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「甘い夢を、その唇に」2




「……………………」
 困りきった表情で、すぐそばにあるゆかりの顔から視線をそらす。
 枕が一個しかない、という単純なコトを思い出したのは、二人でベッドに入ってからだ。いっそ彼女に枕を譲ってしまえばよかったと、今さらながらにして思った。
 二人で一つの枕を共有する以上、当然、体を寄せ合うことになる。ゆかりの体の柔らかな感触をさえぎるには、パジャマの生地では薄すぎる。
(お…、女の子同士なんだけど……)
 あきら、困惑。
 ゆかりが微かに身じろぎするだけでも、心が動揺してしまう。全然落ち着けない。
 電気を消したばっかりで、あきらの目もまだ暗闇に慣れていない。ぼんやりと輪郭が分かる程度だけれど、こんなに顔が近いと、ちょっと恥ずかしい。
 とりあえず天井に視線を向けたまま、「狭くない?」と訊ねてみる。
 答えの代わりに、「あきらは、こういうの……、嫌?」という問いかけが返ってきた。

「全然嫌じゃない」
 あきらの口から、その言葉が強く出た。
 ベッドの上で体の向きを変え、ゆかりをまっすぐに見る。
「ゆかりと一緒なのは、全然嫌じゃない」
 腕が自然と彼女の体へと伸びた。そして優しく、自分のほうへ抱き寄せる。
「 ――― っっ!」と、ゆかりが声を出すことも忘れて、強く体をよじった。しかし、あきらの腕から逃げ出せない。動悸のせいで胸が苦しくなる。こんなこと、初めてだった。

 ……暗くて、あきらの表情がよく見えない。……こわい。

 そんなゆかりの心境に気付いたのか、あきらが、そっと腕からチカラを抜いた。
「ごめんね、ゆかり」
「……待って、違うの」
 まだ胸が苦しい。
 体も微かに震えているかもしれない。
 それでも、ゆかりは自分から身を寄せていった。
 あきらほど大胆に腕を伸ばせずに、彼女のパジャマを、きゅっ…と指先で掴んだ。
「ごめんなさい、もう一度……お願い。今度は逃げないから」
「うん」
 あきらが目を閉じる。
 そして、両腕の中にある彼女の体を、慈しみながら抱き包むように。
 ゆかりの体が一瞬こわばる。
 ――― けれど自らその緊張を解いて、少しずつ、あきらに体を預けてきた。
(ゆかりのカラダ、きもちいい……)
 彼女の髪に鼻をくっつけるようにして匂いを嗅ぐ。
 あきらの胸で、心臓が切なげに喘ぎ始めた。
 …………こうやって、あらためて腕の中に収めてみると、ゆかりのカラダのやわらかさは、あまりにも魅惑的すぎた。二人が身に纏っているパジャマが邪魔だと思えるくらいに。
(駄目、変なコト……想像しちゃ……)
 まぶたの裏に、ゆかりの透き通りそうな白い肌が浮かぶ。
 そこに這う自分の指も見える ―――― 。
 してはいけないコトだと分かっても、想像せずにはいられない。
 胸の奥にくすぶるもどかしさ。
「ゆかり…」
 つぶやきにも似た、あきらの声。
 ……こくっ、とゆかりが頷く。
 あきらが強く抱きしめる。

「あっ…」
 ゆかりの口から、吐息が洩れた。顔がほてったみたいに熱くなる。
「ふふっ。わたしが……欲しいの?」
 口調は冗談めかしているが、声はやや上擦っている。鼓動が速くなっているのが、自分でも分かるくらいだ。湧き上がってくる気持ちの抑え方が分からない。
「あきら…」
 名前をささやいただけなのに、くちびるがくすぐったくてたまらない。
 あきらがしているのを真似て、ゆかりが彼女の首筋に、スリスリと鼻の頭をこすり付けながら匂いを嗅ぐ。あきらがこそばゆそうに小さな身悶えを返してきた。その反応が可愛くて、少しだけ御褒美。
 あきらの白い首筋に、そっと刻まれる柔らかなぬくもりの感触。

「うっ……んっ…」
 ぞくっ…。
 肌と心が、同時にざわめく。暗闇の中、あきらの顔が真っ赤になる。
(ゆかりが……欲しくて、たまらない……)
 声に出さすに喘いだあきらが、その気持ちを伝えるように、ゆかりの背中を強く撫で上げた。
 ゆかりは気持ちよさそうに背中を弓反らせて、「フフッ」と笑いをこぼす。そして、猫のようにしなやかにカラダをくねらせて、胸のふくらみを、ぐっ、と挑発的にあきらのカラダへ押し付ける。
「ねえ、あきら。……わたし、実は今、上も下も、下着をつけていないのよ」
「……っ」
 どう返していいか分からずに動揺しているあきらの気配を愉しみつつ、ゆかりの顔が動いた。興奮の色にときめいているくちびるが、肌にかろうじて触れない程度の距離をキープしたままで、首筋をなぞり上げるみたいに、あごの裏まで滑っていく。
「あぁ…」と短い声をこぼして、あきらの顔が、クッ…と上向く。
 無防備になった喉とあごの境い目に、ゆかりが再び柔らかなぬくもりの感触を刻んだ。
 今度は「ちゅっ」と甘い音を鳴らして。

