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Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia-21 - (2014/02/23 (日) 00:32:26) のソース
#navi(Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia) オスマンとコルベールは学院長室から『遠見の鏡』で決闘の一部始終を見終えると、顔を見合わせた。 鏡面に映し出されたヴェストリの広場では、未だ鳴り止まぬ拍手と歓声が続いている。 2人の少し後ろの方で、『眠りの鐘』を用意して戻っていたロングビルも興味深げにその光景に見入っていた。 「オールド・オスマン、あのメイドが勝って……、 あ、いえ、勝負無しということにはなったようですが……、」 「うむ……」 驚きの表情をありありと顔に浮かべたコルベールとは対照的に、オスマンにはさほど動揺した様子がない。 ロングビルはそれをじっと見て、疑問を口にした。 「あの、学院長は……、こうなることを見越しておられたのですか?」 「ん? 何故そう思うのかね、ミス・ロングビル」 「それは、あまり驚かれた様子がありませんし…、これをすぐ使えと言われなかったのも不思議に思っていましたから」 そういって、折角運んだというのに出番のなかった掌中の鐘をちらりと見る。 まあ自分にとって本当に重要なのは宝物庫へ入る口実の方だったので、無駄足だったなどとは思っていないが。 オスマンは長い白髭を少しさすると、首を横に振った。 「まさか。こんなもん読めておったわけがなかろう。 年を取ると大概の事では動揺を見せなくなるというだけじゃよ、ちゃんと驚いておるしそれなりに感嘆もしておる。 ……ま、その鐘を使わねばならんような大事にはなるまいとは思っておったが……」 オスマンはそう言ってロングビルとの会話を打ち切ると、鏡面を見ながら何やら物思いに沈んでいく。 ロングビルはまだ釈然としなかった。 このエロ爺がセクハラ発言のひとつも無しにさっさと会話を済ませるとは、一体何にそれほど注目しているのだろう? ……気にはなる、が、今は絶好の機会。 単なる好奇心を満たすより先にもっと重要な事を成すべきだ。 彼女はそう心に決めると、鐘を宝物庫に戻してくると言って再び学院長室を後にした。 一方ヴェストリの広場の方では、盛り上がりが一段落したところでやっと教師たちが介入し、生徒らを促して授業に向かわせだす。 もう昼食時間はとっくに過ぎ、午後の授業を始めなければならない時間になっている。 ディーキンは自室へ戻っていくシエスタの後姿をじっと見て、それから自分の元へやってこようとしているルイズの方に向かった。 そしていろいろ質問したそうなルイズを押し留めると、自分は応援した手前もうちょっとシエスタと話がしたいし、 他にも色々やりたい事があるから午後の授業への同行を免除してもらえないだろうか、と願い出た。 「はあ? ちょっと、何言ってるのよ! 勝手にまたこんな目立つことをしておいて、この上まだ何の説明もしないで私を放って……」 ルイズはルイズで今の決闘の成り行きとかについていろいろと聞きたいことがあったし、今日は使い魔の顔見せの日でもある。 おまけに仮にも使い魔が御主人様を放ってあのメイドとこれ以上一緒にとか…、とにかく色々と不満だ。 したがって怒鳴りつけて即座に却下しようとしたのだが、ディーキンは怯まなかった。 さりとて自分の要求は正当で認められて当然なのだというような偉ぶった態度を取るわけでもなく。 ただ普通に彼女の言い分を聞いて謝るべきところは謝りつつ、それでもあえて自分がそうしたい理由を説明して根気よく交渉する。 まず、シエスタには決闘に関わらせてもらった縁があるのに何も言わずにさっさと別れるのは礼儀に反すると思う。 ルイズが聞きたいことは同じ部屋で過ごしてるんだし今夜にでもちゃんと話すから、それまで待ってほしい。 