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バイト始めました。なな




こんなことってあるのだろうか。眼の前にはおふくろの味、もとい、家庭の味が所狭しとテーブルに並んでいる。ここは天国か。

心の中で涙を流しながら料理を口に運ぶ。思わず昇天しそうだった。隣からせつなまたピーマン食べてない。だの、ラブだってニンジン残してるじゃない。だの、ふたりとも残さず食べるのよ。だのと団らんの声が聞こえるが最早そんなの関係ねえぐらいな勢いで食べております。人様の家なのに遠慮しないのかよこいつと思われても仕方ないくらいにははしのペースが尋常じゃない。仕方ないよね空腹でどうにかなりそうだったんだから。人間の三大欲求のひとつだから抗うだけ無駄なのですよ。

結論から言うと、あゆみさんまじ神様。

この状況をさくっと説明するなら空腹で倒れそうになっているところにあゆみさんが通りがかり拾ってくれた。って感じ。何度だって言える。あゆみさんまじ神様。

お子さんたちには最初ポカーンってされたけど、連れてきた理由をあゆみさんから聞いてすぐに笑顔で自己紹介してくれました。できたお子さんたちです。自分だったらえって言っちゃうね絶対。

ラブちゃんもせつなちゃんも中学二年だと聞いたけど、今どきの子はスラっとして高身長でびっくりです。自分と身長いい勝負…あれ、おかしいな。


食べに食べたらふくになったので、お礼もかねて片づけのお手伝いを願い出たら、なぜかラブちゃんの勉強をみることになった。なぜだ。言っちゃ悪いが自分はそんな頭よくないですよ。中学生の問題も解けるか怪しい。大学生なんてそんなもんだ。


「この、作者の気持ちになって考えなさいっていう問題の意味が分からなくて…」

「…うん。それは永遠の謎だよね」


作者の気持ちとかわかるわけねーだろ本人じゃないんだから。って思ってたよいつも。出題者は生徒を探偵にでもしたいんですかね。


「まあ、こういう場合は深く考えたらドツボにハマるから必要な情報だけ読んで…」

「ふむふむ…」


なんとか教えることができました。よかった小さなプライドが保てた。

これで一宿一飯の恩じゃないけどお礼はできた。せつなちゃん? いや、あの子頭良さそうだから教えられることなんてないよ。むしろ途中教えてもらったよ。

あれ、プライドどこいった。





そんなことがあった昨日。いやあ、おいしかったなあご飯。人が作るご飯のおいしさを改めて感じて心身リフレッシュできた気分。今ならバイトがきても大丈夫やれる…あ、ちょっとまだ身体が震える。いじめ紛いの暴力を受けてからまだバイトの依頼はきておりません。あっちもちょっと気を使ってくれてるのかな。悪の組織なのに優しいな。なんてお茶をすする昼下がり。いい天気だなあ。




「…ってかんじでおかあさんが連れてきた人とご飯食べて勉強みてもらったんだー」

「へーラブにしては随分と余裕のある連休最終日を過ごしてると思ったらそんなことがあったのね」

「ラブったらその人と休みの宿題全部終わらせるんだもの。自分でやってたら今頃必死に机に向かってたわよ絶対」

「ひどいよせつな! あたしがその人のことしか頼ってないみたいな言い方! せつなにもちゃんと頼るつもりだったよっ!」

「どちらにしろ自分だけでやろうとは思ってなかったんだねラブちゃん…」

「もちろん!」

「得意げに言うんじゃないのっ!」

「あたっ! 美希たんひどいよこれ以上頭が悪くなったらどうするのさ!」

「心配いらないわラブ。もう手遅れよ」

「なにがっ!?」


ラブの部屋で買ってきたドーナツを食べながら談笑する。そうそうこんな平和な昼下がりがアタシ達が望んでいることで…


「…って違うわよ!」

「うわっどうしたの美希たん突然大きな声出して」

「危うく今日集まった当初の目的を忘れるところだったわ」

「集まった目的…? なんだっけせつな?」

「さあ? ブッキーわかる?」

「うーん。こうしてみんなで楽しくおしゃべり?」

「…なんでこうもボケが多いのかしらこのグループ」

「時と場合によると思うわ美希」

「アンタは割といつもボケ要因よせつな」


こほんと咳ばらいをひとつしてから当初の目的について改めて説明する。昼下がりにドーナツ食べてる場合じゃない。


「まず、ナケワメーケがじゃべったのを聞いた人挙手」


はーいというラブを筆頭に全員が手をあげた。


「ってことはアタシの勘違いじゃなさそうね」

「せつなちゃん、ナケワメーケって人格?とかあるの?」

「私がいた時はそんな話聞いたことなかったわ」

「しかもさ、バイトとか言ってたよね。ナケワメーケって短期バイトか何かなの?」

「そんなわけないでしょラブ。そもそもラビリンスにバイトなんてないし、働く先はみんな決められてるもの」

「へー、さすが管理国家ね。無職者がでないなんて理想的」

「その代わり自分のなりたいものにはなれないわよ。まあなりたいものなんてラビリンスでは考える人もいないけれど」


モデル、獣医、ダンス、どれもラビリンスではいらないと捨てられるだろう。とはせつなは言わないけどなんとなくみんな気付いていた。


「なら結局あれは何だったのかしら?」

「ラビリンスが考えた新しいナケワメーケとか?」

「話せるようになったからといって戦闘能力があがったわけでもなかったわ」

「うーん…謎は深まるばかりですな…」

「ラブ…ドーナツ食べながら悩まないで。アホみたいよ」

「美希たんひどいよっ!」




―――――
ついにこの時がやってきてしまった。

そう。眼の前にいるのは四人のあくま…もとい、正義のプリキュア。今回目線が高いので大きさ的にはあっちに勝っているはずなのに、何かの圧を感じてすでに気分は負け越しです。帰りたいです。


