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ルイズと無重力巫女さん-31 - (2010/05/02 (日) 23:09:16) の1つ前との変更点
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#navi(ルイズと無重力巫女さん)
トリステイン魔法学院――――――――
太陽が沈み始め、ようやく赤と青の双月が空へ上ろうとしている時間帯。
もうすぐ夜になろとうしているが、夕食までまだ大分時間がある。
その間まで生徒達は各々の自室で授業で出された課題をしたりするのだが、そんな生徒は殆どいない。
例えば…キュルケは授業で出された課題を自分に惚れている男子生徒達に全て押しつけて化粧をしていたり、
モンモランシーはテーブルに課題ではなく香水などを作る道具を広げて新しい調合を試していて、
ギーシュは薔薇の造花を手で弄くり回しつつ彼女に送る詩を考え、
タバサに至っては使い魔である風竜のシルフィードに乗って何処かへ出かけていた。
このように、トリステイン魔法学院の生徒達は各々の時間を趣味に費やしているのだ。
最も、光あれば必ず影が存在するように、ちゃんと課題に取り組む生徒もいる。
将来この国を支える者になりたいと思う者達はどんどんと知識を取り込み賢くなって行く。
そして今、女子寮にある自室でルイズもまた課題と格闘していた。
他の生徒達と比べてみればその量は明らかに多かったが無理もないであろう。何故なら――
「す、数日分のツケがこんなにしんどいものだなんて…!」
―――――――学院にいなかった分、堪りに堪っていたのだから。
ルイズは苦しそうな独り言を言いつつ「クラスごとに違う、水系統の威力の違いについて」の課題に取り組んでいる。
これの他に暖炉の上には学院にいなかった間の課題がまだまだ残っている。
恐らく持ってきたのはキュルケ、又はあまり仲の良くない女子生徒達辺りであろう。
全く嫌みな事してくれるわね。と思いつつも基本真面目であるルイズには「課題を片づける」という選択しかない。
座学に関しては学年トップの座をタバサと共に独占している彼女にとって出されている課題のレベルならば大した驚異にはならない。
ただ問題は一つ、それは「出された課題が難しい」のではなく、「出された課題の量が多すぎる」という事であった。
今まで出されていた課題はほんの少しであったし、夕食前か就寝前に片づけていた彼女にとっては余りにも過酷すぎるものである。
誰かを頼ろうにも頼る人がおらず、居候することになった霊夢と魔理沙の二人も今はいない。
正に孤軍奮闘状態のルイズは、ふと鏡台の上に置かれたボロボロの本を一瞥した。
「もう…、姫様から゛始祖の祈祷書゛を貰ったのに…これじゃあ詩を考える暇もないわね…」
ルイズは溜め息交じりにそう呟いた後、課題のことは一時忘れて今日の出来事を思い返すことにした。
そうする事で自分が今どれ程「責任重大な役目」を請け負っているのか改めて自覚するためである。
ならそれをするより課題を片づけた方が良いのでは?と思うが生憎今のルイズにはそれが考えられなかった。
ここ最近連続して身に起こる衝撃的な出来事の所為で頭がうまく回っていないのだ。
ルイズは手に持っていた羽ペンをひとまずは机の上に置き、目を瞑って頭の中に蓄積された記憶を映し始める。
最初の方こそは何も映らないが、数秒後には瞼の裏でボンヤリとイメージが浮かんできた。
★
…
事はお昼を過ぎた頃の時間帯にまで遡る。
