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気さくな王女-10 - (2007/09/11 (火) 17:03:02) の最新版との変更点
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路地裏を駆け抜け、急停止をかませて直角に十字路を曲がり、タイヤの焦げる匂いを撒き散らして自転車を走らせた。
ペダルを踏んで踏んで踏んで踏んで踏み抜く寸前、わたしの肺が破裂する直前まで踏み倒した。
後部座席の幽霊にも指示を飛ばして体重移動を繰り返させた。これによって自転車の転倒を防ぎ、狭い道での曲芸的な走行を可能にする。
人はもちろん、狭い路地裏という場所を考えれば、馬よりも速く走ることができたと思う。
わたし達は回りまわって最初の場所、酒場の裏へと戻ってきた。わたしは自転車から降りて息を整えた。
「ねえお姉ちゃん」
「ハァ……ハァ……言うな」
「でもさ、お姉ちゃん」
「ふぅ……ふぅ……言うなって言ってるだろ!」
「あーっはっはっは! 追いかけっこでシルフィに勝とうなんて百年早いのね!」
なんでこいつはついてこれるのよ!? 裸足であの速度ってどこの野人よ!?
全裸!? 全裸なの!? 全裸だからあんなに早く走るっていうの!?
「お姉ちゃん落ち着いて」
「どうしてこれが落ち着けるのよ!? 何なのよこの馬鹿は!」
わたしだってただ逃げていたわけじゃない。どうしても引き離せないと見て、脅しのつもりで足元にエア・ハンマーを撃ち込んでやった。
足元が爆発したのに全く頓着せず、女は全裸で走り続けた。
いくら鬼畜者とはいえ、全裸の女に追いかけられるってのは精神衛生上よろしくない。
もう一度エア・ハンマーを唱えた。足元なんて優しいことは言わない。女自身に撃ってやった。
自分自身に打撃がくわえられたことにさえ気づかず、女は走り続けた。髪の一本さえ千切れず、大きすぎる胸が少し揺れただけだった。
それから何度エア・ハンマーを唱えただろう。エア・カッターにすればよかった……そう思った頃には精神力が尽きかけていて、体力も同じくらい消耗していた。
「おねえさまの邪魔はさせないのね。お屋敷にはぜーったい近づかせないんだから!」
「ふぅ……はぁ……や、やはりお前シャルロットの手先か!」
「この前呼び出されてからおねえさまの様子がおかしのね! きっとあなたが悪いことをしたのね! そうに決まってるんだわ!」
人形娘にこんな部下がいたとは予想外ね。
一人でぽつんとさびしく仕事して、せいぜい使い魔をお供につけるのが関の山だと思っていたのに。
こいつをどうにかしなくては目的地にたどり着くことさえできないっていうことか。
「さあ! 文句があるならかかってくるのね! 意地悪な従姉姫をやっつけてやるのだわ!」
こいつを……やっつける?
自転車よりも速く駆け、エア・ハンマーを軽々と受け止め、全裸を何とも思わないほど羞恥心が無い。
ここまでくると難敵というよりも難攻不落。悔しいけど、絶対に認めないけど、今のわたしには手に余る。
幽霊にやらせてみようか。隣に目を向けると、わたしと女を交互に見ていた。どこか心配そうなところが腹立たしい。
こいつじゃとても頼りになるとは思えない。かといって自転車も……体当たりくらいにしか使えない。ああ、役立たずばかり。腹が立つ腹が立つ。
もう鬱陶しいったらない。いいわよ。こんなやつ、さらっと無視してやるわよ。
まともに呼吸できるくらいに息を整え、裸女に背を向けて歩き……え? なんでついてくるの?
振り返って思い切りにらみつけてやった。もう一度歩き出し……だからなんでついてくるのよ!?
「なに? お金でも欲しいわけ? そうよね、シャルロットなんて部下に払う給金にも困るでしょうからね」
嫌味を言ってやったけど、裸女は消えてくれない。
「お屋敷に行っておねえさまの邪魔をする気でしょ?」
「……」
う……読まれてる。
「そんなことさせないのね! お城に帰るまでシルフィが見張っててやるんだから!」
そんなことされたら何もできない。普通に帰ることさえおぼつかない。
だいいちまだ帰りたくない。わたしは城を出てきたばかりで何もしてないのに。
ちょっと見て回ってちょっと買い物しただけじゃない。ここで帰ったら何も面白くない。
「なんでそんなこと勝手に決めるのよ! さっさと帰りなさい!」
「嫌なのね!」
「帰りなさい!」
「断るのね!」
「帰れ!」
「やだ!」
「お姉ちゃんお姉ちゃん。大きな声出したらまた人がきちゃうよ」
そういえばそうだった。ああもう本当に、くそっくそっくそっ!
