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ラスボスだった使い魔-08 - (2008/12/27 (土) 00:02:23) の1つ前との変更点
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#navi(ラスボスだった使い魔)
ユーゼス・ゴッツォがルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールによってハルケギニアに召喚され、使い魔として契約してから一週間ほど経過した。
その間、刻まれたルーンを分析したり、字を覚えたり、御主人様を着替えさせたり、魔法に関しての本を読んだり、何かとんでもないゲートの反応を検知したり、御主人様の下着を洗濯したり、御主人様の魔法を拝見したり、貴族と決闘したり、筋肉痛に苦しんだり、超神形態に変身したり、何故か出現したアインストと戦ったりしたが、また新たな事態が発生するようだった。
「アカデミーにいるエレオノール姉さまから、連絡が来たわ」
「ほう」
一週間程度で返答が来るとは、どうやらルイズはかなり早い段階で連絡を取ってくれたらしい。
「えっと、……あー、ここは飛ばして、と……」
「?」
冒頭の部分には『いきなり連絡してくるんじゃないの』とか『私だって忙しいんだから』とか書いてあったのだが、主人の威厳を保つためにも、ルイズはその部分を意図的にカットする。
「こほん。……これによると、今度の虚無の曜日に姉さまが予定を空けてくれたから、昼頃に来なさい、だそうよ」
「虚無の曜日―――明日か」
「まあ、変に間隔を空けるよりはいいんじゃないの? それと……」
ルイズがジロジロとユーゼスの全身を見て、その後で納得したように頷く。
「うん。やっぱり、アンタに剣を買ってあげる」
「剣だと?」
あれだけ自分が筋肉痛で苦しんだ様子を見ているはずなのに、この少女は何を言っているのだろう……と、実際に声には出していないが、ユーゼスの表情が雄弁に語っているのを見て、ルイズはその理由を説明し始めた。
「いい? 確かに、アンタはギーシュと……確か30分くらい戦って、それで引き分けたわ」
「その通りだ」
「つまり、マトモに戦ったら『ドット』クラスのメイジ一人くらいなら、互角程度には戦えるのよ。
……正直、戦力としてはあんまり大したことないけど、わたしの使い魔なんだから最低限の戦力は持っててもらわないと」
この際だから体力のなさや筋肉痛には目をつぶるわ、と付け足して、ルイズはフフンと得意げな顔をする。
その理屈自体はユーゼスも納得するのだが。
「しかし、良いのか?」
「何がよ?」
「御主人様は、私に関しての出費は最低限に抑えると考えていたのだが」
それを聞いて、ジトッとした目でルイズはユーゼスを睨んだ。
「……アンタ、わたしを何だと思ってるのよ? 使い魔に贅沢させたら、クセになるでしょ。必要なものはキチンと買うわ。
わたしは別にケチじゃないのよ」
「分かった」
「じゃ、サッサと寝なさい。明日は早いんだから」
「では、お言葉に甘えさせてもらおう」
ワラ束の上に横になるユーゼス。さすがに一週間もすれば、この寝床にも慣れてくる。
そして20分ほど経過し、ユーゼスは浅めの睡眠に入った。
ルイズとユーゼスの静かな寝息が、部屋の中に小さく響く。
と、いきなりルイズの目がパチリと開き、
「……ユーゼス、もう寝た?」
眠りの中にいる使い魔に、小さな声で問いかける。
「……………」
返答がないことを確認すると、ルイズはムクッと起き上がって、そろりそろりとユーゼスが寝ている横に移動する。
そして、横になって眠っているユーゼスへと手を伸ばし―――
その傍らに置いてある、ユーゼスが作成したレポートを手に取った。
そして『ハルケギニアにおける魔法についての考察・第一稿』と書かれたそれを、音を立てないように持ち出して、こっそりと自分のカバンに入れる。
「……ふふふ」
ユーゼスは、これを『専門家にはとても見せられない』と言っていた。……この理屈や理論を重視する男がそう言うのだから、それは本当にそうなのだろう。
ならば、このレポートをアカデミーの主席研究員である自分の姉に見せたらどうなるか……。
「……ふふふ」
おそらく、姉は物凄い剣幕でこのレポートの矛盾点や考察の甘い点、間違っている点、不明点などを指摘しまくることだろう。
そうすれば、いつも超然としているこの使い魔も、うろたえたり焦ったり困ったりするに違いない。
「ちょっとかわいそうな気もするけど……」
何せこの使い魔は、主人に対してほとんど弱みらしい弱みを見せないのだ。
体力がない、というのも弱みと言えば弱みだが、本人はそれを恥じている様子がない。
ならば、自分の得意分野で叩き潰されれば―――と、ちょっとしたイタズラ心がルイズに芽生えてしまったのである。
「……エレオノール姉さまにキツく言われるのは、わたしも散々に味わってきたことだし、主人と苦しみを分かち合うのも悪くはないわよね」
つまり、ルイズはただ、ユーゼスの困った顔が見てみたいだけなのであった。
「ゼェ、ゼェ、ゼェ……。つ、辛く、険しい、ゼェ、道のり、だったな……、ゼェ……」
「………辛くて、険しかったのは! ぜぇ~んぶ! ア・ン・タ・の・せ・い・で・しょ~~!!」
着ている白衣はボロボロ、銀色の長髪はバサバサ、しかも疲労困憊のユーゼス・ゴッツォ。
そんな彼の主人は、顔をヒクつかせながらコメカミに血管を浮かせて使い魔のふがいなさに呆れていた。
「落馬が未遂も含めて14回、それから馬に乗ること自体に失敗したのが7回、あさっての方向に馬を走らせたのが9回、暴走させたのが3回! ここまで乗馬が下手なヤツなんて見たことがないわ!!」
「……暴走は4回だ」
「うるっさいわね! ……それと何よ、その手に持ってる棒は?」
ユーゼスは、両手で自分の身長の五分の四ほどの長さの木の棒を持っていた。……と言うより、地面に突き立てていた。
「道端に落ちていたのを拾った。杖の代わりだ」
「杖? メイジでもないアンタが、そんなの持ってどうするのよ?」
「……これを支えにしないと立てないのでな」
「…………………………」
ここで、現在のユーゼスの状況を簡単に説明しておく。
まず、手綱を握り続けていたので手が痛い。
次に、落馬しないよう力を入れていたので脚が痛い。
ついでに、長時間に渡って揺られ続けていたので腰が痛い。
最後に、神経をすり減らしすぎたので精神的にも厳しかった。
「って言うかね、魔法学院から城下町まで、普通なら馬で3時間もかからないってのに、なんで4時間半もかかってんのよ!?」
「私の乗馬技術が著しく低いからだな」
「冷静に切り返してるんじゃなぁ~いっ!!」
だんだんとユーゼスに対応しているルイズの方が、ゼェゼェと息を切らし始めてしまう。
「……とにかく! まずアンタの身なりを整えて、それから適当な水の秘薬でも買ってシャキッとさせるのが先決ね!」
「…別にそこまでしてもらう必要はないと思うが」
その言葉を聞いて、ルイズはキッとユーゼスを睨みつける。
「いい? これからわたしたちが会うエレオノール姉さまはね、『貴族の面子(メンツ)』とか『見栄え』とか『権威』とか、そういうのを何よりも大事にしてるの。
……まあ、これはハルケギニアの貴族のほとんどに共通してるんだけどね」
(随分と下らないことに―――いや、私も昔は似たようなものだったな)
因果律に関しての研究を始める前までは、自分も『名声』や『才能を示すこと』を求めていたことを思い出す。
「で、貴族の『格』っていうのはね、『来客のもてなし』とか、『連れてる使用人の質』とかでも決まるのよ」
「ほう」
使用人に教育が行き届いている、使用人の着ているもの一つ取っても違う―――など、そういうことだろうか。
「……ここまで言ったら、もう分かるわよね?」
「つまり、今の私の身なりはその『格』に満たない、と」
「そういうこと。……じゃ、行くわよ」
そうして、プンスカ怒る桃髪のメイジとボロボロの使い魔は、トリステイン城下町の大通り―――ブルドンネ街を歩いていく。
30分が経過し、髪を整え、白衣を新調して、更に水の秘薬を一ビン飲み干して体調も万全に整えたユーゼス。
彼は『ああもう、なんでこんなにムダな出費を……』とブツブツ愚痴る(出費について軽く感謝の言葉は述べた)御主人様と共に、宮殿の近くにある王室直属の魔法研究機関、通称『アカデミー』へと向かっていた。
「気をつけなさいよ、スリが多いんだから! アンタ、内ポケットに入れてる財布は大丈夫でしょうね?」
主人は財布なんか持たないわ、とユーゼスはルイズに財布を丸ごと預けられていた。かなり問題のあるやり方だとは思うが、経験上、下手に口出しをしてはいけないことは分かっているので、口出しはしない。
それよりも、ギッシリと詰まった金貨がズッシリと重く、ドッシリと存在を主張するので、ビッシリと詰まった人混みに揉まれて落ちないように、手でガッシリと持たなければならないことの方が問題だ。
「出るのか、スリが?」
「それなりにはね。魔法を使われたら一発よ」
「『念力』か」
あまりにもストレートなネーミングだったので、ユーゼスが大して見向きもしなかったコモン・マジックである。
「しかし、貴族がスリなどするのか?」
「トリステインの貴族は全員がメイジだけど、メイジの全てが貴族ってわけじゃないわ。いろんな事情で、勘当されたり家を捨てたりした貴族の次男や三男坊なんかが、身をやつして傭兵になったり犯罪者になったりね。
まあ、貴族は全体の人口の一割もいないし、そう溢れかえってるってわけでもないんだけど」
「成程」
どうやら、単純に『メイジが絶対階級』というわけでもないようだ。
まあ、メイジも平民と同じく転べば痛いし血も出るし、風邪だって引くだろうし、死ぬ時は死ぬだろう。
それでも『魔法』というアドバンテージはやはり大きいな、などと考えている内に、
「着いたわ、ここがアカデミーよ」
魔法学院より若干規模が小さい建物に到着した。
ルイズは入り口に立つ衛兵の所にタタタ、と小走りに駆けていくと、姉の所在を尋ねる。
「失礼致します。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申しますが、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールはおりますでしょうか?」
(……やたらと長い名前だな)
暗記するだけで一苦労しそうだ、などと思いつつ、ユーゼスは事の成り行きを見守ることに徹した。
