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#navi(Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia)
「ええ、あんたの故郷とか、そういうことはあとでゆっくり聞かせてもらうわ。
…で、質問はそれだけ? いつまでも待たせるんじゃないわよ」
ルイズからいらいらしたように声をかけられて、ディーキンは頭の中で物語の案をまとめるのを中断する。
いろいろと考え込むのは後回しにしたほうがよさそうだが、あともう一つ二つ大事なことだけはこの場で聞いておかなくてはならない。
「アー、ごめんなの…もう少しだけ聞かせてもらえる?
えーと、ディーキンは使い魔のことは知ってるつもりだけど、このあたりはディーキンの知らないところみたいだから勘違いしてるかもしれないの。
だから使い魔になるかどうか決める前に、まずあんたの言う使い魔っていうのは何をするものなのかを教えてほしいんだけど…」
「なるかどうかじゃないわよ、あんたがゲートから出てきた以上なんといおうと使い魔にはなってもらわないと困るの。
…でも、これから長い付き合いになるんだし、自分の仕事をしっかり理解してもらわないと話にならないわね。
いいわ、手短になら説明してあげるから、しっかり聞きなさい」
ルイズの言葉を聞いたディーキンは、首を傾げて考え込む。
「ありがとうなの、ルイズが説明してくれるのならディーキンはちゃんと聞くよ。あんまり覚えはよくないけどね。
…ウーン…、どうしてもならないといけないの?
ええと、やたらに洗い物をさせられるとか、
夜中に呼び鈴で叩き起こされて夜食を持ってこさせられるとか、
朝の着替えを持っていったら『どうして今日の私は赤い服を着たい気分だってわからないの、このろくでなし!』とか難癖つけられてびしばしぶっ叩かれるとか、
…それくらいだったらディーキンはたぶん大丈夫なの。
でもディーキンは、そういうのはあんまり楽しくないと思うの」
昔読んだそれっぽい物語の内容を思い出しつつ、懐から羊皮紙とペンを取り出してメモを取る用意をする。
実際、前の“ご主人様”に仕えていたときには毒を舐めさせられて昏倒したり、麻痺の魔法を掛けられて歯を抜かれたり…、
しまいには寝ぼけて上にのしかかられて死にそうになったりしたので、その程度なら虐待の内にも入らないだろう。
とはいえ勿論、そういう扱いをされて愉快だというわけでもない。
ルイズは呆れたような顔をしつつも、じっとディーキンの様子を見つめる。
「そんなことしないわよ…、ふうん、あんた言葉遣いはあんまり賢そうじゃないけど、字が書けるのね。
それに紙とペンを普段から持ち歩いてるなんて、なかなか勤勉そうじゃないの」
「フン、どうせルイズは人間とちょっと話し方が違うからって、ディーキンをバカだと思ってたんでしょ?
ディーキンはこれでも冒険者で吟遊詩人(バード)なの、だから物語や歌をすぐに書き留められる用意が欠かせないんだよ。
いつどこですごい英雄とか、でっかいドラゴンとか、囚われの美しいコボルドの少女に出会うかわからないからね!」
「…はあ? バードって…、あんたコボルド・シャーマンじゃないの?」
ルイズはコボルドは知能が低く基本的に人語は解さないが、稀に生まれる先住魔法を使う知能の高いシャーマンは別…という知識を本で読んで知っていたので、
コボルドだと名乗る目の前の亜人は、当然シャーマン(大きさからみておそらく子ども)だろうと考えていた。
実際にはディーキンは肉体的には既に完全に成熟しており、子どもと呼ばれるような年齢ではない。
犬と人間の中間のような姿で人間より若干小柄な程度のハルケギニアのコボルドと違い、フェイルーンのコボルドはドラゴンの血を引く爬虫類型の亜人で、身長は成人男性でも人間の半分ほどにしかならないのだ。
ディーキンは体内に眠る強大なドラゴンの血を覚醒させるのに成功したこともあって、平均的なコボルドよりはむしろ体格がいいくらいなのである。
(…外見が本で読んだのと全然違うし、本当にコボルドなのかしら?)
