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凄絶な使い魔‐02 - (2009/06/07 (日) 22:48:54) のソース
第二話「学院長室」 元親はコルベールとルイズの後をついて、そびえ立つ魔法学院校舎へと向かって行った。 石造りの建物は戦国武将であった元親にとって大変興味深いものであった。 最初、学園内に入る時、前方をいく2人が履物を脱がずに入って行った事に驚いたが、ここではそれが普通なのであろう。 これだけの大量の石材を使用して作った城は元親が知る内では秀吉が建てた大阪城ぐらいである。 あれは元親が知る限り、最も堅牢で難攻不落、そして最も豪奢な城である。 それに比べると、この建物は城として見るより、神社などの形式だった建物のように見える。 元親はあちこち見て回りたい気もしたが、さすがに前の二人を見失うわけにはいかない為先を急いだ。 3人は階段を登りつつ、上の階へと進んでいった。 その事に気づいたルイズがこの先の部屋について思い当たり、コルベールに尋ねる。 「あの…先生、この先の部屋は一つしかありませんが……」 「はい、向かっているのは学院長のところですぞ」 げっ…貴族令嬢にあるまじき言動をすんでのところで、口内押しとどめた。 なんで?学院長室に? トリスティン魔法学園の学長オールド・オスマンは生きながらにして伝説のメイジとして名をはせる老メイジである。 たかだか、平民を合わせるために尋ねて良い方ではない。 疑問が少女のなかでどんどん膨れ上がっていく。 という事は目的は…ワタシってこと!? やっぱり、召喚したのが平民だったから? メイジを見るならまず使い魔を見よって言葉があるけど、 もしこの平民が私にふさわしい使い魔だとしたら… そう考えると軽い目眩がしそうだった。 でも契約しないと留年だって言われたし、留年したら間違いなく実家に戻される。 そんな事になったらお終いよ、魔法を使えないメイジなんて、ヴァリエールの家名に泥を塗ったも同然、 私は一生屋敷に閉じ込められて暮さないといけなくなって、小さな窓から外を眺めるだけの人生を送るしかないんだ! 「……ううっ、小さな小鳥さん、貴方は良いわね自由に飛べる羽があって」 ブツブツと呟きながら夢遊病者のようにふら付いて階段を上がっていく少女は、後ろから 付いていく者としては見るからに危なっかしい。 「鳥がどうかしたのか?」 「……ああ、私も飛んでいきたいあの空へ」 ブツブツと呟き続ける少女へ、元親は不思議に思った。 「飛べばいい、その為の魔法だろう」 「…………」 元親の声が聞こえてないのか、ルイズは振り返ることはなかった。 3人は最上階の扉の前までくるとコルベールが重厚な扉のノッカーを叩く。 しばらくすると激しく肉を殴打する様な音が扉越しに聞こえ、やがて若い女性が出てきた。 学院長の秘書を務めるミスロングビルである。 「あら、コルベール先生、学院長に御用ですか?」 「これはミスロングビル、急なことで申し訳ないのですが学院長はおいでですか!」 「え、ええ…、まだ息はあると思いますけど」 「……そうですか、ところでミスロングビル」 「はい?」 「伺いたいのですが、手に持っている血が付いた木の棒は一体?」 「椅子の足のだったものですわ、コルベール先生」 「………」 微妙な会話のあと三人は学園長であるオールドオスマンの前に通された。 白髪の老人で齢300年とも言われる老メイジは弱弱しげに片手をあげて、 コルベール達を招いた。 「ゴホゴホ…、コルベール君、今日は何かね?」 「なんだがお体の具合が悪い様子ですが、大丈夫ですか?」 「フン…いやなに、しばらくすれば治るわい、ところで後ろにいるのは、確か…ミス・ヴァリエールじゃったな、 その隣は……はて?誰じゃったかの?」 「その事についてお話がございまして…」 コルベールはルイズと元親を招き、事の次第を学院長に報告した。 まず、コルベールは元親に対し、使い魔の召喚の儀式について簡単に説明を始めた。 「つまり、俺が入った光の鏡は、この国の神事の儀式だったわけだな」 「まぁそんなところじゃ、本来は動物や幻獣などが呼び出されるはずじゃがな……」 そういうとオスマンはハツカネズミを懐から取り出して元親に見せた。 動物と同列に扱われているようで何となく不愉快ではあったがオスマンと呼ばれるこの老人に悪意はないようだ、 もともと人を食った性格の持ち主なのだろう、 フッ……獣ならぬ、鳥無き島の蝙蝠を呼び出したわけか。 