ゼロの教師-01 - (2007/12/11 (火) 11:27:21) の1つ前との変更点
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周囲は勿論、呪文を詠唱したいた自分ですら、もう何度同じ呪文を唱えたか分からなくなった頃、彼女は杖を持つその手に、今までにない手応えを感じた。
普段ならば気付かないような、些細な変化ではあったが、級友の好奇と侮蔑の混じった視線に晒され、挙句嘲罵の声まで上がり始め、いつになく神経が過敏になっていたのだろう。
魔法の成功した事のない自分だからこそ感じる事の出来る、成功の感覚がきっとこうなのだ、そんな達成会を、少々の恍惚感と共に得た、その瞬間。
いつにない、観測はしていなかったが、恐らくは未だ短い魔法使いとしての生の中で、これ以上ない程の最大威力の、大爆発が周囲を包んだ。
爆発の規模は、本来土煙などそうそう起きるはずのない草原で、周囲一帯が煙る程の爆発だ。
普段であれば、爆心地である自分も、そして周囲にいる人々も、失敗魔法の爆発に巻き込まれる筈なのだが、この爆発には、不思議と被害者が存在しないようだ。
土煙に目が痛んだが、ただそれだけだ。生徒達の声も、爆発そのものに対する不満はあるようだが、爆発による被害自体は、やはり普段のようなものが発生している様子はない。
成功だ。間違いなく成功だ!
そんな確信と共に、召喚されたであろう何かについて、彼女は小さな胸を奮わせた。ドラゴンだろうか、それともユニコーンだろうか。或いは他の幻獣の可能性だって。
呪文を詠唱している間は、ただ魔法の成功だけを祈っていた彼女だったが、成功を確信すると、途端に殊勝になっていた気持ちを投げ捨て、本来の強気さと、貴族らしい傲慢さから、際限なく要求が大きくなっていた。
彼女に先んじて召喚を終えた級友の大半が、犬猫のような、四足動物を召喚していた事など、彼女の頭の中には既にない。その中でも当たりだ。と言われているのが鳥類、とりわけ猛禽の類であるが、それすらも、彼女の要望を満たすには足りない。
それは、絶えず周囲の嘲罵に晒されていた彼女の持つ、周囲への反発からくる願望だったのだろう。ここで周囲の生徒達など箸にもかからない使い魔を呼び出せたのなら、きっと誰も自分をゼロだなんて言わない、言わせないと。
風のない凪の日だったからか、中々晴れない土煙に嫌気の差した数人の生徒が、風の魔法で土煙を吹き飛ばすと、爆心地、彼女の目の前に、うっすらと影が浮かび上がってきた。
祈りを込めるように手を組み、神に、始祖に願う。
――どうか、私に誇れる使い魔をお与え下さい。
そんな彼女の祈りとは裏腹に、目を閉じて祈っていた彼女に代わり、男子生徒の一人が、朗々とした、明るい、しかし確実に侮蔑の含んだ声を、周囲に響かせた。
「人間だ! ゼロのルイズが人間を召喚したぞ!」
そんな声が彼女の耳朶を打つと、彼女は祈りの手を解き、顔を上げて目の前に立つ人物、そう、人物だ。決して獣ではない。を、見詰めた。
綺麗な女性だった。
白く、大きな帽子な帽子に、腰まで伸びた赤い髪の中に、白く小さな顔があり、その相貌は髪の色と反した青い、群青色の瞳をした、柔和な顔つき。どこか牧歌的な雰囲気を感じる面立ちだが、田舎臭いというよりは、優しげという表現の方が似合うような、そんな女性だ。
全身を覆う程の外套は白く、身体の特徴は分からないが、人間である事は間違いないだろう。
そう。人間だ。
「…ってマント!?」
このトリステインに限らず、ハルケギニア全体の風習として、外套を身に纏えるのは貴い身分の者だけど定められている。時折平民が洒落でそれを羽織る事もあるが、貴族の目に入れば、罰せられてもおかしくない程の不敬にあたるのだ。
そんな外套を、目の前の女性は肩に掛けている。しかも、平民がやるようなものではなく、常日頃からそれを身に着けているだろう事が、外套の仕立てからも見て取る事ができた。
「ゼロのルイズが召喚したのは貴族ってのか…はは、さすが」
心なしか、彼女を笑う生徒達の声にも、先ほどまでの弾みがない。
年若いとは言え、彼らも貴族の一員なのだ。なれば、使い魔の召喚の儀で、貴族を召喚してしまったというこの事態が、最悪学園そのものを揺るがすほどのスキャンダルになるであろう事が、容易に想像できたのだろう。
更に始末の悪い事に、風の魔法の余波で浮かんだ外套の下に、腰から下げられた杖が見えてしまった。
先端に輝石の付いた、見るからに上等な、自分達学生身分の者が持つ物とは見た目からして異なる、恐らくは強い魔力の篭った一品だろう。
見れば腰の下には、杖の他に複数の本が、大きなベルトに釣られている。きっとあれは魔導書に違いない、などという囁き声が耳に入ると、目の前の女性が、呆然と立ち尽くす彼女に向かって、
「あの、ここはいったいどこなのでしょうか」
そんな事を言った。
「……み、ミミミスタ・コルベール! 」
状況が状況なだけに、普段の勝気な彼女の姿は、先ほどの風の魔法と共にどこか遠くへ吹き飛んでしまったらしい。これが平民相手ならば、尊大な態度で名乗りを上げた直後に、コントラクト・サーヴァントを行っていただろう。
しかし、相手は不確かながら、恐らくは貴族、ないしそれに近い人物である確立が高いのだ。
勝気な彼女とは言え、さすがにこの事態は想定外だ。
目の前の女性の疑問の声を無視し、クラスメイトと同じく自分から離れた場所に立っていた、禿頭の男性教師の名前を大声で叫ぶと、彼女は急かすように名前と共に、大きく手招きをする。
本来であれば、目上の人物に対して手招きをする事も無礼に当たる行為だったが、彼女に呼ばれた教師もまた、長い教師生活の中で始めてのこの事態に戸惑っていたのか、それを嗜める事もせずに、小走りに彼女の元に近寄った。
しかし、何が何かよく分からないのは、彼女の前に立つ女性も同じだったようだが、きょろきょろと周囲を伺うだけで、その後は教師の名を叫んだきり固まったままの彼女を微笑ましそうに見ているだけだった。
禿頭の教師が、固まり続けている彼女に近寄り、その肩に手を掛けると、そこでようやく一息つく事ができたのだろう、落ち着いて、という声かけてくれた教師と共に、女性に向き直った。
大きく深呼吸。
見るからに緊張している彼女を、やはり女性はにこやかな笑みと共に見つめている。
初めて彼女は、目の前の女性に向けて口を開く。
「私は、ルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラヴァリエールと申します。失礼と思いますが、お名前をよろしいですか?」
そうして、
「わたしは、アティと言います。よろしくね、ルイズ…さん」
二人は出会った。
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