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虚無と十七属性-05 - (2009/06/07 (日) 23:53:37) のソース
#navi(虚無と十七属性) 教師・コルベールは学院長室へと走っていた。 ヴァリエール嬢の召喚した、平民の使い魔のルーンについて調べていたら、大変な事が分かったのだ。 始祖ブリミルに仕えていたとされる、伝説の使い魔のうちの一人、神の頭脳ミョズニトニルン。そのルーンが、召喚された平民の使い魔の 額に刻まれていたものと一致したからだ。しかも、そのルーンは契約時に刻まれたものではなく、恐らく謎の契約のルーンによって、後天的に 生まれたものと来ている。 何たる異常事態だ。一刻も早く報告せねば。 「オールド・オスマン!」学院長室の扉を、ノックもせずに力一杯こじ開けた ――が、 「すまん、申し訳ない、本当に申し訳ないと思っとる、もうしないから、ああっ、やめてっ、そこはっ、いたいっ…………んむ?」 中にいたのは、到底この学院の長とは思えない行動(おそらくセクハラ)をとり、秘書のミス・ロングビルに尻を蹴られている、情けない老人の姿だった。 虚無と十七属性 第五話 突入して須臾(しゅゆ)の時が経過し、一旦部屋を出て扉を閉めた。 そして、五秒の時を数えてから、再び戸を開ける。 「う゛ぉっほん」 「……」 そこには、何ごともないように、手を後ろで組み、立つオールド・オスマンと、定位置となっている机で雑務を、いつも通りこなす秘書、 ロングビルの姿があった。 うん、最短記録だ。次は四秒で扉を開けよう。 「……で、ミスタ・コルベール。かなり焦っていたようじゃが……、その、用件や如何に?」 ロングビルのペン先の音だけの空間に気まずくなったのか、オスマンの方から話を切り出してきた。その事で、すっかり忘れていた、重要 懸案事項を思い出す。 「そ、そうでした! 大変ですぞ、学院長! ミス・ヴァリエールの召喚した平民の事なのですが、コントラクト・サーヴァントで見覚えの ないルーンが刻まれたかと思ったら、そのルーンが、別のルーンを生み出したのです! しかも、その生み出されたルーンを調べてみたとこ ろ……!」 「ちょいと、言うな。……ミス・ロングビル、悪いが……」 「分かりました」オールド・オスマンの目配せで、秘書、ロングビルが退室した。 流石オスマン学院長、抜かりない。さっきの巫山戯た気配はどこへやら、今はもう、マザリー二枢機卿と対等なほど、真面目な表情をして おられる。 「……で、ヴァリエールの使い魔がどうじゃって? ミスタ・コルレーニョ」 コルベールです。 しかし、言おうとした言葉は、遠くから響く爆音によって遮られた。 ◇◆◇◆◇◆ もはや、この一室だけを見たら廃墟と判断できる程、教室内はひどい有様だった。 主人が『錬金』の魔法を唱えると同時に、小石を爆心源に、手榴弾を投げ込まれたのではと思えるほど、巨大な爆発が教室に広がった。ま ずは教諭を黒板へと叩きつけ、次に主人を飲み込み、更に生徒が盾としていた机をなぎ払い、風圧で窓ガラスを全て破砕した。 主人の制御から離れた使い魔達は本能のままに暴れ回り、教室内は動物園となりはてていた。 割れたガラスは凶器となり、先ほどまでは盾となった机も、今は瓦礫と共に、被災者への重しとなってのし掛かっている。 魔法は……『錬金』だけで、あれほどの高エネルギーを使うらしい。そりゃあ、大部分が珪素からできている石を何かしらの金属に変える のだから、核融合のため、とんでもない量の、それこそ天文学的な数字がはじきだされるほどの莫大なエネルギーが必要な筈だ。それが失敗 して、巨大なエネルギーが外部に漏れだしたのだから、この学校が無事なのが、不思議なくらいだ。 それを教室の一室で収めたのだから、主人はたいしたものだと思う。 それにしても、こんなリスクの高い危険な魔法を、屋内でやらせる教師の方がどうかしてる。 「ちょっと失敗したみたいね」主人が、埃を払いながら言った。爆心地にいたにも関わらず、当の本人は傷一つ負っていなかった。 「どこがちょっとだ!」 「だからやめろって言ったのに!」 「……魔法成功確率、ゼロのルイズ!」 なるほど、たびたび耳にした『ゼロ』という二つ名は、そういう由来だったのか。なんだか格好いい二つ名だと思ったんだが。 「フレイム! 落ち着きなさいって!」 「あぁ! 俺のラッキーが蛇に喰われた!」 少し考え事をしているうちに、事態はどんどん悪化しているようだった。 使い魔と思しき大蛇が、……今はもう喉の奥で、確認はできないが、何か小動物の使い魔を飲み込んだり、サラマンダーやら、目玉の生き 物やらが、教室内を駆け回っている。 すると、今度は窓から、混乱した大型の動物が、どかどか入ってきた。こうなってはもう、手が付けられない。シュヴルーズ教諭も目を覚 まさない。大丈夫か? あれ。 ふと、確か混乱を治す、『きいろビードロ』のという、バッグの中のアイテムを思い出したが、生憎、バッグは部屋に置きっぱなしだった。 ああもう。何故か、また胸の痛みがやってきた。今度は、右手の甲が、やたらと熱い。 