「虚無の魔術師と黒蟻の使い魔-14」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る
虚無の魔術師と黒蟻の使い魔-14 - (2008/07/01 (火) 00:09:00) の編集履歴(バックアップ)
「え? あの? すいません。何て言いました?」
そんなことを言う目の前の女性に、理不尽な怒りがこみ上げてくる。
しかし、その怒りがどれだけ理不尽なものか十分に理解している故、彼はその怒りを己の心のうちに留めておく。
結局、彼も現実を受け入れるのことが出来ていないのだ。何にでもいいから強い感情をぶつけて、現実から目を背けていたいのだ。
だが、それはしない。
彼は声と感情を押し殺して言う。
「もう一度言う……マチルダが死んだ」
彼は『土くれ』のフーケの協力者だった。
盗賊稼業に手を貸していたわけではない。フーケがその仕事で稼いだ金を預かり、それを食料品や生活雑貨に変えてアルビオンのウエストウッド村に届けていた。
そこにはフーケの妹分とも言うべき存在がいて、その妹分と、彼女が面倒を見ている孤児たちを養うため。
目の前にいる女性。ティファニア・ウエストウッドこそが、そのフーケの妹分である。
「え? うそ? 何を言ってるんですか××××さん」
ティファニアは何を言っているのか解らないという顔をしている。
事実、その言葉の意味が理解できていなかった。頭がそれを理解することを拒んでいた。
彼は怒鳴りたくなる衝動を抑える。
「事実だ。10日ほど前に、マチルダは死んだ」
マチルダ・オブ・サウスゴーダ。『土くれ』のフーケの本名。
マチルダ自身、長いこと名乗っていない名で、もう名乗る者のいなくなった名前だ。
ティファニアの口からは乾いた笑いが漏れている。
「そんな、××××さん。変な冗談はやめてください。マチルダ姉さんが聞いたら怒りますよ」
ティファニアが信じられないのも無理はない。
彼も信じることは出来なかった。
『土くれ』のフーケが死んだという話を耳にしてから、あらゆる手を尽くして情報をかき集めた。
そのどれもが、フーケが死んだというものばかりだった。
だが、それもマチルダが世間を手玉に取り、死んだと見せかけているに違いないと思った。
きっと、盗賊稼業を辞めてもティファニア達を養う算段がついて、フーケを死んだことにしたのだと。
だが、彼のもとにマチルダが現れることはなかった。
彼はいてもたってもいられなくなり、終に、衛兵の詰め所の死体置き場に潜り込み、フーケの死体といわれるそれを確認した。
黒く焼け焦げたそれは、とてもじゃないが個人を判別できるようなものではなかったが、彼はわかってしまった。
唇が焼け崩れて、むき出しになった歯。少し並びの悪いその歯は、めったに見せないマチルダの笑顔から漏れるそれと同じものだということに。
彼が密かに思いを寄せていたそれと同じものだということに。
「嘘じゃあ、ない。マチルダはもう戻ってこない」
「嘘」
「嘘じゃない。マチルダは……死んだんだ」
ティファニアの口からは、相変わらず乾いた笑いが漏れている。
しかし、それとは別の生き物のようにその目から涙がこぼれていた。
その涙が頬を伝い渇いた口を潤すと、ティファニアの口から漏れるのは乾いた笑いではなく、嗚咽に変わった。
「暫くここにいろ。そんな顔で子供たちの前に出てくるな。あいつらの面倒は見といてやる。それと、落ち着いたら身の振り方を考えろ。あいつから金を預かった分、3ヶ月ぐらいは俺が面倒見てやる。
それを考えられるぐらい落ち着いたら……、あいつがどうやって死んだか、教えてやる」
彼はそう言うと立ち上がり、ティファニアの元から離れていく。
「嘘です……嘘に決まってます!」
ティファニアはその背中に声を飛ばす。
「だって、××××さん、全然泣いてないじゃないですか! ××××さんはマチルダ姉さんのこと……」
ティファニアが最後までその言葉を継ぐ前に、彼は振り返った。
その目には、涙など浮かんではいない。
「……俺はもう泣いた」
それだけ言うと彼はティファニアから目を逸らし、再び歩き始めた。
そんなことを言う目の前の女性に、理不尽な怒りがこみ上げてくる。
しかし、その怒りがどれだけ理不尽なものか十分に理解している故、彼はその怒りを己の心のうちに留めておく。
結局、彼も現実を受け入れるのことが出来ていないのだ。何にでもいいから強い感情をぶつけて、現実から目を背けていたいのだ。
だが、それはしない。
彼は声と感情を押し殺して言う。
「もう一度言う……マチルダが死んだ」
彼は『土くれ』のフーケの協力者だった。
盗賊稼業に手を貸していたわけではない。フーケがその仕事で稼いだ金を預かり、それを食料品や生活雑貨に変えてアルビオンのウエストウッド村に届けていた。
そこにはフーケの妹分とも言うべき存在がいて、その妹分と、彼女が面倒を見ている孤児たちを養うため。
目の前にいる女性。ティファニア・ウエストウッドこそが、そのフーケの妹分である。
「え? うそ? 何を言ってるんですか××××さん」
ティファニアは何を言っているのか解らないという顔をしている。
事実、その言葉の意味が理解できていなかった。頭がそれを理解することを拒んでいた。
彼は怒鳴りたくなる衝動を抑える。
「事実だ。10日ほど前に、マチルダは死んだ」
マチルダ・オブ・サウスゴーダ。『土くれ』のフーケの本名。
マチルダ自身、長いこと名乗っていない名で、もう名乗る者のいなくなった名前だ。
ティファニアの口からは乾いた笑いが漏れている。
「そんな、××××さん。変な冗談はやめてください。マチルダ姉さんが聞いたら怒りますよ」
ティファニアが信じられないのも無理はない。
彼も信じることは出来なかった。
『土くれ』のフーケが死んだという話を耳にしてから、あらゆる手を尽くして情報をかき集めた。
そのどれもが、フーケが死んだというものばかりだった。
だが、それもマチルダが世間を手玉に取り、死んだと見せかけているに違いないと思った。
きっと、盗賊稼業を辞めてもティファニア達を養う算段がついて、フーケを死んだことにしたのだと。
だが、彼のもとにマチルダが現れることはなかった。
