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ゼロと帽子と本の使い魔01 - (2007/07/31 (火) 09:45:39) の1つ前との変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
桃色の髪の少女が起こすそれが、何度目の爆発なのか、それを数えているものは一人も居なかった。
周りを囲む少年少女達は、繰り返される爆発を囃し立てる者、早く終わって欲しいとうんざりした表情をしている者、興味を向けずに居る者、の三者
に大別されていた。
中央に立ち集団を監督する男性、魔法使いにして学院の教師であるコルベールは当然心無い生徒達と同じようにそれを囃し立てることはない。そして
立場からくる責任感と生来の気性から、無関心でもいられなかった。
彼は事態の終結を願う集団の一人だった。
彼がその集団の他の者達と違うのは、他の者が少女に対し「早く諦めろ」と言った思いでいるのに対し「なんとか成功して欲しい」と願っている事だ
った。
彼は特別その生徒に思い入れがあるわけではない。その彼をして思わず応援させてしまうほどに桃色の髪の少女、ルイズは懸命だった。
使い魔召喚の儀式の監督役として目を離さず見ていたコルベールは、ルイズが繰り返される失敗にも、それに伴う嘲笑にも耐え、疲労した精神と肉体
を意志によって支えて召喚魔法を繰り返す姿に心打たれたのだ。
(おや……?)
繰り返される詠唱と爆発が止まっていた。
(ついに諦めてしまったか……)
だが無理も無い、とコルベールは思った。
むしろここまで努力した事を褒めるべきだろう。無論、結果は結果だ。彼女に進級単位を出す事はできない。
しかし彼女のために召喚魔法に関する文献を洗い直し、自分が教授した後に改めて再試の機会を設けるぐらいは良いだろう。
そうコルベールが思っていた時だった――
「やった……やりました!ミスタ・コルベール!」
(……なんですと?)
使い魔召喚の儀式を止めたルイズが、幾度もの爆発で焦げ付き荒れた地面に膝を付けて地面を指差している。
そこには注視しなければ見過ごしてしまいそうな、黒く焦げ付いた布切れのようなものが落ちていた。
「わ、私が呼び出したんです!成功したんです!」
ルイズは興奮していたが、コルベールには誰かのマントの切れ端が飛んできて爆発に巻き込まれた切れ端にしか見えなかった。
周りの生徒たちは何が起こったのかわからずに「何だ、成功したのか?」「まさか?ゼロのルイズが」と言った声が飛び交い、ルイズに注目していた
。
「それを、君が呼び出したと言うのかね?ミス・ヴァリエール……」
「そう、そうです!良く見てくださいミスタ・コルベール!」
彼女が指差すそれに近付いてみると。
「なんと!」
ただのこげた布切れに見えたそれに一筋の切れ目が入ったかと思うと、ギョロリと見開かれたのだ。
それは『目』だった。
それはただのコゲた布切れではなかったのだ。
「ふぅ~む、これは珍しい。見たことのない魔法生物だ。ともあれおめでとう。ミス・ヴァリエール」
「はい、ありがとうございます!」
そう応えたルイズの顔は本当に嬉しげで、コルベールもこの生徒の努力が報われた事に胸を撫で下ろしたのだった。
「さ、コントラクト・サーヴァントを」
「はい!」
嬉しそうに杖を構えて詠唱を始めるルイズ。
周りの生徒達が「何だ小物か」「見ろよあの貧相な布っきれ」「ゼロのルイズにはお似合いさ」などと嘲笑するが、喜びに溢れるルイズにはまったく
気にならなかった。
布切れを持ち上げ『目』の上あたりに口付けをするルイズ。布切れの『目』は目線を上にあげてそれを見ていた。
「サモン・サーヴァントは何度も失敗したが、コントラクト・サーヴァントは一度で出来たね」
嬉しそうにコルベールが言い、ルイズもそれに嬉しそうに応える。
周りの生徒がまた囃し立てるが、ルイズはやはり気にしなかった。
布切れに光が踊りルーンが刻まれていく様子を二人で観察する。
「ふむ……珍しいルーンだな」
それは、使い魔召喚の監督役として、幾多のルーンを見てきたコルベールにもついぞ覚えの無い変わったルーンだった。
生来の研究者気質からそれを記録しようとした矢先に、ルーンの発光が収まると布の黒に沈んでルーンは見えなくなってしまった。
コルベールはその変わったルーンの事が少し気になったが、今は時間を取った使い魔召喚の儀式を終わらせて生徒達を学院に戻さねばならない、と思
い声を上げる。
「さぁ、皆教室にもどりますよ!」
彼はこれから使い魔をもった生徒達に、大型使い魔の厩舎の使い方や、基本的なエサが用意してある場所など使い魔に関連したことを指導しなくては
ならなかった。
そのため彼は、無事に儀式の終わった安堵とこれからの忙しさの中、ルイズの使い魔に刻まれたルーンのことはすぐに忘れてしまった。
そして、皆が宙を浮き学園へと去って行くなか一人残されたルイズは、己の使い魔をしっかりと抱きしめて学院へと歩き出したのだった。
―――夜、自室にて。
ルイズは机の上に使い魔を置いて、ああでもないこうでもないと唸っていた。
「焦げ焦げっぽいからコゲ?……駄目ね。もっと格好良くないと」
彼女は、己の使い魔の命名に悩んでいるのだ。
なかなかしっくり来る物が思い浮かばないらしく、かれこれ1時間以上も悩んでいる。
彼女は現実で言えば命名で詰まってしまい、ステータスポイントを振るまでにプレイ時間を重ねてしまうタイプであった。
