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サイヤの使い魔-08 - (2007/10/09 (火) 08:53:37) のソース
魔法学院へと帰ってきた悟空は、タバサと別れ、自室に居るであろうルイズの元へと向かった。 部屋の前まで来た時、向かいにあるキュルケの部屋の扉が音を立てて開いた。 中から、キュルケのサラマンダーが姿を表す。 「うわっ、なんだおめえ?」 悟空はキュルケの使い魔であるフレイムを見るのはこれが初めてだった。 授業中、フレイムはその炎を纏う尻尾が机や書物、生徒の服などに引火するのを危惧され、いつも教室の隅へと追いやられているので、他の使い魔と一緒にはいないのだ。 サラマンダーはきゅるきゅる鳴きながら悟空のほうへと近付いてきた。思わず悟空は後じさったが、敵意が無いらしいと判ると、しゃがみ込んで頭をなで始めた。 「ははっ、おめえ、トカゲなのにあったかいなあ」 悟飯が小さい頃、トカゲは変温動物だから夜や朝方は体温が低い、と悟空に教えてくれた事があったが、フレイムは下手をすれば火傷しそうなほど身体が熱かった。 フレイムが嬉しそうに喉を鳴らす。やがて、ついてこいというように悟空のリストバンドを咥えて引っ張った。 どうやらキュルケの部屋へと引っ張り込むつもりのようだ。 「何だ? 部屋に来いってのか」 フレイムが肯定するかのように一声鳴く。 「わりいけど、オラルイズのところに行かなきゃなんねえんだ。キュルケのところに行くのはそれからにしてくんねえか」 フレイムの口から手首を抜き、ルイズの部屋の扉をノックする。 「ルイズー、いるか? オラだ」 とてとてと足音が聞こえ、鍵を外す音がしてドアが開いた。 「けっこう早かったわね。まだ夕食まで少し時間があるわよ?」 「ああ、ちょっとタバサ…」 言いかけて口をつぐむ。タバサの件は本人に口止めされていた。 「タバサがどうかした?」 「ああ、ええと、タバサがな、オラのことまだ疑ってるみてえだったから、色々説明してたんだ」 何とか誤魔化す。タバサに色々訊かれたというのは本当の事だし、これくらいなら問題は無いだろうと悟空は思った。 「ふーん…。それで、仲直りできた?」 「ああ、多分できたと思う」 「そう、ならいいわ。実を言うとわたしもあんたに話があったのよね」 「オラに?」 「立ち話もなんだから、入りなさい」 ルイズはベッドの縁に腰掛け、悟空は寝床にしている毛布の上に胡座をかいた。 「私、思うのよ。あんたは本当は生きてるんじゃないかって。ううん、本当の意味じゃなくて」 「どういう事だ? オラ確かに死んでっぞ。頭の上に輪っかついてるし」 「うん。それは聞いた。でもね、『サモン・サーヴァント』は、ハルケギニアの生き物を呼び出すのよ。普通は動物や幻獣なんだけど。ここがまず矛盾1。人間を喚び出しちゃった点」 ルイズが右手の指を一本立てる。 「次に矛盾2。『生き物』である以上、当然喚び出される使い魔は生きてなければいけない。何故かというと、使い魔が死んだら『サモン・サーヴァント』をやり直して新しい使い魔を呼ぶからよ」 「でも、死んだ人間であるオラが喚び出されちまった、と」 「そう。それでね、わたし今日こっそり『サモン・サーヴァント』をやり直してみたのよ」 「そしたら?」 「なーんにも。爆発すら起きなかったわ。これがどういうことか判る?」 「あんまし」 「使い魔が死んだら『サモン・サーヴァント』をやり直すって事は、逆に言えば、使い魔が死ななきゃ『サモン・サーヴァント』が唱えられないって事なのよ。つまり、少なくともこの世界において、あんたは生きてる人間と何ら変わらないって事」 「……かもしれねえな。それならよ、オラにもひとつ思い当たる節があるんだ」 「何?」 「オラ達が居たとこじゃ、死んだヤツがこの世に少しだけ戻ってくる事ができる方法ってのがいくつかあるんだ。もしかしたら…」 左手に刻まれたルーンをルイズに見せる。 「こいつが刻まれてる間は、オラは生きてる人間だっつう扱いになるんじゃねえか?」 「そんな話聞いた事無いわよ。