがあんなとこに居るのに、何で私が後ろに引っ込んでなきゃいけないのよ!」
「フォワードは彼が務めている。
あえて貴方がゴーレムに近づく必要は無い」
空気読め、馬鹿。
ルイズのマントを掴みつつ、喉元まで昇ってきた言葉を噛み殺す。
「ガタガタ言ってる暇があるなら援護しなさいよ!
今ならあんたの魔法でも役に立つでしょうが!」
タバサに代わって怒鳴りつけるキュルケ。
「うるさい、私に指図するなっ!」
「状況を考えなさいよ、死にたいの!?
あんたが動かなきゃ全滅するしかないのよ!」
「使い魔をけしかけておいて、自分は後ろに隠れてろって言うの?
『ゼロ』だと思って馬鹿にするんじゃないわよ!」
「少しは作戦ってものを考えなさいよ!
あんたはあんたの出来ることをやれって言ってんの!」
ルイズもキュルケも、焦っていた。
互いに自分の考えるように状況が動かないことに。
焦りは冷静さを奪い、余計な口論を呼び起こす。
そう、いつもと同じように。
そしてそれは、戦場において決定的な隙となる。
「避けろおおおおおおおおおおッ!!」
「……!」
クロードの絶叫を耳にして、ルイズとキュルケが振り返るのとほぼ同時。
─────バァンッ!
「きゃっ!?」
「ちょ、タバサッ!?」
タバサのエア・ハンマーが二人を数メイルほど先の木陰へと突き飛ばした。
その反動を利用して、タバサも別の木陰へと身を潜める。
「何すん──────!?」
ルイズの不平は、一瞬遅れて襲い掛かった猛烈な土と岩の津波に遮られる。
ゴーレムがその巨大な腕を叩きつけ、大地を抉ったのだ。
「……!」
咄嗟にキュルケがルイズを抱え込み、自分もマントで頭をガードする。
背中の壁となる大木に、何か巨大なものがぶち当たるガツン、ゴツンという鈍い音が響く。
ふと視線を横に向ければ、轟音と共に流れてくる中には人の体ほどの岩に、根こそぎ吹き飛ばされた木まで混ざっている。
タバサに吹き飛ばされていなければ、問答無用で土葬にされていたところだ。
幸いにも背の大木は壁の役目を果たしおおせ、崩れることなくそこに立ち続けていた。
安堵の溜息をつくキュルケ。
「ふぅ……これじゃ幾つ命があっても足りないわよ」
「あ、あ……」
そしてルイズも事ここに至り、自分が置かれている状況を唐突に理解した。
理解してしまった。
小さな己を押し潰す圧倒的な力。
抗い得ぬ絶対的な、そして確かな『死』の存在。
数刻前に名乗りを上げた己の蛮勇が何と無邪気で、何と愚かであったことか。
「……ルイズ? ちょっと、ルイズったら!」
背中を冷たいものが走り抜け、全身の力が抜けていく。
目の前が暗い。何も聞こえない。体が動かない。言葉が出ない。
心臓だけがのた打ち回り、肺から空気が搾り出される。
脳から発せられた電気信号は筋肉へ伝わることなく、パニックを起こして全身が震えだす。
刻み込まれた恐怖が、全てを支配して──────
「──────ルイズッ!!」
パァンッ!!
乾いた音が森に響き、唐突に世界が色彩を取り戻す。
キュルケがルイズの頬を張り飛ばしたのだ。
「キ、キュルケ……?」
「いい加減にしなさいよ、この馬鹿!
彼の気持ちを踏み躙るつもりなの!?」
「え……?」
ルイズは何が起こったのか理解できず、呆然としている。
キュルケはそんなルイズの肩を掴み、縒り合わせるように視線を結ぶ。
「彼は全部解ってたのよ! ミス・ロングビルが土くれのフーケだって事も!
あんたが土くれのフーケをとっ捕まえて、これまで散々『ゼロ』って馬鹿にしてきた奴らを見返したいんだってことも!
本当なら、わざわざこんな無茶なことしないで、学院に帰ることだって出来たのに!」
「え、え……? 何で、どうして!? 全然ワケわかんないわよ!」
雷に打たれたように愕然とするルイズ。
それを意に介さず、いっそうの力を篭めて、幾千万の思いを託してキュルケは言葉を続ける。
「本当に解らないの……? それをやったら、あんたの誇りを踏み躙ることになるからでしょう!