「そうね、黒くてなんだかダークっぽいし目が特徴だから『イビル・フォース・アイ』に決めたわ!格好良いし!!」
使い魔の名前をイビル・フォース・アイ(略してコゲ)と決めたルイズは、満足して寝巻きに着替えると、コゲを抱えてベッドにもぐりこんだ。
ルイズはもし使い魔を呼び出すことができたら、まず掃除、選択、着替えの手伝いなどをさせるつもりだったが、手足すらないイビルでは流石にそれ
はさせられない。
普通メイジはそれらの雑用は魔法で済ませる。しかしルイズは全て自分の手でそれをやって来た。(一部は学院つきの使用人に命じただけだが)
もし、自分の魔法が使い魔召喚と言う形で成功したならば、使い魔にやらせるという形ででも自分の魔法によってそれを成したかったのだ。
それが出来なかったのは残念だったが、「大丈夫」とルイズは思う。
何しろ使い魔召喚の魔法は成功したのだ。その証拠が今ここに居る。
ルイズはコゲをぎゅっとだきしめて思う。
これから普通の魔法だって使えるようになるに違いない。だから気にする必要何か無いんだと。
自分を信じさせるように、そう繰り返してルイズは眠りに落ちた。
―――次の日、授業にて。
土系統のメイジ、ミセス・シュヴルーズの授業にて、ルイズは『錬金』に挑戦した。
ルイズは本当に頑張ったのだ。
昨日の召喚と契約の成功を思い出して、その感触を再現するように呪文を唱えた。
「なのに……なんでだめなのよ……」
ルイズは一人で荒れ果てた教室の掃除をしていた。
箒を掃いて、ちりとりですくう。罰として掃除に魔法を使用することを禁止されたが、ルイズには関係が無かった。
それが一層彼女の惨めさを誘った。
この罰が、それを狙って出されたものだとしたらなんて陰険なんだろうとルイズは思った。
ぼろぼろになった教卓を見る。
その上には焦げた布切れ、ルイズの使い魔コゲが置いてあった。
物言わぬその『目』でルイズを見ている。
体力が落ちると気力も萎えてしまうものだ。
たった一人で広い教室を掃除しているルイズには、昨日は自分の希望を見るように見えたそれが、今は自分の無力を嘲笑っているように感じた。
「ねぇイビル、掃除を手伝うとか出来ないの?」
そう問いかけてみるが返事は無い。口が無いのだから当たり前だった。
喋れないだけではない。手も足もないコゲにできることはただ見ていることだけだった。
その姿が自分の無力さを映している様にルイズには思えた。
「なんとか言いなさいよ!」
思わず箒でコゲを叩く。
吹き飛んだコゲは、床に転がった。
その余りにも無力な姿に、ルイズは急に悲しくなった。
視界が歪む。
(こんなの私の使い魔じゃない。私が欲しかった使い魔じゃない!)
涙を堪えてルイズは掃除を終わらせる。掃除は夕方までかかった。
教室を出るとき、使い魔をそのまま捨て置こうかと一瞬思った。
だが出来なかった。
どんなに情けなくとも、コゲはルイズにとって自分の唯一成功した魔法の証だったから。
――自室へ戻る途中、ルイズはキュルケと出合った。
「あらルイズ。掃除は終わったの?」
「えぇ。それが何よ」
「別になんでもないわよ。お疲れ様」
「そう、私疲れてるの。それじゃあ失礼」
「ちょっと待ってよルイズ、ねぇ、貴方の使い魔ってそれ?」
ルイズが手に持ったコゲを指して言うキュルケ。
「そうよ」
「へ~、なんだかみすぼらしいし、小さいし、ねぇルイズ。それって役に立つの?」
「うるさいわね」
「あたしも昨日使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って一発で呪文成功よ」
「あっそ」
「どうせ使い魔にするならこういうのが「うるさい」…え?」
自らの使い魔を誇ろうとしたキュルケをルイズが遮った。
「なぁにルイズ。私の使い魔が羨ましいからって――」
「うるさいうるさいうるさーい!!アンタの使い魔なんか知らないわよ!!」
ルイズはコゲを握り締めて走り出した。
あっけに取られてキュルケはそれを見送った。
「あの子……泣いてた?」
(言い過ぎたかしら……)
キュルケの胸がチクリと痛んだ。
バタン!!と音を立てて自室の扉を閉じた。
鍵をかける。
ルイズは悔しかった。
ツェルプストーの人間に、馬鹿にされて、見下されて、逃げることしか出来ない自分が嫌でたまらなかった。
握り締めた右手が痛い。
「……え?」
爪が食い込む、と言うレベルではなかった。
右手から血が流れている。
慌てて手を開くと手の平がすっぱりと切れていた。
調べてみると、コゲの体の端に小さな刃があった。今までは体に埋もれていて気付かなかったのだ。
「――っ!!」
思わずコゲを床に叩きつける。
まるで役に立たないくせに、こんなときに主人を傷つけることだけはするなんて、最悪だと思った。
使い魔にまで、馬鹿にされてる。
「このぉ!!」
足を振り上げてコゲを踏み潰―――そうとして、止める。
ルイズは深呼吸をして、必死で自分を落ち着かせた。
傷ついたのは、自分のせいだ。使い魔にあたっても……しょうがない。
何もできない、何もしない。
(それでも私の唯一つの魔法……私の使い魔……)
コゲを床にから拾って机に載せる。
自らの傷の手当をした後、血で汚れたコゲを丁寧にあらってからルイズはベッドに倒れこんだ。
くぅとお腹がなった。
しかしルイズは動かなかった。
―――それから
次の日、キュルケが話しかけて来てもルイズは取り合わなかった。
ルイズは前にもまして魔法の勉強をするようになった。