「シャーマン? …ウーン、ソーサラーとか、アデプトの事?
ディーキンはバードなの、卑劣なコボルドのソーサラーなんかじゃないんだよ」
「…コボルドに詩人がいるなんて聞いたこともないわ。
ソーサラーとかアデプトっていうのはよくわからないけど。あんたたちの間じゃシャーマンの事をそう呼ぶのかしら」
「ディーキンにはよくわからないの。ディーキンも自分以外のコボルドのバードに会ったことは無いけどね。
でも、ディーキンは確かにバードだよ…多分、他のコボルドにはバードの手ほどきをしてくれるご主人がいないからじゃないかな?」
「…よくわかんないけど、あんたは詩人で、それを教えてくれるご主人様がいたってわけ?
…まあいいわ。その話はあとで聞くけど、今日からは私が主人だからね!」
そこまで話すと、ルイズは話が脱線していることに気が付いて軽く咳払いをする。
不興を買っていないかとちらっと傍らで待っている教師の方を伺うが、コルベールは2人の話に興味深げに耳を傾けているようなので大丈夫そうだ。
「…ええと、話を戻すけど。まず、使い魔には主人の目となり耳となる能力が与えられるわ。
つまり、主人に代わって色々なものを見聞きしてくる仕事があるのよ」
「ふうん? あんたと使い魔の契約をすると、ディーキンの見てるものがあんたにも見えるようになるの?」
ディーキンの知るウィザードやソーサラーの使い魔は主人と感覚的なリンクを持っており、1マイル程度までの距離であればテレパシーで意志を伝えることができる。
だが、主人が使い魔の目を通して直接物を見るというようなことは別に魔法でも使わない限りできないはずだ。
(やっぱり、ディーキンの知ってる使い魔とはちょっと違うかもね)
しかし…、よく考えればアンドレンタイドの砂漠の遺跡では喋って魔法も使うネズミの元使い魔を見た覚えがあるし、例外的な使い魔というのは結構いるものだ。
それにウィザードやソーサラーは所持する使い魔によって自身も若干の特殊能力を得ることができる。
たとえばネズミの使い魔なら体が頑健になるし、毒蛇の使い魔ならば口がよく回るようになり、はったりが得意になる、といった具合だ。
ここのメイジの使い魔はそれと同様に『使い魔と視覚を共有できる』という特殊能力を主人に与えるのだと考えれば、大して違ってはいないかもしれない。
「わかったの。ディーキンはあんたが指示をくれたら頑張って偵察してくるよ」
「よろしい。…ま、あんたじゃ私の代わりになにか見てくるとかはあんまり期待できないかもしれないけどね」
ルイズはじろじろとディーキンの姿を観察する。
ネズミやモグラ、カエル(絶対欲しくないが!)や鳥などのように、小さな隙間に入れたり地中・水中・空中を移動できる使い魔なら、調査や偵察の役に立つことだろう。
しかし、この『自分をコボルドの詩人だとだと言い張っているトカゲっぽい亜人』には、肉体的に人間と大して違った能力はありそうに見えない。
変わった亜人だから目立つし、小さな子どもくらいの身長しかないので足も遅そうだし体力も無さそうである。
「ンー…、白くてでっかいドラゴンがいる洞窟とかは嫌だけど、大抵の場所は大丈夫だよ。
ディーキンは見た目よりは断然役に立つの!」
ディーキンは冒険者として非常な経験を積んでいるし、魔法もかなり心得ている。
危険地域や水中その他特殊環境での偵察も、その気になれば魔法や道具を駆使して十分こなせるだろう。
