アットウィキロゴ

赤い翼の輪舞曲 第4話――ひとつながりの世界――




 半透明のフュージョンの体躯、その胴体の中心部にパッションは取り込まれていた。
 意識はハッキリしているが、身体がまるで動かない。高密度の体液は、強烈な水圧となって彼女の全身を締め上げる。
 端から見れば、化け物の臓器の一部にでもなったかのようだった。それも、残りわずかの時間でしかない。
 やがては溶けて混ざり合い、吸収されてしまうのだろう。

 濁った視界に映るのは、瓦礫の山と化した無人のライブハウス。
 もう、何度繰り返したことだろう?
 幾多のダンサーの夢を打ち砕き、大勢の観客の笑顔を恐怖に染めてしまった。
 イースとして、この手で壊したこともあった。プリキュアになって守ろうとして、力及ばなかったこともあった。
 そのどちらも、自分が招いた災厄という意味では、大差ないのかもしれない。

 どうして、こんなことになったんだろうと思う。
 とても平和な世界だった。笑顔と喜びに満ち溢れた街だった。
 ラブたちにしてもそうだ。優しい人々に囲まれて、戦いとは無縁の、楽しい日々を送ってきたはずだった。

 全ては自分が、ラビリンスが、この地に足を踏み入れたのが始まりだった。
 強大な悪の力は、それを防ぐ正義の力を呼び起こす。
 スウィーツ王国が立ち上がり、伝説の戦士プリキュアが覚醒した。
 激しい戦いの末に取り戻した平穏な日々。それも、長くは続かなかった。
 強すぎる力は、それに対抗する力を呼び寄せてしまう。この敵もまた、自分とアカルンを狙って現れたモノ。

「お前の力を寄越せ!」

 フュージョンは、パッションを包み込み、吸収しようとする。

「パッションを……離して……」
「アタシが……相手よ。まだ戦えるわ!」
「もうやめて! 全てを吸収して、一人だけになってどうするの?」

 仲間を取り戻すべく、気力を振り絞って、ピーチ、ベリー、パインが立ち上がる。
 もう、戦える力なんて残っていない。もちろん、パッションにも――

「私の能力を吸収して、どうするつもりなの?」
「全ての世界に渡り、全てを一つにする」

 絶対に認められない。
 そんなことは、絶対にさせない。たとえ、勝ち目など無いとしても――

 生きることに、絶望したことならあった。
 生きることを、諦めたことならあった。
 だけど、生まれてきたことを、呪う最期なんてまっぴらだ。

(私の命に代えても!)

 なんて……都合のいいセリフだろうか?
 全ての世界を救う代償には、そんなものではまるで足りない。
 かと言って、釣り合うものなど、自分が持ち合わせているはずもなかった。

(いいえ、あるわ。今の私には、命より大切なものが!)

 大切な、仲間との絆。最愛の、家族との繋がり。大好きな、優しい街の人たち。
 手放そうとしていた自分に、捧げる資格なんて無いかもしれないけど……。

 パッションは、ある者に呼びかける。酷いことをしていると思う。その相手は、決して自分の頼みを断わらない。
 それは、最初にイースを信じてくれた友達。最後まで、パッションと運命を共にしてくれた戦友。せつなに戦う意味を教えてくれた、最高のパートナー。
 幸せの赤いカギ――プリキュアの妖精アカルンだった。

「キィ――!」
「跳べる――のね? 一度だけ? ええ……それで構わないわ」

 アカルンの声もまた、苦しげな響きを伴っていた。今の状態も、何時まで保つかわからない。
 だけど、一体どこに行けばいいのだろうか?
 活火山の火口に放り込むのか? 深海の底に飛び込むのか?
 いや、相手は灼熱と絶対零度の支配する、宇宙空間を渡ってきた化け物だ。その程度で倒せるとは思えない。
 いっそ、ラビリンスのデリートホールに身を投げるか? しかし、アカルンごと吸収されては、脱出も時間の問題だろう。

