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#navi(三重の異界の使い魔たち)
~第5話 最初の夜inトリステイン~
ムジュラの仮面の力を試した後、才人たちは一旦空き教室に戻った。そして、才人、ナビィ、
ムジュラの仮面の3名は、タバサとキュルケにこの世界のことを詳しく説明されていく。
曰く、この大陸は今才人たちがいるトリステインを始め、大きく5つの国家と幾つかの都市
国家からなる西側のハルケギニア、それ以東のエルフという種族が住まうロバ・アル・カリイエ
――東方――と一括りにされる土地に分かれていること。
曰く、この世界では基本的に魔法が使えるメイジは貴族とされ、それ以外の者は平民とされる
ことで社会が構成されていること。
曰く、基本的に魔法を使えない者が貴族と同等の権威を持つことはできず、それが可能なのは
キュルケの母国ゲルマニアくらいのものであること。
曰く、この世界において魔法は社会の基盤となっており、それ以外の技術は二の次であること
等だ。
反対に、才人たちも自分たちの世界のことを話していく。
曰く、地球の技術に魔法は全くなく――仮にあったとしても遥か昔のことだ――、物理法則や
数学、工業力を発展させた科学という技術により生活が成り立っていること。
曰く、ハイラルは3人の女神たちにより創造され、人間、コキリ族、ゴロン族、ゾーラ族等の
幾つかの種族が共に生きる地であること。
曰く、タルミナもハイラルとやや内容が異なるが人間と異種族が共存し、4人の巨人が四方の
守護神となっていること等を。
そうやって、一通りの説明の交換が終わる頃には、日がすっかり傾いていた。窓から赤い西日が
差し込みはじめ、次いで遠くから鐘の音が響きだす。
「終礼の鐘」
「ああ、もうそんな時間なのね」
タバサの言葉にキュルケが続いた。終礼ということは、もう今日の授業が終わる頃なのだろう。
そして、今が夕暮れであることに気付くと、才人の胃が自己主張を始める。
「そろそろ腹減ったな……」
腹部を撫でながら言ってみれば、タバサが頷いた。
「もうすぐ夕食の時間」
「そうね、食堂に行きましょうか」
キュルケの言葉に一同は揃って頷いたが、彼女はそこで何か考える様に才人たちを見てくる。
「でも、才人たちも食堂に入れるとまずいかしら?」
「え、なんで?」
才人が首を傾げると、キュルケは肩をすくめてみせた。
「アルヴィーズの食堂は、貴族専用なのよ」
「トリステイン貴族は頭が固いから、平民が入ればなにかしら言われると思う」
「そ、そうなの?」
2人の説明に、才人は若干焦る。食堂が使えないのなら、自分はどこで食事を取ればいいの
だろうか。
「問題ない、厨房は使用人用の食堂を兼ねているから、そこで貴方たちの分の食事も用意する
ように言いつけておく」
「そっか、ありがとなタバサ」
タバサの言葉に才人は安堵し、彼女の小さな頭を撫でる。途端、彼女は僅かに驚いた風に
――ただし表情は動いていないが――顔を向けてきた。次いで、才人もすぐに自分が何を
したかに気付き、慌てて手を離す。
「あ、ご、ごめん!」
相手が幼い少女とはいえ、そんな気軽に触れるものではない。女の子に慣れていない普段の
自分なら、簡単にこんなことはしないはずだ。主従関係を結んだことで、気が緩んだのだろうか。
それを見ていたキュルケが、意地の悪い笑みを浮かべる。
「貴方、奥手そうに見えて意外に手が早いじゃない?」
「な、なに言ってんだよ!」
冗談めかして言うキュルケに、才人は抗議の声を上げた。幾ら出会い系サイトに登録する程
彼女募集中状態だからといって、こんな下手をすれば小学生程度の女の子に手を出す気は毛頭ない。
