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るろうに使い魔-41a - (2015/03/22 (日) 10:08:20) の最新版との変更点
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「こんなところで、奇遇でござるな」
可笑しそうな表情をしながら、剣心はタバサに言った。そして自然に、見たことのないシルフィードの方に首を向ける。
シルフィードはシルフィードで、剣心の方を指差して叫んだ。
「あ、あの桃髪ちびすけの使い魔の…赤髪のおちび!!」
「おろ?」
ガツン、とタバサが杖でシルフィードを殴った。見れば、剣心は益々不思議そうな顔をしていた。初対面の人にいきなりそんな事を言われては、誰だって疑問に思う。
「どちら様でござる?」
疑問に思った剣心は、当然シルフィードに尋ねる。
一瞬ドキッとした、シルフィードは、少しあわあわしながらも答える。
「私は………、えぇと。確かお姉さまの妹様の、シルフィ…じゃなかった。イルククゥなのね!!」
思い出すように時々顔を上に向けたりしながら、シルフィードはそう言った。
ちなみに『イルククゥ』という名は、竜達の間で呼ばれていた名前だから、あながち間違ってはいない。
むしろ妹、と聞いた剣心は、タバサの知られざる素性に驚きの表情をした。
「いも…え? 妹殿がいたでござるか?」
「そうなのね、以後よろしくなのね!! きゅいきゅい」
剣心はまじまじとシルフィードを見つめる。長い青髪と大人のような容姿の彼女とタバサを比べると、どちらが姉妹なのか分からないものだった。
話が終わったと思ったシルフィードは、ここぞとばかりにタバサに詰め寄った。
「ねえお姉さま、お腹すいたのね。早くご飯食べたいのね。お肉がいいのね、がっぷりと噛みつける骨付きのやつがいいのね!!」
きゅいきゅいと喚くシルフィードを見て、タバサは当たりを見渡すと、ふとそこの壁に貼ってあった一枚の紙に目がいった。
第四十一幕 『微熱と雪風 前編』
「いらっしゃいませ~~!」
タバサより先に店に入ることになったキュルケ達は、そこで中々にいかした容姿の男に案内された。
「あら、貴族のお嬢さんね、まあ綺麗! 何てトレビアン! お店の女の子が霞んじゃうわ。わたしは店長のスカロン。今日は是非とも楽しんでいってね!!」
スカロンはそう言って身をくねらせながら一礼をする。正直その姿はかなりキモかったが、「綺麗」の一言でモンモランシーはすっかり気を良くしたようだった。
取り敢えず一行は、案内された席に着く。成程よく見れば店はだいぶ繁盛しているようであり、そこここに際どい格好の女の子達が料理を運んでいる。
「いやあ、来て正解だったなぁ……っいてててて!!! 痛いよモンモランシー!!」
すっかり夢中になっているギーシュは、あちこちに目配せをするも、その度にモンモランシーに耳を引っ張られていた。
さて、そんなキュルケ達の前に、一人の給仕の女の子が、注文を受け取りにやって来た。
「いらっしゃ――――っ!!?」
なのだが…、何故かその娘は一行の姿を見るや慌ててお盆で顔を隠した。
「…何で君は顔を隠すんだね?」
ギーシュの問いにも、少女は答えない。ただ身振り手振りで「注文を言え」と示すのみ。
ここで正体に気付いたキュルケが、この夏で初めて見せる特大の笑みを浮かべた。
「このお店のお勧めは何?」
少女は、不躾な様子でメニューの一品に指を指す。
「じゃあ、お勧めのお酒は?」
これまた同じように、給仕している女の子が持っている酒を指差した。
「あ、ケンシン! その可愛い子は誰なの?」
ガバッ、と少女は全力でそっちの方向を見る。ようやくその全貌が明らかになったギーシュ達は、驚きで声を上げた。
「え、ルイズ!?」
その声でしまった、と騙されたことに気付いたルイズは、再びお盆を顔に当てた。
「手遅れよ、ラ・ヴァリエール」
「わたし、ルイズじゃないわ」
未だシラを切るルイズを見て、キュルケはギーシュ達に目配せをした。その意図を理解した二人はまず、ギーシュがルイズの両手を引っ張って、テーブルの上へと横たえた。
モンモランシーは右足、キュルケは左足を持ってルイズを押さえつけると、キュルケは押さえつけてる手とは別に、杖を取り出しルイズの身体をなぞった。
「教えなさいよ、こんなとこでそんな格好で、一体何を企んでるの?」
「な、なんのことよ…放しなさ…あはははは!!」
ここぞとばかりにキュルケは、杖を使ってくすぐりを始める。ちょこちょこと小さく動かしながら、ルイズにはちきれんばかりの刺激を与えていく。
「これでもか、これでもどうだ?」
「い、言わないわよ…言うもんですか…あふぁひゃははははああ!!!」
大声で叫んで喚きながらも、それでもルイズは口を割らない。その内飽きてしまったのか、キュルケがつまらなさそうにくすぐるのを止めた。
「ちぇ、口のかたい子ね。最近あなたって、隠し事が多い気がするわ」
「わかったら…放っておきなさいよね…」
ぐったりしながらも立ち上がらながら、ルイズはキュルケを睨みつけた。
「そうするわ。さてどれにしようかな…」
キュルケはそう言いながら、メニューをパラパラとめくった。その目の前に、ルイズが手を差し出した。
「…何この手」
「チップ」
「はぁ?」
怪訝な顔をするキュルケに、ルイズは堂々と言い放った。
「勘違いしないでよ、物乞いとかじゃないから。ただチップを集めないとアイツがうるさいし、何よりこの私が酌してあげるんだから、当然でしょ!」
と、ルイズは向こう側で別の男性の酌をしているジェシカを見る。実を言うと今、『チップレース』の真っ最中なのだ。
優勝者には特典が与えられるらしいのだが、どちらかというとルイズは、最近喧しくなったジェシカに対抗心を燃やしていたのだった。
だが、現在のルイズとジェシカでは雲泥の差もいいとこだ。それでも少しでも追いついておきたい。ということなのだが、その割には態度がものすごく尊大である。
キュルケは一瞬、何を馬鹿な…って表情をしていたが、不意に何か思いついたのか、ニンマリとした笑みを作ると、懐から財布を取り出し、金貨一枚分をルイズに向けて指で弾いた。