(うんと、遠いところがいい。誰も行ったことのない、誰も戻って来られないような場所)

 そんな都合のいい場所なんてあるはずがない。
 それでも、アカルンはパッションの意思を汲み取って力を蓄える。
 それに伴い、フュージョンが苦しみの形相を浮かべる。鉛色に濁った体内から、幾筋もの閃光が奔る。
 もう、考える時間も体力もなかった。これが最後の力、そしてチャンス。
 刻一刻と、心も身体も蝕まれていくのだから。

(守りたい……。せめて、――だけでも!)

 腰のリンクルンに意識を集中させる。これは、異世界の壁すら越えて仲間との絆を繋ぐもの。
 フュージョンに聞かれぬように、会話を交わすこともできるはず。

「離れていても、心は繋がっている。私たちは、いつだって四人。そう教えてくれたのは、あなたたちだったわね。
だから、私は大丈夫。――この街のことは、お願いね」

 パッションは、臨界まで力を蓄えたアカルンに命じる。
 世界を繋ぐ奇跡の花、プリズムフラワーの力が作り出す虹の回廊。
 その果てに秘められた可能性。あるかどうかもわからない、まだ見たことのない、異郷の地に望みを託す。

「どこか、別の世界に! こいつを倒せる可能性のある、力ある世界に!」

 アカルンが赤色の光を放つ。パッションですら、これまで見たこともないほどの強烈な輝きだった。
 本来は、アカルンが行ったことのある場所か、一緒に居る誰かが知っている場所でなければ、瞬間移動は発動しない。
 まして、悪しき力と一緒に転移するなんて、限界を遥かに超えた力の放出だった。
 空間はありえない方向に歪み、通常は開かれるはずのない道に繋がる。そして、パッションとアカルンとフュージョンは、四つ葉町から完全に姿を消した。






『赤い翼の輪舞曲――ひとつながりの世界――』






 チッ、チッ、チッ、
 耳元で、小鳥のさえずりが聞こえる。
 サワサワとそよ風が吹いて、森の葉が揺れる。

 穏やかな陽気の、春の昼下がり。
 せつなは、優しい自然の調べに意識を呼び覚まされる。
 爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込みながら、「うーん」と両手を突き出して背伸びした。

「あれは……夢だったのね。悪夢なんていつ以来かしら」

 口に出してつぶやく。そうして確認しないと、現実の出来事になってしまいそうだったから。
 今でも震えが走るほどに、リアリティに溢れた夢だった。
(それにしても……)と、せつなは不思議に思う。
 どうして、自分はこんな所で寝ていたのだろう? そもそも、ここは一体どこなのだろうか?

 起き上がり、自分の身体を眺める。そこで――一気に顔色が青ざめた。
 着ている服は、普段の洋服じゃなくて、もちろん制服でも、パジャマでもなくて――
 練習用のジャージですらない、全国大会に備えて祈里が作り上げた、本戦用のダンスユニフォームだった。

 ハッと気が付いて、せつなは腰に手を当てる。
 しかし、期待していた感触は得られなかった。せつなのリンクルンは、ホルダーごと消失していた。

「夢じゃ……なかった。でも――どうして? アカルンだけ居なくなって、なぜ私は無事でいられるの?」

 せつなの表情から笑みが消え去る。愛らしい少女は、刃物のような鋭さを持った戦士へと変貌する。
 動揺したのは、ほんの一瞬だけ。彼女にとっては、戦いも日常の一部でしかない。
 全身の神経を研ぎ澄ませて気配を探る。

 フュージョンは、殺気を持たない。相手を滅することを目的としていないからだ。
 それでも、生きて動くものであれば、気を発し体温を宿すものであれば、近くにさえ居れば気付かないはずはなかった。

