『映画ヒーリングっど♥プリキュア Connected World』 <前編>4
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「ケガはない?」
妖精の前にしゃがみ込んだキュアグレースが穏やかな声音で尋ねる。
ぼんやりと頷いた妖精が、振り返って女性のほうを見た。
キュアフォンテーヌに立ち上がらせてもらっている女性へキュアグレースが目をやり、
「うん、あの人はだいじょうぶ。ケガしてないよ」
と、妖精に教えてあげる。
それを聞いた妖精の両目がみるみる潤む。女性の無事に心からホッとしているのだ。
キュアグレースが微笑みを浮かべた。
初めて会ったばかりなのに、この妖精のことが少し理解できた気がした。
「わたしはキュアグレース。……あなたは?」
問われて妖精が戸惑いの表情を見せた。
自分には ―― 名前がない。
昔、『お繋ぎ様』と呼ばれたことがあったが、あれが名前なのかどうかは、いまだに分からずじまいである。どう応えようか迷っているうちに思考が横道にそれる。
―― そもそも『お繋ぎ様』ってどういう意味なんだろう?
―― 何かを繋ぐのかな?
「……つなぐ……」
とりとめのない思考の一部が、つい言葉となって口からこぼれてしまった。
キュアグレースが勘違いしてうなずく。
「ツナグ。……いい名前だね」
ハッとしてキュアグレースの顔を見直すが、自分とまっすぐ目を合わせてニッコリと花のように笑ってくれる彼女を前に、違うとは言い出せなかった。
それに、今 ―― いい名前だと言ってくれた。
「……うん、ボクの名前は、ツナグ」
ふふっ、と笑いながら、キュアグレースが手を伸ばしてきた。
妖精 ―― ツナグがきょとんとしていると、頭を優しく撫でられた。全然嫌ではなかったけれど、こういう事をされるのは初めてなので、動転して「わっ…!」と声をあげてしまった。
その時、キュアグレースの足元を『サァァッ…』と、どこからか吹く風が撫でた。
キュアアースの足元に、ちょこん、と行儀よく座っていたラテが何かを感じて、キュアグレースのほうへ走り寄っていくが、それよりも早く、
(あれ…っ?)
不意に体が揺れて、後ろにペタンと尻もちを着いてしまう。身にまとっていたプリキュアのチカラが発光と共に散り、キュアグレースから花寺のどかの姿へと戻る。
同時に、ヒーリングステッキと一体化していたラビリンも合体を解除され、二頭身体型のピンク色の子ウサギの姿に戻る。
「ど、どうしたラビ、のどかっ」
「わからないけど……急に変身が……」
「ワンっ、ワンっ」
可愛らしい吠え声で、ラテが警鐘を鳴らした。
あっ、とのどかの表情が固まった。
彼女だけではなく、残り三人のプリキュアの表情も ―― 。
女性が、眼鏡のレンズに陽光を反射させて笑っていた。
「くくく……、怪物と戦う変身少女の正体。これ、超が付くほどの特ダネやん」
「ま、待ってください!」
表情を固くして一歩前に出るキュアフォンテーヌ。彼女を見て、女性が遅まきながら気付いたように言った。
「フッ、そう言えば自己紹介がまだやったね」
唐突に女性がポーズを決めて叫び始めた。
「父はニューヨーカー! 母は大和撫子! 産湯はミュンヘン! 育ちは大阪!
地球が私の最前線! グローバル・フリージャーナリスト! 増子ミナ!
続けて読めば~……マスコミな!!
……フッ、今日もこの私、ミナが皆(みな)の“知りたい”に応えます」
途端、「ブフフーーーッッ!!」とキュアフォンテーヌが盛大に噴いて地面にぶっ倒れた。
もとよりダジャレに対する耐性がほぼゼロの彼女だ。普通の人なら「くだらない」の一言で済ますようなものでも、彼女を笑い転がすには充分である。
しかも今回は『増子ミナ』と『マスコミな』に加えて、『ミナ』と『皆』の二連撃。
緊張していたところへ不意打ちで食らってしまったせいか、現在、笑いを通り越して全身痙攣に至っている。
…………ダメージが大きすぎた。変身が解ける。
キュアスパークルが血相を変えて叫んだ。
「ち、ちゆちー! だいじょうぶっ!?」
とっさに普段使っている愛称で呼びかけたが、沢泉ちゆからの返事はなかった。ミナの自己紹介が完全にツボに入ってしまったようで激しく悶絶中。起き上がる気配さえなかった。
「どどど……どうしよう、ねえ、ニャトラン」
「俺に聞かれてもなぁ。ホントどうすんだよ、これ」
オロオロしているキュアスパークルの傍らをスッ…と通って、キュアアースが前に出た。そして、ミナと正面から向かい合う。
―― 彼女の雰囲気は、メガビョーゲンと闘っていた時と同種。
キュアスパークルとニャトランがハッとして声をかけた。
「絶対ダメだよ、アース! 実力行使とかっ!」
「さすがにマズイって! 人間相手に!」
「……いいえ。残念ですが、これしか手段はありません」
