幸せは、赤き瞳の中に ( 第17話:もう一度、みんなで )
「アカルン!」
「キー!」
灰色の空の彼方に、小さな赤い光が煌めく。見る見るこちらに迫って来たのは、頭に大きなリボンをつけ、背中に小さな羽を持った妖精――幸せの赤い鍵・アカルン。そのあどけない顔を嬉しそうに見つめるせつなの隣から、ラブが驚いたように身を乗り出した。
「ピルン!」
「キー!」
アカルンの後ろから、もう一体の妖精が顔を覗かせる。姿形はアカルンにそっくりだが、その身体の色は赤ではなく、ピンク色。リボンの代わりにコックのような帽子を被った、愛の鍵・ピルンだ。その大きな瞳に、うん、とひとつ頷いてから、ラブはせつなにキラリと光る眼差しを向けた。
「ありがとう、せつな。じゃあ、行くよっ」
「ええ、ラブ!」
そう言い合うと同時に、リンクルンを構える二人。一直線に飛んできた妖精たちが、それぞれの場所に勢いよく飛び込む。
銀色のチャームでリンクルンを開き、ホイールを回す。それと同時に爆発的に迸る、ピンクと赤の光――!
「チェインジ!! プリキュア!! ビートアーップ!!」
二人の高らかな声と共に、今、変身の儀式が始まる。
力強く大地を蹴って、空中へと飛び上がるラブ。
聖なる泉へと身を躍らせ、水中を高速で駆けるせつな。
それと同時に、二人の胸に四色の四つ葉のクローバーが浮かび上がる。
その身に纏うは可憐な衣装と、無限のメモリーから託されし、伝説の大いなる力。
ラブのツインテールは長く伸びて金色にたなびき、ピンクのハートの髪飾りがそれをまとめる。
せつなの漆黒の髪は、淡い桃色のロングヘアとなり、白い羽飾りのついた赤いハートと、ティアラの輝きがそれを彩る。
生まれ変わった姿で、大地に向かって急降下する。
愛する世界、守りたい世界へと、今、帰還するのだ。
「ピンクのハートは愛ある印! もぎたてフレッシュ! キュアピーチ!」
「真っ赤なハートは幸せの証! 熟れたてフレッシュ! キュアパッション!」
幸せは、赤き瞳の中に ( 第17話:もう一度、みんなで )
二色の光の柱が立ち昇った後、姿を現した二人のプリキュア。
天の頂からその姿を見下ろしたメビウスは、真っ直ぐに自分を見上げるパッションに目をやって、眉間に深い皺を寄せた。
「その姿こそがお前の本当の姿……そう言いたいのか」
「少し前までは、ずっと自分にそう言い聞かせて戦ってきました」
「パッション?」
静かに語るパッションを、隣から心配そうに見つめるピーチ。そんな彼女に小さく笑いかけてから、パッションは再び元の主へと向き直る。
「出来ることなら、イースだった過去を消し去りたかった。けれど、気付くことが出来ました。あの頃の……イースだった頃の私も、もっと幼い頃の私も、全てが私の本当の姿。愚かだったけれど、精一杯幸せを求め続けていたんだ、ということに」
そう言って、パッションは胸のクローバーに手を触れると、少しの間、そっと目を閉じた。
「そしてこの姿もまた、私の本当の姿。みんなの幸せを守りたいという誓いの証。だからこの姿で、もう一度あなたと向き合いたかったのです」
「くだらん!」
怒りの声が、天の高みから降って来た。それと同時に目の前の“不幸のゲージ”が、ゴポリ、と不気味な音を立てる。
「幸せなど、不幸の裏返し。不幸の無いラビリンスで、求める必要などない」
「そう。不幸の無いこの世界で、私はずっと、あなたの言われた通りに生きてきました。それでも……そんな私でも、そうとは知らず幸せを求めていた。それは、人が生きていくために大切なものだからではありませんか?」
「……」
メビウスが一瞬、虚を突かれた様子で沈黙する。が、すぐに苛立たし気な声が、雷のように辺りに轟いた。
「愚か者め。それは、お前たち人間が愚かであるという証拠だ!」
「ソレワターセ!」
間髪入れずにおぞましい声が響く。起き上がった巨大なソレワターセが、先端が巨大な鉄球になった腕をブンブンと振り回しながら、パッションとピーチの背後にじりじりと迫ってくる。
「安心しろ。今度こそ完璧に、お前たちを管理してやる。さあ、私のデータを渡せ」
「ソレ、ワターセ!」
