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ゼロと迷宮職人-05 - (2007/12/17 (月) 15:59:58) のソース
#navi(ゼロと迷宮職人) ゼロと迷宮職人 第五「階」 ルイズさん、貴方は僕のご主人様ですか? /1/ 二度目の実戦を終えたルイズとギーシュは、アレンに傷の手当てを受けていた。手当てといっても 包帯を巻くわけではない。 「ひとりをかいふくー、ひとりをかいふくー」 アレンの言葉と共に五芒星の形をした光が二人に降り注ぐ。 「……おお、痛みが引いていく。水系統……じゃ、ないね。どーみても」 「そうなのよね……って、アレン! 杖、杖!」 「あ」 慌てて杖を持つアレンにギーシュは苦笑する。 「僕の前では構わないけど、やはりほかの人がいる場合は杖を持つ癖を着けた方がいいね」 「ギーシュ、あんた……」 「そーいうもの、なんだろ? ダンジョンの事も含めて、アレンの事をことさら吹聴する気はないさ」 「ありがとうございます」 深くお辞儀するアレンを、よしてくれと手で制するギーシュ。 「さあ、それじゃいよいよダンジョン製作なんだろ? ダンジョンメーカーのお手並み、 拝見させてくれ」 「はい!」 おどけていうギーシュに力強くアレンが頷く。三人はダンジョンの一区画に移動する。 そこは初日に凸型に掘った場所だった。 「作業は凸の真ん中で行います」 #asciiart(){{ ■掘ってないところ □掘ったところ ★アレンのいう場所 ↑階段 ■■■□■ ■■■□■ ■■□□■ ■□★□■ ■■□□■ ■■■■■ }} アレンは自分のいった場所に立つ。 「部屋は、自分のいる方向に扉を向けます。ここから三方に部屋をつければ、 この真ん中に入ることで三匹の敵と戦えるということです」 「三匹一度に倒すと何らかの品物がほぼ確実に手に入る、ということだったね。 で、肝心要の部屋は、どう設置するんだい?」 「こーします。シャベル」 「おう! 部屋だな! 部屋つくるぞ!」 やる気十分のシャベルを正面に向ける。すると、いつもの六芒星が地面に浮かび、 部屋が浮かび上がってきた。おおお、と感心する貴族二人。 「錬金! 錬金かい今のは!」 「で、ででも、木は錬金できないでしょ!?」 ルイズの言葉どおり、部屋を構成する材料は木である。 「なあアレン! 入ってみてもいいかい?」 「どうぞ。その部屋には『えさおけ』を設置しました」 入ってみればなるほど、使い魔や馬などにつかうエサ桶が設置してある。 「小さくて一匹ぐらいしか入れないけど、馬小屋のようだね……」 「狭い部屋を好む魔物は多いです。中にはもっと大きな部屋に入る魔物もいたりします」 「そーいう部屋は作らないの?」 「家具がないです」 そんな会話をしつつも、アレンは部屋を作り続ける。左側にもう一つ『えさおけ』を設置し、 右側には『わらのベット』の入った部屋を作る。 「部屋を作るのもシャベルの力なのね?」 「そうです。家具も収納してくれます」 「ダンジョンに使う家具しかもてねーけどな!」 三つの部屋を行ったり来たりしながら騒いでいたギーシュが戻ってくる。 「凄い、いや凄いね! これならば確かに地下二十階まで作れるだろうさ!」 「じゃ、次の部屋を作りますね」 といってさっさと次の場所へ移動するアレン。慌てて着いていくルイズとギーシュ。 アレンの手際はいたってスムーズだった。次々に部屋を設置し、また次の場所へと 移動する。 「アレン、ちょっと聞きたいんだけど」 「なんでしょう?」 合計九つ目の部屋を作り終えたところでルイズが声をかける。 「部屋、正面と左はおなじ『えさおけ』を置くのに、右だけ違うのは何で?」 一箇所目、二箇所目は『わらのベット』、三箇所目にはゴミ箱を置いた『ゴミすてば』だった。 「『えさおけ』が一番多くもらえたから、というのが理由の一つ目。『わらのベット』の部屋に入る 魔物は武器や防具を落とすので、それを狙いたいのが理由の二つ目です」 「右に置いた理由は?」 「複数に効果がある魔法、道具は必ず左側にいる魔物からダメージが入るんです。で、一番最後に 倒された魔物からアイテムが手に入るので、それを狙ってああいう配置にしました。 ……あ、でも、今そういった魔法とか道具とか持ってませんから、意味無いかな」 ルイズは目を閉じた。すぐに開く。アレンがいつもの表情をしている。 「そーいうものなのね?」 「そーいうものなんです」 「……同じ攻撃で全体にダメージが入るのなら、同時に入らなきゃおかしい、というツッコミは…… しても、意味ないんだね?」 「ないわよ」 がっくり、と肩を落とすギーシュ。つい最近までは私もああだったなぁ、と遠い自分を見るような気分の ルイズである。 「家具が尽きたので今日はここまでです。はしご近くに『鉄の宝箱』を置いて帰りましょう」 三人は揃って入り口へと歩き出す。 「なあアレン。何でほかの部屋ははしごの近くに置かないんだい?」 「あんまり近すぎると魔物が入ってくれないんです。魔物はダンジョンにある部屋が好きだから 入り込むんです。好きな場所の近くでドタバタされると嫌だから、なんじゃないでしょうか」 「ふむ、まあはしごから入ってくるわけだから、たしかにドタバタするだろうね」 などと話をしているうちにはしごに到着。アレンが一部屋分掘って、そこに『鉄の宝箱』を 設置した部屋を作る。 「この宝箱、魔物を呼び寄せるため、じゃないとするなら何のために?」 「魔物が宝箱を見ると、これは便利だと自分の宝物を入れて鍵を閉めるんです。 魔物から鍵を手に入れて開けると、ちょっといい物が手に入ります」 開いた状態の鉄の宝箱を前にアレンが答える。 「人の、いや、魔物の心を突いた罠……見事だね」 「こんな見え透いた罠に引っかかるのもどーかと思うけど」 説明を受けなければギーシュも引っかかったんじゃなかろうかと思うルイズだったが、 口にしない。自分の使い魔がどういう反応を示すかは先ほど理解したばかりだ。 「じゃ、帰りましょう。明日から本格的なスタートです」 「おお! まっかせたまえ!」 「ちょっとギーシュ、アンタ明日も着いて来るつもり?」 言外の『図々しいにも程がある』という意味を理解せず、ギーシュは爽やかに笑う。 「もちろんさ! こんなに楽しく刺激的なこと、ほっておけるかい!」 「三人の方が楽ですよ」 アレンが同意するならしょうがない。この使い魔、普段素直だがけっこう頑固なのだ。 それに、なんだかんだといってギーシュは戦闘授業の成績上位者、いればいたで便利だろう。 ルイズはため息をつきつつ、しょうがないわね、というしかなかった。 /2/ 翌日の放課後。三人は再びダンジョンを訪れた。 「う……こ、これは」 「いる、なんかいるわ」 階段を下りた二人は、ダンジョン内に昨日とは違う、明らかな気配を感じた。 「じゃ、行きましょうか。今日から3対3の戦いになります。僕が一匹倒しますので、 残りの二匹はお二人にお願いします」 「うう……それも訓練なのね?」 「はい」 がっくりと肩を落とすルイズにギーシュが気楽な顔をする。 「心配いらないさ。いざとなったらアレンが守ってくれるんだろ?」 「はい。ご主人様はぼくが守ります」 「ア、アレン。僕は?」 「ついでに守ります」 ついで……と復唱して凹むギーシュをスルーして、ルイズはアレンの言葉に頷く。 大丈夫、私にはアレンがついている! 「よし、それじゃ行きましょう!」 三人はダンジョンの奥へと足を運ぶ。途中、宝箱の部屋を覗くと昨日と同じ空のままであった。 アレンの説明によれば、部屋を増やして魔物の数が増えれば確実に宝物が入るようになる、とのこと。 途中、一匹で通路にいたカラスコウモリを難なく倒し、設置した部屋の近くまで移動する。 部屋からは、生き物の気配が濃厚に漂ってきた。 「『わらのベット』の部屋に入った魔物は最初寝ています。なので起きている魔物をはじめに 倒してください。受けるダメージが減ります」 「心得たよ」 「分かったわ」 二人が頷くのを確認して、アレンが一歩踏み出す。魔物が部屋から飛び出してきた。 『えさおけ』の2部屋から飛び出してきたのは大きな猪、『わらのベット』からは 頭がネコ、体は人という獣人だった。両手に短剣を持ち、胸当ての防具をしている。 が。 「寝てる、やっぱり寝てる! 寝てるのに飛び出してくるってなんなんだ!」 「よくわかりません。魔物の習性じゃないですか? じゃ、いきます」 青銅の剣を構え、アレンが猪に飛び掛る。