『人魚の食感』1
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―― いざ、出陣!
ほそやかな両腕を勇ましく組み、闘志で心を燃え上がらせる。
ローラ・ラメールが後ろを振り返り、凛々しく声を張り上げた。
「さあ、みのり! 市役所へ乗り込むわよ!」
まだ駅の改札内にいる一之瀬みのりが、ローラとは真逆の冷静さで指摘する。
「ローラ、改札機の出口で仁王立ちしてると、みんなの邪魔」
「…………」
何事も無かったかのように、両腕を組んだままスススッと邪魔にならない場所へと移動したローラが、きりっと表情を引き締めて前を向く。
ただ、テンションがちょっとだけ下がった。
…………事の始まりは、前日にさかのぼる。
放課後、みのりがトロピカる部の部室で執筆の構想を練っていると、雑誌を持ったローラが殴り込む勢いでドアを開けて入ってきた。
フルネームはローラ・アポロドーロス・ヒュギーヌス・ラメール。
グランオーシャン出身の人魚の少女で、自称『次期女王』。なお今は、歩行に便利な人間の下半身だが、彼女の意思次第で、本来の姿である魚の尾部へと自由に戻せる。
ロングウェーブの明るいマゼンタの髪に、勝気そうな両眉と、気品を感じさせる目鼻立ち。肢体はすらりとしていて、制服の上からでもプロポーションが良いのが分かる。
対して、一之瀬みのりは、ごく普通の文学少女といった感じだ。
ひし形ボブの髪にラウンドタイプの丸メガネ。それにふさわしい知性的な容貌。体付きは中肉中背で、物静かな雰囲気の中学二年生。
マリンブルーの瞳でギロッと部室内を一瞥したローラが問いかけてくるよりも早く、みのりが感情を表に出さない平坦な声で答えた。
「三人とも、今日は来てない」
三人とは、夏海まなつ、涼村さんご、滝沢あすか。みのりたち以外のトロピカる部の部員だ。
興奮状態のローラの瞳に視線を重ねたまま、みのりががテーブルの上を示す。
「でも、くるるんはいる」
「……見れば分かるわよ」
仏頂面のローラに向かって、くるるん ―― ピンクのハート型の両耳が特徴的で、赤ちゃんアザラシに似た海の妖精が「くるるんっ」と明るい声をあげて、短い手を振った。
その無邪気な仕草に、少し気勢をそがれたローラだったが、バッ、とみのりに、開いた雑誌のページを突きつけて絡み始める。
「ちょっとこの記事見なさいよ!」
「うん、見た。 ―― 隣の市が主催する八百比丘尼フェスタ。昔、人魚の肉を食べて不老長寿を得た少女に倣(なら)って、人魚のカタチをしたスイーツを食べて、いつまでも若々しく元気でいようって趣旨のお祭り……」
「おかしいでしょ、魚ならともかく人魚よ!?