「ああ、ミス・ヴァリエールのご親族の方ですね。少々お待ちください」
衛兵は入り口の近くにいる係官と思しき女性に声をかけ、その係官が建物の奥に引っ込む。
「ただいま、ミス・ヴァリエールをお呼びしておりますので、そのままでお待ちください」
「はい」
そうして待つこと、約5分ほど。
木で出来た正面の扉がギギギ、と開き、中から見事に美しい金髪の持ち主である女性が現れた。
年齢は20代後半ほど。今の自分の外見年齢と同程度だろうか。
顔立ちはルイズに似ているが、年上であることと、眼鏡をかけているせいでかなり理知的に見える。
『可愛い』ではなく『綺麗』という言葉がしっくりくるような、掛け値なしの美人である。
……そして何より、目がキツく、ルイズがそれこそ可愛く見えそうなほど、かなり気が強そうだった。
女性は長く美しい金髪をわずかに揺らしながら、ツカツカと無言でルイズに向かって歩いていく。
そしてルイズの前でピタリと止まると、
「お、お久しぶりです、エレオノ、ふぁいだだだっ!!」
いきなり右手で妹の頬をつねり上げた。
「……ルイズ、確か私はあなたに宛てた手紙に『昼頃に来なさい』と書いたわね?」
「ふぁ、ふぁい」
「じゃあ、今は何時かしら?」
「に、にじふぁんしゅぎれす(訳:に、2時半過ぎです)」
「そうね、世間一般ではそのくらいの時間を『昼頃』ではなく『昼過ぎ』と言うのよ、ちびルイズ?」
ぎゅぅぅううう~、と強く妹の頬をつねる姉―――エレオノール。
痛がりながらも『ひゅ、ひゅいまひぇん、ねえひゃま~』と姉に謝る妹―――ルイズ。
(……あれがこの姉妹なりのコミュニケーションなのだろうか。しかし……)
極端に扱いにくそうな女だ。
それがユーゼス・ゴッツォの、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールに対する第一印象だった。
「れ、れも、おきゅれたのは、しょこの、ちゅかいまのせいれ……(訳:で、でも、遅れたのは、そこの、使い魔のせいで……)」
「アンタね、使い魔の監督なんて、メイジの初歩でしょう、初歩!」
(……よくアレで通じるな)
頬をつねられたまま喋るルイズの言葉を、正確に把握して応答するエレオノールに、ユーゼスは感心する。
一方、その頬をつねられているルイズはと言うと。
(い、痛い、ほっぺたが痛い……。な、なんとか話題を変えないと……。
……あ、そうだ!)
さすがにつねられ続けるのは辛いので、(ルイズ的に)起死回生の一手を繰り出す決意をしていた。
「ね、ねえひゃま。えりぇおのーりゅねえひゃま(訳:ね、姉さま。エレオノール姉さま)」
「なに?」
「ご、ごきょんやきゅ、おみぇでとうごじゃいまひゅ(訳:ご、ご婚約、おめでとうございます)」
それを聞いたエレオノールの眉と目はますます吊り上がり、空いていた左手も動員して、両手でルイズの両頬をつねり上げる。
「あいだ! ほわだ! でえざば! どぼじで!(訳:姉さま! どうして!) あいだだだっだ!」
上、下、奥、前、ぐるぐる回す。
頬をつねるのにも色々とバリエーションがあるのだな、とユーゼスは無駄な知識を増やしていく。
「……あなた、知らないの? って言うか、知ってて言ってるわね?」
「わちゃひ、にゃんにもふぃりまふぇん!(訳:わたし、何にも知りません!)」
「婚約は解消よ! か・い・しょ・う!」
「にゃ、にゃにゆえにっ!?(訳:な、なにゆえにっ!?)」
「さあ? バーガンディ伯爵さまに聞いて頂戴。なんでも『もう限界』だそうよ。どうしてなのかしら!」
(……お可哀相なバーガンディ伯爵……)
ルイズには、名前しか知らないバーガンディ伯爵の気持ちが痛いほど分かった。と言うか、現在進行形で痛いのだが。
お試し期間の半同棲生活みたいなものだったらしいが、何せこの姉と四六時中一緒にいて、寝食を共にし、あまつさえそれが一生続くのである。
むしろ、よく持った方だと言えるかもしれない。
……そのとばっちりが自分に降りかかるのは、ハッキリ言って迷惑以外の何物でもなかったが。
ちなみに、そんな妹の内心など露知らず、頬をつねり続けている姉は、心中穏やかではなかった。
(ぐ、ぬぅ……)
エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールは、ルイズよりも11歳ほど年上、つまり御年27歳である。
27歳。
30歳へのカウントダウンだとか、ハルケギニア的な結婚適齢期をブッチ切っているとか、体力的な衰えが微妙に見え始めたとか、27歳でその胸のサイズはちょっと……とか、それはともかく。
今、問題とするべきは、彼女がつねっている妹の頬―――いや、もっと正確に言うならば。
(こ、この肌……!!)
そう、この妹の『肌』である。
最近、エレオノールは化粧のノリが悪い。
―――いや、実を言えば、自覚はあるのだ。
自分はいわゆる『お肌の曲がり角』というものをギャリギャリと突破し、今まさに下り坂を突き進んでいる、と。
(それでも、それでも、っ……!!)
そのみずみずしさ、うるおい、ツヤ、張り、キメ、加えてつねる指をはね返す弾力。
……全てが、かつて自分が持っていて、そして失ってしまったものだ。
気がつけば、頬を触ったときの感触が『プニッ』から『ペタッ』へ、そして『カサッ』へと変わっていった。
気がつけば、入浴した時に肌がお湯を弾かなくなっていた。
気がつけば、自分の顔から輝きが薄れ、今ではボンヤリとしかその面影が見えなくなってしまった。
無論、エレオノールとて、ただ黙ってその魔の手にかかったわけではない。
食事は脂ものを控え、味付けは薄めに、野菜は多めにとったり。
甘いものは実は大好きだが、まさに断腸の思いでそれを断ったり。
小瓶一つで10エキューする水の秘薬を購入して、朝と入浴後には毎日欠かさず肌に水分を与えたり。
太陽にはなるべく当たらないように過ごしたり(ハルケギニアの人間に『紫外線』という概念は無い)。
適度な運動を欠かさず行ったり。
母親から、肌の手入れのためのマッサージ法を伝授してもらったり。
ストレスは溜めずに過ご―――したいのだが、どうも自分はストレスを感じやすい。何故だろうか。
睡眠はたっぷりと取―――りたいのだが、研究職に就いている以上、2日や3日の徹夜はザラである。これはどうにもならない。
……職場で鏡を見ながら『あら、ニキビが出来ちゃったわ』と言ったら、新人の女性研究員から『ミス・ヴァリエール、ニキビはある程度の年齢を過ぎたら“吹き出物”って言うんですよ』と言われた時は、ソイツを絞め殺してやろうかと思ったが、鋼の精神でどうにか耐えた。
―――本当は、分かっている。
失ってしまったものは……若さという輝きは、もう……二度と戻っては来ないのだと。
しかし、それを求めてしまうのは…………人間のサガ、というモノなのだろうか?
(若さって、何かしら……)
ユーゼスのかつての友人ならば、その問いに『振り向かないことさ!』、あるいは『あきらめないことさ!』などと答えるのだろうが、あいにくとエレオノールにそんな友人はいなかった。
(フフフ、でも今に見ていなさい、ルイズ……。あなたもいずれ私と同じ年齢になる……。そうすれば、この苦悩も……)
なお、ルイズが27歳になるということは、11年ほど経過する、ということである。
(……く、苦悩も……)
もし、11年経過したとしたら。
(……理解が……出来て……)
つまり、自分の年齢は―――――
(―――――そんな未来の話は、どうでもいいわね)
エレオノールは速やかに思考を切り替えると、妹の頬をつねっていた両手をパッと離すのだった。
「あうっ!」
つねられていた手をいきなり離されて、その反動でルイズの身体がドサッと地面に倒れる。
それと同時に、バサバサバサ、とルイズの鞄の中に入っていた紙の束が散乱した。
「あら? それは……?」
「……む」
エレオノールとユーゼスの表情が変わる。
前者は少し興味深げに、後者は『余計なことを』とでも言いたげな顔だった。
エレオノールは地面に広がった紙を一つ一つ拾い上げると、その題名に目を通す。
「『魔法についての考察』? これはあなたが―――いえ、字が違うわね。ルイズ、誰が書いたの?」
「そ、そこにいる、わたしの使い魔です……」
赤く腫れた頬を撫でさすりながら、ルイズはユーゼスの方を見た。エレオノールもそれにならってユーゼスを見るが、すぐにレポートへと視線を移す。
「ふ……ん、ふん……」
素早く眼球を動かし、レポートを読み上げていくエレオノール。
「……ここで読むのも何だから、中に入りなさい」
そして、片手にユーゼスのレポートを持ったエレオノールの先導に従い、ルイズはおずおずと、ユーゼスは特に感慨もなくアカデミーの中へと入っていった。
二人は、エレオノールの研究室に通された。
さすがに主席研究員、しかも名門貴族の長姉ともなれば、専用の研究室程度は持っていて当然らしい。
デスクに座ったエレオノールがペラリと紙をめくる音が時折響き、その途中、
「……ルイズの使い魔の平民、私の質問に答えなさい」
少々厳しい目つきで、ユーゼスに質問が投げかけられる。
「何だ?」
ユーゼスとしても拒否する理由はないので、逆らわずに答えることにした。
(……うふふ、来た来た……)
ルイズにとっては、待っていた瞬間でもある。これで『しどろもどろになるユーゼス』という、珍しい光景も見れるだろう。
そしてそれを見た自分は言うのだ、『アンタの研究なんて、大したことないじゃない』と。
……言う、はずだったのだが。
「この水……『ブンシ』? というのは何?」
「霧や湯気などをよく観察すると、細かい粒子状になっているだろう。あれの粒の一つ一つだと思えばいい。……厳密に言うとかなり違うのだがな」
「『サンソ』というのは?」
「……一概には言えないが、空気中に存在している『火が発生することにおいて必要な要素』と捉えてくれ」
「『キアツ』について」
「読んで字のごとく、『空気の圧力』だ。……確か、風の魔法に真空を利用した攻撃があったと思ったが、気圧についての研究はされていないのか?」
「……『空気に圧力がある』って考え自体がないのよ」
「成程」
「『物質のユウテン』は? これを見ると、いつの間にか勝手に数字が設定されているようだけれど」
「『融点』は、『物質が熱によって溶解を始める温度』だ。
数字については、水が沸騰する温度を100℃、水が凍り始める温度を0℃としている」
「……それだと、『水が凍り始める温度』より低くなった場合、どうするの?」
「その場合はマイナス10℃、マイナス100℃―――となる」
「ふぅ、ん……」
(……あ、あれ?)