教師への紹介は今これだけ目立っていたのだからどうせ顔も名前も知れ渡っただろうし、いらないだろう。 むしろ今ディーキンが教室に行ったらきっと決闘の件で注目されて生徒らに騒がれるし、授業の邪魔になって教師からの心証が悪くなるかもしれない。 それに約束通り今の決闘の歌も考えなきゃいけないし、もしかして考え事に夢中になって鼻歌とか口ずさんだりしたら尚更迷惑だろうし。 ディーキンが教室にいないことで他の生徒らがルイズを嗤うのなら、何故いないのか説明してやればいい。 それでも分かってもらえないようなら、後でディーキンがちゃんとその人に“説明”して分かってもらえるようにするから―――――。 もしディーキンが感情的に怒鳴り返したり、自分の要求は認められて当然、お前の意見は愚かだ―――とでもいうような態度を取ったりしていたなら。 おそらくルイズは激怒し、正規契約をしていないとはいえ仮にも使い魔である者の不従順に対して罰を言い渡していただろう。 しかしながらルイズは癇癪を起こしやすく独占欲が強い反面、真摯に誇りを重んじる貴族でもあるのだ。 頭を下げて許可を求めに来て、落ち着いて交渉している相手を一方的に怒鳴ったり無下にするような真似はできない。 そう言った点が以前の主人であるタイモファラールに似ていなくもないので、ディーキンにとっては懐かしいというか、対応し易い。 むしろ邪悪で気まぐれなタイモファラールに比べればルイズは遥かに話の分かる相手だし何よりディーキン自身も当時より遥かに成長している。 「…分かったわよ、あのメイドもあんたにお礼とかいいたいだろうし…」 ディーキンは相手の立場や考えを尊重して、軽々に批判したり見下したりはしない。 かといって卑屈になるわけでもなく、自分の意見はしっかりと主張してくる。 ルイズとしては内心複雑ではあったが、ともかくディーキンが自分の事を軽んじていないのは理解できたし、彼女にとってはそれが一番大切な事だった。 本当はまだ不満はあるし、メイドのところへ行く前にまずこっちに説明してからにするか自分も同行させろ、くらいは言いたいところだ。 だがそんなことをしていたら授業に遅れてしまう。 基本的に真面目な性格かつ実技が壊滅状態なルイズには、やむにやまれぬ事情があるわけでもないのに授業をサボる事などできない。 したがってここは、渋々ながらディーキンの言い分を認めることにしたのだった。 「ただし、夜までには絶対に戻って来なさい。約束通り説明してもらうからね!」 「もちろんなの。ディーキンはお泊りなんてしないよ?」 そんなこんなでルイズと別れると、ディーキンはさっそくシエスタの部屋に向かった。 彼女が中にいる気配があるのを確かめてから扉をノックする。 シエスタは部屋に戻ってしばしぼうっと物思いに耽った後、鎧を脱いで着替えをしている最中だったが、ノックの音を聞いて首を傾げた。 理由はどうあれ自分は貴族に逆らい、決闘などを承諾して規律を乱す真似をした。 となると学院の教師がやってきたのだろうか、罰を申し渡されるのなら受け入れなくてはなるまい。 でなければ、使用人仲間の誰かが来たのか……? 「はい、どなたですか? 少しお待ちください、取り込み中なので終わりましたらすぐに――――」 「ディーキンはディーキンだよ。 わかったの、ええと、3分間くらい待ってればいいかな?」 「! ……ディ、ディーキン様? す、すみません、すぐに開けます!」 シエスタはディーキンの声が聞こえるや、あたふたとドアを開けると膝をついて恭しく頭を下げた。 たとえ貴族に対してでも、ここまで畏まった態度を取ることは滅多にないだろう。 まあ、ドアの前で待たせるより上着が脱げかけた姿で応対する方が礼儀にかなっていると言えるのかどうかはまた別の問題ではあるが。 一方突然そんな態度を取られたディーキンはきょとんとして、自分の目線と同じくらいの高さにきたシエスタの頭を見つめながら首を傾げた。 