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赤い翼の輪舞曲 第5話――異世界からの来訪者――




“ビート・ソニック!”

 キュアビートの指が一閃し、ラブギターロッドの弦を弾く。発生した音は、ラリーの力によって音符型のエネルギーに変換される。
 符頭は矢羽に、符幹は矢柄に、符尾は矢尻に。弦のうなりはパルスとなって、音符の表面をビリビリと波立たせる。こうして生まれた矢は、一斉にフュージョンに向かって放たれた。

「こんなもの――」

 フュージョンが右手を払っただけで、その大半は打ち落とされてしまう。

「フッ、何の役にも――」

 振り払われた音符は地面に突き刺さり、爆発して粉塵を上げる。残った音符はふいに軌道を変え、フュージョンの顔面を狙う。
 空いた腕で顔を庇うフュージョン。その背中に、ビートソニックの第二波が突き刺さる。

「グッ! 背後からだと!?」
「音は――操るものでしょう?」

 ビートの凛とした声が響く。が、それに答える暇は無い。土煙の収まりつつある正面には、キュアメロディとキュアリズムが肉薄していた。

「「ハァアア――!!」」
「調子に、乗るなっ!」

 ビートソニックで体勢を崩したフュージョンに、メロディとリズムがストレートパンチを繰り出そうとする。
 しかし、フュージョンは人型を取っているだけで、骨格も無ければバランスも存在しない。すぐに持ち直して、カウンターを取るべくパンチで迎え撃つ。

 接触まで――3・2・1

 タイミングはほぼ同時! 相打ちになるかと思われた矢先、メロディとリズムの姿が視界から消失する。

「なにっ!? どこだっ!」
「失礼ね! 私なら、ここよーっ!」

 フュージョンの正面に突如出現したキュアミューズが、身体ごと突き上げるような強烈なボディフックを放つ。
 メロディとリズムの陰に隠れていたが、ミューズも二人の真後ろに付いて来ていたのだ。
 小さな身体に秘められた、強大なパワーが炸裂する。
 そして、腹を押さえて前のめりにうずくまるフュージョンに――


“プリキュア・スイート・ハーモニーキック!!”


 上空高くから、落雷のような勢いでメロディとリズムの跳び蹴りが炸裂する。コンマ一秒も違わぬ正確無比なタイミングは、まさにハーモニーの名に相応しい。
 ハンマーが釘を打ち付けるかのように、二人の放った蹴りはフュージョンの後頭部に直撃した。
 うめき声一つ上げる暇もなく、フュージョンは頭から地面にめり込む。

「勝負あった! もう人を襲わないと約束するなら、このまま見逃してあげてもいいよ」

 圧倒的な強さを見せる、異世界のプリキュア。
 そのリーダーであるキュアメロディは、うずくまるフュージョンを前に、高らかに勝利を宣言した。






『赤い翼の輪舞曲――異世界からの来訪者――』






 フュージョンは身じろぎ一つせず、メロディの問いかけにも答えない。
 ダメージが大きいのか、立ち上がる気配もなかった。

「ちょっと! ダメよ、メロディ。こいつの正体も、目的だって聞いてないのに」
「そうだけどぉ、これ、なんか生き物みたいだし……」
「倒そう! ビートじゃないけど、わたしもコイツ、なんかヤバイ気がするの」

 動かなくなったフュージョンを前に、停戦を呼びかけるメロディと、躊躇するリズム。そして、殲滅を提唱するミューズ。
 その三人が、突然バランスを崩して転倒した。

「わわっ!」
「なにっ?」
「何かが足に絡み付いて……」

「お前たちの力をいただこう!」

 倒れて、両手を地面に突いていたフュージョンは、そのまま地中に触手を伸ばして、足元から三人を拘束したのだ。
 巨大な身体の中心に、ぽっかりと穴が開く。そこに彼女たちを引きずり込もうと、フュージョンは触手を強力な力で手繰り寄せる。

「いけないっ! 助けないと!!」

 それまで観戦していたイースが、捕らわれた三人の救出に向かおうとする。
 戦いを他人任せにするつもりはなかったが、あまりの息の合った戦いぶりに、自分の参戦は返って邪魔になるのではないかと躊躇していたのだ。
 そんなイースを、落ち着いた……というより、やや緊張感のない、のんびりした声が引きとめた。

「大丈夫ニャ!」
「大丈夫って、あれに捕まったら最後よ!」


“ビート・ソニック!”