空き時間の大半を図書館で過ごすようになり、様々な魔法書を読み漁った。
図書館ではキュルケを居るところをたまに見かける、水色の髪の少女を良く見かけたが、話しかけることはなかった。
相手からも、出入りの時に一瞥があるだけで、挨拶の一言も交わすことは無かった。
ルイズは懸命に魔法を学んだが、一度として成功する事はなかった。
魔法に失敗するとルイズは「サモン・サーヴァントは上手く行ったのに!」と言って荒れた。
ルイズはコゲを肌身離さず持ち歩いた。自分の魔法が成功した証拠であると言うように。
ある日、トリステインの王女アンリエッタが学院を訪れた。
彼女はルイズの部屋にお忍びで訪れると、頼みごとを残していった。
ゲルマニアとの同盟のためアルビオンの皇太子ウェールズから手紙を返して貰いに行って欲しいと。
断る事などできるはずが無かった。幼い頃からの友人であり、王女である彼女の頼みだ。そして国の大事でもある。
ルイズはどんな時でも、貴族たらんとするのだから。
決死行と思った旅だったけれど、頼もしい同行者が居た。
魔法衛視隊、グリフォン隊隊長のワルド子爵。ルイズの婚約者にして風のスクウェアメイジ。
彼は強く、優しく、ルイズの旅を助けてくれた。
ならず者達に襲われた時も、仮面のメイジに襲撃を受けたときも。
だから、彼の求婚を受けたのだ。
しかし、誓われた愛は即座に裏切られることになった。
ワルドは突然豹変しウェールズ王子を殺害し、アンリエッタの手紙を奪おうとした。
ルイズは止めた。それがルイズにとって当然のことだったから。
ワルドはルイズを説得しようと言葉を重ねたが、ルイズは決して首を縦に振らなかった。
彼女はどんな時でも決して屈しない心を持っていたから。
「残念だよ……。この手で、君の命を奪わねばならないとは……」
ルイズは嘆かなかった。助けを求める相手は居なかったから。
彼女は杖を構えて抵抗した。しかし雷撃が彼女の血液を沸騰させ、その意志も掻き消えていった……。
「ワルド……何故……」
強く、そして優しかったワルド。
何が彼をこんな風にしてしまったんだろう……。
ルイズは最後にそう思った。
命の灯が消えたルイズの体に、肌身離さず持ち歩かれていたコゲが溶ける様に染み込んだ。
―――図書館世界にて
(おい)
どこからか声がする。
(起きろー)
せっかく気持ちよく眠っていたのにうるさい、と思った。
しかし自分を起こす声が止みそうもないので、仕方なくルイズは起きることにした。
「……どこ?」
巨大な本棚。
本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚。
本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本。
ここに比べたら学院の図書館なんて小さな図書室のようなものだと思った。
何処からか響く時計の音。
規則的に響くその音がルイズの意識をはっきりさせていく。
「そっか。私、ワルドに……っていうことはここは天国?」
(自分が死んだら天国にいけると疑っていないところが凄いな)
「っ誰!」
掛けられた声にあたりを見渡すけれど、誰も居なかった。
それになんだか動き辛かった。
(俺だよオレオレ)
「だから誰よっ!?」
キョロキョロとあたりを見渡す。そしてふと頭上を見上げると――
「キャッ」
――そこには帽子のお化けが居た。
闇を塗り固めたように黒く、巨大な一つの目と、帽子の端に付いた刃が……
「って、もしかしてイビル?」
(あーちがうちがう、それは俺じゃないよ。狩人だ。あと俺の名前はイビルじゃないから)
「違うの?確かに大きさとか違うし、イビルみたいにぼろっちくないけど……」
(ぼろっちぃとは酷いな。あとイビルじゃないから。そんな黒歴史な名前でよばないでくれ)
ルイズをその一つ目でじーっと見ていた帽子のお化けは、やがて興味をなくしたように飛び去っていった。
「あ、行っちゃったわ」
(ふー、行ってくれてよかったよ。お前俺を着てなかったら大変なことになってたぞ)
「着る?」
なんのことだろう、と思ったところでルイズの目の前には手鏡があった。
都合よく、脈絡なく。
しかし何故?と思うことは無かった。
鏡に映った姿に疑問なんて吹っ飛ぶほど驚いていたから。
「小さくなってる!?」
ルイズは、手鏡に全身が映り込むほど小さくなっていた。
そして、目元だけを覗かせて全身が黒い布に包まれていた。
目元の上にはルイズの顔と同じほど大きい一つの目が開かれていた。
「ってアンタ!イビル!」
(だーかーらー、俺をそんな名前でよばないでくれよ)
「何よ、ご主人様が付けてあげた名前が気に入らないって言うの?じゃあどんな名前ならいいのよ」
(一応、コゲ……と呼ばれてる)
「何よそれ。見たまんまだし情けなさ過ぎるわよ!」
(気にしてるんだからほっといてくれ。邪○眼よりましだよ)
「なによ!」
納得いかないわ。私が考えてあげた名前がそんなのに。とぶつぶつ文句を言うルイズ。
(まぁとにかく、俺の名前はコゲだから。以後よろしく)
「仕方ないわね。名乗るのが遅すぎるけど許してあげるわ。感謝なさい!」
(へーへー)
カチ、カチ、と針を刻む時計の音だけがこだまする図書館世界に、とぼけたやりとりを響かせるルイズとコゲ。
「って、アンタの名前なんてどうでもいいのよ。何でアタシがこんなに小さくなってるの!?」
(あー、それは君の存在なんてこの世界ではその程度のもんだー、ってこったよ)
「何よそれ!」