全裸なのはこいつでしょ? なんでわたしが気をつかわなくちゃいけないのよ。
逃げてもダメ、真正面から立ち向かっても意味無し、無視することさえできない。
ここが城内なら騎士団総出で手打ちにしてくれるのに……ってダメ! そんな他人に頼るような考え方は捨てなさい!
一流の鬼畜者であれば、どんな巨大な敵が相手でも一人で――自転車は使い魔だし、幽霊は……実験台だからノーカウント――立ち向かわなくちゃいけない。
ましてや多少強いとはいえメイジでも無い平民の女一人。どうとでもやりようはある。……はず。
苦痛を与えることができないなら快楽の虜にしてやろうか。そうなれば素っ裸であることが有利に働く。鬼畜者としてはそちらの方が……。
「ふふーん。従女姫が困ってるのね。いい気味なのねー」
しかし時間帯が問題だ。嬌声をあげさせればきっと目立つ。衛視を呼ばれたりすればわたしもまずい。
声も聞こえない奥へ移動する? ダメだ。地元とはいえ土地勘がまるでない。
人通りが少ないということはイコールで治安が悪いということよね。となれば余計な客を招待する可能性は大いにある。
精神力の尽きかけた状態で闖入者の相手までできるかというと、ちょっと厳しい。
「るーるーるー。るーるーるーるーるー」
馬鹿が下手糞な歌まで歌ってくれている。調子に乗ってくれるじゃないの。
「おい幽霊」
「なに?」
「あの馬鹿を黙らせなさい」
「ええー……ちょっとムリじゃないかなー」
「るーるーるーるー」
くっ……!
惑わされるな。あいつはわたしを怒らせようとしているだけ。今すべきは冷静に対処すること。
どうする? どうすればいいの? 考えなさい。考えなさいイザベラ。
こいつの何が問題だろう。
わたしに敵意を持っていること。
人形娘の部下であるということ。
胸の膨らみが大きすぎるということ。
全部等しく問題なんだけど、その中でも一番の問題はやっぱり格好よね。こいつが全裸だから大通りに出て行くことができないでいる。
仮にこいつがわたし達にくっついてきたとしても、全裸であるという点さえなければ問題ない。
「おいお前」
「シルフィはお前なんて名前じゃないのね」
ああ、もう、いちいち面倒くさいやつね。
「おいシルフィ」
「なんなのね?」
「服を着ろ」
「嫌なのね。あんなもの苦しいだけなのね」
「お前がそんな格好で挑発するとエセ鬼畜どもがのさばるんだよ」
「キチクって何なの?」
「鬼畜ってのは……わたしみたいに立派な人間のことさ」
「えええーっ!? そんなのが増えたら大変なのね!」
何か、とぉぉぉぉっても失礼なことを言われているような気がするけど、とりあえず服を着せることを優先しよう。
ふふ……大人になったものね、イザベラ。
「だったらさっさと服を着なさい」
指先で隣の幽霊をつっつく。ほら、お前も言いなさい。
「ええっと……ボクも着た方がいいと思うよ」
よしよし。
「でもシルフィはお洋服を持っていないのね」
「なら買えばいい」
「お金も無いのね」
ええい、何も無い何も無い何も無い……人形娘の手下だけあって変人の度が並外れてる。
これはもう変人というより未開人とか野蛮人とかそういう種類の生き物よね。ああいやだ。一緒にいたら非常識が感染するわ。
でもこいつから離れることができなくて……ああああああああもう面倒くさい!