第一、ルーンが刻まれてたって死ぬ時は死ぬのよ」 「だからよ、死にかけだとか死んでる人間喚び出して契約した事は今まで無えんだろ? だったら、何が起こったっておかしくねえんじゃねえか?」 「それは、そうだけど……。…うん。そうね。何が起こったっておかしくないわ。あんたなら」 「だろ?」 二人は顔を見合わせ、互いに笑いあった。 メイジの実力を見るには使い魔を見ろ、と言われる。 悟空の強さは半端なものではない。そして、妙な勘違いから一部を除く生徒からは「天使」だの「化け物」だのと噂されている。 平民からはその食欲と大らかさで人望を集めつつある。 そして何より、面白い。 悟空が来てからまだ二日だというのに、ルイズはもう何日分もの体験をしたような気さえしていた。 過去において、1日1日がこれほどまでに充実した学校生活は無かったと言っていい。 ルイズは、初めて学校生活が楽しいと思い始めていた。 夕食時、悟空が17杯目のシチューを空にしようとしている頃、厨房にタバサがやってきた。 手にはトゲトゲのついた菜っ葉を大量に抱えている。 「おう、嬢ちゃんか! 毎度毎度すまねえな」 「いい」 ガリア王国での任務の帰り、現地付近の山林でタバサが大量に収穫していたハシバミ草だった。 一部は帰りのおやつに少しずつ齧り、残りは厨房での肉料理に使う添え物として消費する。 タバサにとって、読書の次に位置する数少ない楽しみのひとつだった。 マルトーに野菜を手渡し、悟空をちらりと見る。 「よう。あれ、帰りに摘んでったやつか?」 「そう」 「見た事ねえ草だけど、何ていうんだ?」 「ハシバミ草」 「うめえのか?」 タバサの眼鏡がきらりと光った。 「私の好物」 「オラもちょっと貰っていいか?」 こくり、とうなずき、マルトーに渡した中から葉を数枚千切って悟空に渡す。 「おい、そいつは苦くて好みは個人差が――」 マルトーの忠告を聞く前に、既に悟空はハシバミ草を口に入れていた。 そして、 「うぎゃああああああ―――――!!!!!」 悟空の断末魔の絶叫が厨房を通り越して食堂まで聞こえてきた。 夕食を食べ終え、食後の紅茶を楽しんでいたルイズは、厨房の方から聞こえてくる使い魔の絶叫で盛大に茶を吹いた。 飛沫で濡れた顔を拭く間ももどかしく、全速力で厨房へと駆け込む。 「な、何事? ゴクウ!?」 そこには、地面に倒れて喉元を掻き毟る使い魔の姿があった。 傍らにはタバサが呆然と立ち尽くし、その背後には涙目のシエスタと動揺するマルトーがいた。 「ちょっと! 私の使い魔に何したの!!」 「ハシバミ草を食べた」 「は…? ハシバミ草……」 その一言で合点がいった。 ハルケギニアの住人ですら、あれを好んで食べる者は少ない。ルイズも駄目な口だ。 それを異世界の人間が口にしたとあっては、その衝撃たるや推して知るべしである。 「そりゃご愁傷様ね……」 心底同情して悟空を見つめる。ハシバミ草は後味も強烈なのだ。 悟空は未だもがいていた。 まるで超神水を濾過してできた残りカスを更に凝縮したような味である。とにかく苦い。 あの味を体験していなかったら、とっくに吐き出していたことだろう。 ようやく喉を抉るような苦味が引いてきた頃、悟空の胃に驚くべき変化が起こった。 空腹感が消えている。 あまりにも強烈な味にびっくりした胃が生命の危機を訴え、過剰反応を起こした悟空の中枢神経が、胃にこれ以上この劇物を投入させないために猛烈な勢いで満腹感を伝達していたのだった。 大飯食らいのサイヤ人の胃でさえも降伏させるハシバミ草の苦味。 ゆい姉さんもびっくりだ。 「な、何かわかんねえけど、オラ腹いっぱいになっちまった……」 荒い息をつきながら悟空が呟く。 「ええっ!? まだまだこんなに用意してあるのに!」 傍らに置かれた、自分の胸ほどもある高さの大鍋にまだ半分以上残っているシチューを指してシエスタが訴えるが、入らないものは入らない。 勿体無いので、残りはタバサとルイズ、そして何事かと集まってきていた生徒達の中からの希望者によって消化され、その殆どはタバサの胃に収められた。 ルイズを先に帰し、ようやくハシバミ草のダメージから回復した悟空が寮に辿りついたのは、それから2時間後のことだった。 