いちかとゆかりのキラキラパティスリー




ちょうどキラパティの営業も終わって厨房の片付けが終わって一息ついて一人でお茶会をやっている時に表の方から声が聞こえた。
「すいませ〜ん、表の募集チラシを見て来た者なんですけど〜」と。
「え、ウチってそんな募集してないんだけど何だろう」と不思議に思い少し用心しながら入口のドアを開けるとそこには何とゆかりさんが立っていた。
「え〜、ゆかりさん何でここに居るんですか?!」とあまりの突然の出来事につい声を上げてしまっていると。
「いちか、お久しぶりね それと随分と綺麗になったわね」と優雅に微笑み返してくれた。



いちかとゆかりのキラキラパティスリー



私は現在ネパール近郊のある小さな町でお店をオープンしていた。持ち運び便利なキラパティはどこでも行けるし、あと宿の心配もいらないので本当に重宝している。移動するのも基本はその国の交通機関を利用しているのだが、でもちょっと懐が厳しい時にはホイップに変身すれば大抵はどんな所でも一飛びで行けるので基本どこの国でキラパティを営業してても困る事はほとんどない。まあ強いて言えば言葉の問題と材料の仕入れ代とかが気になっているんだけど、言葉の方は美味しいスイーツには万国共通と言う事で何とか乗り切っている。仕入れの方は言うと実際これがまたまた難しいもので売り上げと比べるとなかなか利益が出なかったりしてるんだけど、まあそこは私一人なので何とかやって行けていると言うのが現状であった。

「ふ〜ん、ここでいつも一人でお茶を飲んでいるの?」と相変わらず優雅に紅茶を飲みながら尋ねてきた。
「奥にも寝起き用の自分の部屋を作っているんですけどここで1日を振り返って、あと明日のメインのスイーツを何にするか考えなら一服するのが楽しいんですよね」とウインクして返すと微笑み返してくれ、今居る厨房周りを見回すと懐かしそうに。
「本当、あの頃と変わらないわね 何かここで調理してたらまた皆が出て来て手伝ってくれそうよね」
その言葉に内心ドキッとしてふとゆかりさんの方を見ると真っ直ぐに私の顔を見ていた。内心を見透かされた様に感じられたので誤魔化す様に。
「そういえばゆかりさんはどうしてここに来たんですか? 来るなら前もって言ってくれれば良いのに」とわざとらしく拗ねて言うと。
「気まぐれよ ついこちらの足が向いたのよ」
と相変わらず涼しげな表情で答える。
「あとね久しぶりにいちかとスイーツを作ってみたくなったのよ。材料はまだ残っているのかしら?」
と突然の申し出に思わず驚きつつも残っている材料を見せると。
「充分ね、じゃあいちか一緒に作りましょう。どちらが美味しいか勝負よ!」
と言うか早いか持って来た旅行鞄からパテシエ服に着替えて準備万端な姿になった。その姿にテンションも上がったがそれ以上に数年ぶりに一緒にスイーツ作りが出来るとあって嬉しさが込み上げて来て。
「受けて立ちましょう! 私のこれまでの修行の成果をお見せします!レッツラ クッキング!!」
と思わずつい鼻息を荒くして答えてしまった。すると私の方を見てゆかりさんが実に愉快そうに笑い出して目に涙まで浮かべてる様子に戸惑っていると。
「本当、あなたって変わらないのね〜素敵だわ」
の言葉に少々戸惑っていると。
「褒め言葉よ、じゃあ始めましょう」
と何か釈然としなかったけどスイーツ作りに取り掛かった。相手は世界で有名なシェフのもとで修行して回ってスイーツ界でも話題になっている凄腕のパテシエ、勿論勝てる訳はないのは理解してたけどゆかりさんと一緒にスイーツ作りするならこれだと。もう何度も作ったし店の定番なのだけど、今でも作る度に彼女と一緒に作った日の事が思い出されるのでこのスイーツにした。

「やっぱりゆかりさんはすごいです!」
と出来上がったスイーツを前にして伝えると。
「いちかも随分と上達してるわよ。シエルに随分と仕込まれたみたいね」
「え、分かるんですか?」
「私も教えてもらったの、このスイーツはね」
ふたりの目の前のはネコマカロンが山積みに並んでいた。共に別々な人物が作ったと思えない程にその出来上がりはそっくりでそしてキラキラルが溢れんばかりに輝いていた。

実は長老からキラパティを授かってすぐ世界に飛び出そうと思ってたんだけどシエルが。
「世界のどこでも通じるパテシエになる様に私がバッチリと修行してあげるわ」
とありがたい申し出を受けたのと本格的に調理の事や免許も取りたかったので中学卒業後は専門学校に通いながら彼女のお店で教わっていた。課題をこなしながらのシエルに加えリオ君の手解きにはかなり厳しいものがあったが何とか乗り越え両方とも無事卒業する事が出来、その後日本を出た後はその土地、土地のスイーツを学びながら今日に至り内心はそれなりに自分の腕には自信を持ってると思ってたんだけどゆかりさんのそのかつての優雅さを遥かに通り越し「神技」言うべきだろうか、その調理する姿には正に神ががっていてこれは師匠のシエルを越えてるなと肌身に感じた。

