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眼つきの悪い使い魔-4話 - (2007/09/09 (日) 10:23:58) の最新版との変更点
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「うっとうしい」
「いきなりだなおい」
「迷惑だ」
「あんたの可愛い妹のお願いだぜ?」
「邪魔だ」
「猫でも拾ったと思ってくれ」
「……」
「ほらほら、俺がいると何かと便利だぞ? 手からビーム出るし」
「…………」
「無理をすれば目からも出せるぞ?」
オーフェンがマチルダに追いついてからの道中は、控えめに言っても険悪なものだった。
明らかに厄介者を見る目で扱うマチルダと、それをどうでもよさそうにやり過ごすオーフェン。
だが、マチルダも妹の名を出されると弱いらしく、王都へ到着するまでの間は、しぶしぶながらも
同道を許した。
オーフェンは足を止め、到着した王都をぐるりと見回す。老若男女が入り混じった雑踏。石造りの
堅牢な建築物。大通りに並ぶ整備された店舗の数々。王都の名に比してはこじんまりとした印象を
受けるが、それでも懐かしい文明の香りがする。ようやく街と呼べる場所を目にすることができた。
都会で生活することの多かったオーフェンは、少し上機嫌になり、気安い口調で前を行く同行者に
声をかけた。
「マチルダ、今日の宿はどこにするんだ?」
ぴたりとマチルダの歩が止まる。そのまま振り返り、オーフェンの目前まで近づく。そして無言で
オーフェンの脛を蹴り上げた。
がいん。金属音がする。片足を抱えてぴょんぴょん跳ね始めた。
「あー、俺のブーツ鉄骨が入ってるから、そういうことはあまりしないほうがいいぞ」
「先に言いなよ!」
涙目で無茶なことを口にする。オーフェンは親指でこめかみを掻きながら、気の毒そうな顔で
オーフェンは訊ねた。
「んで、何事だ?」
「家以外じゃ私のことは……そうだね、ロングビルと呼ぶように」
「ふーん」
しばしマチルダの瞳を見つめる。オーフェンの脳裏にいくつかの推測が浮かぶが、それを確認する
ことは躊躇われた。
思案の時間は短く、まあいいかと曖昧な結論を下し、オーフェンは頷く。
「ずいぶん物分りがいいんだね」
お前の言うことは全て疑うからな、という意思を隠そうともせず、マチルダが棘のある口調で告げる。
対してオーフェンは、妹を見習えという願望を瞳に込めつつ、
「名前については、俺は人にあれこれ言う資格がないからな」
その奇妙な台詞に、マチルダは思わずオーフェンの顔を覗き見た。いつもの口調、いつもの表情の
はずだ。何も変わりはない。
けれどマチルダには、今の言葉に、ひどく重い感慨が含められているように感じられた。
宿は比較的短時間で見つかった。マチルダが王都でよく利用するところらしい。安っぽすぎることも
上等すぎることない、平均的な宿である。
慣れた様子で入り口の扉を開くマチルダに、物珍しげに辺りを見回すオーフェンが続く。
マチルダはそのまま宿の主人の前まで歩み寄り、
「ご主人、今晩のお部屋をお願いしたいのですが」
「腹話術か?」
気色の悪い声音を出す彼女へ、オーフェンが真面目に聞く。
主人に見えぬ位置でマチルダの左ひじがごすごすとオーフェンの腹に突き刺ささる。
そんな二人の様子に気づかぬまま、宿の主は台帳をしばらくめくった後、すまなそうな顔を上げた。
「大変申し訳ありません。今晩は一部屋しか……」
そこまで言ってから、たった今気がついたと言わんばかりにオーフェンとマチルダに見比べ、
「いや、これは重ね重ね失礼いたしました。一部屋でも問題」
「あります」
笑顔でばっさりとマチルダが断ち切る。そのままオーフェンへ品のあるほほ笑みを向け、
「廊下で寝てくださいね?」
「うわー、いつもの口調よりも打撃力高いな」
魔術士は基本的に性差廃絶主義なんだが、という本音は、今後のために沈めておくととした。
金銭以外の荷物を2階の部屋に運んだ後、オーフェンは1階の食堂兼酒場へ足を向ける。マチルダが
適当な食事を注文しているはずだ。
板張りの廊下にブーツの足音が響く。一定の拍子を保つそれを聞き流しながら、オーフェンは思考を
遊ばせていた。
(ティファニアの話では、生活費はマチルダが賄っているとのことだ。だが、彼女は何か定職に就いて
いるわけでもないらしい)
首をかしげる。しかしそれにしては、彼女は明確な目的を持って、この王都へ向かっていたように
見えた。何か当てがあるのだとしたら、その当てとはなんだろうか。
不審な動きを見せたのならば、後をつけるという判断もある。しかし、
(こっちの『魔法使い』さんは、空飛ぶんだよなー)
フライによって移動されれば尾行しようがない。どうしたものかと悩んでいるうちに、食堂へ着いて
しまった。
そこで、オーフェンは視界に映った光景に片眉を上げてみせる。マチルダは一人ではなかった。
王都での知り合いだろうか? 幸いまだこちらには気づかれていない。オーフェンは少し身を隠し、
聞き耳を立てることとする。雑然とした周囲の喧騒に紛れつつも、二人の会話がなんとか流れてきた。
「かーわいいのー」
「その、困ります」
「ねーねー、名前は、名前。わしオスマンー」
「は、はあ。ロングビルと、」
「かー! いい! なんと麗しい名前じゃぁ! オスマンとロングビル。全く似とらんがわし的には