尋常じゃない痛みの波が再びやってきて―― 「……静まれ!」気がついたら、叫んでいた。 ◇◆◇◆◇◆ 「俺のラッキーが蛇に喰われた!」 また失敗してしまった。もう何度目だろうか、教室を滅茶苦茶にしたのは。努力しても、ちっとも進歩しない。それどころか、爆発の威力 だけが、日に日に増していっている気がする。 私のせいで、使い魔召喚に成功した人が、使い魔を失った。いい気味だと思うほど、自分は落ちぶれていない。罪悪感に苛まれる。 ところどころ破けた自分の制服を見て、また新しく買わなきゃいけない、と思うと同時に、やっぱり失敗しちゃったんだ、という諦めにも 似た思いが、胸の中から沸いて出るのを感じた。 その時だった。 「……静まれ!」男の声がしたのは。 誰の声だ、と辺りを見回すも、その声の主は見あたらなかった。 ただ分かったのは、今まで騒ぎを起こしていた、同級生の使い魔達が、その声を境に、一斉に動きを止めた事だった。 びくん、と時間が止まったかのように、一瞬痙攣し、一点を見つめたまま、ある者は突然地上に不時着し、ある者は四本足、六本足でその 身体を支え、あるものは口を開けたまま静止した。 その使い魔の主たちも、何が起きたか分からないといった風で、しきりに辺りを見回すが、使い魔達の挙動以外に、変わった点は見られな いようだった。 「どうなってるんだ? 感覚の共有ができない」誰かが、そう言った。 「ほんとだ。……ところで、さっきのって、誰の声?」 「さあ」 その時、べちゃ、と、何か水気を含んだものが落ちる音がした。直後、それは動き出した。 「あ! ラッキーっ! ……ラッキーが生還したぁっ!」 口を開けたまま固まっていた大蛇が、変わり果てた、小動物っぽい何かを吐きだしたのだ。なんか、液体まみれで、何の動物かさっぱり検 討がつかない。 「……解散してよし」 ラッキーの主が「良かった」と大声で繰り返している間に、小さくその声が聞こえたのを、ルイズは聞き逃さなかった。他でもない、自分 の使い魔の声だ。 「あ、感覚の共有、できるようになった」同級生の声が聞こえたのは、それの一瞬後だった。 ◇◆◇◆◇◆ 満身創痍、というわけでは全然なかったが、それほどの苦痛を、身体は受けているようだった。 先程叫ぶと同時に痛みが引き、崩れるように倒れて、なぜかみんなの使い魔が言うことを聞いてくれる事がわかり、とりあえず解散させ、 今に至る。すまん、自分でも何が起きたか、さっぱり分からない。 とにかく分かるのは、『ルーン』と呼ばれる烙印が、新たに右手にも現れたという事だ。 ……もしかすると、今のはこれの力か。それとも、力を使ったから、これが現れたのか。 自分の右手の甲を見て、思考の海に沈んでいると、教壇付近にいた筈の主人がこちらへ来ていた。右手から視線を外す。 「今の、アンタがやったの?」今の、とは当然、俺が今考えていた事だろう。 「……わからん。俺はただ、静まれ、と言っただけだ」 「……そう。ただの偶然かしらね。アンタの気迫に、押されただけとか」 「さあな」 今度は、使い魔の主人達の方が、喋り始めたのを確認した。ルイズに対する罵詈雑言や、今の出来事の勝手な推理や、罵詈雑言や、シュヴ ルーズを心配する声や、罵詈雑言や、罵詈雑言。 「ったく、これだからゼロは!」 「ミセス・シュヴルーズ、大丈夫ですか?」 「早いところ、退学にならないのか?」 「いや、でもさっき俺の使い魔は……」 「だって感覚の共有って……」 「教室がめちゃくちゃだよ」 「ごめん、俺ラッキー洗ってくるから、先行ってる!」 「ってか、さっきの、誰の声?」 「ゼロのルイズが」 見上げると、ルイズが、拳を握りしめて俯いていた。 ◇◆◇◆◇◆ 「まだ、分からん。だか、可能性はある。儂も今まで、伝説でも聞いたことがないわい。ルーンを生むルーンなどと……。果たして、本当に そのルーンに効果があるのか、それすらも確認ができておらんのじゃろう?」 「はい。仮に、あのミス・ヴァリエールの使い魔のルーンが、ブリミル四番目の使い魔のルーンだとしたら……ただミョズニトニルンの力を 使いこなすに止まる事は、まず無いでしょう」 「記する事すら憚れる、とまで書いておられるしのぉ」 「ミョズニトニルンの力だけではなく、ガンダールヴ、ウィンダールヴの力もそのうちに出現するのでしょうか」 「……可能性は、あるじゃろうな。寧ろ、恐らくそうじゃろう。そして、それだけに止まる筈もない。何か、恐ろしい力が込められているの かもしれん。学院はおろか、トリステイン、或いはハルケギニア全土を壊滅に追い込むような力が……。もしくは、コントラクト・サーヴァ ントの時の激痛のように、使い魔に強大な副作用があるのかもしれん。……いずれにせよ、」オールド・オスマンは眉間の皺を深く刻み、老 体を思わせない、いや、その年齢だからこその威圧感を出した。「この事は絶対に他言無用じゃ。王室にも、アカデミーにも、まだ報告する な」 「了解しました」 「以上じゃ」 有無を言わせない貫禄を纏い、オールド・オスマンは言った。 「失礼しました」 その貫禄に、若干の冷や汗を浮かべるコルベールは静かに、学院長室を後にした。 #navi(虚無と十七属性)