「どうしたナケワメーケ! 行けっ!!」

「ぞぉおおおおおんんっ!!」


ドスドスと走る動きと鳴き声から、今日は象なのかなあとぼんやり思いながら視界でチラチラしてる長い鼻を横振りさせてプリキュアに当ててみる。

…なんか鼻がスライム並みの弾力とゴム並みの伸縮性を兼ね備えてて望んでもないのにプリキュアを一網打尽にしてしまった。今すぐ離したい。


「いいぞナケワメーケ! プリキュアをそのまま締め上げてやれっ!!」

「ぞぉおおおおっっ!!!」


大男が上機嫌にそんなことを言いながらはしゃいでいる。

いやまじふざけんな今すぐ離したいわ。触れていたくないんですよこっちは。必死に引き剥がそうとするけど長すぎるがゆえに絡まって自分じゃどうしようもない。とりあえずプリキュアが攻撃してこないように振り回しまくる。


「ぅっ…ヤバい…吐きそう…」

「ちょっとしっかりしてよピーチっ! ってかこんな密着してる時に吐かないでお願いっ」

「ピーチ大丈夫っ?! 酔った時は遠くを見ればいいって言ってたよ!!」

「こんな振り回され方してたらっ…景色も見えないと思うわパインっ!」

「良い子に見せられない画になったらごめんねみんな…」

「ちょっとなに諦めようとしてるのよっ! 気合で何とかしなさいよっ!!」


…なんか最早地獄絵図です。振り回してる自分が言うのもなんだけど大変そうだね。とりあえずピーチは乗り物酔いするタイプなのかな?
「う…もう、限界が…こうなったら…」


ピーチが何かを決めたように右手に持ったもの…それは、恐怖を刻み付けられた例のあれ。


「おらああああっ!!」

「い、いたっ! たっ…や、やめっ…!」

「やっぱりしゃべってるっ!!」


やりやがったよこいつ! スティックで物理攻撃してきやがった。掴んでいる鼻を叩く叩く。思わず声もでちゃいますよそりゃ。

痛みで緩んだ拘束から抜け出したプリキュア達は、目を合わせ頷きあってから各々スティックを手にこちらにやってくる。あ、やばい逃げないとやられる(物理的に)

ダッシュで逃げた。ドスドスとだけど。


「こらナケワメーケ! なに逃げてんだ戦えーっ!」


大男がなんか言ってるが知らん。時には逃げることも大事だって先人が言ってた。


「待ちなさいナケワメーケっ!!」

「逃がすかぁ――!!」

「ゾウさん待ってっ!!」


凶器持ったやつらの言葉なんて誰が聞くかばかやろう。なんて思いながら後ろを見つつ逃げてたら細い路地に頭がハマりました。

あたしってほんとばか…なんて言ってる場合じゃない。後ろ脚に力を入れて挟まれた頭をなんとかとったころには、周囲には悪魔どもが取り囲み退路をたっておりましたまる。

無言でスティックを振りかざし始めたプリキュア達。


「ちょっ、やめ、て、ってっ…」

「なんで喋れるのよナケワメーケっ!」

「いや、知らんしっ…! っいた…!」

「バイトってどーゆーことっ!」

「っ…! たのまれてっ…!」

「頼まれて悪さしてるってことっ?!」

「…っしょうが、ないっ、じゃん…! いっつ…! こっちにも、生活ってもんがっ!」

「あなたが暴れて壊した建物で生活してる人だっているのよっ!!」

「…っ!!」


思わず言葉がつまった。わかってるさそんなこと。言われるまでもなく。でも、こっちだって好きで壊してるわけじゃない。食べるために働かないとお金は入らないし、かといって長時間拘束される普通のバイトはちょっと無理だし。

と、なんか自問自答とか色々してたらだんだんイライラしてきた。大体プリキュアも正義の味方って言うならそれらしい攻撃でこいよ。ビームとかで倒せばいいじゃん?! なんでわざわざ物理攻撃してくるわけ!?


「こっち、だって、言わせてもらうっ、けど、おまえらっ、った、もう、ちょっとっ、正義の、味方らしいっ、攻撃をしろよぉおー―――っっ!!!」


そんな心からの声を発したところで身体から光が溢れ、浄化されました。


危険手当は前回同様多いですが痣も前回同様至る所にあり、身体中が傷だらけで人に見られでもしたらDVを疑われるレベル。一人暮らしだけど。


それにしてもプリキュア達が物理攻撃で会話する能力を身に着けてしまったらしい。あれ次も絶対くるよ。やばいよ。尋問通り越して拷問だよあんなの。そのうち住所と氏名言えよおいとか言ってきそうだよこわいよ。


あーそろそろこのバイトやめようかなあ。プリキュアが言ってたことも正論と言えばそうだしなあ。とか思いながら「退職届の書き方」、「バイトの綺麗な止め方」といったワードで検索を掛けていく。と、しばらくスクロールしてたらこんな文章が飛び込んできた。「君の変わりはいくらでもいるが、だからといって引き継ぎもせずに辞めますとか社会人としてどうなんだよおい。―ブラック会社で辞めますといった時の上司の反応―。そこから始まる泥沼展開。」

そっとブラウザを閉じた。



最終更新:2019年05月24日 18:51