まるでそこに何もないように剣が滑り、 魔物が爆発する。 「一撃かっ! よし、僕もっ!」 ギーシュが勢いよく槍を突き出す。構えも動きも素人だが、何せ猪は犬より大きい。 簡単に槍が突き刺さる。悲鳴をあげるものの、猪は依然荒い息を上げる。 「今度は私よっ!」 ルイズの槍が猪に突き刺さる。小さな爆発と共に猪が消えた。 「よっし!」 「ギーシュさんの槍はなかなかいいですね。カラスコウモリよりブタイノシシのほうが 体力も防御力もあるんですが」 「はは、ほめてもらって光栄だよ。さて、それじゃ、最後の一匹なんだが……」 ギーシュは、立ったまま寝るという奇怪な芸当をかます猫獣人を見やる。 「やっぱり、見たことも聞いた事もない魔物だ……」 「ワーネコです。今までの魔物の中で一番強いですけど、すぐに倒せますよ」 「よっし、じゃあ行くわよ!」 ブタイノシシを倒して気をよくしたルイズが、ワーネコに槍を突き刺す。ザックリと 入ったが倒せず、その衝撃でワーネコが目覚める。その瞳がルイズを捉え、短剣をかざして飛び掛った。 武器を持った敵が、自分に飛び掛る。今まで一度として経験したことのないその恐怖に体が動かない。 ルイズは攻撃を受ける瞬間、アレンを見る。己の主が襲われているというのに、アレンは動かなかった。 二の腕が浅く切り裂かれた。焼け付くような痛みと共に出血する。 「いっ!」 「ルイズ! このお!」 鮮血の色に表情を変えたギーシュが造花の杖を振るう。ワーネコの足元から岩でできた槍が出現し、 貫いた。その一撃でワーネコが消滅する。 「痛い、痛いよ、痛い……」 二の腕を押さえてその場にしゃがみこむルイズ。 「アレン! 早く治療を!」 「はい」 ひとりをかいふく、の呪文をアレンが唱える。ルイズの傷はたちどころに癒え、出血の後すら 消えた。しかし、ルイズは立ち上がらない。 「ルイズ、まだ痛むのかい……」 ギーシュの問いに答えないルイズ。瞳から、涙がこぼれた。 「……なんでよ。なんで助けてくれなかったのよ、アレン!」 涙と失望、怒りが浮かんだ目でアレンを睨む。使い魔は、それでもいつもどおりの表情だ。 「アンタが守ってくれるっていったから、私がんばったのに! 怖かったけどがんばったのに! ウソツキ! アレンのウソツキ!」 ルイズは、アレンを信頼していた。今日で四日目という短い時間だったが、唯一自分の味方である アレンを信頼していたのだ。裏切られた、という思いと、何らかの間違いであってほしい、という 思いがルイズの中で渦巻く。アレンは、淡々と口を開く。 「その程度の傷で人は死にません。戦うこともできます」 「! アンタ……アンタ!」 怒りにわななくルイズを見ても、アレンの雰囲気は変わらない。 「傷つければ、反撃されるのは当たり前です。ぼくたちはダンジョンを作る側にいますから、 戦闘の起きる場所や魔物の配置を操作することはできます。でも、無傷で何もかもを得られるなんて、 そんな虫のいい話、無いです」 アレンの目はいつもどおり、真っ直ぐルイズを見る。嘘偽りの無い、心の底からの言葉を紡ぎ出す。 「ぼくはダンジョンメーカーです。ぼくの作るダンジョンが人のためになるのなら、何処でも ダンジョンを作ります。ルイズさんがぼくのダンジョンを必要とするなら、作ります。 ハルケギニア一のダンジョンを作れというのなら、ハルケギニア一の苦労をしてでも作って見せます」 真っ直ぐな視線が、真っ直ぐな言葉が、ルイズには辛い。目をそらして、耳をふさぎたい。 しかし、それをすれば終わってしまう。何かが終わってしまうことを、理由も分からず ルイズは感じていた。 「けれど、ご主人様にとってダンジョンが要らないのであれば、今からでもこのダンジョンを 潰します。ぼくがルイズさんの使い魔である必要もありません。ぼくはサウスアークの村に帰るので、 新しい使い魔を呼んでください」 「つ、使い魔の契約は一生のものっていったじゃない! 取り消すことも新しい使い魔を呼ぶことも 不可能だわ!」 「ならば、契約の印であるこの文字ごと、左手を切り落とします」 事も無げに、言ってのける。12歳の少年が、だ。そんな言葉を口にしながら、その瞳は別の言葉を 言っている。聞きたいのは、そんな言葉ではないと。 