彼はいてもたってもいられなくなり、終に、衛兵の詰め所の死体置き場に潜り込み、フーケの死体といわれるそれを確認した。
黒く焼け焦げたそれは、とてもじゃないが個人を判別できるようなものではなかったが、彼はわかってしまった。
唇が焼け崩れて、むき出しになった歯。少し並びの悪いその歯は、めったに見せないマチルダの笑顔から漏れるそれと同じものだということに。
彼が密かに思いを寄せていたそれと同じものだということに。
「嘘じゃあ、ない。マチルダはもう戻ってこない」
「嘘」
「嘘じゃない。マチルダは……死んだんだ」
ティファニアの口からは、相変わらず乾いた笑いが漏れている。
しかし、それとは別の生き物のようにその目から涙がこぼれていた。
その涙が頬を伝い渇いた口を潤すと、ティファニアの口から漏れるのは乾いた笑いではなく、嗚咽に変わった。
「暫くここにいろ。そんな顔で子供たちの前に出てくるな。あいつらの面倒は見といてやる。それと、落ち着いたら身の振り方を考えろ。あいつから金を預かった分、3ヶ月ぐらいは俺が面倒見てやる。
それを考えられるぐらい落ち着いたら……、あいつがどうやって死んだか、教えてやる」
彼はそう言うと立ち上がり、ティファニアの元から離れていく。
「嘘です……嘘に決まってます!」
ティファニアはその背中に声を飛ばす。
「だって、××××さん、全然泣いてないじゃないですか! ××××さんはマチルダ姉さんのこと……」
ティファニアが最後までその言葉を継ぐ前に、彼は振り返った。
その目には、涙など浮かんではいない。
「……俺はもう泣いた」
それだけ言うと彼はティファニアから目を逸らし、再び歩き始めた。
「あらら。また叱られたわね、ルイズ」
キュルケがからかうように言うと、ルイズの隣へと座った。その隣にタバサも座る。
学院のオープンテラスのテーブルの一つを、3人で囲んでいる。
「うるさいわね。だって仕方ないじゃない。風は最強しか言わないんだもの、あの先生。そりゃあ居眠りの一つもしたくなるわよ」
ルイズはそう言うとだらしなくテーブルに突っ伏した。
ルイズは寝不足だった。
早朝、皆が寝静まっているころに起きると、デルフリンガーを背負って走る。そして、爆発音が他の生徒の眠りを妨げない所まで着くと、デルフリンガーを振ったり、系統魔法の練習をしたりする。
それは夜も行っている。夕食を食べた後、すぐにそれを行う。
そして、それを終え、風呂を浴びた後、寝る前に魔術審議を行う。
就寝時間こそ他の生徒たちと変わらないが、起きるのが早い分、必然的に睡眠時間は短くなる。
「ふあ」
キュルケが欠伸する。
「私も睡眠不足なのよね。睡眠不足は美容の敵っていうけど、アレは美容にいいっていうのよね。アレで睡眠不足だとどうなるのかしら」
「アンタの睡眠不足と私のを一緒にしないでよ!」
「下品」
キュルケの言葉に、ルイズとタバサが突っ込みを入れる。
「私はアンタと違って真面目な理由で寝不足なんだから!」
ルイズが言う。
「ふーん。でも、あんまり根を詰めすぎないほうがいいわよ……タバサも」
キュルケが突然タバサに水を向ける。
タバサはそれに対し、読んでいた本から一瞬目を離しただけだった。
キュルケは、この小さな親友が何か大きなものを抱えていることを、何とはなしに感じ取っていた。
そして、ルイズも。
タバサはルイズのトレーニングに時折付き合うようになった。
初めてタバサがルイズのトレーニングに顔を出したとき、タバサは神妙な顔をして言った。
「もし、あなたの夢の話を話してもいいと思えるときがきたら話して欲しい」
それに対するルイズの返答は沈黙だった。
タバサはシュラムッフェンの恐ろしさを知り、ルイズがそれを話すのを良しとしないことを承知しながらも、そう言った。
言ったのはその一度きり。
タバサにはタバサで、力を手に入れたい理由があるのだろう。
ルイズはそう感じていた。
対するタバサは、ルイズとトレーニングするようになって、ルイズには得体の知れない力があると確信していた。
ルイズは幾ら繰り返そうと、魔法を使えるようになる気配を見せない。爆発の命中精度も上がったかと思えば戻りを繰り返している。
しかし、身体能力が尋常から外れたものになっている。
タバサは自分の身体能力にはある程度の自信がある。実践の中で鍛えられた身のこなし、素早さは、並みのメイジでは並ぶ者はいないと思っている。
現にルイズでもタバサには及ばない。
だが、一方で腕力に劣ることも自覚している。単純な力は、どうしても体格に依存する。タバサの体格では身につかないものもあるのだ。
だがルイズは違う。
ルイズとタバサの体格に大きな違いはない。
だがルイズは巨大な剣を振り回してみせる。その膂力はある程度鍛えられた男に匹敵するのではないか。
ルイズの力は決して人間離れしたものではない。だが、ルイズの体格からは十分に離れたものだ。
ルイズは人間の範疇を超えさえしなければその異常性を悟られることはないと思っている。
だが、タバサの目はそれをしっかりと捕らえていた。
ルイズの持つ得体の知れない力。いつか自分も手に入れる。
タバサの友情が必ずしも純粋なものだけかといえば、それは違った。
不純なものだけかといえば、それも違った。
キュルケがからかうように言うと、ルイズの隣へと座った。その隣にタバサも座る。
学院のオープンテラスのテーブルの一つを、3人で囲んでいる。
「うるさいわね。だって仕方ないじゃない。風は最強しか言わないんだもの、あの先生。そりゃあ居眠りの一つもしたくなるわよ」
ルイズはそう言うとだらしなくテーブルに突っ伏した。
ルイズは寝不足だった。
早朝、皆が寝静まっているころに起きると、デルフリンガーを背負って走る。そして、爆発音が他の生徒の眠りを妨げない所まで着くと、デルフリンガーを振ったり、系統魔法の練習をしたりする。
それは夜も行っている。夕食を食べた後、すぐにそれを行う。
そして、それを終え、風呂を浴びた後、寝る前に魔術審議を行う。
就寝時間こそ他の生徒たちと変わらないが、起きるのが早い分、必然的に睡眠時間は短くなる。
「ふあ」
キュルケが欠伸する。
