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空と春(前編)/ゾンリー




 爽やかな風が髪を揺らす。ガタンと小さく車が揺れた衝撃で、私──我修院カグヤは目を覚ました。
視界いっぱいに広がる緑と青。その清々しさは、寝ぼけた私の意識を覚醒させるのに十分すぎる程で。
「わぁ……!」
「ようやくお目覚めか。もう入ったぞ、ここがすこやか市だ」
 車のルームミラー越しに笑いかけるのは、私のお母さん──我修院サレナ。
 私たち二人とたくさんの荷物(現に私が座っている後部座席の八割も、段ボールに浸食されている)を乗せた軽自動車は、軽快に……とは言えない乗り心地で前進していく。
(のどかちゃんたち、驚くかな?)

   •

 時は一ヶ月ほど前に遡る。
「こうすれば何とか……しかしそれだとカグヤの学校が……」
 仄暗い部屋でひとりパソコンとにらめっこするお母さん。何かに行き詰まると、それなりの声量で独り言を言うのはいつもの癖。もう、前と違って隣に人が住んでるっていうのに。
 ゆめアールの一件以降、私達は住んでいた家を引き取って、都内のマンションで暮らしている。お母さんは「窮屈な思いをさせるな」って謝ってたけど、私にとってはこのくらいが丁度いい……というか元々が広すぎたんだよね。
「どーしたの? お母さん」
 さて、私関係なら無視するわけにいかない。部屋の明かりを点けてから、私はお母さんに話しかけた。
「ん? あぁ、いや、実は精霊……エレメントに関する現地調査の目途がようやく立ったんだが、時期がな……」
「時期?」
「現地調査は三週間。本来ならカグヤの夏休みに合わせておきたかったんだが、一か月後しかスケジュールが合わせられそうにないのだ」
 パソコンに表示された予定びっしりのカレンダー。一か月後というと、三学期の終わりごろと春休みの始めが重なるあたり。
「うーん……」
 私がここで「三週間くらい一人でも大丈夫だよ」なんて言えたらカッコいいんだろうけど、恥ずかしながら料理も洗濯もまだまだ一人じゃ満足にできないのが現状。
「でもさお母さん、春休みも重なるし、二週間くらいなら……学校休んでもいいんじゃない? なんて」
「……」
 あれ? 冗談のつもりだったのに、真面目に考え込み始めたお母さん。そしてまた漏れる独り言。
「確かに、撮影の仕事と言い張ればなんとかなるか……? いやしかし成績に影響が……となると学校へ行くのは必須。待てよ? 別段今通っている学校である必要は無いのだ。よし、カグヤ、転校だ!」
「えええええ?」
 あまりにも話が飛躍しすぎて理解が追い付かないけど、要するに「現地調査の間だけ近くの中学校に転校する」ってことでいいのかな。
「よし、こうしては居れん、早速必要書類をまとめなくては。カグヤも荷物を纏めておいてくれ」
「う、うん」
 ドタバタといろんな所に連絡を入れ始めたお母さんを邪魔したくなくて、部屋に戻ろうとする私。でも一つだけどうしても気になっちゃって、お母さんの方に振り向いた。
「現地調査って……どこなの?」
 お母さんの手が止まる。刹那、待ってましたと言わんばかりに眼鏡が鋭く光った……気がした。
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたな。現地調査の場所、それは……」