「……アー、ええと……、シエスタ、もしかしてさっきの決闘で耳がおかしくなった? ディーキンはディーキンだよっていったの、別にディーキンは王様だからぺこぺこしろとか言ったわけじゃないよ」 そういってもシエスタは顔を伏せたまま、畏まった態度で返答を返す。 「それは……、だって、あなたは私を救ってくださった方です。 それに天使様ですから――――」 「……うん? もしかしておかしいのはディーキンの耳の方だったのかな……。 ええと、シエスタは今、『天使』って言ったの?」 「はい、そうです。 ディーキン様は、天使様なのでしょう?」 シエスタは恭しくそう答えるとますます深く頭を垂れた。 その態度には、決してお世辞や冗談などではない本当の崇敬の念が感じられる。 どうやら本気でそう信じ込んでいるらしい。 一方ディーキンは目をぱちくりさせた。 天使とはフェイルーンでいえばエンジェルの事か、それも含めた善の来訪者であるセレスチャル全般を指す言葉だが……。 言うまでもなくコボルドはその中に含まれない。 ディーキンは少し考えるとおもむろに屈み込み、シエスタの顔を下からじーっと覗き込んだ。 シエスタは突然の事に驚いてどぎまぎした様子でさっと目を逸らす。 ディーキンは横を向いたシエスタの顔の前にささっと回り込むと、今度は爪の生えた指でシエスタの目蓋を広げて目の奥まで覗き込む。 更に額と額を当ててみたり、頬を撫でてみたり―――――。 「……ななな……!? あああの、何をされてるんですか??」 シエスタはディーキンの行動に顔を赤くしたり目を白黒させたり、混乱している。 「ンー、見た感じ目は普通だし熱とかもなさそうだけど…。 ディーキンが天使に見えるってことは目がおかしいか、頭がぼーっとしてるかじゃないかと思ったの」 「……え、あの?」 「アア、それとももしかして、シエスタは天使の血を引いてるけど天使の出てくる物語は聞いたことないとか? 天使っていうのは綺麗で、きらきらして、ふわふわして、言うことがいつも完璧な感じなんだよ」 ディーキンはそこでエヘンと胸を張る。 「ディーキンはそりゃ美男子だけど、光ってないし、ごつごつしてるし、ジョークとかも言えるからね。 天使じゃなくてコボルドの詩人なのは確定的に明らかだよ。 すごい英雄と悪いドラゴンじゃ同じ格好いいのでも感じが全然違うでしょ?」 シエスタはそれを聞いて当惑したように視線を泳がせ、そわそわと身じろぎした。 「そんな、でも。それは、その……、」 嘘です、と言いかけたが、天使を嘘吐き呼ばわりするなど非礼の極みだと慌てて口を噤み顔を伏せて正しい言葉を探す。 「………本当の事ではない、と思います。 きっと深い考えがあって、隠されるのでしょうけど、私は――――」 ディーキンの方は、それを聞いて困ったように肩を竦めた。 どうも何か大きな誤解をされているようだが、原因はなんなのだろう? 「ええと……、ディーキンはシエスタに隠し事なんかしてないの。それじゃシエスタは、なんでディーキンが天使だと思うの?」 そう尋ねると、シエスタはよく聞いてくれたと言わんばかりにばっと顔を上げて、熱弁を始めた。 「それは、だって…、天使様の言葉を使っておられて、それで私を助けてくださったじゃないですか! おばあちゃんが少しだけ習っていて、聞かせてもらったことがあります。一度聞いたら絶対忘れられない響きです。 何よりグラモン様が心を改めてくださったのも、あなたがおられたお陰です。 私を助けてくださるため、正義を護るために神様が遣わしてくださったのでなければ、なんなのですか? いえ、それ以外ありえません!」 素晴らしい美少女が頬を上気させ、上着が少し肌蹴た状態で、自分に向けてあからさまに憧れとか畏敬とかの念が篭った笑顔を浮かべている。 人間の男だったら誤解を正すのなんかやめて手を出してしまいそうな状態だが、幸か不幸かディーキンはコボルドである。 「……あー、シエスタが信じてることは分かったよ」 ワルキューレとの戦いの際に呪歌と共に用いた《創造の言葉》が誤解を招いた主たる要因であるようだ。 