妖精亭で軽食を貰ったルイズ達はそのまま真っ直ぐに王宮へと向かう事にした。
ただチクトンネ街から直接行くので、結構な時間が掛かってしまう。
更には、人混みの多い大通りで三人がバラバラになってしまったり。
魔理沙が通りに出された屋台や商店などに興味を示していたため更に時間が掛かってしまったのだ。
ようやく王宮への入り口にたどり着いたときには、既に午後二時を回っていた。
「…ようやくついたわ。ここが王宮への入り口よ」
ルイズは疲れた顔で王宮の衛士が数人ほどいる詰め所と目の前にそびえ立つ大きな門を指さした。
「…飛んできた方が早かったんじゃないの」
霊夢の口から出た賞賛とは程遠いその言葉には、僅かばかりの疲れが滲み出ていた。
そんな彼女とは対照的に、ルイズの指さしたそれらを見て喜んだのは魔理沙であった。
「おぉ、意外とでかいんだな!紅魔館よりデッカイ建物なんて初めて見たぜ!」
一方の魔理沙は紅魔館等とはレベルが違うサイズの建築物を見て、目を輝かせて喜んでいた。
幻想郷で生まれ、育ってきた魔理沙にはハルケギニアで見る物全てが珍しいのである。
それこそ正に、子供の頃に読んだ絵本に出てくる御伽の国そのものなのだ。
「「…………はぁ~」」
はしゃいでる魔理沙を見て、霊夢とルイズは二人同時に溜め息をついた。
詰め所の衛士にアンリエッタとの面会がある事を伝えた後、魔理沙の箒は詰め所で預けられる事となった。
魔理沙本人は「この世界じゃあ箒は危険な道具に入るのか?」と首を傾げていたが。
その後、3人はすぐに許可を貰い宮殿の中へと入った。
ルイズは霊夢と魔理沙を連れ、ただひたすらアンリエッタのいる寝室へと向かう。
その途中、魔理沙が辺りを見回して「意外と広いんだなぁ…」と呟いたのを見逃さなかったルイズはフフン♪、と自信満々に微笑んだ。
「凄いでしょ?ハルケギニア大陸においてもこれ程広くて素晴らしい宮殿は指を数えるくらいしかないのよ」
「へぇ~…そんなに広いのか」
頼んでもいないルイズの自慢が耳に入ってきた魔理沙は突然喋り始めたルイズにキョトンとしつつも、そう言った。
そんな魔理沙の様子を見てルイズの自信がドンドン急上昇していく。
ルイズは霊夢達に背を向け、まるで自分の家を紹介するかのように喋り始める。
「そうよ。…もしかしてアンタ、こんなに大きい廊下を渡るのとか初めてじゃ―――…ってアレ?」
この宮殿がどれ程素晴らしい者かを説明しつつルイズが再び振り返ったとき、魔理沙と霊夢が既に話を聞いていない事に気が付いた。
「外見は結構大きいが、廊下の大きさじゃあ紅魔館に負けてるよな」
魔理沙の言葉に霊夢は頷きつつ、口を開く。
「あっちはあっちで色々と危ないけどね」
「あぁ、確かに私も一度図書館で騒いでたら危うく猫にされかけたぜ」
「それって単なる自業自得なんじゃないの?」
そんな会話を少し離れた位置から見ていたルイズは、ムッとした表情をその顔に浮かべる。
自分の話を聞いていない事は勿論、最初から無視するのは流石に許したくは無かった。
ルイズの表情は段々と険しくなっていく、それに伴い怒りのボルテージも上がっていく。
その事に気が付いたのは魔理沙であった。なんでルイズが険しい表情をしているのかは知らないが。
魔理沙は霊夢との会話を中断し、ルイズもとへ近づき声を掛けた。
「おいおいどうしたんだよルイズ、そんなに怖い顔するなって」
「…別に、なんでもないわよ」
今更声を掛けてももう遅いと言わんばかりにルイズは呟いた。
そんなこんなで宮殿の廊下歩き続けて数分が経った頃だろうか…
ようやく三人はアンリエッタの居室のすぐ近くにまでたどり着いた。
