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毒の爪の使い魔-34 - (2009/07/20 (月) 16:18:03) のソース
#navi(毒の爪の使い魔) 暗い暗い場所…、明かり一つ無い暗い場所…、闇の世界… そんな一筋の輝きも無い場所にジャンガは居た…。 「…静かだな」 ポツリと呟く。そう思っても無理は無い…、そこは風の音すらない静寂の空間だった。 一寸先は闇……そんな言葉を知っていたが、実際に体験したのは初めてだ。 いや、そんな事よりも…”ここは何処だ?” あのヒゲヅラと戦い…、嬢ちゃんを庇って刺され…、皇太子を背負って穴に飛び込み…、そして―― 「気が付いたら…こんな所にいたんだよな?」 ――ああ…、別に考えるような事じゃないな…。 ヤバイ怪我を負って気を失って…、気が付いたらこうなっていて…、ようは…そう言う事なんだろう。 「何だ……以外に呆気無かったな…」 もっと良くも悪くも派手になると考えていたばかりに、余りにもアッサリとした最後だった。 まぁそれでも最後は最後…、後悔したって始まらないし、何より後悔する必要が無い。 ――ならば……今一度、夢集める者となるか…?―― 唐突に声が聞こえた。 ジャンガは辺りを見回す。…誰の姿も無い。 だが、声は確かに聞こえてきた。 ――今一度…夢集める者となるか?―― 「この声…」 今語り掛けてきている声がルーンが痛みを与えた時や、消えた時に聞こえてきた物だと言う事に、ジャンガは気が付いた。 「テメェ…何者だよ? 俺に一体何の様があるんだよ?」 ――我が力の一部をお前は取り込んだ…、なればお前はメダルを持たずとも…夢を集める者―― 力の一部…何の事だ? 悩むジャンガに声は言葉を続ける。 ――かつて…我が栄華を極めた地――ムゥンズの跡地にて…お前は我の力を取り込んだ―― 「ムゥンズ……!?」 ジャンガの脳裏に蘇る過去の記憶。バッツとムゥンズ遺跡を探索した……あいつを殺したあの日…、 自分は黒い玉のような物を拾ったのだ。それは直ぐに消え、直後に軽い目眩の様な物を覚えた。 とくに身体に変化は無かったから気にも留めていなかったが…。 「あの玉が…、ムゥンズでの栄華…って事はテメェ、まさか…」 自分に語りかけてくる相手の正体を理解し、ジャンガは呆然となる。 ――自分が求めて止まなかった力を既に自分は手にしていたのか? ――我の力を取り込みし者よ…、我が力を欲するか? ならば…夢集める者となるか?―― 「やなこった」 即答だった。 「俺はもう疲れたんだよ……テメェの力は求めていたが、今はもうどうでもよくなってるんだよ…。 第一、俺が手にしたって…何もならなかった。…相手を殺せるだけの力が手に入ったぐらいか? まァ…例え俺の望むだけの力が有っても、先に行ったとおり…もうどうでもいいからな」 ――……―― 「そんな訳だ…、俺はテメェの力何ざにもう興味は無ェ。…とっとと消えろ」 ――そうか…。ならば……眠るがいい―― その言葉を最後に、声は沈黙した。 ジャンガはため息を一つ吐く…、これで邪魔者は居ない。 …死んだんだったら、後は眠るだけだ。 「ハァ…、ようやく楽になれたな…」 言いながら彼は横になる。 もうこれで何も気にする事は無い…、騒がしい現実とはこれでお別れだ…。 「これで何もかも終わったゼ…」 そうして彼は目を閉じた―― 「まだ終わってはいないよ…、ジャンガ君」 ――聞き覚えのある声が聞こえてきた。 ジャンガは目を見開く。そこには見覚えのあった男の顔が在った。 「…驚く事じゃねェな、俺自身死んだみたいだしよ…」 そんな事を言いながらジャンガは立ち上がり、目の前の男を真っ直ぐに見据える。 「終わってないってのは…どう言う事だ?」 「言ったまでの意味だよ。…君はまだ死んではいない」 男の言葉にジャンガは、ハァ? と声を漏らす。 「この真っ暗ってのを軽く超えた暗闇……どう考えてもこの世じゃねェだろ?」 言いながら周囲を見渡す。星の一つも出ていない、正に新の闇だ。 「何より…、死んだテメェがいるのが何よりの証拠だ…、そうだろ? …”炎蛇”」 ジャンガは目の前の男=コルベールを見つめ返した。 「にしてもよ……死んだら川を渡るみたいな話を聞いた事があったがよ…」 改めて見回す。…川どころか、道の一つ……いや、地面すら見えない。 ――そんな真っ暗闇の中でも、何故かコルベールの姿や自分の手などはハッキリと見えた。 まぁ…死んだのなら、それ位の事は不思議でも無いだろう…、とジャンガは納得する。 