それは世界創造の時に用いられたという失われた言葉であり、現在のセレスチャルが話す天上語の前身であるとも言われている。 その断片だけでも知っている者は既にセレスチャルの中にも少ないそうだが、シエスタの祖母はたまたま学んだことがあったのだろう。 そんなものを用いて、しかも困難な状況で自分を手助けしてくれたとなれば多少は誤解もされるか。 それにしたってコボルドを天使だの神の使いだのと考えるのは極端だとは思うが、善良で信心深い人はそんなものなのかもしれない。 ディーキンはとりあえずシエスタを促して室内へ入り、向かい合うように椅子に腰かけて説明を始めた。 「じゃあ、ひとつずつ説明させてもらってもいいかな? まず、シエスタがなんて言ってもディーキンはやっぱり天使じゃないし、別に神さまのお使いとかでもないの。 さっき歌う時に使った天使の言葉はシエスタのおばあちゃんと同じで天使から習ったんだよ」 それから、どういう経緯でそうなったのかをリュートを弾きながら物語の形式にして語り聞かせる。 アンダーダークで大悪魔メフィストフェレスの罠にかかり、ボスと一緒に地獄へ送られた事。 そこで遥か昔から想い人を待って眠り続ける、『眠れる者』と呼ばれる偉大な天使、プラネターに出会った事。 ボスの尽力あって彼はついに目覚めて想い人に巡り合うことができ、深く感謝してくれた彼とは地獄を逃れた後にも交友が続いた事。 そして彼が年古く強力な天使ゆえに太古の言葉にも通じており、ディーキンが詩人であることを知って《創造の言葉》の秘密を教えてくれた事………。 シエスタはそれに熱心に聞き入った。 地獄に送られてなお、悪魔を討って生還してくる英雄たち。 想い人を求めて天上の楽園を去り、寒く昏い地獄の果てで待ち続けた天使。 そんな人たちと一緒に旅をすのは、どんなに素晴らしい事だろう。 どこまでが本当の話なのか……嘘をついているとかではなくて、きっと物語だから脚色もあるのだろうけど……。 「―――――と、まあそういう感じなの。 だから頭とか下げられてもディーキンは困るの、わかった?」 「えっ、あ……、は、はい!」 物語の世界にすっかり入り込んで夢想に浸っていたシエスタは、慌てて返事をする。 それから、そっと頭を下げて、言葉を選びながら訥々と続ける。 「その、お話、ありがとうございます。 ディーキン様が天使でないことは分かりました」 どこまでが本当の話なのかはわからないが、天使に出会って学んだというのはきっと本当なのだろう。 目の前の人物が、種族としては天使ではないのは納得できた。 しかし………。 「ですが、私とグラモン様を救ってくださった方であることは変わりません」 シエスタにとっては、最善のタイミングで手を差し伸べてすべてを上手く行かせてくれたのがディーキンだ。 そればかりではなく……、まだ話してはいないが、先の戦いの折に確かにこれは運命だと感じさせるような事があったのである。 天使であろうがなかろうが、ディーキンの介入はシエスタにとっては偉大で慈悲深い神や運命の導き以外の何物でもない。 「……それに……、いえ、 つまり、ですからやはり、あなたは私にとっては恩人で、神様の御遣いなんです!」 あくまで敬いの態度を変えないシエスタに、ディーキンはちょっと顔を顰める。 「ンー……、それはシエスタの考え違いじゃないかな。 お礼を言ってくれるのは嬉しいけど、いくつか間違ってると思うの」 「えっ?」 ディーキンはシエスタの肩をつついて顔を上げさせると、ちっちっと勿体ぶった態度で指を振って見せた。 ちょっと気取って講釈を始める教師のように。 「まずね。シエスタは仮にディーキンが神さまのお使いだったとして、神さまの手助けがなかったらさっき、上手くやれなかったと思ってるの? ディーキンはただ英雄の活躍を見逃したくなかったから出しゃばっただけで、お手伝いしなくても結局は同じことだったはずだよ」 それを聞いたシエスタは、ぶんぶんと首を横に振る。 「そ、そんなわけないじゃないですか! 