「何も感じない。本当に、私一人だけ? だとしたら、ここはどこなの? どう見ても、ラブたちのいた世界じゃない!」

 あえて、四つ葉町とは言わなかった。少なくとも、せつなはこの場所を知らなかったからだ。
 だけど、望んだような異世界だとは、とても思えなかった。
 ラビリンスでは失われてしまった自然を、山や、森や、海を備えた異世界ならいくつも知っている。
 しかし、これは間違いなく人間の作り出した世界だった。
 それも、文明の進み具合と方向性において、不自然なまでに四つ葉町に酷似した世界。
 森には、人の足で踏み固めた林道があり、丸太で組み上げた階段もあった。
 何より、遠くに見えている巨大なアンテナ。あれは図鑑で見た、天文台と呼ばれる建築物の一部に違いなかった。

「とにかく、ここがどこなのか確かめなければ……」

 せつなは周囲に気を配りながら、慎重に森を下る。見れば見るほどに、そこは四つ葉町に似ていた。
 そして、足元に決定的な証拠を発見する。

「これは……」

 上向きに付いた蕾から覗く、小さな白い花びら。ハート型の、三つに分かれた葉っぱ。
 せつなのよく知る、シロツメクサの花畑が広がる。稀に幸せの素を生み出す、クローバーの群生地だった。

「こんな異世界なんてあるはずがない。ここは四つ葉町? 少なくとも、その世界のどこかってことね」

 似たようなことは、以前にもあった。占い館でソレワターセに襲われた時、絶体絶命のピンチを救ったのはアカルンだった。
 その時も、アカルンはイースを無事に外に運び出してから、行方を眩ませていた。

 今回の状況から考えて、異世界への転移は失敗し、どこか別の街に跳んだと考えて良さそうだった。
 その後、アカルンはパッションをフュージョンの体内から排出し、再び、別の場所に瞬間移動したのだろう。
 しかし、その場合、アカルンは既にフュージョンに取り込まれた可能性がある。
 アカルンは、せつなが一緒の時にしか瞬間移動を発動させたことはない。しかし、完全に吸収されたとしたら、単独での能力使用も不可能とは言い切れない。

「だとしたら……。ゆっくりは、していられない!」

 リンクルンを失った今の自分に、フュージョンに対抗できる力があるとは思えなかった。一刻も早く四つ葉町に戻って、ラブたちと合流する必要がある。
 それが無理なら、せめて通信手段だけでも確保したい。そうすれば、ラブたちだけでなく、ウエスターやサウラーとも相談できるかもしれない。
 せつなは、下り坂となった林道を一気に駆け下りる。
 その先には、四つ葉町に勝るとも劣らない、大きな街並みが広がっていた。






「異世界ではないとしても、隣町ってわけでもなさそうね……」

 せつなが街に入り、最初に抱いた感想がそれであった。
 街の規模としては、恐らく四つ葉町と同じくらいだろう。面積と人口密度なら、大差はなさそうだ。
 違うのは、纏った空気。華やかで陽気と言えばいいのだろうか? あたたかくて素朴だった四つ葉町とは、確かに趣の異なる街であった。

 具体的な特徴としては、西洋風の建築物が多いこと。イベント等に使用されると思われる、施設や設備が多いこと。
 そして、何より目を引いたのは、交通手段が充実していることだった。
 道路は全般的に広く作られており、歩道もただ歩くには、不自然なほどの幅があった。
 なぜか、車道の真ん中に線路が敷かれており、車やバスに並走して、単一車両の電車が走っていた。
 視線を上げると、変わった電車はそこにもあった。高架橋が街の中心に立ち並び、橋の上ではなく、外壁の下側に線路が走っている。
 見ていると、その線路に釣り下がるようにして、車両が通過していった。通常の鉄道ほどの速度は出ないだろうが、あれなら街の機能を損なわず、騒音も立てずに走行することができる。
 まるで、大きなイベントのために、大勢の人が移動するのを前提に作られた街であるかのようだった。