「直接地獄へ放り込まれたか…。それとも地獄の鬼にすら飽きられたか? 少なくとも極楽じゃねェのは確実だ、…行けるわけねェんだからよ。キキ、キ…」 ジャンガは自嘲気味に笑う。 「まァ…いいさ。地獄だろうとなかろうと、楽になれりゃさ…」 言いながら爪で頭を掻く。 そんなジャンガに向かってコルベールは口を開く。 「君は…それで本当にいいのかね?」 「…ウルセェ。お互い死んだんだ…、小言なんかもう意味は無ェんだよ…」 そこへコルベールではない者の声が聞こえてきた。 「いや、その人が言っただろう? 君はまだ死んではいないよ…、使い魔君」 その声にも聞き覚えがあったジャンガは振り返る。 そこには予想通りの人物――ウェールズが立っていた。 「テメェ…」 「意外だった――と言うよりは、居ては困ると言った感じだね」 「当然だ…、テメェにくたばってもらっちゃ困るんだよ」 ――自分は手紙をジョーカーに奪われた。つまり、あのお姫様との約束を守れなかったのだ。 それではこちらの条件であるタバサの母親の身柄の安全が保障されない。 …折角安心できたと思ったら、死んだ矢先に問題が起こってしまった。 ジャンガは悔しそうに歯噛みする。そんな彼を見て、ウェールズは声を掛ける。 「安心したまえ。アンリエッタは君との約束を守ったよ」 「何?」 「私を命がけで助けた君に報いる為にね…、彼女らしいよ」 「…そうかよ」 ホッとした様な声でジャンガは呟く。 そしてウェールズを軽く睨み付けた。 「だが、折角連れ出してやったってのによ…勝手にくたばってんじゃねェよ。 あの姫嬢ちゃん……テメェの事、可也好いている感じだったゼ? なのによ…」 「私は生きて再びアンリエッタに会えるなどとは考えていなかった…、勇敢に戦い…討ち死にするつもりだったからね。 結局…ワルド子爵に暗殺されてしまったがね…」 「好きな奴が目の前で死ぬなんてよ…、ショックはデカイゼ? トラウマにならなきゃいいけどよ…」 自分の経験をもとに感想を述べるジャンガ。その言葉にウェールズは笑う。 「だとしたら、それは私を勝手に連れ出した君にも責任が有るな」 「チッ…」 もっとも、とウェールズは続ける。 「彼女はそんなに弱くはないよ…」 「…そう願いたいもンだな?」 そこで一旦会話が途切れる。暫しの間を置き、ジャンガが口を開く。 「ところでよ…、さっきの言葉はどういう意味だ?」 「さっきの言葉?」 「”俺が死んでねェ”ってやつだよ」 ああ、とウェールズは納得する。 「言ったとおりだ…、君は死んでいない」 「どうしてそんな事が解るんだよ?」 答えようとウェールズが口を開こうとする。 「そりゃ解るさ。”死んでいる”んだからよ…」 「死者の事は死者が一番良く判る――という理屈だな」 反射的にジャンガは振り返り、大きく目を見開く。 聞こえてきた声――それは自分が良く知る、知りすぎた声だ。 そして、頭に思い浮かんだ顔がそこにあった。 「バッツ…、ガーレン…」 バッツは静かにジャンガに歩み寄る。 「こうして話すのも久しぶりだな…」 ジャンガは思わずバッツから目を逸らした。 ――彼の顔を真っ直ぐ見る事はできない。彼が死んだのは自分が原因なのだから。 そんな彼の心の内を理解したのか、バッツは両肩に手を置く。 「そんなに気負う必要はないぞ。――”あれ”は不幸なすれ違いによる物だ…、俺にも責任が在る」 「だが…殺したのは俺だ。俺が…」 「あの時も言った、俺は恨んでいないと」 「バッツ…」 「ガンツの事も色々気を使わせたな…、すまない」 「…謝るなよ。当然の報いなんだからよ」 その言葉にバッツは微笑んだ。 ジャンガはガーレンに顔を向ける。 「まさかテメェもくたばってたとはな…、あのガキ共にやられたのかよ? ”ナハトの闇”はどうなった?」 しかし、ガーレンはジャンガの言葉に悩むかのように考え込む。 ジャンガが怪訝な表情をするとガーレンが口を開く。 「すまないが……君とは何処かで会った事があるのかね? ”ガーレン”とは我輩の名前か?」 言葉の意味がジャンガには一瞬理解できなかった。 「テメェ…、まさか記憶が?」 「うむ、恥ずかしながらな。…タルブという村へ着いた時には名前も何も覚えていなかった」 「そうかよ…」 「だが、正直記憶が無くとも充実した生活が送れた。あの村の住人には感謝している。 …その我輩の故郷とも呼べる村も…今は戦火に包まれている。…それが非常に悲しいな」 「どう言う事だ?」 「戦争だよ」 また別の声が聞こえた。今度は年若い女の物だ。 声の方へ振り返る。