「受け取りなさいな。礼はいらないわよ」
「えっ………!!!?」
咄嗟に金貨をキャッチしたルイズだったが、よくよく考えると余りの出来事に唖然とした。だってあのツェルプストーだ。どうせ貰えるわけないと思っていたからである。
ギーシュ達なんかは、世紀の大発見をしたような表情をしていた。
ルイズは、しどろもどろになりながらも、何か言おうとして口を開いた。
「あ、え、その…」
「いいわよ。だってこれであなたのツケで食べ放題飲み放題なんでしょ? それに比べたら金貨の一枚なんてやっすいものよ」
「……………は?」
ルイズはさっきとはまた別の意味で、唖然とした表情を作った。それに構わずキュルケは続ける。
「そうね、取り敢えずここに乗ってるの全部頂戴。チップあげたんだからそれぐらいの気前はないとねえ、ラ・ヴァリエールさん」
ああ、やっぱりいつも通りのキュルケだ…ギーシュ達はやれやれと首を振った。
と、ここでようやく思考が追いついてきたのか、ルイズは怒りで身体を震わせる。
「あんたねぇ…誰があんたなんかに奢らなきゃいけないのよ…」
「あらあら、チップあげたのにつれないわねぇ、それにいいの? ここで給仕やってることみんなにバラしてもいいのよ」
とうとうルイズは、怒りのあまり顔を真っ赤にまでさせた。
「いいい言ったら…ここ殺すわよ…」
「あらいやだ、あたし殺されたくないから早いとこ全部持ってきてね」
しれっとした顔でキュルケは言った。ルイズは身体を震わせながらも、結局は覚束無い足取りで厨房の方へと引っ込んでしまった。
「君は…本当に意地の悪い女だな」
フラフラと歩いていくルイズを見て、ギーシュが同情の視線を送った。流石にちょっと可哀相だ。
「勘違いしないでいただきたいわ。あたしはあの子が嫌いなの。基本的には敵よ敵」
キュルケが邪気のない笑みを浮かべてそう返した。そして窓の方を見やって、まだタバサが来ないのかを確認していた。
「遅いわねあの子。一体何をやっているのかしら…?」
ルイズの時とは一転、心配そうな顔をしながら、キュルケは呟いた。彼女もこんな表情をするんだな…とギーシュとモンモランシーは素直に感心した。
でもなあ…とギーシュは首をかしげる。なんでこんなにもキュルケとタバサは仲がいいのだろう。性格的にも相性が悪そうなのに…まるで本物の姉妹のように行動を共にしている。
(あれ? でもあの二人、確か最初の頃は決闘騒ぎまで起こすほど険悪な仲じゃなかったっけ?)
そのへんを是非とも詳しく聞こうとした矢先、ギィと扉の開く、来客を告げる音に阻まれて機会を逸した。
「失礼する」
入ってきたのはがっしりとした体格の騎士数人だった。彼等は適当な席に座ると酒を注文し、それを煽りながら給仕の女の品定めをしたりなどして馬鹿笑いなどをし始めた。
それだけだったらまだ問題なかったのだが、酒の飲みすぎでハメを外してしまったのだろう、一人が顔を酒で真っ赤にしながら、垂れた目線をキュルケに向けた。
「あそこに貴族の女の子がいるじゃないか。僕たちと釣り合いがとれるは、やはり杖を下げていないとな!」
「そうとも、これから激しい戦いになって命を落とすかもしれないんだ。平民の酌では慰めにならぬというものだ。きみ」
口々にそんなことを言い合いながら、今度は誰が行くかを相談し合う。キュルケはこういうことに慣れっこなのか、特に気にせず涼しい顔をしていた。
そのうちに声をかける人物が決まったのか、一人の貴族が立ち上がった。騎士たちの中でも特に引き締まった体格で、中々の男前である。
貴族は、キュルケの前まで歩み寄ると、優雅な仕草で一礼をした。
「我々はナヴァール連隊所属の士官です。恐れながら美の化身と思しき貴方を我らの食卓へとご案内したいのですが」
「失礼、友人たちと楽しい時間を過ごしているところですの」
それをキュルケはあっさりと断った。どれだけ世辞を並べ立てようと、賛辞の言葉を贈っても、キュルケはどうでもよさげに聞き流す。やがて諦めたのか、貴族は残念そうに戻っていった。
「あの言葉のなまりを聞いたか? あれはゲルマニアの女だぞ。貴族といっても怪しいものだ」
「ゲルマニアの女は好色と聞いたぞ。身持ちが固いなんて珍しいな」
「どうせ新教徒だろうよ。そうに違いない」
悔し紛れに、さっきの貴族たちがこれみよがしに悪口を並べ立て始める。そろそろ嫌な予感がし始めたギーシュは、キュルケに「店を出ようか?」と尋ねた。
「先に来たのはあたしたちじゃない」
そうキュルケは言ったが、影口悪口が本格的に煩わしく感じたのだろう。ゆっくり席を立つと、今度は自分から貴族たちの方へと近付いていった。
さっきまで騒がしかった店の中が、それだけで途端に静まり返る。
「おや、今更お相手をしてくれる気になったのかね?」
「ええ、でも杯じゃなくこっちでね?」
すらりと、キュルケは杖を抜いた。男たちは途端に笑い転げた。
「ははは!! これは冗談がうまいことだ!!」
「それでは、これでどうですの?」
それを見たキュルケが、空を切るように杖を振る。
今度はボワッと、かぶっていた帽子が燃え始めた。流石にこれには頭にきたのか、貴族たちの表情が一変した。
「お嬢さん、冗談にしては度が過ぎますぞ」
「あたしはいつだって本気よ。それに最初に誘ったのはそちらじゃございませんこと?」
「我らは酒を誘ったのです。杖ではない」
「フラれたからといって負け惜しみを言う殿方とお酒を付き合うだなんて! 侮辱を焼き払う杖なら付き合えますが」
店内が本格的に静まり返る。誰もが心配そうにこの様子に目を向けていた。
それを感じたキュルケは、貴族たちに店のドアの方を指差した。
「せっかくの楽しい空気がしらけちゃったわね。続きは外に出てからにしない?」
店の外に出たキュルケは、そこで十メイル程離れたところで、三人の貴族達と対峙した。
遠巻きには、近所の住民たちがわくわくした面持ちで眺めている。決闘禁止令がしかれたからといって、貴族たちが皆杖を抜くのをやめたわけではない。このような決闘騒ぎは日常茶飯事だ。