迫り来る攻撃に対し、跳び退って身構えるピーチとパッション。が、二人が飛び出すより早く、小さな黒い影が宙を舞った。
「はぁぁぁぁっ!」
唸りを上げる鉄球に、少女が鋭い蹴りを放ったのだ。鉄球はあさっての方角に弾き飛ばされたが、二人の目の前に着地しようとした彼女目がけて、もう一本の鋼鉄の腕が襲い掛かかった。
思わずギュッと目をつぶり、両腕でガードを固める少女。すると次の瞬間。
「ダブル・プリキュア・パーンチ!!」
高らかな声に続いて、ゴン、という鈍い音が少女の耳を打つ。見開いたその目に飛び込んできたのは、鮮やかなピンクと赤の衣装で宙を舞い、寸分たがわぬタイミングで巨体の胴を蹴りつける、ピーチとパッションの華麗な雄姿だった。
「ソーレワターセェェェ!!」
のけ反って一歩、二歩と後ずさったソレワターセが、三角の目をさらに吊り上げて、二人目がけて自慢の腕を叩きつける。
「はっ!」
短い気合いを発して、ピーチが巨人に向かって跳ぶ。そして巨体の両腕が交差したところを見計らって、その腕を束ねるようにむんずと掴んだ。
「おぉぉりゃぁぁぁっ!!」
闘志全開の雄叫びと共に、二つの鉄球が巨体の胸板目がけて放たれる。
「ソ……レワタ……セ……」
渾身の一撃を喰らったソレワターセが、たたらを踏んで後ずさる。
「はぁぁっ!!」
すかさず飛び出したパッションの蹴りが、今度は怪物の額の辺りに炸裂する。これにはたまらず、ソレワターセは地響きを上げて仰向けに倒れた。
「大丈夫?」
少女の隣に降り立ったピーチが、あっけにとられた様子の少女の顔を、優しく覗き込む。
「平気よ。でも……ありがとう」
「お礼を言うのはあたしの方だよ。ありがとう!」
もごもごと礼を言う少女に向かって、ニコリと屈託のない笑顔を見せるピーチ。その顔を上目づかいで見つめてから、少女は少し寂しそうな笑顔で、力なく首を横に振った。
「今のあなたは、もう守られる必要なんて無いわね。私の出る幕は……」
「あのね。お願いがあるんだ」
「え?」
唐突な言葉に、少女が思わず顔を上げる。ピーチはその顔を真っ直ぐに見つめると、もう一度ニコリと笑って言った。
「今度はあたしに、ラビリンスを元に戻すお手伝いをさせてくれないかな」
驚きに目を見開く少女に、ピーチが人差し指でポリポリと頬を掻きながら、少し照れ臭そうに言葉を繋ぐ。
「あたし、ラビリンスの人たちが大好きなの。ううん、何度もここに来ているうちに、どんどん好きになったんだ。だから、少しでも力になりたいの」
ピーチの顔をじっと見つめていた少女が、次第にうつむきがちになり、やがては項垂れて地面を見つめる。
「なんで……どうしてそれを、私に? 私はこの国と、この国の人たちに取り返しのつかないことをしたというのに」
「そんな! 取り返しがつかないなんて……」
「ラブ」
不意に、低くて穏やかな声が、ピーチの言葉を遮った。ピーチの反対隣りから、パッションがそっと少女の肩に手を置く。ビクリと震える肩をそっと撫で、微笑みながら彼女の顔を覗き込む。
「それで、あなたは今、何がしたいの?」
「……」
「取り返しがつくかつかないか、出来るか出来ないかじゃなくて、あなたが今したいことは、何?」
パッションの顔を見ようともせず、じっと地面を見つめた少女は、そのままの姿勢で、絞り出すような声を上げた。
「私は……この国の人たちの、笑顔を取り戻したい。ずっと大嫌いだったけど……あの脳天気な顔を、もう一度見たい!」
「よし! ならば俺たちの目的はひとつだな」
不意に、少女の後ろから野太い声がした。腕組みをしたウエスターが、振り返った少女にニヤリと笑いかける。そして隣に立っている相棒に、相変わらずの大声で言った。
「サウラー! もう一度、今度はここに居るみんなで力を合わせてやってみるぞ!」
「何をだい?」
「決まってるだろう。“不幸のゲージ”を空にする。そのために」
ウエスターはそう言いながら腕組みを解き、その太い指で、既に上半身を起こしているソレワターセをビシッと指さす。
「まずはコイツを、元に戻す!」
「ふん、どうせ作戦は、僕が考えるんだろう?」
口の端を斜めに上げて、まんざらでもない口調で問い返すサウラー。その後ろから走って来た少年が、皆の顔をぐるりと見回した。