羽織っていたマントを脱ぎ、シルフィにかぶせた。
「何するのね! なんかこのマントくさいのね! 意地悪のにおいがするのね!」
くっ……いちいち減らず口を。気にしない気にしない気にしちゃいけない。
姑息的なやり方としてはこれで充分。抜本的解決はこれからよ。
「幽霊。さっき古着屋を見たと思ったけど、お前場所を覚えてる?」
「うん。だいたい」
「よし、今日は大サービスよ。シルフィ、お前に服を買ってやる。ありがたく思いなさい」
くくく……その後でたっぷりと屈辱を味あわせてやる。
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路地裏を駆け抜け、急停止をかませて直角に十字路を曲がり、タイヤの焦げる匂いを撒き散らして自転車を走らせた。
ペダルを踏んで踏んで踏んで踏んで踏み抜く寸前、わたしの肺が破裂する直前まで踏み倒した。
後部座席の幽霊にも指示を飛ばして体重移動を繰り返させた。これによって自転車の転倒を防ぎ、狭い道での曲芸的な走行を可能にする。
人はもちろん、狭い路地裏という場所を考えれば、馬よりも速く走ることができたと思う。
わたし達は回りまわって最初の場所、酒場の裏へと戻ってきた。わたしは自転車から降りて息を整えた。
「ねえお姉ちゃん」
「ハァ……ハァ……言うな」
「でもさ、お姉ちゃん」
「ふぅ……ふぅ……言うなって言ってるだろ!」
「あーっはっはっは! 追いかけっこでシルフィに勝とうなんて百年早いのね!」
なんでこいつはついてこれるのよ!? 裸足であの速度ってどこの野人よ!?
全裸!? 全裸なの!? 全裸だからあんなに早く走るっていうの!?
「お姉ちゃん落ち着いて」
「どうしてこれが落ち着けるのよ!? 何なのよこの馬鹿は!」
わたしだってただ逃げていたわけじゃない。どうしても引き離せないと見て、脅しのつもりで足元にエア・ハンマーを撃ち込んでやった。
足元が爆発したのに全く頓着せず、女は全裸で走り続けた。
いくら鬼畜者とはいえ、全裸の女に追いかけられるってのは精神衛生上よろしくない。
もう一度エア・ハンマーを唱えた。足元なんて優しいことは言わない。女自身に撃ってやった。
自分自身に打撃がくわえられたことにさえ気づかず、女は走り続けた。髪の一本さえ千切れず、大きすぎる胸が少し揺れただけだった。
それから何度エア・ハンマーを唱えただろう。エア・カッターにすればよかった……そう思った頃には精神力が尽きかけていて、体力も同じくらい消耗していた。
「お姉さまの邪魔はさせないのね。お屋敷にはぜーったい近づかせないんだから!」
「ふぅ……はぁ……や、やはりお前シャルロットの手先か!」
「この前呼び出されてからおねえさまの様子がおかしいのね! きっとあなたが悪いことをしたのね! そうに決まってるんだわ!」
人形娘にこんな部下がいたとは予想外ね。
一人でぽつんとさびしく仕事して、せいぜい使い魔をお供につけるのが関の山だと思っていたのに。
こいつをどうにかしなくては目的地にたどり着くことさえできないっていうことか。
「さあ! 文句があるならかかってくるのね! 意地悪な従姉姫をやっつけてやるのだわ!」
こいつを……やっつける?
自転車よりも速く駆け、エア・ハンマーを軽々と受け止め、全裸を何とも思わないほど羞恥心が無い。
ここまでくると難敵というよりも難攻不落。悔しいけど、絶対に認めないけど、今のわたしには手に余る。
幽霊にやらせてみようか。隣に目を向けると、わたしと女を交互に見ていた。どこか心配そうなところが腹立たしい。
こいつじゃとても頼りになるとは思えない。かといって自転車も……体当たりくらいにしか使えない。ああ、役立たずばかり。腹が立つ腹が立つ。
もう鬱陶しいったらない。いいわよ。こんなやつ、さらっと無視してやるわよ。
まともに呼吸できるくらいに息を整え、裸女に背を向けて歩き……え? なんでついてくるの?
振り返って思い切りにらみつけてやった。もう一度歩き出し……だからなんでついてくるのよ!?
「なに? お金でも欲しいわけ? そうよね、シャルロットなんて部下に払う給金にも困るでしょうからね」
嫌味を言ってやったけど、裸女は消えてくれない。
「お屋敷に行ってお姉さまの邪魔をする気でしょ?」
「……」
う……読まれてる。
「そんなことさせないのね! 宮殿に帰るまでシルフィが見張っててやるんだから!」
そんなことされたら何もできない。普通に帰ることさえおぼつかない。
だいいちまだ帰りたくない。わたしは宮殿を出てきたばかりで何もしてないのに。
ちょっと見て回ってちょっと買い物しただけじゃない。ここで帰ったら何も面白くない。
「なんでそんなこと勝手に決めるのよ! さっさと帰りなさい!」
「嫌なのね!」
「帰りなさい!」
「断るのね!」
「帰れ!」
「やだ!」
「お姉ちゃんお姉ちゃん。大きな声出したらまた人がきちゃうよ」
そういえばそうだった。ああもう本当に、くそっくそっくそっ!
