「白き使い魔への子守唄 第20話 ウィツァルネミテア降臨」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
白き使い魔への子守唄 第20話 ウィツァルネミテア降臨 - (2009/11/08 (日) 00:03:34) の1つ前との変更点
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風竜の速度でタルブの村に駆けつけたハクオロ達が見たのは、
無残にも剣を突き立てられたアヴ・カムゥの姿だった。
タバサとシルフィードは、それが何であるかは知らない。
ルイズは、まだ事情が掴めていない。
少し考えれば、あれを動かせるのはシャクコポル族のみであり、
戦いとは本来無縁なはずのシエスタが、村を護るため戦場に身を投じたのだと解っただろう。
だが、思考がそこまで働く前に異変が起こった。
「あ、ああ……」
呆然とした様子で嗚咽を漏らすハクオロ。わなわなと震え、仮面に手を当てる。
「ハクオロ? どうしたの、ねえ……」
「アアァッ……」
ルイズの声すら耳に入らない。
しかし、あまりに強く感情が暴れたせいか、ハクオロの胸のルーンが光る。
音はなかったはずだが、何かが弾けたように感じ、ルイズは耳を押さえた。
絶望と怨嗟の絶叫がルイズの精神を打ち震わせ、胸がきりりと痛んだ。
これ以上は……この先に行ってはいけない。
何が起こるのかは解らないけれど、起こしてはならないという確信があった。
「ハクオロ、ダメ――」
言葉、届かず。
「アアアアァァァァァァァッ!!」
ハクオロの全身から黒い霧が噴出し、シルフィードもろともルイズを包んだ。
恐慌状態に陥ったシルフィードを懸命になだめるタバサの声が聞こえ、
ルイズは宙に落ちないようシルフィードに掴まるしかできなかった。
「や、め、て……!」
胸が焦げるほどに痛い。
思考が混濁し、混濁の中に沈み、沈んだ先に、それはあった。
記憶のカケラ。
刻まれしもの。
黒濁はシルフィードから離れ、タルブの村へと降りていく。
解放されたルイズは、シルフィードから身を乗り出し、その名を叫んだ。
「……それは、ダメ……やめて、ウィツァルネミテア!」
それこそがハクオロの本当の名前だと、ルイズは認めたくなかった。
第20話 ウィツァルネミテア降臨
暴虐をもって蹂躙するその怪物の降臨は、見る者すべてを恐怖に陥れた。
白い外殻に青紫の筋肉を持ち、三十メイルはあろうかという巨躯からは、
太い腕と足、そして尻尾が生えている。
肉に突き立て引き裂くため爪は鋭い。
獰猛な獣を思わせる牙と、すべてを威圧する鋭い双眸は怒りを発していた。
それがハクオロであるという事は、見る者が見れば、胸に刻まれたルーンから解っただろう。
だが彼がハクオロであると解った者はすべて、胸のルーンのせいではなく、
かつて交わした契約から悟っていた。
彼が契約者、己の主、楔を打ち込んだ者、すなわちハクオロだと。
突如現れた怪異を前に、真っ先に対応したのはフーケだった。
なぜなら怪物の眼差しは真っ直ぐとフーケに向けられていたから。
(この鋼鉄のゴーレムの、仲間……?)
アヴ・カムゥはただのゴーレムではなかった。中に血のようなものが流れるゴーレムなどない。
無論ガーゴイルの類でもない。異質な何かだ。
それを倒したと思ったら、今度は明らかにゴーレムではない怪物。
ハルケギニアにこんな生物がいるのか?