マジックアイテムによる変装のせいでルイズらはまだ気が付いていないが、翼が生えているから空を飛ぶこともできる。
ディーキンは自身ありげに胸を張るが、すぐに何か見落としに気が付いたように首を傾げた。
「…ああ。ウーン…、あんたはメイジだから、あんたの行けないような場所はディーキンも無理かもしれないね?」
バードは歌の魔法たる呪歌を操り、芸能をはじめ多彩な技能に通じている上に剣も魔法も扱える万能職であるが、一方で必然として剣も魔法も専門職には及ばない。
秘術呪文を主たる売り物、専門とする職業ではないので、通常はメイジと呼ばれることもない。
自分が魔法でできるようなことは、見たところ秘術呪文を専攻しているメイジであるらしいルイズも当然できるか、悪くてもスクロールなりワンドなりのマジックアイテムを使えばできるはず。
先ほど自分を召喚したゲートはかなり強い魔法のオーラを放っていたし、それを作ったルイズは(何故かあまり強そうに見えないが)相応に腕利きのメイジに違いない。
少なくとも、さっき他のメイジたちが全員魔法で飛び去って行ったのを見る限りは空は飛べると見ていいだろう。
…となると、自分が空を飛べることや魔法を使えることは『ルイズが行けないところに行ける』という根拠にならない。
すると自分のことは後で機会を見て詳しく話すにしても、契約とやらを急かされている今この場では余計な時間をかけてアピールするまでもないか…、
と、そうディーキンは考えた。
実際にはその認識は誤っているし、並大抵のウィザードやソーサラーでは少なくとも単純な魔力という面ではディーキンの足元にも及ばないだろうが…。
ディーキンは自分の実力に関してはかなり過小評価しているきらいがあるのだ。
一方ルイズの方は、あんたもメイジだから、のあたりで苦々しげに顔をしかめていた。
「…あんたじゃなくてご主人様って呼びなさいっていったでしょ。まあ、今は大目に見ておいてあげるわ。
それから次に、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。例えば、秘薬とか」
「秘薬? …ええと…、ポーションとかの材料とかのこと?」
「それもあるわね。それ以外にも、特定の魔法を使用するときに必要になる触媒よ。例えば硫黄とか、コケとか」
「ふーん?」
つまり呪文の『物質構成要素』のことか、とディーキンは判断する。
ディーキンの知るフェイルーンの呪文にも、発動の際に特定の物質を消費する必要があるものは結構ある。
例えば《跳躍(ジャンプ)》の呪文を使用するにはバッタの後ろ脚が必要だし、非常に高質のダイヤモンドを消費する《真の蘇生(トゥルー・リザレクション)》のように高額な物質構成要素を要求する魔法もある。
あまり高いものはともかく、少々入手が面倒な程度の雑多な物質構成要素ならば使い魔に暇なときに調達させておくということはフェイルーンのメイジでも十分考えられる。
「うん、ディーキンはあんたが何を探してきてほしいか教えてくれたら、探してこれると思うよ」
「そう? …効率は悪そうだけどね」
ルイズはやはり、これといって特別な能力もなさそうな上に、見たところこのあたりに不慣れで秘薬の見つかる場所も知っていそうには思えない亜人の子どもには大して期待できないと考えていた。
もっとも今のところまともな魔法が使えないので、秘薬を手に入れてもらっても売却して小遣いにするくらいしかできないが。
(詩人だとかいってるし…人間の言葉を喋れるのは職業柄ってことかしら?
