四葉タワーで応援
四葉タワーの最上階。
キュアハートたちは、すでにラブハートアローを手にして真っ黒な空にとぐろを巻く蛇をにらんでいた。みな避難していて動くはずのないエレベータのドアが開き、警備部隊のメンバーに続いてあゆみが姿を現すと、キュアソードは驚いた顔をし、キュアエースは駆け寄ってきて「大丈夫なのですか」と尋ねた。
「ありがとう。
わたしのことは心配しないで」
「そうは参りません。
みなさん、わたしはあゆみさんとご一緒します」
キュアハートが、わかった、と手を振る。キュアロゼッタが笑顔を見せる。「やはりいらっしゃいましたね」と言われているような気がした。
顔を上げる。連星の場所はすぐにわかった。蛇のとぐろの中心にある。味方だとは到底思えない蛇の中心にミラクルライトの光がある、というのがどういうことかはわからないが、一つだけわかっていることがある。
(あそこにプリキュアがいる)
HUGっとプリキュアとプリキュアアラモード、そして、まだ会ったことのないプリキュアがそこで戦っているはずだ。
何ができるかわからない。何もできないかもしれない。だが、もし、チャンスがあるなら力になりたい。力にならなければ。
(わたしだってプリキュアなんだから)
その声が聞こえたのか、グレルとエンエンがバッグから這い出してきた。その時のため、小さな手にミラクルライトを持っている。
あゆみは襟のエコーキュアデコルに手を当ててみた。フーちゃんの「呼吸」がわかる。フーちゃんも気を張り詰めている。
深呼吸。
わずかな兆しも見逃してはならない。
キュアスターは、仲間たちの助けを得て、ピトンを最後のミラクルライトがある部屋に送り届けたが、ほかのプリキュア同様、闇に捕らわれてしまった。
ピトンは、やっと見つけたミラクルライトに最後の仕上げをしようとしたが、ミラクルライトはくすんだ色に染まってしまった。
大統領も、言葉を絞り出してピトンをなぐさめたが、それが無力であることはわかっていた。
キュアスターは体が動かない状態のまま、思いを巡らせていた。これまでの戦いで疲労していたため混乱していた思いは、やがてクリアになり始める。
(みんなの思いをつなげたい)
「?」
あゆみは、エンエンに言われて肩を上下させてリラックスしようとしていたが動きを停めた。
「あゆみさん?」
キュアエースが声をかけたが、返事をしない。目元が険しくなっている。ふいにあゆみは展望台のガラスに駆け寄った。
「あゆみさん、危険です!」
ガラスに顔をつけるようにして何かを探している。
「あゆ――」
「ちょっと待って」
あゆみには珍しい強い口調。キュアエースは、わずかに後ろに引いて様子を見守ることにした。それに気づいたキュアダイヤモンドとキュアソードが静かに近づいてきた。キュアハートも続きそうになったが、警戒が手薄になることを気にしたキュアロゼッタに手振りで止められていた。
あゆみの厳しい目つきに変わりはない。追いついたグレルとエンエンが、どうしたんだ、とあゆみの顔と外を見比べていたが、それにも返事をしなかった。
〈…の思いを〉
あゆみが息をのむ。
〈わたしの手でしっかりつかむんだ〉
「聞こえる」
「え?」
「割って」
「あゆみちゃん」
「このガラスを割って。
邪魔なの!」
「危険よ」
「誰かの声が聞こえた!
