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ゼロの花嫁-03 B - (2007/11/15 (木) 15:53:26) のソース
問題はその止め時と、落とし所だ。 そんな時だ、コルベールが能天気な声でこちらに向かってきたのは。 「おーい、みんな揃ってるみたいだね。少しいいかい?」 ルイズ、燦は返事せず。キュルケもじろりとそちらに視線を向けるだけ。 仕方が無いのでタバサが応対する。 「……何か?」 そんな空気を察しないコルベールは上機嫌のまま言う。 「実はミスサンのルーンについて確認したい事があってね。良ければ午後の授業の間彼女をお借りしたいんだが、構わないだろうか?」 何か嬉しい発見でもあったのか、やたら陽気にそう言うコルベール。 燦はルイズをちらりと見ると、ルイズも頷く。 「構いません。サンも特に問題無いでしょ?」 「うん、わかった。じゃあコルベール先生の手伝いしてくる」 燦もあの不愉快空間と化した教室に戻るよりはコルベールと居る方が良いのだろう。 その提案を快く受け入れた。 放課後、授業が終わると皆ぞろぞろと教室を出ていく。 ルイズとキュルケ、タバサの三人はそのまま教室に残っていた。 生徒の一人がルイズを指差す。 「逃げるなよ」 「誰が!」 ルイズが即座に怒鳴り返すと、その生徒は含み笑いを残して教室を出ていった。 ぽつんと三人だけが教室に残る。 「ルイズ、あんた何か策とかあるの?」 ルイズは魔法が使えない。それで学生とはいえメイジ相手に決闘なぞ無謀にも程がある。 「そんなもの無いわよ、正面から堂々とやってやるわ」 キュルケはじっとルイズの横顔を見つめる。 「……そう、なら骨は拾ってあげるわ」 そのやりとりで納得したのかキュルケは席を立つ。 「タバサ、ヤバイ怪我する奴が出たら医務室に連絡お願い。生憎私は手加減する気無いから」 ルイズも席を立ち、歩き出した。 燦はまだ戻らないが、彼女を待つ気は無いらしい。 二人共が、燦抜きで決着を着ける気で居た。 タバサは無表情のまま、二人と少し距離を空けて後に付いていった。 ヴェストリ広場、そこには既に生徒達が集まっていた。 しかし、その数はルイズのクラスの人数を大きく上回っていた。 野次馬か何かかと思いながらルイズとキュルケの二人はその人垣の向こうへと向かう。 人垣は二人が来ると自然と道を開ける。 その横を通り過ぎる時、彼らの視線が好奇ではなく嘲りであった事に少し不快感を覚えた。 広場の中心部を円形に囲むように人垣は作られている。 ルイズとキュルケはその中心に着くと、クラスの生徒達が密集していた場所を睨みつける。 しかし、意外な事に最初の第一声はそれ以外の場所から聞こえてきた。 「さて、まずはここに来た勇気に敬意を払おう。よく来れたね君達」 そう言いながら人垣から一歩前に出てきた男。 ルイズもキュルケも顔ぐらいは見た事がある、三年生の中でも三本の指に入ると言われているトライアングルメイジの一人だ。 「驚かないで欲しい。彼らから話を聞いてね、何でも平民に肩入れして貴族を侮辱したメイジが居ると。しかもだ!」 芝居がかった身振りで話をする彼を、ルイズもキュルケも好きになれそうになかった。 「それがロクに魔法も使えないメイジとゲルマニアの娼婦の二人だと言う! これは由々しき事態だ!」 彼の言葉に賛同の声をあげる人垣達。 「そんな者達はこの由緒正しき学園には相応しくない! そう思った我々は君達に勧告に来たのだ! 今すぐ学園を去り、あるべき場所へ帰れとね!」 人垣達の声は更に大きくなる。口々に「出ていけ!」「貴族の恥さらし!」「淫売をのさばらせておくな!」