天空を支配するドラゴンでさえ、この脅威の前では雛鳥も同然。
ただ大地に立つ――それだけで彼は君臨していた。
ハルケギニアという大地に生きるすべてのものの頂点に。
チリチリと空気が焼けるようなプレッシャーの中、
フーケはアヴ・カムゥの残骸から剣を引き抜いた。
状況の把握をできる状況ではない。やらなければやられる。
アレの穿つような敵意はこちらに向いている。
剣を腰に構えてゴーレムが走り出す。
その動作は、巨体ゆえに遅く見えるものの、歩幅の広さから走行速度は十二分にある。
だが奴は――ルイズがウィツァルネミテアと呼んだ存在は、
巨躯を人間よりも素早く疾駆させた。
その巨体ゆえの歩幅の広さで、人間が全力で走る時のような回転速度で足を動かせば、
その速度はその質量と合わさり嵐のようであった。
機敏な動作に面食らいながらも、首を刎ねんと剣を振るったフーケの動きは優れていた
だがゴーレム渾身の一刀をハクオロは白い甲殻で包まれた手で掴むと、
まるで枝でも折るかのように軽々と、鋼鉄の剣をへし折った。
そのままゴーレムの腹部に右の手刀を貫通させると、背中側に爪を突き立てて掴み、
己と同じほどの大きさの土くれのゴーレムをゆっくりと持ち上げた。
「ウオオオオオオオオン!」
大気を揺るがす咆哮の後、ゴーレムを真っ二つに引き裂いて土砂の雨を降らす。
「ひぃっ……!」
小さな悲鳴を上げて落下するフーケを鷲掴みにして捕らえたハクオロは、
彼女を眼前へと運び、殺意に彩られた双眸と、剥き出しにした牙で威嚇する。
死ぬ。とフーケは確信した。こんな化物にかなうはずがない。
自分はここで殺される以外に道はない。
「貴様ガ……」
怪物が語りかけてくる。
「シエスタヲ……殺シタ……!」
心当たりのない名前を言われ、フーケは精いっぱいの抗議とばかりに身をよじる。
杖は、巨大な指に挟まれて折れてしまい使い物にならない。
「シエスタ? そりゃ、あの鉄のゴーレムで襲ってきたメイジの事かい?
自分から戦場に出てきたんだ。殺されたからって、文句を言われる筋合いはないね」
「ナラバ貴様モ殺サレテ文句ハ在ルマイ!」
死刑宣告の瞬間、ハクオロの手の甲が爆ぜた。
続いて肩と二の腕、側頭部。空中で待機していた戦艦からの砲撃だった。
視界がスパークしたフーケは何が起きたのかも解らぬまま、
積もった土くれの上に落下していった。
幸運にもそれがクッションとなり、骨を何本か折る程度ですむ。
そんなフーケに目もくれず、嗜虐の牙を天空へと向けるハクオロ。
――身体ガ、熱イ。
跳躍するハクオロ。山のような巨体が宙を舞い、空中から砲撃してきた戦艦に拳をめり込ませる。
中にあった火薬が暴発し、炎に包まれた戦艦を腕に刺したままハクオロは着地した。
右足は村人達が丹精込めて育てた畑の上に。
左足はシエスタの家に。
ふたつの大切なものを蹂躙したのだと気づかぬまま、ハクオロは吼え、戦艦を投げ飛ばした。
空中にあった別の戦艦と激突し、タルブの村に二隻分の残骸が炎とともに振る。
――咽喉ガ、焼ケル。
すでに地上に降りていた二隻が砲門をハクオロに合わせ爆音を鳴らしたが、
ハクオロは蚊に刺されたほどにも感じず、わずらわしいとばかりに腕を払う。
すると黒い霧が鞭のようにしなって二隻の船を襲い、
霧は質量を持っているかのように戦艦を粉砕した。
「フハハハハハハ!」
燃えるような高揚感の中、ハクオロの自我が焼け焦げていった。
黒く、黒く焦げて、白い巨躯も黒に染まっていく。
胸に刻まれている使い魔のルーンが、悲しげにまたたき、薄らいでいった。
「全軍突撃」
ウェールズの言に兵達は驚愕した。
まさか、アルビオン艦隊をいともたやすく壊滅したあの化物に挑めというのか?