綺麗な装飾が施された白い扉の側には華やかな装備の魔法衛士隊の隊員が立っていた。
恐らくここの警護を担当している者だろう、エメラルド色の目からは常に緊張感が漂っている。
隊員は此方に近づいてきたルイズや霊夢達を見ても、「学生が何用だ」とか、「貴族でない者達が何しに来た」という風な声を掛けようとはしなかった。
今日は魔法学院からのお客が一、二人来ると王女直々に伝えられていた彼は彼女たちの姿を見ても訝しむ事は無い。
(しかし一、二人はともかくとして、三人も来るとは)
隊員の視線は、一瞬だけ肌の露出が多い霊夢を一瞥した後魔理沙の方へと移った。
一見すれば貴族のような出で立ちをしているが、マントをしていないところを見ると没落貴族の子供か何かであろうと彼は思った。
事実隊員の目から見れば、物珍しそうに辺りを見回している魔理沙は正に「今まで田舎で暮らしていて初めて王宮に来たメイジ」という表現がピッタリと当てはまっている。
「おぉ~!いかにも御伽の国の御姫さまのお部屋に続くドアって感じだな!」
アンリエッタの部屋へと繋がるドアを見て、魔理沙が物珍しそうに言った。
宮殿内にも拘わらず大声で喋る魔理沙に、しかし隊員はどなる事無くすぐにその目を逸らした。
魔法衛士隊であるからして貴族ではあるが、どうやら彼には平民や没落貴族の子供を見下す趣味はないらしい。
ルイズはアンリエッタに用事があると隊員に言う前に、後ろにいる二人の方へ向き直った。
いきなり自分達の方へ向き直ったルイズを見て、霊夢は怪訝な表情を浮かべつつ声を掛ける。
「…どうしたのいきなり?」
「イヤ、部屋に入る前に一応約束だけは守って頂戴」
「おいおいどうしたんだよいきなり?…まぁ守れる約束なら最低限守るぜ」
魔理沙もまた騒ぐのをやめて、ルイズの口から出るであろう約束とやらに耳を傾けることにした。
ルイズは軽く咳払いをし、改まった感じで喋り始めた。
「良い?これからこの国の姫殿下に会うのだから出来るだけ優しく接してあげてちょうだい
霊夢とは一度会ってるらしいからまぁ良しとして、一番の問題は――――」
ルイズは一旦言葉を句切り、魔理沙の方へと人差し指を向けて言った。
「―――――特にマリサ、アンタよ」
思いっきり御指名された魔理沙は少しだけムッとした表情を浮かべた。
「ちょ…、何で私に言うんだよ?」
「そりゃアンタの今日の街中での行動を見てたら。ルイズだって釘も刺したくなるわよ」
そんな魔理沙に、霊夢はここの来るまでの間にあった事を思い出しつつ言った。
霊夢の言葉にルイズはウンウンと頷きつつも、再び喋り始める。
「まぁそういう事よ。…まぁ姫殿下は優しいからちょっとやそっとの事じゃ怒らないけど…
もしもからかったり泣かせる様な事をしたら、この私がタダで済まさないから」
まるで自分をいじめっ子として見ているかのようなルイズの言葉に、
流石の魔理沙も何か言ってやろうかと思ったが、彼女の表情を見てその気が失せた。
今のルイズの表情は、自分の中で一番大切な存在を守ろうとしている時の顔だ。
そんな表情を真剣に出す今のルイズに抗議する性格を、魔理沙は持ち合わせてはいない。
「わぁーった、わぁーったって……要はおとなしくしてればいいんだろ?」
参った、と言わんばかりに両手を軽く上げて言う魔理沙に、ルイズは何故か拍子抜けしてしまった。
てっきり霊夢のように辛辣に言葉を一言二言投げかけてくるのかと思っていたのである。
「案外レイムより素直に聞けるのね…アンタ」
「……アンタ、もしかして私の事をちょっと冷たい人間としか見てないでしょう?」