私が貴族様と戦えたのは、みんなあなたのお力で―――」 「じゃあシエスタはディーキンが応援しなかったとして、あのワルキューレとかいうのにボコボコにやられたら降参して謝っていたの?」 「え…? い、いえ! 間違った事に頭を下げるなんて!」 「シエスタは、あのギーシュっていう人がもし相手が降参しなかったら、死ぬまで殴って絶対謝らない人だったと思ってるの?」 「そんな! あの方は過ちを犯されましたけれど、そんな非情な方では…」 それを聞いて、ディーキンは得意げに胸を張る。 「でしょ? シエスタはどんなにやられても諦めたりしなかったし、相手は死ぬまで殴るような人じゃなかった。 ほら、ディーキンがいなくたって、シエスタはちょっと余計に怪我はしたかも知れないけど、結局最後には分かってもらえて上手くいってたよ。 たとえ力がなくても正しい事ができるのが英雄ってもんなの、絶対にそういうものなんだから!」 先程までのシエスタにも劣らず熱っぽい様子で瞳をきらめかせながら、ディーキンは熱弁した。 頬が上気しているかどうかは、ウロコに覆われていて分からないが。 「そ、そんな…………」 自分が敬う相手から逆にそんな目で見られたシエスタは反応に困って口篭もる。 「……その。あるいは、そうかもしれません。 でも、私が戦う勇気を出すことができたのはあなたが居てくださったおかげです、ですから……」 なおも食い下がるシエスタに、ディーキンは腕組みしてキリッとした感じの声を作る。 「オホン、……ならば、それは私のしたことではない。 私を見て何かを学んだというなら、それは君自身の才能と情熱のおかげだ、友よ。 手柄はあるべき所に帰すべきだ」 「……は? あ、あの、」 いきなり感じが変わったのにきょとんとしているシエスタを見て、ディーキンは得意げに胸を反らせた。 「―――イヒヒ。 今の、『眠れる者』の真似なの。似てた?」 「は、はあ……? いえ、私、その天使様の事を知りませんから………」 何とも微妙な顔をしているシエスタに対して、ディーキンは少し真面目な顔に戻って更に言葉を続ける。 「それに、ディーキンが本当に天使とか神さまのお使いだったとしても、天使はそんな風に拝んでもらいたいとは思わないよ。 彼もそういってたし、ディーキンが知ってる他の天使もみんなそうだったからね」 パラディンであるボスは最初、今のシエスタのように『眠れる者』に対して敬意を表していた。 だが、彼はそのような扱いに当惑し、自分は身に覚えのない崇拝を望まないと言った。 彼らは真の善の化身であり、その目的は善を奨励する事であり、自分達が崇められるよりその崇拝をより偉大なものに向けさせることを願うのだ。 「『私はより偉大な栄光に仕える天使だ。 私に価値を見出すならば、私よりも高貴な愛や美があることも知るといい』 彼はそういったの、ディーキンもそれに賛成だね。 ボスやシエスタは大した英雄だからね、天使とかディーキンとか拝んでないで、もっと大きな目標を持って、とんでもなーく凄い人になって。 そうすればディーキンももっともっといい物語が書けるし、カッコいい詩が歌えるし、みんなが喜ぶでしょ? もしディーキンが神さまだったら、シエスタにはきっとそうしろっていうの」 ディーキンはそういうとちょっと首を傾げて、シエスタの頭を撫でた。 「アー、だから……、つまり、まとめるとディーキンはディーキン様とか呼ばれるのには反対だってことだよ。 ディーキンはディーキンであってディーキン様じゃないからね、余計なものはくっつけない方がいいの。 俺様とかって、何か悪役っぽくてよくないでしょ? 様をつけていいのはご主人様とか王様とかだよ、ディーキンにはつかないよ!」 シエスタは英雄なんだから英雄には自分より立派な存在でいてほしい、敬われても嬉しくない……というのはまあ本当だが。 実のところ敬称を遠慮したい理由はそれだけでもなかった。 ボスはもちろん、自分を純粋に対等の仲間として扱ってくれる。 だが、今まで上位者として扱われた経験はない。 