アットウィキロゴ

赤い翼の輪舞曲 第2話――新たなる戦い(前編)――




 太古と呼ばれる昔、世界に争いはなかった。

 原初の生物は、集合離散を繰り返し、環境に適した能力を手に入れていく。

 あるモノは酸素を熱エネルギーに変え、あるモノは太陽光線から栄養分を合成する能力を身に付けた。
 細胞分裂で増殖したり、子孫を残すため卵を生む能力を作り上げたモノもいた。
 核融合と呼ばれる現象で、それらは再び一つになる。
 融合前のそれぞれの特性を引き継ぎ、両方の能力を持った一つの生命となる。

 分裂・融合から、繁殖へ。生命は更なる進化を遂げる。
 やがて、自我を持った知的生命体が誕生した。

『個』の発生。それは、争いの時代の幕開けでもあった――



“力が、足りない……”

“この先に、強い力の存在を感じる”


 夜明け前、まだ薄暗い上空を、流星が切り裂くように飛来する。
 秒速にして、数十キロは出ているだろうか。
 上層大気の分子と衝突して、プラズマを放ちながら、大火球となって地上を目指す。

 それは、四つ葉公園の湖の中央に落下した。
 人気のない公園に、突如舞い降りた異変。
 着水の衝撃によって圧縮された湖水は、その反動で、巨大な水柱となって吹き上がる。
 繋いであった無人のボートは、水飛沫と一緒に岸に打ち上げられる。
 一瞬後に、爆音が響き渡る。音速では、流星の速度に付いていけなかったのだ。
 これが街中ならば、大惨事は免れなかったであろう。しかし、時間と場所が幸いし、程なく公園は元の静けさを取り戻した。

「我が名はフュージョン。全ての意思を統合し、人類を完全なる生命体に導く存在。そのために――力が必要だ」

 やがて、湖の淵から粘性の物体が這い上がる。
 半透明の流体状の生物で、不規則に形を変えながら公園の林道を這うように進む。

 迷うことなく、街の一点を目指して――






『赤い翼の輪舞曲――新たなる戦い(前編)――』






 襲い来るメビウスの分身。それらは、一つ一つが国民の管理データーでもあった。
 キュアエンジェルが、そして、ウエスターとサウラーが、次々と打ち破り、プログラムを開放していく。

「あ……私は今まで一体なにを?」
「きっと、プリキュアを応援してたのよ」
「そうだ、プリキュアは今も戦っている。僕たちにできることは……」

 支配を解かれたラビリンスの国民は、自由な意思を取り戻す。
 跪いていた足を真っ直ぐに伸ばし、伏せていた目を爛々と輝かせる。

『プリキュア!!』

「プリキュア~、がんばって~!」
「がんばれ! プリキュア~」
「お姉ちゃん、負けないで~」

 ラビリンスの人々の応援は、祈りは、願いは、キュアエンジェルの力となって世界を照らす。
 ホワイトハートは、みんなの心。

「想いよ、届け! プリキュア・ラビング・トゥルーハート・フレッシュ!!」

 まばゆい光が、視界を覆いつくす。

 ――――――――――――――――
 ――――――――――――
 ――――――――
 ――――






「まぶしい……。夢を――見ていたのね」

 せつなの部屋の窓から朝日が差し込む。少し寒かったが、昨夜はカーテンを閉めずに眠りに就いた。
 後、数日で、この街の景色ともお別れすることになる。そう思うと、窓から覗く星空すらも、隠すのが惜しくなったのだ。

 今日は、ダンス大会の決勝戦が行われる日。ラブたちに、別れを告げる日でもある。
 このタイミングで、あの時の夢が見られたのは、良かったのかもしれない。

 せつなは、イースは、この街の人々が自分の故郷を大切にするような、そんな想いをラビリンスに対して抱いているわけではない。
 イースが誇りに感じていたのは、自分がメビウス様の下僕であることだけ。
 メビウスは公平な支配者であり、全てのパラレルを等しく治めようとしていた。ラビリンスという国家を、繁栄させるための侵略ではなかったのだ。