しかし、王軍の士官と思しき三人組の前に立つのは、何とも魅力的な美女ではないか。その組み合わせが野次馬たちの興味を引いた。
中の方では、みんな窓からその様子を見つめている。ルイズは「あの馬鹿女はもおぉぉぉぉ!!」と言って頭を抱えており、モンモランシーは我関せずといった顔でワインを飲んでいる。
ギーシュは気が気でなかった。恐らく彼らは軍隊か親衛隊の隊員達だろう。割り込みたいのは山々だが、強気に出れるはずがない。叩きのめされるのがオチだ。
(こんな時、ケンシンがいてくれたらなあ…)
ギーシュとルイズは心底そう思うのだった。
「なあ、ケンシンはどこだい? 君と一緒にいるんじゃないのか」
遂に我慢しきれなかったのか、ギーシュはルイズに尋ねる。ルイズは、ギーシュの方を振り向かずに答えた。
「…いないわよ」
「へっ…いない?」
「そうよいないのよ!!! あんまり言わせんじゃないわよこの馬鹿ぁ!」
怒り狂ったようにルイズが叫び、ギーシュに飛びかかった。今度は店内で乱闘が勃発し始めたにも関わらず、外では涼しい顔でキュルケは髪をかき揚げていた。先程キュルケを口説こうとした貴族が、まず一歩前に出た。
「外国のお嬢さん、決闘禁止令はご存じか。我らは陛下の禁令により、私闘は禁じられているのだが、貴女は外国人。ここで煮ようが焼こうが、貴族同士の合意の上なら誰にも裁けぬ。それを承知の上でのお言葉か?」
「トリステインの貴族は口上が長いのね。ゲルマニアだったらとうの昔に勝負がついているわよ」
皮肉を込めてキュルケは返す。キュルケは怒れば怒る程、言葉が余裕を奏で、態度が冷静になっていくのだった。
ここまで言われては、相手の方も引っ込みがつかない。
「お相手を選びなさい。貴女にはその権利がある」
「貴方達が仰った通り、ゲルマニアの女は好色ですの。ですから全員いっぺんに、それでよろしいわ。どうせいてもいなくとも、大して変わりはしないのですから」
ここまでコケにされた言い分に、貴族たちは顔を真っ赤にする。
「我らは貴族ではあるが、軍人でもあるのです。かかる侮辱、かかる挑戦、女とて容赦はしませんぞ。覚悟めされい」
剣状の杖を引き抜きながら、貴族の一人が前に出る。後ろの二人も、同じく杖を抜いて構える。
それを「三人同時に相手する」と受け取ったキュルケは、好戦的な笑みを浮かべて杖を向けた。
勝負は一瞬だった。
燃え上がるような炎が、相手の唱えた魔法全てを食らいつくし、燃やし尽くし、そして焼き払ったのだ。
それでも炎は勢いを止めず、巨大な火球となって三人の前に殺到する。
「ひっ…!!」
「うっ…うわあああああああ!!!!」
目の前で爆発を起こした炎は、三人の貴族を問答無用で吹っ飛ばしていった。
三人は身体を焦がしながらも、ほうほうの体で逃げ出していった。
「全く、喋る時間より決闘にかかる時間の方が短いなんてねぇ。実力が伴ってないからそんな滑稽なことになるのよ!! おーほっほっほっほっほ!!!」
逃げる三人を可笑しそうに笑いながら、キュルケは悠々と店の中へと戻っていった。
夕焼け空のチクトンネ街、剣心は人混みに紛れて歩いていた。その後をタバサと知るフィードが付いていく。シルフィードは、途中出店で買ってあげた大きな骨付き肉を、幸せそうにかぶりついている。
中央広場の噴水まで来ると、剣心は一度ベンチに腰を下ろす。それに続いてタバサも座った。
頑なにじっと見つめるタバサを見て、剣心はため息をついた。彼女の手には、さっき貼ってあった紙が握られている。
その紙にはこう書かれてあった。
『また出没か、貴族の惨殺体見つかる』
一種の新聞のようなものであり、そこには殺された貴族の名前やその時の様子などが書かれてあった。
無断でこのような情報を勝手にばら撒くのは、威厳に関わる為上層部では御法度であり、摘発されれたら最後、ただでは済まないのではあるが、何分上層部もそこまで気を回す余裕がないというのが現状だ。
それほどまでに今トリステインでは、この暗殺事件は深刻な問題と化しているのだった。
タバサはその貼り紙を読み直して、不意に剣心にこう言った。
「追っているの?」
「…どうしてそう思うでござる?」
「貴方は多分、放っておかないから」
タバサも、剣心の人の良さは大体把握してきた。そういう意味ではルイズより詳しく知っているだろう。彼なら、こういう事件には必ず首を突っ込むと思っていたからだ。
だけど、タバサもそんなことを言いに剣心を追ってきたわけじゃない。別の理由があった。
「わたしも手伝う」
「いや、タバサ殿には関係ないことでござるよ」
「それでもいい」
タバサだって、普通だったらこんなことは言い出さないだろう。関係ない云々より、タバサはガリアから来た留学生だ。
国を越えた問題に関わったって、碌なことにならないことぐらい百も承知だった。
ただ、タバサには予感めいたものがあった。この事件は恐らく、生半可な覚悟では絶対に解決しない事件なのだろう、と。
メイジである貴族を何人も殺しておいて、未だにその正体すら掴めないなんて、普通ではありえないことなのだから。
『土くれのフーケ』以上の、残忍で狡猾な連続殺人事件。
そういう危険で恐ろしい事件、だからこそタバサは関わってみたい、そう思うのだった。もっと、強くなるために…。
今までこなしてきた任務以上に濃厚に感じる、死の匂い。これを乗り越えられたら、今まで以上に強くなれる。確信に似た何かが、タバサを突き動かすのだった。
「わたし一人でも、調べてみる」
「タバサ殿……」
剣心はタバサを見つめた。その目には、ルイズとは違う…危うい瞳があった。
だけど、もう何を言ってもタバサは聞かないだろう。目がそう語っていた。放っておけば、一人でも奴を追うかもしれない。それは危険だった。
なので仕方なく、剣心は妥協案をだす。
「分かったでござる、だけど、決して一人で動かないことだけは約束してほしいでござるよ。今追っている奴は、ある意味では一番危険な男でござるからな」
その、剣心の何かを知っているような口ぶりに、タバサは首をかしげた。
「目星がついているの?」
「まあ、そうでござるな」
「おう、俺も知りたかった。相棒が予想している奴って、どんな奴なんだ?」
