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ジ・エルダースクロール外伝 ハルケギニア-02 - (2008/09/22 (月) 19:18:21) の編集履歴(バックアップ)
2 ご主人様の涙
「ねぇ。本当に人、いえ猫とかトカゲの亜人ですら先住魔法を使えるの?その、タムリエルって所は。」
先ほどの発言に驚くルイズを落ち着かせ、彼女の部屋で証拠――簡単な自己回復の魔法――を見せても未だ信じられない様子で
何度も繰り返し聞き返すルイズに少しうんざりしながらマーティンは
先住魔法の意味をあまり考えずに、先ほどからくり返し説明している事をぶっきらぼうに言った。
「そうとも、ご主人様。タムリエルとそれ以外の全ての大陸と島々を合わせたニルンの地がある『ムンダス界』より
遠く離れた異世界『エセリウス』の影響と、そこに住まう神々九大神の加護によって、ニルンの生きとし生ける全ての
知あるものは魔法が使えるんだ。人によって得手不得手があるのは間違いないけれどね。」
「ムンダス界って何よ。まるでハルケギニアではないみたいじゃない。」
今までと違い質問を返してきたことに内心嬉しく思いながら、自分の中に生まれた疑問を彼女に投げた。
「ここはオブリビオンではないのかい?ムンダス界とは定命の生物が住んでいるニルンの地とそれ以外の全てを、
例えばあの月とか星とかをまとめて一つの世界として指し示す言葉だよ。」
厳密には違うかも知れないが、メイジギルドを辞めしばらく経ち、そういった定義についてすっかり忘れてしまった
マーティンが特に知らなくても問題なかった事を詳しく教えられるはずもない。確かこうだったか、と
憶測で言っている節があった。彼女は気づいていないが。
「『オブリビオン』?えせりうす…だったかしら。そことはまた違うのかしら。少なくともここはそんな所じゃないわよ」
「大違いだとも。」
どう違うというのか。ある理由から知識欲が強いルイズはいつの間にか自分の使い魔の話に夢中で
出なければならない午後の授業の事などすっかり忘れていた。
しかし、彼女がなかなか魔法を成功させなかったせいで時間がとれず、まともな授業ができないから使い魔との
親睦を深める為自習となり、何の問題もなかったが。
「まず、オブリビオンとは開いてはならない扉だ。それを開いて未だに正気を保っていられるかさえ怪しい所なんだ。」
「ここをそんな危険な場所だなんて言わないでよ。けど、神様のいるっていうエセリウスとは違って、随分怖い所なのね。」
ああ、とてもとても怖いところだ。そうマーティンはにこりと笑って言った。親が子に物語でも読み聞かせているかのように。
「身を持って知っているからね。オブリビオンの中の世界は。二つしか入った事は無いが、それだけで一生分の恐怖は味わったよ。」
そんな所ばかりではないらしいがね。とマーティンは付け加えた。
「どういうこと?あなた、そこに行ったの?それに二つって何?オブリビオンにはいくつか種類があるのかしら」
興味が尽きない。先ほど貴族で無いと風貌から思ったが、なかなかどうして教養のある語り口で話すこの男は自らが言った通り
貴族らしい身分なのでは無いのだろうか。今まで聞かされてきた始祖ブリミルとその使い魔の物語とは全く違うが、
しかし語りには一つとして嘘が見えないこの話に、ルイズはすっかりのめり込んでいた。
どこか遠くを見る目で、マーティンは語り出した。あまり思い出したい事ではないが、彼女の好奇心を満たして
親睦を深めるのは決して悪いことではないだろうと思って。
「ああ、若気の至りでね。若い頃は誰だって力や名誉を欲する物だ。オブリビオンに住む不死のデイドラ達の
力に憧れた私は、『メイジギルド』の見習いだった私は――」
「今、何て」
何だろうか。不死だとかのデイドラも興味はあるが、ありえるはずのない組合の名が出てきたが。
「ああ、だからメイジギルドの――」
「え?」
だから、何でそんな名前の組合がある。ルイズからすれば例え全ての人々がメイジだとしてもそんな組合の名はあり得ない事だ。
だって、彼女にとってメイジとは権威ある貴族なのだから。落ちぶれる者がいたとしても元から落ちぶれているわけではない。
おそらく彼のいた世界では魔法を使えないより多くの人でない生き物を平民として見ているのだと思っていた。
そういう考え方しかできない環境で育ったのだ。
「え?じゃないだろう。君だって公爵令嬢ながらメイジギルドの見習いの一人で、魔法の真理を探究しようと勉学に励んでいるのではないのか?