それが出来なかったから、彼はここにいるんじゃない。来なくてもよかったはずの戦場に!
全てを知った上で、あんたのために、あんたの誇りのために、ただそれだけのために彼は戦ってるのよ!
私たちなんかよりもずっと危ない場所で、死ぬほど怖い目にあっても、それに耐えて戦ってるんじゃないの!!」
「……!」
「彼は、あんたならあのゴーレムを倒せるって信じてる。
だから……だから、一番危険な場所で、あいつを足止めしてるんじゃない!
使い魔の信頼に応えられなくて、使い魔一人守れなくて、何がメイジよ! 何が貴族よ!
そんな奴、もしも魔法が使るようになったって、他の誰が認めたって、私は絶対に認めない!!」
「くっ……!」
「今ここで何をすべきか、何をしなければいけないのか……さあ答えなさい、今すぐ答えなさい!
あんたが貴族なら、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだと言うのならッ!!」
「───うるさい、うるさい、うるさいッ!!」
ルイズは吼えた。
己の魂に賭けて。
「……」
「……」
再び交錯する視線。
心底嫌そうにフンと鼻を鳴らし、ルイズは再び大地を踏みしめる。
「まさかツェルプストーに説教されるなんてね、ヴァリエール末代までの恥だわ」
「だったらここでそれを全部丸ごと、『ゼロ』ごと濯いで見せなさいよ」
是非も無い。
右手に決意を、左手に覚悟を。
そして胸に誇りを携え、湧き上がる恐怖を捻じ伏せて少女は立つ。
彼女の使い魔である少年がそうしたように。
そこに先ほどの焦燥は無い。
彼女は知っているから。
私は独りじゃない。
自分を支え、共に進む友がいてくれる───
「ご主人様相手に隠し事をしていた罰を考えておかないとね、クロード……!」
不敵な笑みとともに、不器用な感謝を込めてルイズは呟き、杖を構えた。
「右下、5時の方向だ、キュルケ!」
「OKよ、ダーリン!」
「……!」
「フレイム・ボール、エア・ハンマー……
ええい、もう何だって良いわ! 吹っ飛びなさい!」
合図に合わせてキュルケが魔法を紡ぎ、クロードの体が縦横無尽に宙を舞う。
飛んでくる岩や破片をタバサが捌けば、ルイズの杖が振り下ろされて爆発が起こる。
撹乱。援護。防衛。攻撃。
4人の能力、特性を考えれば、これ以上無い完璧な連携と言ってよかった。
だが、これでも、足りない。
クロードは一度後ろを振り返り、状況を確認する。
後衛の三人のうち、一人だけ突出してルイズの消耗が激しい。
その息遣いは遠めにも解るほど荒く、足元はふらついている。
肩を貸そうとしたキュルケを振りほどこうとする辺り、心はまだ折れていないようだが。
「まずいぜ相棒……あの娘っ子は、ぼちぼち限界だ」
「解ってるよ、くそっ!」
噛み締めた唇に血が滲む。
考えてみれば無理もないことだった。
殆どたった一人、あの小さな体で巨大なゴーレムの体を削り取り続けてきたのだから。
レビテーションでサポートに徹しているキュルケと、迎撃という作戦上ピンポイントでしか魔法を使えないタバサ。
彼女たちの魔法を攻撃に回せない作戦の皺寄せが、全てルイズに寄ってしまった格好だ。
加えて、ここは彼女がこれまで経験したことの無いであろう命のかかった戦場。
命の奪い合いは常人の神経を容易く侵食し、精神を著しく消耗させる。
それが何よりの証拠には、レビテーション以外の魔法を殆ど使っていないはずのキュルケでさえ息が上がっている。
ゴーレムの体と同じように、ルイズの心身もまた、削り取られていたのだ。
隙を見てタバサが治療を施しているが、おそらくは気休めにしかならないだろう。
それすらも、ゴーレムの投げつけた土の塊によって中断される。
タバサのエア・ハンマーで辛うじて受け流すが、ルイズは足が動いていない。このままでは狙い撃ちだ。
そもそも、このままやり過ごし続けたところで、彼女が倒れた時点で作戦は破綻する。
(ここまで来たって言うのに……!)
ゴーレムのダメージは間違いなく蓄積されている。
全身は一回りほど小さくなっているうえ、攻撃に必要ない部位の再生は切り捨てたのか、
胴回りなどは目に見えてボロボロになっていた。
おそらく、質量で言えば半分か1/3近くまで減少しているだろう。
ぬっと伸びる掌を避けつつ、巨大な横っ面を苛立ちにまかせて蹴り飛ばす。
もう少しだけ、何か一つ決め手があれば──────
(いや、待てよ。何か忘れてないか?)