何だか、ルイズが想像していた結果とは、かなり違ってしまった。
困惑するルイズをよそに、エレオノールは一旦ユーゼスのレポートを読むことを切り上げる。
「ルイズ」
「は、はい!?」
「あなたの手紙には、『“サモン・サーヴァント”で平民の使い魔を召喚してしまった。軽くで構わないので調査して欲しい』と書いてあったわね?」
「そ、その通りです」
「………」
ユーゼスの目の前まで歩くエレオノール。
そして指揮棒のような杖を取り出すと、短くルーンを呟き、光の粉をユーゼスに振りまいた。
「あの、姉さま、『ディテクト・マジック』なら、魔法学院の教師の方が……」
「あなたは黙ってなさい」
「はい……」
言われた通りに、ルイズは黙りこくる。……心なしか、小さな背丈が更に縮んでしまったように見えた。
そしてエレオノールは、集中してユーゼスの解析結果を分析する。
(この平民自体には、魔法的な要素は見当たらない……。強いて言うなら使い魔のルーンが反応しているくらいだけど、それでも特におかしい点は……。
……………あら?)
かすかな、本当にかすかな違和感を感じる。
例えるなら全く同じワインを飲んで、産地も、出荷された年も、作った人間も、醸造した場所も、入っていたタルも、入れられた瓶も、保温条件も、飲むためのグラスも、そのグラスへの注ぎ方も、ワインの温度も、飲むタイミングに至るまで同じはずなのに、それでも感じてしまうほどの微妙な違い。
(……?)
エレオノールはそこまで超人的に繊細な味覚を持っているわけではなかったが、そんな違和感を覚えてしまった。
……おそらく、並のメイジではスクウェアクラスであろうとこれを感じることは出来まい。
このアカデミーの研究員として数え切れないほど―――魔法学院に入学する前から通算すれば、最低でも6桁には届いているという確信がある―――『ディテクト・マジック』をかけてきた自分だからこそ判別できるほどの、それだけかすかな違和感。
それは、この平民の上半身―――頭部から感じる。
「じっとしていなさい」
「む?」
ガシ、とエレオノールはユーゼスの頭を両手で掴み、更に『ディテクト・マジック』をかけた。
「……っ」
―――やはり、ほんのわずかな違和感を感じるが、その正体が分からない。
頭を切開してみるか、という考えが浮かんだが、『人間の使い魔』などという前例のないモノを、迂闊なことで失うわけにはいかない。
……何より、妹の使い魔にそんなことは出来ない。
そして、その調べられている対象のユーゼスは、
(……『正体不明のエネルギーが干渉している』、か。律儀に警告を送ってくるとはな)
脳内のクロスゲート・パラダイム・システムから発信される信号を、顔は無表情のまま、内心で苦笑しつつキャッチしていた。
おそらくこのルイズの姉は、システムが発した警告信号を、魔法的な信号として捉えてしまったのだろう。
機械的な信号まで把握が出来るとは、正直そこまでの繊細さがあるとは思わなかった。
……しかし、ナノチップサイズであるが故に、その信号も極めて微小。
よって、その正体を看破することは出来ないのである。
(コルベールという教師は、このような反応を示さなかったが……。これはこの女が優秀なためか?)
召喚されて間もなく『ディテクト・マジック』をかけた禿げた頭の中年教師を思い出し、エレオノールと比較する。
これにより、ユーゼスの中で、“『ディテクト・マジック』に関してはエレオノール>コルベール”という図式が出来上がった。
エレオノールはしばらくユーゼスの頭を掴んでいたが、やがて手を離し、あらためてルイズに問いかける。
「……ルイズ、あなたはこのレポートを見た?」
「い、いいえ、見てませんけど」
「…………この平民が、魔法の研究をしていることは知っていて?」
「はい。召喚されたその日に、わたしの部屋の本を読んでました。あ、わたしの隣で授業も聞いてます」
「………………それに関して、あなたの感想は?」
「変な平民だな、って……」
「……………………この平民を、アカデミーに連れて来ようと思ったのはあなたの判断?」
「? いいえ、ユーゼスが自分から『連絡して欲しい』って言ったので……」
「………………………………はぁ」
エレオノールは小さく、しかし深いため息をついた。
どうやら自分の妹は、召喚した使い魔がかなり『特殊』であることに、ほとんど気付いていないらしい。
頭にある微細な反応はともかくとして、使い魔の普段の行いをほとんど重要視していないようである。
一応、普段この使い魔にどのようなことをさせているのかを聞いてみると、
「えっと、部屋の掃除とか、洗濯とか、着替えの手伝いとか、その他にも雑用とか……」
……この使い魔に対しては、小間使い程度の認識しか持っていないことが判明した。
(そんなだから『ゼロ』なのよ、まったく……)
魔法が使える、使えない以前の問題のような気もするが、とにかく呆れるしかない。
ふぅ、と息をもう一度吐いて、エレオノールはルイズに確認と指示を行う。
「……この使い魔を召喚したのは、1週間ほど前ね?」
「その通りです、姉さま」
「たしか、魔法学院には使い魔を召喚して2週間ほどしたら、その使い魔の品評会があったはずよね?」
「はい」
「辞退しなさい」
「はい……って、ええっ!!?」
ルイズはいきなりの姉の指示に、鳶色の目を見開いて驚いた。
「な、何でですか!? それは、平民の使い魔なんて、恥ずかしくってとても出せたものじゃありませんけど! あの品評会はアンリエッタ姫殿下もお越しになられる、由緒正しい伝統行事なんですよ!?」
(……『とても出せたものではない』などと、本人の前で言うことではないと思うが)
無論、ユーゼスは無言のままである。
「も、もしかして、ヴァリエール公爵家の恥になるから、とかですか……!? で、でも、それだったら品評会に出席しないことの方が、恥に……」
「……いいから、とにかく辞退すること! いいわね!?」
「あの、その、でも……」
「返事は!?」
「はっ、はいぃ!!」
「よろしい」
エレオノールは眼鏡をクイっと指で上げると、ユーゼスの方を見る。
実を言うと、『使い魔品評会』とは『使い魔を見る』ことが目的ではなく『その年のメイジを見る』ことの方に重きを置いている。
『使い魔を見るにはメイジを見ろ』という言葉にもあるように、召喚した使い魔とそれを使いこなしているかどうかを観察し、その年のメイジの出来具合を調査するのである。
ゲルマニアやガリアなど、外国からの留学生も珍しくないトリステイン魔法学院であるから、その意味合いは容易に察することが出来るだろう。
しかし、ルイズの場合はその使い魔が特殊すぎている。好奇の目で見られるのは避けられないだろうし、下手をしたら本当に解剖させられかねない。
そして何より、ルイズが言った『アンリエッタ姫殿下もお越しになる』というのが重要だ。
この使い魔の正体も判明していない今の状態で、王室に直接―――あの『鳥の骨』こと宰相マザリーニの目に触れさせるのは、危険すぎる。
何しろ、父であるヴァリエール公爵が「あの男にだけは気を許すな。下手に手も出すな。なるべくなら関わるな」と言うほどの人物である。
そんな男の前で、もし迂闊にもこの論文の発表などをやられていたら……。
(……少なくとも、ロクなことにはならないでしょうね……)
気付かぬ内に息を呑むエレオノール。
そして、初めてまともにユーゼスを―――『ただの平民』や『妹の使い魔』ではなく、ユーゼス個人に注目する。
わずかにウェーブがかかっているが、基本はストレートの銀色の長髪。
切れ長の目。
顔は……まあ、美形とまではいかないまでも、整っている方である。
問題はその人間性なのだが、これがどうにも掴みにくい。
表情はほとんど動かないし、口調も平坦。強いて言うなら、時たま興味がありそうな目をこちらに向けてくることくらいか。
研究熱心な人間だということはレポートを流し見ただけでも分かるが、研究者にも色々とタイプがある。
社会や世界に貢献しようとする者、役に立とうが立つまいが自分の研究にひたすら没頭する者、周囲の迷惑を顧みない者、目的のためには手段を選ばない者、世界を自分の思い通りにしようとする者……。
実際、ユーゼスは上記に挙げられたタイプの中に当てはまっていたのだが、それをエレオノールが知る術はない。
とにかく、これだけは言える。
……腹に一物か二物くらいはありそうな男だわ。
それがエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールの、ユーゼス・ゴッツォに対する第一印象だった。
自分を値踏みするような視線を向けてくるエレオノールに対して、ユーゼスは逆に感心していた。
(……私の特異性に気付いたか)
先程の会話にあった『使い魔の品評会』。あれはおそらく、使い魔を通して次世代のメイジの実力を見極めることが目的なのだろう。
メイジがその国における特権階級ならば、メイジの力は国力と少なからず関係があることは容易に想像が出来る。
しかもこの国の王族までが出席するとなれば、自分の存在をさらすのは、かなりのリスクになり得る。
自分の知識のみならず、ルーンの特殊性まで発覚するような事態になり、更にもし『実験動物』の何たるかを理解していない輩がいたら、それこそ自分はバラバラに解剖されかねない。
仮にそんな事態にでもなれば、自分は即座に『この世界』から脱出するつもりだが……。
……まあ、今のところはその様子もないようだ。
「では、この簡易論文は、こちらで預からせてもらうわ」
エレオノールが、相変わらず突き放すような口調で告げる。
「……本来なら、まだ専門家に見せられるような段階ではないのだがな」
