『映画ヒーリングっど♥プリキュア Connected World』 <前編>8
「……その、こっちへ来る前のイタリアでは、何をしてたんですか?」
「ほら、一年ほど前、イタリアでデッカイ地震あったやん。それでな、ほんまに倒れそうになってたピサの斜塔をこっそり何とかしたろうと思て。
―― 結果、メチャクチャ派手に倒して壊してしもてん」
「アスミ、いいわよっ!」
「ハイッ!」
「ちゆちゃんもアスミちゃんも落ち着いてっっ!?」
「あ、でもな、ちゃんと責任は取ったんやで! 地元の建築家の人らに協力してもろて、代わりの斜塔建ててきたから。
……約一ヶ月前に完成したばかりの出来立てホヤホヤ、名付けて『ミナの斜塔』!」
「世界遺産を馬鹿にしてるんですか?」
ミナをきつく睨みつけるちゆ。
彼女の隣でのどかが「ん?」という表情になって、ひと月ほど前に読んだ新聞の記憶をたどった。
アホみたいに攻めまくった傾き方で建て直された斜塔……
「何ヶ月でぶっ倒れるか?」という話題で大盛り上がりのイタリア国内……
倒壊の瞬間を目撃しようと連日押し寄せる観光客……
のどかが声を上げるよりも早く、スマートフォンを取り出して操作していたひなたが呆然と洩らした。
「そっか、ミナさんって、ユニバーサル・コメディアンのミナだったんだ……」
「ユニバーサル……、えっ?」
怪訝な顔でひなたを見つめるのどかの後ろから、ミナが抗議の声を上げる。
「コメディアンちゃうわ! ジャーナリストや!」
それを無視して、ひなたがスマートフォンの画面をのどかに見せる。
表示されているのは、ミナが管理しているSNSアカウントのプロフィールページ。
のどかが「ふわぁっ…」と思わず声を洩らした。
―― フォロワー数:2000万。
プロフィール画像は、パンク風の荒れた感じのする女性。メガネはしていないが、よく見るとミナだ。
のどかとひなたが同時に向けてきた視線に、
「ミーアキャットに頭を蹴飛ばされて記憶喪失になってた時の写真やね。なぜかパンクロッカーしながら、お猿さん連れてガンダーラを目指してたんや」
と、ミナが説明した。
のどかとひなたは顔を見合わせて、納得したみたいに頷いた。
「「やっぱりこの人コメディアンだ」」
「コメディアンちゃうって言うてるやろ! 私はマスコミな感じの増子ミナ! 天も地も突き抜けてフリーを極めたジャーナリストや!」
「天と地どころか、マスコミもジャーナリズムも突き抜けてコメディアンを極めてるじゃないですかっ!」
「やかましいわっ!」
顔を真っ赤にして叫ぶミナ。
鼻息荒く、自分がグローバルでフリーなジャーナリストであることを証明しようとする。
「えーーっとなぁ、そう、二年ほど前の取材!
イエティの子孫を自称してた毛むくじゃらのおっちゃん ―― 皆から嘘つき呼ばわりされてたけど、私が密着取材を通じて、本物のイエティの子孫であるコトを証明してみせたんやで!」
ひなたのスマートフォンをひったくってSNSの画面をスクロールさせ、目的の投稿記事を出して、のどかたちに示した。白銀の山頂で、毛むくじゃらのおっちゃんが歓喜の表情でポーズをとっている写真と、短い英文の内容。
【共有】と【共感】を示すアイコンは、共に1000万を超えている。
「本当にイエティの子孫ならアンナプルナぐらい登れて当然!
―― てなコトを思いついて試させてみたら、49回目のチャレンジで主峰の登頂に見事成功!