「トリステインの恥部!」などと叫びだす。 前に出た男は、両手を振り上げてその声を制する。 「仮にとはいえ、私の後輩であった君達に実力行使は避けたい。ここで君達のクラスメイトに非礼を詫び、潔く学園を去ると誓うのならこのまま君達を帰そうじゃないか」 ルイズは胡散臭さそうな顔をして、目線でキュルケに問いかけると、キュルケは任せろとばかりにルイズの肩を叩く。 前に出た男を無視して、キュルケはクラスメイト達に言った。 「つまり、私に勝てそうにないから上級生に泣き付いたって事でいいかしら?」 キュルケの言葉に激昂して各々が好き放題喚き散らしだすクラスメイト達。 それを鎮めたのは三年生の彼であった。 「誤解の無いよう言っておくが、これは制裁であり、また学園全体の意思でもあるんだよ。だが、我々は野蛮なゲルマニアとは違う。貴族としての礼節はもちろん守るつもりさ」 両手を大きく横に広げる男。 「これだけの人数が君達の所業を許せないと集まったのだが、君達に相対するのは一人づつだ。神聖なる決闘の形式を遵守する事を誓おう」 今までキュルケに任せて黙っていたルイズだが、遂に我慢の限界が来た。 「何が誓うよ! 数揃えなきゃ何も出来ない臆病者の集まりなだけじゃない! 挙句三年生にもなって口から出る言葉が卑怯者の言い訳!? 情けないと思わないの!」 言葉では、それがいかに正しくても覆せない心理的優位というものがある。 三年の彼の心境は正にそれであった。 これだけの数の人間の支持を得ている自分が、誤っているなどと欠片も思わないのだ。 「淑女らしくない口のきき方だねミスヴァリエール。実家でそれは習わなかったのかね? ああ、魔法と一緒で覚えられなかっただけか」 彼の切り替えしに周囲がどっと笑い出す。 キュルケは早々に諦めた。 「ルイズ、口でどうこうって状態じゃないみたいよ」 ルイズは全然言い足りなそうだ。 「言う事為す事、一々腹が立つわ。いつの間に学園はこんなどうしようもない連中の巣窟になったのよ!」 「いやよね~、女の嫉妬って」 キュルケは、集まった面々の女性陣がキュルケにその矛先を向けている事に気が付いていた。 その事実に気付いたルイズは何とも言えない顔になる。 「……まあそれはいいわ。それよりそろそろやるわよ。キュルケは下がってなさい」 「私が先にやってもいいわよ?」 「いいえ、私が先よ。アンタは残り物の相手でもしてなさい」 キュルケは思う所あるのかそれ以上抗弁せず、素直に三年の彼の居る場所とは反対側に下がる。 人垣はそこだけ綺麗に分れ、キュルケの側に立つ者は居なかった。 「こっちは何時でもいいわよ。誰が来るのかしら?」 実はルイズとキュルケが色々話している間にも降伏勧告やら脅迫やらが続いていたのだが、二人は綺麗にそれを無視していたのだ。 この場に集ったほとんどの人間が、これだけの数で囲み八方から責め立てられれば降参するだろうと思っていた。 にもかかわらず、あっさりと決闘を行う事に決め、あまつさえ魔法が使えないと評判のルイズが出てくるという。 これは、もう挑発としては最上級の行為である。 二人共完膚なきまでに叩きのめす。 そう全員が考えたが、ルイズのクラスメイト達は更に次の事を考えていた。 そもそもこの騒ぎを持ちかけたのは自分達である。 その自分達が決闘に出ないというのは恥ずべき事だ。 しかし、決闘をして一対一でキュルケに確実に勝てると言える者はクラスには居なかった。 だから、こうしてルイズが出て来た今は、千載一遇の好機であったのだ。 我先にとルイズの決闘相手を申し出るクラスメイト達。 そんな中、三年の男は、その家柄を鑑みて武門の誉れグラモン家の一員であるギーシュを決闘の相手として指名した。 