(というか、俺を着てなかったら意識を保つ事すらできないんじゃないかなー)
「……どういうことよ」
コゲがルイズに説明をする。
ここは世界と世界を繋ぐ世界、図書館世界であること。
ここに収められた本の一冊一冊が、それぞれ個別の世界であるということ。
ルイズが死んだ事。
本の世界で死んだ者は図書館世界に来て、地獄だか天国だか来世だかの世界へ移動すると言う事。
「そっか。やっぱり私、死んじゃったんだ……」
(そうだなー)
「で、私はこれからどこへいくの?天国ってどこにあるの?」
(やっぱり自分が天国へ行く事は疑ってないのかよ。っていうか、どこへだって好きなところにいけるぜ)
「え、どういうこと?」
(普通、図書館世界では人間は意識を保てない。行くべきところへ勝手に行くだけさ。
もし強大な意志とかがあって、意識を保てても狩人がそれを許さない。ここで自由に振舞う存在はすぐに刈り取られる)
「狩人ってさっきの?」
(そう。ちなみに俺も狩人だ、ハグレだけどな。だから俺を着ていれば狩人に襲われないし、この世界で自由に動けるってわけ)
「そうなんだ。アンタって無能な役立たず使い魔じゃなかったのね」
(酷いな、これでも結構凄い存在なんだぞ)
「手も足も口も無いくせに。それに自由に動けるって言ったって、天国に自分で行けるぐらいの役にしかたたないじゃないの」
私はどうせ天国行きだったから意味が無い、とルイズは言う。
(そんなこたーないぞ。元居た世界に戻る事だって簡単にできる)
「え?それって……」
(生き返れるってことだ)
「うそ!?」
死。
抗えないそれによって生まれた諦めから、図書館世界のことや使い魔のことなども受け入れることができていたルイズだったが、生き返ることができ
るとなれば話は別だった。
「あ、アンタそれどれだけ凄い事かわかってるの!?」
(だから凄いんだってば)
(お、落ち着いて。落ち着くのよルイズ)
すーはーと深呼吸するチビるいず。
コゲの切れ目から垂れ下がる桃色の髪が揺れた。
ルイズは必死になって生き返ることができる、と言うことを考えた。
「生き返っても、又すぐに殺されちゃうんじゃないかしら?」
(ああ、あの時にもどればそうだな。嫌だったらもうちょっと前に戻ればいいさ)
「前って?」
(本のページを戻せば、その世界の時間が進む前に戻れるよ)
「な、何よそれ!?」
(もっとも、オレを媒介にしてるからルイズが戻れるのは俺を召喚したところまでだけどな)
「……むちゃくちゃだわ。むちゃくちゃすぎるわ」
(だから凄いんだって)
ルイズは次々明かされる事実に理解が追いつかなかったが、それでもなにやらとんでもないことであるのはわかった。
「つまり、アンタがいれば幾らでも生き返れるし時間を戻せる……ってこと?」
(基本的にはねー。ただあんまり無茶やってると狩人に狩られちゃうかもな。さっきは手を出されなかったけどさ)
情報をかみ締めるように思考する。
たとえ限定的であっても、これはすごい力だ。役立たずどころか、究極の使い魔だと言っても良い。
そう思うとルイズはその薄い胸の奥から、やる気が滾々と沸いて出るような気がした。
「遣り残したことがあるのよ。やらなきゃいけないわ」
アンリエッタの手紙を取り戻さなきゃならない。
ウェールズ皇太子を助けなきゃならない。
魔法を使えるようになって、皆に認めてもらいたい。
(あー、がんばってくれ)
「? 何言ってるのよ。アンタも手伝いなさいよね」
(でもオレ自分じゃ動けないからさー、世界の中じゃ声も聞こえないみたいだし……)
「やり直しのチャンスはくれるけど助力はあてにするなってこと?」
(助けられることがあれば助けるけどさ。まー、何もできないんじゃないかな。せいぜいここで相談にのるくらいだなー)
「何よ、役に立たないわね」
(なっ!?)
喚くコゲを黙殺してルイズは考えた。
やり直しが聞くとはいえ、ワルドの裏切りに自分だけで対処することなどできるのか?
それはとても困難な道に思えた。
(くそ。確かに実際の手助けはできないけどさ、他にも誰かの助けを借りるとかしてみると良いんじゃないか?友達とかさ)
「友達なんて……」
誰かの力を借りる、と言う案は良く思えた。
事情を話せば力になってくれる人もいるだろう。
(いないって?でもこれから作れば良いじゃないか。キュルケだっけ?あの赤髪の子とか、ルイズのことを気にかけてるように見えたけどな)
「キュルケですって!?だめよあんなの!」
ルイズの脳裏に、つい先日のことのように悔しさをかみ締めた日のことが思いだされた。
コゲをまとったチビるいずが、だんだんと地団駄をふむ。
(誤解とかもあるしさ。話し合ってみれば案外ってこともあると思うけどなー)
「ふん!ツェルプストーの女なんか願い下げだわ!」
そうは言ったものの、ルイズはあまり粘性の怒りを持つ性質ではなかった。
使い魔の優劣にしたところで、今ではキュルケのフレイムなんかに負ける気はしないので、相手があやまるなら話をきいてやってもいいかな、程度に
は思っていた。
時間をもどせば何もないのだから、謝るも何もないのだが……。
「それじゃ、あんまり長居して狩人っていうのに目を付けられても困るし、行くわよ」
(おう。そこに栞がさしてあるから、そのページに飛び込めばいいさ)
「……、重いじゃないの!」
相対的に巨大サイズの本を、ちびルイズはえっちらおっちらページをめくる。
栞が挟まったページを開くと、ぜぇぜぇと呼吸を整える。
「もう、勢いつかないわね。じゃあ行くわよ!」
(おー!)