フフッ、世界も『もうホンモンでええわっ』って温かく認めざるを得んかったわ」
「……49回もチャレンジさせたんですね……」
「させたんとちゃうで。顔真っ青にして首を横に振るたびに酒飲ませて説得を続けてたら、そのうちノッてきて、おっちゃんが自主的にチャレンジし始めたんや」
ミナたちのやり取りを眺めていたツナグが、隣のニャトランにたずねてみる。
「ねえ、ニャトラン、いえてぃって誰かの名前?」
「うーん、いえ…てぃ……。家と……ティー? ―― 紅茶かっっ??」
「それよりもアンナプルナって何ラビ?」
「イエティっていうのは雪男のことで、アンナプルナはネパールの凄く高くて危険な山々ペエ」
ペギタンが口にした『凄く高くて』という言葉に反応して、ツナグがパァァッと目を輝かせてミナのほうを向いた。
「ねえっ! その山にはミナも一緒に登ったの!? てっぺんから海は見えた!?」
いきなり話題に食いついてきたツナグの勢いに圧(お)されて、ミナが珍しく引いてしまう。
すぐに気を取り直して答えようとするも、それより早くツナグが「あっ、待って待って」とストップをかけてきた。
「やっぱりボク、自分の目で確かめたい。ねえ、ミナ、アンナプルナってどこにあるの?」
……再びミナが気を取り直して口を開きかけた瞬間、今度はペギタンがそこに割り込んできた。
「だめペエっ、ツナグ、アンナプルナは本当に危険な山ペエっ! 命を落としている人もたくさんいるペエっ!」
「そ、そうなんだ……」
「うん、そうやで。毛むくじゃらのおっちゃんも、ちょくちょく雪崩の直撃受けて、帰らぬ人になりかけとったからな」
「登らせるなよ、そんな危険な山。ていうか、何回も雪崩の直撃受けたのに生きてるって、そのおっちゃん、本当に雪男の子孫なんじゃね?」
毛むくじゃらのおっちゃんはともかくとして、ツナグへ心配そうな視線を送るニャトラン。それに気づいたラビリンが明るい調子で言う。
「ツナグなら大丈夫ラビ。危険な場所はどんどんワープで回避しながら登ればいいラビ」
「あ、そっか。……うん、だよな」
「でも、それが出来たとしてもアンナプルナの標高は一番高い所で8091メートルペエ。ものすごく寒くて普通に行けないペエ」
「たぶんミナなら、立って歩く猫用の高性能な防寒着とか持ってるだろ。コメディアンだし。それ借りよーぜ」
「コメディアン言うなっ! ちなみに持っとるわっ! 立って歩く猫用の高性能な防寒着!」
「マジで持ってんのかよっ!」
自分で言ったクセに、正直そんな物が本当に存在するとは思ってなかったニャトランが驚いて目をまん丸に見開く。
ひなた、そのニャトランの顔が面白くて、思わず笑ってしまう。
ラテを抱いたアスミも、皆の輪に加わる。
「ペギタン、ちなみにアンナプルナ主峰のてっぺんの寒さとは、どれぐらいなのですか?」
「えーーっと……」
「あ、待って。あたしが調べてあげるっ」
ひなたがミナの手からスマートフォンを取り戻して、さくっと検索。
「標高を約8100メートルとして……うわっ、マイナス24度っ!? メチャ寒っ!」
「マイナス24度って、アイスクリームより冷たいラビ。そんなトコ行ったら、ツナグが凍っちゃうラビ」
「アイスクリーム……??」と、ツナグが口の中で言葉を転がしてみる。
さっきペギタンに説明してもらった『いえてぃ』に続き、またまた出てきた自分の知らない単語。
そっと傍らにしゃがみ込んだのどかが、気を利かせて説明してくれた。
「アイスクリームっていうのはね、牛乳とかを材料にして作る冷たくて甘いお菓子で、えっと、雪で織り上げた絹を、しっとり重ねたみたいな食感って言えばいいのかなぁ」
「……ッッ!」
完璧にイメージが伝わったわけではない。だけど、絶対に美味しい!とツナグは直感。のどかたちが持ってきてくれたお菓子の中から、そのアイスクリームというものを見つけ出そうと視線を走らせる。
「ごめんなさい」
と、近づいてきたちゆが中腰になり、ツナグに向かって申し訳なさそうな微笑みを浮かべた。
「今日は、アイスクリームは持ってきてないわね」
「……………………」
ツナグ、ショックのあまり無言になる。
「あっ…」と、ちゆが微笑みを引きつらせた。間違ったことをしたわけではないが、自分の一言が引き出したツナグの反応に、表情を陰らせてしまう。
それにいち早く気付いたのどかが、ちょっとあせって、あわわっ、とフォローに努めようとするが、とっさにうまく言葉が出てこない。