「着眼点が今までにない……そう、斬新なものなんだから、こちらでも吟味する価値はあるでしょう。
そうね……、添削した上で不明点や疑問点をまとめて、あとで魔法学院に送り返しましょうか」
(……そこまでしてくれるとは)
下手をすると、異端扱いされるかもしれないと予想していたのだが。
「あとは……、この題材のレベルなら……」
もう一度ペラペラとレポートを流し見て、エレオノールは何かを考え込む。
「少し待っていなさい」
一言だけ言うと、研究室からどこかへと消えていくヴァリエール家の長女。
そして10分と少々経過した頃に、彼女は分厚い本を3冊ほど抱えて戻ってきた。
それをユーゼスに手渡し、
「これを読んで、その内容から読み取れる考察を私に送りなさい。……期限は特に設けないけど、なるべく早くに。いいわね?」
少々高圧的に命じる。
「承知した」
ユーゼスは腕に伝わる魔法の専門書―――ルイズの部屋にある物より難しそうな―――の重さに、その顔を少しだけしかめながら、『主人の姉』ではなく、『優秀な研究員』に対して了承の意を伝えた。
「そうだわ、ついでにルーンのスケッチも取らせてもらうから」
「………」
これには少々、躊躇いを覚える。
コルベール曰く『珍しいルーン』であり、自分に『武器や兵器の使い方を判別させる』、『感情に比例して身体能力を向上させる』などの特殊能力を付与させたモノ。
アカデミーであれば、このルーンの『能力』だけではなく『意味』のようなものも調査してくれるかも知れない。
だが、それでは自分の特異性をますます際立たせるだけなのではないか……とも考えてしまう。
しかし、差し当たって断わる理由も見当たらない。
よってユーゼスは、黙って自分の左手に刻まれているルーンをエレオノールに差し出すのだった。
「よし、と」
ルーンのスケッチが終わった。
これで本日のアカデミーに対する用事は、全て終了したことになる。
特に御主人様の『余計なお節介』(ユーゼスは本当にルイズが親切心から自分のレポートを持ってきたと思っている)が功を奏して、研究資料を提供してもらうことが出来たのは幸運としか言えない。
しかも、わざわざ自分のレポートに関してアカデミーの主席研究員が意見してくれると言うのだから、これはもう望外の事態である。
(これも因果律の成せる業か……)
どうも自分に都合が良すぎる展開だが、それならばそれで存分に利用させてもらうまでだ。
「ああ、そうだわ」
と、そこでエレオノールが何かに気付いて、またユーゼスに向き直った。
「平民、あなたの名前を聞いていなかったわね。教えなさい」
「……ユーゼス・ゴッツォだ、ミス・ヴァリエール」
「―――その無礼な喋り方、次に会う時までには直しておきなさい。……次に会うのがいつになるかは知らないけれど」
「考えておこう」
別れ際に自己紹介を行う、という奇妙なやりとりの後で、ルイズとユーゼスはアカデミーを後にした。
再びブルドンネ街に出る、主人と使い魔。
「次は武器屋だったな。……どうした御主人様、様子がおかしいようだが」
次の目的地へ移動しようとしたところに、苦虫を噛み潰したような表情のルイズが目に入ったので、ユーゼスは声をかけてみた。
(何か嫌なことでもあったのだろうか)
思春期の少女の思考パターンなど、ハッキリ言って全く分からないが、とりあえずここは声をかけてみるべきかと判断したのである。
すると、
「っ、なんでっ!」
今までで最も強烈な視線で睨まれた。
……よく見ると、その瞳には薄っすらと涙も浮かんでいる。
「……なんで、平民で、私の使い魔のアンタがっ! エレオノール姉さまと、あんなに……あんなにっ!!」
「………」
鬱屈した物を吐き出すように、途切れ途切れに言うルイズ。
「わたしっ、わたしにだって、姉さまは、あんな……風にはっ、ア、アンタもまったく、物怖じしないでっ……!」
ユーゼスに対する嫉妬や羨望、自分自身に対する焦燥や不甲斐なさ、姉から感じた自分に対する呆れや落胆―――その他にも今までに散々『ゼロ』と呼ばれて蔑まれ続けてきたことのコンプレックス、いくら頑張っても実らない努力へのぶつけようのない怒りなど、様々な感情が一気に噴き出していた。
―――その彼女の感情を、一言で集約すると。
「なんで、わたしは認められないのに、アンタが認められるのよ!!」
人通りの多い場所だというのに、そんなことには頓着もせずルイズは叫んだ。
……結局は、そこに行き着くことになるのである。
そんなルイズの悲痛な叫びに対し、ユーゼスはやはり感情のこもらない声で答えた。
「どう答えて欲しい?」
「……え?」
「『いつかは認められる』、『理解者がきっと現れる』、『何かの拍子に魔法が使えるようになるかもしれない』、『一緒に頑張ろう』、『努力すれば道は拓ける』、『すまない』、『お前には無理だ』、『所詮“ゼロ”は“ゼロ”に過ぎない』、『私には何も言えない』―――簡単に思い付くのはこのくらいか。
どれが望みだ?」
「なっ……」
ルイズは絶句した。
「ただ単純に慰めて欲しいだけか? それならば、そのようにするが」
「バッ、バカにしないで! 誰がそんなこと!!」
「そうだろうな。中途半端な慰めなど、逆効果にしかならない」
『認められない悔しさ』も、『冷笑される屈辱』も、『理解してもらえない苦悩』も、『自分という存在を超えるモノに対する嫉妬』も、『卑小な自分自身に対する怒り』も、全てユーゼスは味わってきた。
だから、ルイズの気持ちは少なからず理解が出来る。
しかし、共感は出来ない。
「……私に感情をぶつけるだけぶつけて、それだけか? 『貴様』の底が知れるな、『御主人様』」
「なん、なんですって……!?」
皮肉も込めて、『貴様』という罵りの意味を含めた呼び方と、『御主人様』という敬った呼び方を混同する。
「『貴様』が今やっていることは、子供がただ泣き喚いていることと大差がない。
私という存在が現れて、それが自分の自意識や存在理由、居場所を脅かす。
……成程、確かに大事件だが、『貴様』はそれに対してただそうやって私に叫ぶだけか?」
「………っ」
「私を始末するなり、論文を燃やそうとするなり……、……実る保証などどこにもないが、それこそ自分自身で努力するなりしないのか?」
自分はやった。
40年―――自分の半生を懸けて、クロスゲート・パラダイム・システムを完成させた。
ウルトラマンの力を手に入れるために、非人道的なことにも手を染めた。
身近な邪魔者は、ことごとく排除した。ある組織も乗っ取った。
だと言うのに、この目の前の少女は。
「足掻きもせずに、ただ不満を吐露するだけ。
……こんな『御主人様』に当たるとは、これは『ハズレを引いてしまったな』」
「……っ、っ!!」
召喚されたその日にルイズから言われたセリフを、そのまま引用して彼女に突き返す。
……ギリ、と歯と歯がこすれる音がルイズから聞こえた。
そして、再びユーゼスを睨むと、
「うる……っ、うるさいわねっ!!」
噛み付くように叫びを上げる。
「わたしが、このわたしが『ハズレ』ですって!?」
「違うのか? 世間からは『ゼロ』呼ばわりされて、姉には全く頭が上がらず、あげくの果てにはこの体たらくだが」
「い、い、言ったわね、この……!!」
感情のままに杖を振り上げるルイズ。
だが、感情とは別の『理性』が、そんな彼女に警告を放つ。
―――ここでこの使い魔を攻撃しても、それはコイツの言葉を肯定するだけだ。
―――自分のこの気持ちを晴らすには、この使い魔を、
「……そうね、分かったわ」
杖を下ろす。
引きつった笑みを浮かべつつ、感情の爆発を抑えながらルイズは言葉をつむぐ。
「認めてあげる。今は……今は、たしかにアンタの言う通りよ。でもね……!」
「でも、何だ?」
「……いつか、そう遠くない将来に、……絶対、絶対、絶対、アンタを屈服させてやるんだから!!!」
睨みを利かせ、涙をにじませながら、御主人様は使い魔に宣言した。
「―――『お前』に対して、その手の期待はしないでおくよ、御主人様」
「フンッ、今はせいぜい得意になって浮かれて自惚れてるがいいわ!」
ユーゼスは内心で少しだけ笑うと、敵意むき出しの主人に連れられて大通りを歩いていく。
差し当たって、次の目的地は武器屋である。
#navi(ラスボスだった使い魔)
#navi(ラスボスだった使い魔)
ユーゼス・ゴッツォがルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールによってハルケギニアに召喚され、使い魔として契約してから一週間ほど経過した。
その間、刻まれたルーンを分析したり、字を覚えたり、御主人様を着替えさせたり、魔法に関しての本を読んだり、何かとんでもないゲートの反応を検知したり、御主人様の下着を洗濯したり、御主人様の魔法を拝見したり、貴族と決闘したり、筋肉痛に苦しんだり、超神形態に変身したり、何故か出現したアインストと戦ったりしたが、また新たな事態が発生するようだった。
「アカデミーにいるエレオノール姉さまから、連絡が来たわ」
「ほう」
一週間程度で返答が来るとは、どうやらルイズはかなり早い段階で連絡を取ってくれたらしい。
「えっと、……あー、ここは飛ばして、と……」
「?」
冒頭の部分には『いきなり連絡してくるんじゃないの』とか『私だって忙しいんだから』とか書いてあったのだが、主人の威厳を保つためにも、ルイズはその部分を意図的にカットする。
「こほん。……これによると、今度の虚無の曜日に姉さまが予定を空けてくれたから、昼頃に来なさい、だそうよ」
「虚無の曜日―――明日か」
「まあ、変に間隔を空けるよりはいいんじゃないの? それと……」
ルイズがジロジロとユーゼスの全身を見て、その後で納得したように頷く。