ギーシュはドットメイジであるが、そのゴーレムを操る力はクラスメイトも高く評価している。 だから、三年の男の指名に異を唱える者は出なかった。 ギーシュは静かに歩み出る。 「この僕を選ぶとは、流石に見る目がありますな。そう、僕でなければ彼女達に貴族の美を魅せてやる事は出来ない」 これだけの人間が見ている前で無様を晒すわけにはいかない。 確実に、そして迅速にルイズを仕留める。 それに優雅華麗にとおまけがつく。 「ルイズ、僕が君に望むことは一つだけだ。このギーシュ・ド・グラモンの相手として相応しいよう、薔薇の様に美しく散ってくれたまえ」 ルイズは精神を集中させ、ギーシュの一挙手一投足に注意する。 三年の男が号令をかける。 「始め!」 コルベールは次の本を本棚から引っ張り出す。 「ミスサン、こちらの本にあるルーンを見てくれないか? 私はこっちの本を確認してみる」 「あ、あのーコルベールせんせー。そろそろ私も用事が……」 燦の言葉を聞いているのか聞いてないのか、コルベールは四冊の本をまとめて抱えている。 「ん? 何かあるのかね?」 まさかケンカの予定がありますとは言えない。 「あー、それはー、そのー」 「急ぎの用事でないのなら、後少しでいいから付き合ってもらえないか? 後20冊で現存し得るルーン全ての確認が終わるんだ」 「に、にじゅっさつ!?」 「ああ、ほんの少しだろう? ルーンがここまで見つからない事といい君の特異な存在といい、きっと素晴らしい発見が出来ると思うのだよ」 コルベールはぽんと手を叩く。 「そうだ、私から学園のメイドを一人、ミスヴァリエールに手配しよう。そうすれば今日の君の作業は彼女に任せられるだろうからね」 掃除洗濯食事の用意、その辺の逃げる言い訳はあっと言う間に封じられた。 「あー、うー、あー」 「じゃあそっちの本を頼むよ」 知らん振りして抜け出して、探しに来られたら間違いなくケンカがバレる。 燦は身動き取れなくなり、何やら意味不明な言葉を漏らしながら、本と格闘する事になる。 ギーシュが薔薇を模した杖を振るうと、そこから三枚の薔薇の花弁が舞う。 それが地面に着くと今度はそこから三体の青銅のゴーレムが現れた。 「さあ! 美しく舞ってくれたまえ!」 そう宣言すると同時に青銅のゴーレムがルイズに襲いかかる。 ルイズはその場を動かずに呪文を唱え始めた。 先頭の一体がルイズに剣を振り下ろす。 ルイズはそれを呪文を唱えながら右にかわす。 『ああっ! 呪文が途切れた!』 すぐに右側のゴーレムが槍を突き出してくる。 それを更に右にかわしてゴーレムに対して大きく回りこみながら再度呪文を唱え始める。 その場に居る全員が、あっさりとゴーレムの攻撃をかわすルイズを意外に思う。 かくいうキュルケもその一人である。 『あの子、全然剣を恐れてないわ。うっわ、今の頬かすったんじゃないの? 普通もう少し恐がるものでしょうに』 確かにルイズは小柄であるから身も軽いだろうし、ゴーレムも狙いずらくはあるだろう。 しかし、ここまでルイズが見事に避け続けるのは異常だ。 言ってる側からまた三体に囲まれるが、突き出された槍を身をよじってかわすと、その脇を駆け抜けて背後へと回り込んでいる。 その隙に呪文を唱えるルイズ。 すぐに別のゴーレムは斧を振りかざしてルイズに迫る。 『今度こそ!』 ルイズの二の腕を斧がかすり、服の裾が引きちぎれる。 しかし、ルイズはかわしながら詠唱を唱えきったのだ。 「ファイヤーボール!」 ギーシュに向かって突き出される杖、しかしギーシュどころかまるで明後日の空中で爆発が起こる。 一瞬の間の後、観客全員大爆笑。 