――まあ、確かに可愛い子だとは思うけど……
そんな考えが頭をよぎると、才人は何かを否定するように頭を振るう。自分はロリコンでは
ない、色々と破滅する類の人間ではない、そう念じながら。
「おい、何をやってるのか知らないが」
「もうタバサ様とキュルケ様行っちゃったよ」
ムジュラの仮面とナビィの声で才人は思考を中断し、主となった少女の後を追った。
そして先行する2人に追いつくと、才人はナビィとムジュラの仮面に視線をやる。
「そういや、俺はともかくお前ら何食べるんだ?」
ナビィは妖精ということだし、ムジュラの仮面に至っては仮面である。何を食べるのか、
今一つ予想が付かない。
「ワタシは別に何もいらないわ。妖精は食事の必要がないの」
「同じくだ。オレは生物というだけで、基本は仮面だからな」
「そうなのか?」
「そうなの?」
2人の回答に、才人とキュルケが疑問を呈する。
「森の妖精っていったら、なんとなく花の蜜とか飲むイメージがあったけど」
「フフ、いりませんよ。妖精は精霊と似た存在ですから、普通の生き物とはちょっと
違うんです」
キュルケの疑問にナビィが答え、才人もムジュラの仮面に尋ねた。
「お前も、触手とか生やしたからクラゲみたいにして何か食うのかと思ったけど」
「誰がクラゲだ! 胃袋などないから、食おうが食うまいがどちらでもいいんだよ」
「助かる」
そこで、タバサがぽつりと呟いた。
「食費が1人分で済む」
「あ、ああ、お世話になります」
食費という単語にこれから彼女に扶養される実感が出てきた才人は、思わず頭を下げる。
「自分より4つか5つは年下の娘に首(こうべ)を垂れるとは、いい様だな」
「やかまし!」
ムジュラの仮面のからかいに、才人は怒鳴り返した。反論の言葉がないのが尚情けない。
「15歳」
すると、2名の主となった少女が足を止め、言葉を投げてくる。
「私の歳」
「へっ!?」
タバサの告白に、彼女の使い魔3名は驚きの声をハモらせた。
「ちょっ、ちょい待った! えっ、なに!? 15!? じゃあタバサって、俺のたった2つ
下!? マジで!?」
「嘘っ!? ワタシてっきり、リンクと同じ12歳くらいだって思ってた!!」
「あの剣士といい、子鬼といい、最近ガキに縁があると思っていたが、思ったよりは上
だったか」
三者三様の驚愕を聞きながら、タバサは言葉を続ける。
「だから、4つも5つも、ということはない」
それだけ言うと、タバサは踵を返して足を進めていった。そして、キュルケが才人と
ムジュラの仮面に咎めるような眼を向けてくる。
「貴方たち、レディの年齢に関する話題は、もっと注意しなさいな」
「は、はい……」
視線に気圧された才人だけが答え、一行は再び厨房を目指した。
しばらく歩き、厨房が見えてくると、青いドラゴンを従えた桃色の髪の後ろ姿が
そこから遠ざかっていくところだった。
――あれだけでかい使い魔だと、メシの用意も大変だろうなー
余計な心配をしながら、タバサが使い魔にかける食費が自分の分だけでよかったと、
才人は一人苦笑した。
そして、いざ厨房の前に立つと、タバサが扉のノッカーを叩く。木製のドアが乾いた
音を響かせ、軋むような音とともに開かれた。
「はい、どういたしました?」
中から顔を見せたのは、黒髪のメイドだ。恐らく、この学院で働いている使用人なのだろう。
日本の学校でいう事務員にあたるのだろうが、それがメイド服というのは流石異世界、と才人は
妙な関心をした。歳は才人と同程度だろうか、その髪の色と黒い瞳が、僅か数時間で遠い世界と
なってしまった日本を思い起こさせる。無論肌の色や顔立ちは日本人離れしているが、その
