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赤い翼の輪舞曲 第9話――崩壊の序曲"The Day the World Ended" ――




「驚いたわ。こんな移動方法があるなんて」

 せつなは、響、奏、アコと共に、メイジャーランドに続く鍵盤の上を滑空していた。
 この鍵盤は、加音町とメイジャーランドを繋ぐ“通路”であると同時に、不可視の力場で利用者を運ぶ、“乗り物”としての機能を備えている。
 不思議なことに、かなりの速度で飛んでいるにも関わらず、風で視界が遮られることもなく、Gで身体が圧迫されることもない。

(パイプラインのようなもの? でも、これは科学技術じゃないわ。スウィーツ王国のような、神秘的な力の働きを感じる)

「こんな方法? わたしには、他の方法があることの方が信じられないけど」
「う~ん、方法がどうこうっていうか……」
「異世界が現実に存在して、実際に移動できることの方が驚きよね~」

 それも慣れちゃったけど、と言って響と奏は笑う。

 話している間に、メイジャーランドが見えてきた。聞いていた通りの緑溢れる豊かな大地で、空には大きな虹が架かっている。
 純白の城の上には鍵盤状の階段が続いていて、その頂には音楽の国であることを象徴するような、竪琴を模ったオブジェが飾られていた。
 城下には西洋風の街が広がり、その先には巨大な湖が静かに佇んでいる。湖面に城と街とがそのまま映し出されていて、息を呑むような美しさだった。

「見えてきたね。綺麗なところでしょ? こんな時じゃなければ、せつなをゆっくり案内したいのになぁ~」
「もうっ! そんな場合じゃないでしょ。それに響だって、二度ほど来ただけじゃない」
「それはそうだけど……」

 いつものパターンで言い合いを始めそうな響と奏を、せつなが最後尾から制した。

「ちょっと待って! なんだか様子が変よ。静か過ぎると思わない?」
「どういうこと? もともと、メイジャーランドは静かなところなんだけど」

 その声に切迫したものを感じて、アコが不安げに聞き返す。せつなは異変を感じて、表情を強張らせていた。

「こんなに木々がいっぱいなのに、鳥の一羽も飛んでいないのはどうして? 街に、誰も人がいないのはどういうこと?」
「なに言ってるの? 鳥はともかく人なんて、こんな上空から見えるはずないじゃない」
「もしかして、せつなには見えてるの?」

「ええ。戦いを恐れて、屋内に避難してるだけかもしれないけど」
「……急ごう! 鍵盤よ、もっと速く! わたしたちを王宮まで運んで!!」

 アコが手をかざすと、鍵盤がうっすらと輝きを放つ。途端に、滑空速度がさらに上がった。響と奏も、危機感を感じ取って臨戦態勢に入る。
 ところが幾らも行かない内に、せつなが顔色を変えて叫び声を上げた。

「あ……危ないっ!」
「大丈夫、墜ちることはないよ」

「そうじゃないわ! 何か来る――下からよっ!」
「えっ?」
「なっ?」
「きゃああ!?」

 四人の目の前で、鍵盤が音を立てて弾け飛ぶ。まるで地上からの銃撃さながらに、鉛色の飛礫が鍵盤を撃ち砕いていた。
 続いて後方でも、飛礫がうなりを上げる。鍵盤は、あっという間にバラバラの鍵となり、せつな、響、奏、アコは、上空高くから放り出された。

「せつなっ!」
「私なら、大丈夫!」

「わかった。みんな――行くよ!」
「オッケー!」
「うん!」


“スイッチ・オーバー”
“レッツプレイ・プリキュア・モジュレーション”


 自由落下の激しい風圧の中、せつなは両手を胸の中心で合わせ、そして開いた。響、奏、アコも、それぞれキュアモジューレを握り締め、変身のキーワードを口にする。
 地上まで数百メートル。とても、技が使える状況ではなかった。速度を緩める術もないまま、イースとプリキュアは、ただ石ころのように落ちていく。
 やがて四人の前に、視界に収まらぬほど巨大な水面が映る。どうやら下は湖のようだった。最も、それも幸いとは言えないだろう。
 この高さから落下すれば、水面もコンクリートと同じ硬さになるからだ。

(だったら、打ち砕くまでよ!)