想像通り、若い女がそこに立っていた。 日焼けした肌に鍛えられた身体をしており、革の胴着に綿でできているズボン、 獣の物らしい皮でできたブーツと言った出で立ちは貴族の物とは大分違った。 マントも羽織っていない所を見ると、実際貴族ではないのだろう。 その女の隣には一人の男が立っていた。 黒い上質のマントを羽織った男は年の頃四十ほどだろうか? だが顔は青年と呼んでも差し支えない瑞々しさがある。 その男の青い髪の色にジャンガは怪訝な表情を浮かべた。 (タバサ嬢ちゃんに似てるか?) 気のせいかとも思ったが、それにしては良く似た色だ。 と、女が口を開いた。 「何処かの貴族が戦争を始めたのさ。タルブって村はそのとばっちりを受けてるんだよ」 「テメェは誰だ?」 「ジル。しがない狩人さ」 「フン…。で、テメェは?」 男の方に顔を向ける。 「シャルル・オルレアン。オルレアン公の方が通りがいいかな?」 オルレアン公――いつだか、タバサの実家に行った時にその名は聞いた。タバサの父だ。 「…他人の空似じゃなかったわけだ、その髪は」 「娘が、シャルロットが大分世話になったようだね…ありがとう」 お礼を述べながらお辞儀をする。王族らしい、優雅な物だ。 「別に礼を言われる筋合いは無ェ…、俺は俺の好きな事をやっただけだ」 言いながらジャンガは周囲を見回す。もしかしたら”あいつ”もいるのでは? と思ったのだ。 だが、その姿は残念ながら見つからなかった。――いや…見つからなくて良かったかもしれない。 …今の自分に”あいつ”と話す資格は無い…、顔をあわせる事すら赦されない。 だから…いなくて良かったのだ――と、ジャンガは自分を納得させた。 ――首を振り、頭を切り替える。 「で? 死人が大勢何の用だ…。焦らなくても直ぐにそっちへ行ってやるからよ」 しかし、ジャンガの言葉にコルベールは首を振る。 「君の迎えなどではないよ。先にも言ったが、君はまだ死んではいない」 「君が目を覚まそうとしないだけだ。君が目を覚ましたいと思えば、直ぐにでも目が覚める」 ウェールズの言葉にジャンガは舌打する。 「冗談言うな。俺はもう疲れたんだよ…、生きるのにな。苦痛でしかないしよ」 「あの子と同じような事を言うんだね、あんた」 ジルの声にジャンガは振り返る。 「あの子?」 「シャルロットの事だよ。あの子とはちょっとした縁があってね」 「フン…。で、あいつと同じ事ってのはどう言う意味だ?」 「言ったとおりさ。辛い事ばかりだから、何も考えていたくない…、生きていたくないってね。 理由を聞けば、親を殺された、自分は死ぬ事を前提で任務に出された、だから…って言ったよ」 「……」 「あたしに自分を殺してくれ…なんて事も言ったよ。勿論人殺しなんてごめんだから、断ったけどね。 まぁ…これで解ったろ? あんたはあの時のあの子と同じさ…。 辛いから…苦しいからって、現実から目をそむけて逃げようとしているんだよ」 ジャンガの顔が怒りに歪む。 「ウルセェ…、テメェ如きに俺やあいつの苦労なんかが解ってたまるかよ…。 知った風な口を聞きやがって…、偉ぶるんじゃねェよ…クソアマ」 「解るよ」 「あン?」 「あの子にも話したんだけどね…、あたしも家族を殺された。もっとも…相手は化け物だけどね。 あたしが家を留守にしている間に屋敷が壊されて、父も母も…妹も食い殺された」 ジャンガは静かにジルの言葉に耳を傾ける。 「それから三年……あたしは森に住む化け物を片っ端から殺していったよ。…どいつが仇かなんて解らないからね。 そして、あの子に会った。あたしと似たような境遇で、妹と年も近かったあの子に…あたしは親近感が湧いたよ。 同時に、その時のあの子の弱さと甘えに多少なりと呆れも感じたよ。 だってさ…あたしは家族がもう一人もいない、復讐を遂げても誰も喜んでくれないし、手に入る物も無い。 でもあの子は違う。父は死んだけど、母は心を狂わされただけで生きてる。なのに死にたいなんてね…身勝手だろ」 「…そいつは同感だ」 「そう言ったら、あの子は怒ったんだけどね」 ジルは小さくため息を吐く。 「だろうな。…俺も似たような事があったからよ」 以前、タバサの実家であった一軒をジャンガは思い返す。 「でもね…、あの子は根は強い方だったんだと思う。少し話をしたら決心したよ、戦う事…生きる事のね。 だから、あたしは狩の仕方を教えて、あの子にあたしなりに生きる事というのを教えた。 本当だったらこの森を出るまでは一緒にいてあげても良かったんだけどね…。 あたしの仇の化け物に出会って…戦って…、相打ちになっちゃったよ」 「それっきりか?」 