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赤い翼の輪舞曲 第8話――急襲! メイジャーランド!!――




 加音町の街を、風を切るようにして少女たちが駆け抜ける。通行人は驚いて振り返るが、その時にはもう後姿しか見えない。
 先頭を響が走り、次いでせつな、少し遅れて奏が続く。

 一刻も早く、調べの館に行かなければならないのは分かるのだが……。

(なんて――身体能力なの?)

 前方を走る少女を見て、せつなは密かに舌を巻く。
 響は、時々後方を振り返りつつも、美しいフォームでグングンと加速していく。
 既に、せつなですら全力疾走に近かった。しかも、響の上体の角度からして、まだ力を残していることが分かる。
 せつなの感嘆は、何も響にだけ向けられたわけではない。奏もまた、遅れ気味であるとはいえ、このペースの疾走に付いて来ているのだ。

(こんな平和な世界に生まれ育っておきながら、ラビリンスの幹部級の力があるというの?)

 響も奏も、恵まれた世界の、恵まれた家庭環境に生まれた子供だった。しかし、その環境に甘えず、常に自分を磨き続けてきたのだろう。
 知り合って日も浅いが、せつなは彼女たちのことを認めないわけにはいかなかった。
 やがて、調べの館の入り口の西洋門が見えてくる。その先にある音楽堂の手前に、小さな女の子が立っていた。

「もう! 遅いよ、響、奏、せつな」

「ごめんっ、アコ」
「ねえ、メイジャーランドの様子はどうなってるの?」
「それが……あれからは連絡がないの」
「話は後よ。戦いは始まってるんでしょ? 急いで行きましょう!」

「わかった。鍵盤よ、わたしたちを、メイジャーランドに導いて!」

 アコが空に手をかざすと、虹色に光る階段のようなものが現れる。それは、あっという間に空の彼方まで伸びて、先の方は視認することもできなくなった。

「これを――昇っていくの? ずいぶん時間がかかりそうね……」
「大丈夫。一歩踏み出せば、後は鍵盤がメイジャーランドまで運んでくれるわ」

 初めてで戸惑っているせつなの手を、アコがしっかりと掴む。響と奏も急いで駆け寄った。
 いざ、出発しようとする四人の前に、上空高くから小さな鳥が飛んできた。
 パタパタと羽音を鳴らして、響の手のひらの上に降り立つ。

「ピーちゃん! どこに行ってたの? 朝から姿が見えないと思ったら」
「どうしよう、響。連れて行った方がいいのかしら?」
「考えている暇なんてないよ。早く行かないと、パパやママたちが――」

「ねえ、響、奏、アコ。この子って、こんな色をしていたかしら?」
「何言ってるの? ピーちゃんは白いに決まって……って、えっ?」
「身体が――元の色に戻ってる!?」
「もうっ! 今は色のことなんて……って、これは!」

「ピィ――!」

 昨日までは真っ白だった小鳥の体毛が、黄緑色に変化していた。
 通常の鳥ならば大した問題ではないだろう。成長の過程で体の色が変わる鳥だっている。
 だけど、この子の色には、大きな意味があるはずだった。
 まるで、何かを伝えるように、小鳥は一声鳴いて飛び立った。それは、階段が続く空とは逆の方向で――

「待って! ピーちゃん!」
「ダメよ響! 探している時間なんてないわ」
「心配だけど、ピーちゃんは後回しにしよう。今は――みんな戦ってるの!」

 響たちは、互いに顔を見合わせて頷き合うと、このまま出発することにした。
 せつなも黙って頷く。この世界の事情に疎い自分が、迂闊に口を挟むべきではないと思ったからだ。
 響、奏、アコ、せつなの順で、空へと伸びる長い長い鍵盤の上を、滑るように進んでいく。

 戦闘の渦中にある、メイジャーランドを目指して――






『赤い翼の輪舞曲――急襲! メイジャーランド!!――』






 全世界の音や音楽を生み出す国“メイジャーランド”。『伝説の楽譜』に記された『幸せのメロディ』を、選ばれし歌の妖精に歌わせることで、全世界の平和を守る役割を担う。
 建築技術や楽器の製造技術は人間界よりも高いが、不思議な力を原動力にしているため、科学技術はほとんど発達していない。
 中世のヨーロッパを思わせる雰囲気を持っており、自然豊かな世界でもある。人の手の入っていない、秘境や魔境といった土地も数多く存在する。
 まばらに存在する街や村では、人間と妖精とが、共に音楽を奏でながら仲良く暮らしていた。