「俺も……俺にもやらせてください。お願いします!」
深々と頭を下げるその姿を見つめてから、せつなは少女の肩を掴んでその顔を上げさせた。
「一人一人の想いが集まれば、大きな力になる。私も、精一杯頑張るわ!」
「あのソレワターセは廃棄物処理空間と、その中にあったデリートホールを取り込んでしまった。だから元あった場所で、あいつを元に戻す必要がある」
立ち上がろうともがくソレワターセに油断なく目を配りながら、サウラーが早口で語り出す。
「メビウスの城の跡地のことか? ならば、あいつをそこにおびき寄せればいいんだなっ?」
「でも、それは危険すぎるんじゃないかしら」
ソレワターセとメビウスに聞かせまいと思ったのか、ウエスターが珍しく口元に手を当ててひそひそと囁く。それに答えたのは、パッションの低い声だった。
「あそこは新庁舎に……今、多くの人々が集まっている場所に近いわ。あんなところで戦闘になったら……」
「そっか。確かに危険だよね」
ピーチが頷き、サウラーは相変わらず怪物から目を離さず、じっと考え込む。と、その時。
「あ、あのぉ……」
遠慮がちで、自信のなさそうな声が沈黙を破った。
「何だ? 遠慮は要らん、言ってみろ」
五人の視線が一斉に注がれて、途端に真っ赤になった少年の肩を、ウエスターがポン、と叩く。それに励まされたのか、少年は思い切った様子で口を開いた。
「それって……廃棄物処理空間って、元の場所に戻さなければいけないものなんですか?」
「そりゃあ君、元々メビウスの城の地下に造り付けられていたものだから……」
「待て、サウラー。……おい、もう少し詳しく、お前の考えを説明しろ」
ウエスターがサウラーの言葉を遮って、少年にさらに声をかける。その言葉に、少年はしどろもどろになりながらも、懸命に言葉を紡ぐ。
「あの、も、もしこの近くに、それが入るだけの……えっと、それを格納できる建物があれば、そこで元に戻すっていうのは……」
「なるほど。今なら廃棄物処理空間の場所を、動かすことも出来るということか。それは考えつかなかったね」
少し考えてから、サウラーがそう呟くのを聞いて、ウエスターが何故か得意げに胸を張り、少年はふぅっと大きな息を吐く。
「だが、この近くにそんな建物は……」
すると、サウラーの言葉が終わらないうちに、今度は少女がさっと腕を伸ばした。何も言わずに、さっきまで自分たちが隠れていた廃墟を指さす。まるで巨大な瓦礫の吹き溜まりのように見えるそれは、よく見ると、まだしっかりとした建物の骨組みを保っている。
サウラーが全員の顔を見渡して、小さく頷く。それを合図に、六人は一斉にばらばらの方角へと散った。
「ソレワターセー!」
「残念ね。あなたにこれは渡せない!」
起き上がったソレワターセの目の前に立っていたのは、左手を腰に当て、右手にノーザの球根を握り締めたキュアパッションだった。まるで見せつけようとでもするように球根を肩の上まで掲げてから、くるりと踵を返して駆け去ろうとする。
「ソーレー、ワターセー!」
ソレワターセの鉄球の腕がぐんと伸びてパッションを襲う。避けたと見て、もう一度。さらにもう一度。だが、パッションは時に宙を舞い、時に方向転換しながら、鉄球をことごとく避けていく。
業を煮やしたソレワターセが、ドスドスと地響きを上げながら、パッションの後を追い始める。それを見て小さく微笑んだパッションが、ぐんと走る速度を上げた。
負けじとソレワターセもスピードアップする。パッションはちらちらと後ろを振り返りつつ、鉄球が届かないギリギリの距離を保って、ソレワターセを誘導していく。
やがて、さっき少女が指し示した巨大な廃墟の前に差し掛かった途端、パッションの身体は赤い光を放って消えた。
「ソレッ?」
突然目標を失い、キョロキョロと辺りを見回すソレワターセ。その巨体目がけて、サウラーとウエスター、二つの影が矢のように跳ぶ。
「はぁぁぁぁっ!!」
「ソーレ……ワターセー!」
肩口を蹴りつけられてよろめいた怪物が、さっき少女に相対した時と同じように、中空にいる二人に向かって腕を伸ばそうとする。
だがその時、満を持して飛び出した少年と少女が、その腕を一本ずつ掴んで綱引きのように引いた。