ぴょんとページに飛び乗ると、ルイズとコゲは光の沫となって本の中込まれたのだった。
ゼロと帽子と本の使い魔 1週目END
桃色の髪の少女が起こすそれが、何度目の爆発なのか、それを数えているものは一人も居なかった。
周りを囲む少年少女達は、繰り返される爆発を囃し立てる者、早く終わって欲しいとうんざりした表情をしている者、興味を向けずに居る者、の三者に大別されていた。
中央に立ち集団を監督する男性、魔法使いにして学院の教師であるコルベールは当然心無い生徒達と同じようにそれを囃し立てることはない。そして立場からくる責任感と生来の気性から、無関心でもいられなかった。
彼は事態の終結を願う集団の一人だった。
彼がその集団の他の者達と違うのは、他の者が少女に対し「早く諦めろ」と言った思いでいるのに対し「なんとか成功して欲しい」と願っている事だった。
彼は特別その生徒に思い入れがあるわけではない。その彼をして思わず応援させてしまうほどに桃色の髪の少女、ルイズは懸命だった。
使い魔召喚の儀式の監督役として目を離さず見ていたコルベールは、ルイズが繰り返される失敗にも、それに伴う嘲笑にも耐え、疲労した精神と肉体を意志によって支えて召喚魔法を繰り返す姿に心打たれたのだ。
(おや……?)
繰り返される詠唱と爆発が止まっていた。
(ついに諦めてしまったか……)
だが無理も無い、とコルベールは思った。
むしろここまで努力した事を褒めるべきだろう。無論、結果は結果だ。彼女に進級単位を出す事はできない。
しかし彼女のために召喚魔法に関する文献を洗い直し、自分が教授した後に改めて再試の機会を設けるぐらいは良いだろう。
そうコルベールが思っていた時だった――
「やった……やりました!ミスタ・コルベール!」
(……なんですと?)
使い魔召喚の儀式を止めたルイズが、幾度もの爆発で焦げ付き荒れた地面に膝を付けて地面を指差している。
そこには注視しなければ見過ごしてしまいそうな、黒く焦げ付いた布切れのようなものが落ちていた。
「わ、私が呼び出したんです!成功したんです!」
ルイズは興奮していたが、コルベールには誰かのマントの切れ端が飛んできて爆発に巻き込まれた切れ端にしか見えなかった。
周りの生徒たちは何が起こったのかわからずに「何だ、成功したのか?」「まさか?ゼロのルイズが」と言った声が飛び交い、ルイズに注目していた。
「それを、君が呼び出したと言うのかね?ミス・ヴァリエール……」
「そう、そうです!良く見てくださいミスタ・コルベール!」
彼女が指差すそれに近付いてみると。
「なんと!」
ただのこげた布切れに見えたそれに一筋の切れ目が入ったかと思うと、ギョロリと見開かれたのだ。
それは『目』だった。
それはただのコゲた布切れではなかったのだ。
「ふぅ~む、これは珍しい。見たことのない魔法生物だ。ともあれおめでとう。ミス・ヴァリエール」
「はい、ありがとうございます!」
そう応えたルイズの顔は本当に嬉しげで、コルベールもこの生徒の努力が報われた事に胸を撫で下ろしたのだった。
「さ、コントラクト・サーヴァントを」
「はい!」
嬉しそうに杖を構えて詠唱を始めるルイズ。
周りの生徒達が「何だ小物か」「見ろよあの貧相な布っきれ」「ゼロのルイズにはお似合いさ」などと嘲笑するが、喜びに溢れるルイズにはまったく気にならなかった。
布切れを持ち上げ『目』の上あたりに口付けをするルイズ。布切れの『目』は目線を上にあげてそれを見ていた。
「サモン・サーヴァントは何度も失敗したが、コントラクト・サーヴァントは一度で出来たね」
嬉しそうにコルベールが言い、ルイズもそれに嬉しそうに応える。
周りの生徒がまた囃し立てるが、ルイズはやはり気にしなかった。
布切れに光が踊りルーンが刻まれていく様子を二人で観察する。
「ふむ……珍しいルーンだな」
それは、使い魔召喚の監督役として、幾多のルーンを見てきたコルベールにもついぞ覚えの無い変わったルーンだった。
生来の研究者気質からそれを記録しようとした矢先に、ルーンの発光が収まると布の黒に沈んでルーンは見えなくなってしまった。
コルベールはその変わったルーンの事が少し気になったが、今は時間を取った使い魔召喚の儀式を終わらせて生徒達を学院に戻さねばならない、と思い声を上げる。
「さぁ、皆教室にもどりますよ!」
彼はこれから使い魔をもった生徒達に、大型使い魔の厩舎の使い方や、基本的なエサが用意してある場所など使い魔に関連したことを指導しなくてはならなかった。
そのため彼は、無事に儀式の終わった安堵とこれからの忙しさの中、ルイズの使い魔に刻まれたルーンのことはすぐに忘れてしまった。
そして、皆が宙を浮き学園へと去って行くなか一人残されたルイズは、己の使い魔をしっかりと抱きしめて学院へと歩き出したのだった。
―――夜、自室にて。
ルイズは机の上に使い魔を置いて、ああでもないこうでもないと唸っていた。
「焦げ焦げっぽいからコゲ?……駄目ね。もっと格好良くないと」
彼女は、己の使い魔の命名に悩んでいるのだ。
なかなかしっくり来る物が思い浮かばないらしく、かれこれ1時間以上も悩んでいる。
彼女は現実で言えば命名で詰まってしまい、ステータスポイントを振るまでにプレイ時間を重ねてしまうタイプであった。
「そうね、黒くてなんだかダークっぽいし目が特徴だから『イビル・フォース・アイ』に決めたわ!格好良いし!!」
使い魔の名前をイビル・フォース・アイ(略してコゲ)と決めたルイズは、満足して寝巻きに着替えると、コゲを抱えてベッドにもぐりこんだ。