仮にこいつが本当にコボルドでシャーマンだったとしても、まだ子どもみたいだし…先住魔法は使えないかも。
…まあ、あんまり期待しない方がよさそうね)
あまり役に立たなさそうなのは少し残念だが、人生で初めて魔法が成功した上に珍しい亜人がでてきてくれたのだから十分だ、と自分に言い聞かせる。
それに人間の言葉も話せるのだし、子どもっぽい感じはするが割と賢そうだ。
やたら質問が多いし喋り方がうっとおしい感もあるが、トカゲじみた姿の割に不思議と魅力というか愛嬌があって、こうして話しているうちにむしろ可愛らしく思えてきた。
それが主人と使い魔の縁ゆえなのか、それともこの亜人自体の元々の特質なのかはわからないが。
(…うん、まあ、十分当たりの部類に違いないわ。初めて成功した魔法でそこまで高望みはできないわよね)
「最後に、これが一番大事なことだけど、便い魔は主人を守る存在であるのよ。
その能力で主人を敵から守るのが一番の役目ね」
「オオ、その辺はディーキンの知ってる使い魔と同じだね。
了解なの、もし戦いがあったらディーキンはしっかりあんたを守るよ」
「……その心がけは褒めてあげるけど、あんたはずいぶんちっちゃいしカラスなんかにも負けそうじゃない?」
それを聞いてディーキンはむっとする…と同時に、内心でやや首を傾げる。
フェイルーンのメイジの使い魔は主として小動物…それこそルイズが言ったようにカラスや何かだったりするが、立派にメイジを敵から守る盾として役に立つのだ。
使い魔となった時点で彼らはただの動物から魔法的な獣である魔獣の一種に変化し、姿形こそ変わらないが高い知能と戦闘力を獲得するからである。
メイジの実力が上がれば使い魔もより賢く強くなっていき、やがては元が単なる猫やカエルであっても、並の人間を凌ぐ知能と巨人の類すら単独で打ち倒し得るほどの戦闘力を備えるようになる。
…今の発言からすると、こっちの使い魔はメイジの実力が上がっても強くなれないのだろうか。
だとしても、カラスにも負けるとは言い過ぎではないだろうか。
ルイズにとっては自分はただのコボルドにしか見えずいかにも頼りなく思えるというのはわかるが、普通のコボルドだってカラスに負けたりはしないだろう。
「ええと…、ディーキンはカラスと戦ったことはないけど、狼を殺したことがあるよ。
だからカラスに負けたりはしないと思うの、狼はカラスよりは強いでしょ?」
「え、ほんと? …ってことは、あんたは先住魔法が使えるのね?」
ルイズがやや驚いたようにディーキンを見つめる。
こんな小さな子どもの亜人が狼を殺したというなら、それは先住魔法を使ってやったのに違いあるまい。
(狼を殺せるくらいの魔法が使えるのなら、最低でもドットか…、ひょっとしたらラインメイジくらいの強さがあるかも。
…もしかしてこの使い魔って大当たり?)
「? …ええと、本当だけど、先住魔法っていうのは聞いたことがないよ」
「え、…ああ、そっちじゃそういう呼び方はしないんだっけ。
精霊魔法のことよ、私たちの使う系統魔法とは違う、あんたたち亜人が使う精霊の力を借りる魔法。知ってるでしょ?」
「…ウーン? 精霊の力を借りる魔法…、だね?」
ディーキンは首をかしげた。
どうやら、このあたりでは魔法の分類の仕方もだいぶ違うらしい。
(ええと…、先住魔法で、それは精霊魔法のことで、この人たちが使うのが系統魔法で、…ウーン、どれもぜんぜん聞いたこともないの。
これじゃバードの沽券に係わるね、ディーキンはあとでこのあたりのことをもっと勉強するよ!)