「うん。やっぱり、アンタに剣を買ってあげる」
「剣だと?」
あれだけ自分が筋肉痛で苦しんだ様子を見ているはずなのに、この少女は何を言っているのだろう……と、実際に声には出していないが、ユーゼスの表情が雄弁に語っているのを見て、ルイズはその理由を説明し始めた。
「いい? 確かに、アンタはギーシュと……確か30分くらい戦って、それで引き分けたわ」
「その通りだ」
「つまり、マトモに戦ったら『ドット』クラスのメイジ一人くらいなら、互角程度には戦えるのよ。
……正直、戦力としてはあんまり大したことないけど、わたしの使い魔なんだから最低限の戦力は持っててもらわないと」
この際だから体力のなさや筋肉痛には目をつぶるわ、と付け足して、ルイズはフフンと得意げな顔をする。
その理屈自体はユーゼスも納得するのだが。
「しかし、良いのか?」
「何がよ?」
「御主人様は、私に関しての出費は最低限に抑えると考えていたのだが」
それを聞いて、ジトッとした目でルイズはユーゼスを睨んだ。
「……アンタ、わたしを何だと思ってるのよ? 使い魔に贅沢させたら、クセになるでしょ。必要なものはキチンと買うわ。
わたしは別にケチじゃないのよ」
「分かった」
「じゃ、サッサと寝なさい。明日は早いんだから」
「では、お言葉に甘えさせてもらおう」
ワラ束の上に横になるユーゼス。さすがに一週間もすれば、この寝床にも慣れてくる。
そして20分ほど経過し、ユーゼスは浅めの睡眠に入った。
ルイズとユーゼスの静かな寝息が、部屋の中に小さく響く。
と、いきなりルイズの目がパチリと開き、
「……ユーゼス、もう寝た?」
眠りの中にいる使い魔に、小さな声で問いかける。
「……………」
返答がないことを確認すると、ルイズはムクッと起き上がって、そろりそろりとユーゼスが寝ている横に移動する。
そして、横になって眠っているユーゼスへと手を伸ばし―――
その傍らに置いてある、ユーゼスが作成したレポートを手に取った。
そして『ハルケギニアにおける魔法についての考察・第一稿』と書かれたそれを、音を立てないように持ち出して、こっそりと自分のカバンに入れる。
「……ふふふ」
ユーゼスは、これを『専門家にはとても見せられない』と言っていた。……この理屈や理論を重視する男がそう言うのだから、それは本当にそうなのだろう。
ならば、このレポートをアカデミーの主席研究員である自分の姉に見せたらどうなるか……。
「……ふふふ」
おそらく、姉は物凄い剣幕でこのレポートの矛盾点や考察の甘い点、間違っている点、不明点などを指摘しまくることだろう。
そうすれば、いつも超然としているこの使い魔も、うろたえたり焦ったり困ったりするに違いない。
「ちょっとかわいそうな気もするけど……」
何せこの使い魔は、主人に対してほとんど弱みらしい弱みを見せないのだ。
体力がない、というのも弱みと言えば弱みだが、本人はそれを恥じている様子がない。
ならば、自分の得意分野で叩き潰されれば―――と、ちょっとしたイタズラ心がルイズに芽生えてしまったのである。
「……エレオノール姉さまにキツく言われるのは、わたしも散々に味わってきたことだし、主人と苦しみを分かち合うのも悪くはないわよね」
つまり、ルイズはただ、ユーゼスの困った顔が見てみたいだけなのであった。
「ゼェ、ゼェ、ゼェ……。つ、辛く、険しい、ゼェ、道のり、だったな……、ゼェ……」
「………辛くて、険しかったのは! ぜぇ~んぶ! ア・ン・タ・の・せ・い・で・しょ~~!!」
着ている白衣はボロボロ、銀色の長髪はバサバサ、しかも疲労困憊のユーゼス・ゴッツォ。
そんな彼の主人は、顔をヒクつかせながらコメカミに血管を浮かせて使い魔のふがいなさに呆れていた。
「落馬が未遂も含めて14回、それから馬に乗ること自体に失敗したのが7回、あさっての方向に馬を走らせたのが9回、暴走させたのが3回! ここまで乗馬が下手なヤツなんて見たことがないわ!!」
「……暴走は4回だ」
「うるっさいわね! ……それと何よ、その手に持ってる棒は?」
ユーゼスは、両手で自分の身長の五分の四ほどの長さの木の棒を持っていた。……と言うより、地面に突き立てていた。
「道端に落ちていたのを拾った。杖の代わりだ」
「杖? メイジでもないアンタが、そんなの持ってどうするのよ?」
「……これを支えにしないと立てないのでな」
「…………………………」
ここで、現在のユーゼスの状況を簡単に説明しておく。
まず、手綱を握り続けていたので手が痛い。
次に、落馬しないよう力を入れていたので脚が痛い。
ついでに、長時間に渡って揺られ続けていたので腰が痛い。
最後に、神経をすり減らしすぎたので精神的にも厳しかった。
「って言うかね、魔法学院から城下町まで、普通なら馬で3時間もかからないってのに、なんで4時間半もかかってんのよ!?」
「私の乗馬技術が著しく低いからだな」
「冷静に切り返してるんじゃなぁ~いっ!!」
だんだんとユーゼスに対応しているルイズの方が、ゼェゼェと息を切らし始めてしまう。
「……とにかく! まずアンタの身なりを整えて、それから適当な水の秘薬でも買ってシャキッとさせるのが先決ね!」
「…別にそこまでしてもらう必要はないと思うが」
その言葉を聞いて、ルイズはキッとユーゼスを睨みつける。
「いい? これからわたしたちが会うエレオノール姉さまはね、『貴族の面子(メンツ)』とか『見栄え』とか『権威』とか、そういうのを何よりも大事にしてるの。
……まあ、これはハルケギニアの貴族のほとんどに共通してるんだけどね」
(随分と下らないことに―――いや、私も昔は似たようなものだったな)
因果律に関しての研究を始める前までは、自分も『名声』や『才能を示すこと』を求めていたことを思い出す。
「で、貴族の『格』っていうのはね、『来客のもてなし』とか、『連れてる使用人の質』とかでも決まるのよ」
「ほう」
使用人に教育が行き届いている、使用人の着ているもの一つ取っても違う―――など、そういうことだろうか。
「……ここまで言ったら、もう分かるわよね?」
「つまり、今の私の身なりはその『格』に満たない、と」
「そういうこと。……じゃ、行くわよ」
そうして、プンスカ怒る桃髪のメイジとボロボロの使い魔は、トリステイン城下町の大通り―――ブルドンネ街を歩いていく。
30分が経過し、髪を整え、白衣を新調して、更に水の秘薬を一ビン飲み干して体調も万全に整えたユーゼス。
彼は『ああもう、なんでこんなにムダな出費を……』とブツブツ愚痴る(出費について軽く感謝の言葉は述べた)御主人様と共に、宮殿の近くにある王室直属の魔法研究機関、通称『アカデミー』へと向かっていた。
「気をつけなさいよ、スリが多いんだから! アンタ、内ポケットに入れてる財布は大丈夫でしょうね?」
主人は財布なんか持たないわ、とユーゼスはルイズに財布を丸ごと預けられていた。かなり問題のあるやり方だとは思うが、経験上、下手に口出しをしてはいけないことは分かっているので、口出しはしない。
それよりも、ギッシリと詰まった金貨がズッシリと重く、ドッシリと存在を主張するので、ビッシリと詰まった人混みに揉まれて落ちないように、手でガッシリと持たなければならないことの方が問題だ。
「出るのか、スリが?」
「それなりにはね。魔法を使われたら一発よ」
「『念力』か」
あまりにもストレートなネーミングだったので、ユーゼスが大して見向きもしなかったコモン・マジックである。
「しかし、貴族がスリなどするのか?」
「トリステインの貴族は全員がメイジだけど、メイジの全てが貴族ってわけじゃないわ。いろんな事情で、勘当されたり家を捨てたりした貴族の次男や三男坊なんかが、身をやつして傭兵になったり犯罪者になったりね。
まあ、貴族は全体の人口の一割もいないし、そう溢れかえってるってわけでもないんだけど」
「成程」
どうやら、単純に『メイジが絶対階級』というわけでもないようだ。
まあ、メイジも平民と同じく転べば痛いし血も出るし、風邪だって引くだろうし、死ぬ時は死ぬだろう。
それでも『魔法』というアドバンテージはやはり大きいな、などと考えている内に、
「着いたわ、ここがアカデミーよ」
魔法学院より若干規模が小さい建物に到着した。
ルイズは入り口に立つ衛兵の所にタタタ、と小走りに駆けていくと、姉の所在を尋ねる。
「失礼致します。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申しますが、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールはおりますでしょうか?」
(……やたらと長い名前だな)
暗記するだけで一苦労しそうだ、などと思いつつ、ユーゼスは事の成り行きを見守ることに徹した。
「ああ、ミス・ヴァリエールのご親族の方ですね。少々お待ちください」
衛兵は入り口の近くにいる係官と思しき女性に声をかけ、その係官が建物の奥に引っ込む。
「ただいま、ミス・ヴァリエールをお呼びしておりますので、そのままでお待ちください」
「はい」
そうして待つこと、約5分ほど。
木で出来た正面の扉がギギギ、と開き、中から見事に美しい金髪の持ち主である女性が現れた。
年齢は20代後半ほど。今の自分の外見年齢と同程度だろうか。
顔立ちはルイズに似ているが、年上であることと、眼鏡をかけているせいでかなり理知的に見える。
『可愛い』ではなく『綺麗』という言葉がしっくりくるような、掛け値なしの美人である。
……そして何より、目がキツく、ルイズがそれこそ可愛く見えそうなほど、かなり気が強そうだった。
女性は長く美しい金髪をわずかに揺らしながら、ツカツカと無言でルイズに向かって歩いていく。