 その世界の中心が、メイジャーランド王宮だ。大変に美しい城で、門下には城下町を、頂には巨大な竪琴のオブジェを抱く。
 純白の羽飾りを付けたオブジェは、もちろんただの飾りではない。「幸せのメロディ」の増幅装置でもあり、全世界にその力を伝える役割を持つ。
 また、女王アフロディテの竪琴とリンクしていて、緊急時には不可視の防壁を作り出して人々を守る。
 その防壁が、今、最大限の力で張り巡らされていた。

「大丈夫ですか? アフロディテ様」
「心配いりません。それよりも、住人の避難は完了したのですか?」

「街の住人の大半は城内に匿いました。しかし、逃げ遅れた者が、城下町の大音楽堂に取り残されているらしく……」
「メフィストはどうしているのです?」

「ただいま結界の外で、三銃士と共に騎士団を率いて戦っておられます」
「救出に向かう余裕はないということね?」

「残念ながら……」

 アフロディテと呼ばれた女性の表情が、お供のオウムの報告を受け、苦悩の色に染まる。
 金髪のロングヘアーに、真っ赤なバラの髪飾り。白とピンクの、肩から足首までを覆う豪華な貫頭衣。何より、衣装に負けぬ風格を漂わせた立ち姿。
 この国の最高権力者の一人であり、元メイジャーランドの女王である。最も、夫のメフィストに王位を譲った今でも、彼女は全国民から敬意を持って女王と呼ばれていた。

「それにしても、この者たちは何者なの? どこからこんなにたくさん……」
「そいつの正体は、フュージョンと呼ばれる一体の化け物です。アフロディテ様」

「セイレーン! 戻ったのね、お疲れ様。ではあれは、その化け物が増えたものと考えていいのですね?」
「はい。私は加音町で、一度遭遇して戦っています。その時には、分裂する能力なんて無かったのですが……」

 蒼い顔をしたエレンが、荒い息を吐きながら女王に申告する。彼女自身、キュアビートとして先程まで最前線で戦っていたのだ。

「でも、なんでこっちに居るのかニャ? ハミィたちは、あのひゅーどろを倒したくて、音吉さんにヒーリングチェストを返してもらいに来たんだニャ」
「ひゅーどろじゃなくてフュージョンよ、ハミィ。でも、本当に、どうやってメイジャーランドに……」
「何か、事情がありそうですね。お父さま……音吉は、あの化け物を叩くと言って、一足先に王宮を出てしまったのです」

「だったら、私が探してきます。音吉さんは街の方に行ったんですね? 音楽堂の人たちも、私が助けてきます!」
「いけません! 一人では危険よ。街には敵の本体がいるわ。それに報告されただけでも、数百の敵がひしめいているのよ」

 アフロディテは、はやるエレンを引きとめようと説得する。たった今、アコに連絡を取ったから、他のプリキュアの到着するのを待つべきだと。
 しかし、エレンは首を振って反論する。

「困っている人々を救うのがプリキュアの使命です。それが一分でも、一秒でも、危険だなんて理由で躊躇することはできません」
「でも! あなたにもしものことがあったら……」

「お言葉を返すようですが、音吉さんやヒーリングチェストにもしものことがあったら、それこそ全世界の希望が失われます」
「……わかりました。でも、くれぐれも無茶はしないでね」

「大丈夫です! 行ってきます!」
「ハミィも行ってくるニャ!」

「ダメよ。ハミィはここでお留守番してて」

 ソリーとラリーを引き連れて、エレンに同行しようとしていたハミィは、それを聞いて勢い余って床につんのめった。
 彼女は歌の妖精であり、『幸せのメロディ』の歌姫でもある。音符を操る不思議な力を持っていて、ノイズたちとの戦いでも、幾度となくプリキュアのピンチを救ってきた。
 だから、まさか「ついて来るな」なんて言われるとは思わなかったのだ。