そんな心を見透かしたようにウェールズは微笑む。
「あの巨人は我々の敵を倒してくれている。敵の敵は味方ともいうだろう。
それに、巨獣がいちいち蟻を踏み潰すのは、逆に難儀なものだよ。
地べたを這うレコン・キスタの兵士達を皆殺しにするんだ」
冷酷な命令に恐怖しながらも、兵士達は声を上げて突撃した。
ウェールズの命令に逆らえば、あの怪物は自分達をも襲いかねないという予感があった。
だから、敵の敵は味方だと、身を持って証明せねば、自分達も、殺される。
炎舞うタルブの村に突撃する兵達を見送りながら、アンリエッタはウェールズに問う。
「ウェールズ様……これは、これではあまりにも……」
「戦とは、争いとは、醜いものなのだよ、アンリエッタ」
「ですが、こんなに酷いだなんて……。
これではただ力あるものが、力なきものを蹂躙しているだけではありませんか。
ご覧になってください。レコン・キスタの兵達はすでに戦意を喪失し、
逃げ出そうとしているものもいるではありませんか」
「そうだね、けれど、修羅の道を行くと僕は約束したんだ。
アン、君はここに残っているといい。いや、引き返してもいいよ。
これ以上、僕と共に歩む必要はない」
「……いいえ……わたくしは、ウェールズ様と共にある事を誓いました。
私達が出逢った地で……誓約の水精霊に……」
フッ、とウェールズは微笑んだ。
「しかし、僕は"彼"に誓ってしまったんだよ。水の精霊より強い誓約を」
今にも泣きそうな笑顔を見て、アンリエッタは胸が張り裂けそうな思いがした。
「ハハハハハハハハハハッ!」
黒き巨人は、燃えるタルブの村を見て哄笑した。
炎と煙にまみれ、争っている。
トリステインの兵と、レコン・キスタの兵が。
戦え。
争え。
それこそが我が望み。
――ソウダロウ? 空蝉ヨ。
――違ウ。自分ハ、自分ハ……!
――スデニ思イ出シタハズダ。目ヲ背ケルナ。我々ハコウナル宿命ナノダ。
――因縁ノ断チ切レタ異界ノ地ニ来テ、我等ハ何ヲシタ?
――結局、同ジ事ノ繰リ返シダ。
――我コソガ元凶。我コソガ禍。
――神話ノ時代ヨリ、我ノ成ス事ハ、変ワラヌ。
――違ウ。
――スベテ、思イ出シタ。
――ソレダケデハナカッタハズダ。
――ダカラ我ハ眠リニツイタ。
科学が発達したはるか未来、人々は汚染された地上から逃れ、地下深くに潜った。
結果、人類は無菌状態の中でしか生きられる脆弱な生き物になっていた。
だが人類は発見した。
人類が地上で生活していた時代を生き、氷に閉じ込められ眠っていた男、アイスマンを。
人類はアイスマンを研究した。アイスマンの肉体を、アイスマンの仮面を。
しかしアイスマンは逃げ出した。
人と獣の遺伝子を融合させたマルタと呼ばれる実験体、亜人間と共に。
――ミコト。
犬の耳を持つ少女を愛したアイスマンは、彼女にミコトと名前をつけ、子をもうけた。
幸福な時間。
ミコトの歌う子守唄は、幸せの象徴でもあった。
しかし、人類は追ってきた。
地上の環境から身を護るため、アヴ・カムゥに乗って。
ミコトは子を産んだ貴重なサンプルとして解体され、
アイスマンは激しい怒りと憎しみから、仮面に秘められた真の力を解放する。
そして人類は、死にたくないという願いをアイスマンの手によってかなえられた。
未来永劫苦しみ続ける赤いスライムへと変化させられ、地下世界に封印される。
そして眠りについたアイスマンは、大神(オンカミ)としてマルタに崇められるようになった。
すなわち、解放者――ウィツァルネミテア。
一人の男と、神が融合した成れの果て……神話の時代よりうたわれるもの……。
以来、地の底で眠り、目覚めては外に出て戦乱を起こし、
契約と引き換えに我が子等の願いをかなえ、契約によって縛りつける存在となって。
――ダガ、我々ハ再ビ眠リニツイタ! 人ニ我ハ不要! 違ウカ? 分身ヨ!
――否! 必要ナレバコソ、ルイズニ呼ビ出サレタ! 違ウカ? 空蝉ヨ!