「みんな楽しそう。クローバーフェスティバルの雰囲気に近いのかしら」

 街には、至る所で陽気な音楽が鳴り響き、大通りには、派手な衣装で路上パフォーマンスを行う人々も見受けられる。
 そのおかげで、せつなはさほど不審に思われることなく歩き回ることができた。
 それでも気恥ずかしくなって、隠れるわけがないのに両手で身体を覆いたくなる。今のせつなは真っ赤なユニフォーム姿であり、それなりに他人の注目を集めているのだ。
 せめて羽織る物くらい手に入れたかったが、残念ながらお財布はライブハウスのロッカーの中だ。
 目立ちたくはないのだが、この格好では人通りの少ない場所ほど違和感を持たれるだろう。自然と、足は人の流れる方向を目指していた。

 所持金も持ち物も一切なく、衣服も、街には馴染めないダンスウェア一着だけ。やれることはあまりにも少ない。
 ここから歩いて帰れる距離に、四つ葉町があるとは思えない。連絡を取ろうにも、それにすらお金は必要だろう。
 途方に暮れながら歩いていると、交番の前にさしかかった。ここなら、無料で位置情報と連絡手段を確保できる。
 自分の格好に躊躇しながらも、せつなは交番の門をくぐった。

「すみません、お尋ねしたいことがあるんですが」
「はい、なんでしょう?」

 交番としては比較的小さいようで、まだ若い、温和そうな警察官が一人で事務作業を行っていた。
 せつなは少しだけ緊張を解いて話しかける。

「ここはど……いえ、四つ葉町にいる友人と連絡を取りたいんですけど、携帯をなくしてしまったんです。電話をお借りしたいんですが。それと、最短の時間で帰れるルートを教えてもらえませんか?」
「四つ葉町とは、どこの県に所在する町でしょうか? そのような場所は聞いたことがないのですが」

「えっ? そんな……」
「少々お待ち下さい。……検索しましたが、やはりそんな地名は存在しないようですね。お嬢さんはどこから来たのか、住所とお名前をお聞きしてよろしいですか?」

 穏やかで親切そうな警官の態度が、やや緊張感を帯びる。その表情には、明らかに警戒の意思が感じられた。

「名前は、東せつなです。住所は四つ葉町の……」
「四つ葉町ねぇ……。どうして、そのような服装で歩いているのかも聞きたいですね。こちらに座っていただけますか」

 警官は、そう言ってせつなに歩み寄ってくる。
 家出少女か何かと勘違いしたのだろう。言葉使いは『お願い』の形を取っているが、それは明らかに命令であった。

「すみません! 失礼します!!」
「あっ! 待ちなさい!」

 警官の足は、思ったよりも速かった。地の利も向こうにある。せつなの運動能力をもってしても、巻くのは中々に大変な作業だった。
 たどり着いたのは大きな広場だった。中央には垂直に聳え立つモニュメントがあり、その先端には釣鐘が下げられている。
 その手前の階段状になった場所に腰をかけて、せつなは呼吸を整えた。






(一体、何をやっているのかしら……)

 せつなは体操座りをして、おでこを膝の上に乗せる。
 可能な限り身体を小さくして、人目に付かないようにするためだ。
 一息ついて、自分が置かれた状況を省みる。それはまさに、救いようが無いとしか表現できないものだった。
 どうにも悔しくて、情けなくて、心細くて、泣きたいような気持ちになる。

 ここは、四つ葉町のある世界ではないらしい。だとすれば、自分には頼れる者は誰も居らず、行くあてもない。所持金も無ければ、着る物もない。
 先ほどの迂闊な行動のせいで、今頃は手配されているかもしれない。もう、この街を自由に歩くことすらできないだろう。
 フュージョンが健在なのは間違いないが、こちらから探す方法はなく、発見したところで対抗手段すらない。
 こうしている間にも、どこかで誰かが、襲われているかもしれないというのに……。