代わりに「あっはっはっ」と無意味に明るく笑いながら、ミナがツナグの前にしゃがみ込み、彼の頭をぽふぽふと右手で優しく叩く。
「ツナグは山が好きなんやねぇ……。でもまあ、アンナプルナはやめとこか。40回以上もツナグを生死のふちに立たせるのは、さすがに罪悪感覚えるしな」
横から少し厳しい顔でアスミとラテが抗議してくる。
「毛むくじゃらのおっちゃんに対しても罪悪感を覚えてください」
「ワンワンッ」
ミナはあっさりと聞き流して言葉を続けた。
「そうやな……、富士山なんてどうや? この日本で一番高い山やで」
ツナグが顔を上げた。
「一番高い?」
「それにな、富士山に登ると、海は海でも、海じゃない海が見えるんやで」
「エッ、何それっ!?」
ミナの言葉に、ツナグが俄然と興味を示す。
無論、ミナは答えを言わない。雲海だとすぐに気付いたのどかとちゆも、こっそりと笑みを乗せた視線を交し合うのみ。富士山以外の高い山からでも雲海を見れることを知っているペギタンだが、あえて水を差すようなまねはしない。
―― ひなた、ツナグと同レベルで真剣に悩む。
ミナは穏やかな笑顔で、ツナグに提案する。
「富士山、一緒に行ってみるか? めっちゃアイスクリームの美味しい店も知ってるから、富士山登る前に立ち寄って、食べさせたるわ」
「ボク、行きたいっっ!!」
思わず心からあふれ出てしまったツナグの本音。
静かに受けとめたミナが優しく両目を細めて、「…うん」とうなずく。
……いい雰囲気ではあるが、ヒーリングアニマルたちは警戒心を緩めない。
ツナグの前に、バッ、と飛び出し、盾になるように並んでミナと対峙する。
「ツナグっ、正気を失っちゃ駄目ラビ! 相手はミナラビ!」
「そうだぜっ。ミナについて行ったら、おまえまでコメディアンになっちまうぜ!」
「とりあえず不審者がツナグを連れて行こうとしてるって、おまわりさんに通報するペエ」
「ワンワンッ、ワンッ! ワンワンッ、ワンッ、ワンッ」
「こ、こいつらは……」
激しい憤りに駆られたミナがワナワナ震えながら立ち上がる。
「なに好き放題言うてくれてんねん! 誰がコメディアンや!? 誰が不審者や!?
あと、ごめんな。ラテちゃんだけ何を言ってんのか、さっぱりわからんかった」
スッ…とラテの隣に進み出たアスミが、授かった神託を告げるみたいに、ラテの言葉を厳かに通訳した。
「ラテはこう言っています。 ―― もはや『メガネメガネ』では生ぬるい。眼鏡を噛み砕いて粉々にしてくれる、と」
ラテがアスミを見上げて「くぅ~ん」と啼(な)いた。そんなこと全然言ってない。
「フンッ」と鼻を鳴らしたラビリンが勝気な表情で、ビシッ!とミナを指差す。
「ラテ様のお手をわずらわせるまでもないラビ! ―― ペギタン、やってしまうラビ!」
「なんでぼくペエ!?」
「ほほぉ? 命知らずやな。我が増子一族に代々伝わる西ドイツ式ブラジリアン柔術をマスターした私に勝負を挑むとは」
「ペ……ペエエっ!」
ペギタン、顔を真っ青にしてあせる。
増子ミナの体から立ち昇る真紅のオーラ。 ―― が、彼の目には見えているのだ。
しかし、気圧されて後ろへ下がろうとするペギタンに、ちゆから声援が飛ぶ。
「ペギタン、がんばって!」
今度はミナの目に、ペギタンの体から噴き上がる蒼い闘気が映った。
「ペエエエエエエエエエッッ!!!」
「むっ! その構えは、古代マケドニア八極拳!」
生命の危機を感じて体が勝手に後ずさろうとする。だが、ミナは意志のチカラを総動員して耐えた。
ニャトランが二人のほうを指差して、横にいるラビリンにたずねる。
「なあ、西ドイツとかマケドニアとか、……こいつら一体何やってんだ?」
腕組みしたラビリンが二人から目を離さず、瞳をギラリと光らせて答えた。
「西ドイツ式ブラジリアン柔術は、邪馬台国を発祥の地とする日本最古の格闘術ラビ。
遠・近・中距離、全てにおいてバランスよく対応できるのが特徴で、大正時代、鬼の王を倒すための戦いで『柱』と呼ばれる者たちの切り札となったことでも有名ラビ。
対して、古代マケドニア八極拳は、アレクサンダー大王が編み出したヘレニズム格闘技の一種で、近接戦最強を誇るラビ。
これを極めた者の拳は鉄をも砕くと言われ、さらに、あるスキルを取得することで、1ターンにつき最大5回までの連続攻撃が可能になるラビ。
……フフッ、数々の名勝負を目にしてきたラビリンにも、この闘いの結果がどうなるかは分からないラビ」
