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赤と桜のゼロ-1 - (2007/08/12 (日) 02:34:40) のソース
「このワシが…人形ごときに…滅べぇ!滅んでしまえぇー!」 復讐に身を焦がした科学者ドクター・バイルの断末魔の呪詛が響く。 地上へと落下する攻撃衛星ラグナロクは大気圏突入寸前でそのコア――バイルが同化したレーヴァティンを破壊される と同時に崩壊を始め、破片となって大地に降り注ぐ事無く大気圏との摩擦で燃え尽きていく。 その破片のなかでも一際大きなコアユニットの温度も既に人間なら耐えられないほどに上昇し、崩壊寸前のその惨状は さながら溶鉱炉の様相を呈していた。 しかし周囲の温度とは逆にそこにいる人影――ゼロの思考は今までに無く穏やかに冷めていた。普段なら彼の傍らを元気 に飛び回るサイバーエルフのシャリテも、彼の様子を神妙な態度で見つめる。 (終わったのか) イレギュラー戦争から数百年以上の長きに亘って続いてきた人間とレプリロイドの対立が、自分の戦いが終わったのだ。 歪んだ理想郷は紛い物の指導者と共に崩壊し、世界を呪う狂気の科学者の野望は潰えた。全てを失った人間とレプリロ イドが手を取り合いゼロからやり直していくのだろう。エックスが望み、自分へと託した約束は果たされたのだ。 (あとは俺か) もはやラグナロクから脱出するのは限りなく絶望的だろう。 地上への直接転送はとうに限界高度を超えているし、周囲の衛星に転送しようにも崩壊が続く不安定な状況では座標の 固定も出来ない。もしかしたら脱出装置があるのかもしれないが装置のあるエリアが既に分断されている可能性は高い上、 よしんば乗れたとしても大気圏突入のさなかに脱出して助かる見込みは無いと言っていい。 それに、例え帰還できるのだとしても戻るわけにはいかない。 自分は人間を――その体を人工物に置き換えられていたとしても、どれほどその心が狂っていたとしても――バイルを 殺したのだ。それは自分をイレギュラーと認定するには充分過ぎる罪だ。 特に今は世界がやっと歩み寄りを始めたばかり。持てる物を失い、頼れる足場も無く、不安と希望の入り混じったその歩みは まだ脆い。そんな世界にたとえ「エイユウ」などと呼ばれる御身分であっても、そこに不協和音を生み出すイレギュラーが存在 することは許されない。それに…… 『お前は最後のワイ……』 耐久温度を超えた高熱で記憶メモリーが暴走しているのか、今までの戦いがフラッシュバックする。バイルの怨嗟の哄笑が、 オメガの傲慢な口上が、エルピスの慇懃な嘲弄が、コピーエックスの稚拙な矜持が、そして■■マの…… 既視感。以前にも似たような状況があったような気がする。あの時ペガソルタ・エクレールはなんと言っていた? 「イレギュラー戦争の再現」 そう、確かあの時も自分の恐るべき宿命が…… コロニー・ユーラシア。落下するラグナロク。失われた自然。エリア・ゼロの残骸。ナイトメアの蔓延。 新たな記憶と失われた記憶の断片がつながり、忌まわしい映像と単語の断片がまるで自分を責め立てるように溢れ出す。 ワイ■■ナン■■■、ロボ■■破壊プログ■■、■■ネルとアイ■■、■■ウィルス―― 自分を見下ろしていたあの科学者と黒いロボットは?最悪のイレギュラーと呼ばれたあいつはそもそも何が原因で変貌した? そう、人間に絶対服従であるはずのレプリロイドの自分が躊躇いも無く人殺しが出来たのも元々…… 「わたしは…あなたを……ゼロを信じてる……!」 ここにいるはずの無い、聞こえるはずの無い声が記憶の奔流を遮る。その声はとても弱々しいが、彼にとっては何よりも力強い言葉。 『ゼロ……』 シャリテがゼロを心配して声をかける。だがゼロは頭を振り、不安そうなシャリテの目をしっかりと見据えて答える。 「大丈夫だ……俺は、あいつらを……シエル達を信じる」 ネオ・アルカディアに作り出された天才科学者でありながら、傷つき追われるレプリロイドを助けたいと理想郷を離れ、自分を 目覚めさせた人間――シエル。 孤独な逃避行の果てに自分を縋って来た時の彼女は、自らの重責と後悔の念で押し潰されそうなほど弱々しく頼りなかったが、 この数年で見違えるほど成長した。各地に逃げのびたレプリロイドを纏め上げ、ネオ・アルカディアの抱える問題を解決する 新エネルギーの開発をし、不信に陥っていたエリア・ゼロの人間に必死に呼びかけ…… 自分が彼女を信じて戦い続けたように、今度は彼女が自分を信じ続けて戦い抜くのだろう。 だから、これからも信じていよう。彼女が、親友が、そして多くの人間とレプリロイドが本当に望んだ未来を。 ゼロがいつもの自分を取り戻すのを見てシャリテはまるで自分のことのように嬉しそうに微笑むと、少し影を見せる。 『ねえ、ゼロ?』 「どうした」 『私、ゼロの役に立てたかな?』 ゼロはその言葉を一瞬理解しかね、だがすぐに思い当たる。 シャリテは数週間前に生まれたばかりのまったく新しい電子の妖精――シエルの研究によって開発された新エネルギーの システマ・シエルと、本来一度きりの命である彼らを永続的に使用できるサテライト・エルフの技術を融合させて生まれた サイバーエルフだ。だが死ぬために生まれるサイバーエルフにとって死ぬことは恐怖ではない、ただ自分が役に立てない ことが怖いのだ。 