『コラボステージ! アイドルプリキュア&クローバー!』第4話
 突如、アイドルの左右に赤黒い壁が出現した。それはステージを分断してどこまでも長く続き、どこまでも高く聳えている。まるで暗い牢獄に、アイドルを閉じ込めるかのように――。
「ウインク! キュンキュン!」
 両隣に居るはずの仲間に大声で呼びかけるが、答えは無い。一瞬たじろいだアイドルだったが、すぐにギュッと両手の拳を握った。
 壁に向かってダッシュしながら、左胸のアイドルハートブローチに右手でタッチ。そのまま右拳を振り上げて壁に突撃する。
「アイドルグーターッチ!……あれ?」
 振るった拳にまるで手応えがなくて、アイドルが目をパチパチさせる。試しに蹴りを放ってみても、まるで空気を蹴っているかのように何も感じない。
 よく見ると、それは壁ではなかった。赤黒い靄のようなものが分厚い層となり、壁のように広範囲を覆っているのだ。
「なぁんだ、じゃあこれを超えれば……って、あれぇ!?」
 アイドルが靄の中に足を踏み入れようとして、再び驚きの声を上げる。
 何度やっても靄の中に入れず、そこから先に進めない。少し後ろに下がって勢いをつけて飛び込もうとしても、まるで見えない何かに押し戻されるように、どうしても赤黒い障壁を超えられない。
「何なの? これ……。あ、そうだ!」
 少し前に、三体のマックランダーと戦った時のことを思い出した。あの時ウインクがやったのと同じように、インカムを通して仲間たちと連絡を取れれば――そう思ったのだが、何故かどんなに念じても、インカムが出現しない。
「どうすればいいの……?」
 孤独感が、まるで大波のように押し寄せて来た。ブン、と頭を一つ振ってそんな不安を払いのけ、もう一度声を張り上げる。
「ウインク! キュンキュン! 返事をして!」
「無駄ですぞ」
 不意に、中空から無機質な声が響いた。チョッキリ団の一人・カッティーが、腕組みをしてアイドルを見下ろしている。
 彼の服に描かれた大きなハサミの模様からは、障壁と同じ赤黒い不気味な気が立ち昇っていた。ギョロリとした大きな目でアイドルを睨みながら、カッティーが言葉を続ける。
「ダークイーネ様のお力で、空間をカッティーングしたのですぞ。これでおぬしらはバラバラ……。今日こそお終いですぞ!」
「空間をカッティングって……うわっ!」
 呆然と呟いたアイドルが、次の瞬間、大きく跳び退った。
「クラヤミンダー!」
 さっきの三体のうちの一体、ステージライトのクラヤミンダーがステージに躍り上がり、さっきまでアイドルが立っていた床を、拳の一撃で破壊する。そして、敵を取り逃がしたとわかるや否や、カチャリと音を立てて、顔の部分の巨大なライトを点けた。
 クラヤミンダーの光が、アイドルを探してステージの上を照らす。すると光の当たった部分が灰色の砂になって、サラサラと崩れ出した。
「やめて! ステージを壊さないで!」
 アイドルが思わず叫ぶ。声の方へと顔を向けるクラヤミンダーの光を、ある時はジグザグに走り、ある時はジャンプして避けつつ、怪物の本体に迫る。
「はぁぁっ!! キャア!」
 だが、足元を狙った蹴りは、クラヤミンダーをわずかにぐらつかせただけだった。すかさず怪物の後ろに回って背中を殴りつけるが、怪物に振り向きざまに叩き落とされる。全身を打ちつけて、すぐには立ち上がれないアイドル。そんな彼女に、クラヤミンダーがライトを向ける。
「さあ、これでとどめですぞ!」
 カッティーが勝ち誇った声を上げた、その時。ステージ上に軽快な音楽が――キュアアイドルのソロ曲『笑顔のユニゾン♪』が、大音量で響いた。
「うっ……」
 カッティーが低い呻き声を漏らし、耳を塞ぐ。今にも光を放とうとしていたクラヤミンダーも力なくよろめいて、一歩、二歩と後ずさった。
 その隙に、アイドルはステージ上をゴロゴロと転がってクラヤミンダーから距離を取る。そして警戒しながら立ち上がったところで、誰かに後ろからグイっと手を引っ張られた。
