赤い翼の輪舞曲 第3話――新たなる戦い(後編)――
“見つけたぞ……。私が必要とする――強い力を!!”
今年のダンスの全国大会決勝戦は、かつてないほどのハイレベルの激戦となった。
コンテスト会場では、最終組のユニット“クローバー”の演技がクライマックスを迎えようとしていた。
人々がステージに夢中になっている中、その上方の換気ダクトから、氷柱のように細長い物体が伸びてくる。
不気味に蠢き、ウニウニと太さや長さを変化させる。固定した形状を持たない、原生生物の一種であるかのようだった。
身体は半透明の鉛色で、粘性の体組織を持ちつつも、鏡のような金属光沢を放っていた。
“その力を、よこせ!!”
横一列に並んで踊っていたクローバーの、その中央に降下する。
帯状に細長く伸びていたソレは、今度は球状となって膨張と収縮を繰り返す。
先ほどから聴こえていた、不思議とよく通る低い声は、この生物から発せられたものと考えて間違いない。
見たところ発声器官は無いため、体表を震わせ、空気を振動させて音を伝えているのだろう。
緊急事態を受けて曲は鳴り止み、クローバーの四人は警戒しながらこの物体を取り囲む。
ようやく現状を把握した観客は、悲鳴を上げて一斉に出口を目指した。
「どうして!? またラビリンスなの?」
「奴らは、プリキュアが倒したんじゃなかったのか?」
スタッフたちは、迅速に避難の誘導に回る。
彼らは、この一年のラビリンスの襲撃で、訓練の必要もないほどにその方面に熟達していた。
「私たちも逃げるわよ! ミユキ」
「あと、少しだったのに……」
「もうっ! なんでダンスばっかり狙われるのよ!」
しかし、これまでの襲撃とは明らかに異なる点があった。
謎の物体は、逃げ惑う観客たちには、まるで興味を示さなかったのだ。
『赤い翼の輪舞曲――新たなる戦い(後編)――』
“力を――見せろ!!”
球状の物体は、人型に変化してラブたちに襲いかかろうとする。
その時、リンクルンを抱えたタルトが、ドタドタとステージに駆け上がって来た。
「みんな、ソイツが何者か知らんけど、ここは変身して戦うんや!」
タルトが四人の携帯を放り投げる。弧を描いて飛び、リンクルンはそれぞれの持ち主の手に収まった。
まるでそれを待つかのように、人型の物体は動きを止めて静観していた。
「ありがとう、タルト! みんな、行くよ!!」
「うん!」
「オーケー!」
「ええ!」
“チェインジ・プリキュア・ビートアップ”
変身のキーワードを唱える。光は爆発的に膨れ上がり、周囲が知覚できない程の眩い光体となる。
それぞれが四色の光に包まれて、走り――滑走し――降下し――潜水する!
変身のプロセス。聖なる儀式。そして――生まれ変わる。
刻の制止した電子の世界。優しさに満ちた心を戦う力に変える。守りたいものがあるから強くなれる。
精神力の物質変換。想いを貫く勇気が、可憐な闘衣となって少女たちを包む。
愛・希望・祈り・幸せ。四人の心が胸のクローバーに宿る。
みんなで幸せになるために!
光が収まり、伝説の戦士が姿を現す。
“ピンクのハートは愛あるしるし! もぎたて! フレッシュ! キュアピーチ!”
“ブルーのハートは希望のしるし! つみたて! フレッシュ! キュアベリー!”
“イエローハートは祈りのしるし! とれたて! フレッシュ! キュアパイン!”
“真っ赤なハートは幸せのあかし! 熟れたて! フレッシュ! キュアパッション!”