   •

「すこやか市、着いた~!」
 車から降りると、私は全力で身体を伸ばす。全身で感じる優しい風は、まるで私たちを歓迎してくれているようだった。
「数時間揺られっぱなしだったもんな。疲れただろう」
「ううん、お母さんこそ運転お疲れ様」
「……あの子たちに会いに行くか?」
 途端、お母さんの目が優しくなる。現地調査だなんて言ってたけど、半分くらいは、私をのどかちゃん達と会わせるのが目的なのかもしれない。けれど、私は静かに首を振った。
「今日は日曜日だし、どこか出かけてるかも。それにね、折角なら……とびきりビックリさせたいじゃない?」
 お母さんに向かって得意の目元ピース! そして小さいポーチから一枚の紙を取り出す。そこには「お客様控え」の文字と「すこやか制服店」のロゴが。
「私、取りに行ってくるね!」
「一人で大丈夫か?」
「だいじょーぶ。地図アプリだってあるし、お母さんと違って方向音痴じゃないもん!」
「流石だな。何かあったら連絡するんだぞ」
 スマートフォンとお財布、制服注文の控えをショルダーバッグに入れて、私は駆け出した。
 知らない景色、どこか懐かしい風。まだ太陽は沈む素振りを見せたばかり。
 ここから三週間、どんなに楽しいことが待っているんだろうか。それを考えただけで胸の奥からワクワクがどんどん湧き上がってくる。
 スマートフォンに表示されたマップはまるで宝の地図。私は時折身体をくるくるさせて向きを確認しつつ、探索ついでに進んでいく。のどかな自然公園に、東京とはまた違う賑わいを見せる商店街。
「すごいすごい、生きてるって感じ!」
 すっかり伝染ってしまった口癖を零しながら、商店街を一つ一つ見て回る。すっかり地図アプリはスリープ状態に入っており、私の目の前にはおいしそうに蒸しあがった饅頭の湯気が広がっていた。
「お、ここらじゃ見ない顔だね。お一つどうだい? すこやか市名物、すこやか饅頭」
「じゃあ……一つと言わず二つ下さい!」
「ぬおっ? そんな顔で言われちゃあ断れねえ。ほれ持っていきな! ただし、美味しかったらお友達にも宣伝してくれよ?」
 コンビニエンスストアの肉まんよろしく、紙に包まれたすこやか饅頭が二つビニール袋に入って手渡される。
「もっちろんです! ありがとうございますっ!」
 受け取った饅頭をカイロ代わりにして再び歩き出しす私。そこから数分ほど歩いただろうか。ついに目的の制服店へとたどり着くことができた。
「我修院さんね。用意できてますよ」
「よし、これで私も……!」
 店員のおばさんから受け取ったのは、ビニールに包まれたすこやか中の制服。ピーコックグリーン──クジャクの羽のような緑色を基調にしていて正に「健やか」って感じだ。
「来年度から中学生? 頑張ってね」
 う、密かにコンプレックスにしてることを突かれた……「もう中学二年生です!」って反論したかったけど、おばさんの慈愛に満ちた笑顔に押されてなにも言えなかった。
「ありがとうございましたあ」
 制服店を出ると、空は真っ赤に染まっていて。
「そろそろ帰らないとだよね。お土産いっぱいになっちゃった」
 制服店のおばさんから持たされたジュースやお菓子でバッグが重い。両手で制服を大事に抱えて、私は来た道を戻っていく。
(のどかちゃん、どういう反応するかな……? ふふっ、思わず「えー?」って叫んじゃったりとか! あ、でもそれはひなたちゃんかも。ちゆちゃんは……)

 太陽が海岸線の彼方に沈んで、薄明の空に細い月が浮かぶ。

 この月が沈めば、また新しい一日が始まるんだ。

 私は太陽に「またね」と月に「こんばんは」を語り掛けて、もう一度彼女の口癖を真似てみた。




「生きてる……って感じ」


 翌日。目覚ましよりも二十分早く起きた私は、起きるや否やベッドを飛び出し、冷え込んだ部屋のカーテンを勢いよく開いた。寒過ぎて太陽の暖かさはまだ感じられないけど、すこやか市に来て初めて迎える朝は明るくて、眩しくて。
 壁にかけられた制服を背伸びして取って、早速腕を通してみる。長袖のブラウスにある袖のボタンをとめて、ジャンパースカートの構造にちょっとだけ悪戦苦闘。
(あれ? ここのボタンがここで……うぅ、こんなことならもったいぶらずに昨日着ておけばよかった)
 なんとか着替えを終えて、寝癖たっぷりの髪の毛をセットし終えたところで、止め忘れていた目覚ましがジリリリと鳴った。
「……よし!」
 すっかり上った太陽に照らされる部屋を後にして、通学カバンを持ってリビングへ。併せて設われたキッチンでは、お母さんが慣れない手つきで卵焼きを焼いている最中だった。
「おはよう、お母さん」
「おはよう。ふふ、よく似合っているぞ」
「えへへー」

