『映画ヒーリングっど♥プリキュア Connected World』 <前編>3
今まさに、浄化の技を放とうとした瞬間だった。
「わあああああっ!」という悲鳴めいた声。その声の主を追って、林の陰の安全な所に隠れていた子犬のヒーリングアニマルが「ワン! ワン!」と吠えながら飛び出してくる。
「えっ、ラテ? ……と、誰?」
「み、見たことのない妖精さんラビっ」
視線の先に二つの姿を捉えたキュアグレースとラビリン。ヒーリングステッキを構えていた手が思わずストップする。
妖精を追って走る、薄いココア色の毛並みを持つ子犬 ―― ラテは、ヒーリングガーデンの王女である。
今は風鈴アスミことキュアアースのパートナーだが、人間界に来たヒーリングアニマルの中では一番幼く、まだ一緒に戦うチカラはない。
全力疾走するラテが、「……っ」と一瞬、体勢を崩しかけた。
常に地球のコンディションと同期しているラテは、この星がメガビョーゲンによって蝕まれた場合、即座に体調面に影響が出てしまう。
現時点において、今回のメガビョーゲンによる地球汚染はたいして進んでいない。だが、すでに立っているのもツライ状態だった。
それでも見て見ぬフリは出来ない。
戦場と化しているフィールドへパニックになりながら転がり込んでいく妖精をとめようと、ラテが必死で追いかける。
突然のコトすぎて、キュアグレースとキュアフォンテーヌが顔を見合わせてしまう。
ラテが追う妖精 ―― 巾着袋を背負って二本の足で駆けていく猫みたいな ―― いや猫はそもそも二足で走らない。混乱する。でも、すぐにハッと我に返る。
「と…っ、とにかくラテたちを止めないと……っ!!」
「そうね。行きましょう!」
キュアグレースたちがラテのあとを追って走り出そうとしたタイミングで、今度は林の中からダークグレーのスーツを着た女性が飛び出してきた。
「ぬおおおおッッ!!」と全力のダッシュで、ラテの前を走る妖精を追いかけていく。
「ゴメンて! さっきは誤解させてもうてゴメンやで! でも、ちゃうねんっ! ちゃうから待って!」
「わあああああああっっ!!」
早口の関西弁による呼びかけもむなしく、妖精がひたすら必死で走り続ける。
まだ距離はあるが、このまま走り続けると、妖精たちは真っ直ぐメガビョーゲンへと突っ込んでいくカタチとなる。
―― 折(おり)しも、メガビョーゲンが墜落のダメージを振り払って起き上がったところだった。ボディの両側の蘖(ひこばえ)もザワワッ!と完全再生する。
「メガ……ビョォォォォゲンッッ!!」
空中から帰ってきたキュアスパークルとキュアアースが素早く距離を詰めて背後を取ろうとするのに反応。左側の蘖を束ねて伸縮自在の巨大な緑の鞭を作り、二人に向けて暴風のごとくぶんまわす。
キュアフォンテーヌが即座に役割を振り分けた。
「グレースは二人に合流してメガビョーゲンを! ラテたちは、わたしがなんとかするわ!」
「分かった!」
キュアグレースがグッとひざを強くたわめ ―― 解き放つ。地上を飛翔するロケットにも似た強靭な脚力の走り。
キュアフォンテーヌも疾風のような走りで、すぐに女性の後ろに追いつく。それとほぼ同じに、ラテに追いついた女性が、その小さな体を、ひょいっ、と優しく抱きかかえて振り向いた。
「ハイ、子犬ちゃん」
「……あ、どうも」
手渡されたラテを丁寧に抱きかかえ、ぺこりと頭を下げるキュアフォンテーヌ。
彼女が頭を上げるよりも早く、女性は再び妖精を追って駆け出していた。
慌ててペギタンがツッコむ。
「いや『どうも』じゃないペエ、フォンテーヌ!」
「あっ」
完全に調子を狂わされてしまったキュアフォンテーヌ。
―― 追うべき女性の背中と、その前を走る妖精。
―― 腕の中のラテ。
次にどうすべきかの判断が遅れる。
それを察したキュアグレースが、
(ええーーーっ!?)