小作りな顔立ちといい、軽くまぶされたそばかすといい、なかなか可愛らしい容貌をしていた。
メイドの少女はタバサたちの姿を確認すると、姿勢を直して慇懃に一礼する。
「これはミス・タバサ、ミス・ツェルプストー、如何いたしました?」
――学院の生徒の顔と名前暗記してんのかな? すげーな
淀みなく主とその友人の名を唱える少女に、舌を巻いた。貴族という立場の生徒たちが通う
学校で働く以上、名前を失念するという無礼があっては我が身にかかわるのだろう。才人は
そんな事情にまで考えが至りはしないが、自分と同い年程度だろう少女の立派に社会人として
働いている姿に、ちょっとした敬意を覚えた。
――しかも、結構可愛いし……
「私の使い魔の食事をお願いしたい」
「あたしの使い魔のも、お願いするわね」
益体のないことを考えていると、タバサとキュルケが自分たちを指し示す。
「お2人の使い魔さんのお食事ですね、畏まりました」
言いながら少女は一礼すると、才人たちへ視線を移す。が、そこで彼女は小さく首を傾げた。
「あの、ミス? こちらの方は?」
その言葉に、才人は苦笑する。
「ああ、その、俺がタバサの使い魔になった、平賀才人です」
「ええ? だって、貴方、人間では!?」
「いや、まあ、そうなんだけどね」
大仰に驚く少女に、才人としては頭を掻くしかない。先程までの説明でも判ってはいたが、
やはり人間が、それも複数召喚された上での1体として使い魔となる事態は、ひどく珍しい
ようだ。
「まあまあ、貴方、ちょっと落ち着いて」
そこへ、ナビィがとりなすように間へ入ってくる。
「あ、貴方は?」
「私はナビィ、タバサ様の使い魔2番目よ」
「2番目?」
要領を得ない風な少女に、今度はムジュラの仮面が声を掛けた。
「オレたちの場合、色々特殊なようでな。ちなみにオレがタバサの使い魔の3番目ムジュラの
仮面、こっちの赤いのがツェルプストーの使い魔フレイムだ」
自分とフレイムを紹介したムジュラの仮面を見て、それからナビィと才人に視線を移して
いき、メイドの少女は目を瞬かせた。
「ミス・タバサは、3名も使い魔さんを召喚なされたのですか、それも、言葉を話せる方
ばかり……」
言うなり数瞬茫然としていたが、すぐに我に返った様子であたふたと再起動する。
「ご、ごめんなさい! お時間を取らせてしまいました! 使い魔さんたちのお食事ですよね!?
皆さん、こちらへどうぞ!」
少女に促されて、才人たち使い魔4名は彼女の後を追い厨房へと入る。
「それじゃあ、あたしたちは食堂で夕食だから」
「後で、寮の前で合流」
「おう、了解」
赤毛と青髪の少女たちに、才人は軽く手を振り返した。
「おう、お前らか! ミス・タバサとミス・ツェルプストーの使い魔たちってのは!!」
厨房に入ったナビィたち使い魔カルテットを出迎えてくれたのは、顎髭を蓄えた恰幅のいい
中年男性だった。男性、この学院の料理長だというマルトーは、ナビィたちにかわるがわる
視線を送ってくる。
「いや、俺もここで働いて長えがな、喋れる奴が召喚されるだけでも珍しいってのに、3人も
召喚されたのなんて初めて見たぜ!」
立派な体格に似合った豪快な声で言ってのけると、マルトーはサイトの肩に腕を回す。
「特にお前だ! サイトっつったか? 変な名前だな!」
「ほっといてくださいよ、俺の国じゃ普通なんですから」
サイトがそう抗議すれば、マルトーはそうかと笑った。次いで、その気風のよさそうな顔に
僅かな同情の色が浮かぶ。
「貴族に召喚されちまうなんざ、お前も運がなかったな」
「はあ、でも、ゲートとかいう奴をくぐっちまった俺も軽率だったし」
サイトが頭を掻きつつも答えると、マルトーは感心したようだ。