破壊の魔法を修めてバトルメイジになりたいのかもしれないが。」
マーティンのいたタムリエル帝国の中央、シロディール地方の街では、たしかに魔法を使えない人間もいたが、
それはたいてい覚えたり使ったりするのが面倒で、魔法を使わない向こう見ずな戦士ギルドの若い戦士か、
お金を出してギルドや魔法店から呪文を買うほど魔法を必要としない一般市民ぐらいだ。
初代メイジギルドの会長や皇帝、ユリエル1世がタムリエル全域に広めた魔法文化は、
魔法というものをメイジのみが扱える存在から誰もが扱える存在へと変えた。
マーティンが生まれるずっと昔の話だが、それ故、何故彼女が貴族ながらメイジであるのかを彼は理解できていなかった。
魔法はありふれた物だから特別だとは思っていないのだ。
「違うわよ!メイジっていうのは、貴族っていうのは魔法が使える人間の事!あんたの所だってそうでしょう!?」
生まれてから長い間植え付けられてきた概念とはそうそう頭から離れはしないものである。特にルイズは年若く意地っ張りの頑固者であり、
違うと言われても頑としてそれを通す人間だった。通さねば、生きていけなかった。不器用な生き方である。
ゲルマニアは、まぁ仕方がない。何せあの赤毛の忌々しくて憎らしいあいつがいるのだ。平民だって成り上がりで貴族にもなろう。
しかしそこでもメイジの貴族はいる。いて当たり前なのだ。だというのにこいつは、私が呼んだ使い魔の場所では、いや、まさか
そんなはずないじゃない。だって、そうじゃなかったら私がしてきた事ってただでさえ失敗続きなのに――
貴族としてしなくても良い無駄なことを延々としていたんじゃないの、だなんて考えるのもイヤ!
メイジが貴族であるのが普通であるハルケギニアは、トリステイン魔法学院の校訓である貴族は魔法をもってしてその精神となすという
言葉からも分かるように魔法が使えるという事は貴族としての誇りと同義である。特にメイジの貴族しかいないトリステインでは尚更の事だ。
ルイズはメイジながら全ての魔法を失敗するメイジである。もし、彼女が幼い頃にかのメイジギルドの創設者にして初代会長ヴァヌス・ガレリオン
やギルドの誇る優秀なメイジと出会っていたなら、彼らは彼女の爆発の原因を元気づけながら探り、
もしかしたらその爆発の真意を見つけていたかも知れない。なにせ失敗しかしないのだ。普通に見たらどう考えても変だし
その原因を探る事によって真理の探究に繋がるかもしれない。とタムリエルの一般的なメイジ達は思うだろう。
しかし悲しいかな、彼女はそのような良い意味での学者的発想のメイジと一切出会わず、
昔ながらの伝統に沿った教え方しかできないメイジの元で魔法を学び続けた。敵に背を向けぬ者は勇ましき貴族の心を持っているといえるだろうが
魔法を全く使えぬ者を貴族と認める道理はトリステインにはない。そして彼女はトリステインの王家に連なる公爵家の一員である。
愚直なまでに真っ直ぐな性根の彼女は、貴族としての誇りだけは誰よりも負けない程に育ってしまった。
中身の伴わない自信ほど、他者を振り回す物はない。それを分かっていてもルイズは貴族として振る舞わねばならなかったのだ。
故に、メイジが貴族でない世界など認めるわけにはいかなかった。認めたくはなかったのだ。子供のわがままとも言えると分かっていたが、
それを認めれば自分が壊れてしまいそうで、どうしても嫌だとしか思えなかった。そんなルイズの目には大粒の涙が浮かんでいる。
その涙を流しそうになるルイズの頭をそっと撫でて、マーティンは優しく語りかけた。
「そうか、それがここのメイジなのだね?ご主人様」
本当の親を知らぬまま育ち、メイジギルドに入って後、自業自得とはいえ危険な魔法でオブリビオンの世界を垣間見て共に魔法を学んだ友を死なせ、
逃げるようにメイジギルドを去った全てにおいて未熟だった若い頃。
それから何十年と過ぎたある日、教会に勤める司祭として住んでいた街が異形の化け物、デイドラ達に襲われた。すんでの所で何人かの街人と共に教会に逃げ込み