 その声を掻き消すかのような、激しいギターの響き。
 上空から、雨のように音符型のエネルギーが降り注ぐ。その鋭い矢が、メロディ、リズム、ミューズを拘束していた触手のことごとくを断ち切った。

「フフ~ン、お生憎様! ただ油断してたわけじゃないの。今はビートのソロパートだよ!」
「ありがとう! ビート」
「本当は、ちょっと焦ってたクセに……」

 腕を組んで格好を付けるメロディ、お礼を言うリズム、ジト目で突っ込みを入れるミューズ。自由を取り戻した三人は、ビートと合流して戦闘を再開する。
 怒りに任せて猛攻をかけるフュージョンを相手に、まるで危なげなく戦う四人。フュージョンの攻撃は、どれもかすりもしなかった。

「凄い……まるで、フュージョンの動きを先読みしてるみたい」
「読んでるんじゃなくて、聴いてるんだニャ」

「ネコが、しゃべった?」
「さっきからしゃべってるニャ! それとー、ハミィはネコじゃなくて、メイジャーランドっていう国の――」

「ごめんなさい、それは今はどうでもいいわ」
「ハニャニャ~。どうでもいいかニャ……」

 ハミィと名乗るネコ――のような生物は、気を取り直してイースに解説する。その、まるで要領を得ない説明を要約すると……。
 フュージョンの拳は風を切り、踏み鳴らす足は大地を揺さぶる。そして、息吹は大気を震わせるのだと。
 そこまでならば、イースにも理解できる。それらは敵の気配を感知する基本技術に過ぎない。驚くべきは、その先にあった。

「全ての音は、自然が奏でる音楽なんだニャ。メロディたちは、そのリズムを聴いてるんだニャ」
「複合生命体であるフュージョンに、一定のリズムなんて存在しないわ。その変化の幅まで掴んでいるというの……」

 一体、彼女たちはどれほどの修羅場を潜り抜けてきたのだろうか? これほど強大な敵と相対しながら、落ち着いて動きのリズムを読み切るとは――
 それはつまり、フュージョンを超えるほどの敵と戦ってきたことの証でもあった。
 イースは確信する。彼女たちならば、フュージョンを倒せるかもしれない。いや、きっと倒せると!
 フュージョンを倒せる可能性のある、『力ある世界』。その力こそが、彼女たちスイートプリキュアであると。

「みんな聞いて! フュージョンは放出系の攻撃を吸収するの。中途半端な技では、返ってパワーアップさせてしまうわ」
「わかった! 教えてくれてありがとう。え~っと――」

「私は、東せつな。この状態の時はイースでいいわ」
「わかった、イース。最大の技で一気に決めるから、そこで見てて!」

 メロディがイースに答える。そして全員が目配せし合うと、ミューズが一歩進み出た。

「つまり、放出系の技じゃなければいいのよね? おいでっ! シリー!!」
「シシー!」

 音符の妖精シリーが、ミューズのキュアモジューレの内部に入り込む。ミューズはそれを持ち替え、オカリナのように吹き鳴らす。

「シ、の音符のシャイニングメロディ!」

 フュージョンが、ミューズの動きに気が付いた。大技と見て、標的を彼女に切り替える。
 巨体から繰り出す豪腕が、一心に音を奏でる無防備なミューズに襲い掛かり――
 そして――突き抜けた。

「なにっ!?」

 フュージョンの拳に貫かれたミューズは、何事も無かったかのように、キュアモジューレを持つ腕を水平に伸ばす。
 いつの間にか、フュージョンは五人に増えたキュアミューズに取り囲まれていた。


“プリキュア・シャイニング・サークル!”