キュアスパークルたちの制止の声を振り切って、キュアアースの左右の繊手が疾風よりも速くミナの顔へと伸びた。通常の人間の動体視力では捉えきれないスピードだった。事実、ミナ自身、自分が何をされたのか分かっていない。
「さあ、今のうちです、スパークル! のどかたちを連れて立ち去りましょう!」
「いや今のうちって……」
まじまじとキュアスパークルがミナを見る。
驚異的な速度で眼鏡を頭の上にずり上げられた彼女は、まるで視力を喪失したかのように、両手を前に出して「メガネ…メガネ…」と手探りで眼鏡を探し求めている。
……………………。
キュアスパークルがキュアアースのほうを向いて言った。
「ねえ、アース。これ絶対見えてるよ」
「そうでしょうか? とても演技には見えませんが」
「でも、いくらなんでもこれって……」
「こういう場合、大阪の人は皆、ツッコミが入るまで、ひたすら『メガネメガネ』をするらしいです。テレビで言っていました」
「うーーーん……」
「メガネ……メガネ……」
おぼつかない足取りで手を前に出してフラフラしているミナへ、もう一度、キュアスパークルが疑わしげな眼差しを向け直す。
―― と、ちょうどそのタイミングで、弱々しく宙をまさぐりながら前に出たミナの両手の指先が、偶然にもサクっとキュアスパークルの両目に。
…………。
「あんぎゃあーーーッッ!!」
ワンテンポ遅れて地面に倒れたキュアスパークルが、両手で顔を押さえながらゴロゴロ激しく転がりまわる。
「目が、目がぁ~!」
キュアスパークル、実害は全く無いのだが、精神的ダメージの大きさで変身解除。
それを見たキュアアースがショックを受けた。
「ああッ! ひなたっ! わたくしが、あの人に『メガネメガネ』をさせたばっかりに!!」
精神的ダメージは、こちらも大きかったらしい。
自分のせいで、ひなたがこんなひどい目に……。物悲しげに睫毛を震わせ、美しい双眸を伏せる。同時に変身が解けて、風鈴アスミの姿に戻る。
―― さらに、その姿が透けていく。まるで、この世界から消えてしまうみたいに。
アスミの身体は、炭素を主として構成される人間と同じではない。
身体の素(もと)になっているのは風のエレメント ―― すなわち精霊であり、普段は完全なほどに人間を模していても、心の揺らぎ方によっては、このように物理的な在り方から外れてしまうコトもある。
アスミの姿がほぼ透明になったところで、ようやく頭の上にずり上がっている眼鏡に気付いたミナ。眼鏡を掛け直して、前を見る。偶然にも視線の先にいたのは、この状態のアスミであった。
「ひえッ! 幽霊ッッ!?」
驚いて仰け反ってバランスを崩し、後頭部から勢いよく後ろに倒れこんでいく。その先にあるのは、地面ではなく、そこに転がっている平光ひなたの柔らかな胴体だった。
―― ゴスッ。
固い後頭部のブローが、見事にひなたのみぞおちに叩き込まれる。
「ぐふっっ!」と、ひなたが押し潰されたみたいな息を洩らし、そして動かなくなった。
……少し離れた場所で、のどかたちと共に一部始終を見ていたラテが、「くぅ~ん」と鼻を鳴らした。
のどかとラビリンが一緒に、ゆっくりと視線を動かす。
―― いまだ腹筋を崩壊させているちゆを揺すりながら、「しっかりするペエ! ちゆっ」と泣きそうな声で呼びかけているペギタン。
―― 完全に沈黙したひなたを前に焦っているニャトラン。
―― 見え方がかなり薄くなってきたアスミ。
状況についていけていないツナグが、のどかを見上げて訊いた。
「ど、どうなってるの、一体……」
どう答えていいか分からず、やや顔を引き攣らせている彼女に代わって、ラビリンが端的に説明した。
「プリキュアが壊滅したラビ」
「…………。だいじょうぶなの、それ?」
そう問われると、ラビリンも沈黙で返すしかなかった。
風が吹いた。先程の妙な風とは違う、木々の匂いをはらんだ涼やかな風。
それに吹かれて、紙が一枚ガサガサと地を這うように飛んできた。
のどかが尻もちを着いた姿勢のまま、紙に手を伸ばした。
見てみると、捜索用のチラシだった。
『メガビョーゲンを探しています
今朝、生み出したばかりの切り株っぽい外見のメガビョーゲンです
運動神経が高く、ボディも頑丈な期待株ですが
地球を蝕むのを面倒くさがって、どこかに行ってしまいました
でも、やる気を出せば、必ず良い結果を出せる奴だと信じています!
お心当たりのある方は、こちらまで(↓)
連絡先 TEL.〇〇〇 ― 〇〇〇〇......... グアイワル 』
内容を読み終えたのどかが、ふと、ツナグの視線に気付く。「何でもないよ」と笑ってチラシを仕舞った。短時間に色々ありすぎて、疲れてしまったのかもしれない。少しだけ考えることをやめて、静かに目を閉じる。
木々の匂いを運んでくれる風の涼やかさが、うなじを撫でて気持ちよかった。
「生きてるって感じ~~」
最終更新:2022年01月15日 12:04