   •

「忘れ物は無いか?」
「何回も確認したよ。お母さんこそ大丈夫? 何か忘れてても私届けに行けないよ?」
「あぁ。カグヤを見習って私も確認したからな」
 東京から持ってきた、使い慣れたローファーに履き替えて、お母さんと二人外に出る。
 お互いに「行ってきます」を言って、私は中学校の方へと歩き始めた。海岸線から少しずつ山の方へ近づくにつれ、同じ制服を着た人が増えていく。
(あ)
 角を曲がって、ひらけた視界のその先に、私は見慣れた人かげを見つけた。見つからないよう細心の注意を払って、その三人組に近づく。
「のどかっちー! ちゆちー! 大ニュース大ニュース??」
「おはよーひなたちゃん」
「どうしたの? 藪から棒に」
 ハイテンションのひなたちゃんがのどかちゃんとちゆちゃんの元へ駆け寄る。
「ウッソ、私そんなに感情無い??」
(?)
「ひなた、それを言うなら『ぶっきらぼう』。藪から棒って言うのは『いきなり』とかそういう意味」
「おぉ?なるほど! さっすがちゆちー!」
「それでひなたちゃん、大ニュースって?」
 心当たりがあり過ぎて、立てている聞き耳がピクンと動く。
「そうそう大ニュース! なんと、今日うちのクラスに転校生が来るんだって!」
(! さっすがひなたちゃん、情報早いなー)
「ふわぁ?! 一体どんな子なんだろうね」
 後ろ後ろ、ここに居ますよー……って言いたいのをグッと我慢して、歩いていると、いつの間にか校門がすぐそこまで迫っていた。
 私は少しずつのどかちゃん達と歩調をずらし、気づかれないように校門をくぐった。
「……またね」

   •

八時三十五分、朝のHRを告げるチャイムが鳴る。私は円山先生に連れられて教室の少し手前まで歩いてきた。
「それじゃあ、しばらくしたら先生が合図するから」
 そう言い残して先生は教室の中へ。一人取り残された私は、自分の鼓動が急速に早まっていることに気づいた。
(ワクワクしてる……それとも緊張? ふふっ、どっちもかな)
「はい席についてくださーい」
「せんせー! 転校生が来るってほんとですかー??」
 教室の外からも聞こえるひなたちゃんの声。それは私に「早く教室に入りたい」とより強く思わせるには十分で。
「平光……ちゃんと紹介するから、まずは席について」
 否定しなかった先生の言葉に、もっとざわつく教室。それも一瞬で収まって、すこやか中学校のHRは順調に進んでいく。
「……えー、それじゃあ、平光の言う通り転校生を紹介します。親御さんの都合で今日から修了式までの丁度二週間ですが、皆さんと一緒に勉強するお友達です。それじゃあ入って」
 ガラガラガラと木製の引き戸が開かれて、みんなの姿が目に入る。手を当てた心臓のバクバクが最高潮に達して、自然と口角が上がった。
「おはようございます!」
 クラスの生徒全員から集まる視線。モデルのお仕事で慣れっこなはずなのに、妙にソワソワしてしまう。
 教室前方から見て右奥にのどかちゃん達を見つけて、少しだけ肩の力が抜ける。……代わりに彼女達がすごく驚いてるようだけど。
「それじゃあ、自己紹介を」
「我修院カグヤです。東京から来ました。えっと……短い間ですけど、よろしくお願いします!」
 拍手もそこそこに、教室内が再びざわつき始める。「カグヤちゃんってあのゆめプリの?」「うっそ、サイン貰わなきゃ」えとせとらえとせとら……。
「それじゃあ席は花寺の後ろで。あ、でも教科書がないのか」
「先生、それじゃあ今日だけ私の隣でもいいですか?」
 のどかちゃんがそう発言して、後ろにある机を動かす。私とちゆちゃんとのどかちゃん、三人横並びのような感じだ。
「ふわぁ、ビックリしたよぉ」
「こっちに来るなら連絡してくれればよかったのに」
「えへへ」
「カグヤちゃんと一緒とかメッチャ嬉しい!」
 暖かみのある木製の机に荷物を下ろして、椅子に座る。東京の学校で座っていた椅子とは全然座り心地が違ったけど、ずっと立ちっぱなしだった体には丁度よくて、私は悟られないように四肢の力を抜いた。
「なんだ、知り合いだったのか。それなら、昼休みにでも学校の案内をお願いできるかな?」
「「「はい!」」」
 四人で笑いあって、再びHRが進んでいく。ワクワクは未だ衰えることのなく私の中から溢れ出してきて、東京の学校とは変わらないチャイムでさえも、愛おしく感じた。