 イースは、空中で姿勢を制御して身体を捻る。そして、ありったけの力で、迫り来る水面を殴りつけた。
 それに倣って、メロディ、リズム、ミューズも、それぞれ水面を“攻撃”する。
 直感的にやったことで、理論的に有効な手段ではない。しかし、それぞれ手や足といった尖った部分から着水したため、最小限の抵抗で勢いを殺すことに成功した。

「みんな、大丈夫?」
「ケホッ……なんとかね。メロディほど泳ぎは得意じゃないんだけどな」
「それより、あれは何だったの? あんなに高い所に敷いた鍵盤を破壊するなんて……」

 真っ先に水面に顔を出したメロディが、全員の無事を確認する。変身後の強靭な身体を以ってしても、今のは危ないところだった。
 それぞれ、岸まで泳いで這い上がる。
 目の前にはメイジャーランドの街が広がっていて、その先には目的地の城があった。

「今のは……フュージョンよ」
『えっ!!!』

「私の判断が甘かった。間に合わないかもしれない」

 イースが、厳しい表情で前方を見つめてそう言った。そして、そのまま説明もせずに城に向かって駆け出した。
 メロディ、リズム、ミューズも、慌ててその後を追いかけた。






『赤い翼の輪舞曲――崩壊の序曲"The Day the World Ended" ――』






 それは、異様な光景だった。
 整然と管理の行き届いた生活道路。明るい日射しを浴びた街並みは、一見するとのどかとすら感じられる。
 民家の一つでは暖炉に火が灯り、床には使い込まれた楽器が転がっている。テーブルの上では、温かい紅茶がまだ湯気を上げていた。

「なんてことなの……」

 イースが楽器を大切そうに拾い上げる。音楽のことはよくわからないが、物に込めた想いなら感じられた。

「これじゃ、襲われたというよりも、神隠しにあったみたいだね」
「もしかしたら、みんなお城の方に避難してるんじゃ?」
「違う……。メイジャーランドの国民なら、どんな状況でも楽器を放り投げて逃げたりしないもの」

 街の状態はいたって普通で、住人が不在であること以外に、特に変わったことはなかった。逆に言えば、それが何よりも異常であった。
 どんな国であれ、人は外出するからには、それなりの準備をしていくものだ。災害で避難するにしても、最低限の物は持って行くだろうし、その過程で家の中は荒れるのが普通だ。
 綺麗過ぎず、かつ乱れてもいない。日常の様子から、ただ人の姿だけを狩り取ったような光景。それが今のメイジャーランドだった。
 不安を膨らませつつも、イースたちは王城への道を急ぐ。

「変ね、ここだけ争った痕跡があるわ」
「ここからずっと、城の方まで道が滅茶苦茶になってるよ」

 先頭を走るイースが見つけたのは、ボロボロになったコンサート会場のような建物だった。メロディが、その先に続く道の異常を指摘する。

 イースは建物の中に足を踏み入れた。見上げると、ドーム状の屋根が一部だけ残っていて、激しい戦闘があったことを教えてくれる。
 瓦礫の一部が熱を持っていて、空気も誇りっぽいのは、その戦いが今しがたまで行われていたことを示していた。
 そこから城までの通路には、ずっと抉り取られた跡が続いている。
 そしてその先に、ヨロヨロと動く一つの影があった。

「ビート! どうしたの? 大丈夫?」
「酷い、ボロボロじゃない……」
「一体、何があったの?」

 メロディが真っ先に駆け寄り、リズムとミューズが続いた。
 仲間の一人のキュアビートだった。軽快な動きを身上とする彼女だったが、今は見る影もない。
 それでも、本人は走っているつもりなのだろう。前後左右に大きく重心を振りながら、今にも倒れそうな動きで足を前に出そうとしている。
 メロディは、抱きつくようにしてビートの歩みを止めた。
 その思い詰めた表情から、悔しさと、申し訳無さが伝わってくるようだった。ビートの瞳に涙が浮かぶ。

「メロディ、それに、みんな……ごめんなさい。私……何も出来なかった」
「それじゃわかんないよ。最初から、話してくれる?」

「うん、走りながら話すわ。今は、一刻も早く城に戻らなきゃいけないの」
「わかった。肩を貸すから、つかまって」

「――急ぐわよ!」

 街の様子と今のやりとりだけで、イースは大よその状況を察知して走り出す。メロディは、ビートを背負うようにして続いた。リズムとミューズも、目で合図し合って後に続く。
 道中で語られるビートの話に、ミューズの顔色が一気に青ざめた。それは想像通り、いやそれ以上の、最悪のものだったのだ。