懸命に振りほどこうとするナケワメーケ。ズルズルと引きずられそうになりながら、少年が声を張り上げる。
「頑張れっ! もう……少しだ!」
「いっ……言われなくても……分かっている!」
少女も歯を食いしばって叫び返す。
渾身の力で怪物を抑えようとする二人に、着地したウエスターとサウラーが駆け寄る。そして四人掛かりで、長い二本の腕を後ろ手に縛りあげた。
「今だ、プリキュア!!!!」
「オッケー!」
「わかった!」
その声とともに、ピーチとパッションがソレワターセの前に躍り出る。
ピルンとアカルンがリンクルンから飛び出し、くるくると踊りながら、秘密の鍵へと姿を変える。二人はその鍵でリンクルンを開き、ホイールを回す。
光と共に現れる、それぞれのアイテム。
ピーチはそれをくるりと手の中で転がしてから、キラリと光る先端を、ソレワターセに向ける。
パッションは胸の四つ葉から取り出した、最後にして要のピース、赤いハートを取り付ける。
「届け! 愛のメロディ。キュアスティック・ピーチロッド!」
「歌え! 幸せのラプソディ。パッションハープ!」
二つのアイテムから、それぞれの音色が響き渡る。
「吹き荒れよ! 幸せの嵐!」
高く掲げられたハープの周りに、真っ白な羽が出現する。
「悪いの悪いの、飛んで行け!」
大きくジャンプしたピーチのヒールが、カツンと澄んだ着地音を響かせる。
「プリキュア! ラブ・サンシャイン・フレーッシュ!」
「プリキュア! ハピネス・ハリケーン!」
ソレワターセに向かって巨大なハート形の光が弾け飛び、赤い旋風がそれを追うように螺旋を描いて飛んでいく。
ミシリ、と廃墟の扉が軋む。廃墟にもたれかかる格好になったソレワターセを、ピンクと赤の光弾が包み込む。
「はぁ~~~!!」
アイテムの先端をソレワターセに向け、ピーチとパッションが気合いの籠った声を上げる。少年と少女が、ウエスターとサウラーが、固唾を飲んでそれを見守る。
だが。
「ソ……レ……ワタ……セェェェ!!」
ソレワターセの方も、浄化されまいと抵抗する。後ろ手に縛られた身体を何度も廃墟に叩きつけ、ついに腕の拘束を解くと、その勢いのままに二色の光弾を撥ね飛ばした。
力なく飛び去って行こうとする、ピンクのハートと赤い旋風。だが間髪入れず、ピーチとパッションがアイテムを持つ手に力を籠める。
「まだまだ~!!」
再び勢いを取り戻した二色の光が、弧を描いて戻ってくる。すかさず腕を交差してそれを防ごうとするソレワターセ。だが、その行動が裏目に出た。
ウエスターが右手を、少年が左手を、力自慢の二人がそれぞれ掴み、渾身の力で手繰り寄せる。交差したままの腕を左右に引っ張られたソレワターセが、自らの腕で拘束された格好になったところへ、光弾が再び怪物に命中した。
ボン! と大きな音がして、二色の光弾と赤い旋風がソレワターセを包み込む。
「よしっ!」
思わず声を上げたウエスターを、少し呆れた顔で眺めるサウラー。少年と少女が顔を見合わせ、どちらからともなく小さく笑い合う。
だから、誰も気が付かなかった。これまで無表情で一部始終を眺めていたメビウスの瞳が、その瞬間、不気味な赤い光を放ったことに。
「シュワ、シュワ~!」
ついにソレワターセが力のない雄叫びを上げた。巨大な身体は霧のように消え失せて、廃墟がズン、と大きく震える。
だが、パッションはそこで不審げに眉をひそめた。ピーチも硬い表情で、ソレワターセが消えた廃墟から目を離さない。
ソレワターセを浄化した時に、いつも聞こえるあの音――“パン! パン! パン!”という三つの破裂音が、一向に聞こえてこないのだ。
やがて、ピンクと赤のハートが消え失せて、二人が警戒しながらそっとアイテムを下ろす。その時、廃墟から何かが飛び出して、ヒュン! と“不幸のゲージ”目がけて飛んだ。
「え、何っ!?」
呆然と立ち尽くすピーチの隣から、突然パッションがゲージに向かって走り出す。パッションの人並外れた動体視力が捉えたもの――それは、普通なら浄化と同時に弾けて消えるはずの、“ソレワターセの実”だった。
(一体なぜ? なぜ今回に限って、浄化されずに残ってしまったというの!?)