と、内心で叫び、いったん合流中止。
メガビョーゲンのほうへ突っ込んでいく妖精の前に回りこみ、小さな体を受けとめようとしゃがんで両手を広げる。
「だいじょうぶだから、落ち着いて。ねっ?」
だが、キュアグレースの体から10歩ほど手前の位置で、突如、空間に異変。
縦30センチ強の楕円の範囲で、空間の面が青く透き通った幾つもの立方体に変化する。
そして、立方体の全てがフワッと無重力を漂うみたいにバラけ、空間にぽっかりと虚空を生じさせた。
妖精はそこに躊躇なく飛び込み ―― キュアグレースの視界から姿を消した。
「ふわああああっ!?」と彼女が叫ぶのに続き、今度はメガビョーゲンと戦っているキュアスパークルが「わああっ!」と驚きの声を上げた。
足元で、幾つもの青く透き通った立方体がフワッとバラけて虚空を開いたかと思えば、そこからいきなり妖精が飛び出してきたせいだ。
「……ッ!」
と、キュアアースがとっさに間合いを詰め、メガビョーゲンの注意を自分だけに引き付ける。
―― 地雷を踏みつけたような悪寒。刹那、地中から高速射出される木の槍。メガビョーゲンが根の足を変化させて繰り出してきた奇襲を紙一重でかわす。だが、かわした直後の体勢を狙われる。右蘖による怒涛の槍衾(やりぶすま)。しかし、新緑の穂先が貫いたのはキュアアースの残像のみ。
メガビョーゲンは即座に広範囲を対象にした追撃を行う。再び地中から、今度は20本同時射出による木の槍の奇襲。予備動作なしで展開されたキルゾーンを、キュアアースが天性の戦闘感覚で切り抜ける。
神業めいた回避を続けながら、キュアアースは判断を下した。
「スパークルは、その子の保護を!」
「でも、保護って言っても……!」
パニック状態になって全力疾走する妖精の目の前で、またもや立方体がバラけて、空間に虚空の入り口を作る。妖精は迷い無く、そこに飛び込んで姿を消す。キュアスパークルが動く間もない。
入り口は妖精を通した後、すぐに閉じて、元の空間の面を取り戻す。
―― とほぼ同時に、少し離れた別の場所から妖精が飛び出してくるのが見えた。
驚きつつも追いかけようとしたところへ、スーツ姿の女性が突っ込んできた。ぶつかりそうになった二人が「「わーっ!」」と声をそろえて急停止。
えっ?えっ?となっているキュアスパークルの気持ちをニャトランが代弁する。
「な、なんなんだ、この人……?」
しかし今は、それを考えるよりも優先すべきことがある。
「てゆーか、ニャトラン、あの子、どこっ? また消えちゃった!」
「あっちだ、スパークル!」
駆け出そうとするキュアスパークルの上衣の裾を、女性の手がガシッ!と掴む。
「お待ち、お嬢ちゃん」
「えっ?」
「追いかけたところで、あの謎ワープで逃げられるんがオチや。せやから、次の出現場所を『完璧』に予測して先回りするんや」
「なるほど!」
キュアスパークル、納得。
女性と一緒に妖精の動きを目で追い続ける。
……再び妖精が空間の穴へ飛び込んだ。今だ。
女性が眼鏡のブリッジをクイッと中指で上げる。 ―― 予測完了。レンズを知性的に光らせて、林に近い一点を指し示す。
「次に現れる場所は……そこやああああああッッ!!」
キュアスパークルの網膜に、指し示されたポイントが映る。神経伝達物質の加速。持ち前の俊敏さが神速の域まで跳ね上がる。
―― タンッ。
瞬きするよりも速く、彼女がそこへ到達する。しかし妖精は…………現れない。
「あ、ごめん、やっぱりコッチやったわ」
女性の足元すぐ近くに空間が開いて、妖精が走り出てきた。
「あああああああああっっ!?」
「ホントになんなんだっ、この人ぉぉぉぉぉっっ!?」
キュアスパークル、ニャトラン、共に絶叫。
だが、それを断ち切る ―― 脅威。
攻めきれないキュアアースに癇癪(かんしゃく)を起こしたメガビョーゲンが、左蘖の巨大鞭を瀑布のように振り下ろし、牽制。すかさず女性と妖精がいる方向へ大きくバックステップ。そして無防備な二人に、八つ当たりの矛先を向けた。鞭状に束ねた右蘖を大蛇のごとくうねらせ、猛烈な横殴りの一撃で薙ぎ払おうとする。
「メガァァァッ!!」
判断のための時間は一秒にも満たなかった。けれど女性は一切迷わなかった。
バッ、と妖精の体に覆い被さるように地面に両手と両ひざを着く。自分自身を盾にして守るためだ。
次の瞬間、妖精の耳に響いたのは、固い樹皮と骨身の激突による打撃音。
「 ―――― ッッ!」
と、声にならない叫びを上げて女性の体の下から這い出た妖精が ―― 視た。
絶対に守る。その決意を表情に貼り付けて、颶風(ぐふう)をまとうソバットで緑の巨大鞭を弾き返したキュアグレースの姿を。
妖精の視線に気付いた彼女は、ニコッ、と安心させるみたいに笑顔を浮かべてみせたのち、一瞬だけ着地。そして消えた。
―― いや、妖精の眼が追いきれない速度で、メガビョーゲンのボディに飛び蹴りを叩き込んだのだ。
今度は、重い木製の門扉に破城槌をぶちかましたような音が響いた。
メガビョーゲンが吹き飛び、派手に転倒。
もう体勢を立て直すヒマは与えない。
飛び蹴りの反動を利用して空中に飛んだキュアグレースが、ラビリンの肉球をテンポよく三回タッチ。ラビリンが増幅器となって、キュアグレースの心のチカラを爆発的に高める。
―― ハート型のクリスタルに収束した輝きが臨界を突破。
「これで決めるラビッ!」
「プリキュア・ヒーリングフラワー!!」
聖医療具・ヒーリングステッキの先端部から放たれる最高威力・最大出力の光砲。
チェリーピンクに輝く光の奔流 ―― 螺旋を描きつつ加速度を上げる高密度な浄化のエネルギーが、木のエレメントが囚われている位置を正確に撃ち抜いた。
メガビョーゲン体内に到達した輝きの奔流は、減速することなく二つの光の御手へと変化し、即座に木のエレメントを保護、そして体外に高速摘出する。さらにその際、放射状にバーストした浄化の波動が体内の隅々にまで炸裂。まさに必殺の一撃だ。
―― しかし、メガビョーゲンには痛みも苦しみも与えない。
浄化の波動は、冷たく歪められた闇色の病原菌をぬくもりで包んで、星へと還す。
地球の正しい輪廻の中で、長い時を経て『新たな命』として生まれ直させるために。
「ヒーリングッバーイ…………」
安らぎの言葉を残して消えてゆく異形の怪物・メガビョーゲンに、キュアグレースとラビリンが優しく声をかけた。
「「 お大事に 」」
最終更新:2022年01月15日 12:02