「ルイズさん、貴方はハルケギニア一のメイジになるといいました。ならば、このダンジョンで ハルケギニア一がんばらないといけません。傷つくことも、辛いことも当然あります。 しかし、そうしなければ本当に強くなることなどできません。 ルイズさん、貴方はぼくのダンジョンが必要ですか? ルイズさん、貴方は僕のご主人様ですか?」 見知らぬ土地で、見知らぬ少女に呼び出され、説明もなく使い魔にされた。そんな理不尽の中でも、 アレンが使い魔になると決めたのは、ルイズが必要としたからだ。 だからこそアレンはルイズをご主人様と呼んだ。しかし、アレンに頼りきって自分で歩くことを 止めるのであれば。アレンを必要としないのであれば。 アレンは使い魔であることを止める。たとえ、左手を失ったとしても。 「……ッ!」 その覚悟に、その言葉に、ルイズは震えた。痛いのは嫌だ、辛いのも嫌だ。そう考えるのは当然。 しかし、ここで逃げてしまえばアレンを失うことになる。この四日間、アレンの存在にどれほど 励まされ、癒され、希望を持てたか。いまさらそれを失って、これから生きていけるのか。 魔法が使えるようにがんばれるのか。否。否否否、断じて否! ここでダンジョンから、 アレンから逃げるということは、今までの自分からも逃げること。『ゼロの』ルイズの汚名を 雪ぐ事も無く、嫌なことから全て逃げてしまう。そう、昔、実家にある池のボートに逃げ込み 泣き続けた、あのころと同じになる。それだけは、ルイズの矜持が許さない。 涙を拭って立ち上がる。真っ直ぐな視線に、真っ直ぐな決意を述べる。 「私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 このダンジョンでハルケギニア一苦労をしても、ハルケギニア一のメイジになる女。 だからアレン、私には貴方のダンジョンが、貴方が必要。ダンジョンメーカーアレン、 貴方に問うわ。貴方は私の使い魔かしら?」 アレンは頷くと、初めてかもしれない笑顔を見せた。 「はい。僕はご主人様の使い魔です」 そういってアレンは、こともあろうにルイズに抱きついたのだった。一瞬で真っ赤になるルイズ。 「な、なななな、なにしてんのよアレン!」 「すみません。でもなんだかこうしたくって」 アレンは、ルイズがいとおしくなったのだ。感覚的には、がんばった子供を大人が抱きしめたくなる それである。 「バカバカバカ! バカアレン! こ、ここここんな所でっ!」 「すみません」 恥ずかしさに真っ赤になりつつ、ついアレンを抱きしめてしまうルイズ。アレンはお日様のにおいがした。 「……アレン、貴方大変よ? 私魔法使えないし、運動ヘタだし」 「大丈夫です。がんばりますから」 「……もう」 こうして、ルイズは覚悟を決め、真の意味でアレンの主となったのだ。 さて、この一連のイベントの影の功労者を紹介しなければならない。言うまでもなく、 それはギーシュ・ド・グラモンである。 主従関係崩壊の危機から告白じみたやりとり、今の見ようによっては恋人の語り合いのような二人を 目の前にしても、必死で気配を消して背景となっていたのだ。彼としても二人の関係が崩壊するのは 好ましいことでは無かったから、背景となることをよしとしたのだが。 (いかん……このままでは、いかんよ!?) 目の前の主従はラブラブ度数をぐんぐん上昇している(ようにみえる)。年齢的に無いとは思いたいが、 このままさらに愛を深め合いはじめたら、さすがに居た堪れない。かといって、ここで咳払いの一つも して自分の存在を主張するのも無粋だ。 (何か……何かないか! この二人を呼ぶに必要な、何かはッ!) 運命とダンジョンは、このギーシュ・ド・グラモンを見捨てなかった。必死で視線をめぐらせたその先、 ワーネコがいた『わらのベット』の部屋に、なにやら袋が一つ。 「あったーーーッ!」 「!?」 歓喜のあまり大声になり、結果二人はその存在を思い出した。飛び跳ねるように体を離す。 「な! ななな! 何かしらギーシュ!?」 「え? あ、いや、すまない。いやね、何かあるものだから、ほらそこ!」 「あ、はいはい、アイテムですねアイテム」 手を思いっきり振りながら、袋を拾いにいくアレン。おお、アレンがあせってるよ、レアだ。と ギーシュはその様を見る。 