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タクシーのドアに手をかける――
あゆみは、自分が息を切らせていることに気づいた。
随分と気持ちが焦っている。リアルな夢だった。
「…。
違う。
グレル! エンエン!」
ふたりとも飛び起きた。慌てた顔。多分、自分も似たような表情をしているのだろう。
「フーちゃん?」
〈あゆみ!!〉
フーちゃんは、今度は泣かなかった。
よかった。覚えている。
あゆみは、寝巻のジャージのままリビングに走った。テレビをつける。朝のニュース番組の隅に表示されている日付は、昨日と同じだった。天気予報も「三日ぶりの晴天」と同じことを繰り返している。
一昨日はキュアエコーになって、ミラクルライトらしい光を目撃した。
昨日は、フーちゃんから説明を聞いて、すこやか市に向かった。
どちらも時間切れにはなったが、今日は初めから、世界はループしているが自分たちだけがそれを知っている、という状態。事態はいい方向に向かっている。今日こそ。それには、昨日とは違うアプローチが必要だ。
スマートホンを取り上げる。
「まず、みんなに知らせよう」
「ジョーホーキョーユーってやつだな」
‘P’の文字が光で縁取られたアイコンをタップする。四葉ありすがグループ会社に作らせた、プリキュア同士の連絡アプリだ。最初は既存の SNS を使っていたが、利用不能になるというアクシデントが2回起こったところで、一般のシステムではいざという時に役に立たない、ということになった。
あゆみは、「リフレインという妖精が時間を操っている」というメッセージを最初に流した。中には数カ月ぶりの人もいる。まず全員に、これが時候のあいさつやお花見のお誘いなどではなく、異常事態発生のアラートであることを認識してもらうためだ。詳細の情報を後から付け加える。
「これでよし」
「大騒ぎになるぞ」
「出かける準備をしておこう」
フーちゃんのエコーキュアデコルを改めて首にかけた。
どこに向かえばいいのかはまだわからないが、残り時間は少ない。あと2時間半、正午までになんとかしなければ、また同じ一日が繰り返される。
「もう9時半…」
昨日も一昨日も、8時過ぎに起きて休日出勤をしている母親の代わりに家事をした。今日はなぜ一時間半も遅れているのだ。
「時間の流れに逆らったからかな…」
エンエンが言った。
フーちゃんは、リフレインが繰り返した不自然な時間の流れのせいで力を失いかけた。妖精ではなく、人間に過ぎないあゆみは、たった数日で疲弊してしまうのかもしれなかった。
「急がないと」
どうしても今日中に解決しなければ。
「誰か返事をしてください!」
あゆみは、スマートホンを叩くようにメッセージを入力した。
《ちょっと待ってね。整理してるから》
最初に反応したのは水無月かれんだった。
《誰か異常に気づいた人はいますか?》
これは雪城ほのか。
《ちょっとレスポンスが悪いわね。朝早いし》
と蒼乃美希。
「でも」
つい声に出してしまうあゆみ。
《起こしますわね》
四葉ありすが言ったかと思うと、あゆみの手の中のスマートホンが震え、大きな音が鳴った。こういうときのために、機器の設定を無視して大きな音を出す機能を用意しておいたのだという。
「びっくりしちゃったよ」
「無茶すんなー、あいつ」
《おはよ…》
《ちょっと、どういうこと?!》
《あゆみちゃん!!》
星空みゆきに続いて、美墨なぎさ、日向咲と次々に入ってくる。挨拶もそこそこに驚きのレスポンスが続いた。
「ごめんなさい、すぐには信じられないと思うんですけど」
《あゆみがそんな嘘で私たちを叩き起こすとは思わない》
《フーちゃんなんでしょ。納得だよ》
《気になるのは、あゆみが見たっていう光ね》
《方角は?》
「西の方…です」
《もうちょっと絞れない? 建物とか目印にして》
「屋上に上がればわかるかも」