ディーキンの知っている魔法の分類の仕方はいくつもあるが、もっとも大まかな分類の1つは秘術魔法と信仰魔法の2つに分けるものだ。
これがこちらでいう系統魔法と先住魔法(精霊魔法)にあたると考えると、ある程度つじつまが合う感じがした。
秘術魔法は己の内にある力によって発動させる魔法である。
先ほど《魔法感知(センス・マジック)》で確認したので、ここのメイジたちが使うのが秘術魔法であることは間違いないだろう。
対して信仰魔法は、神や自然の諸力などの己の外にある力に助力を求める魔法だ。
直接見ていないので何とも言えないが、『先住魔法は精霊の力を借りる魔法』という表現からは信仰魔法っぽい印象を受ける。
もし仮にその分類で正しいとすれば、ルイズの質問に対する答えはノーである。
ディーキンが使えるのはバードの魔法だが、それは秘術魔法に分類されるもので信仰魔法はディーキンには使えない。
しかし精霊(エレメンタル)を呼び出して使役する呪文は秘術魔法にもあり、ディーキンにも使用できる。
だから『精霊の力を借りる呪文』が使えるかと言われれば、答えはイエスになる。
そのあたりがよくわからないのでルイズに尋ね返したいところだが、話がごちゃごちゃして面倒になりそうだし、時間もないらしい。
ディーキンの経験上、人間は概してエルフなどと比べて気が短く、細かいことをいろいろ質問するとすぐ機嫌を悪くして怒り出す者が多かった(相手がコボルドだから鬱陶しく思われているというのもあるのだろうが)。
この女の子もあまり気が長そうなタイプには見えないし、とりあえず事実だけ答えてわからなかったら後で自分で調べることにしようとディーキンは決める。
「ディーキンにはよくわからないけど…、バードの魔法でよければディーキンはいくらか使えるの」
「…は? 詩人の魔法…って、なによそれ、聞いたことないわ」
「ええと…、詩人の魔法は詩人の魔法なの。言葉通りなの。バードが使う魔法だよ」
そこにそれまで事の成り行きを静観していたコルベールが口をはさむ。
「…私も聞いたことがないが…、先住、いや精霊魔法とは違うものなのかね?」
「うーん、ディーキンはその精霊魔法っていうのがちょっとわからないの。たぶんディーキンのいたあたりとこの辺は呼び方が違ってるんだと思うけど…。
あんたたちがバードの魔法を知らないってことは、このあたりにはバードはいないの?
ディーキンは後でこの辺のバードからいろいろ話を聞こうと思ってたんだけど…」
「…いや、街の広場や酒場などではときどき見かけるが…、その、バードの魔法というのは何のことなのかが分からないのだが」
「? …ええと、バードならだれでも魔法は使えると思うの。だからそれの事だよ」
いまひとつ噛み合わない会話をしながら何がなんだかわからないという感じで目をしばたたかせているディーキンを、ルイズが疑わしげな眼で睨む。
「吟遊詩人なんて平民のやる仕事でしょ、平民に魔法が使えるわけないじゃない!
…さっきからわけのわかんない事ばっかり言って…、あんた、本当に魔法が使えるんでしょうね?
使えるのならそのバードの魔法とやらで、ためしに何かやって見せなさい。
それを見たら私たちにもあんたの魔法が何なのか分かるかもしれないでしょ、それが一番手っ取り早いわ!」
「…ンー、そうかもね…」
確かに、この分だと実際にこっちの魔法を見せる(そして向こうの魔法も見せてもらう)方が効率がいいかもしれない。
あいにくと今日は“ボス”と一緒に冒険を済ませたばかりでさほど高度な呪文を唱える力は残っていないが、簡単なものくらいなら見せられる。
さて、そうなるとどんな呪文を見せたものか。
力術などの破壊的な呪文は効果がわかりやすいが、音波系を除けばバードが得意な系統とはいえないし、そんな戦いで使うような代物を無闇にぶっ放すのはまずいだろう。