全裸なのはこいつでしょ? なんでわたしが気をつかわなくちゃいけないのよ。
逃げてもダメ、真正面から立ち向かっても意味無し、無視することさえできない。
ここが宮殿内なら騎士団総出で手打ちにしてくれるのに……ってダメ! そんな他人に頼るような考え方は捨てなさい!
一流の鬼畜者であれば、どんな巨大な敵が相手でも一人で――自転車は使い魔だし、幽霊は……実験台だからノーカウント――立ち向かわなくちゃいけない。
ましてや多少強いとはいえメイジでもない平民の女一人。どうとでもやりようはある。……はず。
苦痛を与えることができないなら快楽の虜にしてやろうか。そうなれば素っ裸であることが有利に働く。鬼畜者としてはそちらの方が……。
「ふふーん。従姉姫が困ってるのね。いい気味なのねー」
しかし時間帯が問題だ。嬌声をあげさせればきっと目立つ。衛視を呼ばれたりすればわたしもまずい。
声も聞こえない奥へ移動する? ダメだ。地元とはいえ土地勘がまるでない。
人通りが少ないということはイコールで治安が悪いということよね。となれば余計な客を招待する可能性は大いにある。
精神力の尽きかけた状態で闖入者の相手までできるかというと、ちょっと厳しい。
「るーるーるー。るーるーるーるーるー」
馬鹿が下手糞な歌まで歌ってくれている。調子に乗ってくれるじゃないの。
「おい幽霊」
「なに?」
「あの馬鹿を黙らせなさい」
「ええー……ちょっとムリじゃないかなー」
「るーるーるーるー」
くっ……!
惑わされるな。あいつはわたしを怒らせようとしているだけ。今すべきは冷静に対処すること。
どうする? どうすればいいの? 考えなさい。考えなさいイザベラ。
こいつの何が問題だろう。
わたしに敵意を持っていること。
人形娘の部下であるということ。
胸の膨らみが大きすぎるということ。
全部等しく問題なんだけど、その中でも一番の問題はやっぱり格好よね。こいつが全裸だから大通りに出て行くことができないでいる。
仮にこいつがわたし達にくっついてきたとしても、全裸であるという点さえなければ問題ない。
「おいお前」
「シルフィはお前なんて名前じゃないのね」
ああ、もう、いちいち面倒くさいやつね。
「おいシルフィ」
「なんなのね?」
「服を着ろ」
「嫌なのね。あんなもの苦しいだけなのね」
「お前がそんな格好で挑発するとエセ鬼畜どもがのさばるんだよ」
「キチクって何なの?」
「鬼畜ってのは……わたしみたいに立派な人間のことさ」
「えええーっ!? そんなのが増えたら大変なのね!」
何か、とぉぉぉぉっても失礼なことを言われているような気がするけど、とりあえず服を着せることを優先しよう。
ふふ……大人になったものね、イザベラ。
「だったらさっさと服を着なさい」
指先で隣の幽霊をつっつく。ほら、お前も言いなさい。
「ええっと……ボクも着た方がいいと思うよ」
よしよし。
「でもシルフィはお洋服を持っていないのね」
「なら買えばいい」
「お金も無いのね」
ええい、何も無い何も無い何も無い……人形娘の手下だけあって変人の度が並外れてる。
これはもう変人というより未開人とか野蛮人とかそういう種類の生き物よね。ああいやだ。一緒にいたら非常識が感染するわ。
でもこいつから離れることができなくて……ああああああああもう面倒くさい!
羽織っていたマントを脱ぎ、シルフィにかぶせた。
「何するのね! なんかこのマントくさいのね! 意地悪のにおいがするのね!」
くっ……いちいち減らず口を。気にしない気にしない気にしちゃいけない。
姑息的なやり方としてはこれで充分。抜本的解決はこれからよ。
「幽霊。さっき古着屋を見たと思ったけど、お前場所を覚えてる?」
「うん。だいたい」
「よし、今日は大サービスよ。シルフィ、お前に服を買ってやる。ありがたく思いなさい」
ククク……服さえ着せてしまえばこっちのものよ。その後でたっぷりと屈辱を味あわせてやる。
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