そんな事を呟くルイズに霊夢が素早く突っ込んだが、一方の魔理沙はルイズの言葉に肯定するかのように言った。
「ハハッ、…でもそうだろ?お前さんは誰にもかかわらず同じような態度で接してるからな」
笑いの混じった魔理沙の言葉に、「余計なお世話よ」と霊夢は不機嫌そうな表情を浮かべて顔を横に逸らした。
…
……
………
☆
………………
…………………
――つまで寝て――のよア――タは?さっ――と――起きなさい」
「ふぇっ…?」
目を瞑って記憶を掘り返していつの間にか眠っていたルイズは、間抜けそうな声と共に目を覚ました。
ほんの少しだけ思い瞼をゴシゴシとこすり、すぐさま自分の側に霊夢がいる事に気が付いた。
どうやら起こしてくれたのは霊夢らしく、両手を腰に当てて呆れたと言いたげな目でこちらを見ている。
「……あぁレイムぅ…起こしてくれたのねぇ…」
瞼をゴシゴシこすりながら眠たそうな声で喋るルイズに、霊夢はやれやれと言いたげに首を横に振った。
「全く、私としちゃあアンタの健康なんか気にもしないけど。いくらなんでも寝過ぎじゃないかしら?」
霊夢の言葉にルイズは「どういう意味よ?」と首を傾げつつも、立派な壁掛け式の振り子時計へと視線を向けた。
今二本あるなかで短い方の時計の針はちょうど「10」の所を指しており、長い方の針は丁度「0」の真下側にある「6」を指していた。
「あぁもうこんな時間なのね…本当に寝過ぎちゃったわね――――
ルイズは自分が寝過ぎたことを後悔しつつ、ブツブツと呟きながら席を立った瞬間―――
――――って、ウソォッ!?夕食の時間とっくに過ぎてるじゃない!」
―――とっくに夕食の時間を過ぎている事にすぐ気が付き、驚愕した。
「なんでぇ…!なんでこんな事に!…夕食時に寝過ごすなんてぇ!」
もうこの時間帯に行っても食堂には誰もいないし、料理も出してはくれないだろう。
一応夜食があるのだが、それでも夕食程腹は膨れない。
それに、今日の夕食には大好物のクックベリーパイが出るとも聞いていた。
ルイズは自分の大好物を味わえなかったことに後悔しながらも、今更起こしてくれた霊夢を恨めしげに睨んだ。
「言っておくけど、私は夕食前に起こしたわよ。アンタは起きなかったけどね」
今にも蛙を襲わんとする蛇のような視線で睨まれても霊夢は全く動じず、両手を横に広げてそう言った。
罪悪感を全く感じさせない紅白巫女の表情に、ルイズは悲しそうな顔で盛大な溜め息をつく。
霊夢の話から察すれば、要は夕食時に起きなかった自分が悪いのだ。
それでも、やはり夕食抜きとなると、ぐっすりと眠れないのは間違い無しである。
項垂れているルイズを霊夢は冷たい目で見つめていると、ふと誰かがドアを開けて部屋に入ってきた。
「よぉルイズ。今頃になって起きたのか」
頭の中を空っぽにしたような脳天気そうな声で部屋に入ってきたのは魔理沙であった。
「…あ、マリサ」
体からはうっすらと湯気が出て、三つ編みを解いている金髪のロングヘアーは少し水気を帯びている。
それに気が付いた霊夢は、呆れた顔で魔理沙を睨みつつ軽い溜め息をついた。
「結局入ってきたのね…拷問道具だ何だ言ってた癖に」
少々の嫌悪が混じる霊夢の言葉に、魔理沙は悪気の無い笑顔でこう言った。
「試しに火をつけたらすぐに沸いたし星空がキレイだったからな。…五右衛門風呂は思ったより最高だったぜ」
二人の会話から察するに、どうやら魔理沙はお風呂に入ってきたらしい。
ただその話の中に出てきた「拷問道具」や「星空がキレイ」という言葉に、ルイズは怪訝な表情を浮かべた。
(拷問道具って…っていうかウチの学院には星空が見える風呂なんて無いはずだけど?)
