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『ソラはヒーロー失格である(中編)』/猫塚◆GKWyxD2gYE




 いざ、書店のなかへと足を進めるましろたち一行(いっこう)。
 お目当ての絵本のコーナーにたどり着く前に、ソラが『トップ・マッスル』を始めとするアメコミの揃っている棚を見つけてしまう。

「見てください! あれ、『トップ・マッスル』じゃないですか!」

 さっそくソラが進路変更 ―― しようとするのを、「えるっ!」と、エルちゃんがちっちゃな両手のこぶしを突き出して抗議。
 ましろもエルちゃんに加勢。

「ほら、ヒーローは、まず自分よりも小さな子を優先してあげなきゃ」
「ううぅ…、そうですね……」

 あとで寄ればいいだけなのに、今生の別れみたいな表情になっているソラがかわいい。ましろは思わずクスクス笑ってしまった。

「エルちゃんの絵本選んだら、次はソラちゃんの『トップ・マッスル』ね」
「ハイッ、買っちゃいますよ! 10冊といわず100冊ぐらい!」
「いや、買うのは1冊だけだよ?」

 絵本のコーナーでは、ソラと一緒に絵本を手に取って、エルちゃんに見せてやる。
 ……色々ある絵本を見て回るうちに、ましろたちもだんだん楽しくなってきた。

「ちっちゃい子供向けなのに、言ってることは結構大人向けだよね」
「絵も最初はとっつきにくかったんですけど、見てるうちに味が出てきましたね」
「えーるー」

 よくわからないが、エルちゃんも同意。
 興味は尽きないらしく、ベビースリングから少し身を乗り出して、楽しそうにキョトキョト周りを見渡す。やがて、「えるっ」と目を輝かせ、1冊の絵本へと向かって小さな手を伸ばした。
 届かないその手の代わりに、ましろが取ってやる。

「なつかしいなぁ、『しらゆきひめ』。わたしも子供の頃、読み聞かせてもらってたから。
 ―― エルちゃん、これがいいの?」
「えるぅ!」
「白い雪の姫。名前から察するに、氷結系の能力を操る女性ヒーローですね」
「ソラちゃん、ちょっとヒーローから離れよっか?」

 ましろが幼い頃に買ってもらったものよりも、絵柄がずっと可愛くなっている。
 ページを開いてあげると、エルちゃんが天真爛漫な笑みを満面に広げた。

(うん、これで決まりかな)

 心の中でうなずき、値段を確認する。

「えっと税込みで……」

 子供向けだから、そうは高くないだろうと思い込んでいたましろが一瞬固まった。
 せめて千円を切ってくれないと。
 今日の予算的に、昼食のコトも考えると『トップ・マッスル』の漫画の購入が難しくなる。
 とっさにましろが別の絵本を探そうとしたが、

「ましろさん」

 と、ソラが微笑みつつ、エルちゃんには気付かれないよう小さく首を横に振ってみせた。
 でも…と、ましろがためらう。しかし、まっすぐに重ねてくるソラの瞳に負けて、少し申し訳なさそうに微笑み返した。
 そして、なおも次のページをせかしてくるエルちゃんに優しくたずねてみる。

「エルちゃん、この絵本でいい?」
「えるっ!」

 エルちゃん、上機嫌の返事。
 購入する絵本が決定した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 そろそろ時間は昼の12時近い。
 ついでにいうと、ましろの体力も限界に近い。
 商業ビルをあとにして、ソラと一緒にお昼を食べる店を探す。

「ましろさん、あのお店なんてどうですか?」

 ソラが指差す方向を、ましろもぼんやりと見る。

(あそこのパスタ屋さんって、窯焼きチーズパスタがすごく美味しいって聞いたことある。
 ……窯焼きチーズパスタかぁ、わたし、まだ食べたことないなぁ)

 疲労でぐったりしていた胃袋が、空腹にうずいてきた。
 ―― フフフッ。今日は朝から大変だったし、お腹いっぱい食べちゃお。
 そんな事を考えながらソラの後ろについて歩いていたら、パスタ店を通り過ぎ、隣の店へと入っていた。
 店名は【 がっつり益荒男(マスラオ)食堂 】


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 ……炭水化物、肉、炭水化物、肉、申し訳程度に添えられた漬物、肉、炭水化物、
 気がついた時には、なぜかカロリーをひたすら胃袋に叩き込むバトルが始まっていた。

(あれ? わたし、お昼ごはん食べてるはずなんだけど……。
 何、これ……)

 疑問に思いつつ、ましろはひたすら箸を動かしていた。
 どうみても量が体育会系向けである定食。今さらだが、ソラが注文した時にとめるべきだった。
 テーブル席の反対側では、持参した離乳食をエルちゃんに食べさせ終えたソラが、仲良く遊んでいる。ちなみに彼女は、ましろと同じものをほんの数分で食べきっていた。

(ええい、わたしだって!
 うわああああああっ、マッスルーーっっ!!)