ルイズはもし使い魔を呼び出すことができたら、まず掃除、選択、着替えの手伝いなどをさせるつもりだったが、手足すらないイビルでは流石にそれはさせられない。
普通メイジはそれらの雑用は魔法で済ませる。しかしルイズは全て自分の手でそれをやって来た。(一部は学院つきの使用人に命じただけだが)
もし、自分の魔法が使い魔召喚と言う形で成功したならば、使い魔にやらせるという形ででも自分の魔法によってそれを成したかったのだ。
それが出来なかったのは残念だったが、「大丈夫」とルイズは思う。
何しろ使い魔召喚の魔法は成功したのだ。その証拠が今ここに居る。
ルイズはコゲをぎゅっとだきしめて思う。
これから普通の魔法だって使えるようになるに違いない。だから気にする必要何か無いんだと。
自分を信じさせるように、そう繰り返してルイズは眠りに落ちた。
―――次の日、授業にて。
土系統のメイジ、ミセス・シュヴルーズの授業にて、ルイズは『錬金』に挑戦した。
ルイズは本当に頑張ったのだ。
昨日の召喚と契約の成功を思い出して、その感触を再現するように呪文を唱えた。
「なのに……なんでだめなのよ……」
ルイズは一人で荒れ果てた教室の掃除をしていた。
箒を掃いて、ちりとりですくう。罰として掃除に魔法を使用することを禁止されたが、ルイズには関係が無かった。
それが一層彼女の惨めさを誘った。
この罰が、それを狙って出されたものだとしたらなんて陰険なんだろうとルイズは思った。
ぼろぼろになった教卓を見る。
その上には焦げた布切れ、ルイズの使い魔コゲが置いてあった。
物言わぬその『目』でルイズを見ている。
体力が落ちると気力も萎えてしまうものだ。
たった一人で広い教室を掃除しているルイズには、昨日は自分の希望を見るように見えたそれが、今は自分の無力を嘲笑っているように感じた。
「ねぇイビル、掃除を手伝うとか出来ないの?」
そう問いかけてみるが返事は無い。口が無いのだから当たり前だった。
喋れないだけではない。手も足もないコゲにできることはただ見ていることだけだった。
その姿が自分の無力さを映している様にルイズには思えた。
「なんとか言いなさいよ!」
思わず箒でコゲを叩く。
吹き飛んだコゲは、床に転がった。
その余りにも無力な姿に、ルイズは急に悲しくなった。
視界が歪む。
(こんなの私の使い魔じゃない。私が欲しかった使い魔じゃない!)
涙を堪えてルイズは掃除を終わらせる。掃除は夕方までかかった。
教室を出るとき、使い魔をそのまま捨て置こうかと一瞬思った。
だが出来なかった。
どんなに情けなくとも、コゲはルイズにとって自分の唯一成功した魔法の証だったから。
――自室へ戻る途中、ルイズはキュルケと出合った。
「あらルイズ。掃除は終わったの?」
「えぇ。それが何よ」
「別になんでもないわよ。お疲れ様」
「そう、私疲れてるの。それじゃあ失礼」
「ちょっと待ってよルイズ、ねぇ、貴方の使い魔ってそれ?」
ルイズが手に持ったコゲを指して言うキュルケ。
「そうよ」
「へ~、なんだかみすぼらしいし、小さいし、ねぇルイズ。それって役に立つの?」
「うるさいわね」
「あたしも昨日使い魔を召喚したのよ。誰かさんと違って一発で呪文成功よ」
「あっそ」
「どうせ使い魔にするならこういうのが「うるさい」…え?」
自らの使い魔を誇ろうとしたキュルケをルイズが遮った。
「なぁにルイズ。私の使い魔が羨ましいからって――」
「うるさいうるさいうるさーい!!アンタの使い魔なんか知らないわよ!!」
ルイズはコゲを握り締めて走り出した。
あっけに取られてキュルケはそれを見送った。
「あの子……泣いてた?」
(言い過ぎたかしら……)
キュルケの胸がチクリと痛んだ。
バタン!!と音を立てて自室の扉を閉じた。
鍵をかける。
ルイズは悔しかった。
ツェルプストーの人間に、馬鹿にされて、見下されて、逃げることしか出来ない自分が嫌でたまらなかった。
握り締めた右手が痛い。
「……え?」
爪が食い込む、と言うレベルではなかった。
右手から血が流れている。
慌てて手を開くと手の平がすっぱりと切れていた。
調べてみると、コゲの体の端に小さな刃があった。今までは体に埋もれていて気付かなかったのだ。
「――っ!!」
思わずコゲを床に叩きつける。
まるで役に立たないくせに、こんなときに主人を傷つけることだけはするなんて、最悪だと思った。
使い魔にまで、馬鹿にされてる。
「このぉ!!」
足を振り上げてコゲを踏み潰―――そうとして、止める。
ルイズは深呼吸をして、必死で自分を落ち着かせた。
傷ついたのは、自分のせいだ。使い魔にあたっても……しょうがない。
何もできない、何もしない。
(それでも私の唯一つの魔法……私の使い魔……)
コゲを床にから拾って机に載せる。
自らの傷の手当をした後、血で汚れたコゲを丁寧にあらってからルイズはベッドに倒れこんだ。
くぅとお腹がなった。
しかしルイズは動かなかった。
―――それから
次の日、キュルケが話しかけて来てもルイズは取り合わなかった。
ルイズは前にもまして魔法の勉強をするようになった。
空き時間の大半を図書館で過ごすようになり、様々な魔法書を読み漁った。
図書館ではキュルケを居るところをたまに見かける、水色の髪の少女を良く見かけたが、話しかけることはなかった。
相手からも、出入りの時に一瞥があるだけで、挨拶の一言も交わすことは無かった。