「それじゃ、音吉さんとクレッシェンドトーンも、フュージョンに飲み込まれちゃったの?」
「ええ、私が足を引っ張ったばかりに……。本当にごめんなさい」
「ビートのせいじゃないわ。私たちがハミィと二人だけで行かせたりするから……。そうだ、ハミィは?」

「お城に残してきたの。アフロディテ様とメフィスト様が守っているから、大丈夫だと思いたいけど」
「じゃあ、パパとママはまだ無事なのね?」

「それも保障できないわ。フュージョンは音吉さんを吸収した後、私を置いて城に向かってしまったの」

「弱ってるビートを無視して城に? それって、何が狙いなんだろう?」
「それに、たくさん分裂して弱くなってたのよね? ビートと戦うために慌てて融合したり、一体何を考えてるのかしら」

 わからなくなって、リズムがイースに向かって問いかけた。仕方なく、イースは重い口を開く。

「戦力を一箇所に集中させるのが戦いの基本よ。わざわざ、分裂して散ったのだとしたら、その目的は一つしかないわ」

 回りくどい説明は、絶望的な状況を暗示しているようだった。みんなはイースの次の言葉を、緊張の面持ちで待った。

「点における勝利じゃなくて、面における制圧が目的ってことよ。奴の場合、殲滅と言い換えてもいいわ」
「それって……メイジャーランドの人間や妖精を、一人残らず吸収しちゃう、ってこと?」

「――そうなるわね」

 メロディのストレートな問いかけに、イースは苦しそうな表情で頷いた。

 道を急ぎながら、イースは考える。
 フュージョンの存在意義は、全ての人間と融合して、その意思を統一させること。しかし、それは全世界を視野に入れた最終的な目標だ。
 現段階で、パラレル間移動の鍵となるせつなを放置して、メイジャーランドでの吸収を優先する意味はない。
 単純なパワーアップ目的かとも思ったが、既にフュージョンの力はプリキュアを大きく凌いでいる。今更、そんなことが必要だとも思えなかった。

 こちらの切り札である、ヒーリングチェストを封じるためだろうか? 
 しかし、仮にフュージョンがその存在に気付いていたとしても、目的を果たした今、ビートやイースたちを置いて城に向かう理由はない。

(私は……何を見落としているというの?)

 やがて、王城が見えてくる。
 洗練されたデザイン。きっと美しかったはずの純白の城は、しかし――ボロボロに荒らされていた。
 無残に砕け散り、瓦礫と化した城門。その周囲に散らばる、無数の剣と鎧の残骸。街の様子とは対照的な、激しい戦いの傷跡が残されていた。

「なに……これ」
「ひどい……」
「パパ……。ママ……。そんな――パパ~っ! ママ~っ!」

 ミューズが堰を切ったように駆け出した。二人がいると思われる最上階に向かったのだろう。

「待って! ミューズ、一人で行っちゃ!」

 メロディの制止も、まるで耳に入らないようだった。

「大丈夫、私が追いかける!」
「私はもう平気よ。メロディも行って!」
「わかった。ビートは、後からゆっくり来るんだよ」

 ビートは微笑を浮かべて頷いて、先行するメロディとリズムを見送った。彼女たちが去った後、その表情が厳しく引き締まる。
 ゆっくりなんてしているつもりはなかった。自分だって、ミューズに負けないくらい気になる相手がいるのだ。
 痛んだ脚に鞭を打ち、歯を食いしばって走り出そうとする。その身体が、突然、重力を失ったかのようにフワリと浮いた。
 イースだった。まるで二人三脚のような姿勢で、ビートの肩に手を回す。

「えっ?」
「私につかまって。追いつくわよ!」

 ビートの返事を待たず、ユラリ、とイースの身体が揺らぐ。そして、次の瞬間に二人は姿を失った。
 まるで、身体が銃弾となって撃ち出されたかのような感覚。
 体重を消して、一瞬の内にトップスピードに乗せる。神技と呼べるイースの体術だった。

「その角を――」
「大丈夫、わかるわ」

 イースは傷だらけの床を、障害物を避けながら疾走する。ビートは、振り落とされないようにするのが精一杯で、ほとんど宙に浮いてる状態だった。
 ビートの道案内は必要なかった。先行するミューズたちの足音が、進むべき方向を教えてくれる。
 同時に焦燥感を募らせてもいた。城の中が静か過ぎる。他の音がまるで聴こえない。それは、既に戦闘が終わったことを意味していた。
 イースとビートは、最上階の大広間に続く扉の前で、メロディやリズムと合流した。
 一足速く到着したミューズに、漆黒の影が迫る。演奏会場として使われる大きな広間を、埋め尽くすように存在する物体。
 それは、これまで見たこともないほどに巨大化した、フュージョンだった。