ルイズの部屋に入ろうとすると、またもあのサラマンダーが姿を表した。 今度は悟空のズボンの裾を咥えて、再びキュルケの部屋に連れ込もうとする。 「お、またおめえか…。何だってんだ、一体……?」 今度は悟空もキュルケの部屋に入ってみる事にした。 入ると、部屋は真っ暗だった。サラマンダーの周りだけがぼんやりと明るく光っている。 暗がりから、キュルケの声がした。 「扉を閉めて?」 「何の用だ?」 「いいから、まずは扉を閉めて欲しいの」 悟空は、警戒しながらも言われた通りにした。 ツェルプストーには気をつけろ。ルイズの記憶が、そう警告している。 「ようこそ。こちらにいらっしゃい」 悟空はいつ襲ってきても大丈夫なように、気配を殺し、静かにキュルケの気の方へと歩を進めた。 「来たぞ」 「きゃあ!?」 暗闇の中でキュルケが驚きの声をあげる。 本当は、入り口から彼女の元まで並べられた蝋燭に順繰りに火を点けていく演出のはずだったが、暗闇だろうと何だろうと気さえ感じられれば問題無い悟空の前では児戯にも等しかった。 気を取り直して、指を弾く。 入り口からキュルケの元まで、蝋燭の火による道標が燈された。 悟空の眼前、ぼんやりと、淡い幻想的な光の中に、ベッドに腰掛けたキュルケの悩ましい姿があった。 身に着けているのは殿方を誘惑するためのベビードール。 キュルケは魅力的な男なら、平民だろうと幽霊だろうと宇宙人だろうと構わず食っちまう女だった。 にっこりと笑って、悟空に隣に座るよう促す。 だが、悟空は相変わらずキュルケの前に立ったまま動こうとしない。 「おめえ、何企んでんだ?」 ムードもへったくれもない台詞を悟空が吐く。 キュルケは大きくため息をついた。そして、悩ましげに首を振った。 「あなたは、あたしをはしたない女だと思うでしょうね」 「はしかの女?」 「思われても、仕方がないの。わかる? あたしの二つ名は『微熱』」 「風邪でも引いてるんか」 「あたしはね、松明みたいに燃え上がりやすいの。だから、いきなりこんなふうにお呼びだてしたりしてしまうの。わかってる。いけないことよ」 「オラと戦いてえのか」 いまいち会話がかみ合ってない気がするが、キュルケは構わず続ける。 「でもね、あなたはきっとお許し下さると思うわ」 キュルケは潤んだ瞳で悟空を見つめた。どんな男でも、キュルケにこんな風に見つめられたら、原始の本能を呼び起こされるに違いない。 普通の人間なら、だ。 人間には、一般的に「食欲」「性欲」「睡眠欲」の三つに分類される「三大欲求」というものがあり、生理機能が酷似しているサイヤ人にも似たようなものはあるが、その内訳は少々異なる。 サイヤ人の場合、「食欲」「戦闘欲」「睡眠欲」が三大欲求とされ、「性欲」は発情期の雌を除き、極めて微小である。 故に、サイヤ人の繁殖は基本的に女性主体で行われる。悟空もベジータも、ベッドの上では基本的にマグロと化すのだ。 尤も、ベジータの場合「寝込みを襲われた」という方が適切かもしれない。 「許す? 何をだ?」 「恋してるのよ。あたし。あなたに。恋はまったく、突然ね」 「悪いけど、オラ結婚してんだ」 「え?」 全く予想外の発言にキュルケが固まる。が、すぐに気を取りなおす。 「そんなの関係ないわ。恋の前では全てが意味を失うのよ」 「いや、そうはいかねえ。オラはチチと結婚すっ時に、死んでも互いを愛する事を誓うって約束したんだ」 チチが言うには、夫婦は結婚している間はもちろん、相手が死んだ後も一生その相手を愛し続けなければならないのだという。 根が素直な悟空は、律儀にそれを守った。 そして、チチもそれを守っていた事は、後年第二子が生まれた後の話によって証明される事となる。 そんなやり取りなど知るはずもないキュルケが追い込みにかかる。 「でも仕方ないじゃない、恋は突然だし、すぐにあたしの身体を炎のように燃やしてしまうんだもの」 キュルケがそう言った時、窓の外が叩かれた。 そこには、恨めしげに部屋の中を覗く、一人のハンサムな男の姿があった。 「キュルケ…待ち合わせの時間に君が来ないから来てみれば……」 「マホニー! ええと、二時間後に」 「話が違う!」 