人魚を食べるって、どういう事!? ―― ゾンビ映画の影響ッ!? それとも、わたしにケンカ売ってるのッ!?」
本気で怒って身を乗り出してきたローラに、みのりがあくまで冷静に対応する。
「落ち着いて、ローラ。人魚じゃなくて、人魚のカタチをしたスイーツ……」
「同じよっ! たとえば、みのり、あなたの姿そっくりのスイーツを他の人間がバリバリムシャムシャ齧ってたら、どう? 嫌な気分になるでしょ!?」
「……我が子を食らうサトゥルヌスかな、って思う」
「え、サトゥ……、えっ、何?」
みのりの思考や感情が全然読み取れなくて一瞬たじろいだものの、すぐに気を取り直して、強くコブシを握って熱く語る。
「とにかく! 一人の人魚として、この残虐行為は見過ごせないわ! グランオーシャン次期女王として、明日、隣の市のトップに抗議しに行ってくる! 相手の出方によっては鉄拳制裁もありよ!」
「……警察呼ばれると思う……」
ぼそっとつぶやいたみのりが、ふと、気になって尋ねてみた。
「まなつも一緒に行くの?」
―― だったらローラを止めてくれそうだ。……いや、もしかすると、よりヒドくなるかもしれない。
心中悩ませるみのりの前で、ローラが苦笑しながら「あー、まなつは無理」と手をパタパタ振って否定した。
「昨日、『人魚が来りて米を炊く』っていう、ちょっと怖い昔の映画を一緒に観て……」
ローラが滑るような動作でテーブルの上に乗り、下半身を魚の尾部へと変化させた。
「今のまなつには人魚はトラウマね。わたしがこの姿になるだけで顔真っ青だもの」
そう言って、澄んだマリンブルーの鱗に包まれた尾部をくねらせて、ピンクの尾鰭を揺らしてみせた。ついでにイタズラっぽい笑みを浮かべながら、尾鰭の先でみのりの顔をユラユラとくすぐってやる。
「……………………」
と、まったくの無表情でローラのなすがままにされていたみのりが、軽く右手を挙げた。
「私も行く」
「意外ね。……行くの?」
「行く」
みのりの宣言に続き、「くるるんっ!」と元気いっぱいの声が響いた。どうやら、くるるんも一緒に行く気らしい。
予想外の展開に軽く驚きを見せたローラだが、すぐに「フッ」と増長した表情になって、様(サマ)になる仕草で髪をかき上げた。
「なるほど。このわたしが悪しき蛮行を見事に粉砕撃滅するところを、どうしても目に焼き付けたいっていうのね。
ふふっ、あなたたちの気持ち、わかるわ。 ―― いいわよ、ついていらっしゃい」
…………そして、本日。
休日を利用して、朝早くから出向いてきたローラたちが、駅を出て、市役所を目指して街を歩き始めた。
「くるる~ん…」
ローラが「ん?」と視線を落とすと、トートバッグに入れたマーメイドアクアポットの中にいたはずのくるるんが、バッグの縁から遠慮がちに顔を覗かせていた。
「ダメよ、くるるん。まだそんなに人はいないけど、もし見られたら大変よ」
「くるるん」
くるるんがローラと目を合わせたあと、隣を歩くみのりのほうへ、スッ…と視線を流した。そのまなざしを追ったローラが、なんとなくだが気付く。
「みのり、ちょっとツラそうだけど……大丈夫? もしかして気分悪い?」
「平気。今日は人魚のスイーツをたくさん食べるために朝ごはん抜いてきたから、少し体がだるいだけ」
「え……、コラッッ!」
一瞬あっけにとられたあと、ローラがまなじりを吊り上げた。
「みのり、何をしに来たか分かってるの!? 人魚に食欲を覚える悪党たちを一掃して、その功績をもって、わたしこそがグランオーシャン次期女王にふさわしいというコトを世に知らしめるためでしょ!?」
「……くるるん?」
くるるん、首をかしげる。
感情を沸騰させるローラの前で、みのりが今にも頭をかかえ込みそうな表情で、ハァ…と重い溜め息をこぼした。
「ごめん。最近、スランプで……。新しい人魚の小説を書こうとしてるのに、何をテーマに据えたらいいのかが全然見えてこなくて。
―― それで前に、パパイアを食べた事が無いのに、小説の中でパパイアをキーアイテムにしてたっていう反省を思い出して、まずは人魚を食べるところから始めてみようかと」
今度は反対にローラが、ハァ…と重い溜め息をこぼした。
怒りにとって代わって、同情の色が瞳に浮かぶ。
「いや、まあ、みのりの気持ちは分からなくもないけれど……人魚は食べちゃダメでしょ」
「あっ、人魚じゃなくて、人魚のスイーツ……」
「どっちでもおんなじよ。とにかく人魚はダメ。あと、ご飯は大事よ。ちゃんと食べないと脳の働きが鈍って、いざっていう時の判断力に影響が出るわよ」
「大丈夫。判断力は、名刀の刃のごとく冴え渡ってる」
「まあ、腹が減ってはなんとやらよ。市役所に討ち入る前に軽く何か食べていきましょ」
「……ローラ、ここ」
最終更新:2022年06月08日 21:13