「私も睡眠不足なのよね。睡眠不足は美容の敵っていうけど、アレは美容にいいっていうのよね。アレで睡眠不足だとどうなるのかしら」
「アンタの睡眠不足と私のを一緒にしないでよ!」
「下品」
キュルケの言葉に、ルイズとタバサが突っ込みを入れる。
「私はアンタと違って真面目な理由で寝不足なんだから!」
ルイズが言う。
「ふーん。でも、あんまり根を詰めすぎないほうがいいわよ……タバサも」
キュルケが突然タバサに水を向ける。
タバサはそれに対し、読んでいた本から一瞬目を離しただけだった。
キュルケは、この小さな親友が何か大きなものを抱えていることを、何とはなしに感じ取っていた。
そして、ルイズも。
タバサはルイズのトレーニングに時折付き合うようになった。
初めてタバサがルイズのトレーニングに顔を出したとき、タバサは神妙な顔をして言った。
「もし、あなたの夢の話を話してもいいと思えるときがきたら話して欲しい」
それに対するルイズの返答は沈黙だった。
タバサはシュラムッフェンの恐ろしさを知り、ルイズがそれを話すのを良しとしないことを承知しながらも、そう言った。
言ったのはその一度きり。
タバサにはタバサで、力を手に入れたい理由があるのだろう。
ルイズはそう感じていた。
対するタバサは、ルイズとトレーニングするようになって、ルイズには得体の知れない力があると確信していた。
ルイズは幾ら繰り返そうと、魔法を使えるようになる気配を見せない。爆発の命中精度も上がったかと思えば戻りを繰り返している。
しかし、身体能力が尋常から外れたものになっている。
タバサは自分の身体能力にはある程度の自信がある。実践の中で鍛えられた身のこなし、素早さは、並みのメイジでは並ぶ者はいないと思っている。
現にルイズでもタバサには及ばない。
だが、一方で腕力に劣ることも自覚している。単純な力は、どうしても体格に依存する。タバサの体格では身につかないものもあるのだ。
だがルイズは違う。
ルイズとタバサの体格に大きな違いはない。
だがルイズは巨大な剣を振り回してみせる。その膂力はある程度鍛えられた男に匹敵するのではないか。
ルイズの力は決して人間離れしたものではない。だが、ルイズの体格からは十分に離れたものだ。
ルイズは人間の範疇を超えさえしなければその異常性を悟られることはないと思っている。
だが、タバサの目はそれをしっかりと捕らえていた。
ルイズの持つ得体の知れない力。いつか自分も手に入れる。
タバサの友情が必ずしも純粋なものだけかといえば、それは違った。
不純なものだけかといえば、それも違った。
シエスタが紅茶を3つルイズたちの前に並べる。
ルイズはポケットから色とりどりの飴玉の入ったビンを取り出すと、それを弄り回しながらシエスタの手際を眺める。
シエスタは紅茶を並べ終えると、一礼をし、立ち去ろうとする。
「ちょっと、シエスタ。急いでるんじゃなければちょっと寄ってきなさいよ」
ルイズがその背中に言った。
シエスタは振り返るが、少し複雑な、申し訳なさそうな顔をしている。
ルイズはすぐその表情の意味を悟る。
「あぁ、いいのよ、こいつらのことは気にしなくて」
ルイズはキュルケたちを指して言う。
「こいつら呼ばわりはないんじゃなくって、ルイズ」
キュルケがルイズに言うと、シエスタが恐縮する。
「だからってあなたが恐縮しないでよ。ルイズに文句言っただけなんだから。シエスタって言ったっけ? 私に気をつかわなくったっていいわよ」
キュルケはそう言うが、やはりシエスタの表情から恐縮した雰囲気が取れることはなかった。
「別に呼び止めたからって、特に用があったわけじゃないけど……」
ルイズはそう言いながら自分の手元のビンを見る。
「『おやつの時間だから、食べるといいんだ』」
ルイズはそう言うと飴の入ったビンをシエスタに手渡す。
シエスタは小首を傾げる。キュルケとタバサも奇妙なものを見たような顔をしている。
「なあに? 今の。おやつの時間?」
キュルケが言う。ルイズの言葉も口調も、何か奇妙なものだった。まるで何かの台詞を棒読みしているような。
「ちょっと『本』に出てきた台詞を真似しただけよ。そんな変なものを見たような顔しないでよ!」
ルイズが顔を赤くして言う。
「へえ? タバサは何の本か判る?」
キュルケがタバサに水を向けると、タバサは首を振る。
タバサも心当たりはないと言う。
「今度はどんな本なのよ」
「秘密よ」
キュルケの問いに、ルイズは答えなかった。
モッカニアが言った言葉。その調子が妙にルイズの頭に残っていたため、何となく真似してみたくなったのだ。
「あの……」
シエスタが控えめに声を上げる。
「その本の中で、次はその台詞になんて返すんですか?」
シエスタが少し頬を染めながら言う。
「え? えっと……『甘いものは好かん』って飴を返しちゃうのよね。でもシエスタは食べてよね。べ、別に、このビンを空っぽにして別のことに使いたいだけなんだからっ、遠慮することないわよ」
ルイズがそう言うと、
「はい。いただきます」
シエスタはそう言って笑った。
「好きな色の選んでいいわよ」
シエスタが選んだのは黄色い飴玉だった。
「綺麗……」
シエスタはそう言って、飴を日の光で透かして見てから口に放り込む。
「じゃあ、私も空にするのに協力するわよ」
キュルケはニヤニヤと笑いながら言う。
「別に欲しければあげるけど……アンタは赤いのにしなさいよ」
ルイズの言葉にキュルケは首をかしげながら赤い飴玉を取り出す。そして、タバサにもビンを回す。
「タバサは……青い飴玉を選んでもいいわよ」
ルイズが言う。
タバサはその言葉に素直に従い、青い飴玉を取り出す。
シエスタはそれを見て、髪の色に合わせているのか、などと思っていたが、ルイズはピンクの飴ではなく青い飴玉を選ぶ。ちなみにシエスタの髪の色である黒の飴はない。
「あ、なーるほどね」
キュルケが何かを思いついたらしく、楽しそうにニヤニヤと笑う。
「モンモランシーが言ってたわ。思い出した。おまじないっていうか、ジンクスっていうか」
「な、ななな、何のことかしらっ! 私はさっぱりわからないわ!」
ルイズが慌てて、しどろもどろになりながら否定する。
「何でも、赤い飴をなめると小さくなって、青い飴をなめると大きくなる、なんてねぇ」