《あまり意味はないと思います。ほんの少しの差でも、遠ければ遠いほどずれが大きくなりますから。四葉のチームが伺って精密に測定できればまだしも》
《今からでも向かえない? まだ2時間以上あるわ》
《四葉を出すことには躊躇せざるを得ません》
《なんで?》
《正午になると時間が巻き戻されるのですよね。そのとき、精密機器や大型機械の動作も正常に巻き戻されるのでしょうか》
《だって、今まで何度も起こってるんでしょ》
《例えばのお話ですが。
ミサイルが着弾する瞬間に時間が戻されたら、そのミサイルは間違いなく爆発せずに発射した基地に戻るのでしょうか》
またレスポンスが途切れる。
《その電車の故障というのが気になります。ひょっとしたら、完全に戻るわけではないのでは》
《点検なしにずっと走らせ続けた、ってことかもしれないんだね》
《じゃ、急がないと!!》
《一般的な精度の機器を持って陸路で移動、なら可能かと思いますが、装備と車両の再点検をしてからだと》
《明日に持ち越しになる可能性があるわね》
「それはだめです!」
あゆみはボタンを連打してしまった。“!”がいくつも並ぶ。
《あゆみちゃん?》
もう、フーちゃんに、忘れられるかも、という思いをさせたくない。それは絶対にだめだった。今日中に解決しなければ。あと2時間で。
《よろしいですか》
香久矢まどかだった。星空ひかるたちからメッセージが来ないのはなぜだろうと思っていたのだが。
《今、私たちの前で同じことをおっしゃってる人がいます》
《!》
《平光ひなたさんという方をご存知の方はいらっしゃいますか?》
またレスポンスが止まる。知らない名前だ。
《沢泉ちゆさんについての情報を求めます》
ルールー。そう言えば、野乃はなたちからも連絡がなかったのだった。
《プリキュアだとおっしゃっています》
《マジ?!》
《今、どちらですか》
《すこやか市です》
《え、ルールーたちも?》
《揃ってるの?》
《はい。今日はすこやか市の温泉巡りをする予定でした。トラブルがいくつかあって実現可能性は3.8%にまで下がっていたのですが、さらに下がっているようです》
《私たちはキャンプです》
《いいなぁ》
《それどころじゃないでしょ!》
《その方は本物のプリキュアの可能性が高いと思います。
実は以前から、すこやか市周辺でプリキュアのものと思しき光を観測していたのです。なかなか確証を掴めなかったのですが、実在したのですね》
「じゃぁ、その人たちも、時間が巻き戻されていることを知っているんですね?!」
《なんで気づく人と気づかない人がいるんだろう》
《パートナー妖精が、フーちゃんみたいな力を持っているとか》
《ミラクルンライトのおかげだと言っています》
《ミラクルライトじゃなくて?》
《見せていただきました。よく似た形状です。ミラクルライトの一種とみなして差し支えないと思われます》
《だからあゆみちゃんなんだ》
《ミラクルライトのプリキュアだから!!》
《フーちゃんとあゆみちゃん、最強!!》
夢原のぞみが、グレルが聞いたら拗ねそうな書き込みをした。
「これからすこやか市に行きます」
昨日よりスタートが遅い。また車両故障があれば間に合わないかもしれない。だが、昨日までと決定的な違いがある。
すこやか市にはプリキュアがいるのだ。正午までに合流できれば、必ず事態を変えられる。
《私たちがあゆみちゃんを乗せていく》
「リコちゃん」
《魔法の箒ならもっと早いから》
《フーちゃんと一緒! はー!》
《行ける人だけでも行きましょう。私も坂本の車で向かいます》
《かれんさん、あたしたちを拾ってくれませんか》
《みんな、ミラクルライトを用意して。
そうすれば、その不自然な時間の流れに巻き込まれずに済む》
月影ゆりの指示が飛ぶ。
あゆみは、グレルとエンエンが飛び込んだトートバッグを肩にかけた。
最終更新:2021年02月19日 22:45