キュルケは煩そうに、胸の谷間に差した派手な魔法の杖を取り上げ、相手を見ようともせずに杖を振った。 蝋燭の火から炎が大蛇のように伸び、窓ごと男を吹き飛ばす。 「全く、無粋なフクロウね」 悟空は唖然としてその様子を見つめていた。 こいつ、ブルマよりもっと男に対して見境が無えのか。 「でね? 聞いてる?」 「今の誰だ?」 「彼はただのお友達よ。とにかく今、あたしが一番愛してるのはあなたよ、ゴクウ」 一向に自分の隣に座ろうとしない悟空に業を煮やしたキュルケが立ち上がり、キスしようと顔を近付ける。 その時、今度は窓枠が叩かれた。 見ると、野性的な風貌の男が怒り心頭といった表情でこちらを睨んでいた。 「キュルケ! その男は誰だ! 今夜は俺と夜戦時における戦略的立ちまわりについて討論するんじゃなかったのか!」 「タックルベリー! ええと、四時間後に」 「そいつは誰だ! キュルケ!」 怒り狂いながら、タックルベリーと呼ばれた男は部屋に入ってこようとした。キュルケが再び杖を振る。 最初の男と同じように、彼もまた、火にあぶられ地面に落ちていった。 「……今のも友達なのか?」 「彼は、友達というよりはただの知り合いね。とにかく時間をあまり無駄にしたくないの。夜が長いなんて誰が言ったのかしら! 瞬きする間に、太陽はやってくるじゃないの!」 キュルケは、悟空に唇を近付けた。 窓だった壁の穴から悲鳴が聞こえた。窓枠で、三人の男が押し合い圧し合いしている。 三人は同時に、同じ台詞を吐いた。 『キュルケ! そいつは誰なんだ! 恋人はいないって言ってたじゃないか!』 こいつらはこの場に集まった時点でそれを疑問に思わなかったのだろうか。 「マルティン! ダグラス! ハイタワー! ええと、六時間後に」 『朝だよ!』 三人仲良く唱和する。キュルケはウンザリした声で、サラマンダーに命じた。 「フレイムー」 きゅるきゅると部屋の隅で寝ていたサラマンダーが起き上がり、三人が押し合っている窓だった穴に向かって炎を吐いた。三人は仲良く地面に落下していった。 「…もういい。おめえがどんなヤツなのか、オラよーく判った」 「あ! 待って!」 悟空もまたウンザリしていた。 踵を返し、キュルケの静止も聞かず、入ってきたドアを開ける。 そこには、今まさにドアを開けようとしていたルイズがいた。 「あ…」 「よう」 呆気に取られていたルイズだが、ここが何処で、自分の目の前にいるのが誰なのかを再認識すると、その顔が怒りで赤くなった。 「あ、あんた、こここんなところで何やってんのよ……!」 「いや、あいつに引っ張り込まれてよ」 肩越しにキュルケの使い魔を指差す。 それで事態を悟ったルイズが、今度はキュルケに吼えた。 「ツェルプストー! 誰の使い魔に手を出してんのよ!」 「まだ出してないわよ。それに仕方ないじゃない。好きになっちゃったんだもん。 恋と炎はフォン・ツェルプストーの宿命なのよ。身を焦がす宿命よ。恋の業火で焼かれるなら、あたしの家系は本望なのよ。貴女が一番ご存知でしょう?」 キュルケは両手をすくめてみせた。ルイズの手が、わなわなと震えた。 「来なさい、ゴクウ」 「ねえルイズ。あたしは本当に彼になにもしてないわよ。ていうか、させてくれなかったの」 「は?」 「彼ってばとっても身持ちが堅いのよ。もう難攻不落もいいとこ。既婚者でこんなに真面目なヤツ、今まで見た事無いわ」 「ええーっ!? あ、あんた、結婚してたの!?」 「ああ、そういや言ってなかったっけか」 「言ってないし聞いてない!」 「ま、そういうわけだから、痴話喧嘩するなら自分の部屋でやってね」 「誰と誰が痴話喧嘩よっ!」 ルイズは悟空の手を握ると、さっさと歩き出した。 部屋に戻ったルイズは、身長に内鍵をかけると、悟空に向き直った。 着衣が乱れた様子も、あの忌々しいツェルプストーの唇が触れた形跡もない。 「本当に何もしてないんでしょうね」 「してねえって。それにしても一体何なんだあいつ。最初部屋が真っ暗だったから、襲ってくんのかと思ったぞ」 ルイズは長い溜息をついた。 「いい、あいつはね……」 ルイズによる、ヴァリエール家とツェルプストー家の間に繰り広げられる、二百年の長きに渡る諍いの歴史についての講義が始まった。