「む。うーん、まあ、これはこれで」 袋の中身を確認して、ちょっと眉の端を下げながらアレンが戻ってくる。 「なによ、ハズレだったの?」 「いえ、装備品がほしかったんですけど、カツオブシでしたから」 「なんだいそれは?」 アレンが袋の中身を二人に見せる。そこには、なにやら木の削りカスのようなものが入っていた。 「干した魚をスライスした調味料です」 「調味料!? ……聞いた事も無いが、調味料かぁ」 「バズレね……ま、次に期待しましょう」 落胆する二人に、アレンは励ますように少し笑ってみせる。 「でも、茹でたホウレンソウにかけて食べるとMPが上がりますから、メイジのお二人には これはこれでよかったかもしれません」 ルイズとギーシュ、二人は顔を見合わせる。なんともいえない、微妙な表情で。 「……ルイズ、僕の記憶が確かならば、MPとは確か精神力のことだったね?」 「ええ、そのとおりよ。間違いないわ」 「……これも、そーいうものとして流すべきなのかな?」 「そーするべきだわ。理由を聞いても答えは多分返ってこない。けど、さすがに私もこれは無理ね」 「そうかい、じゃあ、いいんだね?」 「ええ、行きましょうか」 「ああ、行こうか」 二人のやりとりを不思議そうな顔で見るアレン。メイジ二人は深呼吸をすると、アレンに向けて、絶叫。 「なんなんだいそれはッ! さすがにそれはありえないよアレン!」 「そーなんですか?」 「そーなの! いい? 人の精神力は生涯を通じても大きく変動することは無いの! 精神力は 魔法を使う力の源。魔法を多く使うためにはドットからライン、ラインからトライアングルと クラスを上げるしか方法は無いの!」 「しかぁし! もしそれが本当ならば、メイジ6000年の歴史で変わることの無かったその 大前提が覆されてしまう! 嘘だろ、さすがに冗談だろ!?」 「嘘じゃありませんよ。疑うのでしたら、今夜食べてみればいいのでは」 エキサイトするメイジ二人に、アレンはそう提案する。息を切らせていた二人は、顔を見合わせる。 「た、たしかに。そうすれば真実が分かる」 「そ、そうね。分かったわ、今夜私が食べて……」 「待った!」 押し止めるように手を上げるギーシュ。その目はこれまでに無いほど真剣だ。 「その役目、このギーシュ・ド・グラモンに任せてもらいたい」 「あんでよ! あんた、自分が精神力上げたいだけじゃないの!?」 「その気持ちがないといったら嘘になる。が、理由は別にある。ルイズ、君は自分がどれだけ精神力を 持っているか、把握しているのかい?」 「う!」 痛いところを突かれるルイズ。魔法が使えずことごとく失敗するルイズは、何の魔法をどれだけ使えば 精神力が空になるのか、全く分かっていない。というか今まで精神力が空になったためしがない。 「その点僕はバッチリだ。ワルキューレを七体錬金すれば僕の精神力は空になる。ほかのメイジに この話をできない以上、この役目は僕しかできない」 「う、うう。で、でもっ!」 「ご主人様、カツオブシならこれからも手に入りますよ」 アレンのフォローに、眉を怒らせつつも反論を止める。かなり納得がいかないが、現状ギーシュに 確認してもらうしか方法は無い。 「わ、わかったわ。じゃあ、実験台はギーシュってことで」 「……嫌な響きだが、納得してもらえたことには感謝しよう」 「じゃあ、残りの魔物も退治しましょう」 アレンが促し、ダンジョン探索が再開された。この日の収益は短剣「ワーネコダガー」一本、 「ガラスのゆびわ」一つ、そして件の「カツオブシ」一袋。銅貨は400枚を超え、換算すれば 銀貨4枚分に相当した。普段ならばその成果に驚くところなのだが、精神力上昇確認実験に 頭が一杯で、それどころではないルイズとギーシュであった。 学院に帰った三人は、厨房のマルトー親方に「おひたし」を作ってもらう。それを食べたギーシュは、 「カツオブシのしょっぱさがホウレンソウにとても合っている。サイドメニューにピッタリだね」 と評価。そんなことを聞きたいんじゃない、とルイズに叩かれる事になる。 /3/ そして、翌日の放課後。遂に精神力上昇確認実験が開始されることとなった。場所はほかのメイジに 見られぬよう、使用人たちの宿舎の裏である。 