 五人のミューズが構えたキュアモジューレが、鏡となって聖なる光を繋いでいく。
 そのラインは、破邪の五芒星を描いてフュージョンを包み込んだ。

「身体が動かない? 力が抜けていく!?」
「みんな! 今だよ!!」

 メロディの元に、ミリーとドリーが飛来する。両手の指を鳴らし、生まれた音を音符に変える。二つの音符を重ねて出現する、神秘のアイテム――

「奏でましょう、奇跡のメロディ! ミラクルベルティエ! おいで、ミリー! おいで、ドリー!」
「ミミー!」
「ドド!」

 リズムの元に、レリーとファリーが飛来する。リズムは軽やかに舞い、ステップを踏み鳴らす。出現する、華麗なるアイテム――

「刻みましょう、大いなるリズム! ファンタスティックベルティエ! おいで、レリー! おいで、ファリー!」
「レレ!」
「ファーファー!」

「ミラクルベルティエ、セパレーション!」
「ファンタスティックベルティエ、セパレーション!」

 それぞれのアイテムの両端にフェアリートーンを装着し、中央部分から二つに分ける。
 ハンドベルのように振ってエネルギーを蓄えていく。分散和音と短三度和音が、連なる音のエネルギーとなって燃え上がる。

「溢れるメロディの、ミラクルセッション!」
「弾けるリズムの、ファンタスティックセッション!」


“プリキュア・ミラクルハート・アルペジオ!”
“プリキュア・ファンタスティック・ピアチェーレ!”


 地面を這うように、ハート型のエネルギーが迸る。
 メロディはピンク色とオレンジ色の炎で、リズムは白色と黄色の炎で、フュージョンの身体を聖なる炎で包み込む!

 ビートの元にソリーが飛来する。力強く弦を弾く。

「弾き鳴らせ、愛の魂! ラブギターロッド! おいで、ソリー!」
「ソソ!」
「チェンジ! ソウルロッド!」

 フェアリートーンを装着し、ビートのアイテム、ラブギターロッドは、射撃モードであるソウルロッドへと変形する。
 始まりの記号、ト音記号のシンボル。ロッドを回転させて、その先で大いなるリングを描く。

「かけめぐれ、トーンのリング!」

 照準――セット! 発射!!


“プリキュア・ハートフル・ビートロック!”


 ビートの指がトリガーを引き、放たれた青い輪はフュージョンの身体を拘束する。

 ミューズの元にシリーが飛来する。フェアリートーンを装着したキュアモジューレを手に、ミューズは軽やかにターンする。
 その腕の先、モジューレが描いた大いなるリングは、弾けて黄色い水玉となる。

「シ、の音符のシャイニングメロディ! おいで、シリー!」
「シシー」

 ミューズの笛の音が鳴り響き、水玉の先に符頭が生えて音符となる。
 周囲に浮かぶ無数の音符は、突き出した手を合図に一斉に放たれる。回避不能の全方位の音符は、巨大な水玉となってフュージョンを包み込んだ。


“プリキュア・スパークリング・シャワー!”


 四つの異なる巨大なエネルギーに包囲されて、フュージョンは動くこともできない。
 リズミカルなカウントと共に、その包囲の幅が狭まっていく。
 指揮棒のように、ミラクルベルティエ、ファンタスティックベルティエ、ソウルロッド、キュアモジューレが振るわれる。

「「「「三拍子! 1――2――3――!!」」」」


“フィナーレ!!”


 四人が勝利を確信し、ポーズを決める。
 強大なエネルギーの大爆発。直視出来ないほどの光が一帯を覆い尽くし、フュージョンが絶叫を上げた。

「やったわっ!」
「ダメニャ!」

「えっ! どうして?」
「本当に技が決まったら、癒されて眠るはずニャ。叫んだってことは……」

 それは、抵抗されたということだった。
 ハミィの危惧が的中し、爆発の閃光が削り取られていく。
 その後に現れたのは――

 四人の技を吸収し、一回り巨大化したフュージョンだった。

「そん……な」
「ウソッ!」
「やっぱり、とんでもない化け物だったわね」
「みんなっ、来るよ!」

 先程までとはまるで違う、倍近い速度でフュージョンが距離を詰める。
 高速の踏み込みに対応できず、フュージョンの右腕の一閃で、メロディ、リズム、ビート、ミューズの四人は石ころのように弾き飛ばされた。