ここで、デルフも会話に割り込んでくる。
「『杖も詠唱も使わずに、相手を動けなくする魔法』ぐらい、この娘っ子にも教えてたほうがいいんじゃないか?」
「なにそれ、怖いのね」
今度は肉を全部食べ終えたシルフィードが、会話に入ってきた。食べている最中だったから話に割ってくることはなかったが、一連の流れはちゃんと把握していたのだ。
韻竜として先住魔法を操るシルフィードでさえ、そんな魔法は聞いたことがなかったのである。
タバサは俄然興味ある目で剣心を見る。剣心は、昔を思い出すような目で、みんなに語った。
「拙者の知る中で、それに該当する術は一つ―――。二階堂平法、『心の一方』でござる」
聞いたタバサ達は首をかしげる。無論そんなものは聞いたことがない。
「何なのねそれ、全然知らないのね」
シルフィードが、せがむように聞いてくる。剣心は続けた。
「拙者のいた所であった剣術の流派の一つで、二階堂平法というのがあったでござるよ」
二階堂平法。それは一刀流で「一文字」、二刀流で「八文字」、そして同じく二刀流で「十文字」に見立てた独特の構えをとる流派であり、これら「一」「八」「十」の構えを合わせると「平」の字になることから、『二階堂平法』と、こう呼ばれている。
しかし、本当に二階堂平法が恐れられたのは、開祖のみが扱えたとされる秘技中の秘技『心の一方』だった。
『心の一方』…またの名を『居縮の術』と呼ばれたその秘術は、剣気を目に直接たたきこむことで、相手を不動金縛りの状態にすることが出来る技である。魔法を使うのに詠唱が必要なメイジにとって、これほど相性が悪い術もないだろう。
まさに『メイジ殺し』にうってつけといえる術であった。
信じられない、といった様子でシルフィードは言った。
「そんな秘術やっぱり知らないのね。ちょっと大げさに言ってるんじゃないのね?」
「けどよ、もし本当だとしたら暗殺にはこれ程便利なのはねえわな。何せ今まで素性一つ分かってねえ奴だ。そんぐらいぶっ飛んだヤツじゃなきゃとっくにこの事件にカタはついてるだろ」
デルフの言うとおりだ、とタバサはそう思った。聞いたことはないにせよ、もはやそういう『魔法』もあるという認識がなければ、今は先に進めない。
話を一通り聞き終えたタバサは、神妙な顔をして尋ねた。
「…対処法はないの?」
「あるにはある…でござるが」
剣心はタバサの方を向いた。『心の一方』を打ち破る唯一の方法、それは「相手の持つ剣気と同等、それ以上の剣気を放って解除する」。それだけだった。
「『心の一方』は、いわば気合いと気合いのぶつかりあい。だからそれを制することが出来れば術は破れるし、術そのものを無効にすることだってできるでござる」
だが逆にいえば、それに等しい剣気を持たざる者は、一生動けないまま敵に嬲り殺しにされるということでもあった。
タバサはふと、オーク鬼達を気合だけで蹴散らした剣心の姿を思い出した。あれのことか…と。
「それだけに心配なのでござるよ。はっきり言うでござるが、今のタバサ殿に奴の『心の一方』を解除できるとは、とても思えない。…多分奴は、拙者の予想より遥かに強くなっている気がするでござる」
人斬りの強さは、人を斬った数に比例していく。
あの頃に出会った時から、この世界に来てさらに人斬りを重ねているのだとすれば、もしかしたら志々雄も奴もかなり腕を上げているかもしれない。
ルイズには明らかに荷が重い、剣心が一人で追っている理由もそれだった。
「タバサ殿は確かに強い。それは拙者でもよく分かる。その年でその強さに並ぶものは、拙者の見てきた中でもそうはいないでござるよ。…だからこそ無理に強さを求めようとする今の状態では、かえって危険でござる」
深刻な表情で、剣心はそう告げた。彼がここまで言うのだ。余程手強い相手だということがタバサにも実感できた。
確かに、闇雲に動いて待つというのは得策ではないようだ。だけど、タバサとしてはそれで引くつもりは無かった。
「その…相手の名は?」
タバサのその問いは、一歩も譲るつもりはないという意思の表れでもあった。
やはり止まらないか…と剣心は少し残念そうにしながら、その男の名前を告げようとした時だった。
不意にゾロゾロと、貴族の大軍が行進していくのが見えた。数からして五十かそこら…いや、もっといるだろう。下手すれば一個小隊~中隊位の人数はいた。
「おい、ゲルマニアの女にこっぴどくやられたってホントか」
「面子保ちたいのは分かるけどよ、ちとやりすぎじゃねえか?」
そんな声が、ちらほらと聞こえてくる。先頭を歩く男…見かけからして騎士なのだろう…は、所々焼き焦げた跡が残りながらも、その目は怒りで燃えていた。
「だからこそ示さねばならんのだよ。ゲルマニアの…しかもただの学生相手に、この国の作法というものをきっちりと叩き込んでやらねば」
その男の隣数人が、そうだそうだとはやし立てる。見れば彼らも黒焦げだった。おそらく同じようにこっぴどくやられてしまったのだろう。
道行く人々を掻き分けながら、その騎士の軍隊は進んでいく。その様を見た平民たちは、みんな何が起こるのかが怖くて目をそらしたり、道を譲ったりしていた。
それに構わず、騎士たちは足音を鳴らしながら行進していくと、ふと一つの店の前で足を止めた。
それは『魅惑の妖精』亭だった。
遠目でそれを見ていた剣心達は、この状況になにか嫌な予感を覚えた。それを真っ先に口にしたのはシルフィードだった。
「ねえねえお姉さま。確かあそこって、キュルキュル達が入っていった店じゃあ…」
ガタッと、タバサが立ち上がる。遅れて剣心も腰を上げた。
さっきの会話の内容…ゲルマニアの女、しかも学生…そしてあの騎士達を黒焦げにする程の炎の腕前を持つ人間とくれば、あの店ではもう一人しかいない。
「…喧嘩でござるか」
『魅惑の妖精』亭に駆け寄ろうとしながら、剣心は呟いた。
恐らく先頭に立っていた数人が、あの店で彼女とひと悶着起こしたのだろう。そして決闘してボロクソに負けたから、今度は大群率いてやってきたのだろう。
余り目立つようなことは出来るだけ避けたかったが、この際そうも言ってられない。