コボルドをそんなふうに扱う奴は普通同族しかいないし、それにしたところで地位の高いコボルドに対してに限られる。 礼儀作法上とかではなく本心から敬われる、などというのは初めてであって、照れ半分、困惑半分、どう対応していいのかわからないのだ。 シエスタは頭を撫でられて少し頬を染めつつも神妙な、若干不満げな面持ちで話を聞いていたが……。 やがて、微笑みを浮かべて頷いた。 「……わかりました、ディーキンさ……んがそういわれるのなら、きっとその通りなんだと思います。 私、もっと善い事ができるように頑張りますね」 「オオ……、よかったの。 ありがとう、それならディーキンは、これからもシエスタの事を応援するよ」 ほっとした感じでウンウンと頷き返したディーキンに、シエスタはしかし、意味ありげに目を細めるとまた頭を深々と下げた。 「―――――はい! つきましては、そのためにもあなたにお願いしたいことがあります」 「……へっ?」 「私の先生に、なってくれませんか?」 ディーキンは目をしばたたかせると、困ったように頬を掻いた。 「ええと、その………。 どういうことなのか、ディーキンにはちょっとよくわからないけど」 シエスタは顔を上げると、にこにこ微笑みながら質問に答える。 「私……、先程の戦いのとき、『声』を聞いたんです。 グラモン様が考えを改められて、私に剣を差し出してくださった時に――――」 「?? 声……、」 ディーキンは唐突な話にきょとんとして、少し考え込む。 が、ふと思い当って首を傾げた。 「ええと、それって……、もしかして『召命』の声のこと? シエスタはパラディンになれって言われたの?」 「はい!」 その時の事を思い返して興奮と喜びに目をきらめかせているシエスタを見て、ディーキンはようやく得心がいった。 なるほど、この状況に加えて更にこれまでの人生一変させるような出来事まで重なったとなれば。 それに大きく関わったディーキンの事を自分に遣わされた天使かなにかだと思い込むのも無理のない事だ。 実際、これはシエスタにとっては確かに運命的なものなのかもしれない。 多元宇宙に働く何らかの意志が、しばしばそのような導きをもたらすことはディーキンも知っていた。 とはいえ………、 「ウーン、つまり、シエスタはディーキンにパラディンになるための勉強を教えてほしいってこと?」 「そうです、私はまだぜんぜん力もありませんし……、パラディンの事も、おばあちゃんを見て教わった事以上には知りません。 あなたの望まれるような英雄になるためにも、せひ私の先生になってください!」 「いや、ええと、ディーキンはバードなの。 バードとパラディンは、プレインズウォーカーと頑固爺さんくらい違うの」 バードにはパラディンのような生き方はできない。 パラディンの生き方が善き規律に支えられたものであるのに対し、魂に訴えかけるバードの旋律は自由な魂から生まれるものだからだ。 少なくともフェイルーンで、パラディンになるための訓練でバードに師事するなどという話は聞いた事もない。 「ディーキンは、たまにボスみたいになるか試すの。 立派なことだけ考えて、それから、神聖でいようと頑張ってみて……、 でもすぐおかしなことを考えて大笑いしちゃうの、それがけっこうつらいんだよね。 だからディーキンは、シエスタの考えてるみたいな立派なパラディンのための先生にはなれないと思うの」 「いいえ、おばあちゃんだってよく笑ってましたし、その『ボス』という方も、あなたのお話からすると朗らかな方なんでしょう? 真面目に生きるということは、朗らかさをなくすことではないと思います。 それに、あなたは素晴らしい英雄の方と旅をされていたし、天使様ともお知り合いですから。 その方々の生き方をもっと歌や話にして聞かせてください、私にとってはそれが素敵な勉強になると思います。 剣とか、その他の訓練は、もし教えてくださることができないのでしたら自分で頑張りますから」 「ン、ンー……、それは、ディーキンだってぜひ聞いてほしいけど……。 別に先生とかでなくてもいつだって喜んで聞かせるし、パラディンの訓練なら他にいい人がいるんじゃない?」 