「ミューズっ!」
「待って、メロディ。あれを見て!」
「あれは……メフィスト様!?」

 ミューズを救助しようと、攻撃を仕掛けるメロディをリズムが止める。フュージョンの身体の一部から、人間の上半身が露出していた。
 赤い髪に赤い髭。頭にヘ音記号を模した飾りを着けた、精悍で気品溢れる壮年の男性。
 豪華な衣装に包まれたその姿は、そうと知らぬイースにも、彼がこの国の王であることを教えてくれた。

「くっ、フュージョン! メフィスト様を放しなさい!」
「……………………」

 メロディがフュージョンに呼びかける。しかし、返答どころか、反応すらない。
 その上、どうしたことか、フュージョンはメフィストを露出したまま動こうともしなかった。

「プリキュアの……みなさん。みっともないところをお見せして申し訳ない」
「パパっ!」
「「メフィスト様!」」

「アコ、すまなかったな。わたしは、国王としても、夫としても失格だった。誰一人として、守ることができなかったよ」
「それじゃ、アフロディテ様も?」
「ハミィも飲み込まれたんですか? トリオ・ザ・マイナーも向かったはずです!」

「残念ながら、全員この中だ。わたしはいささか精神支配の抵抗があるらしくてね、まだこうして話もできるが……ううっ」
「パパっ! パパを――放して!!」

 ミューズがフュージョンに攻撃を仕掛ける。壁を蹴り上がり、天井近くから、メフィストの囚われている辺りに跳び蹴りを放った。
 しかし、球状に変化しているフュージョンは、弾力性が上がっていて直接攻撃を受け付けなかった。
 強力なキックをしなやかに受け止めて、体内にめり込んだ脚をそのまま拘束する。同時に、その周囲から触手を伸ばしてミューズの上体の動きを封じ込めた。
 ミューズは芋虫のように身体を捻らせて暴れるが、抵抗も空しく、徐々にフュージョンの中に取り込まれていく。

「ミューズ!」
「いけないっ! リズム!」
「わかった!」

 時間が無い。そう判断した三人は、それぞれ最短のモーションの技の発射準備に入る。
 ビートの指が一閃し、ラブギターロッドの弦を弾く。発生した音は、数十本の矢となって、ミューズを拘束する触手を狙う。
 メロディは、リズムに目で語りかける。心の繋がっている二人に、打ち合わせなんて必要ない。
 瞬時に技の選択を終え、二人の両手が頭の上で打ち鳴らされる。軽やかなステップとダンス。繋いだ手から生まれる、神秘的な光のエネルギーがト音記号を形作る。
 記号は回転し、虹色のエネルギーの奔流となってフュージョンを襲う。


“ビート・ソニック”
“プリキュア・パッショナート・ハーモニー”


 ビートソニックの矢は触手に突き刺さって爆発し、パッショナートハーモニーの閃光は、フュージョンの身体に風穴を開けた。
 しかし、それだけだった。
 切断された触手は、すぐに再生して、取り込まれつつあるミューズを再び拘束する。身体に空いた大きな穴も、一瞬後には再び埋められてしまう。
 技を放った次の瞬間には、それまでと変わらないフュージョンの姿があった。

「そんな……」
「初めて見せた技なのに」
「まるで通じないなんて……」

「ギリッ」

 イースは、悔しさのあまり歯噛みする。パッションならともかく、イースに、この状況で出来ることは何もない。
 そうしている間にも、ミューズの身体は、首から下を残して埋もれつつあった。

「プリキュアのみなさん。そして、見知らぬお嬢さん。どうか、アコのことをよろしくお願いします」
「パパっ!」
『メフィスト様!!!』

 メフィストが、唯一自由になる右手を振り上げる。その掌の先に、眩い金色のエネルギーが収束し、スパークする。
 気合の雄たけびと共に、その拳をミューズの囚われている方向に叩き付けた。

「我が、“聖なる雷”の力を思い知れ! ウオォォ――――!!」

 それは、メフィストの切り札だった。電気変換された気力と魔力が、フュージョンの身体を焼き尽くしながらミューズを目指す。
 ミューズを拘束する身体の組織と触手を蒸発させながらも、決して彼女の身体を傷つけることはない。
 それどころか、父親に抱かれているような温かい光が、失われたミューズの体力まで回復させていくようだった。