「なんでニャ!? これまでだって、ハミィは一緒に戦ってきたニャ」

「だって、今回は私一人だもの。庇いきれる自信がないわ」
「それなら大丈夫ニャ! ハミィは、逃げ回るのは得意ニャ!」

「無理よっ! 今回の敵は普通じゃないの。あなたは、『幸せのメロディ』の歌姫よ。ハミィにもし何かあったら、世界中が不幸になってしまう」
「でも、セイレーンに何かあったら、ハミィが不幸になってしまうニャ……」

 ハミィは涙声になってエレンに訴える。確かに、分裂増殖したフュージョンのひしめく街に打って出るのは、自衛手段を持たないハミィには命取りだ。
 しかし、だからこそそんな場所へ、エレン一人を向かわせることなんてできなかった。

「ハミィは、ずっとセイレーンと一緒ニャ……」
「ねえ、ハミィ。私のことを心配するなら、尚のこと、あなたには安全なところに居てほしいの」

「どうしてニャ?」
「私は、ハミィを助けたくてプリキュアになったの。だから――」

 エレンはハミィを抱きあげる。もう、同じ高さの目線で話をすることはできない。頭をくっつけ合って気持を伝えることはできない。
 だけど、両手で抱き上げることならできる。身体を張って、守ってあげることならできる。
 そのための、人間の姿なんだと。

「私はハミィを守る時にこそ、本当の力を出すことができる。だから、ハミィにはどうしても無事でいてほしいの」
「……わかったニャ。でも、ぜ~ったい! ぜぇ~ったい! 無事に帰ってくると約束するニャ!」

「うん、約束する!」

 エレンは力強く頷き、アフロディテに向き直る。女王も目でエレンの無事を祈り、竪琴を手に取った。

「行きますよ、セイレーン。バリア解除! 今よ!!」
「はい! 行ってきます!!」

 エレンは城の窓から飛び降りる。キュアモジューレを握り締め、変身のキーワードを口にする。


“レッツプレイ・プリキュア・モジュレーション”


 フェアリートーンのラリーが、キュアモジューレに装着される。下部のスイッチを押して、内部装置を起動させる。
 中央から生まれたト音記号が、回転して激しい光を放つ。
 浮き出た始まりの記号は、ブルーの五線譜を伸ばして少女の身体を包み込む。
 蒼い衣装に紫色のサイドポニー。髪飾りには、メイジャーランドの象徴の二枚の羽が広がる。


“爪弾くは魂の調べ! キュアビート!”


 超高度からの落下は、プリキュアですら危険だ。しかも、下では無数のフュージョンが、メフィストや騎士団と激しい戦いを繰り広げていた。


“ビート・ソニック”


 キュアビートの指が一閃し、ラブギターロッドの弦を弾く。発生した音は、ラリーの力によって音符型のエネルギーに変換される。
 矢となって飛ぶ音符の一つに掴まり、ビートは空から街を目指した。






「はぁぁ――!」

 ビートの拳が、何体目かのフュージョンを打ち砕く。その一撃だけでフュージョンの身体は崩れ落ち、液体となって地面に吸収された。
 拳を振り回す間にも速度は緩めず、全力で道路を駆け抜ける。立ち止まれば囲まれてしまうからだ。
 目指す大音楽堂の手前でビートは足を止める。まるで正門を封鎖するように、フュージョンの大群が待ち受けていた。
 数は十体以上で、形は人型から球体まで様々だ。

「そこを通してもらうわ! ビート・ソニック!!」

 何十もの音符が、矢となってフュージョンを狙う。緩やかな弧を描いて突き刺さり、着弾とともに爆発を起こす。
 それで敵を一掃し、ビートは油断なく身構える。

「本当に、これで終わり? 歯ごたえが無さ過ぎる……」

 ビートの知っているフュージョンは、ノイズの完全体に迫るほどの化け物だった。
 しかし、今、相手にしているのはまるで――

(音吉さんの本で読んだことがある。ス○イムって雑魚モンスターが、ちょうどこんな感じだったはず)