『全ては、メビウス様のために』

 その言葉が指し示すように、イースはラビリンスのために戦っていたわけではないし、ラビリンスの国民を同胞として愛していたわけでもない。
 最終決戦でラビリンスに向かったのも、シフォンを取り戻し、四つ葉町に降りかかる災いの元を断つのが目的であり、故郷を救いたいと思う気持ちはなかった。
 強いて言えば、(ウエスターとサウラーを自由にしてあげられるかもしれない)そんな期待があった程度だった。

 実際に、ラビリンスの人々の笑顔を見るまでは――

(ラビリンスの子供たちも、こんなに嬉しそうに笑えるのね)

 イースが変われたように、ラビリンスの人々も変わることができる。
 笑顔になれる。幸せになれるのだと知った。

(私の名はイース。ラビリンスのイース。メビウス様の下僕でなくなっても、それは変わらない)

 一つ一つ、やり直すって決めた。精一杯頑張るって誓いを立てた。
 ラブたちと離れたくない。ここで一緒に暮らしていきたい。
 でも、そんな感傷でこの平和な街で幸せに浸るのは、自分の精一杯ではないのだろう。

(大したことはできなくてもいい。ささやかでも、ラビリンスの人々を笑顔に変える手伝いができるのなら――)

 自分だって、ラビリンスで幸せになれるかもしれない。

 せつなは、パジャマを脱いでベッドの上に折り畳む。
 下着姿になり、真っ白な肢体が、朝日を反射してキラキラと輝く。
 洋服に着替えて、姿見に微笑みかける。その笑顔は、やっぱり少し固かった。

「せ~つなっ! おかあさんが、朝ご飯だってさ」
「きゃあ! もう、急に入って来ないで」

「ゴメ~ン。えへへ、今日はうんと楽しもうね!」
「もちろん、精一杯頑張るわ!」

 突然のラブの来訪、いや、乱入のお陰で、さっきまでの神妙な気持ちがどこかに失せてしまった。
 でも、その分だけリラックスできた。

「これで最後だから……。今日は、最高の一日にしてみせる」

 鏡に映る自分に向かって、今度こそ明るく笑ってそう言い聞かせる。
 身支度を整えたせつなは、ラブを追ってリビングへと向かった。

「しっかりね、ラブ、せっちゃん。わたしたちも後から応援に行くから」
「うん! バッチシ、優勝ゲットするからね!」
「あの、おかあさん」

「どうしたの? せっちゃん」
「……ううん、なんでもない。精一杯、頑張ってきます!」

 せつなの表情に、もう迷いはなかった。
 そう。後は、精一杯頑張るだけなんだから――






 ダンスコンテストの全国大会が再開される。その決勝ステージである、四つ葉ライブハウスが熱気に包まれる。
 ダンスブームの火付け役である“トリニティ”を始めとして、幾多のプロダンサーを輩出してきた権威のある大会であった。

 著名な審査員の中に混じって、特別審査員のミユキ・ナナ・レイカの姿もあった。
 厳しい予選で絞り込んだ後だけに、出演ユニットの数は多くない。
 しかし、そのレベルの高いダンスを一目見ようと、会場のキャパシティを超える数の観客が詰めかける。
 街に平和が戻ったことで、みんな浮かれていたのだ。特にダンスは、目の敵のようにラビリンスから標的にされた経緯があった。
 もう、その心配もなくなった。追加販売した当日チケットも完売し、その熱気と盛り上がりようは、コンテストというよりもコンサートの域に達していた。

「次は、オーロラウェイブです」

 司会の紹介と共に、二人組みのユニットがステージに登場する。
 個々の技量が抜群に高い上に、ペアユニットだけあって息が完璧に合っている。
 一人はパワフルで躍動感たっぷりで、もう一人は繊細で情緒的で、互いに無い部分を補い合い、高めあう。

「素敵ね、まさに完璧だわ」
「たった二人で、あれだけのことができるなんて」
「ええ。その分だけ、強い絆を感じるわ」
「そうだね。だけど、あたしたちのダンスは四人だから意味があるの」