ここまで緊迫した空気の中で大失敗をやらかしてくれたのだ、それを野次るより先に笑いがこみ上げてきてどうしようもなくなったらしい。 しかし、ルイズはそれが聞こえていないかのように走り続け、すぐに次の呪文を詠唱に入る。 槍ゴーレムが横凪に払う槍を大きく後ろに下がってやりすごし、その間に両脇を固めてきたゴーレムの振るう剣を懐深く踏み込んで杖を持つ手とは逆の手で押さえながら後ろに抜ける。 もちろんその間呪文は唱えっぱなしだ。 「エア・ハンマー!」 声高らかにそう叫ぶ。 今度はルイズの直上彼方で爆発が起こった。 観客には笑いすぎて身動きが取れなくなっている者までいる。 そんな中、ルイズは確かな手ごたえを感じていた。 『コツは掴んだわ、避けながら呪文ってのもやれば出来るものね』 その一瞬の緩みを、ゴーレムにつかれた。 全速で踏み込み、槍を突き出すゴーレム。 その間合いとタイミングを読み違えてしまったのだ。 慌ててかわすも腿の表面を削り取られ、大きく体勢を崩してしまう。 その間に距離を取っていた残り二体のゴーレムの接近を許してしまう。 側面から横凪に、真後ろから袈裟懸けに、同時に斬りかかってくるゴーレム。 ルイズは覚悟を決めて、横凪に斬りかかる剣に向かって踏み込む。 袈裟懸けの斧はかわしたが、横凪の剣がルイズの胴体を捉える。 同時に、両足に力を込めて思いっきり奥に向かって飛び込む。 ゴーレムの剣はルイズのわき腹を切り裂きながら、宙に浮いたルイズを軽々と弾き飛ばした。 勝負あったとゴーレムを止めるギーシュ。 ルイズは地面を転がりながらタイミングを計って勢い良く立ち上がる。 そこでゴーレムの動きが止まっていることに気付いた。 「何よ? いきなり止まってどういうつもり?」 「終わりさ。さあ、杖を捨てて降参したまえ。相手が何者であろうと、レディをこれ以上傷つけるのは本意ではない」 ルイズは本気で怪訝そうな顔になる。 「は? 何言ってるのアンタ? こんなかすり傷つけた程度で終わるわけないでしょう。決闘を馬鹿にしてるの?」 全く動じていないルイズに、逆にギーシュが慌てる。 「い、いや結構血が出てると思うんだけど……」 ギーシュの言う通りルイズのわき腹と腿からの出血は続いている。 しかしルイズは歯牙にもかけない。 「当たり前じゃない。私達決闘してるのよ? それとも何? 貴方はおままごとの延長でもしてたつもり?」 ギーシュの判断が誤っているわけではない。 現にその場に居合わせたほとんどの人間があの傷では終わりだろうと思っていたのだから。 しかし、ルイズは何を馬鹿なと言わんばかりに平然としている。 「ようやくコツが掴めてきたんだから、さっさと再開しなさいよ。さあ早く!」 そこでキュルケはようやく気付いた。 ルイズは怪我を負う事を全く恐れていないのだ。 ここ数日の怪我三昧がルイズの痛みや怪我に対する感覚を麻痺させているのかもしれない。 ルイズは決闘に望む上で怪我を全く恐れておらず、その痛みに耐えうる精神も持ち合わせていたのだ。 それゆえ剣も槍もその動きを恐怖に惑わされずに見切る事が出来たのだ。 後は、まあそれでも仕留められないギーシュの腕が悪いのであろう。 キュルケは彼女の持つギーシュへの評価を少し下方修正する事にした。 ギーシュは怪我した場所を庇う事すらせず、悠然と立つルイズに恐怖した。 「だ、だったらこちらも決闘らしく、全力で君を倒すとしよう!」 そう叫んで更に四体のゴーレムを呼び出すギーシュ。 それを見たルイズの顔に緊張が走る。 今までの倍以上の数をあしらいながら呪文を唱えなければならないのだ。 すぐに呪文を唱え始めるルイズ。 最初の三体が襲い掛かってきた。 