超そっくりじゃ! これはもう運命としか思えんの! のう!?」
「同意を求められても……」
オーフェンはこめかみを左手で揉み解しながら、適当な手つきで近くにあった花瓶を掴む。水も
入っているので適度に重い。微塵も迷いが見えぬ歩調で進み、マチルダの隣で管を巻く老人の背後に
立った。
ごす。躊躇いなく老人の頭部へ花瓶を落とす。意外と頑丈だった花瓶は割れずに役目を果たした。
おおー、という歓声が周囲から湧く。ひょっとしたらこの爺さんはしょっちゅうこんなことをやって
いるのかもしれない。
「あ、ありがと」
若干引いた様子でマチルダが礼を言う。オーフェンは軽く首を振ってから、この気絶した爺さんの
処置に頭を巡らしていたが、
「あんた、勇気あるなあ!」
両手一杯に空の食器を抱えた少年が、感動の面持ちでオーフェンを見つめていた。給仕に雇われて
いる子供のようだ。
「あん?」
「だってさ、その爺さんメイジだぜ? 今までも鬱陶しそうに見るお客さんは山ほどいたけどさ、
まさかいきなりどつくとはな! 痺れたぜ!」
「……メイジ?」
改めて、オーフェン老人に目を落とす。老人が着込んでいるローブにはいかにも高級そうな生地が
使われていた。素人のオーフェンでも分かるほどの物である。
「あー、ひょっとして偉い人なのか?」
「うん。人格はともかく地位はね。すっげー名門貴族の子供ばっかりを集めた、魔法学院のトップ
だってさ」
「…………」
いつのまにか静まり返っていた食堂内で、左右を見回す。ザッと音を立てて視線を逸らされた。
いや、唯一マチルダのみが、目を見開いていたが。
しばらくの沈黙の後、オーフェンは静々と花瓶を(まだ爺さんの頭に立ったままだった)手に取り、
元の場所へ戻す。
それを計ったかのように、老人は唐突に目を覚ました。混乱した様子で頭を抑え、
「な、なんじゃ!? 突然まるで花瓶で殴られたかのような衝撃が!? まさか、女房をわしに口説
かれたロマリー君の報復か!?」
やはりしょっちゅうやっていたらしい。と、老人はたまたま眼のあったオーフェンの腕を掴み、
「君! わしを襲った犯人を見なかったかね!?」
「見ました。雲をつく巨漢です。たった今玄関から逃げ出したところです」
ものすごく普通に嘘をつく。フフフ俺の面の皮を見くびるなよ。
「おおそうか! すまんな青年、これは礼じゃ。取っておきたまえ」
チップまでくれた。いい人だ。躊躇いなく受け取ってオーフェンは懐に収める。
怒り心頭な様子で老人が立ち上がった。恐らく真犯人の巨漢を追うのだろう。やれやれ丸く収まった
かとオーフェンは胸を撫で下ろしていたが、意外な伏兵が状況を変えた。
「いけませんわオールド・オスマン。いきなり立ち上がっては」
洗練された所作で、マチルダが老人、オスマンの体を支える。
「う、うん?」
「あの卑劣な男など、オスマン様のお手を煩わせる価値さえありません。さあ、ハンカチをお水で
冷やしてまいりました。どうぞお使いください」
言いながら、マチルダは自らオスマンの頭部へハンカチを当てる。マチルダの肢体が顔に触れそう
な位置に近づいたことで、オスマンは笑み崩れ腰を戻した。
「す、すまんのう」
「お気になさらず。オスマン様の叡智に万が一のことでもありましたら、学院のみならず国家の損失と
なりましょう。きっと生徒方も哀しまれます」
「あれ? わし、そんなことまで話したっけ?」
「魔法学院長オールド・オスマン様のご高名を耳にせぬものなど、この国にはおりませんわ」
「おーおーそうかそうか! いやあ有名すぎるのもつらいのう!」
わははと笑うオスマンと、ほほ笑みながら介護するマチルダ。
さすがに展開についていけず、オーフェンは唖然とする。状況がつかめない。
そのオーフェンに、マチルダがどっか行けという意を込めて目配せをしてきた。
半眼でそれを見返し、オーフェンは少しだけ離れたテーブルに落ち着いて、適当に食事を注文する。
マチルダが何の打算もなく、このようなことをするはずがない。恐らくこれが、ティファニアの懸念
に繋がることなのだろう。ならばいい。どのような話に落ち着くのか、せいぜい最後まで見学させて
もらおう。
届いた料理に舌鼓を打ちながら、オーフェンはそう結論付けることとした。
――もちろん、それが甘すぎる判断だったと、すぐにオーフェンは思い知らされる。
名高い(らしい)魔法学院の学院長室。
なぜかそこで、オーフェンはマチルダから学院長および各教師達へ紹介されていた。
「このたびは私のみならず弟までお雇いくださり、感謝の言葉もございません」
弟?
「弟は幼いころ家を飛び出し、裏街で荒んだ生活をしておりました。オスマン様のご配慮により
こうして更正の機会が得られたことについても、重ねて御礼申し上げます」
すごい初耳な設定である。
「いたらぬ点は多々ございますが、姉弟力を合わせて頑張ってまいります。どうかご指導ご鞭撻のほど
よろしくお願いいたします」
ぱちぱちと拍手が、特に男性教師陣から熱烈におこる。そんな連中をオスマンが視線で威嚇していた。
見慣れない上品な笑顔を保持するマチルダの横で、一人オーフェンは、
用務員オーフェンて語呂が悪いよなぁ、と現実逃避を行っていた。
削除いたしました。
長期に渡ってご掲載くださった管理人様、また拙作を読んでくださった方々へ御礼申し上げます。
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