「えっ?」
「早く。こっち!」
 アイドルは手を引かれたままステージから飛び降りる。そしてカッティーとクラヤミンダーが音楽を止めようと慌てている隙に、客席後方にあるテントの中に転がり込んだ。
 黒幕で囲まれたテントの中には、幾つもの機材が並んでいた。アイドルはまだ知らないことだが、ここは照明や音響の操作を行うための仮設ブースだ。
「あの……ありがとうございます。助かりました!」
 薄暗いテントの中で、アイドルはようやくホッと息をつくと、ここまで連れて来てくれた人物――ラブに向かって頭を下げた。どうやらラブが、ダンシングポッドをスピーカーに繋ぎ、音量を最大にして流したらしい。
「ううん。ちゃんと音が出て良かったよぉ!」
 ラブは明るい声でそう言うと、アイドルの顔を見つめて、大きな目をキラリと輝かせた。まるでお日様みたいな笑顔に、アイドルはすっと心が落ち着くのを感じる。
(ラブさんも、逃げずにずっと近くに居てくれたってこと? わたしが戦ってるところを見てた? でも……さっきまであんなに危ない状況だったのに、この人、全然動じてない)
 咄嗟の機転。的確な救出。それにこんな時なのに、堂々とした明るい口調――。
(まるで戦い慣れてるみたい……。この人、ただのダンサー、じゃない?)
 アイドルがそんなことを思うのと、ほぼ同時に、ラブは真っすぐに言った。
「やっぱりあなたたち、プリキュアなんだねっ」
「えっ!? ラブさん、プリキュアのこと知ってるんですか!?」
「うん。実はあたしたちも、プリキュアだったんだ」
「えぇぇっ!?」
 二重に驚いたアイドルが、うっかり大声を上げかけて、慌てて口を押える。そんなアイドルの様子を、ラブはニコニコと見つめる。
 ラブたち四人は、ダークイーネたちとは別の組織との戦いに身を投じていたのだという。今はそれぞれの生活に戻り、それぞれの夢を追いかけながら、四人でダンスをする時間をとても大切にしているのだと、ラブは言った。
「凄い……。みんなの笑顔を守ったんですね」
「アイドルたちも今、そのために戦っているんでしょ? みんなで幸せ、ゲットするために」
 ラブの問いかけに、はい、と答えようとして、アイドルがチラリとラブの顔を見る。その途端、思わず涙が溢れそうになって、アイドルはグッと唇を噛みしめた。
 ラブは、穏やかな笑顔でアイドルの顔を見つめていた。その慈愛に満ちた暖かな眼差しに、張り詰めていた気持ちが緩んだのだろう。
「わたしたちの歌で、みんなをキラッキランランにしたい。そう思ってるのに、わたし、今日初めて不安になったんです。本当に、わたしにそんなこと、出来るのかなって」
 アイドルが、心の内をポツリポツリと話し始める。
「でも、ウインクとキュンキュンと一緒ならきっと出来るって、三人一緒にやっていきたいって、そう思ってるんです。それが、こんな風にバラバラになっちゃって……」
「やっぱり来てよかった」
「え?」
 囁くようなラブの言葉に、アイドルが驚いて顔を上げる。ラブは、涙に濡れたアイドルの目を真っすぐに見つめ、穏やかな声で語り始めた。
「その気持ち、凄くわかるから。あたしも、みんなに笑っていてほしかったんだ。あたしなんてドジだし頭悪いけど、だから最後まで頑張ろうって思った。あなたたちの歌を聴いた時も、同じものを感じたの。だから、何かお手伝いが出来ないかな~って思ってね。“プリキュア”って名前だから、ひょっとして……って気持ちも、もちろんあったけど」
 そう言いながら、ラブが膝に置かれたアイドルの手に、自分の手を重ねる。
「ウインクもキュンキュンも、きっとアイドルと同じ気持ちだよね? だったら絶対に大丈夫! こんなことで、仲間はバラバラになったりはしないよっ」
 薄暗いテントの中で、ラブは明るくそう言い放って、ニッコリと笑ってみせた。
最終更新:2025年05月17日 21:14