剣ゴーレムの一撃を大きく身をかがめてやりすごし、その後ろから突きこんできた槍を思いっきり横に飛ぶ事でかわす。 もう一体の斧ゴーレムは二体のゴーレムが邪魔でルイズに斧を振るえない。 この三体と距離を取るべく前に踏み込んだルイズの正面に、新しく増えた剣ゴーレムが立ちはだかった。 ルイズの顔めがけて突きを放つそれを、頭を動かすだけでよけながら、肩でゴーレムに体当たりを仕掛ける。 それで倒れるゴーレムではなかったが、そのゴーレムが邪魔になり残る三体はすぐに切りかかる事は出来なくなった。 そして呪文が唱え終わる。 ルイズはゴーレムの影から飛び出しざまに術を放った 「ファイアーボール!」 そしてそれはやはりあらぬ場所で爆発するのみ。 運の悪い事に、ルイズが飛び出した先は新しく来た斧ゴーレムの真正面であった。 まともに左の肩口に斧を叩き込まれる。 制服が千切れ、鮮血が舞う。 痛みに顔をしかめながら、ルイズはすぐに横へと走りぬけた。 その先に居た槍ゴーレムが長い柄を使って横凪にそれを払うと、ルイズは一瞬避け方に迷う。 結局ルイズに出来たのは、左腕でそれを受け止める事だけ。 体重の軽いルイズは面白いように吹っ飛ばされ、地面に転がる。 ギーシュはそれでも追撃の手を緩めなかった。 一番近くに居た剣ゴーレムがとどめとばかりにルイズに剣を突き立てる。 それは転がるルイズのマントど真ん中を貫いていた。 キュルケが息を呑む。 するとすぐに、胸元の金具を外しマントを取っ払ったルイズがその影から飛び出してきた。 そのまま駆け出しつつ呪文を唱える。 数は七体、この広さではどう走ろうとすぐにどれかにぶつかってしまう。 二体がルイズの行く先に立ちふさがると、ルイズは一瞬後方を確認した後、正面突破を図った。 一体は槍、一体は斧。 槍ゴーレムはさっきので味を占めたのか、横凪に大きく槍を振るう。 ルイズはそれを地面スレスレまでに上半身をかがめてかわす。 すぐに斧ゴーレムがそんなルイズの上から斧を振り下ろすが、ルイズは更に一歩踏み込んで斧ゴーレムと密着する事により、これをかわす。 斧の柄の部分は肩に当たっているのだが、その程度はまるで気にもかけない。 そこで四度目の呪文完成。 「エアハンマー!」 しかし、やはりそれでも魔法は成功せず、城壁の一部を砕いたに留まった。 戦いを見ているキュルケは歯噛みする。 ルイズが魔法さえ使えていれば、それが例えドットであろうととうに勝負はついている。 この決闘の間にルイズは目を見張る速度で戦闘技術を増してきている。 最初の内こそ避ける=距離を取るであったのが、今は踏み込みながら、近接しながらこれを避け、かつ呪文を唱えるなんて軍人紛いの事まで憶え始めているのだ。 にもかかわらず、現状はただルイズが傷を負い、消耗しているだけである。 こんなに悔しい事があろうか? しかしルイズは決して諦めず戦闘を続けている。 だから、それがどんなに痛々しくても、それがどんなに悲しくても、キュルケは最後まで目を離さずに見届けようと決めた。 何時まで経ってもルイズを倒せないギーシュは、心の中では焦りに焦っていた。 それを表に出すまいと、必死にゴーレムを操ってはいたが、ルイズはどんな痛撃を与えてもその動きを止めない。 まるで不死の怪物を相手にしているような錯覚に囚われたギーシュは、既にルイズの身を案じるといった思考を放棄していた。 倒さなくては、その剣で切り裂き、その槍を突き立て、その斧で砕いて。 集団で少数を弾劾するというヒステリーにも似た行為を行っていたせいもあるだろう。 その興奮と熱狂はギーシュから冷静な判断能力を奪い、凶行へと走らせていたのだ。 それは、傍で見ている観客達も同様で、そんなギーシュを止める者は誰も居なかった。 