「いや、俺はまずおまえが何言ってんのかが分かんねーよ」
メンドくさくなって理解をあきらめたニャトランは、テキトーなノリで目の前の勝負を楽しむことにした。
「じゃあ、俺はミナを応援するぜ。そっちのほうが、なんか面白そうだしな」
関係なさそうにスマートフォンを眺めていたひなたが、「あっ!」と声を上げた。
「ミナさん、いつのまにかあたしのアカウントをフォローしてくれてる! あたしもミナさん応援しよっ!」
あっさりとミナの側についたひなたを、ジロッと睨んだちゆが、のどかを振り返って、何も言わずに微笑みかける。
「う…、うんっ、もちろん、わたしはペギタンを応援するよ」
たじっ…と軽く身を引きながら答えるのどか。
腕組みしたまま仁王立ちしているラビリンは、中立。どうやら、この勝負の審判を務める気らしい。
ラテがアスミを見上げて「わんっ」と可愛らしく吠える。ラテと視線を重ねあったままアスミがうなずく。今度はちゃんと伝わった。
「ツナグ、これを」
差し出されたヒーリングガーデンの聴診器を受け取ったツナグが、身振りを交えたアスミの簡単な説明に従って自分の耳に装着し、おそるおそるチェストピースをラテの体に当てる。
チェストピースが淡い光に包まれ、ラテの心の声がツナグの耳に流れ込んできた。
『ラテといっしょに、ペギタンを応援してほしいラテ』
「え、あ…、うん、わかった」
初めての体験に驚きつつも素直に答えたツナグ。けれど、誰かを応援するなんて今までしたことがない。元気よく吠えてペギタンを応援するラテの隣で声を出そうとするが、やはり戸惑いが大きい。
そんな彼を横目でチラッと見たのどかが、しゃがんだまま、口もとに両手を添えて大きな声援をペギタンに送った。
「ペギターーンっ! がんばれーーっっ!!」
突然の大きな声に、びっくりした顔で見上げてきたツナグへ、のどかがニコッと優しく微笑みかける。
……うなずき返したツナグが、のどかを真似て口もとに両手を添え、ペギタンへと声援を送った。
「ペ…ペギタン、がんばれーっ!」
「がんばってーっ! ほら、ツナグも応援してくれてるよーっ!」
「ペギタンっ、自分を信じて! あなたなら勝てるわ!」
「わんっ! わんっ!」
「ラテが応援しているので、わたくしもペギタンを応援します。ペギタン、がんばってください!」
ツナグたちの声援を熱として、西ドイツ式ブラジリアン柔術と古代マケドニア八極拳のぶつかり合いも盛り上がってゆく。
「虎の呼吸・伍ノ型! ―― 猛虎打線ッ!」
「甘いペエ! 覇海殺・肝臓爆発チョップ ―― 六連ッッ!!」
「ぐああああああっっ!?」
さっそくミナ応援サイドよりブーイングが飛んだ。
「待ってよ! 古代マカロニ八宝菜の連続攻撃って最大5回までって言ってたじゃん!
なのに、今、6回連続攻撃してたよ! これっておかしくないっ!?」
「そうニャ! チートだ、チートぉぉ!」
この非難に対して、ラビリンは「ノンノン」と首を横に振った。ルール的には問題ないようだ。
「あ、意外とペギタン勝てそう」
「いけるわよ! その調子よっ、ペギタン!」
「ペギタンッ、次は眼鏡ですッ! 眼鏡を狙っていきましょうッ!」
「わんわんっ!」
「ペギタンっ! がんばれっ! がんばれっ! ペギタンがんばれーっ!」
興奮のあまり身を乗り出してペギタンの応援を続けるツナグ。 ―― だが、唐突に胸にこみ上げてきた感情の塊に言葉をふさがれてしまう。
不意に黙ったツナグに、ふと、ちゆが視線を向ける。
……ツナグの両目から、静かに涙があふれていた。
「ツナグっ!?」
ペギタンの両頬をむにーっと左右から引っ張っているミナを含め、ちゆの声で全員がツナグのほうを見た。
皆のまなざしを受けて、ようやく自分が涙を流していることに気づいたツナグが、あわてて両手でごしごしと目の周りを拭いた。
「ごめん。ボク、友だちの名前を呼ぶのって初めてで……。しかも誰かと一緒に、こんなふうに大きな声で叫ぶなんて想像もしたことなくて……」
のどかの手が優しくツナグの背中をさする。そして、彼と目が合うと微笑みを表情に乗せて言った。
「これからはいつでも呼べるね、わたしたちの名前」
ツナグが放心したような顔になった。
でも、のどかの言葉に脳の理解が追いつくと、幸せのあまり泣き出しそうで、それでいて嬉しすぎてたまらないという感情が入り混じった笑みが、表情に広がり始めた。
しかし、その瞬間 ―― 。
最終更新:2022年01月15日 12:15