キュルケは満面に得意げなニヤニヤ笑いを浮かべる。
「し、知らないわ! は、はは、初耳ね! な、何が大きくなったり小さくなったりするのかしら!」
ルイズはさらにしどろもどろになる。
「でも見直したわよ。タバサにも青い飴をあげるなんてねえ」
キュルケはそう言うと、楽しそうに口の中の飴をころころと転がす。
「でも、シエスタにも赤い飴をあげたほうがよかったんじゃなくって? そうでもしないと追いつけないわよ」
キュルケはルイズとシエスタの胸を交互に指差して笑った。
シエスタも思わず笑ってしまう。
ルイズは相変わらず顔を赤くしてキュルケの言葉を否定していた。
タバサはビンを振り、もう一個青い飴を取り出して口に入れた。
ルイズはポケットから色とりどりの飴玉の入ったビンを取り出すと、それを弄り回しながらシエスタの手際を眺める。
シエスタは紅茶を並べ終えると、一礼をし、立ち去ろうとする。
「ちょっと、シエスタ。急いでるんじゃなければちょっと寄ってきなさいよ」
ルイズがその背中に言った。
シエスタは振り返るが、少し複雑な、申し訳なさそうな顔をしている。
ルイズはすぐその表情の意味を悟る。
「あぁ、いいのよ、こいつらのことは気にしなくて」
ルイズはキュルケたちを指して言う。
「こいつら呼ばわりはないんじゃなくって、ルイズ」
キュルケがルイズに言うと、シエスタが恐縮する。
「だからってあなたが恐縮しないでよ。ルイズに文句言っただけなんだから。シエスタって言ったっけ? 私に気をつかわなくったっていいわよ」
キュルケはそう言うが、やはりシエスタの表情から恐縮した雰囲気が取れることはなかった。
「別に呼び止めたからって、特に用があったわけじゃないけど……」
ルイズはそう言いながら自分の手元のビンを見る。
「『おやつの時間だから、食べるといいんだ』」
ルイズはそう言うと飴の入ったビンをシエスタに手渡す。
シエスタは小首を傾げる。キュルケとタバサも奇妙なものを見たような顔をしている。
「なあに? 今の。おやつの時間?」
キュルケが言う。ルイズの言葉も口調も、何か奇妙なものだった。まるで何かの台詞を棒読みしているような。
「ちょっと『本』に出てきた台詞を真似しただけよ。そんな変なものを見たような顔しないでよ!」
ルイズが顔を赤くして言う。
「へえ? タバサは何の本か判る?」
キュルケがタバサに水を向けると、タバサは首を振る。
タバサも心当たりはないと言う。
「今度はどんな本なのよ」
「秘密よ」
キュルケの問いに、ルイズは答えなかった。
モッカニアが言った言葉。その調子が妙にルイズの頭に残っていたため、何となく真似してみたくなったのだ。
「あの……」
シエスタが控えめに声を上げる。
「その本の中で、次はその台詞になんて返すんですか?」
シエスタが少し頬を染めながら言う。
「え? えっと……『甘いものは好かん』って飴を返しちゃうのよね。でもシエスタは食べてよね。べ、別に、このビンを空っぽにして別のことに使いたいだけなんだからっ、遠慮することないわよ」
ルイズがそう言うと、
「はい。いただきます」
シエスタはそう言って笑った。
「好きな色の選んでいいわよ」
シエスタが選んだのは黄色い飴玉だった。
「綺麗……」
シエスタはそう言って、飴を日の光で透かして見てから口に放り込む。
「じゃあ、私も空にするのに協力するわよ」
キュルケはニヤニヤと笑いながら言う。
「別に欲しければあげるけど……アンタは赤いのにしなさいよ」
ルイズの言葉にキュルケは首をかしげながら赤い飴玉を取り出す。そして、タバサにもビンを回す。
「タバサは……青い飴玉を選んでもいいわよ」
ルイズが言う。
タバサはその言葉に素直に従い、青い飴玉を取り出す。
シエスタはそれを見て、髪の色に合わせているのか、などと思っていたが、ルイズはピンクの飴ではなく青い飴玉を選ぶ。ちなみにシエスタの髪の色である黒の飴はない。
「あ、なーるほどね」
キュルケが何かを思いついたらしく、楽しそうにニヤニヤと笑う。
「モンモランシーが言ってたわ。思い出した。おまじないっていうか、ジンクスっていうか」
「な、ななな、何のことかしらっ! 私はさっぱりわからないわ!」
ルイズが慌てて、しどろもどろになりながら否定する。
「何でも、赤い飴をなめると小さくなって、青い飴をなめると大きくなる、なんてねぇ」
キュルケは満面に得意げなニヤニヤ笑いを浮かべる。
「し、知らないわ! は、はは、初耳ね! な、何が大きくなったり小さくなったりするのかしら!」
ルイズはさらにしどろもどろになる。
「でも見直したわよ。タバサにも青い飴をあげるなんてねえ」
キュルケはそう言うと、楽しそうに口の中の飴をころころと転がす。
「でも、シエスタにも赤い飴をあげたほうがよかったんじゃなくって? そうでもしないと追いつけないわよ」
キュルケはルイズとシエスタの胸を交互に指差して笑った。
シエスタも思わず笑ってしまう。
ルイズは相変わらず顔を赤くしてキュルケの言葉を否定していた。
タバサはビンを振り、もう一個青い飴を取り出して口に入れた。
「でさあ、シエスタからも言ってやってよ。あんまり根を詰めすぎるなって」
キュルケはそう言うとティーカップを口に寄せる。
「別に、私は根を詰めすぎとかそんなことないわよ」
ルイズはキュルケの言葉を否定するが、シエスタは心配そうな顔をしてルイズを見ている。
「ミス・ヴァリエール。色々あったとは思いますが、無理して体を壊しでもしたら元も子もないですよ」
シエスタはそう言ってルイズの身を案じる。
シエスタは解ってくれない。ルイズはシエスタに案じられたいのではない。シエスタに頼られたい。そしてそれに応えたいのだ。
それなのにシエスタは心配そうな顔でルイズを見ていることが多い。
ルイズはそれを悔しく思うが、かといって、不快というわけでもなかった。
平民に心配されるというのは、ルイズにとっては憤慨するに足るようなことであるが、それがシエスタだったら不思議と悪い気はしなかった。
「それならば、その……」
シエスタはその続きを言いにくそうに、口ごもる。
しかし、すぐ意を決したように口を開く。
