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ゼロのガンパレード 8 - (2007/08/21 (火) 23:54:21) のソース
ギーシュとの決闘の後、ルイズの生活には色々と変化が訪れた。 もう彼女を馬鹿にする者は、面と向かっては誰もいない。 堂々と貴族を語ったその姿と、ワルキューレを真正面から叩きのめしたブータの実力が、これまであったゼロのルイズに関する風評を叩き潰してしまったのだ。 「ねぇ、キュルケ。これどうしたらいいかしら」 「貰っておけばいいんじゃないの?」 困ったように言うルイズの前にはここ数日で貰った贈り物の山がある。 人から物を貰えるのが嬉しくないとは言わないが、しかしこれは嬉しさよりも困惑が先にたつ。 「……なにかしらこの“お姉さまへ”って……」 唇をへの字に曲げるルイズの傍らで、キュルケは必死で噴出しそうになるのを堪えていた。 実はこの贈り物、その殆どが同級生と下級生の女生徒からのものなのである。 決闘の時に見せたルイズの凛々しさは、それを見ていた少女たちの乙女回路に致命的な衝撃を与えてしまったらしい。 「あんたの言葉を正しいって思った子がそれだけいたってことでしょ。むしろ誇りに思いなさいよ」 キュルケにはルイズに様々な物を贈る女生徒たちの気持ちが良くわかった。 数年前に自分が感じたそれを、女生徒たちもこの少女に感じたのだろう。 この少女のようになりたい、 この少女の横に立ちたいと言う思いを。 /*/ 続いての変化は、ブータに弟子が出来たことだ。 しかも二人も。 「自分は好きなことをして、相手に好きなことをさせなければ、すなわち戦いには勝てるだろう。 これが主導権を握る、イニシアチブを取るといい、戦術の基本だ。 そして古来、主導権とは機動によってのみ、確保されてきた。 人類発生以来、戦闘種族としての人類が磨き上げてきた戦術は、結局機動のことを指すのだ」 頷きながらタバサとギーシュがブータの言葉を書き留めている。 この二人はここ数日、夕飯が終わればルイズの部屋に集まってブータの講義を聴いているのである。 /*/ 最初にタバサがブータに教えを乞いたいと言って来た時はさすがのルイズも驚いた。 面識がほとんどなく、暇さえあれば本を読んでいる少女がそんなことを言ってくるとは思わなかったのである。 不思議に思ったが、付き添ってきたキュルケまでもが熱心に頼むので、ブータさえ良ければと承諾した。 きっとなにか訳ありなのだろう。 「初見の相手であれば、杖を隠しておくのも一つの手だ。 メイジであることを知られなければ、相手の油断を誘うことが出来る」 ちなみに、これを聞いて喜んだのはタバサではなくその所持するインテリジェンスナイフの“地下水”だった。 「ようやく俺っちにも出番が来たぜ!」 「うるさい」 このナイフは杖を持っていなくても呪文を使わせることが出来るので、騙すには持ってこいなのである。 タバサが本来使う魔法よりは威力が落ちるが、対人戦では十分な戦力となるだろう。 「ふむ、タバサの筋力では重さで叩き潰す剣は向いていないな。突くか切るかの方がいいだろう」 そう言いながら右手に剣を、もう左手にナイフを持って戦う技術を指導する。 タバサは自分が今までに聞いたこともない戦闘技術を、文字通り寸暇を惜しんで身につけようとしていた。 /*/ 次に弟子になったのはギーシュだった。 モンモラシーとケティに謝罪し、シエスタにも謝罪した時にブータについて聞いたのである。 あの大猫は、何百年と言う時を戦い続けた猫神なのだと。 驚いたがそれ以上に納得し、興味がわいた。 これはギーシュに限ったことではないが、男子たるもの軍記物語と英雄譚は大好きである。 その足でルイズの元へ行くと謝罪し、ブータに参加した合戦の模様を話してくれないかと持ちかけた。 軽い気持ちで言ったことだが、すぐに真剣な顔で話に耳を傾けるようになった。 それも当然で、ブータの語るのは全て彼がその身で経験した戦場の様子、実際に失敗した戦術や成功した策略ばかりなのだから。 ギーシュの父親はトリステイン王国に仕えるグラモン元帥であり、彼も三男とは言えその息子として戦術や部隊指揮に関する教育を受けていた。 だがブータの語るそれは、その常識を覆す新しい、しかも戦闘証明が出来ているものばかりなのである。 父のような将軍になりたいと心から願うギーシュにとっては、ブータの語る戦術論は万難を排しても習得すべき事柄だった。 /*/ ちなみに、この件で一番苦悩したのは誰あろうミスタ・コルベールである。 ギーシュがブータに戦術を習っていると聞き、軽い気持ちで拝聴したのだが、ほんの僅かな時間でそれの恐ろしさに気づいてしまったのだ。 オールド・オスマンはガンダールヴの力が戦争に使われることを恐れていたが、自身もかつて特殊部隊を率いていたコルベールはその意見に懐疑的だった。 戦力とはすなわち数であり、どれほど単体の力が強くても戦局をひっくり返すことなど出来はしない。 それは誰よりも彼自身が戦場で何度となく思い知ってきたことばかりである。 