(私の考えが、愚かだったのかもしれない。だけど――)

 他に、どんな手段があったと言うのだろうか?
 戦って、勝てるような相手ではなかった。捕まって、脱出する方法すらなかった。
 ただ、力尽きた仲間を助けたくて。大切な人たちを守りたくて。可能な限り、敵の脅威から遠ざけるしかなかった。

 思えば、ラビリンスのイースだった頃からそうだった。
 いつだって、同じことの繰り返しだった。
 後悔しないように、精一杯生きようとしたところで、
 自分には……正しい選択枝なんて、始めから用意されていなかった。

 ――――――――――――――――――
 ――――――――――――――――
 ――――――――――――――
 ―――――――――――

 ちゃん……おねえちゃん……
 おねえちゃん……おねえちゃん……

「お姉ちゃん、お姉ちゃん、どうしたの?」

 何度目かの呼びかけに、ようやくせつなは、自分のことを指しているのだと気が付く。
 顔を上げると、小学生くらいの男の子が、心配そうにこちらを覗き込んでいた。
 呼ばれているのに気付かないほど、深く考え込んでいたわけではない。
 ただ、自分は一人だから――独りきりだから、誰かに呼びかけられるなんてことは、想定すらしていなかったのだ。

「ごめんなさい、大丈夫よ」

 無理やり笑顔を作って、安心させるように微笑みかける。そこで、お腹がキュ~っと鳴った。
 今朝はダンス大会があるから、軽くしか食べてこなかった。お昼はもちろん抜いている。その上で、激しい戦いを繰り広げたので、随分と疲弊していたのだ。

「なんだ、腹が減ってたのか。じゃあ、はい。これ食べて!」
「えっ? これは……」

 少年がせつなに手渡したのは、ピンク色の箱に入ったお菓子と、紙コップに入れられた温かいコーヒーだった。

「へへっ、おれんちで作ってるケーキなんだ。ほら、そこで歌ってるねーちゃんに差し入れで持ってきたんだけど、また取りに帰ればいいからさ」
「でもっ、私はお金なんて持ってないし、タダでもらうわけには……」

「いいから食べなよ! うちの店には売るほどあるんだからさ。じゃ、すぐ戻るから、遠慮なんかしちゃダメだぜ」

 新しいケーキを取りに帰るつもりなんだろう。少年は、背を向けて元気よく走り出した。
 せつなは、何か声をかけようとして、その子に向かって手を伸ばす。

 その時、その子の身体が――その子の身体の周囲だけが――
 円形の影に包まれた。






“ようやく、見つけたぞ……”


 殺気とは違う、何か強い視線のようなものを感じて、せつなは上空を見上げる。
 モニュメントの頂上から、球状の物体が落下してくる。それこそが、少年の周囲に影を作り出した正体だった。

「フュージョン!? 危ない、逃げてッ!!」

 既に、少年とは十メートル以上の距離が開いていた。せつなの足で全力で駆けても、敵の落下速度には及ばない。
 そう悟った瞬間、せつなは叫ぶ!
 両手を胸の前に合わせて、大きく開く!


“スイッチ・オーバー”


 体内に電流が駆け巡り、全身の細胞が戦うための配列に切り替わる。
 柔らかな白銀の髪が風に流れる。純白の衣は淡く光り、真紅のダイヤが胸に輝く。
 それは、鋼の檻を切り裂く刃。友の愛を剣に変え、イースが手にした新たな力。大空を翔ける自由なる翼。

 ユラリ、とイースの身体が揺らぎ、次の瞬間には姿を失った。
 同時に、フュージョンが落下する。しかし、予想された惨劇は起こらなかった。
 遠く離れた場所で、イースは少年をそっと地面に降ろした。

