『映画ヒーリングっど♥プリキュア Connected World』 <前編>1
肌が凍てつきそうな感覚。
数メートル先、正面に立つキュアフォンテーヌから向けられる視線のせいだ。
戦いを避けることはできない。キュアグレースが覚悟を決める。
「ひとつ、言っておくけれど ―― 」
と、キュアフォンテーヌが静かに語りかけてくる。
「グレース、あなたでは、わたしをとめられないわ」
視線を外さず、間合いを計りながら、ゆっくり弧を描くように歩き始めるキュアフォンテーヌ。
自らは一歩も動かず、されど感覚を研ぎ澄まして彼女の動きを目で追うキュアグレースが、瞳に強い意志を乗せて言い返す。
「とめてみせる」
「そう…。本気でとめたいというのなら……」
フッ…、と口もとを緩ませたキュアフォンテーヌが、握りこぶしに立てた親指で、自分の胸を軽くトントンと叩いてみせた。
「今すぐ、わたしの心臓をとめにきなさい」
その言葉にキュアグレースの心が揺らいだ。 ―― いや、揺らがされた。
キュアフォンテーヌの目的が、動揺を誘って一瞬の隙を作ることだと気付いた時にはもう、彼女は疾風の速さで間合いに踏み込んできていた。
鋭い蹴りが来る。居合の一閃にも似た、最短で確実に仕留めるための一撃。
キュアグレースの反応が遅れる。だが、パートナーのラビリンが即座にカバー。エネルギーシールドを最速展開。
「ぷにシールドッッ!!」
前方空間に出現した光楯がキュアフォンテーヌの蹴りを弾く。……が、彼女は退かない。
「ペギタンっ!」
「ぷにシールドォォッッ!!」
キュアフォンテーヌの呼びかけに応えて、今度は彼女のパートナーであるペギタンがエネルギーシールドを展開。すかさずキュアフォンテーヌが、それを叩きつける。
激突する光楯と光楯。
「ぐっ!」
キュアグレースが短くうめいた。
キュアフォンテーヌはシールドを叩きつけた勢いで、こちら側の防御を押し潰そうとしてくる。しかし、キュアグレースたちも退けない。後ろには下がれない。一瞬チカラ負けしてガクッと曲がった両ひざをじわじわと伸ばしつつ、全身を使って押し返しにかかる。
光のシールド越しに交錯するのは燃えるような視線。ぶつかり合う決意と決意。
怒りで向き合うのではない。憎しみとも違う。
ただ、互いに自分の守りたいものを譲れないだけ。
―― 始まりは、一人の妖精の訪れだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
すこやか市の上空が、何日も連続して、うっすらと霞んでいる。
厚みのある透明なシリコンゴムシートが、青空にベッタリ貼り付いているような感じだ。
光化学スモッグとは違う。PM2.5の濃度が高まったというわけでもない。そもそも、大気が澄んだすこやか市において、両者は無縁の存在である。
奇妙な空の様子に人々は首を傾げはするものの、今のところ特に害も無く、全体的な関心は薄い。
(ちょっと濃くなってきた感じもするけど、……もう少しぐらいなら、ここに居ても大丈夫かな?)
十月、午後三時の気だるい日差し。そこに含まれる『嫌な感じ』は微かで、誰かの体調に影響を与えるほどではない。
町のランドマークでもあるハート展望台から空を見上げていた彼は安心して、そして少し淋しげに、自身を納得させるようにうなずいた。誰かに迷惑をかけてしまう前に町から町へ移動するのはいつものことだ。
彼は再びバルコニーの手すりに小さな体を寄りかからせ、視線を海のほうへと戻す。
その姿は人間のものではない。さりとて動物とも違う。
ヌイグルミが動いている ―― この言葉が一番しっくりくるか。
長毛種の猫っぽい感じの外見。ただし頭部と胴体の比率はほぼ半々の二頭身体型で、尾は無い。
骨格の作りは人に近く、約30cmの身長を支えるのは短い両足のみ。同じく短い両手は手すりに掴まることに使われている。
純真そのものの眼差しを海へと送る瞳の色は、綺麗な白銅色。
全身を覆うフサッとした被毛は、瞳の色よりもややくすんだ空鼠色 ―― すなわち明るい灰色である。
背中にはリュック。これは、どこかの国のゴミ捨て場で拾った巾着袋を手直しして作ったモノ。中身の半分近くは、彼の食料となる木の実だ。
小さな彼は、飽きることなく海を眺め続けていた。展望台のバルコニーには、今は彼以外誰もいない。目の前一杯に広がる海の景色を、贅沢に独り占めだ。
―― と、そこへ、人の気配。
(わっ…!)
慌てて手すりから飛び降り、短い両足でササッと走って、気配とは反対の方向へ隠れた。
一歩遅れて姿を現したのは、均整の取れた肢体をダークグレーのスーツに包んだ、キビキビとした動きの女性。
清潔感のあるショートの黒髪。ピカピカに磨かれた眼鏡のレンズ。首から提げているデジタルカメラはミルスペックに準拠。左肩に担いだボストンバッグは、共に世界を駆け巡ってきた相棒だ。
さっきまで彼が眺めていた海を眼鏡のレンズ越しに一瞥した双眸が、わずかに緩んだ。きっと彼と同じ思いをいだいたのだろう。
だが、それも一瞬。
すぐにボストンバッグを下ろし、デジタルカメラを空へと向けて、シャッターを切る。
通路の陰から様子を窺う彼は、完全に身をすくませていた。
この空と自分との関係がバレてしまったような気がしたからだ。
「うーん、やっぱり変なカンジやな、この空」
女性の言葉で、さらに彼の身がこわばる。
しかし、女性は、そんな彼の気など知る由もなく……というか、いきなり自分の世界に入り込み、ポーズを決めて叫び始めた。
「父はニューヨーカー! 母は大和撫子! 産湯はミュンヘン! 育ちは大阪!
地球が私の最前線! グローバル・フリージャーナリスト! 増子ミナ!
続けて読めば~……マスコミな!!
……フッ、今日もこの私、ミナが皆(みな)の“知りたい”に応えます」
通路の陰でポカンとなっている彼をよそに、両腕を組んだミナが海を見据えて、自身が熱烈に応援している『関西タイガース』の球団歌を歌い始めた。とりあえず今は、空のコトなんてどうでもよくなっているのかもしれない。
ふうっ…と安堵の息を洩らして体のチカラを抜いた彼が、「うふふっ」と思わず口元を押さえて笑ってしまう。
(この人、ミナっていう名前なんだ。ミナ……、きれいな名前)
彼は人間ではないが、世界を旅する中で色々と学んだから、姓と名の区別ぐらいはつく。
―― ボクもこんなきれいな名前がほしかったなぁ。
小さく溜め息。
彼には名前が無かった。
昔、何かの組織に属する人間たちに捕らえられ、古い施設に幽閉されかけたことがある。
その人間たちが彼のことを『お繋ぎ様』と呼んでいたが、それが彼個人の名を意味するのか、それとも彼のような存在に対する呼び名なのか、正直分からない。
「くくく…、やっと油断してくれた」
彼がハッとして顔を上げた。
いつの間にそこに居たのか。彼の視線の先で、デジタルカメラを構えて立っているミナが、眼鏡のレンズに陽光を反射させて笑っていた。
最終更新:2022年01月15日 11:54