そしてルイズの前でピタリと止まると、
「お、お久しぶりです、エレオノ、ふぁいだだだっ!!」
いきなり右手で妹の頬をつねり上げた。
「……ルイズ、確か私はあなたに宛てた手紙に『昼頃に来なさい』と書いたわね?」
「ふぁ、ふぁい」
「じゃあ、今は何時かしら?」
「に、にじふぁんしゅぎれす(訳:に、2時半過ぎです)」
「そうね、世間一般ではそのくらいの時間を『昼頃』ではなく『昼過ぎ』と言うのよ、ちびルイズ?」
ぎゅぅぅううう~、と強く妹の頬をつねる姉―――エレオノール。
痛がりながらも『ひゅ、ひゅいまひぇん、ねえひゃま~』と姉に謝る妹―――ルイズ。
(……あれがこの姉妹なりのコミュニケーションなのだろうか。しかし……)
極端に扱いにくそうな女だ。
それがユーゼス・ゴッツォの、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールに対する第一印象だった。
「れ、れも、おきゅれたのは、しょこの、ちゅかいまのせいなんれすけろ……(訳:で、でも、遅れたのは、そこの、使い魔のせいなんですけど……)」
「アンタね、使い魔の監督なんて、メイジの初歩でしょう、初歩!」
(……よくアレで通じるな)
頬をつねられたまま喋るルイズの言葉を、正確に把握して応答するエレオノールに、ユーゼスは感心する。
一方、その頬をつねられているルイズはと言うと。
(い、痛い、ほっぺたが痛い……。な、なんとか話題を変えないと……。
……あ、そうだ!)
さすがにつねられ続けるのは辛いので、(ルイズ的に)起死回生の一手を繰り出す決意をしていた。
「ね、ねえひゃま。えりぇおのーりゅねえひゃま(訳:ね、姉さま。エレオノール姉さま)」
「なに?」
「ご、ごきょんやきゅ、おみぇでとうごじゃいまひゅ(訳:ご、ご婚約、おめでとうございます)」
それを聞いたエレオノールの眉と目はますます吊り上がり、空いていた左手も動員して、両手でルイズの両頬をつねり上げる。
「あいだ! ほわだ! でえざば! どぼじで!(訳:姉さま! どうして!) あいだだだっだ!」
上、下、奥、前、ぐるぐる回す。
頬をつねるのにも色々とバリエーションがあるのだな、とユーゼスは無駄な知識を増やしていく。
「……あなた、知らないの? って言うか、知ってて言ってるわね?」
「わちゃひ、にゃんにもふぃりまふぇん!(訳:わたし、何にも知りません!)」
「婚約は解消よ! か・い・しょ・う!」
「にゃ、にゃにゆえにっ!?(訳:な、なにゆえにっ!?)」
「さあ? バーガンディ伯爵さまに聞いて頂戴。なんでも『もう限界』だそうよ。どうしてなのかしら!」
(……お可哀相なバーガンディ伯爵……)
ルイズには、名前しか知らないバーガンディ伯爵の気持ちが痛いほど分かった。と言うか、現在進行形で痛いのだが。
お試し期間の半同棲生活みたいなものだったらしいが、何せこの姉と四六時中一緒にいて、寝食を共にし、あまつさえそれが一生続くのである。
むしろ、よく持った方だと言えるかもしれない。
……そのとばっちりが自分に降りかかるのは、ハッキリ言って迷惑以外の何物でもなかったが。
ちなみに、そんな妹の内心など露知らず、頬をつねり続けている姉は、心中穏やかではなかった。
(ぐ、ぬぅ……)
エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールは、ルイズよりも11歳ほど年上、つまり御年27歳である。
27歳。
30歳へのカウントダウンだとか、ハルケギニア的な結婚適齢期をブッチ切っているとか、体力的な衰えが微妙に見え始めたとか、27歳でその胸のサイズはちょっと……とか、それはともかく。
今、問題とするべきは、彼女がつねっている妹の頬―――いや、もっと正確に言うならば。
(こ、この肌……!!)
そう、この妹の『肌』である。
最近、エレオノールは化粧のノリが悪い。
―――いや、実を言えば、自覚はあるのだ。
自分はいわゆる『お肌の曲がり角』というものをギャリギャリと突破し、今まさに下り坂を突き進んでいる、と。
(それでも、それでも、っ……!!)
そのみずみずしさ、うるおい、ツヤ、張り、キメ、加えてつねる指をはね返す弾力。
……全てが、かつて自分が持っていて、そして失ってしまったものだ。
気がつけば、頬を触ったときの感触が『プニッ』から『ペタッ』へ、そして『カサッ』へと変わっていった。
気がつけば、入浴した時に肌がお湯を弾かなくなっていた。
気がつけば、自分の顔から輝きが薄れ、今ではボンヤリとしかその面影が見えなくなってしまった。
無論、エレオノールとて、ただ黙ってその魔の手にかかったわけではない。
食事は脂ものを控え、味付けは薄めに、野菜は多めにとったり。
甘いものは実は大好きだが、まさに断腸の思いでそれを断ったり。
小瓶一つで10エキューする水の秘薬を購入して、朝と入浴後には毎日欠かさず肌に水分を与えたり。
太陽にはなるべく当たらないように過ごしたり(ハルケギニアの人間に『紫外線』という概念は無い)。
適度な運動を欠かさず行ったり。
母親から、肌の手入れのためのマッサージ法を伝授してもらったり。
ストレスは溜めずに過ご―――したいのだが、どうも自分はストレスを感じやすい。何故だろうか。
睡眠はたっぷりと取―――りたいのだが、研究職に就いている以上、2日や3日の徹夜はザラである。これはどうにもならない。
……職場で鏡を見ながら『あら、ニキビが出来ちゃったわ』と言ったら、新人の女性研究員から『ミス・ヴァリエール、ニキビはある程度の年齢を過ぎたら“吹き出物”って言うんですよ』と言われた時は、ソイツを絞め殺してやろうかと思ったが、鋼の精神でどうにか耐えた。
―――本当は、分かっている。
失ってしまったものは……若さという輝きは、もう……二度と戻っては来ないのだと。
しかし、それを求めてしまうのは…………人間のサガ、というモノなのだろうか?
(若さって、何かしら……)
ユーゼスのかつての友人ならば、その問いに『振り向かないことさ!』、あるいは『あきらめないことさ!』などと答えるのだろうが、あいにくとエレオノールにそんな友人はいなかった。
(フフフ、でも今に見ていなさい、ルイズ……。あなたもいずれ私と同じ年齢になる……。そうすれば、この苦悩も……)
なお、ルイズが27歳になるということは、11年ほど経過する、ということである。
(……く、苦悩も……)
もし、11年経過したとしたら。
(……理解が……出来て……)
つまり、自分の年齢は―――――
(―――――そんな未来の話は、どうでもいいわね)
エレオノールは速やかに思考を切り替えると、妹の頬をつねっていた両手をパッと離すのだった。
「あうっ!」
つねられていた手をいきなり離されて、その反動でルイズの身体がドサッと地面に倒れる。
それと同時に、バサバサバサ、とルイズの鞄の中に入っていた紙の束が散乱した。
「あら? それは……?」
「……む」
エレオノールとユーゼスの表情が変わる。
前者は少し興味深げに、後者は『余計なことを』とでも言いたげな顔だった。
エレオノールは地面に広がった紙を一つ一つ拾い上げると、その題名に目を通す。
「『魔法についての考察』? これはあなたが―――いえ、字が違うわね。ルイズ、誰が書いたの?」
「そ、そこにいる、わたしの使い魔です……」
赤く腫れた頬を撫でさすりながら、ルイズはユーゼスの方を見た。エレオノールもそれにならってユーゼスを見るが、すぐにレポートへと視線を移す。
「ふ……ん、ふん……」
素早く眼球を動かし、レポートを読み上げていくエレオノール。
「……ここで読むのも何だから、中に入りなさい」
そして、片手にユーゼスのレポートを持ったエレオノールの先導に従い、ルイズはおずおずと、ユーゼスは特に感慨もなくアカデミーの中へと入っていった。
二人は、エレオノールの研究室に通された。
さすがに主席研究員、しかも名門貴族の長姉ともなれば、専用の研究室程度は持っていて当然らしい。
デスクに座ったエレオノールがペラリと紙をめくる音が時折響き、その途中、
「……ルイズの使い魔の平民、私の質問に答えなさい」
少々厳しい目つきで、ユーゼスに質問が投げかけられる。
「何だ?」
ユーゼスとしても拒否する理由はないので、逆らわずに答えることにした。
(……うふふ、来た来た……)
ルイズにとっては、待っていた瞬間でもある。これで『しどろもどろになるユーゼス』という、珍しい光景も見れるだろう。
そしてそれを見た自分は言うのだ、『アンタの研究なんて、大したことないじゃない』と。
……言う、はずだったのだが。
「この水……『ブンシ』? というのは何?」
「霧や湯気などをよく観察すると、細かい粒子状になっているだろう。あれの粒の一つ一つだと思えばいい。……厳密に言うとかなり違うのだがな」
「『サンソ』というのは?」
「……一概には言えないが、空気中に存在している『火が発生することにおいて必要な要素』と捉えてくれ」
「『キアツ』について」
「読んで字のごとく、『空気の圧力』だ。……確か、風の魔法に真空を利用した攻撃があったと思ったが、気圧についての研究はされていないのか?」
「……『空気に圧力がある』って考え自体がないのよ」
「成程」
「『物質のユウテン』は? これを見ると、いつの間にか勝手に数字が設定されているようだけれど」
「『融点』は、『物質が熱によって溶解を始める温度』だ。
数字については、水が沸騰する温度を100℃、水が凍り始める温度を0℃としている」
「……それだと、『水が凍り始める温度』より低くなった場合、どうするの?」
「その場合はマイナス10℃、マイナス100℃―――となる」
「ふぅ、ん……」
(……あ、あれ?)