ミコトを殺された激しい怒りと憎しみによって、彼の心はふたつに引き裂かれた。
自分を止めて欲しいと願う空蝉、すべてを焼き尽くそうとする分身。
だがどちらも正真正銘、自分自身。
同じ自分ゆえに理解し合い、憎み合う。
だが、交互に目覚めていたはずの彼等が、同時に目覚めてしまう事態があった。
そして本能に従って彼等は戦い、空蝉――ハクオロは敗れ、記憶を失った。
ハクオロは再びミコトとめぐり会い、記憶を取り戻し、
分身を倒して融合し、元のひとつの存在に戻り再び眠りについた。
二度と目覚めぬように。
――ルイズガ我ヲ目覚メサセタ。
――ルイズハ我ガ眷属トナッタ。
――ハルケギニアデ、我ハ再ビ人々ヲ戦ワセ、高ミヘト導コウ。
――コノ、永劫ノ孤独カラ解放サレルタメニ。
――イイヤ、違ウゾ、分身ヨ。
――ルイズハ貴様ノ眷属ナノデハナイ。
――ナニ?
――ルイズハ、我ノ家族ダ。
無数の雷がハクオロの五体に降り注いだ。
その力、魔法ではない、超能力の延長にあるその力は、クスカミの腕輪。
「……ルイズ」
風竜の上で腕輪をかざす彼女を睨みつけるハクオロ。
獰猛な双眸をキッと見返すルイズ。
「……これが、これが、これが私達の探していた真実なの?
私達が犯してしまった間違いの結果が……これだっていうの?
答えなさいっ、ハクオロ!」
クスカミの腕輪が光り、再び雷鳴がハクオロを襲う。
痛みすら感じぬほど脆弱な攻撃に、しかしハクオロは驚愕した。
「莫迦ナ……楔ヲ自ラ断キ切ルナド不可能ナハズ」
「ムツミが……ムツミが言っていたのは……こういう意味だったの?
お父様を眠らせて上げてって、あんたが、あんたが……ウィツァルネミテアだから。
この世界に禍(わざわい)を撒き散らす元凶となるもの……。
異世界の大神(オンカミ)……ウィツァルネミテアだから!」
「……タバサ、ヤレ!」
背筋に走った悪寒にハッとルイズが振り向けば、タバサが杖を向け詠唱を始めていた。
「タバサ、あんた……まさか!」
「ウインディ・アイシクル」
無数の氷の槍を放たれ、咄嗟に後ろに逃れたルイズはシルフィードから転落した。
だがそんな事は、今のルイズには些細な問題だった。
ハクオロの記憶が戻って、ルイズもその記憶を知った。
ウィツァルネミテアの契約。
願いをかなえる代償に眷属となり、未来永劫従わねばならない。
この契約を破棄するには尋常の事態が起きなければならず、
破棄するのもウィツァルネミテアの側から破棄するものであって、契約者にはどうしようもない。
そして契約者の魂には契約の楔が打ち込まれ、契約をたがえれば、五体は肉片と化す。
だのに、ウィツァルネミテアに攻撃をしたルイズの五体は無事だった。そして。
「タバサも、ウェールズ様も、そして私も……願いと引き換えに!」
タバサの母親が正気に戻った理由、ウェールズが命をとりとめ亡命した理由。
自分が魔法を使えるようになった理由、すべてがウィツァルネミテアの契約のため。
願いをかなえてもらったのだから、文句を言う筋合いはない。契約に従うべきだ。
だが、その結果ハルケギニアの大地が戦禍に呑み込まれるというなら。
「デルフが死んでしまった理由がようやく解った。私はデルフの遺志を継ぐ。
シエスタだって、こんな復讐は望んでいない……そう思う。
だから私は、ハクオロを――止める!」
タバサが次なる詠唱をしているかたわらで、シルフィードは思い切り身をよじった。
予想外の動きにタバサは空中へ放り出され、詠唱をフライへと変更せざるえなかった。
「シルフィード……」
わずかながら怒りと悲しみを孕んだ言葉を背にして、シルフィードは下降する。
そして地面に激突する寸前のルイズをすくい上げ、対峙した。