そんな彼だからこそ気がついた事実。 ブータの語る、この世界の常識からは比べようがないほどに洗練された戦術論。 ブータを参謀として招聘すれば、トリステインは殆どの戦場で勝利を収めることが出来るだろう。 しばし考え、苦笑してその懸念を捨てた。 ブータの主人の気性を思い出したのだ。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 誰よりも貴族の意味を知るあの少女なら、きっとそれすらも正しく使うことができるだろうと。 /*/ 虚無の曜日。 先祖代々武器屋を営んでいるその親父は、店に入ってきた面々を見て眉を顰めた。 全部で四人。その全員が貴族であるのはその服装から見て取れた。 その足元には巨大な猫。赤い短衣を着て物珍しそうににゃぁと鳴きながら周囲を見回している。 冷やかしか、と舌打ちしてドスの利いた声で口を開いた。 「旦那、貴族の旦那、うちはまっとうな商売してまさぁ。 お上に目をつけられるよな真似はこれっぽっちもしてませんぜ」 「客よ」 その言葉に驚いた店主だったが、誰が使うのかを聞いてさらに驚くことになる。 一行の中に混じっていた線の細い男が使うのかと思えば、使うのは小柄な青い髪の少女だというのだ。 これは鴨がネギしょってやってきたわい、とほくそんだ店主だったが、その笑みが消えて仏頂面になるのに時間はかからなかった。 「これなどいかがでしょう?」 客の要望は片手で扱える剣で、突いたり切ったりすることが出来るもの。 だがふっかけようと思って持ってきたそれは、ことごとく駄目出しをされたのだ。 「にゃー」 赤い短衣を着けた猫によって。 /*/ 示された何本目かの剣を首を振って却下し、ブータはやれやれと周囲を見回した。 こちらが子供だと思って不良品を出し、しかも割高に売りつけようとは商売人の風上にも置けぬ。 裏マーケットの店主を少しでも見習ったらどうだ。 腹立たしげに喉を鳴らす。 ちなみに、ブータはコルベールに頼まれてなるべく普通の大猫の振りをしている。 まぁ無用な軋轢を生むよりはこの方がよかろう。 「はっはっは! ざまぁねぇなぁ親父! 猫にまで見透かされてるぞおい!」 楽しそうな声が響いたのはその時だった。 店主が苦々しげに顔を歪めて舌打ちする。 「黙ってろ、デル公!」 困惑して周囲を見回すルイズを尻目に、ブータは無造作に積み上げられた剣の山に歩み寄った。 「ほう、インテリジェンスソードか」 ブータの声に、店主がかくんと顎を落とした。 小生意気な猫だとは思っていたが、まさか喋るとは思っていなかったらしい。 「お? なんだ? お前。猫の分際で生意気にも喋れるのか?」 「お前だとて剣の分際で喋るではないか」 二本足で立ち、山からその剣を引き出す。 ルーンが輝いてその剣の情報をブータに伝えた。 「なんだなんだ? お前、『使い手』か! 猫の分際で! こりゃ……!?」 いきなり押し黙った剣を店主が訝しげに見やった。 あの疫病神の喋る剣がそんな風に押し黙るのも珍しい。 「……おみそれした、猫の旦那。俺の名はデルフリンガーだ。もしよければ旦那の名を教えてもらいてぇ」 「ブータニアス・ヌマ・ブフリコラだ。デルフリンガーよ、我が主の友人、我が弟子の剣となる気はあるか?」 「旦那の弟子なら相当の達人だろう。なら俺に否やはねぇよ」 もはや店主は混乱の極地にあった。 一度話し出したら止まらず、客と見れば悪口雑言をぶつけるあの剣が、まるであの猫を遥かに格上の相手のように扱うのだから。 「店主、これはいくらなのだ?」 「へ。へえ。そいつなら新金貨百で結構でさぁ」 金を払うタバサに鞘を渡し、それに納めれば静かになると説明する。 厄介払いが出来た上に、金貨百枚を手に入れた店主はご満悦である。 さっきまでは忌々しかった大猫が、いまではまるで幸運の使いに思えていた。 現金なものである。 「ブータ、本当にそれにするの? 錆だらけじゃないの」 「これは表面的なものだ。気にすることはない」 主人の問いに答えるとブータは一声謳った。 リューンの輝きがデルフリンガーを包み、眩い閃光が店内を照らす。 光に目を焼いた皆の視界が戻ったそこには、白銀の刀身に触れれば切れんばかりの研ぎ澄まされた刃の剣を掲げるブータの姿があった。 誰もがそれに見入った。 武器の扱いを生業とする店主も、貴族であり軍人の家系であるギーシュやキュルケでさえも見たことのない美しい剣だった。 「これなら文句はあるまい、ルイズ。それにな……」 猫は面白そうに片目をつぶり、悪戯を仕掛ける小僧のような表情で爆弾を落とした。 「この剣は、相手の魔法を吸収してしまう力がある。 メイジが相手ならこれ以上の剣はそうそう存在せんよ」 もはや誰からも反対意見はでなかった。 /*/ 「畜生! やっぱりあの猫は悪魔の使いだったんだ!」 その日の夜。 トリステインの城下町にある酒場『魅惑の妖精亭』は非常に性質の悪い客を迎えていた。 「武器屋の親父、どうしたんだ?」 「なんでも、それこそ城が二つ三つ建つくらいの値段の剣を金貨百枚で売っちまったらしい」 [[戻る>ゼロのガンパレード]]