何だか、ルイズが想像していた結果とは、かなり違ってしまった。
困惑するルイズをよそに、エレオノールは一旦ユーゼスのレポートを読むことを切り上げる。
「ルイズ」
「は、はい!?」
「あなたの手紙には、『“サモン・サーヴァント”で平民の使い魔を召喚してしまった。軽くで構わないので調査して欲しい』と書いてあったわね?」
「そ、その通りです」
「………」
ユーゼスの目の前まで歩くエレオノール。
そして指揮棒のような杖を取り出すと、短くルーンを呟き、光の粉をユーゼスに振りまいた。
「あの、姉さま、『ディテクト・マジック』なら、魔法学院の教師の方が……」
「あなたは黙ってなさい」
「はい……」
言われた通りに、ルイズは黙りこくる。……心なしか、小さな背丈が更に縮んでしまったように見えた。
そしてエレオノールは、集中してユーゼスの解析結果を分析する。
(この平民自体には、魔法的な要素は見当たらない……。強いて言うなら使い魔のルーンが反応しているくらいだけど、それでも特におかしい点は……。
……………あら?)
かすかな、本当にかすかな違和感を感じる。
例えるなら全く同じワインを飲んで、産地も、出荷された年も、作った人間も、醸造した場所も、入っていたタルも、入れられた瓶も、保温条件も、飲むためのグラスも、そのグラスへの注ぎ方も、ワインの温度も、飲むタイミングに至るまで同じはずなのに、それでも感じてしまうほどの微妙な違い。
(……?)
エレオノールはそこまで超人的に繊細な味覚を持っているわけではなかったが、そんな違和感を覚えてしまった。
……おそらく、並のメイジではスクウェアクラスであろうとこれを感じることは出来まい。
このアカデミーの研究員として数え切れないほど―――魔法学院に入学する前から通算すれば、最低でも6桁には届いているという確信がある―――『ディテクト・マジック』をかけてきた自分だからこそ判別できるほどの、それだけかすかな違和感。
それは、この平民の上半身―――頭部から感じる。
「じっとしていなさい」
「む?」
ガシ、とエレオノールはユーゼスの頭を両手で掴み、更に『ディテクト・マジック』をかけた。
「……っ」
―――やはり、ほんのわずかな違和感を感じるが、その正体が分からない。
頭を切開してみるか、という考えが浮かんだが、『人間の使い魔』などという前例のないモノを、迂闊なことで失うわけにはいかない。
……何より、妹の使い魔にそんなことは出来ない。
そして、その調べられている対象のユーゼスは、
(……『正体不明のエネルギーが干渉している』、か。律儀に警告を送ってくるとはな)
脳内のクロスゲート・パラダイム・システムから発信される信号を、顔は無表情のまま、内心で苦笑しつつキャッチしていた。
おそらくこのルイズの姉は、システムが発した警告信号を、魔法的な信号として捉えてしまったのだろう。
機械的な信号まで把握が出来るとは、正直そこまでの繊細さがあるとは思わなかった。
……しかし、ナノチップサイズであるが故に、その信号も極めて微小。
よって、その正体を看破することは出来ないのである。
(コルベールという教師は、このような反応を示さなかったが……。これはこの女が優秀なためか?)
召喚されて間もなく『ディテクト・マジック』をかけた禿げた頭の中年教師を思い出し、エレオノールと比較する。
これにより、ユーゼスの中で、“『ディテクト・マジック』に関してはエレオノール>コルベール”という図式が出来上がった。
エレオノールはしばらくユーゼスの頭を掴んでいたが、やがて手を離し、あらためてルイズに問いかける。
「……ルイズ、あなたはこのレポートを見た?」
「い、いいえ、見てませんけど」
「…………この平民が、魔法の研究をしていることは知っていて?」
「はい。召喚されたその日に、わたしの部屋の本を読んでました。あ、わたしの隣で授業も聞いてます」
「………………それに関して、あなたの感想は?」
「変な平民だな、って……」
「……………………この平民を、アカデミーに連れて来ようと思ったのはあなたの判断?」
「? いいえ、ユーゼスが自分から『連絡して欲しい』って言ったので……」
「………………………………はぁ」
エレオノールは小さく、しかし深いため息をついた。
どうやら自分の妹は、召喚した使い魔がかなり『特殊』であることに、ほとんど気付いていないらしい。
頭にある微細な反応はともかくとして、使い魔の普段の行いをほとんど重要視していないようである。
一応、普段この使い魔にどのようなことをさせているのかを聞いてみると、
「えっと、部屋の掃除とか、洗濯とか、着替えの手伝いとか、その他にも雑用とか……」
……この使い魔に対しては、小間使い程度の認識しか持っていないことが判明した。
(そんなだから『ゼロ』なのよ、まったく……)
魔法が使える、使えない以前の問題のような気もするが、とにかく呆れるしかない。
ふぅ、と息をもう一度吐いて、エレオノールはルイズに確認と指示を行う。
「……この使い魔を召喚したのは、1週間ほど前ね?」
「その通りです、姉さま」
「たしか、魔法学院には使い魔を召喚して2週間ほどしたら、その使い魔の品評会があったはずよね?」
「はい」
「辞退しなさい」
「はい……って、ええっ!!?」
ルイズはいきなりの姉の指示に、鳶色の目を見開いて驚いた。
「な、何でですか!? それは、平民の使い魔なんて、恥ずかしくってとても出せたものじゃありませんけど! あの品評会はアンリエッタ姫殿下もお越しになられる、由緒正しい伝統行事なんですよ!?」
(……『とても出せたものではない』などと、本人の前で言うことではないと思うが)
無論、ユーゼスは無言のままである。
「も、もしかして、ヴァリエール公爵家の恥になるから、とかですか……!? で、でも、それだったら品評会に出席しないことの方が、恥に……」
「……いいから、とにかく辞退すること! いいわね!?」
「あの、その、でも……」
「返事は!?」
「はっ、はいぃ!!」
「よろしい」
エレオノールは眼鏡をクイっと指で上げると、ユーゼスの方を見る。
実を言うと、『使い魔品評会』とは『使い魔を見る』ことが目的ではなく『その年のメイジを見る』ことの方に重きを置いている。
『使い魔を見るにはメイジを見ろ』という言葉にもあるように、召喚した使い魔とそれを使いこなしているかどうかを観察し、その年のメイジの出来具合を調査するのである。
ゲルマニアやガリアなど、外国からの留学生も珍しくないトリステイン魔法学院であるから、その意味合いは容易に察することが出来るだろう。
しかし、ルイズの場合はその使い魔が特殊すぎている。好奇の目で見られるのは避けられないだろうし、下手をしたら本当に解剖させられかねない。
そして何より、ルイズが言った『アンリエッタ姫殿下もお越しになる』というのが重要だ。
この使い魔の正体も判明していない今の状態で、王室に直接―――あの『鳥の骨』こと宰相マザリーニの目に触れさせるのは、危険すぎる。
何しろ、父であるヴァリエール公爵が「あの男にだけは気を許すな。下手に手も出すな。なるべくなら関わるな」と言うほどの人物である。
そんな男の前で、もし迂闊にもこの論文の発表などをやられていたら……。
(……少なくとも、ロクなことにはならないでしょうね……)
気付かぬ内に息を呑むエレオノール。
そして、初めてまともにユーゼスを―――『ただの平民』や『妹の使い魔』ではなく、ユーゼス個人に注目する。
わずかにウェーブがかかっているが、基本はストレートの銀色の長髪。
切れ長の目。
顔は……まあ、美形とまではいかないまでも、整っている方である。
問題はその人間性なのだが、これがどうにも掴みにくい。
表情はほとんど動かないし、口調も平坦。強いて言うなら、時たま興味がありそうな目をこちらに向けてくることくらいか。
研究熱心な人間だということはレポートを流し見ただけでも分かるが、研究者にも色々とタイプがある。
社会や世界に貢献しようとする者、役に立とうが立つまいが自分の研究にひたすら没頭する者、周囲の迷惑を顧みない者、目的のためには手段を選ばない者、世界を自分の思い通りにしようとする者……。
実際、ユーゼスは上記に挙げられたタイプの中に当てはまっていたのだが、それをエレオノールが知る術はない。
とにかく、これだけは言える。
……腹に一物か二物くらいはありそうな男だわ。
それがエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールの、ユーゼス・ゴッツォに対する第一印象だった。
自分を値踏みするような視線を向けてくるエレオノールに対して、ユーゼスは逆に感心していた。
(……私の特異性に気付いたか)
先程の会話にあった『使い魔の品評会』。あれはおそらく、使い魔を通して次世代のメイジの実力を見極めることが目的なのだろう。
メイジがその国における特権階級ならば、メイジの力は国力と少なからず関係があることは容易に想像が出来る。