「これで終わりか? せっかくの忠告も役には立たなかったようだな」

「なんて――力なの!?」
「動きだって、さっきまでとはまるで違う……」
「技が通じないだけならともかく、自分の力に変えるなんて」
「シャイニングサークルの効果も消されてる」

 技を破られた動揺から、彼女たちのリズムが乱れる。
 それは、同時に敵のリズムが掴めなくなることでもあり――

「「「「キャアアア――!!」」」」

 四人で固まっているところを、フュージョンの、水平に大きく薙ぎ払うようなパンチで散らされる。
 広場のモニュメントに叩きつけられた四人に、容赦なく追撃が迫る。


“ビート・バリア”


 一番ダメージの軽かったビートが、とっさに球状の防御壁を張る。
 しかし、集中が浅かったせいか、単に相手の攻撃の威力が高すぎたせいか、次の一撃であっさりと破壊されてしまった。

「終わりだ!」
「終わらないわっ!」

 振り下ろすような、フュージョンの拳が受け止められる。
 四人の前に、立ちはだかる白き立ち姿。風になびく、柔らかな銀の髪。

「イース!?」

 イースの口から、苦しげなうめき声が漏れる。両手で受け止めたというのに、腕は震え、膝は曲がり、足は地面にめり込んでいく。
 しかし、瞳は炎のように燃え上がる。
 勝ち目なんて関係なかった。相手が何者であろうと、そんなもの関係なかった。
 絶望を知れども、諦めを知らず。降伏は選択肢に存在しない。ラビリンスのイースであることを捨てた日から、固く心に誓った想い。
 それは、自分より先に、誰も死なせないことだった。

「立って! あなたたちはまだ負けてないわ。それに、勝てるから戦ってるわけじゃないんでしょ?」

「そうだね。わたしたちプリキュアは、全ての人の幸せを守るために戦っている!」
「絶対に負けられないから、何度だって立ち上がる!」
「まだ、わたしの心のビートは止まっていないわ!」
「どんなピンチだって、女神の調べで包んでみせる!」

「「「「心に音楽が響いている限り、わたしたちは絶対にあきらめない!!」」」」

 イースが小さな笑みをこぼす。変わらない。世界は違えども、プリキュアの魂は変わらない。
 それが――なんだか、とても嬉しかった。

「行くわよっ! ハアッ!!」

 フュージョンの押してくる力を利用して、イースが一本背負いの要領で投げ飛ばす。
 ダメージはない。当然だ、地面に叩きつけたくらいで倒せる相手なら、始めから苦戦なんてしていない。
 それでも、その一撃によって生まれた隙は、五人が態勢を立て直すには十分な時間だった。

 一瞬の睨み合いの後、今度は五人と一体の戦闘が再開される。される、はずだった――
 パタパタパタと頼りない羽ばたきで、フクロウの雛のような姿の、一羽の小さな白い鳥が戦場に舞い降りる。
 それは、ちょこんとメロディの頭の上に降り立った。

「ちょっと! ピーちゃん!? こんなとこに来ちゃ危ないよ!!」
「ピィィー!」

 ピーちゃんと呼ばれた小鳥は、小さな声で抗議するようにメロディに向かって鳴く。
 その後、フュージョンに向かい合い、不気味に赤く光る瞳で睨み付けた。


“ギィヤァァ――!!”


 小鳥は、その小さな身体から発したとは思えないほどの声量で啼く。
 変身して、気持ちが高揚しているはずのイースですら、魂が震え上がるほどにおぞましい声。
 それは威嚇であり、恫喝であり、怒りであり、最終警告であった。

「……今日のところは引き上げよう」

 フュージョンは、体組織を液状に変化させ、アメーバのような粘体となって排水溝を目指す。
 それを追いかける気力は、イースにもプリキュアたちにも残ってはいなかった。






 フュージョンが去り、人気の無い公園に静寂が戻る。
 状況からして、この鳥がフュージョンを追い払ったのは間違いない。しかも、一瞬ではあるが、強烈な殺気のようなものを感じた。
 イースは警戒心を顕わにして、メロディの頭の上に乗っている小鳥を睨んだ。