 次のユニットが登場する。

「二度目の参加となります。スピリチュアルの皆さんです」

 ユニット名のイメージ通り、神秘的な演技が審査員を唸らせる。
 曲調から振り付けのモーション、指一本の動作まで全てが可憐で、まるで妖精の舞を見ているかのようだった。

「そして、今大会の優勝候補! メタモルフォーゼの登場です!」

 トリニティと同じ、女性三人編成のユニットだった。前年度の大会では、僅差で準優勝に甘んじた。
 披露するダンスは、トリニティのカバー曲だった。
 本家が降臨したかのような完璧な再現を見せたかと思えば、鮮やかなアレンジでオリジナルに無い魅力を演出する。
 繊細にして大胆。基本を押さえつつも、同時に奇抜でもある。その変幻自在の表現力は、まさしくメタモルフォーゼの名に相応しかった。

「完璧ね。これが、ポスト“トリニティ”の実力ってことか」
「うん。でも、わたしたちのダンスも楽しんでもらえるって、信じてる」
「ええ、精一杯頑張りましょう」
「美希たん、ブッキー、せつな。今まで、ありがとう」

「どうしたのよ、ラブ。まるで、これが最後みたいな言い方して」
「ラブ、もしかして……」
「えっ? どうかしたの? せつなちゃん」
「なんでもないよ。ただ、一度ちゃんとお礼が言いたかったの」

 スタッフの一人が、クローバーの出番が来たことを告げる。

「さあ。みんな、行くよ!」
「オーケー!]
「うん!」
「ええ!」

「今大会、ラストを飾りますのは、クローバーの皆さんです!」

 青色・赤色・桃色・黄色。愛らしいコスチュームに身を包んだクローバーがステージに並ぶ。
 一礼した後、ラブが観客に手を振って微笑みかける。
 伴奏に乗って、ラブからクローバーに、そして観客に、笑顔の花が広がっていく。
 イメージは、太陽の降り注ぐ幸せの街。みんなで手を取り合って、仲良く明日に向かって歩いていく。

 曲が始まって程なくして、審査員のペンを動かす手が止まる。
 ダンスは人数が多いほど、迫力が増して魅力が上がる。だからこそ、採点は加点法ではなく減点法を用いて行われていた。
 メンバーが増えるほどに、タイミングを合わせるのが難しくなり、ミスが増える。わずか四人のクローバーが、メンバー最多のユニットとなった理由もここにあった。
 それでも、この一時だけは加点方式で採点したい気持ちに駆られる。いや、評価なんて捨てて、観客として楽しみたい。それが居並ぶ歴戦の審査員たちの、偽らざる本心だった。

 技術力、表現力、それらは他のユニットと比べれば、いくらか劣るかもしれない。
 しかし、決定的に違うことがあった。

(こんなにあたたかい、幸せな気持ちにさせられるダンスなんて、見たことがない)

 彼らが評価を止めたのは当然だった。クローバーは、審査など受けていなかったのだから。
 彼女たちの心を占めていたのは、この場に居る人たちへの、この街の人たちへの、愛情と感謝の気持ち。
 ダンスが好きで、仲間が好きで、一緒に踊れることへの喜びの気持ち。
 勝つことなんて、競うことなんて、自分たちの評価なんて、曲が始まると同時に忘れてしまっていた。

「眩しいくらいに綺麗なダンスね」
「私たちにも、あんな頃があったのかしら?」
「どうかしらね。ともかく、わたしの目に狂いはなかったわ」

 師にして憧れのユニット、トリニティが見守る中、曲が第二パートに入る。
 審査員たち、他の出場ユニットのダンサーたち、そして、将来のスターの誕生を期待して集まった観客たち。
 立場の違う、目的の違う、想いの違う人々の心が、今、この一瞬だけ一つになる。
 あと少し、このダンスが終わるまで、瞬きすらも惜しんで楽しもうと。

 しかし、その願いを断ち切るかのように、暗い影がダンス会場を覆いつつあった。



最終更新:2013年02月17日 09:49