しかもこの国の王族までが出席するとなれば、自分の存在をさらすのは、かなりのリスクになり得る。
自分の知識のみならず、ルーンの特殊性まで発覚するような事態になり、更にもし『実験動物』の何たるかを理解していない輩がいたら、それこそ自分はバラバラに解剖されかねない。
仮にそんな事態にでもなれば、自分は即座に『この世界』から脱出するつもりだが……。
……まあ、今のところはその様子もないようだ。
「では、この簡易論文は、こちらで預からせてもらうわ」
エレオノールが、相変わらず突き放すような口調で告げる。
「……本来なら、まだ専門家に見せられるような段階ではないのだがな」
「着眼点が今までにない……そう、斬新なものなんだから、こちらでも吟味する価値はあるでしょう。
そうね……、添削した上で不明点や疑問点をまとめて、あとで魔法学院に送り返しましょうか」
(……そこまでしてくれるとは)
下手をすると、異端扱いされるかもしれないと予想していたのだが。
「あとは……、この題材のレベルなら……」
もう一度ペラペラとレポートを流し見て、エレオノールは何かを考え込む。
「少し待っていなさい」
一言だけ言うと、研究室からどこかへと消えていくヴァリエール家の長女。
そして10分と少々経過した頃に、彼女は分厚い本を3冊ほど抱えて戻ってきた。
それをユーゼスに手渡し、
「これを読んで、その内容から読み取れる考察を私に送りなさい。……期限は特に設けないけど、なるべく早くに。いいわね?」
少々高圧的に命じる。
「承知した」
ユーゼスは腕に伝わる魔法の専門書―――ルイズの部屋にある物より難しそうな―――の重さに、その顔を少しだけしかめながら、『主人の姉』ではなく、『優秀な研究員』に対して了承の意を伝えた。
「そうだわ、ついでにルーンのスケッチも取らせてもらうから」
「………」
これには少々、躊躇いを覚える。
コルベール曰く『珍しいルーン』であり、自分に『武器や兵器の使い方を判別させる』、『感情に比例して身体能力を向上させる』などの特殊能力を付与させたモノ。
アカデミーであれば、このルーンの『能力』だけではなく『意味』のようなものも調査してくれるかも知れない。
だが、それでは自分の特異性をますます際立たせるだけなのではないか……とも考えてしまう。
しかし、差し当たって断わる理由も見当たらない。
よってユーゼスは、黙って自分の左手に刻まれているルーンをエレオノールに差し出すのだった。
「よし、と」
ルーンのスケッチが終わった。
これで本日のアカデミーに対する用事は、全て終了したことになる。
特に御主人様の『余計なお節介』(ユーゼスは本当にルイズが親切心から自分のレポートを持ってきたと思っている)が功を奏して、研究資料を提供してもらうことが出来たのは幸運としか言えない。
しかも、わざわざ自分のレポートに関してアカデミーの主席研究員が意見してくれると言うのだから、これはもう望外の事態である。
(これも因果律の成せる業か……)
どうも自分に都合が良すぎる展開だが、それならばそれで存分に利用させてもらうまでだ。
「ああ、そうだわ」
と、そこでエレオノールが何かに気付いて、またユーゼスに向き直った。
「平民、あなたの名前を聞いていなかったわね。教えなさい」
「……ユーゼス・ゴッツォだ、ミス・ヴァリエール」
「―――その無礼な喋り方、次に会う時までには直しておきなさい。……次に会うのがいつになるかは知らないけれど」
「考えておこう」
別れ際に自己紹介を行う、という奇妙なやりとりの後で、ルイズとユーゼスはアカデミーを後にした。
再びブルドンネ街に出る、主人と使い魔。
「次は武器屋だったな。……どうした御主人様、様子がおかしいようだが」
次の目的地へ移動しようとしたところに、苦虫を噛み潰したような表情のルイズが目に入ったので、ユーゼスは声をかけてみた。
(何か嫌なことでもあったのだろうか)
思春期の少女の思考パターンなど、ハッキリ言って全く分からないが、とりあえずここは声をかけてみるべきかと判断したのである。
すると、
「っ、なんでっ!」
今までで最も強烈な視線で睨まれた。
……よく見ると、その瞳には薄っすらと涙も浮かんでいる。
「……なんで、平民で、私の使い魔のアンタがっ! エレオノール姉さまと、あんなに……あんなにっ!!」
「………」
鬱屈した物を吐き出すように、途切れ途切れに言うルイズ。
「わたしっ、わたしにだって、姉さまは、あんな……風にはっ、ア、アンタもまったく、物怖じしないでっ……!」
ユーゼスに対する嫉妬や羨望、自分自身に対する焦燥や不甲斐なさ、姉から感じた自分に対する呆れや落胆―――その他にも今までに散々『ゼロ』と呼ばれて蔑まれ続けてきたことのコンプレックス、いくら頑張っても実らない努力へのぶつけようのない怒りなど、様々な感情が一気に噴き出していた。
―――その彼女の感情を、一言で集約すると。
「なんで、わたしは認められないのに、アンタが認められるのよ!!」
人通りの多い場所だというのに、そんなことには頓着もせずルイズは叫んだ。
……結局は、そこに行き着くことになるのである。
そんなルイズの悲痛な叫びに対し、ユーゼスはやはり感情のこもらない声で答えた。
「どう答えて欲しい?」
「……え?」
「『いつかは認められる』、『理解者がきっと現れる』、『何かの拍子に魔法が使えるようになるかもしれない』、『一緒に頑張ろう』、『努力すれば道は拓ける』、『すまない』、『お前には無理だ』、『所詮“ゼロ”は“ゼロ”に過ぎない』、『私には何も言えない』―――簡単に思い付くのはこのくらいか。
どれが望みだ?」
「なっ……」
ルイズは絶句した。
「ただ単純に慰めて欲しいだけか? それならば、そのようにするが」
「バッ、バカにしないで! 誰がそんなこと!!」
「そうだろうな。中途半端な慰めなど、逆効果にしかならない」
『認められない悔しさ』も、『冷笑される屈辱』も、『理解してもらえない苦悩』も、『自分という存在を超えるモノに対する嫉妬』も、『卑小な自分自身に対する怒り』も、全てユーゼスは味わってきた。
だから、ルイズの気持ちは少なからず理解が出来る。
しかし、共感は出来ない。
「……私に感情をぶつけるだけぶつけて、それだけか? 『貴様』の底が知れるな、『御主人様』」
「なん、なんですって……!?」
皮肉も込めて、『貴様』という罵りの意味を含めた呼び方と、『御主人様』という敬った呼び方を混同する。
「『貴様』が今やっていることは、子供がただ泣き喚いていることと大差がない。
私という存在が現れて、それが自分の自意識や存在理由、居場所を脅かす。
……成程、確かに大事件だが、『貴様』はそれに対してただそうやって私に叫ぶだけか?」
「………っ」
「私を始末するなり、論文を燃やそうとするなり……、……実る保証などどこにもないが、それこそ自分自身で努力するなりしないのか?」
自分はやった。
40年―――自分の半生を懸けて、クロスゲート・パラダイム・システムを完成させた。
ウルトラマンの力を手に入れるために、非人道的なことにも手を染めた。
身近な邪魔者は、ことごとく排除した。ある組織も乗っ取った。
だと言うのに、この目の前の少女は。
「足掻きもせずに、ただ不満を吐露するだけ。
……こんな『御主人様』に当たるとは、これは『ハズレを引いてしまったな』」
「……っ、っ!!」
召喚されたその日にルイズから言われたセリフを、そのまま引用して彼女に突き返す。
……ギリ、と歯と歯がこすれる音がルイズから聞こえた。
そして、再びユーゼスを睨むと、
「うる……っ、うるさいわねっ!!」
噛み付くように叫びを上げる。
「わたしが、このわたしが『ハズレ』ですって!?」
「違うのか? 世間からは『ゼロ』呼ばわりされて、姉には全く頭が上がらず、あげくの果てにはこの体たらくだが」
「い、い、言ったわね、この……!!」
感情のままに杖を振り上げるルイズ。
だが、感情とは別の『理性』が、そんな彼女に警告を放つ。
―――ここでこの使い魔を攻撃しても、それはコイツの言葉を肯定するだけだ。
―――自分のこの気持ちを晴らすには、この使い魔を、
「……そうね、分かったわ」
杖を下ろす。
引きつった笑みを浮かべつつ、感情の爆発を抑えながらルイズは言葉をつむぐ。
「認めてあげる。今は……今は、たしかにアンタの言う通りよ。でもね……!」
「でも、何だ?」
「……いつか、そう遠くない将来に、……絶対、絶対、絶対、アンタを屈服させてやるんだから!!!」
睨みを利かせ、涙をにじませながら、御主人様は使い魔に宣言した。
「―――『お前』に対して、その手の期待はしないでおくよ、御主人様」
「フンッ、今はせいぜい得意になって浮かれて自惚れてるがいいわ!」
ユーゼスは内心で少しだけ笑うと、敵意むき出しの主人に連れられて大通りを歩いていく。
差し当たって、次の目的地は武器屋である。
#navi(ラスボスだった使い魔)
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