どういうことなのよ…とルイズが訝しんだ時、今度は誰かがドアをノックする音が耳に入ってきた。
「あ、もう来てくれたのか。意外と早かったわね」
何かを知っている風に霊夢がそう言うと、魔理沙がドアを開け、廊下にいた人物を部屋の中に招き入れた。
部屋に入ってきたのはメイド服を着た学院の給士らしく、その手には料理が載ったお盆を持っている。
「…?あれって…」
ルイズは、自分の鼻腔をくすぐる料理の匂いにおもわず目を丸くする。
丁度夕食を食べ損なっていたルイズにとっては、この上ない匂いであった
次いで、メイドの髪の色が黒だと気づいたルイズはすぐにメイドの名前を思い出す。
「あっ…シエスタ」
「夜分遅くに失礼しますミス・ヴァリエール。ただいま夕食をお持ちしました」
ルイズに名前を呼ばれた彼女は軽く頭を下げて恭しく言うと、お盆に載った料理をテーブルの上に置き始めた。
湯気が立つクリームシチューに焼きたての白パン、それに小さな器に入ったサラダ。
貴族達からしてみればそれ等の数々は「賄い」であった。
一日三食と夜食を作ったコックやメイド達が寝る前に食べるそれ程豪華ではない食事。
しかし、今のルイズからしてみれば賄いであろうとも「腹がちゃんと膨れる夕食」であった。
シエスタが料理をテーブルの上に置いていく様子を見つめながらも、霊夢がルイズに話し始めた。
「実はね、シエスタが今日私たちに助けられた事をマルトーに話したらしいのよ」
今にも口の箸からよだれが出そうなルイズはハッとした顔になると霊夢の方へと視線を向けた。
マルトーという人物が学院で料理長として働いている事を知っているルイズは目を丸くする。
あの料理長は大の貴族嫌いだと聞いていた事もあって、内心はかなり驚愕していた。
そんなルイズには気づかず、尚も霊夢は喋り続ける。
「そんでもって。マルトーが今日のお礼にとアンタが食べ忘れた夕食と、後ほんのちょっとしたお礼を私たちに出してくれたらしいわよ」
霊夢がそこまで話した時、料理を並べ終えたシエスタが部屋の入り口に置いていた大きめバスケットを手に持ってやってきた。
バスケットの中に何かが入っていることだけ確認できるが、上から被せられたナプキンの所為で良くわからない。
だがしかし、霊夢の話を聞いていたルイズには、例え見えなくともバスケットの中に何が入っているのかある程度わかっていた。
「そのバスケットの中身って…もしかすると」
「はい、夕食を食べ終えた後に皆で仲良く食べてくれってマルトーさんが言ってました!」
シエスタは明るい笑顔で言うと、バスケットを手に取って勢いよくナプキンを取った。
同時にナプキンの下で溜まっていた甘く、高貴な香りを放つお菓子がその姿を現す。
「……うわぁ…」
それを見たルイズの表情は驚愕に満ちていたが、それは段々と喜びのものへと変貌していく。
ナプキンの下にあった食べ物はテーブルに置かれた夕食を含め、今のルイズを喜ばせるのに充分すぎた。
それは彼女が幼年の頃から気に入り、今に至るまで好物として週に最低五切れは食べているもの。
決して自分から切り離していけない存在。ルイズはそう思っている。
例えればそれは霊夢にとっての緑茶、魔理沙にとっては蒐集、それと同等の価値をルイズはその食べ物に与えていた。
段々と表情を嬉しそうなものへと変えていくルイズを見て、シエスタは元気な声で言った。
「マルトー料理長特製のクックベリーパイが、私を助けてくれた皆さんへのお礼だそうです!」
◆
深夜―――
ブルドンネ街の一角に、上流階級の貴族達が寝泊まりしているホテルがある。
比較的王宮から近いそこは、激務のあまり宮殿からなるべく離れられない者達が利用している。
彼らは皆それなりに名高い家の生まれで、金も自分の生活に困らない程持っていた。
その一室で、四十代後半の貴族の男が鞄の中から取りだした書類を流し読みしていた。
慣れた手つきで読んでいるそれは、トリステイン王国現在の財政や各地域で異なる税の額を事細かく記したものであった。
写し取りではあるものの、無論それは彼が扱える代物ではない。そしてそれと同じレベルの機密書類が大量にその鞄の中に入っている。