キュルケの居る場所とは少し離れた人垣の中にタバサは居た。 タバサは自分の考えが甘かった事を悔やんだ。 ルイズがここまでになる前に勝負は決まると思っていたのだ。 しかし最早状況はタバサの手に負える状態ではなくなっていた。 教師を呼びに行っても間に合わない。 ルイズは勝てない。しかし負けを認めもしないであろう。 意識を刈り取るような一撃、もしくは完全に身動きが取れなくなるまでは。 いや、それでも、負けを認めない気がする。 タバサは杖を強く握り締める。 『ルイズの動きが少しでも鈍ったら、行く』 それは観客達、そして決闘の当事者達の大きな恨みを買う行為であるが、それでも、この場で唯一冷静な判断が下せる第三者として、やらなければならない事だと思った。 ルイズは走りながら、自らの限界が近い事に気付いた。 まだ動きは鈍っていないが、両腕を上げるのにひどく力が居る。 足は動くのでしばらくは保つだろうが、何より恐いのは時々視界がぼやける事だ。 致命的なタイミングでこれを喰らったら、どんな目に遭うかわかったものではない。 『……私は負ける? このまま? あのギーシュに?』 ギーシュは必死の形相でゴーレムを操っている。 あの苦労を知らなそうな甘ったれた顔、魔法を馬鹿にしてるとしか思えない薔薇の杖、何か勘違いしているあのファッション。 せめて、あの顔に、あのにやけた腑抜け顔に、一発入れてやらないと気が済まない。 ルイズは呪文を唱えるのを止める。 目の前のゴーレムをやりすごし、一直線にギーシュへと駆け寄って行く。 二体のゴーレムが両横から切りかかってくる。 片方はスライディングの要領ですべりながらかわし、もう片方は体勢を崩していたので仕方なく左腕で切りかかってきた剣ごと払う。 物凄い痛い。何か響くような感じがしたが、それでも足は動いてくれた。 走っている時にふと気付く。 どうやら左腕はもう動いてくれそうにない。 正面に二体、後ろからかわしたゴーレムが追いすがってきているから速度は落とせない。 下はダメだ。確実に読まれる。 左右から斧と剣を横凪に、同時に振り下ろしてきた。 高さは腰の位置。覚悟は完了済み。 ルイズは杖を口に咥えると、助走を活かし、思いっきり飛び上がった。 飛び上がるなり両膝を曲げ、少しでも高さを稼ぐ。 そして動く右手でゴーレムの肩を持って、その後ろへと飛びぬけた。 残る距離を数秒で詰め、拳を振り上げるルイズ。 『私の怒り! 思い知りなさいっ!』 そして呆気に取られるギーシュの鼻っ柱に、ルイズは渾身の右拳を叩き込んだ。 観客達も呆気に取られていた。 これはメイジ同士の決闘である。 そこでまさかぶん殴るなんて選択肢が発生するとは、誰も想像だにしなかったのだ。 ギーシュはその一撃で大の字に倒れ、目を回している。 ルイズは晴れ晴れとした表情で咥えていた杖を右腕に持ち、それを上に伸ばして大きく伸びをする。 「あー、すっとした」 とても活き活きとした顔でそう言うと、そこで初めてある事に気付いた。 ゴーレムが動きをとめている。 当然だ、ギーシュは意識を失い、その手から杖はこぼれ落ちているのだから。 「あら? これって……もしかして私の勝ち?」 ルイズは決闘中、ゴーレムの攻撃をかわし、呪文を唱える事にあまりにも集中しすぎていた為、どうやら決闘の勝敗の決め方を失念していたらしい。 キュルケは呆れながら言う。 「あんた、それやる気だったんなら最初っからやっとけば良かったんじゃない?」 ルイズも同じ事を考えていたらしい。 とても不機嫌そうな顔になって答えた。 「うるさいわね! 気付かなかったんだからしょうがないでしょ! いいのよ! こんなのでも勝ちは勝ちよ!」 「ぎゃーぎゃー喚かないの。