クロードの眼がカッと見開かれ、脳のシナプスが高速で回路を組み上げてゆく。
デルフは?
いや、確かに強力なのは間違いないが剣以上の機能は無い。
少なくともゴーレムを丸ごと吹き飛ばすようなタイプの兵器ではなく、
そういった機能が無いことも、本人の証言とこの戦闘から実証済みだ。
フェイズガンは?
駄目だ。騙し騙しやりくりしてきたが、既にエネルギーはほぼ枯渇している。
せいぜい拳大の石を数個破壊するのが関の山だろう。
いや、待て。『破壊』?
(──────うわああああああ! 何で忘れてたんだよ、大馬鹿野郎!!)
脳がスパークする。
眼の奥で火花が散る。
頭上で電球が点灯する。
切り札の存在をずっかり忘れていた己の愚かさに、
思わず全身を掻き毟りたい衝動に駆られる。
「ルイズゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!」
絶叫と共に懐から取り出した『破壊の宝玉』。
タバサから何となく預かってそのままだった、学院に納められていた宝物。
使い方までは解らないが、それが何であるかは理解している。
自分の想像が間違っていないのなら、彼女ならば。
肩口から器用に胸元へと移動し、削り取られた胸元の窪みに押し込み、
もう一度、喉も裂けよと声を張り上げる。
「『破壊の宝玉』を狙うんだあああああああああっ!!!!」
「聞こえた、ルイズ!?」
「聞こえてるから、耳元で怒鳴るんじゃないわよ」
抑揚の無い声でルイズは答える。
その顔は血の気が引いて青白く、額には冷や汗が浮かんでいる。
気が緩むとゴーレムの輪郭がぼやけ、こうして話しているだけでも膝が崩れ落ちそうだ。
グッと歯を食いしばり、気合を入れ直す。
脳裏に浮かぶのは、ギーシュとの決闘でボロボロになっても立ち上がり続けたクロードの背中。
身体の限界を精神で超え、最後に勝利を掴んだ、その姿。
「使い魔に出来たことが主に出来なきゃ、サマになんないのよ……!」
今にも倒れこみそうな自分を鼓舞するように、不敵な笑みを浮かべて呟くルイズ。
そうだ。あの時、彼の受けた傷はこんな生易しいものじゃなかった。
頭がぐらつく? 殴られたわけでもないのに。
体が重い? 骨が砕けたわけでもあるまいし。
甘ったれた寝言と弱音は夢の世界に捨ててこい。
今の私に必要なのは、勇気と根性。それだけで十分だ。
今のルイズを支えているのは、クロードへの意地と貴族としての矜持。
彼女の生来の気性と気位が、限界を超えた体を立ち上がらせ、魂を奮い立たせる。
その瞳に映るのはクロードが託した希望、『破壊の宝玉』唯一つのみ。
音の無い世界でただ一人、彼女は杖を携えて呪文を詠唱する。
それはまるで、唄うように。
その手に力を、その胸に誇りを。
世界よ、偉大なる始祖よ。我に加護と祝福を。
今こそ私は、私になる。
そして最後に、裂帛の気合と共に杖は振り下ろされる。
「─────私は、『ゼロ』なんかじゃ、ないッ……!!」
─────────閃光!