大体、バードとパラディンは進む道も違えば、能力的にもほとんど似つかない。 どちらも魅力に優れ、交渉などの才を持ち合わせてはいるが、共通点と言ったらせいぜいその程度だろう。 パラディンは若干の信仰魔法を用いる戦士、バードは秘術魔法を使う何でも屋だ。 普通に考えれば同じパラディンに師事するのが最善だろう。 そうでなければ剣の訓練をするならファイターとか、信仰を鍛えるならクレリックとかがおそらく適任。 とにかくバードがパラディンの教師に向いているとは思えない。 シエスタはぶんぶんと首を横に振った。 「いいえ! ……いいえ、そんなことはないです。 何と言われようとあなたは私の恩人で、私に可能性を掴ませてくれた憧れなんです。 私はあなたより先生に相応しい方なんて知りません!」 「う! うーん?? そ、その、そんなことはないと思うけど、ありがとう。 ディーキンはなんだか、すごく照れるよ……」 詰め寄らんばかりの勢いで熱弁してくるシエスタに、ディーキンもたじろいでいる。 「この学院におられるのはメイジの方ばかりです。 貴族としての誇りを重んじられる立派な方々です、けれど、パラディンの教師に向いておられるとは思いません。 学院の外でも、強い方と言ったら大体メイジの方ばかりで、剣を使うのは傭兵とかだけですし、そんな達人とかは私は知りません。 それに私は、おばあちゃんの他のパラディンは一人も知りません。 おばあちゃんはきっと、この世界には『声』が届かないんだろうっていってました」 「アー…、そうなの?」 初耳だが、よく考えればこの世界にはバードもクレリックもいないのだった。 メイジの力が支配的で、かつ系統魔法と先住魔法しか知られていないというのだから冷静に判断すればパラディンだっているはずがない。 シエスタにだけは召命の声が聞こえたというのは、彼女がアアシマールであることを考えればそれほど不思議な話でもあるまい。 パラディンたり得るものはフェイルーンでも希少だが、天上の血を引くアアシマールにはすべからくその適性が備わっていると言われている。 剣の力についても、確かに昨夜読んだ本ではほとんど触れられていなかった。 大方フェイルーンの古代アイマスカーなどと同じく廃れており、純粋に剣だけで強い戦士はこの世界には滅多にいないのだろう。 概ね低レベルのウォリアーくらいしかいないのだとすれば、シエスタが長期的に師事するには些か不足だ。 そうなると、ディーキンに教えを乞うというのもまんざら悪い選択ではなく、むしろ良い選択なのかもしれない。 「ウ~……、でも、先生なんてディーキンはやったことないの。 ディーキンが教わった先生は気が向いた時に教えてくれて、 そうでないときには寝ぼけて体の上にのしかかったり、 機嫌が悪い時にはディーキンの体を麻痺させて歯を抜いたりする、ドラゴンのご主人様だけなの」 「誰だって最初はやったことがないはずです。 それにディーキンさんは、そんなひどい教え方はなさらないです、信じてます。 さっき私の事を応援してくださるって言われましたよね? でしたら、さあ、私が立派なパラディンになるために力を貸してください。 応援するって、そういうことでしょう?」 シエスタは、ここぞとばかりに先程のディーキンの発言を持ち出して畳み掛ける。 このためにいったん譲歩してみせて言質を引き出したらしい。 パラディンは邪悪な行為をしてはいけないが、最終的に善を推進するためのちょっとした計略くらいは問題ないのである。 ディーキンは困った顔をして考え込む。 別に秩序な性格ではないので口約束なんて場合によっては無視してしまうのだが、それでシエスタに嫌われたりするのは嫌である。 かといって大したことが教えられるとも思わないし、それはそれでシエスタを失望させることになってしまわないか不安だが……。 まあ、彼女に教えるのもそれはそれで確かに新しい楽しい経験になるかも知れないし。 何より彼女はボスの話を聞きたいと言ってくれた、それはこちらとしても存分に語りたいことだ。 