「今度私の村に来ませんか? 何もない所ですけど、すごいきれいな草原があって、その……ミス・ヴァリエールが毎朝毎晩、特訓なさってることは存じてますが、一度ゆっくり休むのも、いいんじゃないかって……」
シエスタの言葉は、最初だけ勢いがあったが尻切れに声のトーンが落ちていく。
「シエスタの村?」
「はい。タルブっていうんですけど……ミス・ヴァリエールには、その……いつも仲良くしていただいてますし……何かお返ししたくて……」
シエスタは言葉の途中から顔を赤くして、俯いて言う。
貴族の娘であるルイズを誘うということ自体が僭越であり、しかもタルブは名の知れた観光地でもないただの田舎の村。
シエスタは、普段メイドとしてルイズから声をかけられない限り、自分からルイズに声を掛けることなどなかった。平民から貴族にメイドとしての職務以外で話しかけるなど、無礼といわれてもおかしくないことである。
だがシエスタは、いつも何かと声をかけてくれるルイズに、自分からも何かしたいと思ったのだ。
「な、何言ってるのよ、シエスタ。私とあなたが仲良くしてるですって?」
ルイズの口からそんな言葉が発せられる。
シエスタは思わずルイズのほうをまじまじと見る。
やはり無礼だったか、そう思ったシエスタの目に映ったルイズは、顔を真っ赤にしてシエスタから視線を外しあらぬ方向を見ていた。
「な、仲良くしてるつもりだったら、『ミス・ヴァリエール』なんて呼ばないで、その……『ルイズ』って呼べばいいんじゃないかしらっ!」
ルイズはそう言うと、赤い顔をさらに赤くする。
シエスタはしばらくルイズの言葉が呑み込めないでいたが、すぐに理解する。
「は、はい。ルイズ様!」
だが、シエスタの言葉にルイズは不満そうに口をとがらせる。
「様付けじゃあ、ミスつけるのと変わらないわよ」
「じゃ、じゃあ、ルイズ、さん……で」
シエスタが言うと、ルイズが顔を綻ばせる。
「それでいいわ、シエスタ。じゃあ、今すぐってわけにはいかないから、夏休みとかまとまった休みに入ったら行ってみようかしら」
ルイズはそう言うと、満足げな笑みを浮かべてティーカップを口に運ぶ。
シエスタもルイズの言葉に花開いたように笑った。
キュルケはそれをにやにやと見ていた。
「忠告しとくけど、女同士は不毛よ」
ルイズは思いっきり紅茶を噴出した。
キュルケはそう言うとティーカップを口に寄せる。
「別に、私は根を詰めすぎとかそんなことないわよ」
ルイズはキュルケの言葉を否定するが、シエスタは心配そうな顔をしてルイズを見ている。
「ミス・ヴァリエール。色々あったとは思いますが、無理して体を壊しでもしたら元も子もないですよ」
シエスタはそう言ってルイズの身を案じる。
シエスタは解ってくれない。ルイズはシエスタに案じられたいのではない。シエスタに頼られたい。そしてそれに応えたいのだ。
それなのにシエスタは心配そうな顔でルイズを見ていることが多い。
ルイズはそれを悔しく思うが、かといって、不快というわけでもなかった。
平民に心配されるというのは、ルイズにとっては憤慨するに足るようなことであるが、それがシエスタだったら不思議と悪い気はしなかった。
「それならば、その……」
シエスタはその続きを言いにくそうに、口ごもる。
しかし、すぐ意を決したように口を開く。
「今度私の村に来ませんか? 何もない所ですけど、すごいきれいな草原があって、その……ミス・ヴァリエールが毎朝毎晩、特訓なさってることは存じてますが、一度ゆっくり休むのも、いいんじゃないかって……」
シエスタの言葉は、最初だけ勢いがあったが尻切れに声のトーンが落ちていく。
「シエスタの村?」
「はい。タルブっていうんですけど……ミス・ヴァリエールには、その……いつも仲良くしていただいてますし……何かお返ししたくて……」
シエスタは言葉の途中から顔を赤くして、俯いて言う。
貴族の娘であるルイズを誘うということ自体が僭越であり、しかもタルブは名の知れた観光地でもないただの田舎の村。
シエスタは、普段メイドとしてルイズから声をかけられない限り、自分からルイズに声を掛けることなどなかった。平民から貴族にメイドとしての職務以外で話しかけるなど、無礼といわれてもおかしくないことである。
だがシエスタは、いつも何かと声をかけてくれるルイズに、自分からも何かしたいと思ったのだ。
「な、何言ってるのよ、シエスタ。私とあなたが仲良くしてるですって?」
ルイズの口からそんな言葉が発せられる。
シエスタは思わずルイズのほうをまじまじと見る。
やはり無礼だったか、そう思ったシエスタの目に映ったルイズは、顔を真っ赤にしてシエスタから視線を外しあらぬ方向を見ていた。
「な、仲良くしてるつもりだったら、『ミス・ヴァリエール』なんて呼ばないで、その……『ルイズ』って呼べばいいんじゃないかしらっ!」
ルイズはそう言うと、赤い顔をさらに赤くする。
シエスタはしばらくルイズの言葉が呑み込めないでいたが、すぐに理解する。
「は、はい。ルイズ様!」
だが、シエスタの言葉にルイズは不満そうに口をとがらせる。
「様付けじゃあ、ミスつけるのと変わらないわよ」
「じゃ、じゃあ、ルイズ、さん……で」
シエスタが言うと、ルイズが顔を綻ばせる。
「それでいいわ、シエスタ。じゃあ、今すぐってわけにはいかないから、夏休みとかまとまった休みに入ったら行ってみようかしら」
ルイズはそう言うと、満足げな笑みを浮かべてティーカップを口に運ぶ。
シエスタもルイズの言葉に花開いたように笑った。
キュルケはそれをにやにやと見ていた。
「忠告しとくけど、女同士は不毛よ」
ルイズは思いっきり紅茶を噴出した。
明くる日。
ルイズは相変わらず教室で欠伸をかみ殺していた。
今は火の授業。
だが、教壇の上には誰もいない。
担当教諭のコルベールが時間になっても現れないのだ。
結局コルベールは定時を10分ほど過ぎてから現れた。
何やら見慣れぬ物体をもって。
またか、と教室内のすべての生徒が思う。
コルベールの悪癖。発明趣味。
時折、意味のわからない発明品を持ってきては、それの説明で授業時間をつぶしてしまう。
生徒の中には、火の系統をすでに捨ててしまっている生徒も少なからずいれば、そもそも勉学にそれほど意欲を持たぬ者もいるので、授業がつぶれること自体にはそれほど不満は出ない。