「「「「Let's! プリキュア!!」」」」
ピーチたちは、未知の敵に相対して油断なく構える。
「あなたは誰? 何の目的でここに来たの?」
その物体は、流体状の滑らかな体表をざわざわと波立たせながら答える。
「私の名はフュージョン。全ての意思を統合し、人類を完全なる生命体に導く存在。そのために、お前たちの力が必要だ」
「全ての意思を統合って、どうやって!?」
「そもそもどこから来たのよ? メビウスはもう滅んだのよ」
「違うっ! こいつは、ラビリンスで作られた存在じゃないわ……」
「想像を遥かに超えて宇宙は広く、生命はまばらにしか存在しなかった。私の目的を果たすためには、お前たちの持つ移動能力が必要となる」
フュージョンはそう宣言すると、片腕を真っ直ぐにキュアパッションに向ける。
指がスルスルと伸びて、五本の触手となる。途中で一旦停止すると、狙いを定めて槍のように突き立ててきた。
「パッション!」
「危ないっ!!」
パッションは身体を捻ってその攻撃を回避する。しかし、ステージを刺し貫いた指は、今度は柔軟性を伴った鞭となって追撃をかける。
剛から柔へ。直線から曲線軌道へ。
決まった形を持たない流体物質の身体は、どのような形状をも取ることができる。
たちまちパッションは、逃げ場のない部屋の隅へと追い詰められた。
「これで終わりだ!」
「そんなことはっ!」
「させないっ!」
「だあぁぁ――!!」
キュアベリーとキュアパインの、ダブル・プリキュア・キックが左右から飛び、フュージョンの両肩に突き刺さる。
キュアピーチは、パッションを庇うように正面に立って、渾身の拳を胸部に叩き込んだ。
「なっ!?」
「あっ、足が……」
「抜けない!?」
『きゃあぁぁ!!!』
ベリーとパインの足が、フュージョンに突き刺さったまま抜けなくなる。ピーチの腕も体内に取り込まれる。
皮膚がざわつくような悪寒が三人を襲う。しかし、すぐに開放された。
それはフュージョンの意思ではなかったらしく、自らの身体を不思議そうに眺めている。
「なるほど、特殊な力に守られているようだな」
「うっ……腕が痺れて、力が入らない」
「今、融合って言ったわね?」
「じゃあ、全ての意思を統合するっていうのは……」
「そうだ。全ての世界の人間と私は一つになる。争いも、憎しみもない、完全な生命体となるのだ」
フュージョンは、動けないピーチ、ベリー、パインを無視して、パッションに歩み寄る。
簡単には吸収・融合できないと見て、先ずは、目的である移動能力を持つ相手だけを標的と定めたのだろう。
「ダメッ! 逃げて、パッション!!」
「無駄だ。もう逃げ場などない」
フュージョンは、全身から無数の触手を飛ばしてパッションに襲いかかる。
左右と背後を壁に挟まれ、逃げ場のないはずのパッションは、しかし、フッっと不敵に笑った。
「そうね。あなたの目的を知った以上は、逃がすわけにはいかないわ。もう、やられたフリはお終いよ!」
硬質化した触手が、弾丸のような速度でパッションを貫く。
貫いた――はずだった。
しかし、フュージョンの目に映るのは、自分の攻撃で砕け散ったコンクリートの瓦礫のみ。
次の瞬間には、背後に強い衝撃を受けて前のめりに転倒した。
「様々な人々が、手を取り合い共に生きることによって、人は幸せになれるの。あなたの考えはメビウスにも劣るわ。なら、ここで倒してみせる!」
流体とはいえ、何らかの形状を保つ以上は、それを支える力場や強度が必要となる。
形状を変化させるには、一瞬の準備時間を必要とするのだ。
パッションはその隙を与えず、瞬間移動を使って死角から攻撃を繰り出す。
息もつかせぬ連続攻撃は、肉体を取り込む時間すら与えず、フュージョンに確実にダメージを与えていった。
「これで止めよ!」
“キ――!”
アカルンがリンクルンから飛び出して跳ねる。
パッションは、華麗に宙を舞いながらホイールを回す。
ディスプレイから光のエネルギーが飛び出し、ハープを形作る。胸の四つ葉から生まれたハートのコアを取り付ける。
“歌え! 幸せのラプソディ! パッションハープ!”
“吹き荒れよ! 幸せの嵐!”
ハープの弦を弾く。神秘的な旋律が鳴り響き、周囲に真っ白な羽が出現する!
高く掲げたパッションハープ。勝利への願いと共に、上昇気流に乗って天使の羽が舞い踊る!
“プリキュア・ハピネス・ハリケーン”
両手を広げ、美しく回転する。プリキュア唯一の空間制圧攻撃。
握られたハープからは無数のハート型のエネルギーが生まれ、羽と共に敵を包み込む。
舞う――踊る――回る――
(なっ! これは――力が吸収されていく!?)
飛び交うハートのエネルギーと真っ白な羽。そして、渦巻く暴風のエネルギーまでもが、フュージョンに吸い取られていく。
技が終わった後には、力を奪われて蒼白となったパッションと、更に存在感を増した無傷の敵の姿があった。
「なかなか素晴らしい力だったぞ、プリキュア! 次はその瞬間移動とやらをいただこうか」
「誰が……渡すものですか!」
「そんな……パッションの攻撃が通じないなんて」
「直接攻撃もダメ、必殺技もダメ。これじゃあ、戦いようがないじゃない!」
「まだ……まだだよ! ベリー、パイン、走れる? グランドフィナーレ行くよ!」
「もう足は平気よ。でも……」
「それも、吸収されるかもしれないよ?」
「なるほど、吸収しきれないくらい強い力をぶつけるってことね?」
「うん。一か八かになるけど、他に方法がないの。ナケワメーケとは違う。ここでコイツを倒せなかったら、街の人たちが……」
「わかったわ。やりましょう!」
「きっと上手くいくって、わたしも信じる」
「みんなのハートを一つにするよ! クローバーボックスよ、あたしたちに力を貸して!!」
ピーチの手が高らかに挙がる。その背後に、巨大な光の柱が現れる。
“プリキュア・フォーメーション! レディ――! ゴォォ――ッ!!”