 ビートは、獣のごとき本能で周囲の気を探る。
 しかし、この辺りの敵は全て倒したようだった。地下から襲い掛かってくる心配もなさそうだ。
 不気味な気配は、むしろ目的地である音楽堂の中から感じられた。

(ここに、逃げ遅れた街の人が居るって話だったけど、多分……)

 ビートは、ラブギターロッドを弾き鳴らす。発生したビートソニックの何本かを音楽堂の扉に叩きつけて、残りの矢を纏って屋内に乗り込む。
 そこは、無数のフュージョンのひしめく巣のようなものだった。ボトボトと、天井から球体の化け物が落下し、左右と奥からは、人型の化け物がゾンビのように押し寄せる。

(読み通り!!)

 ビートは、ギターの弦を弾いて纏った矢を上方に放つ。続いて、第二射、第三射を乱れ撃ちに掃射した。
 それで、二百は超えていたと思われる化け物の何割かを仕留める。しかし、これまでの相手とは、その後の動きが違っていた。
 崩れ落ちた仲間を、残った化け物が吸収する。そして、健在している化け物同士でも、吸収と融合を繰り返し、数を減らしつつも巨大化していった。

「なるほど、確かにあなたたちが本体のようね」
「………………」

 二十体ほどになった、フュージョンとビートが対峙する。
 融合したフュージョンは、それまでとは見違えるほど知的で俊敏な動作を行う。ビートと一定の距離を取り、包囲しつつ、徐々にその輪を縮めていく。
 しかし、ビートの反射神経はそれを凌駕した。もともと、プリキュアの中でも最速の敏捷性を誇るのがキュアビートだ。
 あっさりと包囲を破って、一体のフュージョンの背後に回り込む。

「まずは一体目!」

 ビートの渾身の拳が、フュージョンの頭を打ち抜く。

「二! 三! 四!」

 左右から迫るフュージョンを、足場にするように蹴り上げて破壊する。そのまま高く飛び上がり、肘を落下させて後方の敵を粉砕した。

「残り……クッ!」

 たった今、倒したはずの敵が再び起き上がる。四体だった数は、より大きな二体に姿を変えて――

「………………!」
「――そんなっ!」

 融合した大型のフュージョンは、更に動きの切れを増していた。動揺して反応が遅れたビートは、その攻撃を避け切れなかった。
 激突の瞬間、思わず目を閉じて衝撃に備える。
 しかし、いつまで経っても、打撃も来なければ痛みも感じない。恐る恐る目を開けると……。
 四方に斬り裂かれ、崩れ落ちる二体のフュージョンの姿があった。

「ご無事~♪」
「ですかぁ~♪」
「セイレーン様ぁ~♪」

「あなたたちは……トリオ・ザ・マイナー!」

「ひっどいですなぁ、セイレーン様! 我らはもう、マイナーなどではありませんぞ」
「そうです! この美しい私をリーダーとした、メイジャーランドの三銃士!」
「どうでもいいけど、リーダーはセイレーン様でしょ。バリトン」

『その通り~♪』

「げ……元気そうね。バスドラ、バリトン、ファルセット。助けてくれてありがとう」
「なんの。セイレーン様のためなら、たとえ火の中、水の中。ましてやこーんな下等生物、我々だけで葬ってご覧にいれましょうぞ!」

 バスドラが宣言し、バリトンとファルセットが頷く。どうやら本当のリーダーは彼らしい。
 三人の手には、それぞれ一振りの長剣が握られていた。

「気をつけて! 王城や街に居た連中たちとは、比べ物にならないくらいの強敵よ!」
「心配ご無用っ!」
「私たちは、王国の守護を預かる三銃士」
「伊達に、騎士団の頂点を名乗ってはいないんですよ~」

 トリオ・ザ・マイナーが一斉にフュージョンに斬りかかる。
 一閃! 二閃! 三閃! 
 三人は、ビートですら目で追うのがやっとの剣捌きで、次々に化け物を切り刻んでいった。

「やるじゃない! それにしても、よくこんなに早く来られたわね?」

 援軍が到着して、気持ちに余裕の生まれたビートが素朴な疑問を口にする。
 自分は城の屋上から、そのまま空路で街に来たのだ。そこを見られていたとしても、城門で戦っていた彼らがこんなに早くたどり着けるはずがない。

「フッフッフッ」
「こうやって」
「来たんですよぉ~!」

『行くぞ!』

 バスドラが叫び、全身に気合を込める。続いてバリトンとファルセットが、同じく赤いオーラを纏う。
 そのまま上空に飛び上がり合体する。三人は一塊のエネルギー体と化して、フュージョンの群れの中心に体当たりした。


“トリプル・マイナー・ボンバー!!!”