「ああ、この子は大丈夫だよ。ピーちゃんといって、わたしたちの仲間なんだ」
「本当よ。色々あったんだけど、今は大切な友達なの」

 明らかに普通の鳥じゃない。そもそも、通常の生物だとすら思えなかった。
 だけど、メロディとリズムは、そのことを十分に承知した上で、仲間と認めているようだった。

「そう。事情がわからなくてごめんなさい。私たちを助けてくれたのよね? ありがとう」
「ピィィー」

 目線を合わせて謝り、丁寧にお礼を言うイース。小鳥は気にした風もなく、機嫌の良さそうな響きで小さく鳴いた。

「とにかく、場所を変えましょう」
「そうね。色々と、聞かせてもらいたいこともあるし」

 リズムが、騒ぎになる前に、この場から立ち去ろうと提案する。ミューズも、今の敵について知りたがっていた。
 メロディが頷いて変身を解除する。他のみんなに続いて、イースもせつなの姿へと戻った。

「これ、あなたのよね? グシャグシャになっちゃったけど」
「ええ……あの子に謝らないと」

 ビートだった子が、ペシャンコになったケーキの箱を持ってきた。元々は、彼女のために用意されたものだ。

「大丈夫よ。うちに帰れば、まだたくさんあるもの。そうだ! みんなの分も用意するから、私の部屋でお茶にしましょう」
「さ~んせ~い!!」
「はぁ~、よくそんな気分になれるわね」

 リズムだった子が、つぶれたケーキを受け取ってせつなに微笑みかける。さっきの男の子の姉だと言っていたことを思い出した。
 メロディだった子は、ケーキが食べられるのが嬉しくて仕方がないらしい。食いしん坊というのは、プリキュアのリーダーの必要条件なのかもしれない。
 ミューズだった子は、明らかに最年少に見えるにも関わらず、一番しっかりしていた。最初はせつなを警戒してるのかと思ったが、どうやら逃がしたフュージョンの対処法を真剣に模索しているようだった。

 歩きながら、名前だけの簡単な自己紹介を済ませる。着いたところは、『LUCKYSPOON』という看板を掲げた、街のケーキ屋さんだった。
 ピンクを基調とした優しい雰囲気のお店で、門をくぐると、甘い、美味しそうな香りが漂ってくる。
 入って早々に、男の子に声をかけられた。

「姉ちゃんおかえり! おっ、アコも一緒だったのか。あっ、さっきのお姉ちゃん!? 良かった! 無事だったんだ」
「奏太君よね? お姉さんから聞いたわ。私の名前は、東せつなよ。せつなと呼んで」

 話しながらも、せつなは奏太にだけ見えるように人差し指を口に当てた。変身を見たことを、他言しないでくれとの合図だった。
 ここにいるメンバーはイースのことを知っているのだが、人前で話題にされてはたまらないからだ。
 奏太も、「心得た」とばかりに片目を閉じてみせる。それは、「後でちゃんと話してくれよ」との意味合いも込められていた。 

「それと、さっきは差し入れありがとう。でも、潰れてしまって食べられなかったの。ごめんなさい」
「そっか、気にすんなって! せつな姉ちゃんが無事ならそれでいいや。何か変わりのもの持ってきてやるよ!」

「それじゃ、カップケーキをいくつか私の部屋に持ってきて。それと、紅茶を人数分ね!」
「へいへい、俺は姉ちゃんに言ったんじゃないんだけどな~」

 奏太は、姉の奏に憎まれ口を叩いてから、店の奥に消えて行った。
 五人は従業員通路を抜けて、奏の部屋へと向かう。

「さあ、遠慮なく上がって!」
「お邪魔します」
「わあ~っ、奏の部屋に入るの久しぶり!」

 奏の部屋は、紫を基調にしたシンプルな作りだった。木質のフローリングに、ラグカーペットと黄色のクッション。
 家具は、大きなクローゼットに、パイプデスクに、シングルベッド。
 どれもそれなりに良い品を選んではいるようだが、女の子の部屋としては、飾り気の少ない、実用性重視の空間であるように感じられた。
 ただ――一点を除いては……。

