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『映画ヒーリングっど♥プリキュア Connected World』 <前編>6




 少しうつむき気味に溜め息をついたのどかの視線が、皆を見上げていたツナグの眼差しと重なった。
 彼を驚かせないよう、静かにしゃがんで尋ねる。

「……そういえば、ツナグってどこから来たの?」
「えっ…?」

 ツナグが微かに揺らぐ。
 のどかに続いて、ひょいっと地面に降りてきたニャトランが、物怖じせずに話しかけてきた。

「もしかして、俺たちみたいに別の世界から人間界にやってきたのか?」

 ツナグが何かを言う前に、ひなたも興味津々で話題に乗っかってきた。
 がばっ!と勢いよくツナグのそばにしゃがみ込み、興奮がにじんだ口調でまくし立ててくる。

「分かった! あのワープ技使って、別の世界からビューン!って、この町までやってきたんでしょ! あれってツナグ以外は通れないの? あたしはサイズ的に無理かもだけど、ニャトランぐらいの大きさなら行けそうなカンジじゃない?」

 そして、すぐさまニャトランのほうを向いて、「どう? ニャトラン、一度試してみれば」と勧めている。
 ツナグは困惑と動揺を押し隠しながら周囲を見渡した。
 浮かんでいるラビリンやペギタンも何か聞きたそうな様子をしている。
 何かを言おうとして開いたツナグの口からは、結局、何の言葉も出てこなかった。
 ツナグの視界が小さく揺れ ――

「大丈夫や」

 頭の上に優しく乗せられた、あたたかい手の感触。
 スーツの左ひざを地面で擦って、滑りこむように現れたミナが片ひざ立ちでツナグにほほえみかけていた。

「言いたくないコトは無理に言わんでええ。しゃべるコトで自分がツラくなるんやったら、しゃべる必要なんて全然あらへん。みんなの『知りたい』に応えることよりも、ツナグ自身の気持ちのほうが大事なんやで」

 ミナがゆっくりとツナグの頭を撫でつつ語り続ける。

「それからな、みんなのことも誤解せんといてな。
 みんなはツナグを苦しめたろと思って質問してるんとちゃうねん。
 ツナグと仲良くなりたいから、それでツナグのことを知りたいって思ってるだけやねん。
 その『仲良くなりたい』って気持ちだけは理解してあげて」

 ミナはスーツの左ひざを軽く手で払いながら立ち上がり、眼鏡のブリッジをクイッと中指で上げた。

「くくく……、でもまあ、言いたくないコトばっかりやないやろ? なんか、こう……、思いきって私にだけぶっちゃけてみたいコトもあるんとちゃう?
 たとえば、あのワープのこととか……、あと、ツナグがどこから来たのか、とか。
 ウンウン、天気もええし、せっかくやから、この場でズバーン!と全部 ―― 」

「……この人、さっきからホントに自由すぎペエ」
 と、ペギタンが呆れたような表情で、ちゆに視線を送る。
 ちゆはペギタンの意思をリレーして、ミナのすぐ後ろに立っているアスミに声をかけた。

「いいわよ」
「ハイ」

 返事と同時に、アスミの白い繊手が背後からミナの眼鏡を頭上にずり上げる。
 ミナは両手を前に出して「メガネ…メガネ…」と手探りで眼鏡を探し求め、ゾンビみたいな足取りでふらふらと林のほうへ去っていった……。
 だいじょうぶかな ―― とミナの背中を見つめていたツナグの体が、突然ガシッ!と左右から掴まれて揺さぶられる。

「ごめんねっ! ツナグ! あたし、ツナグの気持ち考えずに好き勝手しゃべって!
 ……うわああっ、もうっ、あたしったら、またやっちゃったーっ!」
「ううんっ、気にしないで、ひなた……」
「わたしもごめんなさいっ。ツナグ、嫌な気持ちになってない?」
「の…、のどかも全然気にしなくていいから……」

 揺さぶられ続けるツナグは、謝るよりは、まず、ひなたをとめてほしいと思った。
 近くで何やら考え込んでいたちゆが、表情を明るくして、パンッ、と両手の平を打ち合わせた。

「ねえ、みんなで今からツナグの歓迎会しない? もちろん、ツナグが嫌じゃなければだけど」
「えっ、歓迎会? ―― うんっ、やろやろ!」
「ツナグの歓迎会! わたしもしたい!」

 ひなたが揺さぶるのをとめて賛成する。のどかも続いて賛成の声をあげた。
 ツナグは、なぜ自分が歓迎されるのか、さっぱり分からない。
 でも、これがきっと『仲良くなりたい』というやつなんだろうと察した。