己が信仰する神々、「九大神」の一人であるアカトシュに祈りを捧げる中急に現れた後の盟友と共にデイドラ達を蹴散らして街を襲った奴らを一掃した。
そこからも一般人には決して真似できないだろう様々な事柄を盟友や老齢ながら頼もしき皇帝直属の特殊部隊『ブレイズ』の長ジョフリー、
それと盟友がどこかへ連れて行くと約束したまま何故か様々な所へ連れ歩くなかなか腕利きの戦士、ジェメイン兄弟と共に体験したのだ。
そして皇帝の命令を待つブレイズ達の拠点『曇王の神殿』に着いた後、彼はどうであろうと皇帝にならなければならないのを実感した。
ただ50年生きているだけでも人生観は変わるというのに、ここ数年でどれだけさらに変わったか。自己の概念の変化を繰り返しているマーティンにとって
そういう世界もありえるのだろうというのは、彼女の悲しげな鳴き声から察することくらいわけも無かった。
そして彼女はそれを拠り所として生きていかなければならないということも。
「そうよ、メイジは貴族なんだから。貴族がメイジ以外の何かなんて、ありえないんだもん。だから、だからあんたの所もそうよね…?」
目を真っ赤にして泣きながらルイズは話す。メイジは貴族、そんなハルケギニアにとって当たり前の話は、
タムリエルにとっては全く当てはまらない。
「とりあえず、ゆっくり息を吸って、そう。しっかりと吸って長く息を吐いて…」
深呼吸をさせて落ち着かせる。どう切り出すか、上手い具合に考えなければ彼女の精神そのものに悪影響を及ぼすだろう。
慎重にゆっくりとマーティンは話を始めた。
「まず、今の勘違いについて謝ろう。貴方の誇りをひどく傷つけた事を許して欲しい。私のいた国ではそれが普通の事だったんだ」
「何でそんなのが普通なのよ。おかしいじゃない」
未だ目を真っ赤にするルイズはジロリとマーティンをにらむ。これが逆恨みだとか八つ当たりだというものなのは分かっているが、
しかしそうしていないとどうしようもない気分になるのだ。
「私のいた国、タムリエルには以前魔法なんてほとんど伝わっていなかった。と言っても何百年も昔の話だけどね。
ある時ガレリオンという人がアルテウムという名前の島にある最初の魔法結社、サイジック会という所で様々な魔法を学んで研究し、
当時明らかにされていなかった色々な魔法の構成について解き明かした。偉大なメイジだったんだ。その、いわゆる研究者という
意味のメイジとしてね。私の世界のメイジは研究者としての意味合いが昔から強かったんだ」
アルテウムはサマーセット諸島と呼ばれる島々の一つであり、それらはハイエルフの故郷である。
彼の伝記である「秘術士ガレリオン」を最近読んでいなかったせいで彼が人かエルフのどちらだったかマーティンは忘れていた。
おそらくハイエルフだったろうが、もしかしたらそれも地雷かもしれない。人であると思わせる事にした。
「研究者ならこっちにもいるわ。王立のアカデミーには私のお姉様が働いているもの。でも、姉様は貴族だからね」
うん、そうだろうとも。彼はそう言ってルイズを否定することなく、優しく笑みを浮かべながら話を続けた。
「さっき言ったように、私の世界では誰でも魔法が使える。しかし、最初に魔法を研究し始めた人達はそれを自分達の為だけに
使おうとしていたんだ。正確には自分たちと自分たちが行う研究の発展の為に」
「随分と自分勝手ね。メイジが聞いてあきれるわ。魔法の力は人々の為に使われてこそよ」
ここのメイジは随分と一般寄りの考え方らしい――実際は使えないからこその正論吐きなだけだが、嬉しく思いながらマーティンは話を続けた。
「ああ、ガレリオンもそう思ったんだろう。彼はサイジック会を抜けて、世の中の人々がもっと魔法と親しくなれるように
メイジギルドを創ったんだ。伝記によると彼の生まれは貧しい労働階級だったらしい。おそらくその時の思いからそういった組織を
創設したのだと思う」
ルイズはびっくりした。平民が魔法を使うなんて!やはり認めたくはなかったが、しかしそのいきさつと