「では試食してみましょうか」
と互いのネコマカロンを食べてみる。ゆかりさんのスイーツを食べるのはキラパティのお別れ会以来だったけど一口、口に入れただけど見た目以上に濃厚で奥深い世界が感じられてこれまでどれだけ修練を重ねて来たんだろう、と同時に自身がまだまだ未熟だなと感じられて気落ちしそうになるもふと彼女の顔を見ると私のネコマカロンを実に楽しそうに堪能している様子だったのでつい調子に乗って。
「いや〜やっぱりゆかりさんには敵いませんな〜 でも私のネコマコロンもなかなかいけるでしょう?」
とちょっとおちゃらけたの私の言葉に。
「本当、美味しいわ いちかの想いが一杯込められていてこれは私では作れないスイーツだわ」
「え、そんな事はないですよ ゆかりさんの方が絶対、美味しかったんですから!」
「では合格ね私、じゃ明日からではここで雇ってもらえるのね?」
と突然の申し出に思わず久々に出てしまった。
「何ですと〜 いやゆかりさんは私なんかよりスイーツの腕前は遥かに上ですし、風の噂でいつも聞いてましたけど名だたるパテシエの方々の元で修行して回って今では『さすらいの女天才パテシエ』とまで言われてるのに何故ここでスイーツ作りをしたいのですか?」
すると少しだけ微笑んだ後に真剣な眼差しになって私の目を見て。
「知っての通り私は色んな所を回ってスイーツについて学んで沢山の味を知ったわ、それはどれも素晴らしくて言葉には出来ない程の体験だった。でもね最初にあなたと出会った時に作ったスイーツのときめきを越える事は世界中のどこにもなかったの。さっきのあなたの作ったマカロンを食べた時に確信したわ 私のときめきはここにあるんだって… だからお願いします」
と頭を下げた姿に言葉が出なかったんだけど、ではと言う事はこれからはゆかりさんと一緒に… と思った瞬間。
「ありがとうございます! またゆかりさんと一緒にキラパティがやれるんなんて夢みたいです!!ありがとうございます!!ありがとうございます!!」
と嬉しさのあまり万歳して小躍りして喜んでいる私の姿を見てゆかりさんは最初微笑んでたんだけど急に真剣な顔になって突然近づいて来て私を抱きしめた。またもや突然の事で気がついたら彼女の胸の中固まっている私に。
「あなた泣いてるわよ…」
と表情は見えなかったけど沈痛な面持ちの言葉が伝えられた。え、嬉しいのにそんな訳ないと思いつつも自分の視界が霞んでいる事に気がついて初めて自分が涙を流している事を認識した。
「いちか、あなた寂しかったんでしょう。ここは皆の思い出が詰まっている場所なのにずっと一人だったんだものね。でもこれからは私も一緒だから大丈夫よ…」
その言葉に抱きしめられた温もりに気がついたら大泣きしてしまった… そういえばゆかりさんが留学するって聞いた時もひまりんとあおちゃんと一緒に抱きしめて貰ったなあと思い出して懐かしくなって更に涙が止まらなかった。

その後、ゆかりさんが私の顔を覗き込み落ち着いたのかを見計らってからそっと離してくれた。
「えへへ、お見苦しい所をお見せしまして申し訳ありません」
と照れ隠しに大袈裟に笑って伝えると。先程までの事がなかった様に。
「それで私がここで働くと言う事はふたりしかいないから私が店長になるのね」
「え、何言ってるですか、店長は私ですよ!」
「だって普通、店で一番偉いと言ったら店長よりオーナーでしょう、だからいちかがオーナーで店長は私って事じゃないの?」
「え〜、私は店長の方が良いですよ〜だっていつもお店でお客様の相手が出来るしその日のメインのスイーツも決められるし」
の言葉に内心ゆかりはほくそ笑んで。
「じゃあいちかが店長で私がオーナーって事でOKね」
「是非、是非それでお願いします!ではゆかりさんはオーナーお願いします!よ〜し明日からまた頑張るぞ〜!」
と声を高らかに宣言する私の横でゆかりさんはニコニコしながら微笑んでいた。

その日の内に起こった出来事と「新しいオーナーです!」とゆかりさんとのツーショット写真をひあおちゃん達にLINEで送ったらすぐに皆が一様に「お前ダマされてるぞ!」と返信が来て、更にあきらさんからは「ゆかりと話させて」と来たのだけれども当のゆかりさんは「今は話す気分じゃないから」とずっとスルーしている。正直言うと皆が言ってることが今ひとつ分からないんだけど、でもあれからずっとゆかりさんと一緒にキラパティでスイーツ作りが出来て本当に嬉しい。あとゆかりさんと話し合って近いうちに帰国して皆に会いに行こうと言う事になったので今から楽しみだ。皆がそれぞれの進んだ道でのお互いの成果が見れるのを。



最終更新:2018年03月10日 11:29