「ツナグ、……いい?」
 と、確認を取ってくるちゆに向かって、「うん」と真っ直ぐにうなずいてみせる。

「でも、その前にボク、ミナの荷物をなんとかしてあげたい。……ボクを追いかける時、あの人、荷物を全部、山の上の展望台に置いてきちゃったみたいで」
「展望台って、あのハートの? ……じゃあ、回収ついでに、そこで歓迎会するっていうのはどうかしら?」
「ちゆちー、それ賛成! あそこなら景色いいし! あたし、みんなの分のジュース用意して持っていくね!」
「ひなた一人で持っていくのは大変でしょうから、わたくしも手伝います」
「俺も手伝うぜっ」
「ねえ、ラビリン、わたしたちはお菓子用意して持っていこ!」
「まずは“すこやかまんじゅう”と……、あと、とにかくいっぱい持っていくラビ!」
「わたしはレジャーシートを家から持ってくるから、ペギタンはツナグが退屈しないよう話し相手をしながら一緒に先に行ってて」
「分かったペエ」
「わんっ」

 話が決まりかけたところで、ラテの可愛らしい吠え声が割り込んできた。
 皆がそちらのほうを見ると、ラテは林の方向に顔を向けて、もう一度、「わんっ」と吠えた。全員ラテの言わんとしていることに気付いたが、ミナの顔が脳裏に浮かんだ途端、ツナグ以外が一斉に視線をそらしてしまった。
 表情を曇らせるラテ。
 みんなの気持ちは痛いほど分かる。というか、ラテ自身同じ気持ちだ。それでも、ミナの万が一を考えて、このまま放っておくという選択肢は無い。
 ヒーリングガーデンの王女としての立場で、「ワンっ!」と強く吠えて皆を一喝。
 全員が仕方ないという顔になったところで、ツナグが一歩前に出た。

「ボクがミナを探してくるよ。ボク、森とか山とかはけっこう得意なんだ」
「んーー、でも、ツナグ一人だと時間かかるし大変でしょ?」

 ひなたが両腕を組んで、いい方法を考えようとしている。
 隣で、ちゆがやや深刻そうな表情でつぶやいた。

「あのミナさんだし、普通に探して見つかるかしら? ……木の高い所にへばりついてるぐらいならまだしも、別の生物に擬態してたりすると厄介ね」

 ちゆに続いて、のどかも不安そうにつぶやく。

「別の生き物とまではいかなくても……、ミナさん、林の中で野生化とかしてないかな? 襲われちゃったらどうしよう」

 彼女のつぶやきを重く捉えたアスミが神妙な面持ちで語る。

「野生化している場合、林の中はすでにミナのテリトリー(狩り場)となっていると考えていいでしょう。捜索のためとはいえ、うかつに踏み込めば、こちらが壊滅させられるかもしれません」
「じゃ…じゃあ、どうするラビ?」

 ラビリンの疑問に、アスミが薄く口元に笑みを浮かべて答えた。

「良い作戦を思いつきました。ミナが大阪人であることを利用して、林の外へと誘い出しましょう」

 用意するもの ―― キュアスパークルに変身したひなた。
 彼女が動かないように、その体を左右から、のどかとちゆがしっかりと支える。
 狙うは、キュアスパークルを変身解除に追い込んだ時の再現。

「……アスミ、本当にこれで来るペエ?」
「これは、わたくしがテレビで学んだ“天丼”と呼ばれるものです。
 このいかにもといった感じで用意された『メガネメガネ…からの~~』というシチュエーションを、大阪人としてのミナの本能が無視できるはずがありません」
「ぼくは天丼より親子丼のほうが好きペエ。ぷりぷりした鶏肉と、とろっとろの卵の相性は抜群ペエ」

 鶏肉は、いうまでもなく鳥の肉である。
 この前ちゆと一緒に食べた親子丼を思い出して、ペギタンがニコニコと語るのを、近くに浮かぶラビリンが、なんともいえぬ顔で見つめていた。

 林のほうを注視していたツナグが、「わっ! 本当に来た!」と興奮気味に叫んだ。
 同時にラテも、キッとした表情で「ワンワンっ!」と皆に向かって強く吠えて、最大限に気を引き締めてかかるように促す。
 靄(もや)が漂う林の奥に浮かび上がった黒い人影。
 頭上にずらされた眼鏡はそのままに、「メガネ…メガネ…」と陰鬱な声でつぶやきながら現われたのは、確かにミナだった。
 ―― 少なくとも、姿とカタチは。

 今の彼女からは、生気がまったく感じられない。
 墓の下から這い出てきた死者のような不安定な足取り。加えて、左右の黒瞳には、感情も意志も一切見えない。まるで暗い水面だ。
 まがまがしいモノが取り憑いて、無理やりミナの身体を動かしている ――
 皆がそう思ってしまうほどに、不気味でおぞましい。