それでもコルベールが満足するまで教室から出れないというのはいささかの不満がある。
「諸君は火の系統の本質を破壊と看做すものが多いようだが、私はそうは思わない」
コルベールが演説を始める。
キュルケがこれ見よがしに大きな欠伸をする。
彼女は火の系統の術者として、コルベールの言葉には真っ向から反対する思想を持っている。しかしそれはキュルケが特別なのではなく、それが火の術者の一般的な考え。
特別なのはコルベールだ。
ルイズも頬杖をつき、退屈そうにコルベールのほうを見ているし、タバサにいたっては、まるで話を聞かずに本に目を落としている。
コルベールの演説は続く。
「……それで完成したのがこの『愉快なへび君』。……こうしてふいごで油を気化させて……するとこの円筒内に……」
コルベールの演説に眠気を誘われたルイズがうとうととし始めた時、突如、爆発音がした。
「ほら見てごらんなさい! 円筒内で気化した油が爆発する力で、上下にピストンが動いているでしょう!」
眠りを妨げられたルイズが恨みがましい目でコルベールを見る。しかし、その眼は徐々に恨みがましいものから驚きの色へと変わっていく。
「それを動力として、車輪を伝って……ほら! ヘビ君が顔を出して御挨拶!」
ピストンの動きがクランクやギアを介して、最終的に不細工なへびの人形がぴょこぴょこと顔を出していた。
感極まっているコルベールを周りの生徒たちは冷めきった目で見ていた。
だが、ルイズは一人、机から身を乗り出さんばかりにしている。
「おお! ミス・ヴァリエールは興味がおありかな?」
コルベールがそんなルイズを目ざとく見つける。
「あの、先生。たとえばそれを使って車輪を回したりすれば……」
ルイズが恐る恐る言うと、コルベールは我が意を得たりとばかりに破顔する。
「そうなんですよ! すばらしい! よく解りましたね! これを使えばいずれは馬を使わない馬車もできると私は確信しているのですよ!」
コルベールは言うが、周りの生徒たちの反応は相変わらず薄い。馬で曳けばいいものをなぜそうしないのか。コルベールの発明品の意義が理解できない。
しかし、ルイズはコルベールの言葉により一層驚く。
『本』をいくら読んでも、魔法権利よりもよっぽど理解できないモッカニアの世界の科学技術。それが目の前で再現されていた。
(これって、モッカニアの世界でいう『エンジン』よね……)
目の前の禿げ上がった教師は、ルイズの思うよりよっぽど凄い人間なのかもしれない。
エンジンなんていうハルケギニアの人間からすれば「まるで魔法」といったものをゼロから作り上げてしまったのだから。
「すごい……」
ルイズの口から思わずそんな言葉が漏れると、近くに座るキュルケとタバサが奇異の目を向ける。
彼女たちはルイズが注目している、という理由でコルベールの発明品に注目した。
「素晴らしい! これの価値を分かってくれるとは! これの使い方次第ではいろいろな物を動かせるはずなのですよ! 馬車も! 船も!」
コルベールのテンションは右肩上がりで上がっていくが、ルイズの言葉がそれを遮る。
「空だって飛べる」
「そう空だって! ……空ですか? まぁフネの推力にすることはできるでしょうが」
コルベールは己の発明品にいろいろな夢を重ねていたが、空を飛ぶというのはその中にはなかった。
「できるわ」
ルイズは言う。
「風石なしでもその『エンジン』があれば空を飛ぶことはできます」
「ほほう」
コルベールは興味をひかれた顔をしているが、ふと首をかしげる。
「その『えんじん』というのはなんですか」
コルベールの言葉にルイズは己の失言を悟る。
「え、ええと、あれです!」
ルイズはあわてて取り繕う。
「その発明品。『トリステインに吹く熱風!』という意味で『エンジン』なんて名前はどうかなぁって思いまして!」
「どこの言葉なのか知りませんが……まあ、名前の候補の一つにしておきましょう」
コルベールはとりあえず『えんじん』という単語についてはそれ以上聞かなかった。
それよりも本題があった。
「で、ミス・ヴァリエール。あなたはこれを使って空を飛ばせる機械のアイデアがあるのですか?」
コルベールが尋ねる。
ルイズは必死に頭の中、『本』で読んだ記憶を辿る。
「そ、そうですね。まず、できるだけ軽い船を作ってですね、それに翼を付けます」
「翼、ですか? これを動力に羽ばたくわけですか……ちょっと厳しい気もしますが」
コルベールが頭の中で様々な試算をしながら言う。
「いや、羽ばたかないんです!」
ルイズは言いながらモッカニアの『本』の中で、最も理解しがたい科学の知識を総動員する。
「『エンジン』はあくまで前に進むための力で、浮くための力は……」
ルイズは指でこめかみを押さえる。
「えーっと、ほら! 斜めにした紙に息を吹きかけると舞い上がるじゃないですか! 翼に風を当てて上に上がる力にするんです!」
ルイズはうろ覚えの知識を総動員して、正しいのかどうか自分でも解らないことを言った。
殆どの武装司書は飛行機の運転ぐらいこなす。整備は者にもよるが、ある程度の原理は知識としてある。それは当然モッカニアも。
だが、ルイズには『ベルヌーイ』という単語が頭に残ってたりするだけで、原理なんて殆ど覚えてなかった。
周りの生徒たちは、何を言っているんだという目で見ているが、コルベールはあごに手を当てて考え込んでいる。
「ヘビ君を風車に……羽は羽ばたかない……角度を……」
コルベールはぶつぶつと言いながら黒板に次々と絵を描いていく。
ルイズはそれを見てまた驚く。
多少寸詰まりな感があるが、モッカニアの世界の飛行機に近いものがそこに描かれていた。
「うむ! これは飛びますぞ! もっと大きな力を生み出せるような改良が必要ですが……。ミス・ヴァリエール! 素晴らしい。素晴らしいインスピレーションをお持ちだ!」
コルベールはそう言うと、おもむろにルイズに拍手を送る。
それは、生徒たちの沈黙する教室にむなしく響き渡るが、キュルケが不意にその拍手に追従した。
それは、8割ルイズを、2割コルベールをからかう為のものだったが、それが伝染した。
