『コラボステージ! アイドルプリキュア&クローバー!』第3話
 ライブ当日の朝。田中に連れられてうたたちが訪れたのは、はなみちタウンの郊外に出来たばかりの野外ステージだった。ライブは午後からだというのに、会場の周りには熱心なファンらしき人々が集まっていて、三人のポスターの前で写真を撮ったり、動画を見て盛り上がったりしている。その様子を横目で見ながら、一行は関係者入り口から控室に入った。
 プリルンとメロロンを、田中がうたからポーチごと受けとる。
「よぉし。じゃあ、ななちゃん、こころ、行くよっ!」
「プリキュア! ライトアップ!」
 アイドルハートブローチのミラーボールが煌めいて、うた、なな、こころが、キュアアイドル、キュアウインク、キュアキュンキュンに姿を変える。こうして準備を整えると、三人は控室から、まだリハーサルの準備中のステージへと足を向けた。
「広ーい!」
「見渡す限り、客席ですね!」
 ウインクとキュンキュンが弾んだ声を上げる。この野外ステージは広い公園の中にあり、ステージの前方180度を客席が取り囲む、半円形の配置になっている。だからステージに立つと、視界に入るのは見渡す限りの客席だ。その後方には芝生に覆われたなだらかな傾斜があって、そこからもステージを観ることができるから、キャパは千人以上になるかもしれない。
「……どうかしましたか?」
 一緒にステージに立った田中が、不意にアイドルの顔を覗き込んだ。こういう時、いつもなら真っ先に歓声を上げる彼女が、何も言わないのを不思議に思ったのだ。
 ただポカンと口を開けて客席を眺めていたアイドルは、その言葉にビクリと肩を震わせてから、慌てて首を横に振った。
「え? う、ううん、何でもないです。凄いなー、こんな素敵なステージで歌えるなんて」
 そう言って田中の視線を避けるように、アイドルがウインクとキュンキュンの元へ駆け寄る。
 ステージの広さとそこからの眺めに圧倒されて――そんな自分に驚いてもいた。
 普段、マックランダーを相手に歌うライブ空間もキャパは大きく、更にあのステージはぐるりと360度を客席に囲まれている。だが、ステージの広さはこの会場の半分以下だ。それに、あの時は会場が暗くて客席のキラキライトしか見えないが、今日は昼間の野外ステージ。客席がこんなによく見えるのだから、観客一人一人の表情まではっきりと見えるだろう。
 つい先日、クローバーの動画を見た時に感じた不安を思い出す。そして、さっき会場の周りに集まっていた、期待に満ちた人々の顔が頭に浮かぶ。
(やばっ、珍しく緊張してきた……。あの人たちの期待に応えられるかな。本当にわたしたちの歌で、こんな広い会場のお客さんたちを、みーんなキラッキランランに出来るのかな……)
 キュアアイドルになって初めてそんな不安が頭を掠めた、その時。ステージの隅から、聞きなれた音楽が聞こえてきた。
「あ、『Trio Dreams』ですね!」
 即座にキュンキュンが反応する。アイドルももちろん気づいていた。
 今日お披露目するアップテンポなユニット曲――それに合わせて踊っているのは、桃色、青色、黄色、赤色のコスチュームに身を包んだ四人の若いダンサーだった。
 伸びやかに、軽やかに、
 時に激しく、時に弾むように、
 リズムに乗って彼女たちは躍動する。
 その迫力は、当然ながら小さな動画で見ていた時とは比べ物にならない。
 動きが完璧に合っているだけではなく、踊るのが楽しいっていう四人の気持ちも、ぴったりと合っているのがよくわかる。
 その喜びは、四倍どころではない大きなエネルギーとなって迸り、観る者の心に届く。だからこそ観ているだけで心が弾み、身体が勝手にリズムを刻むのだろう。
「やっぱり凄い……」
 アイドルがそう呟くのとほぼ同時に、フィニッシュのポーズが決まる。そして何やら四人で話し始めたところで、桃色の衣装の少女がアイドルたちに気づいた。
「あーっ! あなたたちが、アイドルプリキュアだね?」
 パッと花が咲いたような笑顔で、少女が話しかけてくる。その明るさに励まされ、まずアイドルが勢いよく頭を下げた。
「はいっ! キュアアイドルです。皆さんは、クローバーの方たちですよね?」
「うん! 今日はよろしくね。観に来てくれた人たちみ~んなが忘れられないような、楽しいステージにしようね!」
 少女はそう言って、もう一度ニッコリと笑った。
「キュアウインクです。今日はありがとうございます!」
「キュアキュンキュンです。あ、あの、よろしくお願いします!」
 ウインクもキュンキュンも、口々にそう言いながら頭を下げる。
「あなたたちに会えるの、楽しみだったんだ。あたし、桃園ラブ。こっちから順に、美希たん、ブッキー、せつな!」