「メガネメガネ……メガネ……メガネ……」

 ミナが、ゆっくりとキュアスパークルたちのほうへ距離をつめてくる。
 ―― だが、20メートルほど手前でピタリと足が止まった。
 何かを警戒するみたいに、顔を左右に動かして、鼻をひくひくさせている。

「ねえ、ちゆちゃん、アレって……」
「ええ。わたしたち人間のニオイに気付いて警戒しているようね」
「ちょ…、ちょっと待ってよ」
 と、キュアスパークルが二人の会話に割り込む。
「ミナさんも人間でしょ……?」

 のどかもちゆも、それには答えない。
 ミナは両手を顔のそばまで上げ、手の平を大きく広げたまま、上半身ごとキョロキョロし始める。
 ヒーリングステッキと一体化中のニャトランが気味悪そうにアスミへと尋ねた。

「な…なあ、あの動きって何の意味があるんだ?」
「おそらく手の平でキュアスパークル個人の体温を感知しようとしているのではないでしょうか?」
「まじかよ。大阪の人間って器用なんだな」

 妙な感心をするニャトラン。
 アスミがミナの動きに注意しつつ、言葉を続ける。

「今は立ち止まっていますが、キュアスパークルの位置と距離が解れば、またすぐにも動き出すはずです」

 ひっ、と喉の奥でうめいたキュアスパークルが、アスミに呼びかけた。

「アスミンっ、これ、もう、あたし必要ないよね? ミナさん出てきたし、なんか怖いから、あたし後ろに下がってていいよね?」
「いけませんっ、スパークル! 下手に状況を動かせば、ミナは警戒を強めて林の奥へと姿を消し、二度と人間の世界に現れないかもしれませんっ!」
「そうラビっ、スパークル、コワいのはみんな一緒ラビ! だから、あとちょっとだけ我慢するラビ!」
「いや狙われてるの、あたしなんですけど!? 正確にはあたしの両目なんですけど!?」

 顔を引きつらせるキュアスパークルへ、ミナがゆらりと近づき始めた。
 感知した体温を頼りに(?)前方へ突き出される右手 ―― 死後硬直を経た腕を強引に動かしているようにしか見えない。
 やや遅れて、ミナの足が一歩前へ進む。今度は左手が突き出される。また一歩、ミナの足が前へ。
 …………。一歩ごとに彼女の足元から、ぞぷり、と血と泥が入り混じったぬかるみを踏む音が聞こえてくるのは気のせいだろうか。
 次は再び右腕が突き出され……。

「そういえば、この前ちゆちゃんの家で一緒に観た映画に、こういう感じのクリーチャー出てたよね。えっと、たしか映画のタイトルは……」
「『パンズ・ラビリンス』」

 なぜか、ますます強く左右から体を押さえてくるのどかとちゆ。
 彼女たちの会話に、キュアスパークルの顔がさらに引きつる。

「ちょっ…、待って、こわいこわいこわいっ、なんで、わたし、そんなホラー映画みたいな状況で我慢してなきゃなんないの!?」
「スパークル、『パンズ・ラビリンス』はホラー映画じゃなくて、ダークファンタジーよ」
「別にそれ、どっちでもいいし!」

 思わずちゆのほうに顔を向けて叫んだキュアスパークルへ、ニャトランが慌てて声をかける。

「気をつけろっ! もう目の前まで来てるぞ!」
「えっ…」

 キュアスパークルの顔が正面を向く。
 ミナが「メガネ…メガネ…」と呪文みたいに口走りながら、すいーっと両手の指先をまっすぐ双眸へと伸ばしてくる。

「ぎゃああぁぁっ! またあたしの目がァァァッッ!」
「あぶないっ!」

 ツナグの真正面の空間が青く透き通った幾つもの立方体となってバラけ、開いた虚空に彼が飛び込む。ほぼ同時にキュアスパークルの顔の右側近く、立方体と化した空間面がフワッとバラけ、虚空からツナグが飛び出してきた。そして、勢いに任せてキュアスパークルの頭部に体当たり。

 …ごきっ。

 キュアスパークルの首が変な曲がり方をするが、そのせいでミナの両手の指先は少女の眼球を捕らえ損ねた。
 ―― “天丼”ならず!! 
 キュアスパークルが白目を剥いて仰向けに倒れるのと同時に、ラテが「ワンッ!」と吠え、勇猛果敢に先陣を切ってミナへと走る。続いて、動ける者たち全員が次々とミナに飛びかかっていく。

 増子ミナ、捕獲完了!



最終更新:2022年01月15日 12:09