タバサがパタリと本を閉じて、拍手しだしたかと思うと、今まで眠っていたギーシュが目を覚まし、よく解らないが拍手する空気なのかなと思い拍手する。
そこから先は加速度的に拍手するものが増え、最後にはルイズ以外の全員が拍手をしている。
「なんなのコレ?」
ルイズは顔を真っ赤にしながらつぶやいた。
ルイズは相変わらず教室で欠伸をかみ殺していた。
今は火の授業。
だが、教壇の上には誰もいない。
担当教諭のコルベールが時間になっても現れないのだ。
結局コルベールは定時を10分ほど過ぎてから現れた。
何やら見慣れぬ物体をもって。
またか、と教室内のすべての生徒が思う。
コルベールの悪癖。発明趣味。
時折、意味のわからない発明品を持ってきては、それの説明で授業時間をつぶしてしまう。
生徒の中には、火の系統をすでに捨ててしまっている生徒も少なからずいれば、そもそも勉学にそれほど意欲を持たぬ者もいるので、授業がつぶれること自体にはそれほど不満は出ない。
それでもコルベールが満足するまで教室から出れないというのはいささかの不満がある。
「諸君は火の系統の本質を破壊と看做すものが多いようだが、私はそうは思わない」
コルベールが演説を始める。
キュルケがこれ見よがしに大きな欠伸をする。
彼女は火の系統の術者として、コルベールの言葉には真っ向から反対する思想を持っている。しかしそれはキュルケが特別なのではなく、それが火の術者の一般的な考え。
特別なのはコルベールだ。
ルイズも頬杖をつき、退屈そうにコルベールのほうを見ているし、タバサにいたっては、まるで話を聞かずに本に目を落としている。
コルベールの演説は続く。
「……それで完成したのがこの『愉快なへび君』。……こうしてふいごで油を気化させて……するとこの円筒内に……」
コルベールの演説に眠気を誘われたルイズがうとうととし始めた時、突如、爆発音がした。
「ほら見てごらんなさい! 円筒内で気化した油が爆発する力で、上下にピストンが動いているでしょう!」
眠りを妨げられたルイズが恨みがましい目でコルベールを見る。しかし、その眼は徐々に恨みがましいものから驚きの色へと変わっていく。
「それを動力として、車輪を伝って……ほら! ヘビ君が顔を出して御挨拶!」
ピストンの動きがクランクやギアを介して、最終的に不細工なへびの人形がぴょこぴょこと顔を出していた。
感極まっているコルベールを周りの生徒たちは冷めきった目で見ていた。
だが、ルイズは一人、机から身を乗り出さんばかりにしている。
「おお! ミス・ヴァリエールは興味がおありかな?」
コルベールがそんなルイズを目ざとく見つける。
「あの、先生。たとえばそれを使って車輪を回したりすれば……」
ルイズが恐る恐る言うと、コルベールは我が意を得たりとばかりに破顔する。
「そうなんですよ! すばらしい! よく解りましたね! これを使えばいずれは馬を使わない馬車もできると私は確信しているのですよ!」
コルベールは言うが、周りの生徒たちの反応は相変わらず薄い。馬で曳けばいいものをなぜそうしないのか。コルベールの発明品の意義が理解できない。
しかし、ルイズはコルベールの言葉により一層驚く。
『本』をいくら読んでも、魔法権利よりもよっぽど理解できないモッカニアの世界の科学技術。それが目の前で再現されていた。
(これって、モッカニアの世界でいう『エンジン』よね……)
目の前の禿げ上がった教師は、ルイズの思うよりよっぽど凄い人間なのかもしれない。
エンジンなんていうハルケギニアの人間からすれば「まるで魔法」といったものをゼロから作り上げてしまったのだから。
「すごい……」
ルイズの口から思わずそんな言葉が漏れると、近くに座るキュルケとタバサが奇異の目を向ける。
彼女たちはルイズが注目している、という理由でコルベールの発明品に注目した。
「素晴らしい! これの価値を分かってくれるとは! これの使い方次第ではいろいろな物を動かせるはずなのですよ! 馬車も! 船も!」
コルベールのテンションは右肩上がりで上がっていくが、ルイズの言葉がそれを遮る。
「空だって飛べる」
「そう空だって! ……空ですか? まぁフネの推力にすることはできるでしょうが」
コルベールは己の発明品にいろいろな夢を重ねていたが、空を飛ぶというのはその中にはなかった。
「できるわ」
ルイズは言う。
「風石なしでもその『エンジン』があれば空を飛ぶことはできます」
「ほほう」
コルベールは興味をひかれた顔をしているが、ふと首をかしげる。
「その『えんじん』というのはなんですか」
コルベールの言葉にルイズは己の失言を悟る。
「え、ええと、あれです!」
ルイズはあわてて取り繕う。
「その発明品。『トリステインに吹く熱風!』という意味で『エンジン』なんて名前はどうかなぁって思いまして!」
「どこの言葉なのか知りませんが……まあ、名前の候補の一つにしておきましょう」
コルベールはとりあえず『えんじん』という単語についてはそれ以上聞かなかった。
それよりも本題があった。
「で、ミス・ヴァリエール。あなたはこれを使って空を飛ばせる機械のアイデアがあるのですか?」
コルベールが尋ねる。
ルイズは必死に頭の中、『本』で読んだ記憶を辿る。
「そ、そうですね。まず、できるだけ軽い船を作ってですね、それに翼を付けます」
「翼、ですか? これを動力に羽ばたくわけですか……ちょっと厳しい気もしますが」
コルベールが頭の中で様々な試算をしながら言う。
「いや、羽ばたかないんです!」
ルイズは言いながらモッカニアの『本』の中で、最も理解しがたい科学の知識を総動員する。
「『エンジン』はあくまで前に進むための力で、浮くための力は……」
ルイズは指でこめかみを押さえる。
「えーっと、ほら! 斜めにした紙に息を吹きかけると舞い上がるじゃないですか! 翼に風を当てて上に上がる力にするんです!」
ルイズはうろ覚えの知識を総動員して、正しいのかどうか自分でも解らないことを言った。
殆どの武装司書は飛行機の運転ぐらいこなす。整備は者にもよるが、ある程度の原理は知識としてある。それは当然モッカニアも。
だが、ルイズには『ベルヌーイ』という単語が頭に残ってたりするだけで、原理なんて殆ど覚えてなかった。
周りの生徒たちは、何を言っているんだという目で見ているが、コルベールはあごに手を当てて考え込んでいる。
「ヘビ君を風車に……羽は羽ばたかない……角度を……」
コルベールはぶつぶつと言いながら黒板に次々と絵を描いていく。
ルイズはそれを見てまた驚く。
多少寸詰まりな感があるが、モッカニアの世界の飛行機に近いものがそこに描かれていた。
「うむ! これは飛びますぞ! もっと大きな力を生み出せるような改良が必要ですが……。ミス・ヴァリエール! 素晴らしい。素晴らしいインスピレーションをお持ちだ!」
コルベールはそう言うと、おもむろにルイズに拍手を送る。
それは、生徒たちの沈黙する教室にむなしく響き渡るが、キュルケが不意にその拍手に追従した。
それは、8割ルイズを、2割コルベールをからかう為のものだったが、それが伝染した。
タバサがパタリと本を閉じて、拍手しだしたかと思うと、今まで眠っていたギーシュが目を覚まし、よく解らないが拍手する空気なのかなと思い拍手する。
そこから先は加速度的に拍手するものが増え、最後にはルイズ以外の全員が拍手をしている。
「なんなのコレ?」
ルイズは顔を真っ赤にしながらつぶやいた。
ギトーが教室に入ると、万雷の拍手で迎えられた。
というわけではもちろんない。
それはルイズへの拍手。コルベール以外の者はほとんど、そもそも何故自分が拍手しているかも理解していなかったが。
常に陰気な顔をしてて、生徒からの受けも悪いギトーが、珍しく目を見開いて驚く。
やがて、そんなギトーに気付いたのか、ひとり、二人と拍手をやめ、またコルベール一人の拍手に戻る。
それを見るや、ギトーが一つ大きく咳払いをする。
「いったいなんの授業なのか、ミスタ」
その言葉にコルベールが我に返る。
いや、そう言うには不十分なテンションを引きずっていた。
「おおう! ミスタ・ギトー! 私は素晴らしい才能に出会いました! 見てください! これは私が発明した……」
コルベールがそう言って指差す物を見て、ギトーはまたこの同僚の悪癖が発生したのだなと悟る。
困ったものだと、コルベールのことを思うが、ギトー自身も生徒からは困った教師と認識されていた。
往々にして、人は自分が一番困った人間だなどとは思わず、自分のことはいくら悪くても2番目か3番目あたりと思い込むものであった。
またギトーは咳ばらいをし、コルベールの言葉を遮る。
「私の要件を先に言わせてもらっていいかな。……アンリエッタ姫殿下が急遽、学院に行幸されるそうだ。生徒は歓迎の準備をするように、とのこと」
ギトーがそう言うと、生徒たちから歓声が上がる。
生徒たちはそれぞれに服装の相談などをしながら教室を出ていく。
あっという間に部屋にはコルベールだけが残され、彼も少し寂しげに発明品を抱えて教室を出て行った。
というわけではもちろんない。
それはルイズへの拍手。コルベール以外の者はほとんど、そもそも何故自分が拍手しているかも理解していなかったが。
常に陰気な顔をしてて、生徒からの受けも悪いギトーが、珍しく目を見開いて驚く。
やがて、そんなギトーに気付いたのか、ひとり、二人と拍手をやめ、またコルベール一人の拍手に戻る。
それを見るや、ギトーが一つ大きく咳払いをする。
「いったいなんの授業なのか、ミスタ」
その言葉にコルベールが我に返る。
いや、そう言うには不十分なテンションを引きずっていた。
「おおう! ミスタ・ギトー! 私は素晴らしい才能に出会いました! 見てください! これは私が発明した……」
コルベールがそう言って指差す物を見て、ギトーはまたこの同僚の悪癖が発生したのだなと悟る。
困ったものだと、コルベールのことを思うが、ギトー自身も生徒からは困った教師と認識されていた。
往々にして、人は自分が一番困った人間だなどとは思わず、自分のことはいくら悪くても2番目か3番目あたりと思い込むものであった。
またギトーは咳ばらいをし、コルベールの言葉を遮る。
「私の要件を先に言わせてもらっていいかな。……アンリエッタ姫殿下が急遽、学院に行幸されるそうだ。生徒は歓迎の準備をするように、とのこと」
ギトーがそう言うと、生徒たちから歓声が上がる。
生徒たちはそれぞれに服装の相談などをしながら教室を出ていく。
あっという間に部屋にはコルベールだけが残され、彼も少し寂しげに発明品を抱えて教室を出て行った。
「あれ?」
シエスタは頓狂な声を上げる。
「どったの? シエスタ」
同僚のメイドがシエスタに聞く。
彼女たちは授業が終わった後の教室の清掃をしていた。
姫殿下が学院の設備を見たいと言い出すかもしれないので、急いで全教室を清掃しておけとのことだ。
「いや、この絵が……」
シエスタは黒板を指差して言う。
そこにはコルベールの描いた絵が残っていた。
「なんの絵だろね? なんか魔法っぽいあれじゃねーのぉ?」
同僚はめんどくさそうに言う。
「それより手を動かせい、手をぉ。他のメイドはエントランスとか客間だとかに持ってかれてんだ。くっちゃべってる暇はねぇってのよ」
そう言ってシエスタに雑巾を投げ渡す。
シエスタはそれを受け取ると、黒板に描かれた絵を消していく。
(なんか『竜の羽衣』に似てるような……)
そんなことを思ったが、それを口に出すことはなかった。
シエスタは頓狂な声を上げる。
「どったの? シエスタ」
同僚のメイドがシエスタに聞く。
彼女たちは授業が終わった後の教室の清掃をしていた。
姫殿下が学院の設備を見たいと言い出すかもしれないので、急いで全教室を清掃しておけとのことだ。
「いや、この絵が……」
シエスタは黒板を指差して言う。
そこにはコルベールの描いた絵が残っていた。
「なんの絵だろね? なんか魔法っぽいあれじゃねーのぉ?」
同僚はめんどくさそうに言う。
「それより手を動かせい、手をぉ。他のメイドはエントランスとか客間だとかに持ってかれてんだ。くっちゃべってる暇はねぇってのよ」
そう言ってシエスタに雑巾を投げ渡す。
シエスタはそれを受け取ると、黒板に描かれた絵を消していく。
(なんか『竜の羽衣』に似てるような……)
そんなことを思ったが、それを口に出すことはなかった。