「ああ……お前はよくやった」 それが言語の習得すらままならない頃から戦いのためだけに酷使され、今こうして自分と共に命が尽きようとしている。 まだ、彼女の力は多くの人々にとって必要となるはずなのに。ゼロは彼女まで巻き込んでしまった事を後悔していた。 「……ありがとう」 『えへへ、どういたしましてっ!』 だからこそ、後悔と懺悔の思いでなく、感謝をこめてそう呟く。 そんなゼロの心情を知ってか知らずか……おそらく分かっているのだろう、シャリテもまた感謝の言葉を述べた。 そして今まさにその身が、命が、業が尽きようとするその瞬間。 『ゼロ、あれ!?』 シャリテの驚愕の叫びが機能停止寸前の聴覚に届く。まさかバイルが生きていたのか?と僅かな力を振り絞ってその方角を 視界に捉える。 「あれは…」 続きの言葉は放たれることなく、鏡に吸い込まれて消えた。 「あんた誰?」 私――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは驚きのあまり思わずそう訊ねた。 だって当然じゃない。何度も失敗が続いてようやくサモン・サーヴァントに成功したと思ったら、目の前に現れたのは長い 金髪をたなびかせて赤い鎧を着込んだ人間……幻獣どころか杖を持たない平民だったのよ?私が呼び出したはずの 神聖で美しくそして強力な使い魔はどこに行ったのよ!? 「ここは……」 平民があたりを見回して呟く、まるで道端の石でも見るような視線でまず私を、そしてそのまま禿げ頭や後ろの級友達に 目を向け、そして空を見上げ……ほんの一瞬だけ目の色が変わった。 「……都合のいい話だ」 まるで私の事を無視した態度。何よこいつ!平民のくせに! 「ちょっと!平民の分際で貴族を無視するの!?」 『ねえねえ、ゼロ?これって一体どういう事なのかな?』 「さあな。だが、助かったらしい」 アウト・オブ・眼中。わざと無視しているのか、それともあまりにも田舎物で言葉が通じていないのか。私を気にも留めずに 自分の横に浮いてキラキラ光っている妖精みたいなのと話を……って、え? 「よ、妖精?」 『え?』 驚いた様子で私を見る妖精、むしろ驚きたいのは私のほうなんですけど。 『あれ?何で人間が私を見られるのかな?』 「……さあな」 そう平民に尋ねる妖精。対する平民の返答はものすごくそっけない。 「ミス・ヴァリエール、彼と契約の儀を」 今まで黙っていたコルベールが急に声を掛ける。しかし今何と言った?妖精ならともかく、この平民と? 「もう一度召喚させてください!ミスターコルベール!第一、人間を使い魔にするなんて――」 「これは伝統なんです。それに私には彼がただの平民とは思えません」 え、とその言葉に思わず平民(?)を見やると、彼が私を見据えていた。 ゼロは自分達の身に起こった大体の事情は把握していた。恐らく、異世界に飛ばされたのだろうと。 実は以前にも2度ほど異世界に飛ばされたことがある。それ故こういったファンタジーの斜め上を行く展開にも慣れているのだが、 どれも碌な経過になった覚えがないのは何故だろう。召喚と同時に鬼の武者に襲われたり、エックスに似たサイバーエルフと 剣を交えたり、炎を自在に操る古武術の使い手や、拳を究めた修羅や、悪魔のような神に仕える神父や、デビルフィッシュ?や、 あるいは悪魔そのものが待ち受けていた事もある。 ……今回は物騒な召喚ではないのか。 そう判断し、一旦警戒を緩めたゼロは目の前の桜色の髪をした少女を見据える。先ほどの人間――コルベールと呼ばれていたな、 その男の言葉から察するに、自分を呼んだのはこの少女に間違いないだろう。では何故自分を呼んだのか? その瞳は何の感情も篭ってないようでいて、それでいて思わず圧倒されるような錯覚を覚える。し、しっかりするのよルイズ! 平民相手に腰が引けてどうするのよ! 「あなたの名前「お前なのか?」ってはい?」 いざ声を掛けようとして妨害された。この平民、どこまで人の神経を逆撫でするつもりなのだろうかーーー! 「お前が俺を呼んだのか」 「ええ、そうよ」 怒りを飲み込んで努めて冷静に答える。平民相手に怒鳴っていては貴族としての器が知れるというものだ。もう怒鳴ったような 気もするけど、過ぎたことをウダウダ言っても仕方ないわよね。 「……俺を呼び出して、どうしようって言うんだ」 「ああー、もう!!」 前言撤回。何だかいつまでたっても話がさっぱり進みそうにない平民の態度に私はプッツンしちゃった。 「いいから私と契約して使い魔になりなさい!」 ぐい!っと平民の頭を掴んで――その体温の低さに驚きながらも勢いを緩めず引き寄せると。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔と為せ!」 口付けを交わして契約を済ませた。 『あ~!』 シャリテが悲鳴をあげる。 『シエルお姉ちゃんもまだなのに!!』 「おい」 ゼロは彼には珍しく思わず声にだしてツッコミをいれた。何故セルヴォといいネージュといいこのネタを好むのだか。 『やっぱりアルエットお姉ちゃんの言うとおりゼロはボクネンジンさんなんだ?それともやっぱりエックスがいいの?』 自分達の知らない間にアルエットは一体どういう教育をしていたのだろう。あいつらを信じて残して来たのは間違いだったのかも しれないとゼロは少し後悔した。