それよりその腕何とかしなさいよ。見てて気色悪いわよ」 「何よ腕って……きゃーーーーー!!」 左腕は肘の所から二の腕の半ばまで肉ごと捲れあがり、ぷらんぷらんと垂れ下がっていた。 「きゃーーー! きゃーーーー! 何よこれ! 何よこれ! ちょ、ちょっとキュルケこれ何とかしなさいよ!」 キュルケはすぐにルイズに駆け寄って包帯代わりに自分のマントを引きちぎって腕に捲き付ける。 垂れ下がった部位は、剣による物凄い大きな切り傷のようで、マントで固定すると、何とか普通の腕に見えるようになった。 肩を貸しながら広場の端にルイズを引っ張って行くと、ルイズが突然えらく甘ったれた声を出した。 「……あのね、あのねキュルケ。聞いてくれる?」 「何よ?」 その両の目からは大粒の涙がぼろぼろ零れだしている。 「左腕はもとより、それ以外も、全身が物凄い痛くなってきたの。ねえ、泣いていい? 本気で泣きそう。いや、もうこれ限界、泣くわ、全力で。キュルケ、本当ごめん、少し休ませて。次お願いしていい?」 そんな事を言いながらその場に蹲ってしまうルイズ。 「いくらなんでもそんな怪我人に続きやれなんて言わないわよ。さっさと医務室でも行ってらっしゃい」 蹲り、下を向きながら尚ルイズは言う。 「大丈夫! 少し休めば大丈夫だから! いいから次の相手だけは何とかして!」 キュルケはタバサに目で合図すると、タバサは頷きルイズの側で魔法による治療を始めた。 「じゃ、そういうことで次の相手は私がするわ。どなたがお相手してくださるのかしら?」 観客達は、呆然とルイズとキュルケのやりとりを見ていたのだが、そこでようやく状況を飲み込めたのか、口々に文句を言ってくる。 「ふ、ふふふふざけるな! なんだあの決着は!? あんなの認められるわけないだろ!」 「決闘を馬鹿にしてるのか!」 似たような事をそれぞれが口走るが、キュルケは鼻で笑った。 「何よ、今度は難癖? 誓いが聞いて呆れるわまったく」 キュルケの声が聞こえているのかいないのか、観客達は喚き散らすが、それを先ほどの三年の男が制する。 「その過程がいかに醜悪で、恥知らずであったとしても、ミスターグラモンが杖を落としたのは事実だ。貴族の誇りを持つ我々がそれを無視する事はない」 やはり芝居がかったキュルケの癇に障る言い方をする男。 「初戦はミスヴァリエールの勝利を認めようではないか。次戦に立候補する者は居るか?」 キュルケの実力を知らない三年生達はこぞって立候補する。 その中からキュルケと同じ火の、ラインである女を三年の男は指名した。 彼女がキュルケを見る目は、まるで親の敵か何かを見るようである。 キュルケはギーシュの介抱をしているモンモランシーの方を向いて命じる。 「モンモランシー、そこ、その奥の位置に水のメイジを集めておきなさい」 その一言でモンモランシーは理解した。 キュルケは相手が何であろうと、本気全力で魔法を打ち込む気だと。 外野がまた大騒ぎを始めるが、そんなのを気にしている場合ではない。 そうしておかないと、あの不幸な上級生は取り返しのつかない事になる。 モンモランシーだけではない、キュルケの実力を良く理解しているクラスメイト達も一様に青ざめた。 そんな彼らの心情を知ってか知らずか、三年の彼は開始の号令をかけた。 開始一分。 トライアングルスペルで観客全てが度肝を抜かれる程の炎の柱を作り上げるキュルケ。 対戦相手は余りの恐怖に失禁しながら座り込んでしまっている。 そんな彼女に、まるで不要になった廃棄物でも処理するかのように、炎全て余す事なく叩きつける。 一瞬で周囲の芝もろとも火達磨と化した彼女に、モンモランシー達の水魔法が降り注ぐ。 