「かーっ、健気だねえ! 気に入ったぜ、坊主! なんかあったら、ここに来な! 俺に
出来ることなら、力んなってやるぜ!!」
「あ、ありがとうございます!」
その人の好さそうな笑みに、サイトもまた相好を崩して頷いた。彼も比較的人好きがしそうな
気性に思えるので、馬が合うのかもしれない。
そんなことを思いながら、ナビィは厨房の中を見回してみる。ナビィたちのいる位置から見て
調理場は奥の方にあり、幾人ものコックやメイド、給仕がせわしなく動き回っていた。大きな
かまどやオーブンがたくさんあり、見ているだけで熱気が伝わってきそうだ。更にその手前は
椅子やテーブルが並んでおり、恐らくここが使用人用の食事スペースなのだと推測できる。
「そいじゃ、お前らの飯だな! 待ってな、今作ってやるぜ!」
やがてサイトの肩を解放すると、マルトーは職人の顔つきになっていた。仕立てのいい調理服の
袖をまくり、ナビィとムジュラの仮面を見てくる。
「そっちのお面と光ってるのは、いらねえんだったな?」
「仮面と呼べ。ああ、オレもこの妖精も、食事の必要はない」
ムジュラの仮面がやや憮然として答えれば、マルトーはその表情に驚きの色を混ぜた。
「妖精ってか!? こりゃまたすげえ奴が召喚されたもんだ! 妖精なんざ、絵本でしか見たこと
ねえぜ!」
それだけ言うと、マルトーは調理場へ戻っていく。その背中を見送りながら、ナビィは彼の
言葉を反芻した。
既にタバサとキュルケから聞かされてはいたが、やはり妖精はこの世界では架空の存在でしか
ないようだ。自分の同胞がこの地にいないという事実は、少し寂しく思えた。
「どした、ナビィ?」
少し気持ちを沈ませていると、いつの間にかテーブルの席についていたサイトが声を掛けて
くる。
「あ、なあに?」
「いや、なんか光り方が微妙にどんよりしてたから、どうしたのかなって」
どうやら、感情が輝きに表れていたらしい。怒った時には赤くなり、警戒時には黄色くなる等、
妖精の輝きは感情と深く関わっているのだ。
「ううん、ちょっと、同じ妖精がこっちにいないのが、寂しいかなって思って」
「そっか……」
短い相槌が打たれ、サイトの眼差しに物憂げな色が混じった。彼自身も故郷から離れた
身であるが、同じ種族、つまり人間が周りにいないわけではない。だから、同種とさえ会え
なくなった自分に同情してくれているのだろう。かと思えば、一転してサイトは温かな笑みを
浮かべてみせた。
「まあ、大丈夫だろ? タバサだって、俺たちを帰してくれるって言ってたし、それまでは
俺もムジュラの仮面もいるんだ。寂しいことないって」
励ます様な口振りに、ナビィは笑みを――多分人間には判らないだろうが――浮かべた。
楽天的な考えであるとも思ったが、この少年は基本的に優しい性格のようだ。
「そうね、ありがとうサイト」
素直な例の言葉が、口をついて出る。次いで、新たに仲間となった2名の顔を交互に見た。
「今日からワタシたち、同僚ね!」
「ああ、そうだな!」
「こうして口を聞きながら誰かと手を組むなど、初めてだ」
言いながら、タバサの使い魔たちは笑い合った。
それから、サイトはムジュラの仮面に向き直る。
「そういや、さ。お前呼ぶ時ムジュラでいいか? ムジュラの仮面っていちいち言うの長ったら
しいからさ」
「好きにしろ。オレもお前をヒラガと呼ぶぞ、サイトよりそちらの方が気に入ったからな」
そして、また彼らは笑みを見せた。人間と魔族が笑い合う様。人間を脅かすモンスターと
戦ってきたナビィには、なんとも奇異な光景だった。
そう思った時、ナビィの脳裏に微かな疑念が浮かぶ。
――ムジュラって、一体どういう魔族なの?