   •

「それじゃあ号令をお願いします」
「きりーつ、礼」
「「ありがとうございましたー」」
「んーーー四時間目終わったぁ!」
「カグヤちゃん、内容分かった?」
「うん、向こうでもうやった内容だったから」
 他愛もない話をしながら、教科書やノートを片付ける。四時間目が終わったということは、みんな大好きお昼休みの時間!
「ねぇ、のどかちゃん達はいつもどこでご飯食べてるの?」
「天気がいい日はお外のベンチかなぁ」
「カグヤちゃんも一緒に来るよね!」
 いの一番にお弁当を取り出したひなたちゃんが振り返る。
「もっちろん!」
「学校の案内もしないといけないし、丁度いいわね」
 四人で教室を出ようとすると、扉の外に大きな人だかりが。のどかちゃんと二人「何だろう?」と首をかしげながら近づくと、何故か視線はこちら側。
「ちょっちょっちょ、のどかっちカグヤちゃんストーップ!」
「「?」」
「あの人だかり絶対カグヤちゃん目当てだって!」
 確かに、目線はのどかちゃんというより私向き。中にはペンとノートを掲げてる人まで。
 のどかちゃんもそれに気づいたようで、少し顔を引きつらせて「どうしようっか」って尋ねてきた。

「うーん、じゃあ全部対応しちゃおう!」

   •

「「「「いただきまーす……」」」」
 結局、私達が解放されたのはお昼休みが終わる十分前。三人とも突発的なサイン&握手会の手伝いをしてくれて、何とかお弁当までありつけた。
「ふわぁ、大変だったね……」
「アハハ……ごめんね、手伝ってもらっちゃって」
「全然かまわないわよ。放課後まで人だかりができるほうが大変だし」
「そうそう、ちゆちーの言う通り! ……てゆーか、ベンチめっちゃ狭くない?」
 裏庭のベンチ一脚に、ぎゅうぎゅうに座る私達四人。ひなたちゃんのツッコミにごもっともと思いつつ、久々に触れる彼女たちの体温が懐かしくて温かくて。私は楽しみにしていた玉子焼きを大きく頬張った。
 木枯らしが凪いで、木漏れ日が笑い合う私達を優しく包む。ずっとこんな時間が続けばいいな……って思ったけど、お昼休みはもう残り僅か。急いでお弁当を食べ終わったところで、終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
「そうだ、今日から掃除場所変わったんだった。私……どこだっけ?」
「私とひなたは体育館でしょ。ということだから、また教室で」
「うん、またね」
 二人が体育館の方に歩いて行って、私とのどかちゃん、二人きり。まだ掃除当番は知らさせてないけど、のどかちゃんの提案で、彼女と同じ教室掃除をすることに。
「ここって、お昼休みの後に掃除なんだね」
「カグヤちゃんのところは違うの?」
 児童玄関で靴を履き替えて、再び教室へ向かう。
「うん、こっちは六時間目終わってからなんだ。お仕事が入ると途中で抜け出すことが多かったから、先に授業やってくれてありがたかったなぁ」
「へぇー、ん? そういえばモデルのお仕事は? ここから東京に行くのってすごく大変なんじゃ……」
「うん。だからここにいる間のお仕事は全部終わらせてきた! 結構大変だったんだよ?」
 二階へ続く階段を上って、少し歩く。窓から見えた教室内ではもう既に机を後ろへ運んでいる最中で、私達は少し急いで掃除用具入れから箒を手に取った。