「ギーシュ、確認するわ。今日、魔法は使った?」 「コモンマジックを含め、一切使っていない。精神力は満タンだ」 腕を組んでギーシュを見るルイズ。アレンはいつものと如く落ち着いたものだ。一番落ち着いていないのは もちろんギーシュである。腕が少し震えている。 「じゃあ、始めて」 「分かった……錬金!」 造花の花びらが中を舞い、地面に落ちる。そこから七体のゴーレム、ワルキューレが姿を現した。 ギーシュ、錬金を使った状態から動かない。それどころか、額から脂汗を流し始める。表情も 固まっている。 「ギ、ギーシュ! どうしたの!? 成功? 失敗? 副作用!?」 ギーシュは答えない。震える杖を一体のワルキューレに向ける。それは主の命令に従って、 隣のワルキューレに刃を振り下ろした。当然ながら、斬られたワルキューレに傷が入る。 ルイズはその有様に小さく悲鳴を上げる。狂ったか、やはり危険だったのだ。食べなくてよかった。 そんな失礼なことを思われているなど露とも知らず、ギーシュは傷の入ったワルキューレに 杖を向ける。 「錬、金!」 搾り出すような声。ワルキューレの傷が見る見るうちに塞がり、元の状態に戻った。 「……できたよ、ルイズ。出来てしまったよ。こうなっては認めるしかない、このギーシュ・ド・ グラモンの精神力は、確かに、ほんの少しだが、上がっているッ!」 「あ、あああ……」 頭を抱えるメイジ二人。ここに、メイジの歴史6000年、変わることの無かった大前提が 崩れたのだ。そんな二人に、更なる爆弾発言をかますのがアレンである。 「ダンジョンで手に入る食材で上がるのは精神力だけじゃありません。全部で6種類。 体力の『HP』、精神力の『MP』、腕力を現す『つよさ』、身のこなしを表す『はやさ』、 頑丈さを表す『じょうぶさ』、そして知力を表す『かしこさ』です。今のダンジョンにはありませんが、 そのうちかしこさを上げられる食材をもつ魔物も呼び寄せませよう。魔法の威力が上がるから、 メイジのお二人にはいいとおもいます。でもまずはHP、とつよさ、じょうぶさを重点的にいきましょう。 この三つを上げておけば大抵の魔物が相手でも平気になりますから」 何気なく主訓練計画を練り始めるアレン。二人はアレンを見みて、次にお互いの顔を見る。 二人は揃って空を見上げた。ああ、今日も空が青い。 「ルイズ、正直に言おう。僕は今の言葉を聞かなかったことにしたい」 「ええ、私もよ」 二人は空を見上げたまま、しばらくそのままでいた。首が痛くなってきた。 「しかしね、やはりそーいうものとして流すわけには行かないね、これも」 「そうね……」 二人は疲れきった表情をアレンに向けた。小さく首をかしげるアレンの可愛さが、今はとても憎たらしい。 「どうしました?」 「聞くけど、それって食べれば食べるほど上がるのかしら?」 「上がりますよ。あ、ただし一日一食までです。他の食べ物を食べてもいいですけど、能力が上がる 料理は一日一回しか効果がありませんから」 「なあアレン。それってダンジョン行かなくても、強くなれないかい?」 その言葉に、眉根に皺を寄せるアレン。 「強くなれるわけないじゃないですか。それは能力が高くなるだけです。どんなに能力が高くても、 必要な時に必要な行動が取れなければ意味がありません」 「そうか……そうだね、そのとおりだよ、うん」 はははー、と渇いた笑いをすると、ギーシュは仰向けに倒れた。それにルイズが続く。 アレンがご主人様! と騒ぐがさすがに取り合う気力がない。 「……ルイズ」 「あによ」 「前にも言ったし、これからも言うことになるかも知れないけど、いうよ。君は、本当に、とんでもない 使い魔を召喚したね……」 「私もそう思うわー……」 渇いた笑いを上げ続ける二人。アレンは涙目になると、大人を超高速で呼びに行った。 結局この日はダンジョン探索はしなかった。ルイズもギーシュもしこたまワインをがぶ飲みし、 ぶっ倒れたからだ。時には酒に逃げたくもなる。この日がそうだった。 今回のNGシーン 座り込んだルイズを真っ直ぐ見ながら、アレンは口を開いた。 「サーバントダンジョンメーカー、召喚により参上した。問おう、貴方がぼくのマスターか?」 「型月はスレ違いよ、アレン……」 #navi(ゼロと迷宮職人)