ルイズは懸命に魔法を学んだが、一度として成功する事はなかった。
魔法に失敗するとルイズは「サモン・サーヴァントは上手く行ったのに!」と言って荒れた。
ルイズはコゲを肌身離さず持ち歩いた。自分の魔法が成功した証拠であると言うように。
ある日、トリステインの王女アンリエッタが学院を訪れた。
彼女はルイズの部屋にお忍びで訪れると、頼みごとを残していった。
ゲルマニアとの同盟のためアルビオンの皇太子ウェールズから手紙を返して貰いに行って欲しいと。
断る事などできるはずが無かった。幼い頃からの友人であり、王女である彼女の頼みだ。そして国の大事でもある。
ルイズはどんな時でも、貴族たらんとするのだから。
決死行と思った旅だったけれど、頼もしい同行者が居た。
魔法衛視隊、グリフォン隊隊長のワルド子爵。ルイズの婚約者にして風のスクウェアメイジ。
彼は強く、優しく、ルイズの旅を助けてくれた。
ならず者達に襲われた時も、仮面のメイジに襲撃を受けたときも。
だから、彼の求婚を受けたのだ。
しかし、誓われた愛は即座に裏切られることになった。
ワルドは突然豹変しウェールズ王子を殺害し、アンリエッタの手紙を奪おうとした。
ルイズは止めた。それがルイズにとって当然のことだったから。
ワルドはルイズを説得しようと言葉を重ねたが、ルイズは決して首を縦に振らなかった。
彼女はどんな時でも決して屈しない心を持っていたから。
「残念だよ……。この手で、君の命を奪わねばならないとは……」
ルイズは嘆かなかった。助けを求める相手は居なかったから。
彼女は杖を構えて抵抗した。しかし雷撃が彼女の血液を沸騰させ、その意志も掻き消えていった……。
「ワルド……何故……」
強く、そして優しかったワルド。
何が彼をこんな風にしてしまったんだろう……。
ルイズは最後にそう思った。
命の灯が消えたルイズの体に、肌身離さず持ち歩かれていたコゲが溶ける様に染み込んだ。
―――図書館世界にて
(おい)
どこからか声がする。
(起きろー)
せっかく気持ちよく眠っていたのにうるさい、と思った。
しかし自分を起こす声が止みそうもないので、仕方なくルイズは起きることにした。
「……どこ?」
巨大な本棚。
本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚、本棚。
本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本、本。
ここに比べたら学院の図書館なんて小さな図書室のようなものだと思った。
何処からか響く時計の音。
規則的に響くその音がルイズの意識をはっきりさせていく。
「そっか。私、ワルドに……っていうことはここは天国?」
(自分が死んだら天国にいけると疑っていないところが凄いな)
「っ誰!」
掛けられた声にあたりを見渡すけれど、誰も居なかった。
それになんだか動き辛かった。
(俺だよオレオレ)
「だから誰よっ!?」
キョロキョロとあたりを見渡す。そしてふと頭上を見上げると――
「キャッ」
――そこには帽子のお化けが居た。
闇を塗り固めたように黒く、巨大な一つの目と、帽子の端に付いた刃が……
「って、もしかしてイビル?」
(あーちがうちがう、それは俺じゃないよ。狩人だ。あと俺の名前はイビルじゃないから)
「違うの?確かに大きさとか違うし、イビルみたいにぼろっちくないけど……」
(ぼろっちぃとは酷いな。あとイビルじゃないから。そんな黒歴史な名前でよばないでくれ)
ルイズをその一つ目でじーっと見ていた帽子のお化けは、やがて興味をなくしたように飛び去っていった。
「あ、行っちゃったわ」
(ふー、行ってくれてよかったよ。お前俺を着てなかったら大変なことになってたぞ)
「着る?」
なんのことだろう、と思ったところでルイズの目の前には手鏡があった。
都合よく、脈絡なく。
しかし何故?と思うことは無かった。
鏡に映った姿に疑問なんて吹っ飛ぶほど驚いていたから。
「小さくなってる!?」
ルイズは、手鏡に全身が映り込むほど小さくなっていた。
そして、目元だけを覗かせて全身が黒い布に包まれていた。
目元の上にはルイズの顔と同じほど大きい一つの目が開かれていた。
「ってアンタ!イビル!」
(だーかーらー、俺をそんな名前でよばないでくれよ)
「何よ、ご主人様が付けてあげた名前が気に入らないって言うの?じゃあどんな名前ならいいのよ」
(一応、コゲ……と呼ばれてる)
「何よそれ。見たまんまだし情けなさ過ぎるわよ!」
(気にしてるんだからほっといてくれ。邪○眼よりましだよ)
「なによ!」
納得いかないわ。私が考えてあげた名前がそんなのに。とぶつぶつ文句を言うルイズ。
(まぁとにかく、俺の名前はコゲだから。以後よろしく)
「仕方ないわね。名乗るのが遅すぎるけど許してあげるわ。感謝なさい!」
(へーへー)
カチ、カチ、と針を刻む時計の音だけがこだまする図書館世界に、とぼけたやりとりを響かせるルイズとコゲ。
「って、アンタの名前なんてどうでもいいのよ。何でアタシがこんなに小さくなってるの!?」
(あー、それは君の存在なんてこの世界ではその程度のもんだー、ってこったよ)
「何よそれ!」
(というか、俺を着てなかったら意識を保つ事すらできないんじゃないかなー)
「……どういうことよ」
コゲがルイズに説明をする。
ここは世界と世界を繋ぐ世界、図書館世界であること。
ここに収められた本の一冊一冊が、それぞれ個別の世界であるということ。