「お待ちどう様です」
「できたぜ、坊主」
ムジュラの仮面たちが談笑していると、先程のメイドの少女とマルトーがサイトの食事
――及びフレイムのえさ――を持ってきた。深皿の中に褐色のシチューが、肉や野菜を
浮かべながら湛えられている。
「おお、うまそー!!」
それにサイトは喜色満面で応え、少女が皿を置けば早速スプーンで一口すすった。
「いっただきまーす!」
言うが早いか、スプーンがその口に吸い込まれていた。瞬間、サイトの目が輝く。
「うん、美味い!! すごく美味いよ!!」
歓声を上げるサイトに、少女とマルトーは揃って笑みを見せた。
「おう、そんなに喜んでもらえるたあ、料理人冥利に尽きるねえ!!」
笑いながらマルトーがサイトの背を叩けば、サイトがすすっていたシチューを吐き出しかける。
「それに比べて貴族の連中ときたら、美味いのが当たり前と思ってやがる、俺たちがどんなに
苦労して最高の味を出そうとしてるかなんて、気にもしやがらねえ!!」
腕を組みながら、苛立ちを露わにするマルトー。先程の台詞でも薄々気が付いてはいたが、
どうやらこのコックは貴族を嫌っているようだ。それも、相当に。
「確かに、あいつらは大したもんだ。魔法を使って土から鍋だの城だのを作れる。とんでもねえ
火を吐き出せる。果てはでっけえドラゴンだって操れる。けどな、俺たち平民だって、こんな
風に絶妙な味に料理を仕立て上げられるんだ。これだって、魔法みてえなもんだ!」
力説するようなマルトーの言葉に、サイトは頷いてみせた。
「確かに。俺、こんな美味いシチュー初めて食ったよ!」
「おお、判るか! やっぱお前いい奴だな! ますます気に入ったぜ!!」
豪快な笑いを浮かべながらサイトの肩に腕を回し、それにサイトは苦笑い気味ながらまんざら
でもなさそうな表情で応える。
――こいつら、人生楽しそうだな……
本人たちが聞けば恐らく心外だろう感想を抱いていると、ナビィが近寄ってきた。
「なかなか明るい性格みたいね、黒髪の同僚君は」
「ああ人が好いと、扱い易いとも難いともいえるな」
ナビィの言葉にそう答えると、彼女は僅かに輝きに黄味を、警戒色を帯びさせてくる。
「ところで……」
「……なんだ?」
微かに硬くなった少女の声音に合わせ、ムジュラの仮面もまた表情を――仮面なりに――
引き締めた。
「ムジュラ、貴方一体何者なの? ただの魔族ってわけじゃないでしょ?」
問われ、ムジュラの仮面は僅かに思案する。
「何者か、と言われれば、俺にもよく判らない。なにせ、同種と呼べる存在がいないからな」
言葉の通り、ムジュラの仮面はこれまで自分と同じ様なモンスターに出会ったことがなかった。
魔物、魔族はあくまで魔なる生命体を括るための呼称で、種類と呼ぶには大まかすぎる。そのため、
ムジュラの仮面自身が自分の具体的な存在を定義できていないのだ。
「ただ、俺は邪気の持ち合わせが少ないんでね。すすんで破壊や殺戮を行うつもりはないさ」
「ええ、貴方からは邪悪な気配がそれほど感じないのは判るわ」
けれど、とナビィは続けた。
「多分、貴方の邪気が抜けたのは、貴方が魔力を失った時と一緒でしょ? 貴方の元々の力が
尋常でないことも、なんとなく判るよ」
青い妖精の言葉に、ムジュラの仮面は少し感心する。まだ出会って間もないのに、中々の
観察眼だ。よほど洞察力が優れているのか。それとも、よほど魔族と相対した経験が多いのか。
――多分、両方だろうな
「不躾かもしれないけど、教えて。どうして貴方は邪気と魔力を失ったの? 何故人間に力を
貸す気になったの?」
それを聞かなければ、仲間として心を許すことはできない。言外に、そう言われているのが
判った。
別に信頼してもらう理由はないが、これから行動を共にする相手とわざわざ波風を起こす
道理もない。全てとはいかないが、ここは素直に答えることにした。