見れば、大多数の騎士たちが逃げられないよう入口の周囲を取り囲みながら、その中の数人、先頭に立っていた騎士たちが、店の中へと入っていった。
#navi(るろうに使い魔)
#navi(るろうに使い魔)
「こんなところで、奇遇でござるな」
可笑しそうな表情をしながら、剣心はタバサに言った。そして自然に、見たことのないシルフィードの方に首を向ける。
シルフィードはシルフィードで、剣心の方を指差して叫んだ。
「あ、あの桃髪ちびすけの使い魔の…赤髪のおちび!!」
「おろ?」
ガツン、とタバサが杖でシルフィードを殴った。見れば、剣心は益々不思議そうな顔をしていた。初対面の人にいきなりそんな事を言われては、誰だって疑問に思う。
「どちら様でござる?」
疑問に思った剣心は、当然シルフィードに尋ねる。
一瞬ドキッとした、シルフィードは、少しあわあわしながらも答える。
「私は………、えぇと。確かお姉さまの妹様の、シルフィ…じゃなかった。イルククゥなのね!!」
思い出すように時々顔を上に向けたりしながら、シルフィードはそう言った。
ちなみに『イルククゥ』という名は、竜達の間で呼ばれていた名前だから、あながち間違ってはいない。
むしろ妹、と聞いた剣心は、タバサの知られざる素性に驚きの表情をした。
「いも…え? 妹殿がいたでござるか?」
「そうなのね、以後よろしくなのね!! きゅいきゅい」
剣心はまじまじとシルフィードを見つめる。長い青髪と大人のような容姿の彼女とタバサを比べると、どちらが姉妹なのか分からないものだった。
話が終わったと思ったシルフィードは、ここぞとばかりにタバサに詰め寄った。
「ねえお姉さま、お腹すいたのね。早くご飯食べたいのね。お肉がいいのね、がっぷりと噛みつける骨付きのやつがいいのね!!」
きゅいきゅいと喚くシルフィードを見て、タバサは当たりを見渡すと、ふとそこの壁に貼ってあった一枚の紙に目がいった。
第四十一幕 『微熱と雪風 前編』
「いらっしゃいませ~~!」
タバサより先に店に入ることになったキュルケ達は、そこで中々にいかした容姿の男に案内された。
「あら、貴族のお嬢さんね、まあ綺麗! 何てトレビアン! お店の女の子が霞んじゃうわ。わたしは店長のスカロン。今日は是非とも楽しんでいってね!!」
スカロンはそう言って身をくねらせながら一礼をする。正直その姿はかなりキモかったが、「綺麗」の一言でモンモランシーはすっかり気を良くしたようだった。
取り敢えず一行は、案内された席に着く。成程よく見れば店はだいぶ繁盛しているようであり、そこここに際どい格好の女の子達が料理を運んでいる。
「いやあ、来て正解だったなぁ……っいてててて!!! 痛いよモンモランシー!!」
すっかり夢中になっているギーシュは、あちこちに目配せをするも、その度にモンモランシーに耳を引っ張られていた。
さて、そんなキュルケ達の前に、一人の給仕の女の子が、注文を受け取りにやって来た。
「いらっしゃ――――っ!!?」
なのだが…、何故かその娘は一行の姿を見るや慌ててお盆で顔を隠した。
「…何で君は顔を隠すんだね?」
ギーシュの問いにも、少女は答えない。ただ身振り手振りで「注文を言え」と示すのみ。
ここで正体に気付いたキュルケが、この夏で初めて見せる特大の笑みを浮かべた。
「このお店のお勧めは何?」
少女は、不躾な様子でメニューの一品に指を指す。
「じゃあ、お勧めのお酒は?」
これまた同じように、給仕している女の子が持っている酒を指差した。
「あ、ケンシン! その可愛い子は誰なの?」
ガバッ、と少女は全力でそっちの方向を見る。ようやくその全貌が明らかになったギーシュ達は、驚きで声を上げた。
「え、ルイズ!?」
その声でしまった、と騙されたことに気付いたルイズは、再びお盆を顔に当てた。
「手遅れよ、ラ・ヴァリエール」
「わたし、ルイズじゃないわ」
未だシラを切るルイズを見て、キュルケはギーシュ達に目配せをした。その意図を理解した二人はまず、ギーシュがルイズの両手を引っ張って、テーブルの上へと横たえた。
モンモランシーは右足、キュルケは左足を持ってルイズを押さえつけると、キュルケは押さえつけてる手とは別に、杖を取り出しルイズの身体をなぞった。
「教えなさいよ、こんなとこでそんな格好で、一体何を企んでるの?」
「な、なんのことよ…放しなさ…あはははは!!」
ここぞとばかりにキュルケは、杖を使ってくすぐりを始める。ちょこちょこと小さく動かしながら、ルイズにはちきれんばかりの刺激を与えていく。
「これでもか、これでもどうだ?」
「い、言わないわよ…言うもんですか…あふぁひゃははははああ!!!」
大声で叫んで喚きながらも、それでもルイズは口を割らない。その内飽きてしまったのか、キュルケがつまらなさそうにくすぐるのを止めた。
「ちぇ、口のかたい子ね。最近あなたって、隠し事が多い気がするわ」
「わかったら…放っておきなさいよね…」
ぐったりしながらも立ち上がらながら、ルイズはキュルケを睨みつけた。
「そうするわ。さてどれにしようかな…」
キュルケはそう言いながら、メニューをパラパラとめくった。その目の前に、ルイズが手を差し出した。
「…何この手」
「チップ」
「はぁ?」
怪訝な顔をするキュルケに、ルイズは堂々と言い放った。
「勘違いしないでよ、物乞いとかじゃないから。ただチップを集めないとアイツがうるさいし、何よりこの私が酌してあげるんだから、当然でしょ!」
と、ルイズは向こう側で別の男性の酌をしているジェシカを見る。実を言うと今、『チップレース』の真っ最中なのだ。
優勝者には特典が与えられるらしいのだが、どちらかというとルイズは、最近喧しくなったジェシカに対抗心を燃やしていたのだった。
だが、現在のルイズとジェシカでは雲泥の差もいいとこだ。それでも少しでも追いついておきたい。ということなのだが、その割には態度がものすごく尊大である。
キュルケは一瞬、何を馬鹿な…って表情をしていたが、不意に何か思いついたのか、ニンマリとした笑みを作ると、懐から財布を取り出し、金貨一枚分をルイズに向けて指で弾いた。
「受け取りなさいな。礼はいらないわよ」
「えっ………!!!?」