「フン…あの狸め、まさかこんな大事な書類をレコン・キスタに横流すってことか…」
彼は怪しい笑みを浮かべつつ「狂ってるな…」と呟き、自分に書類を渡した男の下卑た笑顔を思い出した。
同時に、明日にはこの書類の山をレコン・キスタからの使者に渡すのだという事も思い出す。
「そういえば明日だったな。…ようやく、俺もそれなりの地位と金が貰えるのか…!」
書類を渡してくれた男は言っていた「この書類をレコン・キスタの奴等に渡せば、いずれお前はそれ相応の褒美を貰える」と。
彼はこの高級ホテルに泊まっている土地持ちの貴族であるが、実を言うと土地から取れる収入に満足いかなくなってきたのだ。
初めて土地を貰った時は喜んだものの、一生遊んで暮らせる程の税をとる事ができなかった。
手に入れれば贅沢三昧が出来ると思っていた彼にとって、逆にその土地が足かせとなってしまったのである。
土地の経営や王宮での勤務が辛くなってきたそんな時、
自分と比べれば月とスッポン程の権力と金を持つ男が大量の機密書類の写し取りを持ってきたのだ。
「どうじゃ、この書類をワシの代わりとしてレコン・キスタからの使者に売ってはくれんかのう?」
男の言葉に、最初は「国を売るとは何事か!?」と激昂した彼であったが、結局は男の出した前払い金で屈した。
前払いだけでも平民の家族が丸々一年遊んで暮らせるその額を貰えれば無理もないだろう。
それに、今のトリステイン王国は事実上本当に危ない状況なのだ。
王になることを放棄してだんまりを決め込んでいる后と夢見気分の王女様は今のところ政務から目を背けている。
そんな彼女らの代わりに融通のきかない古参貴族達やお人好しの財務卿、…そしてあのマザリーニ枢機卿が身を粉にして働いていた。
王族が自ら動かず家臣達だけが空しく頑張っている、そんな国大陸の何処を捜したって見つかりはしないだろう。
「この書類がアルビオンに流れたら…トリステインはお終いだな…」
彼は書類を読みながら悲しそうに呟いた後、「ま、俺はそのおかげで幸せになれるがな」と嬉しそうに言った。
金と権力にしか目が眩まなくなった彼の心は、まだ見ぬ褒美を用意してくれているレコン・キスタの方へと惹かれていた。
…~♪~♪…♪
その時、ふと彼の後ろから音楽が聞こえてきた。
ギスギスした心をしずませ、冷やしてくれるかのようなそのメロディーに彼はハッとして顔になり、振り向いた。
そして、音の出所がすぐにわかったのか、彼の表情が安堵したものへと変わって行く。
「…なんだ、アレだったか」
彼の視線の先にあったモノ、それは天蓋つきの大きなベッドの真ん中に置かれた水晶玉であった。
マジックアイテムだがどういうギミックなのか、ふとこうして水晶玉の中から音楽が突然聞こえてくるのだ。
まぁ心地よいメロディーの曲だからとして彼も気に入っているだが、ふと気になっている事が一つだけあった。
実はこの水晶玉、つい最近になって貴族達の間で出回りはじめたのである。
一体何時、何処で、誰が流行らせたのかはわからない。だがそれは彼にとってはどうでも良い事であった。
「さてと…寝るまえにちょっと暇潰しに読んでおくか」
彼は背後の水晶玉から聞こえてくる音楽をBGMに、機密書類の写し取りを読むことにした。
◆
彼の泊まっているホテルの廊下を、一人の青年給士が黙々とモップで清掃をしていた。
既に時間は丑三つ時を過ぎた辺りで、見開いている瞼もいよいよ重くなって来ている。
「やっぱり、夜中に仕事なんかするもんじゃねーよ、俺。……ふぁぁ~」
給料が良いという事で深夜の仕事を担当したものの、初日から後悔する羽目になっていた。
彼は夜勤を請け負った自分自身に愚痴りつつも、おおきな欠伸をひとつかました。
そして欠伸した後、ハッとした顔になり辺りを見回す。
周りに上司や宿泊客である貴族達がいない事を確認し、安堵の溜め息をつく。
もしも仕事中に欠伸したところを見られたら、大目玉を喰らっていたところだろう。
「ま、良く考えりゃあ夜中まで起きてる奴なんていないよな…?」
彼はひとり呟き、さっさとこんな仕事終わらせて仮眠室で眠ってやろう決意した瞬間――――
ドン…!ドスッ…!