 着地と同時に衝撃波を引き起こし、頑丈なはずの建物の一部が損壊する。
 直撃を受けた五体ほどのフュージョンは消滅し、周囲の敵も少なからぬ傷を負った。

「いかがですか? セイレーン様」
「私に惚れてはいけませんよ」
「少しは僕たちを、見直してくれました?」

「な~んだ、やっぱりマイナーなんじゃない」
「ガ~ン……。感想はそれですか、セイレーン様」

「冗談よ。こんなに強い技だったのね」

 心強い仲間を得たビートは、フュージョンに攻勢をかける。一気にここを攻略して、音吉を捜索し、王城に戻らなければならない。
 しかし、フュージョンは倒れても倒れても復活する。数を減らせば、その分だけ強くなる。
 ビートたち四人対、フュージョン十数体の、激しい戦いが繰り広げられた。






「はぁ、はぁ、はぁ……」
「残り十体ですね……」
「って……全然減ってないってことぉ!?」

 タフを売りにするバスドラですら、荒い息を吐く。剣で切り裂くこと数十体、拳で打ち砕くこと、それ以上。
 しかし、倒しても倒しても復活し、フュージョンは更に力を増して蘇る。数に物を言わせた雑魚と侮っていた彼らには、信じがたい光景だった。

「落ち着いて! 三人とも。このままじゃラチがあかない。必殺技で決めましょう!」
「ならば!」
「私たちに」
「おまかせあれぇ~♪」

 トリオ・ザ・マイナーは、フュージョンを挑発しながらその周囲をぐるぐると回り始める。
 三人がそれぞれ別のルートで周回し、交差することによって、音楽堂の中央に敵の一団を束ねる。

「よぉし、やれいっ!」
「リーザーは、私なのにぃ~♪」
「相変わらず、偉そうにぃ~♪」

 三人の出した五線譜は、集結したフュージョンの群れをがんじがらめに縛り上げる。

『今です! セイレーン様!!』
「わかったわ! 任せて!」

 ビートが頷き、ラブギターロッドの弦を弾く。

「弾き鳴らせ、愛の魂! ラブギターロッド! おいで、ソリー!」
「ソソ!」
「チェンジ! ソウルロッド!」

 フェアリートーンを装着し、ビートのアイテム、ラブギターロッドは、射撃モードであるソウルロッドへと変形する。
 始まりの記号、ト音記号のシンボル。ロッドを回転させて、その先で大いなるリングを描く。

「かけめぐれ、トーンのリング!」

 照準――セット! 発射!!


“プリキュア・ハートフル・ビートロック”


 ビートの指がトリガーを引き、放たれた青い輪はフュージョンの群れを旋回する。
 リズミカルなカウントと共に、その包囲の幅が狭まっていく。指揮棒のようにソウルロッドを大きく振り回す。

「三拍子! 1――2――3――!」


“フィナーレ!!”


 大爆発を起こして、フュージョンが浄化されていく。後に、黒い染みのようなものを残して――

「お見事! やりましたな、セイレーン様」
「敵に回すと、やっかいだけどぉ~♪」
「味方にすると、頼もしぃ~♪」

「もう、それはあなたたちのことでしょう? でも、ありがとう」

 ビートはボロボロになった音楽堂を見渡し、悲しそうに目を伏せた。街で一番の音楽堂だった。巨大なドームでは、毎日のように楽しい音楽が奏でられて……。
 もちろん、不思議な力で作られたメイジャーランドの施設である以上、街の人たちさえ無事なら、復旧は難しくない。
 そう、無事ならば……だ。
 ここは逃げ遅れた人々の避難場所になっていたはず。彼らがどうなったかなど、もはや考えるまでもなかった。