 なかばヤケクソになったましろが心の中で叫び声をあげ、猛然と箸を動かす。
 ―― なんとか完食。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 店を出てすぐに、うぷ…っ、とましろが口を押さえた。
 胃袋の消化機能がほぼダウンしている。

 ―― うん、でも、だいじょうぶ。おとなしくしてれば問題ない。
 ―― 走ったりとかしなきゃ、家に帰るまでもちそう。

 よしっ、がんばろうと自分に言い聞かせた。……なのに、次の瞬間、ソラがましろの手を引いて走り出そうとするからたまらない。

「ちょっ…、ソラちゃん、ストップ! ストップ!」
「ましろっ、アレ!」

 エルちゃん抱っこしてる状態で走ったら危ないでしょ! ―― と、さすがに説教しかけたましろが、思わず言葉を呑み込んでしまった。

 さん付けではない、初めての呼び捨て。
 二人の間にあった心理的な距離感がいきなり無くなってしまったみたいで、
 ましろの胸の奥で、小さな喜びが震えた。

 もっとも、それはソラのうっかりだったらしく、続く呼びかけには普通に「さん」が付いていた。

「ましろさんっ、ほら、あの木ですっ。見てください!」
「見えてるから落ち着いて、ソラちゃん」

 えーっと……ホントどういう状況なのかな、これ。
 ましろ、少しだけ顔を赤らめ、ソラから視線を外して悩んだ。
 ソラが見つけて興奮している木は、『マリッジツリー』の通称で親しまれている、ソラシド市のローカルスポットだ。生涯を誓い合った二人に幸せな人生を授けてくれるというジンクスを信じて、現在も何組かの恋人同士が訪れている。
 ましろの手を引くソラが、やや早足で通行人の間を縫って、マリッジツリーへと進んでゆく。

(どうしちゃったんだろ、ソラちゃん……。
 もしかして ―― なんて可能性は無いと思うけど……)

 でも、ちょっとドキドキする。

(ほんとに、もしかして……とかだったら、どうしよう、わたし……)

 この胸の早鐘、ぜんぜん嫌じゃない。
 木の下へ到着したソラが、まぶしい微笑みと共に振り返った。

「ましろさん」
「はい」
「この木、もう気付いてると思いますが……、
 ―― トップ・マッスルの実家の裏にあった木にそっくりですよねっ!
 映画の序盤と、あと終盤近くの回想シーンでも出てきたので憶えてますよねっ!
 ほらっ、あの力強い枝! トップ・マッスルがヒーローになる前、懸垂に使ってた枝に似てませんかっ? 似てますよねっ!」

「ふーん、そうなんだー。ごめんねー。ぜんぜん気付かなかったなぁ」

 氷みたいに固まった笑顔で答えるましろ。
 胸の鼓動はすっかり冷めきっていた。
 けれどソラは気付かず、聖地巡礼で盛り上がるファンのごとく、

「さあ! 今すぐ家に帰って、まずは懸垂100回目指してがんばりましょう!」

 と、ましろの手を引っぱって急いで帰ろうとする。

「ちょちょ…、ちょっとソラちゃん、待って……」

 げんなりした顔でソラをとめようとするましろ。とめても無駄な気がして、内心あきらめてはいたが。
 ―― 唐突に「えーるぅ!」とエルちゃんが大きな声をあげた。ましろの代わりに抗議してくれてるようだ。
 ベビースリングの中で小さな体の向きを変えて、「あめっ! あーめっ!」とソラを叱るみたいに彼女を両手でペチペチ叩き始める。

「えっ……飴?」
「飴じゃなくて、ダメって言いたいみたいだよ。
 ありがとう、エルちゃん。でも、人を叩くのは良くないことだよ。やめようね」

 やんわりとましろがたしなめると、エルちゃんは素直に叩くのをやめた。
 そして、物言いたげな無垢な瞳で見上げてくる。
 こんな小さな赤ちゃんに気を遣わせてしまって申し訳ない、と苦笑するましろ。
 一体何が ―― と目を白黒させているソラに微笑みながら告げた。

「ソラちゃん、今日はもう、筋トレ禁止だから」
「ええーっ、どうしてですか、ましろさん!?
 ローマとマッチョは一日にして成らず。だからこそ毎日の筋トレの積み重ねが ―― 」
「 ―― 禁止だから」

 微笑みを貼り付けた表情を一切変えず、ましろが再度告げた。
 さすがに空気を読んで黙ったソラの隣に並び、ましろは手を繋いだままマリッジツリーを仰ぎ見て、優しい木漏れ日に目を細めた。

「筋トレはともかく、こうやってソラちゃんと一緒にこの木を見るのは嫌じゃないな」
「そうですよね! なんといってもトップ・マッスルが ―――― 」

 目を輝かせて猛烈な勢いでしゃべり始めるソラ。
 ましろは全てスルーした。

最終更新:2023年06月06日 23:05