「お姉ちゃん……だよね? 一体、どうなってるの?」
「話は後で。危険だから、できる限りここから離れるの。いいわね?」

 それは――体重を消して、一瞬の内にトップスピードに乗せる、神技と呼べるイースの体術だった。

 イースは油断なく構えて、フュージョンと対峙する。
 勝ち目など無くても、戦いは避けられない。ただ、その前にどうしても確認しておきたいことがあった。

「一つだけ教えて。アカルンは、あなたの中なの?」
「そうだ。次はお前と一つになる」

「その様子だと、私が居なければアカルンの力は使えないみたいね」
「……吸収すれば、同じことだ」

「そう。残念だけど、これであなたの目的は叶わなくなったわ!」

 戦端を開いたのはイースからだった。心に一つの決意を秘めて、フュージョンに特攻をかける。
 放出系の技は吸収されるとしても、元々イースにはそのような技の持ち合わせがない。
 イースが得意とするのは、高い機動力を生かした肉弾戦だ。そして、物理的な攻撃ならば、ある程度の効果があることも確認済みだった。

 イースは息を大きく吸い込み、筋肉を限界まで引き絞る。小柄で軽い体格を活かした、たった一つの戦闘方法。
 精神を統一し、集中力を極限にまで高める。体内時間が加速し、相対的に世界の速度が引き下げられる。
 そして、矢のように、否、弾丸のように肉体を撃ち出す。
 あまりの疾さに、通常は抵抗を持たない空気が、壁となってイースを阻む。
 歯を食いしばり、大気を切り裂いてイースは跳ぶ。

 瞬発力を武器として戦う、イースの本領が発揮される。
 数多の生命の寄せ集めである、フュージョンの唯一の弱点。それは、反応速度だった。
 無限の意思を内包するが故に、一瞬の判断が遅れる。統一人格と、単一人格の、それは決定的な違いだった。
 大技を捨てて、体術に特化したイースの拳が、蹴りが、弾幕となってフュージョンに襲いかかる。

「ハァアアア――!」
「調子に――乗るなッ!」

 フュージョンの、渾身の拳がイースを襲う。それは、まるで幻であるかのようにイースの体を素通りする。
 イースの、超高速の回避だった。
 しかし、攻撃はそれで終わらなかった。勢い余ったフュージョンの拳は、そのままコンクリートで舗装された地面をえぐる。
 爆砕音と共に、瓦礫が無数のつぶてとなって追撃をかける。
 そのことごとくを、イースは両腕で打ち払い、高速の体捌きで凌ぎきった。

「見事だ。だが、そんな動きはいつまでも続くまい」
「続く限り、戦うまでよ!」

 押し気味に戦いを進めていたイースだったが、その言葉通り、余裕のあるのはフュージョンの方だった。
 打撃は有効ではあるが、決定打にはならない。体勢をいくら崩したところで、止めを刺す手段がイースにはない。
 やがては体力が尽きる時がくる。フュージョンは、それを待つだけでよかった。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 ついに、イースが力尽き、バランスを崩す。パンチを放ったはずが、体が泳いで転倒してしまう。
 膝が震えて、そのまま立ち上がることすらできなかった。

「苦しいか? 私と融合することで、その苦痛からも解き放たれる」

 フュージョンは右手を突き出して、五本の指を触手のように伸ばす。

「言った……はずよ。あなたの目的は、叶わなくなったって!」

 イースの瞳が、決意の炎で赤々と燃え上がる。此処に至って、もう、迷いは無かった。
 結末を見届けることはできなくなるが、ここが望んだ通りの世界なら、こいつの命運はとっくに尽きている。
 ならば、自分は最後の役目を果たすのみ!

 イースは右手の拳を開き、手刀を握りこむ。同時に、五本の触手が襲いかかる。
 決着の瞬間――運命の刻。その緊迫した戦場を、美しくも猛々しい声が、真っ二つに切り裂いた!