マーティンが生きていた世界の特異性から考えるとその元平民が行った事は本来貴族がやるべき事かもしれないとも思えた。
つまり、魔法の理解を深めるために平民に魔法を教えようというのだ。杖が無くては魔法が使えない
ハルケギニアの魔法と違い、ニルンとか言う別の世界から来たらしいマーティンの先住魔法は呪文を唱えるだけで魔法が使える。
そして、彼の言っていたエセリウスとか言う何か色々と凄い力を持ち、はるか天の彼方にあるとかいう神々が住む世界は
全ての知ある者に魔法を使えるようムンダス界を支えているさっき聞いた。そこなら敵に背を向けぬ者を貴族と言えるのだろう。
どこか羨ましげに、彼の地に思いを馳せた。そこで生まれていたなら私も魔法を使え、貴族として胸を張っていたのだろうかと。
いや、違う。トリステインで貴族にならなければ意味がないのだ。ルイズは思い直し、サイジックの事を考える。
本来メイジがすべき事をせずに平民に任せるなんて。そのサイジックのメイジ達を思いっきり怒鳴りたくなる気持ちを抑え、
マーティンの話の続きを聞く。
「彼の創ったギルドの支部は時の皇帝ユリエル1世の統治の元で瞬く間に広がっていった。皆魔法が使えることを大いに喜んだんだ」
ルイズはなるほどと思った。魔法が便利であるというのは貴族でありながら魔法が使えない自分が一番良く知っている。
その皇帝は人々の暮らしを良くしようと頑張ったのだろう。顔すら知らぬ皇帝だが、その統治はきっと良かったのだろうと感じていた。
「もしかして――ここの平民に杖を持たせたら魔法が使えるようになるのかしら」
小さな声でルイズは呟いた。マーティンは彼女の思考形態の変化を内心少なからず喜んだ。
考えてみれば、何故平民が魔法を使えないのか、ちゃんとした理由をルイズは知らなかったし考えたこともなかった。
常識と化していたそれを考えるメイジ自体がいなかったのだ。もし平民も魔法が使えるというのなら、
きっともっと人々の暮らしは良くなるのだろう。そう思うと先ほどまでの自分の積み重ねてきた行いが無に変わる事への怒りは
何とも言えぬ無力感を伴った寂しさへと変わる。貴族として平民の暮らしを向上させるのは平時においての義務と言える。
もし魔法を皆が使えるようになったなら、それはきっと素晴らしいことなのは違いない。それでも自分は失敗を続けると思うと
やはり嫌な気分になる。
「さて、それはどうだろうか。ここは私のいた所の魔法とは色々と法則が違うようだ。今度はこっちの事について教えてもらえるかな。
その、よろしければだが」
どうやらある程度持ち直したらしい。マーティンはそう認識すると話題を変えルイズの口から説明が流れるのを待つ。
必要とされる事は彼女にとってとても嬉しいことで、嫌な気分がとりあえず消えたルイズは基本的な成り立ちから始めようかと口を開く。
「ええ、そうね。始祖ブリミルの話からでも始めましょうか」
真っ赤な目を細め、努めて明るい笑顔でルイズは言った。先ほどまでの怒りや寂しさと言った感情のうねりは物語の説明の途中で消えていった。
話しながらルイズは思う。今も、これから先も私はトリステインで貴族をやっていくしかないのだ。魔法が使えようと使えまいと。
そう思えば彼のいた世界に興味こそあるが、そこにある様々な物の成り立ちについてとやかく言うべきではない事が何となく理解できた。
肩の荷がほんの少し軽くなった気がする。立派なメイジになるのをあきらめた訳ではない。しかし後ろ向きに考えるのは卒業しようと思った。
その平民から成り上がった自分の目標とは違う、けれども間違いなく「立派なメイジ」がおそらくそうしたように。
もし、今までのやりとりを世話焼きな赤毛の彼女が見ればからかってこう言っていただろう。一つ大人になったわね、ルイズ。と
「ねぇ。本当に人、いえ猫とかトカゲの亜人ですら先住魔法を使えるの?その、タムリエルって所は。」
先ほどの発言に驚くルイズを落ち着かせ、彼女の部屋で証拠――簡単な自己回復の魔法――を見せても未だ信じられない様子で