「…まぁ、あたしの伝えたい事は全部伝えられたから、そんなに未練は無いけどね。 でも…あんたは違うだろ?」 「どう言う意味だ?」 怪訝な表情をするジャンガを見つめながら、ジルは言葉を続ける。 「あんたはまだ色々と未練や後悔があるだろ? それなのに自分が犯した罪の意識に耐えられなくて、 未練は無い、後悔は無い、悪党だから死んでも当然、と自分で自分を追い詰めているんだ。 …正直、そんなのは謝罪にもなんないね。自分に都合の良い様に物事を終わらせようとしているだけさ」 ジャンガは言葉に詰まった。 「卑怯だよ、そうやって逃げようとするのは。あそこまであの子を気遣ったのに、途中で放り出そう何てさ…」 「だがよ…」 ジャンガは言い難そうに口篭る。 それを見て、オルレアン公が口を開いた。 「君に娘の事をこれからも頼めるかな?」 「…一度その娘を殺しかけてるんだけどな、俺はよ」 「それも過ぎた事だろう? いつまでも過去の事を引き摺ったり、意地を張り続けるのはよくない。 …事実、ぼくも意地を張り続けた所為で、悲しい事になってしまったからね。 ――ぼくも、もう少し素直になれていれば……兄さんともあんな事にはならなかっただろうし」 (なんだ?) その言葉にジャンガは引っかかる物を感じた。 兄とはタバサの復讐の対象のジョゼフ王の事だったはずだ。 あんな事、悲しい事とはなんだろうか? 狩猟会の一件の事かもしれない。 だが、素直になれていれば…とはどう言う意味だ? 弟が意地を張り続けていた事がジョゼフによる謀殺に繋がった、というのはどう言う事だ? だが、ジャンガはその疑問の答えが出せず、オルレアン公に尋ねた。 「どう言う意味だ、今の言葉は?」 しかし、オルレアン公は寂しげな表情を見せるだけだ。 「…何で答えねェ?」 「君に言ってもどうにもならないからさ…。これは、ぼくと兄さんの間の問題で…、 僕と兄さんとで解決しなければならなかったんだ。――もう無理だけどね」 「……」 「けど、君はまだ死んでいない。色々思う事はあるだろうけど……それもまだ解決できる」 「無責任な事を言うんじゃ――」 「そうかもしれない。でも、折角色々とやり直せるかもしれないんだ…、いや君はもう色々とやり直していると思う」 オルレアン公に続く形でガーレンが口を開く。 「我輩は過去の事を何も覚えていない。…だが、何か大きな事を……過ちを犯していたような気がする」 ジャンガは静かにガーレンに向き直る。 「その時の我輩が何を考えていたかは解らぬ。それが…罪だったのかどうかも解らぬ。 だが…何故だか、それを考えるとどうにも身体が震えるのだ。心も痛むような感じがする。 もしかすると…罪だったのかもしれない、思い出したくないが故に忘れてしまったのかもしれない。 …だとすれば、我輩は思った以上に自分勝手なのだろう。タルブの村などに住まわせてもらうなど叶わぬ事かもしれん。 だが、天の…始祖のお導きなのだろうか? 我輩はあの村に住まわせてもらった。 温かかった…。過去の我輩があのような温もりを知っていたかどうかは解らぬ…、だが…とても嬉しかった」 ジャンガは目の前の男が自分の知っている男と同一人物なのかを一瞬疑った。 まぁ無理も無い…、自己の目的の為に幼い少女すら躊躇わず利用していた男が、 記憶を無くしたとは言え、あまりにも善良な人間になっていたのだから。 そんな事とは知らないガーレンはジャンガへと向き直る。 「ジャンガ君、だから我輩はこう思う。――過去に大罪を犯した者にも幸せになれる可能性はあるのだと。 無論…身勝手な考えなのは百も承知だ。だからと言って、罪を犯した者には一切の慈悲も無い……などと誰が言える? それを言えば、世に生きる者の殆どには幸せになる権利など無い事になる。…罪を犯す事など珍しい事ではないからな。 ゆえに…我輩は思うのだ、幸せになる権利は誰にでも等しく有ると」 「……」 ジャンガは何も言えなかった。 「ジャンガ君」 コルベールの言葉にジャンガは顔を向ける。 「生きる事は確かに辛い…、挫けそうになる事もあるだろう。だが、それでも前に進むのを諦めないでほしい。 生きる事は辛いが……同時にとても素晴らしく、楽しい事だと私は思っている」 「素晴らしく、楽しい?」 「そうだとも。自分が為すべき事を見つけ、それを実現しようと努力する。実に楽しい事じゃないか。 そして、生きているからこそ新しい発見がある。人との出会いや別れもそれだ。 私も二十年教師を務めて様々な生徒と出会い、その旅立ちを見送ったものだ。 