 あきらの肌から伝わってくる体温で、触れたくちびるが溶けてしまいそう……。
 くちびるを離したゆかりが、満足げに息を吐いた。
「あきらがパジャマに着替えている後ろで、ほんの少しの間だったけど、ブラジャーもショーツも身に着けずに、完全にハダカだったのよ、わたし」
 普段と変わらぬゆかりの口調。
 けれど、そこに滲んでいるのは、まぎれもない興奮の熱。
「あの時、もしも、あなたが振り向いたら…って、死ぬほどドキドキしたけど ――― 」
 言葉をいったん区切ったゆかりが、いたずらっぽいささやきを、あきらの肌に吹きかけた。
「……でも、今、その気持ちを思いだして、違う意味で最高にドキドキしているわ」
「ごめん、ゆかり、あまり変なコトを言われたら……」
 あきらが熱に浮かされているみたいな、おぼつかない声で答えた。心に疼く衝動を、理性で必死に抑えようとあがいているのだ。しかし、彼女の葛藤を見透かしたように、腕の中で、ゆかりが柔らかな肢体をワザとくねらせる。
 ――― なまめかしくて、誘惑的。
「……ううっ」
 びくっ…!と、引き締まったカラダをわななかせたあきらが、ゆかりのくちびるから逃げて、彼女の肩に顔をうずめる。
 パジャマを掴んでいたゆかりの手がそっと持ち上がり、その後頭部を優しく撫でた。
「どんなあきらだって、わたしが受けとめてあげる。だから、ガマンなんてしないで」
 甘やかな声の響きで、あきらの鼓膜をくすぐってみせる。
 あきらがギュッと両目をつむった。
「大丈夫」
 と、ゆかりもまた目を閉じて、慈しみのこもった手付きで、あきらの頭を撫で続ける。
「…んっ」
 あきらが気持ちよさそうな声を短く洩らした。

 ゆかりの柔らかくて温かいカラダ。
 ゆかりの匂い。
 ゆかりの撫で方。

 その全てが、心溺れるほどに官能的なのに ――― 。
 あきらの胸に芽生えたのは、母の胸で幼子(おさなご)に戻っていくような気持ち。
 彼女の体から、少しチカラが抜けた。
「……私、ゆかりに……いやらしい気持ちをいだいているかもしれない……」
「わたしにだって……ちょっとはあるわよ、そういう気持ち……」
 ゆかりの肩の上で、あきらが薄く双眸を開いた。
 頭を撫でていてくれていた手の動きが止まる。
「少しだけ、ゆかりと一緒に……この気持ちを試してみたい」
「そうね。せっかくの……『恋人』同士だもの」

 ――― なら、まずは恋人同士だけの、特別なショコラを。
 ゆかりの肩から顔を上げ、ぽふっ…と枕に頭を乗せる。
 ……二人で共有するひとつの枕。
 暗闇の中、見つめ合う二人の顔の距離がひどく近い。

 あきらの後頭部を撫でていた手の平が、静かに彼女の肩まで滑り落ちた。
 同じくあきらの手も、ゆかりの背中を滑り落ちて、ぐいっと強く、そのカラダを自分のほうへ引き寄せる。
(んっ…)
 ゆかりが心の中で短くうめく。
 迫ってくるあきらのくちびるの前に、ピッ、と人差し指を立てる。
「あわてないで」
 余裕をたっぷり含んだ甘い声。
 しかし、あきらのくちびるは止まらなかった。その人差し指に触れて ――― 押しのける。
「えっ、ちょっと……、あきら待ってっ」
 予想外の強引さに狼狽するゆかり。
 その声に、もう余裕はひとかけらも残っていなかった。17歳という年齢にふさわしいウブな恥じらいに身を委ね、二人のくちびるが重なりそうになった瞬間、とっさにギュッと瞼を閉じてしまった。

 琴爪ゆかりにとっての初めてのキスは、くちびるを強く押さえつけられているだけという感触しかなかった。剣城あきらのくちづけは、ただ感情に任せてアクセルを踏んでしまったというカンジで、正直、ゆかりが軽く期待していたロマンチックなムードなどは皆無。
 それなのに ――― 。
(あきらったら、本当に仕方のない子ね、もうっ…。ふふっ)
 この子供っぽくて、拙(つたな)いだけのファーストキスが、あまりにも愛しすぎて……。
 胸の奥が締め付けられるように、切なく痺れる。

 しばらくして、くちびるをようやく解放してくれたあきらに、ゆかりがボソッと答えた。
「あきら。キス…、下手すぎ」
「うっ!」
 傷ついたようなうめき声を、あきらが上げた。
( ――― まあ、嫌いじゃなかったけど)
 と、ゆかりはあえて言わない。ツンと澄ました雰囲気をよそおう。
 ……キスが終わった今になって、まるで春の訪れによって雪が静かに解けていくみたいに、ファーストキスの感触がくちびる全体に広がってきている。
(あら、さっきの『ショコラ』に酔わされちゃったかも)
 カラダの奥のほうで、ゾクゾクとうずくものが芽生えているのを感じる。
 そんなゆかりの気持ちは露知らず、あきらが彼女の手を両手でグッと包み込むように握って、真剣な瞳で訴えた。
「ごめん、ゆかり、もう一度っ! 今度はもっと上手にするから!」
「ふふっ、あきらったら真面目すぎて面白い」
 握られた手をゆっくりと引き抜いたゆかりが、ごろり…と仰向けになる。そして、顔だけをあきらのほうへ向けて、掛け布団の下でルームウェアのトップス裾をグッと掴んだ。
「ねえ、別のスイーツを味わってみない?」



最終更新:2018年03月12日 01:13