   •


 あっという間に五時間目と六時間目が終わって、放課後。ちゆちゃんは部活、のどかちゃんは委員会のお仕事があって、学校案内はひなたちゃんと二人で行くことに。
「んでー、ここが家庭科室! 昨日調理実習でシフォンケーキ作ってさ、それがメッチャ美味しかったの!」
「いいなぁ、私も食べてみたかったー」
「え、じゃあさじゃあさ、作ったの家に余ってるから食べに来ない?」
「いいの?」
「もち! のどかっちもちゆちーも誘ってさ、そんなに遅くまで居れないかもだけど……プチパーティしようよ!」
「パーティ?」
 パーティ。その言葉を聞いただけで、胸が高鳴る。
「いよーっしそれじゃあ張り切って次行こー!」
「おー!」
 家庭科室を後にして、歩く廊下が木の板からコンクリートに変わった。

   •

「「「「かんぱーい!」」」」
 部活と委員会を終えた二人と合流して、向かったのはひなたちゃんのお姉さん――平光めいさんがやっているカフェワゴン。テーブルの上に出されたのは、昨日三人が作ったというシフォンケーキと、このカフェの名物、グミ入りというワンダフルなジュース。
「カグヤちゃんどう? この町は」
「とっっっっっても素敵! みんな凄く生き生きしてて、見てるだけでこっちまで元気いっぱいになっちゃう」
「よかったぁ」
「ふふ、のどかもすっかりすこやか市民ね」
 そっか、のどかちゃんもすこやか市には引っ越して来たんだっけ。ふざけて「のどか先輩」なんて言ってみたら、途端に顔を紅潮させて、かわいかった。
「あー、アスミンやニャトランたちにも会わせてあげたいなー」
 そう言って、ジュースを飲み干すひなたちゃん。器用にストローでグミを口に頬張った。
「仕方ないわよ。そう簡単に何度もヒーリングガーデンには行けないし……」
「向こうにはエゴエゴとクジラさんが行ってるよ。ちゃんと仲良くできてるかな……?」
「「「あー……」」」
 あはは、だよねー。でも、エゴエゴもお母さんの協力に意欲的だし、クジラさんも居るからきっと大丈夫。
「でも三週間だけかー……もっと長かったらいいのに」
「私もそうしたいんだけどね。でもさ、また絶対来るよ! あ、でも皆にもまた東京に来てほしいな」
「行く行く絶対行く!」
「私も!」
「私も」
 よかった。あの一件以来、東京に行きたく無いって思われてたらどうしようって思ってたけど、どうやら杞憂だったみたい。小さな肩の荷が一つ降りて、胸のあたりがスッと軽くなった。
「お嬢さん方?、宴もたけなわですけど、そろそろ閉店の時間ですよー」
 その後も他愛のない話に花を咲かせていると、めいさんに声をかけられてはっと時間を確認する。五時四十五分、もう帰らないと「学校で色々あって」とは言い訳し難くなる時間だ。
「わ、本当。それじゃあ、また明日ね!」
 お土産にと持たされた大量のシフォンケーキ(一体どれだけ作ったんだろう……)を手にして帰路につく私達。「また明日」の言葉がなんだか嬉しくって、砂利道を進む感覚を噛み締めながら、私は明日も訪れる学校生活に思いを馳せた。

   •

「ただいまー……って、お母さん今日遅いんだっけ」
 電灯に照らされたテーブルの上には置き手紙とお金。プロジェクトの決起集会で食べて来るって言ってたこと、すっかり忘れちゃってた。
「うーん、どうしよう?」
 地図アプリを起動して、飲食店で検索。惣菜店はギリギリ閉まってて、他のお店は料亭だったり居酒屋だったり、中学生一人で行くのには結構ハードルが高い。

