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狼と虚無のメイジ-01 - (2007/12/03 (月) 01:33:28) の1つ前との変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
その村では見事に実った麦穂が風邪に揺られることを狼が走るという。
風に揺られる様子が、麦畑の中を狼が走っているように見えるからだ。
風が強すぎて麦穂が揺れることを狼に踏まれるとい、不作の時は狼に食われたという。
上手い表現だが、迷惑なものもあるのが玉に瑕だな、と荷馬車の上で「彼女」は思った。
今では少し気取った言いまわしなだけで、昔のように親しみと畏れこめて言うものは少ない。
揺れる麦穂を見下ろす秋空はもう見慣れたものになったと言うのに、その下の様子は実に様変わりしていた。
初めて来た時の村人などとっくにいない。人間は長生きしてもせいぜい70年。100年生きる者も稀だ。
いや、人からすれば何百年も変わらない方がおかしいのだろう。
だからもう、昔の約束を律儀に守ることもないだろうと「彼女」は思った。
村人は、迫る困難をその都度自力で乗り越えていく力を持ち、半ば伝説となった自分は必要とされていないとも思った。
北へと向かう雲の先、北の故郷を思い出し、彼女は「ほう……」と溜息を一つ。
視線をゆらゆらと揺れる麦畑に戻せば、鼻先に自慢の尻尾。
「彼女」はすることもないので毛づくろいに取り掛かかる。
「……あふ」
程よく毛並をそろえたあたりで欠伸が出た。
荷馬車の主は行商人なのだろうか。何枚ものテンの毛皮を積み込んでいた。
丁度良いとばかりにそれにくるまり、「彼女」は寝息を立てて眠りついた。
ゆるりと流れる時間。
ふと、麦穂のざわめきに呼ばれた様な気がして「彼女」はまどろみの中薄く目を開けた。
尻尾の上に、輝く何かが浮いている
鏡のようにきらきらした表面は傷一つなく、村一番の背丈の男でも潜れそうな大きさだ。
細長い楕円形をしていて、装飾などは何も無い。純粋に鏡面だけだ。
何百年も生きてきた「彼女」ではあるが、こんな物は初めて見る。
鏡面を少しだけ触れると、僅かな波紋が広がる。
そして、誰かが呼ぶ声。
「……何かのう?」
寝ぼけ眼のまま、今度は手をもう少し入れてみる。何かに捕まれる感触。そして痺れる様な感触。
夢だとでも思ったのか、「彼女」はその異常な状態で再び眠りに落ち、輝きの中に溶けていった。
傍らにあった幾枚かのテンの毛皮と、一山の小麦がそれに続く。
ひょうと風が走り、まだ刈り取られていない麦穂が揺れる。
後には、ほんの少しだけ荷の軽くなった荷馬車が佇んでいるだけだった。
トリステイン魔法学院の第一演習場。
神聖なるサモン・サーヴァントの儀式もつつがなく進み、残すところ最後の一人となった。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
桃色の髪の毛を振り乱し、珠と散る汗を気にせず杖を振る。
その姿だけをみればある種魅力的と見る者も多いが、物事には時と場合というものがある。
単純なサイクルを長く繰り返すと、爆発めいた重低音が混じっても眠気を感じる。
詠唱と爆発と失敗の単調なリズムは、少なからず生徒と使い間の脳を眠り誘い、ちらほらと「くぅ」「すぴぃ」と年相応の寝息が見て取れる。
そしてまた別の生徒からは、「まだかよ」「早くしろよ」と言った野次が飛ぶ。
心無い言葉に挫けそうになりながらも、ルイズは杖を振ることをやめなかった。
「……ミス・ヴァリエール。非常に残念ですが、続きは明日にしましょう」
すっとルイズの前を手が遮った。担当教師のコルベールだ。
「……そんな、お願いです!やらせて下さい!」
「次の授業もあるのです。ここは聞き分けて下さい」
諭すような口調で言うコルベールに、目を赤くしながらもルイズは食い下がる。
「お願いします、あと、あと一度だけでも!」
ふう、と溜息をき、コルベールは「仕方ないですね」と呟いた。
この努力家の少女にチャンスを与えたいのは山々ではあるが、教職者としての立場もある。
今することのできる最大限の譲歩だった。
一方ルイズにしてみれば最後のチャンスにも等しい。今までに無く気合を込め、高らかに詠唱する。
「宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ! 神聖で美しく、そして強力な使い魔よ! 私は心より求め、訴える! 我が導きに、応えなさい!!」
今までで最大の爆音が轟く。うとうととしていた生徒達も、流石に飛び起きた。
もうもうと立ち込める煙。ルイズは煙を吸い込みごほごほと咳き込みながらも、爆発の中心から目を反らさない。
煙が晴れた時、確かにそこには何かがあった。
「……毛皮だ」と、誰かが呟いた。
「ゼロのルイズが毛皮を召喚したぞ!」
「結構上物だぞ!」
なるほど、見るからに上等な毛皮。目の肥えた貴族の多い魔法学院においては、その質の良さを見抜いた者は多い。
「テンね。一枚欲しいわ」
「もふもふ」
内、赤い髪と青い髪の少女を含む二人以上は、何の動物のものかも判断出来たようだ。
「う゛ぅっ」
一方、それを呼び出した張本人であるルイズはがくりと膝を落とした。
呼び出された物はまごうことなき毛皮だ。そりゃ暖かかろう。そりゃ上物であろう。
ルイズとて公爵家の三女、それがそれなりの高級品であることは解った。
しかし、せめて生前の姿で出てきて欲しかった。
それならば幻獣などには及ばすとも、可愛い感じで彼女としては満足のいくものだっただろう。
「えぐっ……」
だが、毛皮。どう見ても毛皮だ。
加工した職人が恨めしい。それが例え経験に裏打ちされた熟練の手で行われていたとしても、せめてこの毛皮の本来の持ち主だけは加工しないでもらいたかった。
流石にこれは泣きたくなる。ルイズの双眸から、涙が溢れようとしたその時だった。
ふぁさ。
毛布の中から毛艶も鮮やかな尻尾が現れる。
ぴょこ、ぴょこ。
辺りを伺うかの様に、四足獣のものと思しき耳が現れる。
よくよく見れば、毛皮だけにしてはやけに盛り上がっており、その中に何かいる様だ。
「ゼロのルイズが何かの動物を召喚したぞ!」
「失敗じゃなかったのか!?」
うるさいだまれ。
ルイズは声の聞こえた方向に躊躇無く失敗魔法をブチこんだ。太めの少年が華麗に宙を舞う。
服が破れながら「ハニーフラッシュ」とか叫んでいたのは無視した。
くるりと回って着地した少年の周囲の生徒が、さっと「10.0」の札を出したのも無視した。
絶望が一気に希望に変わる。
あの耳は猫かしら。いえ、尻尾すらすると狐や犬かもしれないわ、いいえもしかしたら。
……と言う思考は、次に毛皮から現れた物で「混乱」に変じた。
にょきりと出でた繊細かつ透き通るような白い腕。まるで氷の彫像のようだ。
むくりと起き上がると、周りの毛皮など及びもつかぬ、こぼれる様な亜麻色の髪が背中まで垂れていた。
しどけないその表情は、周囲の生徒とさして変わり無いと言うのに、ぞっとするほどの官能的な美しさを秘めている。
丸みを帯びた体ラインは一見すれば少女と言って良いほど控えめなものだったが、それで既に完成していると言って良いほど均整がとれていた。
人外の美の娘に、獣の耳と尾。
その身体に何一つ、服をまとっていないと気づいたのは、皆一様にその後だった。
あたかも服という物が、彼女にとって本来必要なものではないとでも言うかのように。
まるで触れてはいけない何かを見る様に、周囲の人間……教師のコルベールでさえ一瞬言葉を失った。
「ゼロのルイズが亜人を……」
「亜人なんて呼んでどうすんだよ……」
「でも可愛いよな……」
「しっぽもふもふ……」
ざわ……ざわ……
召喚された「者」が「者」だけに、周囲の反応もまた纏まりの無いものだった。
「……んう?」
初めて、その娘から声が出た。
周囲のざわめきに反応したその声は実に無防備なもので、まだ年若い男子生徒などにとってはくらっと来るような甘い声だ。
女生徒ですら、うっとりと見入っているものもいる。
「あ、貴方誰?」
ルイズの声など眼中にないかの様に、その娘はゆっくりと口を開ける。
そして空を仰いで目を閉じると、大きく吠えた。
「アオオオオオオオオオオオオオオオオオォ……ン」
ざざざざざざざざっ
草叢を、まるで狼でも走るかのように風が走る。
ルイズも含めたその場にいる全員も、同等の突風が体を駆け抜ける恐怖を覚えた。
召喚された使い魔すらも一様に竦んでいる。
顎を引いて遠吠えの余韻を飲み込むと、赤い瞳は真っ直ぐとルイズを見て、
