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雷撃のタバサ二話-4 - (2007/07/31 (火) 00:55:05) のソース
[[>>back>雷撃のタバサ二話-3]] おおおおおお…… 風が唸りをあげる。哀しげな叫び声が聞こえるたびに、ますます雪風は強くなっていくようであった。 (人間などがこの吹雪の中をアイーシャに会いにくるものかよ……所詮、人間は人間、妖は妖……相容れることなどできぬ……) 雪の精霊はぎり、と唇を噛んだ。娘を誑かし、挙句に傷つけた人間への怒りがこみ上げる。 だが、村を凍りつかせてやろうとした彼女を、雪娘のアイーシャが泣いて止めたのだった。懇願する娘に、雪の精霊は一つの条件を出した。 二週間、この村に雪と嵐を呼び続けること。 そして、その間に男がアイーシャの元に姿を現せば、村を襲うのはやめて北に帰ること。 男が雪の妖精であるアイーシャを恐れて姿を見せなければ、村ごと凍らせること。 今日が約束の最後の日であった。 アイーシャは一人ライカ欅の上で、男を呼び続ける。だが、アイーシャが男を呼ぼうと声を上げれば上げるほど、雪風は強くなっていくのであった。 (もうすぐ約束の刻限が過ぎる。この村を凍らせて終わりにするさ……) 雪の精霊はじろりと村を眺めやった。 ――人間、か。 かつて、雪の精霊にも人間との交わりがあった。はるか昔、人と妖精がまだ近くに生きていた頃……彼女は人の名を持ち、人と暮らしていたのだ。 だが、人の寿命は、精霊に比べれば蜉蝣のように儚い。夫を失ってから、精霊は北の山奥に暮らしていたのだった。 (アイーシャはたった一人の娘さ……愚かな人間などにくれてやるものかよ……) おおおおおお…… 風がまた少し強くなった、そのとき―― 雪の精霊は、風を唸らせながら、金色の影が近づいてくるのを見つけた。 「見えたぜ! あそこが吹雪の中心で間違いねぇ!」 とらが指したのは、ひときわ高いライカ欅の頂上であった。とらの言うとおり、アイーシャの哀しげな声はそこからあたりに響いていた。 ヨシアが身を乗り出して叫んだ。 「アイーシャ! 俺だ、ヨシアだ! アイーシャ、君に会いに来た!!」 ライカ欅の頂上で、アイーシャはヨシアの叫びを聞いて、はっと目を見開いた。 「ヨシア! ヨシアなの!?」 「アイーシャ!」 アイーシャはライカ欅から、ヨシアのほうに飛び出そうとした、そのとき―― 「あぶねぇ、ニンゲンッ!」 びょうッ!!! 咄嗟にとらがヨシアを引っつかんで、襲い来る雹の嵐を避けた。一つ一つが弾丸のような勢いで打ち出されるそれを喰らえば、人間などひとたまりもないだろう。 「くっくっく……でたなァ、雪女のババア……」 「ろくでもない妖怪が……人間ごときに雇われて私を殺しに来たかよ……! 下種めが……!」 「うるせぇ! いくぜッ……!!」 ゴッ!!! とらの吐き出した炎が雪の精霊を襲う。雪女は一瞬で巨大な氷塊を作り出し、とらの炎を相殺した。 「け、まだまだこれからよ、わしの炎でぶっ殺して――――いて!」 さらに巨大な炎を放とうとしたとらの頭を、ポカリとシルフィードが叩く。 「駄目でしょ、とらさま!! 雪の精霊を殺してどーするの、きゅいきゅい! アイーシャさんも死んじゃうのよ?」 「だってよ、いまのは相手のほーから……」 「そーゆー問題じゃないの。とらさま、ヨシアを地面に降ろしてあげて」 「わーったよ……ったく……わしは悪くねぇのに……」 不平を言いながら、とらはひゅ、と地面に降りた。ヨシアがとらの背中から飛び降り、上空に浮かぶ雪の精霊に叫んだ。 「――雪の精霊、話を聞いてくれ! 俺の兄の振る舞いについては謝る。どうか……俺とアイーシャの仲を許して欲しい!」 雪の精霊の銀色の髪が、ざわりと怒りに震えた。 自分を見あげる人間の男――ちっぽけなその人間ごときが、娘との仲を許せだと? 「――娘を、私のアイーシャを奪おうとするかよ、人間風情が――ッ!!」 轟!! 無数の鋭い氷柱がヨシア目掛けて打ち出された。襲い来る氷柱の矢に、ヨシアは思わず目をつぶる。 「ち――!」 と一声叫び、とらが炎を吐き出そうとしたその時だった。 びょう!! と、激しい風が氷柱を吹き飛ばす。 氷柱はヨシアを避けるように地面に刺さった。ヨシアの前にゆっくりと白い着物を着た、雪の妖精が舞い降りてくる。 ……いつの間にか、雪は止んでいた。 雲の切れ間から覗く二つの月が、少女の美しい横顔を照らし出す。 