 外食は諦めてお弁当にしようとスーパーで再検索をかけようとしたその指を、呼び鈴の音が遮った。
「はーい」
(宅急便、お母さん頼んでたかな?)
「ごめんくださーい」
 ドア越しに聞こえたのは、予想外な子供の声。驚きつつもドアを開けると、そこには小学生くらいの女の子。愛くるしい二つ結びで、手にはお鍋が握られていた。
「あれ? あなた確か……」
「あ、えっとえっと、私、隣に住んでる……」
 そのキーワードでビビっときた。
「りりちゃん!」
「!」
 私とお母さんが越してきたのは、こじんまりとした小さなレンガ造りのアパート。そのお隣さんとして昨日ご挨拶に行ったのが、このりりちゃんが住んでいる部屋。
「どうしたの? こんな時間に」
「その……シチュー作りすぎちゃったんで、お裾分けに……」
 そう言って、顔を赤らめるりりちゃん。お鍋からは濃厚な甘い匂いが漂っていた。
「ホント? 丁度晩御飯どうしようって思ってたんだ! ありがとう」
「……? 我修院さんも一人なんですか?」
 あれ、我修院さん「も」? その含みのある言い方に追及すると、どうやらりりちゃんもお母さんの帰りが遅いらしい。それも、今日だけとかじゃなくて、結構頻繁に。
「じゃあさ、一緒に食べようよ!」
「えっ、いいんですか?」
「もっちろん! それと、カグヤでいいよ」
「……!」
 りりちゃんはもっと顔を赤らめて「カグヤおねえちゃん」とはにかむ。私はその天使のような笑顔に悶絶しながら、りりちゃんを家へ招き入れた。
「おじゃましまーす……ふふっ」
「どうしたの?」
「部屋の形はうちと一緒なのに、ここまで違うんだなーって」
 そう言われて、挨拶に行ったりりちゃんの部屋を思い出す。言われてみれば、家具の配置は一緒なのにカーテンの色とか食器の置き方で、まるで別の部屋みたいに見える(実際別の部屋なんだけど)。
 私はシンクの下にある棚からパックご飯を二つ取り出しレンジで温めて、同時進行でりりちゃんから受け取ったシチューをコンロで温めなおす。あとはそれをお皿に盛り付ければ、シチューライスの完成。グラスに注いだ麦茶をりりちゃんに運んでもらえば、すべての準備が整った。
「「いただきまーす!」」
 大きく掬ったシチューライスを口に運ぶ。バターのコクと甘みがゴロゴロと入った具材と混ざり合い、更にご飯と絡んで口の中を駆け巡る。
「おいしい! これ本当にりりちゃんが作ったの?」
「えへへ、初めて作ったわりには上手にできたかな」
「初めて? 凄いね」
 発見したサツマイモとシチューの相性の良さにも驚きながら、会話が弾む。
「そうだりりちゃん、よかったら一人の時はこうやって食べに来ない?」
「いいの?」
「うん、お母さんもきっと良いって言ってくれるよ。まあ、三週間だけなんだけど……」
 りりちゃんが、伏し目がちになる。でもすぐに納得したように笑顔になってくれた。
「気にしないで! ジョセフィーヌのおかげで寂しくなんかないもーん」
「ジョセフィーヌ?」
「あ、えっとね、私が前に拾ったペンギンさんでね。お別れしちゃったんだけど、勇気をもらったんだ」
 りりちゃん、強い子だなぁ。
「そっか。ねぇねぇ、シフォンケーキもあるんだけど……?」
「? 食べたい!」
 夜が更けていく。ふんわりとした甘さが口と心に広がって、なんだか温かい。
 二人っきりの女子会は、りりちゃんがコクンコクンと船を漕ぐまで続いた。

映202
最終更新:2021年11月23日 23:15