毎日研究室にこもっては、『火』の有効的な利用方法を考えてきた。 生徒達の理解を殆ど得られなかったのは残念だったが、それでも…充実した日々だった。 …それら楽しく素晴らしい日々を送る事を、私はもうできない」 「…すまねェ」 帽子を押し下げ、顔を隠しながらジャンガは謝罪する。 コルベールは優しげな笑みを浮かべる。 「顔を上げたまえジャンガ君。…私は恨んでなどいない。 寧ろ、あの時の私の言葉を聞いて、真っ直ぐに道を歩んでくれた事を嬉しく思っているのだよ」 「お前…」 「ジャンガ君、繰り返すが私は恨んではいない。だが…そのすまないという気持ちがあるのならば、生きてほしい。 生きている限り…、生きる事ができる限り…、生きてほしい。命を大切にしてほしい。それだけが…私の願いだ」 その言葉を聞きながら、ジャンガは内心呆れていた。 ――こいつは本当にとことんまで甘く、そして優しい奴だ。 自分を殺した…人生を奪った相手に対してここまで気遣える台詞が言えるのだから。 (まったく……どいつもこいつも、お人好しな奴ばかりだゼ…) ジャンガはため息を吐いた。――直後、コルベール達の姿が消え始めた。 「な、お前等!? 何処に行く気だ!?」 慌てたジャンガは叫ぶ。 コルベールが口を開く。 「どうやら時間のようだ。だが、丁度良かったかもしれない」 「おい、待てよ!?」 ジャンガは手を伸ばした。 バッツが笑う。 「ジャンガ、お前と過ごした日々は楽しかったぜ」 ウェールズが笑う。 「アンリエッタと最後に会えたのは君のお陰だ。ありがとう」 ジルが笑う。 「目が覚めたらすぐにあの子のところに行ってあげなよ。ああ見えて寂しがりやだからね」 ガーレンが笑う。 「我輩に言えた義理は無いかもしれんが……我輩の故郷とも言えるタルブと曾孫を頼む」 オルレアン公が寂しげに笑う。 「ぼくの娘の事も頼むよ。――できれば、兄さんの事も…」 最後にコルベールが笑った。 「生きていれば、楽しい事や素晴らしい事はある。辛い事にめげないでくれ…ジャンガ君」 ――全員が消えた。 そして、ジャンガは一人になった。 暫しジャンガは呆然とその場に立ち尽くした。 「勝手な奴ばかりだゼ…、こんな…どうしようもねェ野郎に好き放題言って…勝手に消えちまうんだからよ」 そうして考える。――この場に居なかった”あいつ”がもし居たら……なんと言っていただろうと。 「…考えるまでもないか」 あのお人好しである…、にべも無く「生きてくれ」というはずだ。…あの時だって、最後まで自分を気遣っていたのだから。 まったく……揃いも揃ってお人好しばかりである。 こうなったら意地でも生きなければ格好がつかない。 「いいじゃねェか…、やってやろうじゃねェか…、この異世界に俺の名を轟かせてやろうじゃねェか。 ”毒の爪のジャンガ”様、此処にあり…ってな!」 その瞬間、ジャンガの視界を明るい輝きが覆った。 「お?」 デルフリンガーは思わず声を漏らした。 ベッドの上で何かが動く気配があったからだ。 それが何かは考えるまでも無い。 「よぉ…随分とごゆっくりだったな、相棒?」 ベッドの上のジャンガはニヤリと笑った。 「少し寝坊した」 「少しじゃねぇよ…。相棒が眠ってる間に色々あって、大変だったんだぜ? …もっとも今も大変だがよ」 「戦争だろ」 ジャンガの言葉にデルフリンガーは驚く。 「こりゃおでれーた!? 相棒、何でその事知ってるんだ!?」 しかしジャンガは答えない。爪の上に何かを乗せて、それを興味深そうに見ている。 それが何かを知り、デルフリンガーは答えた。 「ああ、それはあの貴族の娘っ子が持ってきたんだ。メイドの娘っ子がお守り代わりって渡したんだとよ」 「シエスタ嬢ちゃんか…」 ジャンガは暫しそれを眺めていたが、やがてベッドから立ち上がる。 コートを羽織り、帽子を被り、懐に手にしていた物や銃を入れる。 そして、最後にデルフリンガーを手にした。 デルフリンガーはそんなジャンガに声を掛ける。 「行くのかい?」 「当然だ」 「まるで正義の味方だな、相棒?」 その言葉にジャンガはニヤリと笑う。 「正義の味方? そんなんじゃねェ。…玩具箱の掃除をするだけだ」 ――タルブの村郊外の草原―― 「のほほほほ!」 高らかな笑い声と共にジョーカーの腕が”伸びた”。 凄まじい速度で伸びる腕の切っ先は槍の様な鋭さを宿し、目標を――タバサの身体を串刺しにした。 その腕を元の長さに戻し、串刺しにした少女を見つめる。 その少女の身体は暫くして崩れる砂の城のようにして消えてしまった。 しかし、ジョーカーは然程驚きを見せなかった。 