あの星にいる誰かの声が聞こえたの!!」
我慢できなくなったキュアハートが駆け寄ってくる。
「あゆみちゃん、聞こえたの?」
「聞こえた。
まだ途切れてない。
お願い、このガラスを割って!!」
背後でキュアロゼッタが警備メンバーに指示を出していた。警備メンバーは車のシートベルトよりさらに頑丈そうなベルトを持ってくると、それを接続したベストをあゆみに着せた。あゆみは、体を動かされ、視界が遮られることにはっきりと不快感を見せたが、キュアロゼッタは譲らなかった。
「失礼しました。これで大丈夫です。
キュアハート」
キュアロゼッタの言葉に、キュアハートはラブハートアローを構えた。キュアソードが足元を固めると、キュアダイヤモンドとキュアエースはあゆみの後ろに立ち、いつでもサポートできるように構えた。
「行くよ」
あゆみが頷くとキュアハートは引き金を引いた。
まばゆい光線が分厚いガラスに向かって延びる。だが、それをガラスを貫いただけで割れはしなかった。え、とキュアハート。
「早く!!」
あゆみが叫んだ。
「プリキュア ホーリー・ソード!!」
キュアソードの手から無数の剣が放たれる。
「これでどう?!」
今度こそ、その一角のガラスが外に飛び散った。代わりに、地上1000mの強風が飛び込んでくる。
あゆみはさらに前に進み出た。背後の壁に固定されたベルトのせいで前進を阻まれると、視線を動かさず、後ろ手にそれを引っ張ったが、ベルトはピクリともしなかった。
〈…に思いが詰まっている!〉
あゆみはミラクルライトを突き出した。まっすぐ伸びた右手に左手を添える。ミラクルライトはわずかずつゆっくりと方向を変えた。後ろで、キュアロゼッタがまた合図をする。警備メンバーは、あゆみの後ろで何かの装置を作動させた。
「あ」
「ミラクルライトが」
あゆみの手のミラクルライトがうっすらと光った。このタワーの最上階で光を失った空を見守り続けて闇に慣れた目でないと気が付かないほどの明るさ――あるいは、暗さ――だったかもしれない。だが、ミラクルライトは間違いなく光っていた。
キュアロゼッタが後ろに下がり、無線でセバスチャンを呼びだした。
「あゆみさんが光をとらえました。方向のデータを送らせます」
《承知しました》
警備メンバーが測定データを送信する。
「わたしたちはここにいる!」
あゆみが叫んだ。
「あなたが誰だかはわからない。でも、同じ光を持っている。同じ強さの思いを持っている!
わたしたちはあなたの仲間。あなたの友達!」
キュアエースがミラクルライトを掲げた。あゆみを見ながら方角を微調整する。それはやがて弱々しくはあるが光を取り戻した。それを見たキュアダイヤモンドがつづき、キュアハート、キュアソードも同じくミラクルライトを持った手を伸ばした。
《方角のデータをプリキュアの皆様に転送いたしました》
「あなたもミラクルライトをそちらに向けてください、セバスチャン」
《わたしがでございますか》
「えぇ、あなたもプリキュアなのですから」
《…承知いたしました》
キュアロゼッタは小さく笑うと自分もミラクルライトを手に持った。
蛇がうねった。目のない顔が展望室をのぞき込む。キュアハートはミラクルライトを持っていない方の手でラブハートアローを持ち替えようとしたが、何が見えたのか、蛇は慌てたように後ろに下がった。
「ミラクルライトに怯えてる」
キュアダイヤモンドがつぶやいた。この弱々しい光に。
「効いてる!」
「何でも言って!」
あゆみの言葉は続く。
「わたしはひよっこのプリキュアだけど、わたしも一緒に戦いたいの!」
「わたしたちもいます!」
キュアエースが言った。キュアロゼッタが続く。
「こちらには十分な戦力があります!」
「道さえ開けば、わたしたちもすぐそこに行く!」
「ホイップ! エール!」
「一緒だよ!!」
〈ありがとう〉
「つながった…」
あゆみが言い終わらないうちに、ミラクルライトの光が増した。
〈みんなの想い、しっかり届いたよ!!〉
「やった!!」
遠くで光が散った。キュアダイヤモンドが目を細める。プリキュアの誰かがあの蛇に攻撃を仕掛けたのだ。
「ミラクルライトをむけるようお願いしましたのに」
キュアロゼッタが困った顔をする。が、キュアダイヤモンドが否定した。
「光の力を使えるようになったってことだよ」
「うん。わたしも力が湧いてきた」
「不思議です。ミラクルライトを持っているわたし自身が力を得られるとは」
キュアソードが力強く言うが、キュアエースは困惑しているようだった。
「当然だよ」
キュアハートは全く動じていない。
「だってここには、〈ミラクルライトのプリキュア〉がいるんだからね!」
聞こえているのかいないのか、あゆみもグレルもエンエンも、ミラクルライトを持った手をまっすぐ伸ばしている。三人のミラクルライトは、キュアハートたちのものより明るく、もう「輝いている」と言っても大げさではないほどになっていた。そして、あゆみの襟もとにあるフーちゃんのエコーキュアデコルも同じ色の光を発している。
その光に導かれるようにして、キュアハートたちのミラクルライトが光を増した。
それがレーザーポインターとなる。
やがて世界を満たしたミラクルライトの光は、惑星ミラクルに向かってまっすぐに伸びて行った。
最終更新:2019年08月17日 14:57