咄嗟に金貨をキャッチしたルイズだったが、よくよく考えると余りの出来事に唖然とした。だってあのツェルプストーだ。どうせ貰えるわけないと思っていたからである。
ギーシュ達なんかは、世紀の大発見をしたような表情をしていた。
ルイズは、しどろもどろになりながらも、何か言おうとして口を開いた。
「あ、え、その…」
「いいわよ。だってこれであなたのツケで食べ放題飲み放題なんでしょ? それに比べたら金貨の一枚なんてやっすいものよ」
「……………は?」
ルイズはさっきとはまた別の意味で、唖然とした表情を作った。それに構わずキュルケは続ける。
「そうね、取り敢えずここに乗ってるの全部頂戴。チップあげたんだからそれぐらいの気前はないとねえ、ラ・ヴァリエールさん」
ああ、やっぱりいつも通りのキュルケだ…ギーシュ達はやれやれと首を振った。
と、ここでようやく思考が追いついてきたのか、ルイズは怒りで身体を震わせる。
「あんたねぇ…誰があんたなんかに奢らなきゃいけないのよ…」
「あらあら、チップあげたのにつれないわねぇ、それにいいの? ここで給仕やってることみんなにバラしてもいいのよ」
とうとうルイズは、怒りのあまり顔を真っ赤にまでさせた。
「いいい言ったら…ここ殺すわよ…」
「あらいやだ、あたし殺されたくないから早いとこ全部持ってきてね」
しれっとした顔でキュルケは言った。ルイズは身体を震わせながらも、結局は覚束無い足取りで厨房の方へと引っ込んでしまった。
「君は…本当に意地の悪い女だな」
フラフラと歩いていくルイズを見て、ギーシュが同情の視線を送った。流石にちょっと可哀相だ。
「勘違いしないでいただきたいわ。あたしはあの子が嫌いなの。基本的には敵よ敵」
キュルケが邪気のない笑みを浮かべてそう返した。そして窓の方を見やって、まだタバサが来ないのかを確認していた。
「遅いわねあの子。一体何をやっているのかしら…?」
ルイズの時とは一転、心配そうな顔をしながら、キュルケは呟いた。彼女もこんな表情をするんだな…とギーシュとモンモランシーは素直に感心した。
でもなあ…とギーシュは首をかしげる。なんでこんなにもキュルケとタバサは仲がいいのだろう。性格的にも相性が悪そうなのに…まるで本物の姉妹のように行動を共にしている。
(あれ? でもあの二人、確か最初の頃は決闘騒ぎまで起こすほど険悪な仲じゃなかったっけ?)
そのへんを是非とも詳しく聞こうとした矢先、ギィと扉の開く、来客を告げる音に阻まれて機会を逸した。
「失礼する」
入ってきたのはがっしりとした体格の騎士数人だった。彼等は適当な席に座ると酒を注文し、それを煽りながら給仕の女の品定めをしたりなどして馬鹿笑いなどをし始めた。
それだけだったらまだ問題なかったのだが、酒の飲みすぎでハメを外してしまったのだろう、一人が顔を酒で真っ赤にしながら、垂れた目線をキュルケに向けた。
「あそこに貴族の女の子がいるじゃないか。僕たちと釣り合いがとれるは、やはり杖を下げていないとな!」
「そうとも、これから激しい戦いになって命を落とすかもしれないんだ。平民の酌では慰めにならぬというものだ。きみ」
口々にそんなことを言い合いながら、今度は誰が行くかを相談し合う。キュルケはこういうことに慣れっこなのか、特に気にせず涼しい顔をしていた。
そのうちに声をかける人物が決まったのか、一人の貴族が立ち上がった。騎士たちの中でも特に引き締まった体格で、中々の男前である。
貴族は、キュルケの前まで歩み寄ると、優雅な仕草で一礼をした。
「我々はナヴァール連隊所属の士官です。恐れながら美の化身と思しき貴方を我らの食卓へとご案内したいのですが」
「失礼、友人たちと楽しい時間を過ごしているところですの」
それをキュルケはあっさりと断った。どれだけ世辞を並べ立てようと、賛辞の言葉を贈っても、キュルケはどうでもよさげに聞き流す。やがて諦めたのか、貴族は残念そうに戻っていった。
「あの言葉のなまりを聞いたか? あれはゲルマニアの女だぞ。貴族といっても怪しいものだ」
「ゲルマニアの女は好色と聞いたぞ。身持ちが固いなんて珍しいな」
「どうせ新教徒だろうよ。そうに違いない」
悔し紛れに、さっきの貴族たちがこれみよがしに悪口を並べ立て始める。そろそろ嫌な予感がし始めたギーシュは、キュルケに「店を出ようか?」と尋ねた。
「先に来たのはあたしたちじゃない」
そうキュルケは言ったが、影口悪口が本格的に煩わしく感じたのだろう。ゆっくり席を立つと、今度は自分から貴族たちの方へと近付いていった。
さっきまで騒がしかった店の中が、それだけで途端に静まり返る。
「おや、今更お相手をしてくれる気になったのかね?」
「ええ、でも杯じゃなくこっちでね?」
すらりと、キュルケは杖を抜いた。男たちは途端に笑い転げた。
「ははは!! これは冗談がうまいことだ!!」
「それでは、これでどうですの?」
それを見たキュルケが、空を切るように杖を振る。
今度はボワッと、かぶっていた帽子が燃え始めた。流石にこれには頭にきたのか、貴族たちの表情が一変した。
「お嬢さん、冗談にしては度が過ぎますぞ」
「あたしはいつだって本気よ。それに最初に誘ったのはそちらじゃございませんこと?」
「我らは酒を誘ったのです。杖ではない」
「フラれたからといって負け惜しみを言う殿方とお酒を付き合うだなんて! 侮辱を焼き払う杖なら付き合えますが」
店内が本格的に静まり返る。誰もが心配そうにこの様子に目を向けていた。
それを感じたキュルケは、貴族たちに店のドアの方を指差した。
「せっかくの楽しい空気がしらけちゃったわね。続きは外に出てからにしない?」
店の外に出たキュルケは、そこで十メイル程離れたところで、三人の貴族達と対峙した。
遠巻きには、近所の住民たちがわくわくした面持ちで眺めている。決闘禁止令がしかれたからといって、貴族たちが皆杖を抜くのをやめたわけではない。このような決闘騒ぎは日常茶飯事だ。
しかし、王軍の士官と思しき三人組の前に立つのは、何とも魅力的な美女ではないか。その組み合わせが野次馬たちの興味を引いた。
中の方では、みんな窓からその様子を見つめている。ルイズは「あの馬鹿女はもおぉぉぉぉ!!」と言って頭を抱えており、モンモランシーは我関せずといった顔でワインを飲んでいる。