「ふむ……ハズレでしたか」 『おやおや、残念だったね?』 隣から聞こえた声にジョーカーは顔を向ける。 漆黒の鎧を纏った、二十メイルは超そうかと言う巨体のゴーレムが立っている。 レキシントン号の船底に吊り下げられていた物体の正体がこれだ。 ジョゼフがエルフと取引し、その技術…即ち”先住の力”を用いて完成させた代物。 故に、そんじょそこらのゴーレムとは訳が違う。名は”ヨルムンガント”と言った。 そのヨルムンガントの持つ、これまた巨大な剣の切っ先にも串刺しにされた少女の姿が在った。 だが、それも暫くして同じように消えてしまった。 それを見てジョーカーは笑う。 「貴方の方のもハズレでしたね~?」 『ふん、別に構わないわ。さしたる問題も無いのだからね』 ヨルムンガントの口を通してシェフィールドが言う。 そのまま、ヨルムンガントは目の前に向き直る。 ジョーカーも前方に向き直った。 そこにはつい今し方、串刺しにしたはずのタバサの姿が在った。 タバサは杖を構え、ルーンを唱える。 「ユビキタス・デル・ウィンデ……」 呪文の完成と同時にタバサの姿が揺らぎ、三人に分身する。 『ユビキタス<遍在>』…アルビオンでワルドが使用していた風のスクウェアスペルだが、 武者修行でタバサもそれを習得していた。 もっとも、まだ覚えたてであるがゆえに、遠くにまでは送れず、更にその数も一度に二体までが限界だ。 だが、それでも戦いには十分なはずだった。…しかし現実は無常だ。 ビーストジョーカーへと変身したジョーカーの力を見て、タバサはこの遍在をすぐさま使用した。 だが、ジョーカーの力は異様なほどに強く、遍在を含めた三人がかりでも苦戦。 そこへあの”ヨルムンガント”と呼ばれるゴーレムだ。 ゴーレムとは思えない尋常ならざる動き、その巨体に合った巨大な剣や投げナイフなどは脅威以外の何者でもない。 おまけに、その鎧にはあのエルフが使用していた先住魔法と同じ物が掛けられているようであり、 自分の魔法はその事如くが跳ね返されてしまった。 パワー等は下回っているが、攻撃が通じない分、ビーストジョーカーよりも始末が悪い。 更に悪い事に、キュルケ達は共に現れたフーケの操るゴーレムや生き残りのジャンガのスキルニルに阻まれ、 此方への援護も出来ない状態だ。 完全なる孤立状態……かなり不味い状況だ。 だが…と、タバサは思い直す。 「ここで引く事なんてできない…、負ける事も…」 そう…自分は負けられない、負けてはならないのだ。 アルビオンでの戦いでは自分は彼を守れず、逆に迷惑を掛けてしまった。 今、ベッドの上で眠っている彼に報いる為にも…自分はもう負けられないのだ。 勝つ…、例えどんな相手であろうと…必ず勝つ! タバサと遍在は杖を構え、ルーンを唱える。 竜巻が巻き起こり、前方へと飛ぶ。三つの竜巻は途中で混ざり合い、巨大な竜巻となって前方の敵に襲い掛かった。 「フン!」 ジョーカーは無造作に腕を竜巻目掛けて振り下ろす。 それだけで竜巻は霧散した。しかし、タバサは怯まない。 素早い動きでジョーカーとヨルムンガントに突撃する。 ジョーカーが再度腕を振り下ろし、ヨルムンガントも大剣を振り下ろす。 二つの衝撃に地面が砕け、粉塵が舞う。 タバサと遍在は呪文と体術を駆使し、攻撃を避ける。 同時にウィンディ・アイシクルを放つ。数を減らす事を考え、目標をジョーカーに絞った。 無数の氷の矢が飛び、ジョーカーの腕や身体に突き刺さる。 だが、ジョーカーの笑みは崩れない。 「蜂が刺したようにも、蚊が刺したようにも感じませんネ~♪」 身体を高速で回転させる。突き刺さった氷の矢が遠心力で外れ、四方八方に飛び散る。 その氷の矢をタバサと遍在は避け切れない。次々に氷の矢が体中を傷つけていく。 ボロボロになった三人のタバサのうち、遍在の二人が消える。 残った本物のタバサは地面に膝を付き、苦しそうに呼吸を繰り返す。 息をするだけで苦しい…、立ち上がろうにも力が入らない。…もう身体は限界なのかもしれない。 体中の傷から血が滴り、地面に赤い泉を作っていく。 「のほほ、どうやらもう限界のようですネェ~。まぁ、よく頑張った方でしょう」 ジョーカーの場の雰囲気にそぐわない、暢気な声が聞こえてくる。 タバサは顔を上げ、ジョーカーを睨み付ける。 それが可笑しかったのか、更に笑みを濃くする。 「悔しいですか? 遠慮なさらずにもっと悔しがってください。のほほ」 そう言われたタバサは心の底から悔しく思った。 折角強くなってきたのに、負けないと誓ったのに、自分は歯牙にもかけられていない。 これでは…あのエルフと対峙した時と何も変わっていないではないか? タバサの様子にジョーカーはさも満足そうに笑う。 「のほほほほ、いいですネ~最高の気分です。あとは貴方達を始末して、トリステインを火の海にする。 それで万事解決です。…ジャンガちゃんもきっと悪夢から覚めるでしょう」 ジョーカーの言葉にタバサは怪訝な表情をする。 「悪夢…?」 「ええそうです。ジャンガちゃんはこのトリステインという国……いえ、貴方達に毒されているのです。 それで悪夢を見ているのですよ…ジャンガちゃんは。そうでもなければあんな風にひ弱にはなりません」 「ジャンガは弱くなったんじゃない…、気が付いて…思い出しただけ」 「気が付いた? 思い出した? 何ですかそれは? そっちの勝手な思い込みでジャンガちゃんを惑わせないでください。 正直、迷惑以外の何者でもありません。ジャンガちゃんに優しさなどは不要なのですよ!」 「それは本当のジャンガを知らないだけ。勝手な思い込みをしているのはあなたの方」 「ワタクシがジャンガちゃんの事を知らないとでも言うのですか!? これ以上無い侮辱です!」 ジョーカーは憤慨し、怒りに顔を歪める。だが、それでも何とか理性が感情の暴走を押し止めていた。 しかし、タバサの口から決定的な一言が漏れた。 「ジャンガを侮辱しているのはあなた」 「何ですと?」 ピクリとジョーカーは反応を示す。 タバサは言葉を続ける。 「彼を都合良く利用しているあなたの方が、よっぽど彼を侮辱している。 彼は誰かの道具じゃない。彼は彼。その自由を奪い、本当の彼を知ろうともしないあなたに、 彼の事を気遣ったり、友人でいる資格は無い」 ジョーカーの思考は完全に停止していた。 利用した? ジャンガを? 何時? 誰が? どのように? …自分がか? そこまで考えた瞬間、ジョーカーの中で何かが”切れた”。 「だぁぁぁぁぁまぁぁぁぁぁれぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!!!!」 轟音が響き渡る。 ジョーカーの振り下ろした腕がタバサを打ち据え、地面を砕いたのだ。 その一撃にタバサは全身の骨が砕けるような感覚に襲われる。 だが、ジョーカーの猛攻は止まらない。 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、地面を両の腕で打ち据える。 断続的に土煙が上がり、もはやそこで何が起こっているのか確認する事が出来ないほどだった。 その様子は当然キュルケ達も見ていた。 「タバサ!?」 キュルケが友人のピンチに駆け出そうとする。 だが、回り込んだスキルニルに蹴り飛ばされた。 「あうっ…」 「キュルケ!?」 ルイズが声を掛けるが、キュルケの耳には届いていなかった。 「た、タバサ…」 地面を打ち据えながらジョーカーはタバサへの怒りを頭の中で反芻していた。 ――自分がジャンガを利用している? あまつさえ、道具扱いしているだと? 何も知らない小娘が…好き勝手な事を言う! 自分はジャンガを道具扱いした事などただの一度も無い。 そう、平民や使い魔をそのように扱うメイジ達などとは違うのだ。 あの日、自分は路地の裏で生活するジャンガと出会った。 彼の中の狂気や残忍さに自分は心底惚れ込んだ。 それは素直な感情だった…、愛情ともとれるほど純粋な…。 彼との付き合いだって中々に良かった。趣味の違いは多少あれど、それは些細な事だと笑って言えるほど。 自分と彼は巡り会うべくして出会った――そう思えるほどに非常に気が合い、仲良く過ごせた。 …それを、たかだか十年そこらを生きただけの…ジャンガと数ヶ月過ごしただけの小娘が否定したのだ。 ――赦せない…、断じて赦せない…、どうあっても赦せない! 殺してやる…、殺してやる…、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!! そんな感情を発散させるが如く、ジョーカーは腕を振るい、地面を何度も何度も叩いた。 暫くし、ジョーカーは腕を止めた。 ハァハァと荒く呼吸を繰り返す。 呼吸を整え、ジョーカーはちょっとしたクレーターになった目の前の穴に腕を伸ばす。 穴からタバサを引き上げ、地面の上に無造作に投げ捨てる。 その姿を見てキュルケもルイズもギーシュも、言葉を失った。 …見るも無残にボロボロだった。腕や足はあらぬ方向へ曲がり、一目で骨が折れている事が解る。 身体は血塗れで、真っ白だったシャツは最早鮮血で真っ赤に染まっていた。 どうみても生きているような状態には見えない。…だが、その胸は僅かに動いていた。 生きている…、そう生きているのだ。あれで生きているとは…奇跡と言える。 「別に奇跡とかではないですよ?」 キュルケ達は一斉に顔を向ける。 ジョーカーはニヤリと笑い、腕を伸ばして何かを指し示す。 そこには青い色をした杖を持った幻獣が居た。 その幻獣にギーシュは見覚えがあった。…そう、確か魔法学院で見かけた。 だが、あれとは身体の色や形状が異なっている。 「この子達はハートマギと言いまして、並みのメイジよりも強力な癒しの力を持っています。 まぁ…簡単に言えば、この子達が癒しの魔法を掛けていたからシャルロットさんは死ななかったのですよ。 理由? それは勿論”簡単に死んでもらいたくなかったから”ですよ。 ワタクシのジャンガちゃんへの思いを侮辱してくれたのですからね…、 それ相応の苦しみを味わってもらわなければいけませんから」 その言葉にキュルケ達は愕然とした。 死ぬかもしれない攻撃を受け、しかし死なないようにその身を保護する。 そして死ぬかもしれない恐怖と苦しみを味あわせ続ける……なんと言う残酷なやり方だ。 これならば、一思いに相手を殺す奴の方が余程慈悲深く思える。 ジョーカーはタバサを見つめる。 その目は何処までも虚ろだ。 呼吸はしているが精気という物が感じられない。…既に精神が砕けているのだろうか? 早すぎる…、ジョーカーはそう思った。まだまだ自分が感じた屈辱と苦しみはこれ位ではない。 もっともっと味わってもらわねばならないのだ。 …だが心が壊れてはどうしようもない、それを直すのは自分でも無理というものだ。 「仕方ありませんね。…まぁ、あとはトリステインを灰に変える事で紛らわさせてもらいましょう」 ジョーカーは両腕を掲げる。その伸ばした両腕の先端の間に、小さな火球が出現した。 火球は瞬く間に大きくなり、家ほどの大きさに成長した。 その火球が持つ熱量はどれほどのものだろうか? ジョーカーが突然生み出した火球の凄まじさにキュルケ達は呆然となる。 だが、キュルケはその火球の行き先を理解し、我を忘れて叫んだ。 「あなた、止めなさいよ!? それをタバサにぶつけてみなさいよ!? あなたもただじゃすまさないわよ!?」 ジョーカーが顔を向ける。そしてニヤリと笑う。 そうしてタバサに視線を戻す。空に飛び上がり、腕を大きく振りかぶり…振り下ろした。 キュルケは目を見開いた。 タバサは何も感じなかった。 目の前でジョーカーが生み出した火球……おそらくは膨大な熱量を持っているだろうそれは、しかし何の熱さも感じない。 いや…自分の身体が壊れているだけなのだろう。事実、腕や足が不自然に折れ曲がっているのに痛みを感じないのだ。 身体は動かない。指先一つ動かせない。もはや、何もできない。 すると、ジョーカーが飛び上がる。 大きく腕を振りかぶり、振り下ろした。すると、巨大な火球が自分目掛けて降り注いできた。 火球が降り注ぐ事はどう考えても一瞬のはずなのだが、タバサにはやけに遅く感じられた。 それでも火球は徐々に自分に迫る。 赤い、紅い、太陽のような火の玉が自分に迫る。 それは膨大な熱量で持ってして、自分の身体を瞬く間に炭化させるだろう。いや…悪ければ灰すら残らないかもしれない。 それほどの炎の塊が迫って来ているにも拘らず、タバサはこれ以上無い位に落ち着いていた。 かつてキメラに襲われた際に死を覚悟したが、取り乱していたあの時とは違った。 生きているのが不思議なくらいな大怪我を負っているからなのだろうか? 解らない…、だがそんな事は考えても仕方ないだろう。理由が解っても別にどうでもいいのだから。 ああ…そんな事を考えているうちに、手を伸ばせば届きそうなくらい近くにまで火球が迫ってきている。 それをタバサは静かに見つめていた。 この際、どうあがいても無駄なのは解りきっていた。 でも……できれば、最後に彼に会いたかった――そんな事をタバサは思った。 巨大な火球が眼前に迫った。 ――直後、タバサの視界を闇が覆った。 草原に小さな太陽が生まれた。――そう表現するしかなかった。 それほどまでに火球の威力は凄まじかった。 キュルケは呆然とそれを見つめ、そして膝を付いた。 「タバサ……そんな…」 呆然と呟くキュルケの耳にジョーカーの笑い声が響いた。 「のほほ…のほ、のほ……キシシ…」 それはとても楽しそうで…、とても嬉しそうな―― 「キシシシシシシシ、キーーーシシシシシシ!!!」 ――狂った笑い声だった。 #navi(毒の爪の使い魔)