己の主、雪風のタバサと。
そして同様に、シルフィードの背に乗るゼロのルイズも対峙する。
己と同じ契約者、タバサと。そして、己の契約者……ウィツァルネミテアと。
「シルフィード……あんたのご主人様が、あんな風じゃなかったように、
私の使い魔も、あんな黒い奴じゃない……白い仮面の、あいつだけなの。だから!」
記すことさえはばかられるもの。
神の元凶、ウィツァルネミテア。
そして虚無の使い魔を呼び出したゼロのルイズ。
虚無のメイジと白き使い魔の物語は、ついに終焉を迎えようとしていた。
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風竜の速度でタルブの村に駆けつけたハクオロ達が見たのは、
無残にも剣を突き立てられたアヴ・カムゥの姿だった。
タバサとシルフィードは、それが何であるかは知らない。
ルイズは、まだ事情が掴めていない。
少し考えれば、あれを動かせるのはシャクコポル族のみであり、
戦いとは本来無縁なはずのシエスタが、村を護るため戦場に身を投じたのだと解っただろう。
だが、思考がそこまで働く前に異変が起こった。
「あ、ああ……」
呆然とした様子で嗚咽を漏らすハクオロ。わなわなと震え、仮面に手を当てる。
「ハクオロ? どうしたの、ねえ……」
「アアァッ……」
ルイズの声すら耳に入らない。
しかし、あまりに強く感情が暴れたせいか、ハクオロの胸のルーンが光る。
音はなかったはずだが、何かが弾けたように感じ、ルイズは耳を押さえた。
絶望と怨嗟の絶叫がルイズの精神を打ち震わせ、胸がきりりと痛んだ。
これ以上は……この先に行ってはいけない。
何が起こるのかは解らないけれど、起こしてはならないという確信があった。
「ハクオロ、ダメ――」
言葉、届かず。
「アアアアァァァァァァァッ!!」
ハクオロの全身から黒い霧が噴出し、シルフィードもろともルイズを包んだ。
恐慌状態に陥ったシルフィードを懸命になだめるタバサの声が聞こえ、
ルイズは宙に落ちないようシルフィードに掴まるしかできなかった。
「や、め、て……!」
胸が焦げるほどに痛い。
思考が混濁し、混濁の中に沈み、沈んだ先に、それはあった。
記憶のカケラ。
刻まれしもの。
黒濁はシルフィードから離れ、タルブの村へと降りていく。
解放されたルイズは、シルフィードから身を乗り出し、その名を叫んだ。
「……それは、ダメ……やめて、ウィツァルネミテア!」
それこそがハクオロの本当の名前だと、ルイズは認めたくなかった。
第20話 ウィツァルネミテア降臨
暴虐をもって蹂躙するその怪物の降臨は、見る者すべてを恐怖に陥れた。
白い外殻に青紫の筋肉を持ち、三十メイルはあろうかという巨躯からは、
太い腕と足、そして尻尾が生えている。
肉に突き立て引き裂くため爪は鋭い。
獰猛な獣を思わせる牙と、すべてを威圧する鋭い双眸は怒りを発していた。
それがハクオロであるという事は、見る者が見れば、胸に刻まれたルーンから解っただろう。
だが彼がハクオロであると解った者はすべて、胸のルーンのせいではなく、
かつて交わした契約から悟っていた。
彼が契約者、己の主、楔を打ち込んだ者、すなわちハクオロだと。
突如現れた怪異を前に、真っ先に対応したのはフーケだった。
なぜなら怪物の眼差しは真っ直ぐとフーケに向けられていたから。
(この鋼鉄のゴーレムの、仲間……?)
アヴ・カムゥはただのゴーレムではなかった。中に血のようなものが流れるゴーレムなどない。
無論ガーゴイルの類でもない。異質な何かだ。
それを倒したと思ったら、今度は明らかにゴーレムではない怪物。
ハルケギニアにこんな生物がいるのか?