何度も繰り返し聞き返すルイズに少しうんざりしながらマーティンは
先住魔法の意味をあまり考えずに、先ほどからくり返し説明している事をぶっきらぼうに言った。
「そうとも、ご主人様。タムリエルとそれ以外の全ての大陸と島々を合わせたニルンの地がある『ムンダス界』より
遠く離れた異世界『エセリウス』の影響と、そこに住まう神々九大神の加護によって、ニルンの生きとし生ける全ての
知あるものは魔法が使えるんだ。人によって得手不得手があるのは間違いないけれどね。」
「ムンダス界って何よ。まるでハルケギニアではないみたいじゃない。」
今までと違い質問を返してきたことに内心嬉しく思いながら、自分の中に生まれた疑問を彼女に投げた。
「ここはオブリビオンではないのかい?ムンダス界とは定命の生物が住んでいるニルンの地とそれ以外の全てを、
例えばあの月とか星とかをまとめて一つの世界として指し示す言葉だよ。」
厳密には違うかも知れないが、メイジギルドを辞めしばらく経ち、そういった定義についてすっかり忘れてしまった
マーティンが特に知らなくても問題なかった事を詳しく教えられるはずもない。確かこうだったか、と
憶測で言っている節があった。彼女は気づいていないが。
「『オブリビオン』?えせりうす…だったかしら。そことはまた違うのかしら。少なくともここはそんな所じゃないわよ」
「大違いだとも。」
どう違うというのか。ある理由から知識欲が強いルイズはいつの間にか自分の使い魔の話に夢中で
出なければならない午後の授業の事などすっかり忘れていた。
しかし、彼女がなかなか魔法を成功させなかったせいで時間がとれず、まともな授業ができないから使い魔との
親睦を深める為自習となり、何の問題もなかったが。
「まず、オブリビオンとは開いてはならない扉だ。それを開いて未だに正気を保っていられるかさえ怪しい所なんだ。」
「ここをそんな危険な場所だなんて言わないでよ。けど、神様のいるっていうエセリウスとは違って、随分怖い所なのね。」
ああ、とてもとても怖いところだ。そうマーティンはにこりと笑って言った。親が子に物語でも読み聞かせているかのように。
「身を持って知っているからね。オブリビオンの中の世界は。二つしか入った事は無いが、それだけで一生分の恐怖は味わったよ。」
そんな所ばかりではないらしいがね。とマーティンは付け加えた。
「どういうこと?あなた、そこに行ったの?それに二つって何?オブリビオンにはいくつか種類があるのかしら」
興味が尽きない。先ほど貴族で無いと風貌から思ったが、なかなかどうして教養のある語り口で話すこの男は自らが言った通り
貴族らしい身分なのでは無いのだろうか。今まで聞かされてきた始祖ブリミルとその使い魔の物語とは全く違うが、
しかし語りには一つとして嘘が見えないこの話に、ルイズはすっかりのめり込んでいた。
どこか遠くを見る目で、マーティンは語り出した。あまり思い出したい事ではないが、彼女の好奇心を満たして
親睦を深めるのは決して悪いことではないだろうと思って。
「ああ、若気の至りでね。若い頃は誰だって力や名誉を欲する物だ。オブリビオンに住む不死のデイドラ達の
力に憧れた私は、『メイジギルド』の見習いだった私は――」
「今、何て」
何だろうか。不死だとかのデイドラも興味はあるが、ありえるはずのない組合の名が出てきたが。
「ああ、だからメイジギルドの――」
「え?」
だから、何でそんな名前の組合がある。ルイズからすれば例え全ての人々がメイジだとしてもそんな組合の名はあり得ない事だ。
だって、彼女にとってメイジとは権威ある貴族なのだから。落ちぶれる者がいたとしても元から落ちぶれているわけではない。
おそらく彼のいた世界では魔法を使えないより多くの人でない生き物を平民として見ているのだと思っていた。
そういう考え方しかできない環境で育ったのだ。
「え?じゃないだろう。君だって公爵令嬢ながらメイジギルドの見習いの一人で、魔法の真理を探究しようと勉学に励んでいるのではないのか?