 ビートは、音楽堂を出ようと壊れた扉に手をかける。そこで、ゾクっとした感覚が背筋を走った。
 猫科特有の超感覚。何故だかわからないが、「ヤバイ」と本能が危険を告げていた。

「バスドラ、バリトン、ファルセット。伏せてっ!!」

 ビートがそう叫ぶと同時に、何かが音楽堂に落ちてくる。落下というよりも、狙撃だった。隕石が落ちたような激しい衝撃に、音楽堂は見る見るうちに破壊されていく。
 上からだけではない。横からも、容赦なく打ち付ける。建物が壊れるほどに、その隙間を広げるようと飛礫は襲いかかる。
 ビート、バスドラ、バリトン、ファルセットは、身体を丸めるようにして、それらが静まるのを待った。

「今のは一体?」
「あ~びっくりしました」
「ご無事ですか? セイレーン様」

 ビートは答えない。青ざめた表情で、先程フュージョンを仕留めた跡の“染み”を見つめる。
 その染みは徐々に盛り上がり、先程飛来した礫を引き寄せて、取り込んで大きくなっていく。

「みんな――逃げて! 私が時間を稼ぐから、早く!!」

 瞬く間にフュージョンは蘇り、天井に届くほどのサイズの化け物として成長した。
 もう、戦うとか、倒すとか、そんなことは考えられなかった。その威圧感は、加音町で相手をした時とは比べ物にならない。
 到底、一人でなんとかできるような相手ではなかった。

「その命令には従えませんな」
「逃げるならセイレーン様からです」
「さもなくば、僕たちも最後までお供しますよ」

「あなたたちは、私をリーダーと呼んだはずよ。従いなさいっ!」
『できません!!!』


“ビート・バリア”


 上空に殺気を感じ、ビートは直感でラブギターロッドの弦を弾く。フュージョンの拳が、寸でのところで受け止められる。
 ただ無造作に腕を振り上げて、下ろしただけの単純な攻撃だった。その一撃で、ビートのバリアーが粉々に打ち砕かれる。
 しかも、フュージョンの拳は止まらずに、ビートの太もも辺りを直撃した。

「キャアア!」

(しまった! 足が……)

 十分に威力を殺したはずなのに、それでも腰から下の感覚が無くなっていた。
 もう、走ることも、いや、歩くこともできないだろう。
 ビートは苦痛を堪えて、平気なフリを装って無理やり立ち上がった。そして、再びバリアーを展開する。
 もちろん、通用するとは思っていない。ただ、無いよりはマシといった程度の、“緩和材”でしかない。
 それは、トリオ・ザ・マイナーにも伝わっていて――

「お願い、みんな――ハミィを守って!!」

「承知……しました」
「どうか――」
「ご無事で!」

 問答などしていられるような状況ではないと判断したのだろう。自分が足手まといになっていると悟った三人は、速やかにその場を離脱した。
 その姿を見届け、ビートはホッと一息つく。
 フュージョンはこれで全てとは限らず、ここは戦略的に守るべきものが何もない場所だ。こんな所に戦力を集中させているわけにはいかない。
 まして、敵わないとなれば尚更だった。

(それも、言い訳よね……)

 さっき、思わず出た本心に、ビートは苦笑いする。
 これまで、「全ての人の幸せを守るため」に戦ってきたはずだった。メイジャーランドも、加音町も、もちろん心から愛している。
 響も、奏も、アコも、せつなや、二つの世界の人々全員を大切に思っている。

(だけど、私が何を置いてもまず守りたいのは……。一番大切なのは――)

 フュージョンの拳が再び振り上げられる。今度はさっきとは違う。明らかに力が込められていて、腕の先は赤い光すら放っていた。

(これまでね。ゴメン、響、奏、アコ、せつな、……ハミィ!!)

 フュージョンの腕が振り下ろされる。その拳が――
 ビートのバリアーに触れることもなく落下した。

(えっ!?)