ルイズが死んだ事。
本の世界で死んだ者は図書館世界に来て、地獄だか天国だか来世だかの世界へ移動すると言う事。
「そっか。やっぱり私、死んじゃったんだ……」
(そうだなー)
「で、私はこれからどこへいくの?天国ってどこにあるの?」
(やっぱり自分が天国へ行く事は疑ってないのかよ。っていうか、どこへだって好きなところにいけるぜ)
「え、どういうこと?」
(普通、図書館世界では人間は意識を保てない。行くべきところへ勝手に行くだけさ。
もし強大な意志とかがあって、意識を保てても狩人がそれを許さない。ここで自由に振舞う存在はすぐに刈り取られる)
「狩人ってさっきの?」
(そう。ちなみに俺も狩人だ、ハグレだけどな。だから俺を着ていれば狩人に襲われないし、この世界で自由に動けるってわけ)
「そうなんだ。アンタって無能な役立たず使い魔じゃなかったのね」
(酷いな、これでも結構凄い存在なんだぞ)
「手も足も口も無いくせに。それに自由に動けるって言ったって、天国に自分で行けるぐらいの役にしかたたないじゃないの」
私はどうせ天国行きだったから意味が無い、とルイズは言う。
(そんなこたーないぞ。元居た世界に戻る事だって簡単にできる)
「え?それって……」
(生き返れるってことだ)
「うそ!?」
死。
抗えないそれによって生まれた諦めから、図書館世界のことや使い魔のことなども受け入れることができていたルイズだったが、生き返ることができるとなれば話は別だった。
「あ、アンタそれどれだけ凄い事かわかってるの!?」
(だから凄いんだってば)
(お、落ち着いて。落ち着くのよルイズ)
すーはーと深呼吸するチビるいず。
コゲの切れ目から垂れ下がる桃色の髪が揺れた。
ルイズは必死になって生き返ることができる、と言うことを考えた。
「生き返っても、又すぐに殺されちゃうんじゃないかしら?」
(ああ、あの時にもどればそうだな。嫌だったらもうちょっと前に戻ればいいさ)
「前って?」
(本のページを戻せば、その世界の時間が進む前に戻れるよ)
「な、何よそれ!?」
(もっとも、オレを媒介にしてるからルイズが戻れるのは俺を召喚したところまでだけどな)
「……むちゃくちゃだわ。むちゃくちゃすぎるわ」
(だから凄いんだって)
ルイズは次々明かされる事実に理解が追いつかなかったが、それでもなにやらとんでもないことであるのはわかった。
「つまり、アンタがいれば幾らでも生き返れるし時間を戻せる……ってこと?」
(基本的にはねー。ただあんまり無茶やってると狩人に狩られちゃうかもな。さっきは手を出されなかったけどさ)
情報をかみ締めるように思考する。
たとえ限定的であっても、これはすごい力だ。役立たずどころか、究極の使い魔だと言っても良い。
そう思うとルイズはその薄い胸の奥から、やる気が滾々と沸いて出るような気がした。
「遣り残したことがあるのよ。やらなきゃいけないわ」
アンリエッタの手紙を取り戻さなきゃならない。
ウェールズ皇太子を助けなきゃならない。
魔法を使えるようになって、皆に認めてもらいたい。
(あー、がんばってくれ)
「? 何言ってるのよ。アンタも手伝いなさいよね」
(でもオレ自分じゃ動けないからさー、世界の中じゃ声も聞こえないみたいだし……)
「やり直しのチャンスはくれるけど助力はあてにするなってこと?」
(助けられることがあれば助けるけどさ。まー、何もできないんじゃないかな。せいぜいここで相談にのるくらいだなー)
「何よ、役に立たないわね」
(なっ!?)
喚くコゲを黙殺してルイズは考えた。
やり直しが聞くとはいえ、ワルドの裏切りに自分だけで対処することなどできるのか?
それはとても困難な道に思えた。
(くそ。確かに実際の手助けはできないけどさ、他にも誰かの助けを借りるとかしてみると良いんじゃないか?友達とかさ)
「友達なんて……」
誰かの力を借りる、と言う案は良く思えた。
事情を話せば力になってくれる人もいるだろう。
(いないって?でもこれから作れば良いじゃないか。キュルケだっけ?あの赤髪の子とか、ルイズのことを気にかけてるように見えたけどな)
「キュルケですって!?だめよあんなの!」
ルイズの脳裏に、つい先日のことのように悔しさをかみ締めた日のことが思いだされた。
コゲをまとったチビるいずが、だんだんと地団駄をふむ。
(誤解とかもあるしさ。話し合ってみれば案外ってこともあると思うけどなー)
「ふん!ツェルプストーの女なんか願い下げだわ!」
そうは言ったものの、ルイズはあまり粘性の怒りを持つ性質ではなかった。
使い魔の優劣にしたところで、今ではキュルケのフレイムなんかに負ける気はしないので、相手があやまるなら話をきいてやってもいいかな、程度には思っていた。
時間をもどせば何もないのだから、謝るも何もないのだが……。
「それじゃ、あんまり長居して狩人っていうのに目を付けられても困るし、行くわよ」
(おう。そこに栞がさしてあるから、そのページに飛び込めばいいさ)
「……、重いじゃないの!」
相対的に巨大サイズの本を、ちびルイズはえっちらおっちらページをめくる。
栞が挟まったページを開くと、ぜぇぜぇと呼吸を整える。
「もう、勢いつかないわね。じゃあ行くわよ!」
(おー!)
ぴょんとページに飛び乗ると、ルイズとコゲは光の沫となって本の中込まれたのだった。
ゼロと帽子と本の使い魔 1週目END
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