「ええっ!? これって、肉球!?」
「なんか、気色悪い」
「なんで!? 可愛いじゃない!」
「私、肉球のヌイグルミなんて初めて見たわ……」

 ベッドにはネコの手のヌイグルミが置かれ、机の上のウッドボードには、肉球のアップ写真が何枚も貼られている。
 だんだん、クッションまでもが肉球の形をしているような気がしてくる。
 初めて奏の部屋に入るエレンは、思わず驚きの声を上げた。アコは普段通り、バッサリと切り捨てる。
 ショックを受けて反論する奏に、せつなの感想が追い打ちをかけた。

「ハァ……。だから、あんまり人を呼びたくなかったのよ……」
「ははっ、なんだ、姉ちゃんの悪趣味にみんな引いてんのか?」

「奏太! 私の部屋に入る時は、ノックするようにって言ってるでしょ?」
「そんな言い方ないだろ! 頼まれたケーキを持ってきてやったんじゃないか」

「おお~、奏太、偉い偉い!」
「子供扱いすんなよ、響姉ちゃん」

「じゃ、そこに置いたら出ていってよね」
「なんだよ、アコもいるんだからいいじゃないか」

「ダメよ、女の子だけのお話なんだから」
「ちぇ~っ」

 しぶしぶと奏太が部屋の外に出る。奏はすぐさま部屋のカギをかけた。
 それを合図に、ケーキに目を輝かせていた響の表情が引き締まる。言葉を交わさなくても、気持ちどころか、行動までも通じ合っているのだ。
 はしゃいでいたのは、半分はせつなをリラックスさせるための演技だったようた。

「じゃ、話を進めようか。先に、せつなのこと。あの、フュージョンって奴のことを聞かせてくれる?」
「ええ。突拍子もない話に聞こえるかもしれないけど……」

「大丈夫! せつなのこと、信じるよ」

 響の励ましに勇気をもらい、せつなは話し出す。

「まず、私の名前は東せつなで、変身後の名前はイース。ここまでは話したわね。そしてもう一つ、名前があるの」

 四人と一匹は、せつなの言葉に重さを感じ、口を挟まずに耳を傾ける。

「この世界の人たちは、パラレルワールドを知っているかしら? こことは、異なる空間に有る世界のことよ」
「異世界のことなら知ってるニャ! ハミィとセイレーンとアコの居たメイジャーランドがそうニャ」

 ハミィの言葉に、せつなは少なからずショックを受ける。知らない――そんな世界は、ラビリンスにおいても確認されたことがない。
 そんなに知らない世界がたくさんあるのなら、そもそもメビウスの『全パラレルの支配』って野望すら、まるで意味を成さなくなるだろう。
 これまで信じていた常識が、根底から覆されていくような気がする。しかし、今はその疑問を口にするよりも、不完全でも、自分の知識をみんなに伝える方が先だった。

「私には聞いたことのない世界ね。そして、そんなパラレルワールドは他にもあるの。その中に、こことそっくりな世界があって、私は、その世界のプリキュアだったの。キュアパッションと呼ばれていたわ」
「プリキュア!?」
「そんなっ! 私たち以外にも、プリキュアが居たなんて……」
「響、奏。大事なのは、そこじゃないわ」
「それで、あなたはどうしてこの街に来たの? あの、フュージョンっていう化け物とは、どんな関係なの?」

 響と奏が驚きを隠せず、思わず大きな声を上げる。逆に、エレンとハミィは素直に受け入れた様子で、真剣な面持ちで話を聞いていた。
 アコは、事件の核心部分の説明を要求する。赤い縁取りのメガネの奥の瞳が、知的な光を湛えていた。
 せつなは苦しそうな表情を浮かべる。全ての災厄は、自分が招いたこと。とっさの判断だったとは言え、思慮が足りなかったと思う。
 自分は、この世界のことを、何も考えていなかったのだから……。

 一瞬の逡巡の後、せつなは意を決して口を開いた。

「私は、この世界に――あなたたちに――助けを求めに来たの」



最終更新:2013年02月17日 09:58