「ちょーっと待ったぁ――ッ!!」

 せつなと同じくらいの年頃の、四人の少女が駆けて来る。
 先頭は、クセっ毛の、長い茶髪をツーサイドアップに括っている子。見るからに快活そうで、今の声も、この子が発したらしかった。
 次に、柔らかそうな薄茶色の髪を、ハーフアップに結った、大人しそうな子。
 続いて、黒髪をワンサイドアップに結んだ子。先ほど、広場で歌っていた子だった。
 最後は、橙色の髪をショートボブに切り揃えた子。この子だけは背丈も小さくて、小学生だと思われた。

 駆け付けた四人は、イースを庇うようにフュージョンとの間に割って入る。
 体長三メートルを超えるフュージョンの異形を見ても、恐れる様子はまるでない。
 黒髪の少女が振り向き、イースに申し訳なさそうに謝った。

「あなた、大丈夫? 遅くなってごめんなさい。コイツ、なんかヤバイ感じがしたから、街の人たちの避難を優先してたの」

 彼女と同い年くらいの二人も、揃って振り向いた。一人は瞳に強い光を宿し、もう一人は穏やかな空気をまとって語りかける。

「もう心配いらないよ。後はわたしたちに任せて、そこで休んでて」
「エレンから聞いたわ。私の弟を助けてくれて、ありがとう」

 最後に一番小さな少女がチラリとイースを見て、一番大人びた口調でこう言い放つ。

「あなたのこと、アイツのこと、後でちゃんと聞かせてもらうからね」
「あなたたちは……?」

 その問いには答えず、四人はフュージョンに向かい合う。
 一人は、激しい闘志を浮かべて。一人は、強い意志を湛えて。一人は、緊張感を漲らせて。最後の一人は、慎重に様子をうかがいながら。

「みんなの大切な広場をめちゃくちゃにして……。あなたは誰? 何が目的なの?」
「お前たちがこの世界を守る力か? ならば、その力もいただこう」

「……あなたにも、音は聴こえるんでしょう? 楽しかった音楽は鳴り止み、みんなの笑い声も聞こえなくなった。
こんなことは――」


「「「「絶対に許さない!!!!」」」」

 四人は、ハート型のコンパクトを取り出して掲げる。

「ドドッ」「レレッ」「ララッ」「ドドッ」

 ジュエル型の小さな生物が空を舞い、四つの音と光を放って、コンパクトに装着される。


“レッツプレイ・プリキュア・モジュレーション”


 変身の掛け声と共に、空にト音記号の模様を描く。
 コンパクトの中央部から浮かび上がった始まりの記号は、光り輝く五線譜を伸ばして少女たちの身体を包み込んだ。

 四色の光から紡ぎ出される新しき姿。

 茶色のツーサイドアップの髪は、鮮やかなピンクのツインテールに。
 薄茶色のハーフアップの髪は、レモンイエローのポニーテールに。
 黒いワンサイドアップの髪は、紫色のサイドテールに。
 橙色のショートボブの髪は、緩やかなカールのかかったロングヘアーに。

 衣装だけではなく、身体まで変化させるそれは、まさに変身。
 ドレミファソラシド……と軽やかなオクターブの響きと共に、聖なる儀式が完結する。


“爪弾くは荒ぶる調べ! キュアメロディ!”
“爪弾くはたおやかな調べ! キュアリズム!”
“爪弾くは魂の調べ! キュアビート!”
“爪弾くは女神の調べ! キュアミューズ!”


「「「「届け! 四人の組曲! スイートプリキュア!!」」」」

 ピンク、ホワイト、ブルー、イエロー。可憐なる衣装に身を包んだ、美しき女神たちが光臨する。
 全パラレルの中でも、スウィーツ王国のみに存在すると伝えられる――

『伝説の戦士プリキュア』

 それは、存在しないはずの、二組目の神秘であった。
 起こり得るはずのない奇跡を目の当たりにして、ただ立ち尽くすイースの前で、激しい戦いが繰り広げられようとしていた。



最終更新:2013年02月17日 09:55