ギーシュは気が気でなかった。恐らく彼らは軍隊か親衛隊の隊員達だろう。割り込みたいのは山々だが、強気に出れるはずがない。叩きのめされるのがオチだ。
(こんな時、ケンシンがいてくれたらなあ…)
ギーシュとルイズは心底そう思うのだった。
「なあ、ケンシンはどこだい? 君と一緒にいるんじゃないのか」
遂に我慢しきれなかったのか、ギーシュはルイズに尋ねる。ルイズは、ギーシュの方を振り向かずに答えた。
「…いないわよ」
「へっ…いない?」
「そうよいないのよ!!! あんまり言わせんじゃないわよこの馬鹿ぁ!」
怒り狂ったようにルイズが叫び、ギーシュに飛びかかった。今度は店内で乱闘が勃発し始めたにも関わらず、外では涼しい顔でキュルケは髪をかき揚げていた。先程キュルケを口説こうとした貴族が、まず一歩前に出た。
「外国のお嬢さん、決闘禁止令はご存じか。我らは陛下の禁令により、私闘は禁じられているのだが、貴女は外国人。ここで煮ようが焼こうが、貴族同士の合意の上なら誰にも裁けぬ。それを承知の上でのお言葉か?」
「トリステインの貴族は口上が長いのね。ゲルマニアだったらとうの昔に勝負がついているわよ」
皮肉を込めてキュルケは返す。キュルケは怒れば怒る程、言葉が余裕を奏で、態度が冷静になっていくのだった。
ここまで言われては、相手の方も引っ込みがつかない。
「お相手を選びなさい。貴女にはその権利がある」
「貴方達が仰った通り、ゲルマニアの女は好色ですの。ですから全員いっぺんに、それでよろしいわ。どうせいてもいなくとも、大して変わりはしないのですから」
ここまでコケにされた言い分に、貴族たちは顔を真っ赤にする。
「我らは貴族ではあるが、軍人でもあるのです。かかる侮辱、かかる挑戦、女とて容赦はしませんぞ。覚悟めされい」
剣状の杖を引き抜きながら、貴族の一人が前に出る。後ろの二人も、同じく杖を抜いて構える。
それを「三人同時に相手する」と受け取ったキュルケは、好戦的な笑みを浮かべて杖を向けた。
勝負は一瞬だった。
燃え上がるような炎が、相手の唱えた魔法全てを食らいつくし、燃やし尽くし、そして焼き払ったのだ。
それでも炎は勢いを止めず、巨大な火球となって三人の前に殺到する。
「ひっ…!!」
「うっ…うわあああああああ!!!!」
目の前で爆発を起こした炎は、三人の貴族を問答無用で吹っ飛ばしていった。
三人は身体を焦がしながらも、ほうほうの体で逃げ出していった。
「全く、喋る時間より決闘にかかる時間の方が短いなんてねぇ。実力が伴ってないからそんな滑稽なことになるのよ!! おーほっほっほっほっほ!!!」
逃げる三人を可笑しそうに笑いながら、キュルケは悠々と店の中へと戻っていった。
夕焼け空のチクトンネ街、剣心は人混みに紛れて歩いていた。その後をタバサと知るフィードが付いていく。シルフィードは、途中出店で買ってあげた大きな骨付き肉を、幸せそうにかぶりついている。
中央広場の噴水まで来ると、剣心は一度ベンチに腰を下ろす。それに続いてタバサも座った。
頑なにじっと見つめるタバサを見て、剣心はため息をついた。彼女の手には、さっき貼ってあった紙が握られている。
その紙にはこう書かれてあった。
『また出没か、貴族の惨殺体見つかる』
一種の新聞のようなものであり、そこには殺された貴族の名前やその時の様子などが書かれてあった。
無断でこのような情報を勝手にばら撒くのは、威厳に関わる為上層部では御法度であり、摘発されれたら最後、ただでは済まないのではあるが、何分上層部もそこまで気を回す余裕がないというのが現状だ。
それほどまでに今トリステインでは、この暗殺事件は深刻な問題と化しているのだった。
タバサはその貼り紙を読み直して、不意に剣心にこう言った。
「追っているの?」
「…どうしてそう思うでござる?」
「貴方は多分、放っておかないから」
タバサも、剣心の人の良さは大体把握してきた。そういう意味ではルイズより詳しく知っているだろう。彼なら、こういう事件には必ず首を突っ込むと思っていたからだ。
だけど、タバサもそんなことを言いに剣心を追ってきたわけじゃない。別の理由があった。
「わたしも手伝う」
「いや、タバサ殿には関係ないことでござるよ」
「それでもいい」
タバサだって、普通だったらこんなことは言い出さないだろう。関係ない云々より、タバサはガリアから来た留学生だ。
国を越えた問題に関わったって、碌なことにならないことぐらい百も承知だった。
ただ、タバサには予感めいたものがあった。この事件は恐らく、生半可な覚悟では絶対に解決しない事件なのだろう、と。
メイジである貴族を何人も殺しておいて、未だにその正体すら掴めないなんて、普通ではありえないことなのだから。
『土くれのフーケ』以上の、残忍で狡猾な連続殺人事件。
そういう危険で恐ろしい事件、だからこそタバサは関わってみたい、そう思うのだった。もっと、強くなるために…。
今までこなしてきた任務以上に濃厚に感じる、死の匂い。これを乗り越えられたら、今まで以上に強くなれる。確信に似た何かが、タバサを突き動かすのだった。
「わたし一人でも、調べてみる」
「タバサ殿……」
剣心はタバサを見つめた。その目には、ルイズとは違う…危うい瞳があった。
だけど、もう何を言ってもタバサは聞かないだろう。目がそう語っていた。放っておけば、一人でも奴を追うかもしれない。それは危険だった。
なので仕方なく、剣心は妥協案をだす。
「分かったでござる、だけど、決して一人で動かないことだけは約束してほしいでござるよ。今追っている奴は、ある意味では一番危険な男でござるからな」
その、剣心の何かを知っているような口ぶりに、タバサは首をかしげた。
「目星がついているの?」
「まあ、そうでござるな」
「おう、俺も知りたかった。相棒が予想している奴って、どんな奴なんだ?」
ここで、デルフも会話に割り込んでくる。
「『杖も詠唱も使わずに、相手を動けなくする魔法』ぐらい、この娘っ子にも教えてたほうがいいんじゃないか?」
「なにそれ、怖いのね」