「ちょっと、ラブ! ちゃんと紹介してよ」
 青い衣装の少女が、ラブと名乗った少女をたしなめる。だが――。
「大丈夫です! えっと……ミキタンさん、ですよね?」
「いや……そうじゃなくてぇ!」
 ななが自信満々で確認すると、彼女は口をパクパクさせてから、頭を抱えて素っ頓狂な声を上げた。
「ごめ~ん、美希たん」
「だから、今はその呼び方、やめなさいよっ!」
「ラブちゃん、ひょっとしてワザと言ってない?」
「ううん、美希の話をちゃんと聞いてないだけよ」
 青い衣装の少女に怒られ、黄色の衣装の少女にツッコまれ、赤い衣装の少女に冷静に分析されて、ラブがナハハ~、と頭を掻く。さっき踊っていた時とはまるで違う、まさに同年代の少女たちの他愛もない一幕。その光景に、アイドルたち三人の緊張が、嘘のようにほぐれていく。
「じゃあ、改めて――桃園ラブです」
「蒼乃美希です」
「ブッキーこと、山吹祈里です」
「東せつなです」
 四人の自己紹介が終わる頃には、三人とも笑顔になっていた。
「今のダンス、素晴らしかったです! 動画では何度も観ていたんですけど、やっぱりライブはすごい迫力で、心キュンキュンしてます!」
 キュンキュンが興奮気味に、身振り手振りを交えて語る。
「四人の動きが完全に揃ってますよね。どうすれば、あんなにぴったり合うんですか?」
 ウインクも身を乗り出すようにして四人に問いかける。そんな二人に、クローバーの四人は互いに顔を見合わせてから、にこやかに首を横に振った。
「ううん。最後の仕上げは、まだこれからかな~」
「えっ?」
 意外な言葉にウインクが目を見開く。キュンキュンもポカンと口を開けた。
「サビの部分の振り付けをね、もう少し変えようかって今話してたの」
「あなたたち三人の歌とダンスを、もっと盛り上げられないかなって」
「リハーサルはまだこれからでしょう? だから最後の最後まで、精一杯がんばりたいの」
 口々に語る仲間たちを、ラブが誇らしげに見回す。アイドルは、少し俯き加減で四人の話を聞いていたが、やがて恐る恐る口を開いた。
「ありがとうございます。そこまで真剣に考えていただいて、何だかその……もったいないっていうか……」
 しばらく言葉を探してから、アイドルが思いきった様子で言葉を続ける。
「あの……皆さんのダンス、本当に凄くて……。こんな凄い方たちに、わたしたちのバックダンサーをやっていただいて、本当にいいんでしょうか……」
「もちろんだよぉ!」
 底抜けに明るい声が、力強く即答した。ラブが、さっきと同じ花が咲いたような笑顔で、アイドルの顔を覗き込む。そしてさらに何か言おうと口を開きかけた、その時。
 快晴だった空が、急にどんよりと暗くなった。
「見つけたぜ、プリキュア」
「今日こそ決着をつけてやりますぞ」
「お嬢ちゃんたち、覚悟するんだね」
 ステージの上空に、チョッキリ団の三人――ザックリー、カッティー、チョッキリーヌが現れる。
「もう! こんな大事な時に……」
 アイドルはそう言いかけて、思わず言葉を飲み込んだ。
 彼らが三人揃って現れたのは、これが初めてではない。だが、今回はその時とは明らかに様子が違った。三人から放たれる闘気と殺気が凄まじい。ギロリと睨まれただけで肌がピリピリして、思わず身体が震えそうになる。
「「「クラヤミンダー!!!」」」
 不意に、真っ黒なステージライトの体を持った三体の怪物が出現した。観客席の椅子をバキバキと踏み壊して、ステージに迫って来る。それを見た途端、覚悟が決まった。
「皆さん、早く逃げてください!」
 ラブたちにそう叫ぶや否や、アイドルたちがステージから飛び出す。
 クローバーの他にも、リハーサルの準備をしているスタッフたちがステージ上や舞台裏に数多く居るのだ。全員が逃げるまでは決してステージに近づけまいと、一人一体を相手にして渾身の拳を叩きつける。
「プリキュア! 頑張るプリ~!」
 プリルンの声が響く。
 だが、クラヤミンダーはダメージを受けた様子もなく、無造作に三人を地面に叩き落とした。
 アイドルが瞬時に跳ね起きて、仲間たちに呼びかける。
「ウインク、キュンキュン、三人で行くよっ!」
「残念だけど、そうはさせないよ」
 だが、その声をチョッキリーヌの低い声が遮った。
 両手の人差し指と中指を立て、ハサミのように構えるカッティー、ザックリー、チョッキリーヌ。そんな彼らの両手に、不気味な赤黒い気が絡みつく。
「カッティーング」
「ザックリ行くぜ」
「チョキッとね」
 その途端、巨大なハサミの刃が閃光のように走ったかと思うと、三人の間に赤黒い壁が出現した。
最終更新:2025年05月14日 19:54