「今まで、サモンサーバントで人間を呼び出したなんて聞いたことがありません、伝統に従い コントラクトサーバントまで行いましたが…、今にして思えば……もう少し慎重に対処すべきだったかもしれません」 今までだまって事の成り行きを聞いていたルイズがコルベールのセリフに驚嘆した顔を向けた。 「……わたしの……、ファーストキスが……」 つい、うっかり、口を滑らして多感な年ごろの少女に大ダメージを与えてしまったようだ。 中年教師が歯切れの悪い調子で弁解しようとしていたが、 結局、一度呼び出した使い魔は死ぬまで共にせねばならないし、その間、代わりの使い魔を再び召喚することはできない。 つまり、ルイズの場合、留年したくないなら結局のところ、契約の儀はさけられない結果だったわけだ。 もし、再召喚を学院長本人が認めるとして、その場合、召喚したこの青年を殺して、再度召喚するという事になる。 まさか、オールド・オスマンともあろう人がその様なメイジとしての道義に反れるようなことをするとは思えない。 オスマンは机から水パイプを取り出し、一服つけると、ルイズに尋ねた。 「ミス・ヴァリエールはこのチョーソカベ君を使い魔とすることに反対かね?」 突然話を振られたルイズであったが、少し考えて答えた 「……いえ、学院長がお命じならばかまいません」 内心では平民の使い魔より、ドラゴンなどの壮麗で強靭な生き物のほうがふさわしいと思っていたが、 ここは当たり障りのない答えにしておいた。 (この場合、嫌だといったらどうなったんだろう) オスマンはニコニコと旨そうに煙をふかすと、 「いや~良かった、嫌なら始祖ブリミルへの不敬で退学決定じゃったもんね」 ルイズは貼り付けた笑みのまま硬直した。 老メイジは冗談じゃ、と笑って今度は元親に話かける。 「そして、チョーソカベ君、君に頼みがあるんじゃが」 今度は壁を背にして話を聞いていた元親にオスマンが話しかける。 「俺にその使い魔になれというのだろう?」 「嫌かね?」 「さぁ、どうするかな?」 元親の人を食った即答ぶりにルイズの血圧は急上昇した。 「ああああアンタね、平民の分際でヴァリエール家の家名に泥を塗る気?」 コルベールが押さえているが、ルイズは元親に掴みかからん勢いだ。 いや、手を離したら恐らく突進していくに違いない。 「家名に泥だと?」 「そうよ、ヴァリエールの名の者が魔法学院を退学したなんて噂が立ったら、生きてはいけない程の恥なのよ!!」 ルイズがまくしたてるのを抑えながら、コルベールは落ち着くように促す。 「ミス・ヴァリエール、淑女たるものがはしたないですぞ!、それに貴方はすでにコントラクトサーバントを 終えているではありませんか、それは使い魔の契約を結んでいる事に他ならないのですぞ!」 「それじゃー、なんでコイツは拒否するんですか!」 そう言われてもコルベールには、古今前例がない事だから答えようがない。 「それはたぶん、知能の差じゃろう、人間並みの知性の生き物を従えたメイジは古来から少ないからの、 まあ落ち着きなさいミス・ヴァリエール」 そう言うと、オスマンは元親の方に向き直ると、 「ところでさっきから気になっておったんじゃが、チョーソカベ君はずいぶんと変わった衣装を着ておるが、どこの国の出かね?」 「土佐だ」 「トサ?、すまんがそれは何処の国かね?」 知らぬのも無理はない、元親は説明した。 土佐とは日本の瀬戸の海を越えてところにあるある島で、自分はその地方一帯を治める国主である事。 日本とは豊臣家が関白摂政を執り行う国であり、正統たる帝は京におわす事。 つい先日、実力者である五大老の筆頭、徳川家康と豊臣家による大いくさが行われたばかりで、自分も西軍の武将として参戦した事。 あらかた説明を聞いたあと、オスマンとコルベールは首をかしげた。 「コルベール君、今の話で知ってる名前は一つでもあったかね?」 「いいえ、…学園長でもご存じありませんか」 総勢16万の戦争を起こすとなると、それなりの規模の国である事はわかるのだが、当然ハルケギニアの国でそれが行われた事はない。 「彼はロバ・アル・カリイエ出身ではないのですか?」 「そうかもしれんのぉ」 ロバ・アル・カリイエとはハルケギニアにとって、サハラ砂漠よりさらにの東方に位置する地域の総称である。 エルフという強力な亜人種族の土地を通らざるを得ない為、東方への行き来は困難となり、未踏の地となっている。 