観客達の悲鳴と罵声が飛び交う中、キュルケは興味も無さそうに投げやりに言った。 「次よ」 皆がキュルケの行為を非難している。 曰く、殺す気か? 貴族の子弟に対して何という事を、学園で程度というものを学ばなかったのか、等々。 キュルケは一切相手にせず冷たく言い放った。 「次、早く出てきなさい」 モンモランシーはキュルケの怒る様を見て、冷静さを取り戻していた。 彼女と一緒に居る時間が多かったせいであろう。 キュルケは表面上は大して怒って無いように見えるが、腹の中では信じられない程に激怒、いやキレている事がわかった。 今のキュルケなら何をやらかしてもおかしくない。 ああ、トライアングルメイジが後先考えずにキレるなぞ、考えるだに恐ろしい。 しかも戦闘向けの火のメイジである。それが暴れだしたら誰がそれを止められるというのか。 モンモランシーは周囲を見渡し、一人、キュルケに匹敵する能力を持つ人間を見つけ出す。 火達磨レディを上級生に任せると、その場を駆け出して彼女の元へと向かう。 「タバサ! ちょっとこれマズイわよ!」 タバサはルイズの治療に集中している。 「ねえタバサ! キュルケとんでもない事になってるじゃない! どうするのよアレ!」 その言葉にタバサは治療の手を止める。 「煽ったのは、貴方達」 どうやら、タバサも怒っているらしかった。 「そ、そうだけど……なんであんなにキュルケ怒ってるのよ。あんなキュルケ私初めて見たわ」 タバサは、広場の中心に立って次の相手を待つキュルケを眺める。 「それは私も驚いてる。最初から物凄く怒ってたけど、ここに来て上級生達まで居るのを見てもう歯止めが利かなくなった。そして多分トドメはルイズ」 「私?」 痛みのせいで涙目のままルイズは問い返す。 「キュルケはルイズの事嫌いじゃない。それがこんな目に遭わされて、もう後先なんて考えられなくなった」 タバサの意見にルイズは鼻を鳴らす。 「キュルケが? そんなわけないじゃない。そんな事より、キュルケがあんなに早く決めちゃうもんだから、次は私の番だってのにまだ痛みが取れないじゃない。どうしてくれんのよ」 ここにも後先考えないのが居た。 そんな顔をしてルイズを見下ろすモンモランシー。 「……やる気、なんだルイズ……へぇ……それは凄いわ、ホント……」 ルイズは憎憎しげにキュルケを睨みながら立ち上がる。 「ちょっとキュルケ! 次の相手だけって言ったでしょ! さっさと私に代わりなさいよ!」 キュルケは面倒くさそうに振り返る。 「この程度の相手なんて戦った内にも入らないわよ! いいから怪我人はすっこんでなさい!」 「何よ! ……っ!!」 更に言い募るルイズをタバサとモンモランシーの二人で取り押さえる。 そのままモンモランシーはキュルケに向けてひらひらと手を振る。 「キュルケー、こっちはいいからそっちはそっちで進めててー」 「あら? いつのまにこっちに来たのよモンモランシー」 「アンタに付いた覚えは無いわよ! いいからこっちは放っておきなさい!」 キュルケは肩をすくめて三年の方に向き直った。 モンモランシーは改めてタバサに聞く。 「タバサ、貴女ならキュルケを止められるでしょう? なんとかしてよ」 タバサは首を横に振る。 「まだみんな興奮している。今下手に止めに入ったら止めに入った私ごと袋叩きにされる。そうなったら死人を出さずに事を治める自信無い」 死人という単語にぞっとするモンモランシー。 確かに今止めに入ったら、同級生を火達磨にされた三年生達は収まらないだろう。 「じゃあどうするのよ!」 タバサは色々な事を考え、そして結論を出す。 それをモンモランシーに耳打ちすると、モンモランシーは頷き、校舎へと駆けて行った。