今度は肉を全部食べ終えたシルフィードが、会話に入ってきた。食べている最中だったから話に割ってくることはなかったが、一連の流れはちゃんと把握していたのだ。
韻竜として先住魔法を操るシルフィードでさえ、そんな魔法は聞いたことがなかったのである。
タバサは俄然興味ある目で剣心を見る。剣心は、昔を思い出すような目で、みんなに語った。
「拙者の知る中で、それに該当する術は一つ―――。二階堂平法、『心の一方』でござる」
聞いたタバサ達は首をかしげる。無論そんなものは聞いたことがない。
「何なのねそれ、全然知らないのね」
シルフィードが、せがむように聞いてくる。剣心は続けた。
「拙者のいた所であった剣術の流派の一つで、二階堂平法というのがあったでござるよ」
二階堂平法。それは一刀流で「一文字」、二刀流で「八文字」、そして同じく二刀流で「十文字」に見立てた独特の構えをとる流派であり、これら「一」「八」「十」の構えを合わせると「平」の字になることから、『二階堂平法』と、こう呼ばれている。
しかし、本当に二階堂平法が恐れられたのは、開祖のみが扱えたとされる秘技中の秘技『心の一方』だった。
『心の一方』…またの名を『居縮の術』と呼ばれたその秘術は、剣気を目に直接たたきこむことで、相手を不動金縛りの状態にすることが出来る技である。魔法を使うのに詠唱が必要なメイジにとって、これほど相性が悪い術もないだろう。
まさに『メイジ殺し』にうってつけといえる術であった。
信じられない、といった様子でシルフィードは言った。
「そんな秘術やっぱり知らないのね。ちょっと大げさに言ってるんじゃないのね?」
「けどよ、もし本当だとしたら暗殺にはこれ程便利なのはねえわな。何せ今まで素性一つ分かってねえ奴だ。そんぐらいぶっ飛んだヤツじゃなきゃとっくにこの事件にカタはついてるだろ」
デルフの言うとおりだ、とタバサはそう思った。聞いたことはないにせよ、もはやそういう『魔法』もあるという認識がなければ、今は先に進めない。
話を一通り聞き終えたタバサは、神妙な顔をして尋ねた。
「…対処法はないの?」
「あるにはある…でござるが」
剣心はタバサの方を向いた。『心の一方』を打ち破る唯一の方法、それは「相手の持つ剣気と同等、それ以上の剣気を放って解除する」。それだけだった。
「『心の一方』は、いわば気合いと気合いのぶつかりあい。だからそれを制することが出来れば術は破れるし、術そのものを無効にすることだってできるでござる」
だが逆にいえば、それに等しい剣気を持たざる者は、一生動けないまま敵に嬲り殺しにされるということでもあった。
タバサはふと、オーク鬼達を気合だけで蹴散らした剣心の姿を思い出した。あれのことか…と。
「それだけに心配なのでござるよ。はっきり言うでござるが、今のタバサ殿に奴の『心の一方』を解除できるとは、とても思えない。…多分奴は、拙者の予想より遥かに強くなっている気がするでござる」
人斬りの強さは、人を斬った数に比例していく。
あの頃に出会った時から、この世界に来てさらに人斬りを重ねているのだとすれば、もしかしたら志々雄も奴もかなり腕を上げているかもしれない。
ルイズには明らかに荷が重い、剣心が一人で追っている理由もそれだった。
「タバサ殿は確かに強い。それは拙者でもよく分かる。その年でその強さに並ぶものは、拙者の見てきた中でもそうはいないでござるよ。…だからこそ無理に強さを求めようとする今の状態では、かえって危険でござる」
深刻な表情で、剣心はそう告げた。彼がここまで言うのだ。余程手強い相手だということがタバサにも実感できた。
確かに、闇雲に動いて待つというのは得策ではないようだ。だけど、タバサとしてはそれで引くつもりは無かった。
「その…相手の名は?」
タバサのその問いは、一歩も譲るつもりはないという意思の表れでもあった。
やはり止まらないか…と剣心は少し残念そうにしながら、その男の名前を告げようとした時だった。
不意にゾロゾロと、貴族の大軍が行進していくのが見えた。数からして五十かそこら…いや、もっといるだろう。下手すれば一個小隊~中隊位の人数はいた。
「おい、ゲルマニアの女にこっぴどくやられたってホントか」
「面子保ちたいのは分かるけどよ、ちとやりすぎじゃねえか?」
そんな声が、ちらほらと聞こえてくる。先頭を歩く男…見かけからして騎士なのだろう…は、所々焼き焦げた跡が残りながらも、その目は怒りで燃えていた。
「だからこそ示さねばならんのだよ。ゲルマニアの…しかもただの学生相手に、この国の作法というものをきっちりと叩き込んでやらねば」
その男の隣数人が、そうだそうだとはやし立てる。見れば彼らも黒焦げだった。おそらく同じようにこっぴどくやられてしまったのだろう。
道行く人々を掻き分けながら、その騎士の軍隊は進んでいく。その様を見た平民たちは、みんな何が起こるのかが怖くて目をそらしたり、道を譲ったりしていた。
それに構わず、騎士たちは足音を鳴らしながら行進していくと、ふと一つの店の前で足を止めた。
それは『魅惑の妖精』亭だった。
遠目でそれを見ていた剣心達は、この状況になにか嫌な予感を覚えた。それを真っ先に口にしたのはシルフィードだった。
「ねえねえお姉さま。確かあそこって、キュルキュル達が入っていった店じゃあ…」
ガタッと、タバサが立ち上がる。遅れて剣心も腰を上げた。
さっきの会話の内容…ゲルマニアの女、しかも学生…そしてあの騎士達を黒焦げにする程の炎の腕前を持つ人間とくれば、あの店ではもう一人しかいない。
「…喧嘩でござるか」
『魅惑の妖精』亭に駆け寄ろうとしながら、剣心は呟いた。
恐らく先頭に立っていた数人が、あの店で彼女とひと悶着起こしたのだろう。そして決闘してボロクソに負けたから、今度は大群率いてやってきたのだろう。
余り目立つようなことは出来るだけ避けたかったが、この際そうも言ってられない。
見れば、大多数の騎士たちが逃げられないよう入口の周囲を取り囲みながら、その中の数人、先頭に立っていた騎士たちが、店の中へと入っていった。
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