ヨシアが呟いた。 「アイーシャ……」 アイーシャはヨシアにそっと微笑みかけると、雪の精霊を仰ぎ見る。 「――母様! 約束の刻限、ヨシアは確かに間に合いました! ですが、私は北へは帰りません。アイーシャはヨシアと共に生きます、共に死にます! たとえ種族が違おうとも、この気持ちには偽りはありません」 「おお、おやめ、アイーシャ……! その男はお前を残して早く死ぬよ……! お前の肌はその男を凍らせてしまうよ……! それでもいいというのか? お前は孤独になるよ、ずっとずっと孤独になってしまうよ……!」 声を震わせる雪の精霊に、アイーシャは微笑んだ。 「構いません。ルシールかあさま」 「……そうか」 雪の精霊は、だらんと手を垂らした。その瞳から涙がぽろぽろと零れ、氷の粒となって落ちた。月の光を反射して、きらきらと輝く。 「――――なら、お前の望みどおり、その男と死ぬがいいさ」 ハッとアイーシャが目を見開く。次の瞬間、パシャ、と音を立ててアイーシャの全身が崩れた。 「アイーシャ!?」 咄嗟に伸ばしたヨシアの手をすり抜け、アイーシャの体は溶けて地面に水溜りをつくる。瞬間、それは凍りついて鏡のようにきらきらと光った。 「あ、あ、ああ……」 ヨシアは地面にひざをついた。震える手で、かつてアイーシャであった氷に手を伸ばす。 「アイーシャ……そんな……アイーシャァアアア!!! うわあああああああああッ!!!」 ヨシアの絶叫が夜の森に響いた。 「なんてことを……! じ、自分の娘を殺すなんて! それでも精霊なの!? 悪魔ッ!――って、ちょ、ちょっと、とらさま!」 「さーて、終わりだ、帰るぜ」 怒りに震えるシルフィードを、とらはひょいと担ぎ上げた。そして、ひゅ、と空中に飛び出す。じたばたともがきながらシルフィードが喚いた。 「なんでよ、とらさま! あの雪の精霊許せないわ! どうして放っておくの!?」 「あー、オメエはまだ若いから知らんかもしれねーがよ……雪女を人間にする方法ってのがあるんだってよ……ちとやり方は違うが……」 はっとシルフィードは下を見る。 ちょうどそのとき――パン、という音と共に、ヨシアの目の前で氷が割れた。 次の瞬間、少女が氷から現れる。 じっと抱き合う二人に、シルフィードは目を丸くしていた。 「に、人間になれたの? ヨシアが凍ってないってことは……」 「そーゆーこったな。……む。おい、しるふぃ。『雪の精霊』とやらのお出ましだぜ?」 二人の前に雪の精霊が浮かんでいた。苦しげな表情で、雪の精霊はポツリと呟いた。 「……娘は、幸せになるだろうか? あの人間と夫婦となって……」 「くっくっく……ババア、オメエはどうだったよ……?」 ニヤリと笑うとらに、しばし沈黙していた雪の精霊は、バサリと布を頭に被る。顔を隠した布の下から、ポロ、と氷の粒が零れた。 「忘れちまったよ……昔のことだからさ」 そう寂しそうに呟くと、雪の精霊は、ひゅう、と風を集めて北に飛び去っっていった。 「……竜のお嬢ちゃん、あんたも幸せにおなりよ……」 風がかすかに、そんな言葉を運んだ。 翌朝は晴天だった。 村は朝からにぎやかな騒ぎに包まれていた。シルフィードとタバサが発つ前にと、急遽、ヨシアとアイーシャの結婚式が執り行われているのであった。 式への出席もそこそこに、とらとシルフィードは村を離れて飛び立った。とらが背中にシルフィードを乗せている。 「さて、帰るかよ……なんだか、今回は戦ってねぇな……ったく、なんのためにたばさと代わったんだか……」 「いいじゃない、二人が幸せそうだもの。見て見て、とらさま! アイーシャの花嫁衣裳、真っ白ですごく綺麗なのだわ! きゅいきゅい! まるで雪みたいに真っ白なの! あーあ、シルフィも、あんな花嫁衣裳着たいわ! きゅいきゅい!」 「ああ、ずいぶん美味そう――いて!」 「ふふ、後でとらさまには、お姉さまに沢山たくさん『テロヤキバッカ』を貰ってあげる! るーるる、るるる!!」 上機嫌なシルフィードの歌声が、ガリアの森に響く。 『テロヤキバッカ』を思い浮かべて、ぐぅ、と腹を鳴らしたとらは、トリステイン魔法学院に急ぐべく、ぐん!とスピードを上げた。 ごぉおぉぉおぉおおおおう…… 楽しそうに歌う青い髪の女を乗せて、巨大な幻獣は『黒い森』の空を駆ける。金色の風が唸りを上げた。 ……こうして恋人たちは結婚し、めでたしめでたしで終わる。 これは、そんなお話。 るいずととら外伝 『雷撃のタバサ 二話』 おわり [[>>back>雷撃のタバサ二話-3]]