「……昼に吠えるもまた一興よの。娘、酒などないかや」
悪戯っぽく、笑った。
#navi
その村では見事に実った麦穂が風邪に揺られることを狼が走るという。
風に揺られる様子が、麦畑の中を狼が走っているように見えるからだ。
風が強すぎて麦穂が揺れることを狼に踏まれるとい、不作の時は狼に食われたという。
上手い表現だが、迷惑なものもあるのが玉に瑕だな、と荷馬車の上で「彼女」は思った。
今では少し気取った言いまわしなだけで、昔のように親しみと畏れこめて言うものは少ない。
揺れる麦穂を見下ろす秋空はもう見慣れたものになったと言うのに、その下の様子は実に様変わりしていた。
初めて来た時の村人などとっくにいない。人間は長生きしてもせいぜい70年。100年生きる者も稀だ。
いや、人からすれば何百年も変わらない方がおかしいのだろう。
だからもう、昔の約束を律儀に守ることもないだろうと「彼女」は思った。
村人は、迫る困難をその都度自力で乗り越えていく力を持ち、半ば伝説となった自分は必要とされていないとも思った。
北へと向かう雲の先、北の故郷を思い出し、彼女は「ほう……」と溜息を一つ。
視線をゆらゆらと揺れる麦畑に戻せば、鼻先に自慢の尻尾。
「彼女」はすることもないので毛づくろいに取り掛かかる。
「……あふ」
程よく毛並をそろえたあたりで欠伸が出た。
荷馬車の主は行商人なのだろうか。何枚ものテンの毛皮を積み込んでいた。
丁度良いとばかりにそれにくるまり、「彼女」は寝息を立てて眠りついた。
ゆるりと流れる時間。
ふと、麦穂のざわめきに呼ばれた様な気がして「彼女」はまどろみの中薄く目を開けた。
尻尾の上に、輝く何かが浮いている
鏡のようにきらきらした表面は傷一つなく、村一番の背丈の男でも潜れそうな大きさだ。
細長い楕円形をしていて、装飾などは何も無い。純粋に鏡面だけだ。
何百年も生きてきた「彼女」ではあるが、こんな物は初めて見る。
鏡面を少しだけ触れると、僅かな波紋が広がる。
そして、誰かが呼ぶ声。
「……何かのう?」
寝ぼけ眼のまま、今度は手をもう少し入れてみる。何かに捕まれる感触。そして痺れる様な感触。
夢だとでも思ったのか、「彼女」はその異常な状態で再び眠りに落ち、輝きの中に溶けていった。
傍らにあった幾枚かのテンの毛皮と、一山の小麦がそれに続く。
ひょうと風が走り、まだ刈り取られていない麦穂が揺れる。
後には、ほんの少しだけ荷の軽くなった荷馬車が佇んでいるだけだった。
トリステイン魔法学院の第一演習場。
神聖なるサモン・サーヴァントの儀式もつつがなく進み、残すところ最後の一人となった。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
桃色の髪の毛を振り乱し、珠と散る汗を気にせず杖を振る。
その姿だけをみればある種魅力的と見る者も多いが、物事には時と場合というものがある。
単純なサイクルを長く繰り返すと、爆発めいた重低音が混じっても眠気を感じる。
詠唱と爆発と失敗の単調なリズムは、少なからず生徒と使い間の脳を眠り誘い、ちらほらと「くぅ」「すぴぃ」と年相応の寝息が見て取れる。
そしてまた別の生徒からは、「まだかよ」「早くしろよ」と言った野次が飛ぶ。
心無い言葉に挫けそうになりながらも、ルイズは杖を振ることをやめなかった。
「……ミス・ヴァリエール。非常に残念ですが、続きは明日にしましょう」
すっとルイズの前を手が遮った。担当教師のコルベールだ。
「……そんな、お願いです!やらせて下さい!」
「次の授業もあるのです。ここは聞き分けて下さい」
諭すような口調で言うコルベールに、目を赤くしながらもルイズは食い下がる。
「お願いします、あと、あと一度だけでも!」
ふう、と溜息をき、コルベールは「仕方ないですね」と呟いた。
この努力家の少女にチャンスを与えたいのは山々ではあるが、教職者としての立場もある。
今することのできる最大限の譲歩だった。
一方ルイズにしてみれば最後のチャンスにも等しい。今までに無く気合を込め、高らかに詠唱する。
「宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ! 神聖で美しく、そして強力な使い魔よ! 私は心より求め、訴える! 我が導きに、応えなさい!!」
今までで最大の爆音が轟く。うとうととしていた生徒達も、流石に飛び起きた。
もうもうと立ち込める煙。ルイズは煙を吸い込みごほごほと咳き込みながらも、爆発の中心から目を反らさない。
煙が晴れた時、確かにそこには何かがあった。
「……毛皮だ」と、誰かが呟いた。
「ゼロのルイズが毛皮を召喚したぞ!」
「結構上物だぞ!」
なるほど、見るからに上等な毛皮。目の肥えた貴族の多い魔法学院においては、その質の良さを見抜いた者は多い。
「テンね。一枚欲しいわ」
「もふもふ」
内、赤い髪と青い髪の少女を含む二人以上は、何の動物のものかも判断出来たようだ。
「う゛ぅっ」
一方、それを呼び出した張本人であるルイズはがくりと膝を落とした。
呼び出された物はまごうことなき毛皮だ。そりゃ暖かかろう。そりゃ上物であろう。
ルイズとて公爵家の三女、それがそれなりの高級品であることは解った。
しかし、せめて生前の姿で出てきて欲しかった。
それならば幻獣などには及ばすとも、可愛い感じで彼女としては満足のいくものだっただろう。
「えぐっ……」
だが、毛皮。どう見ても毛皮だ。
加工した職人が恨めしい。それが例え経験に裏打ちされた熟練の手で行われていたとしても、せめてこの毛皮の本来の持ち主だけは加工しないでもらいたかった。
流石にこれは泣きたくなる。ルイズの双眸から、涙が溢れようとしたその時だった。
ふぁさ。
毛布の中から毛艶も鮮やかな尻尾が現れる。
ぴょこ、ぴょこ。
辺りを伺うかの様に、四足獣のものと思しき耳が現れる。
よくよく見れば、毛皮だけにしてはやけに盛り上がっており、その中に何かいる様だ。
「ゼロのルイズが何かの動物を召喚したぞ!」
「失敗じゃなかったのか!?」
うるさいだまれ。
ルイズは声の聞こえた方向に躊躇無く失敗魔法をブチこんだ。太めの少年が華麗に宙を舞う。
服が破れながら「ハニーフラッシュ」とか叫んでいたのは無視した。
くるりと回って着地した少年の周囲の生徒が、さっと「10.0」の札を出したのも無視した。
絶望が一気に希望に変わる。
あの耳は猫かしら。いえ、尻尾すらすると狐や犬かもしれないわ、いいえもしかしたら。
……と言う思考は、次に毛皮から現れた物で「混乱」に変じた。
にょきりと出でた繊細かつ透き通るような白い腕。まるで氷の彫像のようだ。
むくりと起き上がると、周りの毛皮など及びもつかぬ、こぼれる様な亜麻色の髪が背中まで垂れていた。
しどけないその表情は、周囲の生徒とさして変わり無いと言うのに、ぞっとするほどの官能的な美しさを秘めている。
丸みを帯びた体ラインは一見すれば少女と言って良いほど控えめなものだったが、それで既に完成していると言って良いほど均整がとれていた。
人外の美の娘に、獣の耳と尾。
その身体に何一つ、服をまとっていないと気づいたのは、皆一様にその後だった。
あたかも服という物が、彼女にとって本来必要なものではないとでも言うかのように。
まるで触れてはいけない何かを見る様に、周囲の人間……教師のコルベールでさえ一瞬言葉を失った。
「ゼロのルイズが亜人を……」
「亜人なんて呼んでどうすんだよ……」
「でも可愛いよな……」
「しっぽもふもふ……」
ざわ……ざわ……
召喚された「者」が「者」だけに、周囲の反応もまた纏まりの無いものだった。
「……んう?」
初めて、その娘から声が出た。
周囲のざわめきに反応したその声は実に無防備なもので、まだ年若い男子生徒などにとってはくらっと来るような甘い声だ。
女生徒ですら、うっとりと見入っているものもいる。
「あ、貴方誰?」
ルイズの声など眼中にないかの様に、その娘はゆっくりと口を開ける。
そして空を仰いで目を閉じると、大きく吠えた。
「アオオオオオオオオオオオオオオオオオォ……ン」
ざざざざざざざざっ
草叢を、まるで狼でも走るかのように風が走る。
ルイズも含めたその場にいる全員も、同等の突風が体を駆け抜ける恐怖を覚えた。
召喚された使い魔すらも一様に竦んでいる。
顎を引いて遠吠えの余韻を飲み込むと、赤い瞳は真っ直ぐとルイズを見て、
「……昼に吠えるもまた一興よの。娘、酒などないかや」
悪戯っぽく、笑った。
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