「……ダニー、グレッグ。生きてるかぁ?」
「……誰がダニーとグレッグだ」
「……ともあれ、死んじゃいないようだね」
放り出されたデルフの呼びかけに、木に背を預けたフーケと大の字に伸びたクロードが答える。
ここからほんの数メイルほど離れた場所、先ほどまでの戦場には、直径数十メイルほどのクレーター。
『破壊の宝玉』の力を受けたルイズの魔法の破壊力は、彼らの想像を遥かに超える代物だった。
最初から使っていれば、おそらくそれだけで戦闘が終っていただろう。
そして、その爆心地の間近に居たクロードと、
これまたそう遠くない場所でゴーレムを使役していたフーケが無事で済むはずも無く、
爆風に吹き飛ばされ、このような無様な姿を晒しているというのが彼らの現状だ。
なお、残り3人とはふっ飛ばされた方角が違う。
ここにたどり着くまで数分はかかるだろう。
「しかし、私もヤキが回ったかね。引き際を見誤るなんてさ」
溜息混じりに吐き捨てるフーケ。
その右足首は、ありえない方向に曲がっている。
吹き飛ばされた時に嫌な捻り方をしたらしく、まともに動かせない。
加えて、長時間ゴーレムを使役・再生し続けてきたことで精神が限界に来ている。
逆さに振っても鼻血も出やしない。いわんや逃げおおせるだけの体力など、あるはずもない。
「貴女が最初から脱出を目的に戦っていたのなら、こうはならなかったと思いますよ」
もっとも、そう言うクロードも状況は大して変わらない。
彼女とほぼ同じ時間、延々とガンダールヴの機動力でもってゴーレムを撹乱し続けてきた上に、
ルイズの魔法の余波に最前線で晒され続け、極め付けに『破壊の宝玉』との合わせ技。
全身打撲に擦り傷だらけ、体力はスッカラカン。
まるで簀巻きにでもされているようで、指先一つまともに動かせそうにない。
どうやら自分も、あまりルイズのことを心配できるような状況ではなかったようだ。
「にしても、おでれーた。『破壊の宝玉』との合わせ技とは言え、あんな火力出るかよ?」
「全くだ。とんでもないマジックアイテムだよ」
「マジックアイテムなんかじゃありませんよ、あれ。ただの爆弾です」
「うわー、身も蓋もねえー」
「はあ? 馬鹿言っちゃいけないよ。あんなデタラメな威力の爆弾なんて、あるわけないだろう」
「だからこそ、この世界ではマジックアイテムと認識されていたんじゃないですか?
起爆装置がどうなってるか解らなかったんで、使えないと思い込んでましたけど」
「爆発上等の娘っ子の魔法なら関係なし、ってわけか」
「しかし、勝手にお宝を使っちまったんだ。帰ったら大目玉じゃないのかい?」
「ですよねえ。……ホントにどうしましょう?」
「いや、私に聞かれても」
「違ぇねえ」
「……それにしても、私らも何やってんだかね」
「……多分、今この世界で一番マヌケな二人でしょうね」
苦笑しあう二人。
先ほどまで命のやりとりをしていた二人が、精も根も尽き果てて談笑している。
むしろ、精も根も尽き果てているからこそ、だろうか。
何にしても、これほど珍妙極まりない光景などそうは無いだろう。
始祖ブリミルも意地悪なことだ。幾らなんでも格好が悪すぎるじゃないか、お互いに。
それにしても、何だろう。何時もの空しさは何処へやら。
この胸を満たす充実感は、全てを失ったあの日以来─────いや、あの頃にさえ無かったかもしれない。
全身全霊を賭けて己の全てを絞りつくし、後には清々しいまでに何も残らない。
何も残らぬことの、何と心地よいことよ。
そして、心地よさを自覚した直後にやって来る罪悪感。
(ごめんね、テファ。私ゃ駄目な姉さんだよ。
最後の最後で、あんたのことを忘れてあの娘のことで頭が一杯になっちまった)
脳裏に浮かぶ妹の姿。
ただ一人残された家族と呼べる存在。
自分の全てを賭けて守るべきものだったはずなのに。
彼女は、私のことを怒るだろうか。
いや、きっと怒るとしても『こんな危ないことはしないで』とか、そういったことだろう。
何しろ、私の妹には勿体無いくらいに優しい娘だから。
「あんたの言った通りだったね。
確かに、あの娘は只者じゃなかった」
自分の中の感情をごまかすようにフーケは呟く。
「……」
「……?」
返事は無い。
果たして、よく見るとクロードは眠っていた。
全てをやり遂げた、満足げな表情で。
デルフも相棒の眠りを妨げるまいと口を噤んでいる。
それを見てフーケはフッと小さく笑い、肩をすくめて物言う剣へと声を掛ける。
「デルフって言ったね。私も疲れたから少し寝る。着いたら起こしとくれ」
「これから死ぬ人間みたいな言い方すんじゃねえよ」
「間違っちゃいないさ。どうせ、行き先は牢獄と絞首台だ」
それだけ言い終えると、デルフが問い直す間も無く、フーケの意識は闇に溶けていった。
その寝顔が、目の前の少年と同じくらい穏やかであったことを、
そして、ほんの少しの寂しさが混じっていたことを、きっと彼女は知らない。
ルイズを背負ったキュルケと、
油断無く杖を構えたタバサがやってきたのは、その直後のことだった。
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