「――――わかったの。 ディーキンは今ルイズの使い魔をしてるから、お願いしてみないといけないけど。 いいっていわれたら、シエスタのためにできるだけの事はするよ」 シエスタはそれを聞くとぱあっと顔を輝かせて、ディーキンを思いきり抱き締めた。 「ありがとうございます、先生! これからよろしくお願いしますわ!」 「オオォ……!? ちょっとシエスタ、痛くないの?」 シエスタは今、上着がちょっと肌蹴た状態でディーキンを強く抱き締め、頬ずりとかしている。 人間の男なら嬉しくてそれどころじゃないかもしれないが、ディーキンは彼女の柔らかい肌が自分の硬いウロコに擦れて傷つかないか心配だった。 「………!? あ、わああ、すす、すみません!」 そういわれて漸くシエスタは今の自分の格好に気付くと、途端に顔を真っ赤にしてぱっと離れ、大慌てで胸元をさっと覆った。 慌てたり緊張したり、必死に熱弁したりで、今の今まですっかり失念していたのだ。 「? 別に、シエスタが謝るところじゃないとおもうけど……、 それよりディーキンはその、先生っていうのは――――」 「……だって先生は先生じゃないですか、これは誤解とかそんなことは関係なく先生ですから問題ないです。 学院の生徒の方々だって、みんな教師の方の事はそう呼んでいらっしゃいますわ。 私だってそうお呼びしないと失礼です、ええ、絶対そうしますから」 シエスタは上着をしっかりと着直すと、まだ少し頬を赤くしながらも澄ました顔で得意げにそう答える。 結局、彼女はディーキンをある種の敬称で呼ぶ許可をちゃんと取り付けたのだった。 「ニヒヒヒ……、ウーン、なんか、先生になったの」 仕事に戻らないといけないからというシエスタと別れたディーキンは、少しにやけながらぶらぶらと人気のない廊下を歩いていた。 先程は突然の申し込みに困惑していたが、自分が先生などと呼ばれて敬意を払われる立場になったのかと思うと、じわじわと嬉しさが湧き出して来た。 様づけで呼ばれるのはどうにもむずむずするしご主人様みたいで遠慮したいところだが、先生というのはそれとは違う感じがする。 どう違うのか上手く説明はできないが……、なんにせよ何の悪意も含みもない態度で褒められたり認められたりするのは嬉しい事だった。 まあ正確にはルイズの許可を得られたらということだが、それについては後程シエスタと一緒に頼むことに決めておいた。 たぶん渋られるだろうが、ちゃんとお願いすれば説き伏せられる自信はある。 そういえば元々シエスタの部屋を訪れたのは挨拶がてら約束の歌の件について相談しようと思っていたのだが……。 予想外の話の展開にすっかり元の用件を忘れてしまっていた。 だがまあ別に急ぐ用事でもないし、彼女が生徒になりたいというのなら話す機会はいくらでもあるだろうから、今はいいか。 ―――――さて、これからどうしよう? まだ大分時間はあるがルイズの授業には今日は出ないと言ってしまったし、図書館へ行くか。 この世界の事はまだまだよく分かっていない、調べたいことならいくらでもある。 あるいはシエスタにどんな授業をするか考えて、その準備をしておくか。 引き受けた以上はしっかりとやりたいし。 「ウーン………、ん?」 いろいろと考えながらふと窓の外に目をやると、妙な人物が目に留まった。 タバサだ。 今は授業中のはずだが、何故か空を飛んで学院の外の方へ向かっている。 他に生徒はいないようだし課外学習という風にも見えない。 遠目ではっきりとはわからないが何だか急いでいる様子だ。 何かあったのだろうか? こういう事があるとすぐに首を突っ込みたくなるのが冒険者の、そしてバードの、何よりディーキンという人物の性分である。 好奇心の命じるままにぴょんと跳び上がって手近の窓を開けて外へ飛び出すと、そちらの方に向かって翼を羽ばたかせ始めた………。 #navi(Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia)