「そろそろ行かないと、間に合わなくなるな」
「うん、早く戻らないと」
しばらくして開演時間が迫ってきたので、僕達はここを出ることにした。
しかし、その時――
トイレの洗面所にあった大きな鏡が水面のように揺れ動いた。
「こりゃあ…」
「nのフィールド…!」
場に緊張が走り、身構える僕達。
そして、そこから出てきたのは――
「…ここでいいんですね?」
「ええ、あってるはずですよ。…おや?貴方達は…」
――こともあろうに、雪華綺晶とラプラスの魔のふたりだった。
「…ふるえるぞハートッ!燃えつきるほどヒートォッ!!」
「「「…へ?」」」
マスターが突然叫びだした。このフレーズは…
「おおおおおッ 刻むぞ血液のビートォォッ!!!」
「いや、あの、ちょっと、何です?」
「何!?なんですかこれ!?何でこの人叫んでるんですか!?」
二人とも明らかにうろたえている。まあ当たり前か…
サンライトイエローオーバードライブ
「山吹き色の波紋疾走――ッ!!!!」
「ホゲューッ!」
マスターのストレートが綺麗に決まり、吹っ飛んで行くラプラス。そのセリフは違うような…
この意味不明な状況が恐ろしいのか、雪華綺晶は彼女らしくもなくおびえている。
「い、いきなり何を!?」
「うるせえ!お前らがこの世にいなければ俺は騙されなかったんだ!死んで詫びろ!!」
滅茶苦茶な理由でラプラスをボコボコにするマスター。
「や、やめなよマスター…二人は何も悪くないんだから…」
「そ、そうです、今回は別に貴方達に危害を加えようとして来たわけではないんですよ」
「蒼星石……気を付けろ!信じるなよこいつの言葉を!」
「いや、ほんとに――」
「こいつはくせえーーッ!ゲロ以下のにおいがプンプンするぜーーーーッ!!こんな策略家には出会ったことがねえほどなァーーーッ!
今回は危害を加えようとして来たわけではないだと?ちがうねッ!!こいつは産まれついての策略家だッ!蒼星石、早えとこ鋏で切り刻んじまいなッ!」
「切り刻んじまいなって…二人がかわいそうでしょ?とりあえず話だけでも聞いてあげようよ」
何で僕は二人を弁護してるんだろう…
「まあ、蒼星石がそう言うなら」
渋々承諾するマスター。
「…えーと、今回は…あのー…」
なぜか口ごもるラプラス。
「…かまいません、教えてあげてください…信じてもらうためですもの」
さっきまで隅でうずくまっていた雪華綺晶が言った。…何を教えるんだ?
「じゃあ言いますが、今回は彼女がくんくんショーを見たいと言っていたから、わざわざ北海道まできたんですよ。貴方達と遭う予定ではなかったんです」
「「…はい?」」
雪華綺晶は顔を真っ赤にして俯いている…
「どうも彼女が貴方の部屋に侵入したとき、
DVDを見たそうなんですよ。それきり夢中でして」
がっくりと肩を落とすマスター。
「で、今日この辺でショーがあると聞いて…どうしました?」
「いやあ、まあ、その…」
一拍おいて、マスターが呟いた。
「…とりあえず、電気代払えよ?」
「嫌ですよ、今金欠なんです」
さらりと返すラプラス。
「…槐に給料もらってるだろうが」
「だから、それがもう無いんですよ」
「何に使ったんだ?」
「禁則事項です」
マスターが何度聞いてもラプラスは答えない。本当、何に使ったんだろ…
「そういえば、貴方達はなぜこんなところにいるんですか?」
突然話題を買えるラプラス。よほど給料の使いみちを言いたくないのだろうか。
「
修学旅行だよ。蒼星石もドールズも――って、このセリフ今日二回目だな…」
「どんなところに行くんです?」
突然、さっきまで俯いていた雪華綺晶が聞いてきた。…心なしか必死な声色で。
「んぇ?そうだな…洞爺とか、函館とか、小樽とか、札幌とか…」
マスターの説明を聞いていた雪華綺晶の顔が、途端に明るくなる。…何?
「聞きました!?『とうや』『はこだて』『おたる』『さっぽろ』ですよ!?」
「ええ、わかりましたわかりました、わかりましたから頭をシェイクするのはやめてください」
わざわざ洗面台に登ってラプラスの頭を揺さぶる雪華綺晶。
「蒼星石のマスターさん、ちょっと頼みがあるのですが!」
「無理。全然無理。まったく無理。100%無理」
雪華綺晶の頼みを一蹴するマスター。頼みが何なのか聞こうともしない…
「えぇ!?聞いてくださいよ聞いてくださいよ聞いてくださいよ!!」
「あの、そろそろ脳震盪を起こしそうなのでやめてくれませんか?私はカマキリじゃないんで脳震盪起きるんですが」
普段の冷静さはどこへやら、雪華綺晶はラプラスの頭を揺さぶりながら叫ぶ。
「やだね。槐に関してはそれで失敗したんだ」
「…槐?」
「あ、いや、後で話すよ」
僕達がそんなやりとりをしていると、雪華綺晶が不敵な笑みを浮かべてラプラスに言った。
「しかたありませんね…ラプラス!『あれ』を使うのです!」
「ちょ、突然止めないで…リバースしちゃう」
あからさまに気分が悪そうなラプラス。
そのうち、見かねたマスターが肩を貸して便器まで連れて行った…