あらかたその事を元親に説明すると、「確かに古来、我が国は日出る国と呼ばれていたらしい」と答えたので、 彼の出身地は東方に間違いなかろうという事になった。 「しかし、だとすると君の帰る手段はありゃせんという事になるぞ、なんせエルフの土地であるサハラを 超えることなんて不可能に近いからの」 そこでじゃ、オスマンは改めて元親に向き直ると言った。 「お主も突然、このハルケギニアに呼び出されて、行くあても食い扶持もない身じゃ、ミス・ヴァリエールは 君がいないと留年、メイジとしての最大の恥辱を受けることになる、そこで、君の衣食住の保障と、使い魔でなく、 雇用人として彼女に仕えるというのはどうじゃろうか?」 オスマンの提案をルイズは考えてみる。 雇用人?…つまり、私は平民に給与を支払い、使い魔になってもらうのか……。 コントラクトサーバントは成功しているわけで、彼自身は間違いなく私の使い魔に違いないのに。 まぁ人間の使い魔なんだからそれが当然の気がする、でも、それなら雇用主側の意見としては、せめて 何か特技があって欲しいところである。 そんな事を考えていたら元親がオスマンに向かって言った言葉は 「条件がある」 ときました、……オ、ホ…ホホホホ、ずいぶんこの平民はお高い事ね。 「条件?、こちらも君の境遇を哀れに思い、かなり譲歩しとるんだよ、彼女は貴族であり、君の身柄は こちらではあくまで平民扱いじゃ、それを忘れてはいかんなぁ……」 元親を見るオスマンの目が針のような鋭さにかわり、隣に立つコルベールは年老いた老メイジから並みならぬ迫力が 発せられるのを感じた。 並みの人間なら呑まれて、唯々諾々と従ってしてしまうオーラのようなものだ。 しかし、その圧力を前にしても、元親は意に介した風もなく、言い放つ。 「たとえ、見知らぬ地で、魔法が抗えぬ程の力であろうとも…、俺を伏せさせる事はできん、反骨の魂がそれを許さない」 オスマンと元親の間に火花が散りそうな緊張が走る。 はたから見ているコルベールとルイズは二人の迫力に押されて一歩下がった。 「せ、先生、私の使い魔が大変なことになってるんですが……」 「う、うむ、でもあのオスマン学長にあそこまで言える人間はなかなかいないよ、実は大物なのかもしれないよ、…あの若者は」 「そう、そうですか?無知がなせる業では?」 ルイズの意見にコルベールは首を振った。 「いやぁ、確かに彼は魔法を知らないかもしれないけど、今の彼の迫力は並みじゃないよ、 魔法衛士隊クラスは十分に務まると思うね」 ルイズはまさか!と声を上げた。 その後の「でも、なんでコルベール先生がそんな事わかるんです?、軍人でもないのに」という問いに、 また「いやそのゴニョゴニョ」と心に傷もちの中年教師は口籠るのだった。 ともあれ、ルイズの中で元親に対する評価が好転したのは間違いなかった。 「チョーソカベ!、あなたの条件というのを教えて!」 二人の間に割って入るように、ルイズが元親の前に進み出た。 険悪一歩手前まで進行しようとしていた、オスマンと元親だったが、貴族の威光によるごり押しが 通用しない元親に対して、オスマンとしては手がない状態だったので渡りに船だった。 お互いに相手が手を出すなら受けて立つというスタンスだったので、ルイズかコルベールが間に入らなければ、 無言の圧力合戦を延々繰り広げることになっていただろう。 元親は静かに自分の胸までもない少女を見つめた。 「……先ほど話した俺の故郷だが、俺は戻る気はない」 「え?」 「俺はこの国にこうして呼ばれた事は何かの天啓だと思っている、先に進む道が見えなくなっていた俺に 新たな世界が開けた、そう思えたからな」 心なしか元親の瞳が笑っているようにルイズには思えた、…これって感謝してるってことなの? 「のう、コルホース君、じゃったらミス・ヴァリエールはチョーソカベ君にとって恩人という事になるんじゃないの?」 「ですよねぇ、話をきいた限りじゃぁ………つか、コルホースって……」 「分かったわ、つまり、条件さえ飲めば貴方が私の使い魔になるのになんの障害もないってことよね」 「家臣、使い魔、好きに呼べばいい」 「じゃあ、その条件を言って!」 元親が静かに蝙蝠髑髏を構え、力強く弦を3回弾いた。 「簡単だ、……俺を従えてみせろ」 元親が引いた三味線から無数の破裂の音の玉が無数に発せられ、それは瞬く間に部屋全体を覆っていった。