「邪気と魔力を失った理由は、ある人間の剣士に敗れたためだ」
「剣士に?」
聞き返すナビィに頷く。
「オレは魔力を持った仮面だ。オレは自分を被った者に力を貸し与えてきた。そして被った
者は、自分の欲望のままにオレを使った」
過去を振り返りながら、ムジュラの仮面は言葉を続けていく。
「強大な力を持てば、欲望のままにそれを使う。人間とはそんなものだと思っていたが、あの
小僧はそんなオレの人間観とは違っていた。オレを倒す程の力を持っていながら、それを昨日
今日会ったばかりの者たちを救うために使う、そんな奴だった」
思い起こす。あの緑衣の少年の戦いを。自分がタルミナ中にかけた呪いを打ち破り、そして
本来縁もゆかりもないだろうその地に住まう者たちを救ってきた、あの姿を。
「奴を見て、少し人間という者が判らなくなった。判らないからこそ、興味が湧いてきた」
「だから、人間の使い魔になったってこと?」
「まあな」
短く答えてやると、ナビィが小さく息をついた。
「そう。まあ、今はそこまで聞ければいいわ」
つまり、まだ聞きたいことはある、ということだろう。それはそうだ。何故その剣士と戦う
ことになったのか、他者に力を与えて何をさせてきたのか等は、何も語っていないのだから。
しばらく視線をぶつけ合っていると、不意にナビィはくすりと笑いを零す。
「それにしても、人間はともかく、魔族と仲間になる日が来るなんて、思ってもみなかったな」
――オレはつい最近まで妖精と行動を共にしていたがな
妖精の呟きに対してそんな考えが浮かぶが、説明が面倒なので口にはしない。
「考えてみれば、サイトにしてもそうね」
「うん?」
続けられた言葉に訝しむと、少女はまた言葉を続けた。
「リンクの次に仲間になったサイト、リンクとサイト、サイトリンク、洒落が効いていると
いうかなんというか……」
「何言ってんだ?」
自分でもよく判っていない風に、ナビィは苦笑を返してくる。
一方、ムジュラの仮面は“リンク”という名に、僅かな引っかかりを覚えていた。
――リンク……あの剣士の小僧と同じ名前だが……
数瞬訝しむが、やがて疑念を切り捨てる。ナビィの話によれば彼女はそのリンクなる相棒と
別れた直後に召喚されたようだし、ムジュラの仮面もあの剣士に倒されたその時に召喚された
はずだ。時間的に、計算が合わない。
そう思い至れば、あの剣士の名前にすら自分は反応してしまうようになっているという
事実に気付き、ムジュラの仮面は1人苦笑した。
その当の少年剣士によって、自分のいた世界の時間がさんざんに掻き回されていた事実が、
全く考慮に入れられることはなく。
そんな遣り取りをよそに、フレイムは1人――もしくは1頭――幸せそうに少女の運んで
きた焼肉を厨房の隅で頬張っていたという。
食事の後、タバサは自身の使い魔となった3名と合流し、寮へと向かった。途中、部屋が
自分のものより2階下のキュルケと別れ、タバサたちは自室へ戻った。勿論、使い魔である
サイト、ナビィ、ムジュラの仮面にとっては初めて入る部屋である。特に、サイトなどは異性の
部屋に入ったことがないのか、必要以上に緊張しているようだった。
「おー、夜見ると更にすげーな、あの月!!」
しかし、それも30分以上前の話。ベッドに腰掛けて、使い魔召喚に関する本を読んでいた
タバサは、本から視線をちらと声の方に移す。そこには、窓際に集まったサイトたちが、
ハルケギニアの双月を眺めながら感嘆している姿があった。
「こっちの月は、青と赤に光るんだね」
「俺の所だと、白とか黄色とかに光ってたよ」
「ハイラルでもそうね」
サイトとナビィの会話が聞こえてくる。異世界の月の話、僅かに興味をそそられはしたが、
月はしょせんただの月、それほど詳しく聞くこともないだろう。
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