破壊の魔法を修めてバトルメイジになりたいのかもしれないが。」
マーティンのいたタムリエル帝国の中央、シロディール地方の街では、たしかに魔法を使えない人間もいたが、
それはたいてい覚えたり使ったりするのが面倒で、魔法を使わない向こう見ずな戦士ギルドの若い戦士か、
お金を出してギルドや魔法店から呪文を買うほど魔法を必要としない一般市民ぐらいだ。
初代メイジギルドの会長や皇帝、ユリエル1世がタムリエル全域に広めた魔法文化は、
魔法というものをメイジのみが扱える存在から誰もが扱える存在へと変えた。
マーティンが生まれるずっと昔の話だが、それ故、何故彼女が貴族ながらメイジであるのかを彼は理解できていなかった。
魔法はありふれた物だから特別だとは思っていないのだ。
「違うわよ!メイジっていうのは、貴族っていうのは魔法が使える人間の事!あんたの所だってそうでしょう!?」
生まれてから長い間植え付けられてきた概念とはそうそう頭から離れはしないものである。特にルイズは年若く意地っ張りの頑固者であり、
違うと言われても頑としてそれを通す人間だった。通さねば、生きていけなかった。不器用な生き方である。
ゲルマニアは、まぁ仕方がない。何せあの赤毛の忌々しくて憎らしいあいつがいるのだ。平民だって成り上がりで貴族にもなろう。
しかしそこでもメイジの貴族はいる。いて当たり前なのだ。だというのにこいつは、私が呼んだ使い魔の場所では、いや、まさか
そんなはずないじゃない。だって、そうじゃなかったら私がしてきた事ってただでさえ失敗続きなのに――
貴族としてしなくても良い無駄なことを延々としていたんじゃないの、だなんて考えるのもイヤ!
メイジが貴族であるのが普通であるハルケギニアは、トリステイン魔法学院の校訓である貴族は魔法をもってしてその精神となすという
言葉からも分かるように魔法が使えるという事は貴族としての誇りと同義である。特にメイジの貴族しかいないトリステインでは尚更の事だ。
ルイズはメイジながら全ての魔法を失敗するメイジである。もし、彼女が幼い頃にかのメイジギルドの創設者にして初代会長ヴァヌス・ガレリオン
やギルドの誇る優秀なメイジと出会っていたなら、彼らは彼女の爆発の原因を元気づけながら探り、
もしかしたらその爆発の真意を見つけていたかも知れない。なにせ失敗しかしないのだ。普通に見たらどう考えても変だし
その原因を探る事によって真理の探究に繋がるかもしれない。とタムリエルの一般的なメイジ達は思うだろう。
しかし悲しいかな、彼女はそのような良い意味での学者的発想のメイジと一切出会わず、
昔ながらの伝統に沿った教え方しかできないメイジの元で魔法を学び続けた。敵に背を向けぬ者は勇ましき貴族の心を持っているといえるだろうが
魔法を全く使えぬ者を貴族と認める道理はトリステインにはない。そして彼女はトリステインの王家に連なる公爵家の一員である。
愚直なまでに真っ直ぐな性根の彼女は、貴族としての誇りだけは誰よりも負けない程に育ってしまった。
中身の伴わない自信ほど、他者を振り回す物はない。それを分かっていてもルイズは貴族として振る舞わねばならなかったのだ。
故に、メイジが貴族でない世界など認めるわけにはいかなかった。認めたくはなかったのだ。子供のわがままとも言えると分かっていたが、
それを認めれば自分が壊れてしまいそうで、どうしても嫌だとしか思えなかった。そんなルイズの目には大粒の涙が浮かんでいる。
その涙を流しそうになるルイズの頭をそっと撫でて、マーティンは優しく語りかけた。
「そうか、それがここのメイジなのだね?ご主人様」
本当の親を知らぬまま育ち、メイジギルドに入って後、自業自得とはいえ危険な魔法でオブリビオンの世界を垣間見て共に魔法を学んだ友を死なせ、
逃げるようにメイジギルドを去った全てにおいて未熟だった若い頃。
それから何十年と過ぎたある日、教会に勤める司祭として住んでいた街が異形の化け物、デイドラ達に襲われた。すんでの所で何人かの街人と共に教会に逃げ込み
己が信仰する神々、「九大神」の一人であるアカトシュに祈りを捧げる中急に現れた後の盟友と共にデイドラ達を蹴散らして街を襲った奴らを一掃した。
そこからも一般人には決して真似できないだろう様々な事柄を盟友や老齢ながら頼もしき皇帝直属の特殊部隊『ブレイズ』の長ジョフリー、
それと盟友がどこかへ連れて行くと約束したまま何故か様々な所へ連れ歩くなかなか腕利きの戦士、ジェメイン兄弟と共に体験したのだ。
そして皇帝の命令を待つブレイズ達の拠点『曇王の神殿』に着いた後、彼はどうであろうと皇帝にならなければならないのを実感した。
ただ50年生きているだけでも人生観は変わるというのに、ここ数年でどれだけさらに変わったか。自己の概念の変化を繰り返しているマーティンにとって
そういう世界もありえるのだろうというのは、彼女の悲しげな鳴き声から察することくらいわけも無かった。
そして彼女はそれを拠り所として生きていかなければならないということも。
「そうよ、メイジは貴族なんだから。貴族がメイジ以外の何かなんて、ありえないんだもん。だから、だからあんたの所もそうよね…?」
目を真っ赤にして泣きながらルイズは話す。メイジは貴族、そんなハルケギニアにとって当たり前の話は、
タムリエルにとっては全く当てはまらない。
「とりあえず、ゆっくり息を吸って、そう。しっかりと吸って長く息を吐いて…」
深呼吸をさせて落ち着かせる。どう切り出すか、上手い具合に考えなければ彼女の精神そのものに悪影響を及ぼすだろう。
慎重にゆっくりとマーティンは話を始めた。
「まず、今の勘違いについて謝ろう。貴方の誇りをひどく傷つけた事を許して欲しい。私のいた国ではそれが普通の事だったんだ」
「何でそんなのが普通なのよ。おかしいじゃない」
未だ目を真っ赤にするルイズはジロリとマーティンをにらむ。これが逆恨みだとか八つ当たりだというものなのは分かっているが、
しかしそうしていないとどうしようもない気分になるのだ。
「私のいた国、タムリエルには以前魔法なんてほとんど伝わっていなかった。と言っても何百年も昔の話だけどね。
ある時ガレリオンという人がアルテウムという名前の島にある最初の魔法結社、サイジック会という所で様々な魔法を学んで研究し、
当時明らかにされていなかった色々な魔法の構成について解き明かした。偉大なメイジだったんだ。その、いわゆる研究者という
意味のメイジとしてね。私の世界のメイジは研究者としての意味合いが昔から強かったんだ」
アルテウムはサマーセット諸島と呼ばれる島々の一つであり、それらはハイエルフの故郷である。
彼の伝記である「秘術士ガレリオン」を最近読んでいなかったせいで彼が人かエルフのどちらだったかマーティンは忘れていた。
おそらくハイエルフだったろうが、もしかしたらそれも地雷かもしれない。人であると思わせる事にした。
「研究者ならこっちにもいるわ。王立のアカデミーには私のお姉様が働いているもの。でも、姉様は貴族だからね」
うん、そうだろうとも。彼はそう言ってルイズを否定することなく、優しく笑みを浮かべながら話を続けた。
「さっき言ったように、私の世界では誰でも魔法が使える。しかし、最初に魔法を研究し始めた人達はそれを自分達の為だけに
使おうとしていたんだ。正確には自分たちと自分たちが行う研究の発展の為に」
「随分と自分勝手ね。メイジが聞いてあきれるわ。魔法の力は人々の為に使われてこそよ」
ここのメイジは随分と一般寄りの考え方らしい――実際は使えないからこその正論吐きなだけだが、嬉しく思いながらマーティンは話を続けた。
「ああ、ガレリオンもそう思ったんだろう。彼はサイジック会を抜けて、世の中の人々がもっと魔法と親しくなれるように
メイジギルドを創ったんだ。伝記によると彼の生まれは貧しい労働階級だったらしい。おそらくその時の思いからそういった組織を
創設したのだと思う」
ルイズはびっくりした。平民が魔法を使うなんて!やはり認めたくはなかったが、しかしそのいきさつと
マーティンが生きていた世界の特異性から考えるとその元平民が行った事は本来貴族がやるべき事かもしれないとも思えた。
つまり、魔法の理解を深めるために平民に魔法を教えようというのだ。杖が無くては魔法が使えない
ハルケギニアの魔法と違い、ニルンとか言う別の世界から来たらしいマーティンの先住魔法は呪文を唱えるだけで魔法が使える。
そして、彼の言っていたエセリウスとか言う何か色々と凄い力を持ち、はるか天の彼方にあるとかいう神々が住む世界は
全ての知ある者に魔法を使えるようムンダス界を支えているさっき聞いた。そこなら敵に背を向けぬ者を貴族と言えるのだろう。
どこか羨ましげに、彼の地に思いを馳せた。そこで生まれていたなら私も魔法を使え、貴族として胸を張っていたのだろうかと。
いや、違う。トリステインで貴族にならなければ意味がないのだ。ルイズは思い直し、サイジックの事を考える。
本来メイジがすべき事をせずに平民に任せるなんて。そのサイジックのメイジ達を思いっきり怒鳴りたくなる気持ちを抑え、
マーティンの話の続きを聞く。
「彼の創ったギルドの支部は時の皇帝ユリエル1世の統治の元で瞬く間に広がっていった。皆魔法が使えることを大いに喜んだんだ」
ルイズはなるほどと思った。魔法が便利であるというのは貴族でありながら魔法が使えない自分が一番良く知っている。
その皇帝は人々の暮らしを良くしようと頑張ったのだろう。顔すら知らぬ皇帝だが、その統治はきっと良かったのだろうと感じていた。
「もしかして――ここの平民に杖を持たせたら魔法が使えるようになるのかしら」
小さな声でルイズは呟いた。マーティンは彼女の思考形態の変化を内心少なからず喜んだ。
考えてみれば、何故平民が魔法を使えないのか、ちゃんとした理由をルイズは知らなかったし考えたこともなかった。
常識と化していたそれを考えるメイジ自体がいなかったのだ。もし平民も魔法が使えるというのなら、
きっともっと人々の暮らしは良くなるのだろう。そう思うと先ほどまでの自分の積み重ねてきた行いが無に変わる事への怒りは
何とも言えぬ無力感を伴った寂しさへと変わる。貴族として平民の暮らしを向上させるのは平時においての義務と言える。
もし魔法を皆が使えるようになったなら、それはきっと素晴らしいことなのは違いない。それでも自分は失敗を続けると思うと
やはり嫌な気分になる。
「さて、それはどうだろうか。ここは私のいた所の魔法とは色々と法則が違うようだ。今度はこっちの事について教えてもらえるかな。
その、よろしければだが」
どうやらある程度持ち直したらしい。マーティンはそう認識すると話題を変えルイズの口から説明が流れるのを待つ。
必要とされる事は彼女にとってとても嬉しいことで、嫌な気分がとりあえず消えたルイズは基本的な成り立ちから始めようかと口を開く。
「ええ、そうね。始祖ブリミルの話からでも始めましょうか」
真っ赤な目を細め、努めて明るい笑顔でルイズは言った。先ほどまでの怒りや寂しさと言った感情のうねりは物語の説明の途中で消えていった。
話しながらルイズは思う。今も、これから先も私はトリステインで貴族をやっていくしかないのだ。魔法が使えようと使えまいと。
そう思えば彼のいた世界に興味こそあるが、そこにある様々な物の成り立ちについてとやかく言うべきではない事が何となく理解できた。
肩の荷がほんの少し軽くなった気がする。立派なメイジになるのをあきらめた訳ではない。しかし後ろ向きに考えるのは卒業しようと思った。
その平民から成り上がった自分の目標とは違う、けれども間違いなく「立派なメイジ」がおそらくそうしたように。
もし、今までのやりとりを世話焼きな赤毛の彼女が見ればからかってこう言っていただろう。一つ大人になったわね、ルイズ。と