ピーチの両手が胸を抱き、大きく左右に広げられる。
直線状に並んだ四人が走る。勝利を目指してスタートを切る。
「ハピネスリーフ・セット! パイン!」
パッションの想い。幸せを願う気持ちが一枚の光葉となり、空を駆けパインに届く。
「プラスワン・プレアリーフ! ベリー!」
パインの想い。祈りの力、信じる力が光葉となり連なっていく。弧を描いてベリーに届く。
「プラスワン・エスポワールリーフ! ピーチ!」
ベリーの想い。希望を持ち続ける強さが、三枚目の光葉となって繋がれる。虹を描いてピーチに届く。
「プラスワン・ラブリーリーフ!」
ラブの想い。無限の愛が最後の一葉に宿る。
「幸せ」「祈り」「希望」「愛情」四つの力が集う時、「真実の力」が生まれる。四葉の伝説が今、ここに現実のものとなる。
“ラッキークローバー・グランドフィナーレ!!”
四葉から顕現した聖なる宝玉が、フュージョンを封じ浄化する。
「なるほど……凄まじい力だ」
光の粒子が収束していく。その全てを吸収して、フュージョンは膨らんでいく。
巨大なエネルギーを消化しきれず、風船のように丸くなったフュージョンの身体から、亀裂が入り、浄化の光が零れだす。
「今だよっ!」
「「「「はぁぁぁぁ――!!」」」」
やがて、フュージョンの体内を駆け巡った光は収まり、破裂音を残して砕け散った。
フュージョンの身体ではなく、封印していた宝玉の方が――
「嘘でしょ……」
「グランドフィナーレまで通じないなんて……」
ベリーとパインが膝を付く。二人とも、相当に無理をしていたのだ。
パッションは俯いて唇を震わせ、ピーチは固く拳を握り締める。
「予想以上の攻撃だった。同じ浄化属性のハピネスハリケーンを吸収していなければ、私とて耐え切れなかっただろう」
「そんな、私のせいで……」
「だあぁぁ――!!」
万策尽きたピーチが、玉砕覚悟でフュージョンに殴りかかる。
しかし、続けて二つの技を吸収し、大幅に強化した身体には、わずかばかりのダメージも通らなかった。
「どけ! お前たちは後から私の一部に加えてやろう」
フュージョンが無造作に腕を振るう。その一撃で、ピーチはゴムボールのように弾き飛ばされる。
壁に叩きつけられる寸前に、パッションが瞬間移動を使って受け止めた。
しかし、それはフュージョンの罠だった。
助けに来るとわかっていれば、予測して捕らえるのは容易い。
片腕から伸ばした五本の触手が、パッションの身体を絡め取って引き寄せる。
「恐れることはない。お前の身体は私の一部となり、記憶と人格も一つに解けて交ざり合う。死ではなく融合。故に私はフュージョンと名乗るのだ」
「言ったはずよ、お断りだって!」
パッションは、身体をくねらせて懸命に抵抗する。しかし、ビクともせずに、徐々にフュージョンの体内に取り込まれていく。
激しい悪寒が全身を駆け巡り、苦しげな悲鳴がパッションの口からこぼれる。
「パッションを……離して……」
「アタシが……相手よ。まだ戦えるわ!」
「もうやめて! 全てを吸収して、一人だけになってどうするの?」
「孤独か、そんなものは私とは無縁だ。この身は完全な生命体であり、全ての意思を内包しているのだ」
「お前たちも、この後すぐに吸収してやる」そう言って、フュージョンはパッションを完全に体内に取り込んだ。
その時、異変が起こった。
フュージョンが、突然苦しみ出して悶絶する。その体内から、幾筋もの閃光が奔る。
光源は、パッションの腰に付けられているリンクルンだった。
ピーチと、ベリーと、パインのリンクルンも、同じように光を放つ。
そして、リンクルンを通じて、フュージョンの体内に居るパッションの声がみんなに届いた。
「離れていても、心は繋がっている。私たちは、いつだって四人。そう教えてくれたのは、あなたたちだったわね」
苦しそうな、くぐもったパッションの声に、三人は言葉を返すこともできなかった。
「だから、私は大丈夫。――この街のことは、お願いね」
それを最後に、パッションからの交信が途絶える。フュージョンの身体から、煌くような赤い閃光が放たれる。
その光が収まった後には、フュージョンの姿は消えて無くなっていた。
パッションと、そのリンクルンの中のアカルンと共に……。
後に残るのは、廃墟と化したライブハウスと、呆然と立ち尽くすピーチとベリーとパインの姿だけだった。
「まさか、瞬間移動したの? アタシたちを救うために?」
「嘘よっ! アカルンの力は、悪意の働いている空間や、悪意のある者と繋がっている間は、働かないって言ってたもの……」
「どこに……行っちゃったの? せつな……せつな……せつなぁ~!!」
ピーチの悲痛な叫びが、無人のコンサートホールに響き渡る。
幸せの溢れる四つ葉町を、静かにしておきたくて、自ら去ろうと心に決めた。
困っている人々の力になりたくて、故郷に戻ろうと決意した。
そんな二つの願いの、たった一つだけを叶えて、せつなはこの世界から姿を消した。
最終更新:2013年02月17日 09:52