「やれやれ、危ないところじゃったの」
「音吉さんっ!」

 ビートが視線を上げると、身体を屈めて、剣を鞘に収めている音吉の姿が目に入った。
“抜刀術”と呼ばれる剣技を、ビートは音吉の蔵書から思い出していた。
 音楽堂に飛び込んだ音吉は、居合い抜きの技で、一瞬にしてフュージョンの腕を斬り落としたのだろう。

「待たせてすまんの。後は――わしに任せておくんじゃ」
「私も一緒ですよ」

「クレッシェンドトーン!」

 音吉はビートを庇うように前に出る。ヒーリングチェストの蓋が半分開き、そこから柔らかな光が零れている。
 クレッシェンドトーンも、本気で戦うつもりのようだった。
 音吉は、スラリと剣を抜き放つ。反りのある、片手用の長剣だった。いや、この世界の武器ならば、意思の力一つで形状すらも変えられるはず。
 意匠を施された豪華な刀身は、音吉の力を証明するかのように神々しい光を放つ。

「行くぞ!」

 フュージョンが再び攻撃を仕掛けてくる。音吉は、怯むことなく迎え撃った。






「こんな……戦い方もあるなんて……」

 それは、信じられない光景だった。体長十メートルはあろうかというフュージョンが、枯れた老人でしかない音吉に一方的に押されているのだ。

「そんな短い剣で、フュージョンを斬れるはずが……」
「いや、斬った!」

 ビートの不安を、音吉はたった一振りで否定した。
 その言葉と同時に、フュージョンの体躯が真っ二つに分断される。もちろんすぐに再生するのだが、その前に更に何重にも斬り刻まれていく。
 フュージョンもやられてばかりではない。四肢を高速で振り回して反撃する。

 俊敏性など、何十年も前に置き忘れてきたように見える音吉は、しかし意外な回避能力を見せた。
 最小限の足捌きで、ギリギリに攻撃をかわしていく。敵の打撃が生み出す風圧と、地面を打ちつけて生まれる振動すらも、己の身体を動かす力として利用する。
 フュージョンの攻撃が嵐だとすれば、音吉は風に舞う木の葉のようなものだった。翻弄されながらも、決して捉えられることがない。

「音吉さんって、一体何者なの? プリキュアじゃないのにヒーリングチェストを使えるし、ノイズを倒したことだってあるんでしょ?」
「わしは、しがない老人じゃよ。この国を背負う王子として、ノイズと戦ったことはあったがのう……」
「音吉はですね――」

「わかったわ! “勇者”ね! 魔王や悪しき龍を倒して世界を救う英雄でしょ? 音吉さんの本で読んだの」
「いや、わしはそのぉ、ただの音吉なんじゃが……」
「音吉、あなたはまだそのような本を読んでいるのですか……」

 クレッシェンドトーンが何やら呆れているようだが、ビートの耳には入らなかった。
 考えてみれば、騎士団が国を守り、三銃士が城を守り、魔境の森には魔物がはびこるような世界だ。勇者が居てもおかしくはないだろう。
 音吉は、フュージョンに止めを刺さんと、ヒーリングチェストを高らかに掲げた。

「………………!」
「むっ! いかんっ!!」

 起き上がったフュージョンが、今度はビートに狙いを付けた。音吉には当たらないと踏んだのだろう。
 音吉は、攻撃に使うはずだったクレッシェンドトーンの力を、バリアーに注ぎ込んだ。
 ビートのバリアーよりもはるかに強力な障壁は、フュージョンの攻撃を易々と阻んだ。

「ごめんなさい、音吉さん。まだ立ち上がるのがやっとで……」
「いいから休んでおれ。今は回復に努めるのじゃ」
「さっき、響たちがこの世界に入ったようです。時間を稼ぐだけで十分でしょう」

 フュージョンは、ターゲットをビートに変更したようだった。お陰で音吉は回避することができなくなり、制限のある戦いを強いられる。
 防御に専念しつつ、ビートと音吉は響たちの到着を待つ。

 しかし、時間を稼いでいたのは、彼女たちだけではなかった。

「音吉さん、これは……」
「うむ、すっかり囲まれておるの……」

 未だ健在の、巨大なフュージョンと音吉とキュアビート。
 それらを取り囲むように、無数の黒い影が、その包囲を完成しつつあった。



最終更新:2013年02月17日 10:07