Juvenile(9)




「何人いるんだ?」
「1…2…3…わかんないよ」
 激しく動いているため数えられない。エンエンは諦めてしまった。
「ペアを組んでいるようですね。四組…?」
「地上にもいるみたいだね」
「プリキュア教科書を書き直さないと」
「何ページ使うつもりだよ」
「参りましょう」
「うん」
 走り出す。
 プリキュアの戦いがはっきり見えるようになってくる。やがて、キュアエコーは足を止めた。キュアエースも止まる。
「どうしたのですか?」
「なんか、戦い方が…」
「私も気になっていました」
 全員で当たっているわけではなく、一組のプリキュアをドリーミアにたどり着かせようとしているように見える。ほかのメンバーはその援護をしている、という様子だ。
「どういうことでしょう」
「思いを届けようとしてるのかな…」
 キュアエースはそう言ったキュアエコーを見た。そして、うなずく。
 何度も見てきた。悪事をなすものがすべて敵とは限らない。この巨大なドリーミアもそうなのではないか。
「であれば、キュアエコーの出番ではありませんか」
「おい、ちょっと」
 グレルが空を指さす。見上げたエンエンが恐怖にひきつった声を上げた。
「空が割れている…!?」
 砂漠に似つかわしい強い日差しで埋め尽くされた真っ青な空に、黒いひびが入っている。そこから崩れ落ちてくるのではないか、とエンエンはキュアエコーの首に縋りついた。
「この空間が壊れ始めているのかもしれませんね」
 誰が、なんのために作った空間なのかはわからない。しかし、百メートル単位の直径を持つあのドリーミアが暴れているのだ。何らかの影響を受けているとしても不思議ではない。そういえば、ドリーミアが足を踏み下ろしたときの振動が強くなっているような気もする。
「支えよう」
「どうやって」
「エースが言ったでしょ。
 この空間は悪いものではない、って」
「ええ」
「もし、この空間が、あそこで戦っているプリキュアが作ったものだとしたら、私たちの『光』が役に立つんじゃないかな」
 キュアエースは黒いひびを見上げた。ひびは少しずつ伸びていっている。
「私たちの『光』で補強しよう、ということですか」
「思いを届けることは、あのプリキュアに任せていいと思う」
「…え?」
 キュアエースは、それ以上を表情に出さないように努めた。
 キュアエコーは「思いを届ける」役割をほかのプリキュア――かどうかはわからないが―――に委ねようとしている。
 いいのか、それを許して。
 所属するチームのないキュアエコーは常に、自分の役割を手探りしている。強い技を持っているわけではないことに引け目を感じている様子もある。
 だが、「届ける」時であれ「受け止める」時であれ、「思い」が重要な役割を持つとき、その中心にはキュアエコーがいた。それを他者に任せることを見過ごすのは正しいことなのか。
 いや。
(プリキュアたる者、いつも前を向いて歩き続けること)
 分別臭く他の仲間を導こうとするキュアエースの役割は、ジコチューとの戦いが終わったとき、同時に終わったはずだ。キュアエコーが次のステップを進もうとしている。キュアエースも続くべきだ。
「事情を知らない私たちが参加してからでは時が過ぎます。その環境を整えるほうが適切かもしれません」
 それが「勘」に頼った判断であることはふたりともわかっていた。あの光がプリキュアのものかどうかはわからない。まして、この空間が悪いものではない、というのも「感触」に過ぎない。
 だが同時に、この判断は間違っていない、という確信もあった。
「彩れ、ラブ・キッス・ルージュ!」
「プリキュア ハートフル・エコー!」
「ショット・コルティーナ!!」
 ふたりの体から伸びた光が天に突き刺さった。青い空が金色に染まっていく。その金色がしみこむように消えた後、ひびは跡形もなく消えていた。
「ひびが消えました!」
 それが合図になったように、先頭の一組がドリーミアの中に消えた。
(思いよ、届け)
 キュアエコーは息を整えると、両手を合わせて祈った。



最終更新:2023年01月22日 21:20