心術の類はバードが最も得手とする系統のひとつであるが、効果が目に見えず分かりずらいかもしれない。
そうなると幻術がいいだろうか…。
…しかし…、別に魔法の自慢をするわけでもないし簡単な呪文でいいや、とディーキンは考え直した。
第一相手は専業のメイジなのだからバードの呪文程度が自慢になるはずもないし、試しに見せるだけならもっとも簡単な術でいいはず。
ここには特に危険はなさそうだとはいえ、念のため残り少ない魔法の力はできるだけ温存しておきたいというのもある。
「分かったの。じゃあディーキンはお気に入りの一番簡単な呪文を見せるね」
そう前置きすると、ディーキンは両手を自分の胸の前に持ってきて、くるくると宙を捏ね回すような動作をしながら短く歌うような調子で呪文を詠唱し始めた。
ルーンを紡ぎだすと同時に、ディーキンの回している両手の間にほのかな白い輝きが生じる。
「…《アーケイニス・ヴル・ミーリック―――》」
ほんの二、三秒の短い詠唱の後に呪文が完成し、それと同時に輝きはディーキンの両手に吸い込まれるように消えた。
ルイズとコルベールは、呪文が紡がれて光が生じ出すと食い入るようにその輝きを見つめていたが…、詠唱が終了してもそれっきり何も起こらないので、首を傾げる。
「…ちょっとあんた、今の呪文は一体何よ? 少し光ったけど、何も起こらないじゃないの」
いぶかしげに問いかけてくるルイズに対してディーキンは軽く右手の人差し指を立ててちっちっ、と振って見せると、その指で足元に落ちていた小石を差し示す。
すると、小石はゆっくりと持ち上がってルイズの目の前に浮かんだ。
「おお、さっきのは念力の呪文だったのかね?」
浮かんだ小石を見つめながらそう問いかけるコルベールに対してふるふると首を横に振り、今度はその小石を左手で掴んで、そのまま掌の中に握り込んで隠す。
一瞬精神を集中するように目を閉じたのちに掌を開くと、握り込んだ小石はペンキを塗られたように真っ青な色に変色していた。
「?? て、手品とかじゃないわよね…、錬金の呪文かしら?」
「…念力の後で別の詠唱も動作もしてはいないようだったが…、どうやって錬金を?」
ディーキンはまじまじと見入っているルイズとコルベールにニヒヒヒ、と笑いかけると、さらにいくつかの魔法的な現象を起こして見せた。
小石を捨てると、開いた掌の上にいきなり安っぽく粗雑な作り物の花を生み出す。
さらにその花びらを明るく発光して輝かせて見せたり、微風を起こして花を揺らして見せたりする。
その後、空中で指揮棒を振るように造花を握った手を動かし、それに合わせて微かな音楽の演奏を作り出して見せる。
数分ほどそうした小さな魔法を生み出して見せると、ディーキンは軽くお辞儀をしてこの“演芸”を終えた。
「えーと…、これがディーキンの、バードの魔法なの。
《奇術(プレスティディジテイション)》っていうんだけど…、見たことないの?」
ディーキンは始終不思議そうに今の演芸を見ていた2人の反応に、僅かに首を傾げた。
奇術(プレスティディジテイション)はバードがよく演芸の彩などに使用する呪文であるが、ウィザードやソーサラーなどの専業メイジにも扱える術のはずだ。
別名を“初級秘術呪文(キャントリップ)”といい、初学者の呪文の使い手が練習のために扱う簡単な、手品のような魔法である。
どんな駆け出しの見習いメイジでも、使えて当然の呪文と言ってよい。
なのにこの2人の反応は…、全く未知の魔法を見たといった感じではないか?
「…あんた、今の呪文は一体何をやったのよ?
効果は大したことないみたいだったけど、たった一回呪文を唱えただけなのに、どうしてあんなにいろいろな魔法の効果が起こせたの?