さっぱり訳が分からぬまま、ただとてつもなく嫌な予感だけが、胸の中で急速に膨らんでいる。
ピーチが、そしてそれを見ていた四人が、慌ててパッションに続く。だが、パッションはすぐに足を止め、残りの五人も呆然とした表情で立ちすくんだ。
一直線に飛んだ“ソレワターセの実”が、まるで溶けるように“不幸のゲージ”のガラスに吸い込まれる。すると、たちまち暗緑色の怪しい光が立ち昇り、ゲージがまるで生き物のように、ドクン、ドクン、と脈打ち始めた。
突然、ゲージの周りに蔦のようなものが絡みつき、ゲージ全体が大きく膨れ上がる。そして光が収まった後に現れたその姿を見た時、ピーチの瞳は大きく見開かれて小刻みに震え、パッションの両の拳は、痛いほどにギュッと握り締められた。
見忘れるわけがない。薄黄色の液体を湛えたゲージと植物が融合したような不気味な姿――それは以前占い館に乗り込んだとき、館を破壊してプリキュアたちの前に現れたソレワターセの姿そのものだった。
「残念だったな。まだ使いようがあるものを、みすみす無駄にはせぬ」
現れたモンスターを見下ろしながら、メビウスが満足げな声を出す。その声に答える余裕のある者は、誰も居なかった。
「ソレワターセー!」
さらにおぞましい雄叫びを上げるソレワターセに、少年と少女が慎重に距離を取る。あの時の、不幸のエネルギーによる強烈な攻撃を思い出して、ピーチとパッションだけでなく、ウエスターとサウラーも厳しい顔つきで身構える。
だが、そこでソレワターセが、誰もが予想しなかった動きに出た。
見るからに重そうな巨体が、すぅっと空へと浮かび上がったのだ。その途端、空を覆い尽くさんばかりであったメビウスの姿が、まるで吸い込まれるように、ソレワターセの身体の真ん中にあるゲージの中へと消えた。
ソレワターセはゆっくりと高度を上げて、あっけに取られてその姿を見つめる六人の頭上を飛び越える。そしてソレワターセの中からメビウスの高らかな笑い声が響いた。
「フハハハハハ……! データの入手は後回しにしよう。これで我が城に入れば、ラビリンスは再び、完全に私のものだ!」
「まさか……ソレワターセを、移動手段に使うつもりか」
「ええい、行くな! 止まれ!」
苦々しい口調で呟くサウラーと、腹立たしげに叫ぶウエスター。パッションが悔しそうに奥歯を噛み締め、ピーチと少年が呆然と怪物を見上げる。
その時。
「まだ……まだまだ、諦めてたまるかぁっ!」
不意に凛と響いたその声に、全員が驚いて声の主の方へと目をやった。
少女が、行き過ぎようとする怪物を睨み付け、今にも飛びかからんばかりに身構えている。その燃えるような瞳を見て、パッションの頬に薄っすらと笑みが浮かんだ、次の瞬間。
「何……馬鹿な!」
突然、メビウスの慌てふためいた声が響く。何事かと身構える六人の目の前で、ソレワターセの身体が、ぼんやりと白い光を放ち始めた。
~終~
最終更新:2019年01月28日 22:47