天空を支配するドラゴンでさえ、この脅威の前では雛鳥も同然。
ただ大地に立つ――それだけで彼は君臨していた。
ハルケギニアという大地に生きるすべてのものの頂点に。
チリチリと空気が焼けるようなプレッシャーの中、
フーケはアヴ・カムゥの残骸から剣を引き抜いた。
状況の把握をできる状況ではない。やらなければやられる。
アレの穿つような敵意はこちらに向いている。
剣を腰に構えてゴーレムが走り出す。
その動作は、巨体ゆえに遅く見えるものの、歩幅の広さから走行速度は十二分にある。
だが奴は――ルイズがウィツァルネミテアと呼んだ存在は、
巨躯を人間よりも素早く疾駆させた。
その巨体ゆえの歩幅の広さで、人間が全力で走る時のような回転速度で足を動かせば、
その速度はその質量と合わさり嵐のようであった。
機敏な動作に面食らいながらも、首を刎ねんと剣を振るったフーケの動きは優れていた
だがゴーレム渾身の一刀をハクオロは白い甲殻で包まれた手で掴むと、
まるで枝でも折るかのように軽々と、鋼鉄の剣をへし折った。
そのままゴーレムの腹部に右の手刀を貫通させると、背中側に爪を突き立てて掴み、
己と同じほどの大きさの土くれのゴーレムをゆっくりと持ち上げた。
「ウオオオオオオオオン!」
大気を揺るがす咆哮の後、ゴーレムを真っ二つに引き裂いて土砂の雨を降らす。
「ひぃっ……!」
小さな悲鳴を上げて落下するフーケを鷲掴みにして捕らえたハクオロは、
彼女を眼前へと運び、殺意に彩られた双眸と、剥き出しにした牙で威嚇する。
死ぬ。とフーケは確信した。こんな化物にかなうはずがない。
自分はここで殺される以外に道はない。
「貴様ガ……」
怪物が語りかけてくる。
「シエスタヲ……殺シタ……!」
心当たりのない名前を言われ、フーケは精いっぱいの抗議とばかりに身をよじる。
杖は、巨大な指に挟まれて折れてしまい使い物にならない。
「シエスタ? そりゃ、あの鉄のゴーレムで襲ってきたメイジの事かい?
自分から戦場に出てきたんだ。殺されたからって、文句を言われる筋合いはないね」
「ナラバ貴様モ殺サレテ文句ハ在ルマイ!」
死刑宣告の瞬間、ハクオロの手の甲が爆ぜた。
続いて肩と二の腕、側頭部。空中で待機していた戦艦からの砲撃だった。
視界がスパークしたフーケは何が起きたのかも解らぬまま、
積もった土くれの上に落下していった。
幸運にもそれがクッションとなり、骨を何本か折る程度ですむ。
そんなフーケに目もくれず、嗜虐の牙を天空へと向けるハクオロ。
――身体ガ、熱イ。
跳躍するハクオロ。山のような巨体が宙を舞い、空中から砲撃してきた戦艦に拳をめり込ませる。
中にあった火薬が暴発し、炎に包まれた戦艦を腕に刺したままハクオロは着地した。
右足は村人達が丹精込めて育てた畑の上に。
左足はシエスタの家に。
ふたつの大切なものを蹂躙したのだと気づかぬまま、ハクオロは吼え、戦艦を投げ飛ばした。
空中にあった別の戦艦と激突し、タルブの村に二隻分の残骸が炎とともに振る。
――咽喉ガ、焼ケル。
すでに地上に降りていた二隻が砲門をハクオロに合わせ爆音を鳴らしたが、
ハクオロは蚊に刺されたほどにも感じず、わずらわしいとばかりに腕を払う。
すると黒い霧が鞭のようにしなって二隻の船を襲い、
霧は質量を持っているかのように戦艦を粉砕した。
「フハハハハハハ!」
燃えるような高揚感の中、ハクオロの自我が焼け焦げていった。
黒く、黒く焦げて、白い巨躯も黒に染まっていく。
胸に刻まれている使い魔のルーンが、悲しげにまたたき、薄らいでいった。
「全軍突撃」
ウェールズの言に兵達は驚愕した。
まさか、アルビオン艦隊をいともたやすく壊滅したあの化物に挑めというのか?
そんな心を見透かしたようにウェールズは微笑む。
「あの巨人は我々の敵を倒してくれている。敵の敵は味方ともいうだろう。
それに、巨獣がいちいち蟻を踏み潰すのは、逆に難儀なものだよ。
地べたを這うレコン・キスタの兵士達を皆殺しにするんだ」
冷酷な命令に恐怖しながらも、兵士達は声を上げて突撃した。
ウェールズの命令に逆らえば、あの怪物は自分達をも襲いかねないという予感があった。
だから、敵の敵は味方だと、身を持って証明せねば、自分達も、殺される。
炎舞うタルブの村に突撃する兵達を見送りながら、アンリエッタはウェールズに問う。
「ウェールズ様……これは、これではあまりにも……」
「戦とは、争いとは、醜いものなのだよ、アンリエッタ」
「ですが、こんなに酷いだなんて……。
これではただ力あるものが、力なきものを蹂躙しているだけではありませんか。
ご覧になってください。レコン・キスタの兵達はすでに戦意を喪失し、
逃げ出そうとしているものもいるではありませんか」
「そうだね、けれど、修羅の道を行くと僕は約束したんだ。
アン、君はここに残っているといい。いや、引き返してもいいよ。
これ以上、僕と共に歩む必要はない」
「……いいえ……わたくしは、ウェールズ様と共にある事を誓いました。
私達が出逢った地で……誓約の水精霊に……」
フッ、とウェールズは微笑んだ。
「しかし、僕は"彼"に誓ってしまったんだよ。水の精霊より強い誓約を」
今にも泣きそうな笑顔を見て、アンリエッタは胸が張り裂けそうな思いがした。
「ハハハハハハハハハハッ!」
黒き巨人は、燃えるタルブの村を見て哄笑した。
炎と煙にまみれ、争っている。
トリステインの兵と、レコン・キスタの兵が。
戦え。
争え。
それこそが我が望み。
――ソウダロウ? 空蝉ヨ。
――違ウ。自分ハ、自分ハ……!
――スデニ思イ出シタハズダ。目ヲ背ケルナ。我々ハコウナル宿命ナノダ。
――因縁ノ断チ切レタ異界ノ地ニ来テ、我等ハ何ヲシタ?
――結局、同ジ事ノ繰リ返シダ。
――我コソガ元凶。我コソガ禍。
――神話ノ時代ヨリ、我ノ成ス事ハ、変ワラヌ。
――違ウ。
――スベテ、思イ出シタ。
――ソレダケデハナカッタハズダ。
――ダカラ我ハ眠リニツイタ。
科学が発達したはるか未来、人々は汚染された地上から逃れ、地下深くに潜った。
結果、人類は無菌状態の中でしか生きられる脆弱な生き物になっていた。
だが人類は発見した。
人類が地上で生活していた時代を生き、氷に閉じ込められ眠っていた男、アイスマンを。
人類はアイスマンを研究した。アイスマンの肉体を、アイスマンの仮面を。
しかしアイスマンは逃げ出した。
人と獣の遺伝子を融合させたマルタと呼ばれる実験体、亜人間と共に。
――ミコト。
犬の耳を持つ少女を愛したアイスマンは、彼女にミコトと名前をつけ、子をもうけた。
幸福な時間。
ミコトの歌う子守唄は、幸せの象徴でもあった。
しかし、人類は追ってきた。
地上の環境から身を護るため、アヴ・カムゥに乗って。
ミコトは子を産んだ貴重なサンプルとして解体され、
アイスマンは激しい怒りと憎しみから、仮面に秘められた真の力を解放する。
そして人類は、死にたくないという願いをアイスマンの手によってかなえられた。
未来永劫苦しみ続ける赤いスライムへと変化させられ、地下世界に封印される。
そして眠りについたアイスマンは、大神(オンカミ)としてマルタに崇められるようになった。
すなわち、解放者――ウィツァルネミテア。
一人の男と、神が融合した成れの果て……神話の時代よりうたわれるもの……。
以来、地の底で眠り、目覚めては外に出て戦乱を起こし、
契約と引き換えに我が子等の願いをかなえ、契約によって縛りつける存在となって。
――ダガ、我々ハ再ビ眠リニツイタ! 人ニ我ハ不要! 違ウカ? 分身ヨ!
――否! 必要ナレバコソ、ルイズニ呼ビ出サレタ! 違ウカ? 空蝉ヨ!
ミコトを殺された激しい怒りと憎しみによって、彼の心はふたつに引き裂かれた。
自分を止めて欲しいと願う空蝉、すべてを焼き尽くそうとする分身。
だがどちらも正真正銘、自分自身。
同じ自分ゆえに理解し合い、憎み合う。
だが、交互に目覚めていたはずの彼等が、同時に目覚めてしまう事態があった。
そして本能に従って彼等は戦い、空蝉――ハクオロは敗れ、記憶を失った。
ハクオロは再びミコトとめぐり会い、記憶を取り戻し、
分身を倒して融合し、元のひとつの存在に戻り再び眠りについた。
二度と目覚めぬように。
――ルイズガ我ヲ目覚メサセタ。
――ルイズハ我ガ眷属トナッタ。
――ハルケギニアデ、我ハ再ビ人々ヲ戦ワセ、高ミヘト導コウ。
――コノ、永劫ノ孤独カラ解放サレルタメニ。
――イイヤ、違ウゾ、分身ヨ。
――ルイズハ貴様ノ眷属ナノデハナイ。
――ナニ?
――ルイズハ、我ノ家族ダ。
無数の雷がハクオロの五体に降り注いだ。
その力、魔法ではない、超能力の延長にあるその力は、クスカミの腕輪。
「……ルイズ」
風竜の上で腕輪をかざす彼女を睨みつけるハクオロ。
獰猛な双眸をキッと見返すルイズ。
「……これが、これが、これが私達の探していた真実なの?
私達が犯してしまった間違いの結果が……これだっていうの?
答えなさいっ、ハクオロ!」
クスカミの腕輪が光り、再び雷鳴がハクオロを襲う。
痛みすら感じぬほど脆弱な攻撃に、しかしハクオロは驚愕した。
「莫迦ナ……楔ヲ自ラ断キ切ルナド不可能ナハズ」
「ムツミが……ムツミが言っていたのは……こういう意味だったの?
お父様を眠らせて上げてって、あんたが、あんたが……ウィツァルネミテアだから。
この世界に禍(わざわい)を撒き散らす元凶となるもの……。
異世界の大神(オンカミ)……ウィツァルネミテアだから!」
「……タバサ、ヤレ!」
背筋に走った悪寒にハッとルイズが振り向けば、タバサが杖を向け詠唱を始めていた。
「タバサ、あんた……まさか!」
「ウインディ・アイシクル」
無数の氷の槍を放たれ、咄嗟に後ろに逃れたルイズはシルフィードから転落した。
だがそんな事は、今のルイズには些細な問題だった。
ハクオロの記憶が戻って、ルイズもその記憶を知った。
ウィツァルネミテアの契約。
願いをかなえる代償に眷属となり、未来永劫従わねばならない。
この契約を破棄するには尋常の事態が起きなければならず、
破棄するのもウィツァルネミテアの側から破棄するものであって、契約者にはどうしようもない。
そして契約者の魂には契約の楔が打ち込まれ、契約をたがえれば、五体は肉片と化す。
だのに、ウィツァルネミテアに攻撃をしたルイズの五体は無事だった。そして。
「タバサも、ウェールズ様も、そして私も……願いと引き換えに!」
タバサの母親が正気に戻った理由、ウェールズが命をとりとめ亡命した理由。
自分が魔法を使えるようになった理由、すべてがウィツァルネミテアの契約のため。
願いをかなえてもらったのだから、文句を言う筋合いはない。契約に従うべきだ。
だが、その結果ハルケギニアの大地が戦禍に呑み込まれるというなら。
「デルフが死んでしまった理由がようやく解った。私はデルフの遺志を継ぐ。
シエスタだって、こんな復讐は望んでいない……そう思う。
だから私は、ハクオロを――止める!」
タバサが次なる詠唱をしているかたわらで、シルフィードは思い切り身をよじった。
予想外の動きにタバサは空中へ放り出され、詠唱をフライへと変更せざるえなかった。
「シルフィード……」
わずかながら怒りと悲しみを孕んだ言葉を背にして、シルフィードは下降する。
そして地面に激突する寸前のルイズをすくい上げ、対峙した。
己の主、雪風のタバサと。
そして同様に、シルフィードの背に乗るゼロのルイズも対峙する。
己と同じ契約者、タバサと。そして、己の契約者……ウィツァルネミテアと。
「シルフィード……あんたのご主人様が、あんな風じゃなかったように、
私の使い魔も、あんな黒い奴じゃない……白い仮面の、あいつだけなの。だから!」
記すことさえはばかられるもの。
神の元凶、ウィツァルネミテア。
そして虚無の使い魔を呼び出したゼロのルイズ。
虚無のメイジと白き使い魔の物語は、ついに終焉を迎えようとしていた。
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