明りに念力に、錬金に…、風の魔法や、それに他にもよくわかんないのがあったわ。
最初の呪文でこのあたりの精霊と契約して、いろいろな現象を起こさせたとか?」
「…ううむ…、いや、先住魔法ならば口語を使うはずだから、君の使い魔が見せてくれたバードの魔法というものは先住魔法とは違うようだ。
むしろ今の詠唱は私たちの使うルーンに似ているようだったが、しかし…彼は杖も持っていないし、あのような組み合わせの呪文は聞いたことがないな」
「ええと…、なんでって、そういう魔法だからなの。 ディーキンには、それしかわからないよ。
別にバードの魔法が、みんなこんな感じだっていうわけじゃないけどね」
ディーキンも呪文学の知識は相当以上に持ってはいるが、そうはいってもある種のメイジのように魔法を理論的に研究しているというわけではない。
バードは主に技術として、実用としての魔法の知識は磨いているが、魔法の根本的な理論や研究的な扱いは専門外だ。
自分が使う魔法が根本的にはどんな構成になっていて、なぜそのような現象が起こせるのか、といった話にまでは詳しくないのである。
とはいっても、ある程度の説明はできるし、それを聞けば専門的なメイジである彼らにはあるいは理解できるかもしれないが…、今それをしても余計話が長くなるだけだろう。
「ううむ…、非常に興味はあるが、今ここで話していても分かりそうにないな。
後で日を改めてもう少し詳しい話を聞かせたり、別の魔法を見せたりしてもらえないかね?」
コルベールはやや残念そうにしながらもそういうと、ルイズに続きを促す。
出来れば心行くまで話して検討してみたいが、その前に今はまず契約を進めなくてはならない。
「…うーん…、まあとりあえず、あんたが変わった魔法を使えるのはわかったわ」
この使い魔は確かにいろいろな魔法を見せてくれたし、ろくに詠唱も動作もなしであれだけ多彩な現象を起こして見せたのは大したものだと思う。
…が、ひとつひとつの効果は、どれもこれもコモンマジックか、せいぜい各系統のドットスペルで可能な程度のものばかり。
腕前も全然大したことがない。念力は小石を何とか浮かべる程度だったし、錬金で作った花は一発で作り物とわかる不格好な代物で、風は花びらを揺らす程度。
系統魔法には子どものメイジが覚えて遊ぶ、人形を躍らせたり花びらをまき散らして見せたりする手品まがいの呪文がいくつもあるが、そういったものによく似ていた。
まあ、これは簡単な呪文だという事だったが、高レベルのメイジなら同じドットスペルを唱えても威力が下位のメイジとは格段に違うものだ。
してみると、この使い魔はハルケギニアの系統魔法でいえば、最低ランクのドットメイジくらいの腕前でしかないのだろう。
もっと高度な呪文が使えたとしても、たかが知れている…そうルイズは判断した。
(…でも小さな子どもみたいだし、そんなものよね…、サモン・サーヴァントは成功したとはいえ、“ゼロ”の私が文句を言える立場じゃないし。
それにさっきの話からすれば、きっと全力を出せば場合によっては狼を何とか殺せるくらいの魔法は使えるってことよね?
なら護衛にもならないことはないはずだし、むしろ人間の言葉が話せてちょっと変わった魔法も使えて、しかも珍しい亜人ってだけで十分当たりの使い魔よ!)
ルイズはそう内心で結論して軽く頷くと、胸を張ってディーキンを見下ろす。
「さあ、使い魔の役目についてはこれで終わりよ。もう質問はないわよね?
あんたも結構優秀そうな使い魔だってことが分かったし、納得したならそろそろ契約するわよ。
…もう次の授業も始まっちゃってるんだから」
「ウーン…、ディーキンは使い魔の役目についてはわかったの。
質問は今はもういいし、仕事もちゃんとできると思う…、だけど、ちょっとだけお願いがあるの」
それを聞いて、早速契約を始めようと地面に膝をついてディーキンに顔を近づけていたルイズがぴたりと動きを止め、不機嫌そうに顔をしかめる。
「…何よ、契約も済まないうちから御主人様に要求をしようってわけ?」
「アー…、ごめんなの。でも、その契約とかをする前じゃないと、かえって失礼な話だと思うの」
「もう! …いいわよ、何か知らないけど言ってみなさい」
ちょっと首を傾げると、ディーキンはルイズの顔を見つめてその“お願い”を告げた。
「ありがとうなの、ええと…ディーキンは使い魔をするけど、やりたいこともいろいろあるから、ずっとはできないの。
だから、しばらくしたらお暇をもらおうと思うんだけど、ルイズはそれでいい?」
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