Magic of Lamp
あゆみは体を起こすと大きな息をついた。
(変な夢。
尻切れトンボだし)
夢に整合性を求めるのは間違っているのかもしれないが。
今日は母が休日出勤をしている。掃除に洗濯と、やることはたくさんあった。寝坊してもいられない。グレルとエンエンはここのところ、ひらがなの練習に熱中しているから、その間に片づけてしまおう。
ベッドから降りようとして手をつく。かすかな痛み。
右手を上げてみて驚いた。エコーキュアデコルを握っていた。こわばった手を広げてみると、掌にデコルの跡がついている。
いつもは枕元に置いておくのに、なぜ今日に限って握りしめているのだ。
「あゆみちゃん…それ…」
起きてきたエンエンがそれを指さして何か言いかけた。だが、言葉が続かない。
「どうしたの?」
また、「それ…」と言ったまま、エンエンは首を傾げた。そのまま、ぼんやりした声で「おはよう」と言う。グレルも起きたようだった。
「まだ眠いぜ。変な夢見るし」
「どんな夢?」
「フーちゃんが…」
「うん」
「フーちゃんが…あれ?」
「忘れちゃったの?」
「もういいよ、夢なんか」
よくはない、そうあゆみが感じたのと同時に、エコーキュアデコルが熱を持った。
「フーちゃん?」
〈あゆみ…〉
「どうしたの?」
フーちゃんの声に切迫感がある。
〈あゆみ!
あゆみ!!〉
「フーちゃん!?」
様子がおかしい。フーちゃんの声はやがて鳴き声になった。もう止まらなかった。あゆみはエコーキュアデコルを両手に包み胸元に抱いた。
〈またひとりぼっちになったと思った〉
フーちゃんの言葉に、あゆみたちが驚いた。あゆみたちがフーちゃんをひとりきりにするはずがない。
〈でも、あゆみたちは…フーちゃんのことを忘れてた〉
「そんなことない」
「絶対にないぞ!」
「昨日だって一緒に遊んだじゃない」
〈違う…違う〉
「フーちゃん、お願い。どういうことなのか教えて。
私が悪いんだったら一杯あやまるから」
〈あゆみは悪くない!〉
「じゃ、俺か?」
「僕なのかな」
〈悪いのは〉
三人が言葉を待つ。何がフーちゃんをこんなに苦しめているのか。
〈リフレイン…〉
「時間の妖精…?」
机の上にエコーキュアデコルを置く。その上に小さなフーちゃんの姿が映し出された。
フーちゃんによれば、時間の妖精は二人いて、過去を司るリフレインと、未来を司るミラクルンと言うらしい。
リフレインは自分が宿っている時計塔が解体されるのを防ぐため、「土曜日の正午」が来るたびに時間を巻き戻しているのだという。
〈あゆみたちは、そのたびにみんな忘れて、元に戻る。
フーちゃんのことも〉
またフーちゃんの声が小さくなる。あゆみは手を握りしめた。自分が、フーちゃんのことを忘れたらしい、という事実に怯えながら。
「でも、フーちゃんは、違うの?」
エンエンがおずおずと言った。
誰も答えなかったが、もともとはフュージョンの一部であるフーちゃんは不自然な時間の流れの影響を受けない、ということなのだろうか。
「フーちゃんは、私たちに何度もそのことを教えてくれたのね?」
〈何回も…何回も…〉
「ごめんなさい」
「ごめんな」
「ごめんね」
〈あゆみも、グレルも、エンエンも悪くない!〉
また泣き出す。エンエンはもちろんだが、驚いたことにグレルもベソをかいていた。
そうやってゆっくりとフーちゃんから話を聞いていく。
どうやらフーちゃんは「毎日」あゆみに事情を伝えたらしい。あゆみたちはそのたびにどうにかしようとアクションを起こすのだが、すぐに時間切れになってしまう、ということを繰り返していた、ということのようだった。
そして、不自然ではあっても時間はそのように流れて――あるいは、戻って――おり、フーちゃんだけがそれに逆らっている、という状態はフーちゃんの身体にかなりの負担を与えたらしく、まもなくフーちゃんはあゆみにコンタクトをとることができなくなった。疲労困憊の状態から立ち直ったのが「数日前」で、「昨日」になってやっとあゆみをキュアエコーにするところまでこぎつけたのだった。
「フーちゃんのおかげだよ」
〈…〉
エンエンが言ったが、フーちゃんは答えなかった。
「グッジョブだぜ、フーちゃん」
〈フーちゃんは何もしてない…〉
どうやら照れている。あゆみはほっとした。
おそらく「何カ月」もフーちゃんをひとりきりにした。しかも、何度も「フーちゃんのことを忘れた」のだ。それがリフレインという妖精の企みのせいで、正確には「忘れた」のではなく、土曜日の午前中をなかったことにされた、ということなのだとしても、だったらしょうがないよね、と言えるようなことではなかった。
(ごめんね…フーちゃん)
プリキュアになれたこと、グレルやエンエンと会えたこと、そもそも、この町で最初の友達になってくれたこと――フーちゃんには感謝してもしきれないほどのものをもらっている。そのお返しが、「何カ月ものおきざり」だとしたら、とても許されることではなかった。あゆみは、胸の中で「ごめんね」を繰り返した。
〈あゆみ…?〉
何かに気づいたらしい。フーちゃんが心配そうな声になった。
「それで、あゆみ。どうするんだ」
「え…?」
「え、じゃないだろう。そのリフレインってやつのせいで、この世界がおかしくなっちまってるんだ」
「プリキュアの出番だよね」
「あ、うん」
あゆみは最低限の身支度を終えると、トートバッグを肩にかけた。グレルとエンエンが飛び込む。
すこやか市に向かう。そのリフレインとミラクルンに会わなければ。
腕時計を見る。9時半。間に合うだろうか。
いや、考えている間に行動だ。あゆみはバタンと音をさせて家のドアを閉じた。
「なんで発車しないんだろう」
走りながらスマホで経路案内のアプリを起動し、駅に着いたところで調べた。11 時半前にはすこやか駅に着けそうだ。何度か乗り換える。どの列車も定刻通りに進んだ――と思っていたが、あと駅三つ、というところで電車は長い停車をした。
もう一度、アプリで確認する。待ち合わせがあるダイヤではないようだった。
「もう 11 時半だ…」
確かに、すぐ発車すれば 12 時前にすこやか駅にはつく。だが、それからその時計塔のところまで行かなければならない。あゆみはつかまっていた手すりを握りしめた。
《ご迷惑をおかけしております》
車内アナウンス。イライラしていたほかの乗客も顔を上げた。
《運行中に異音を検知、臨時の点検をしておりましたが、本車両の運用を見合わせることといたしました》
「え?」
エンエンもバッグの中で声を上げた。
《お忙しいところ申し訳ありませんが、ホームで次の列車をお待ちください。
なお、後続の列車は 10 分ほどで到着いたしますが、本車両を移動してからの入線となります。発車には更に 10 分ほどを見込んでおります》
「合わせて 20 分」
これからの行程がどれだけスムーズに進んでも、正午にすこやか駅に着けるかどうかだ。
あゆみは列車を飛び出した。
「どうするんだよ、あゆみ!」
「ここからタクシーで行く」
間に合うかどうかはわからない。だが、すこやか駅から時計塔に行くのではなく、ここから直行すればすこしは時間を稼げるのではないか。
あゆみはホームの階段を駆け上がった。
最終更新:2021年02月19日 22:43