「ギャッ…!」
突如、背後のドアを通じて激しい物音と誰かの悲鳴が彼の耳に入ってきた。
このホテルは客のプライベートを優先している為か、ドアや壁は全て防音仕様である。
しかし、耳の良さが自慢である青年は壁よりも若干防音効果が薄いドアを通じて悲鳴に気づき、驚いた。
「!?……。な、なんだ!」
まるで心臓をえぐり取られたかのような悲鳴を聞いた彼は、今すぐにもその場から逃げ出したかった。
しかし、悲鳴を聞いたまま何もせずに逃げるという事も、青年には出来なかった。
(もしも何かあったとしたら。このまま逃げることは出来ないし…)
何より、こういうのはスリルがあって最高さ。とぼやきつつも体中を震わせながら青年は、背後のドアへと近づく。
先程の悲鳴と物音が聞こえて以降、ドアを通じて何も聞こえてこない。
もしもの時を考え、青年は右手で持っているモップを手放さず、左手でドアを軽くノックした。
普通なら三回ノックした後に客からの返事がくるものだが、案の定返事は返ってこない。
返事が無いという事は熟睡しているのか、それとも何かあったに違いないと青年は確認し、今度はドア越しに声を掛けてみた。
「すいません、お客さま。…どうかなさいましたか?」
しかし声を掛けようとも、この部屋に泊まっている客からの返事は一切無い。
このドアは魔法の仕掛けが施された特殊なドアであり、ノックやドア越しからの声が良く聞こえるようになっている。
いよいよもっとコリャ何かあるなと思った青年は目を細めながら、ドアノブを掴む。
「お客さま。誠に失礼ですがドアを開けさせてもらいますよ…」
とりあえず何かあったのかと思って…と言い訳を考えつつ、青年はドアを開けて部屋の中に入った。
やはりというかなんというか、部屋の中には灯りひとつ無かった。
ベッドの側に置かれたカンテラも、天井に備え付けられたシャンデリアも、光を灯してはいない。
「うわぁ…今更ながら怖くなってきたよ」
小さな声でブツブツ言いつつ、部屋の中に一歩踏み出すと、まずは辺りを見回した。
この部屋は他と比べれば大分大きい方で、ワインや酒のつまみもクーラーボックスに常備されている。
いわゆるVIPルームと呼ばれるその部屋の空気は、窓から入ってくる風のせいでひんやりとしていた。
夏が近づいて来るというのに未だ肌を刺す程の冷たい空気は、青年の身を無意識的に震わせる。
「あのぉ~…お客さまぁ…?」
青年は震えた声で客をよびつつ、一歩一歩確実に部屋の中へと入っていく。
窓から入ってくる風がレースのカーテンを揺らし、青年の心の不安を刻ませていく。
やがて部屋の真ん中まで来たとき、ふと何か柔らかいモノが足先に触れた。
「なんだ…コレ?」
靴を通して足先に伝わってきた感触に、青年は怪訝な顔つきになった。
まるで中途半端に固くなった肉に触れるかのような柔らかそうで意外と固い微妙な感触。
何だと思いふと足下を見てみると、何か黒くて大きな物体が足下に転がっていた。
青年の体よりも大きい黒い物体が、地面に横たわっているのだ。
彼が目を見開き後退った瞬間、待っていたと言わんばかりにシャンデリアに光が灯った。
突然ついた天井からの明かりに一瞬だけ青年の視界を遮った後、足下にあった物体の正体を彼は目にした。
人気が無い深夜のブルドンネ街の一角で、青年の絶叫が響き渡った。
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