 ミューズは自由を取り戻し、そのまま下に落下する。その身体を、すかさずイースが受け止めた。

「ふぅ~、どうやら父親失格にはならずに済んだようだな。アコ、必ず幸せになるんだぞ」
「パパ? パパ……。パパぁ――!!」

 最後に優しい父親の笑顔を浮かべて、メフィストはフュージョンの体内に完全に埋没した。

「よくも……よくも、この国のみんなを! アコのパパとママや、ハミィを……」
『絶対に、許さない!!!』

 メロディが拳を握り締めて叫ぶ。呆然と座り込むミューズを庇うようにして、リズムとビ-トも立ちはだかる。
 三人が、怒りに瞳を燃え上がらせて飛びかかろうとした時だった。

「みんなっ! 逃げてっ!!」

 異変を感じて、イースが叫ぶ。
 巨大な球状の粘体だったフュージョンから、一本の腕が伸びる。その手の先に、金色のスパークが迸る。

「嘘っ! あれは、メフィスト様の……」
「たった今、使ったばかりの……」

「“聖なる雷”よ! それも、大きさが比較にならないわ!」

 メロディとリズムの戸惑いに、イースが確信を持って答える。
 今なら、“邪なる雷”と呼ぶべきだろか? 指向性の稲妻が、周囲の大気を解離してプラズマを発生させる。
 それはメフィストが、フュージョンに完全に吸収されてしまったことを意味していた。

 彼女たちの身体よりも大きな拳から放たれる雷光は、その大きさに比例して、威力も出鱈目に強かった。
 自然界の雷の数百倍にも相当するエネルギーが、硬直する彼女たちに襲いかかる。
 イースはミューズを、メロディとリズムはビートを抱えて跳ぶ。五人とも、辛うじて直撃だけは免れた。

 城全体を揺るがす衝撃の後、発生した爆音が鼓膜に突き刺さる。変身していなければ、それだけで聴力を失っていたことだろう。
 フュージョンの拳は、頑丈な床を完膚なきまでに打ち砕いた。そして、拳が纏った雷光は、更なる破壊の対象を求めて部屋中を暴れ回る。
 音楽堂を兼ねていた、大広間が崩れ落ちる。更に階下を巻き込んで、メイジャーランド城が壊れていく。

「みんな、窓から外に!」

 我に返ったミューズが、割れた窓から外に飛び出した。音符の階段を用意して、みんなを城外へと誘導する。
 全員が脱出するのと同時に、フュージョンが城の倒壊に巻き込まれて落下していった。

「お城が……。パパ、ママ、ごめんなさい……」
「ミューズ……ううん、姫様。力及ばず、申し訳ありませんでした」
「フュージョンはどうなったんだろう?」
「落ちたくらいでどうにかなる相手じゃないわ。きっとすぐに出てくると思う」

「――来るわっ!!」

 フュージョンの気が膨れ上がるのを感じて、イースが警告を発する。これから始まる決戦に備えて、五人の瞳に決意の光が宿る。
 この化け物は、必ずここで食い止めなければならない。例え、どれほど苦しい戦いになっても。
 メイジャーランドのような悲劇を、二度と繰り返さないために!

 城の瓦礫の一部が浮き上がり、弾け飛んだ。それも、一箇所ではなく、あちらこちらから。
 そして、無数の飛礫が上空に撃ち出された。

「えっ!? これはどうなってるの?」
「空が黒く染まっていく……。それに、どんどん離れて行ってる!」
「あれは、私の居た音楽堂を襲った飛礫と同じよ!」
「わたしの鍵盤も、あれに破壊された!」

「――どこに、向かっているというの? まさかっ!」

 イースの白い顔から血の気が引き、文字通り蒼白となる。
 もしかしたら、始めから、何もかもフュージョンの筋書き通りに事が運んでいたのかもしれない。

「ミューズ! お願い、加音町に続く鍵盤を出して! 早くっ!!」
「えっ? うん、行くよ。鍵盤よ、加音町に導いて!」

「みんな、急ぐわよっ! フュージョンの本当の狙いは、加音町に間違いないわ!」

 そう言って、イースは鍵盤に飛び乗った。その言葉の意味することを知って、メロディたちの顔色も変わる。同じく、駆け上がるようにイースに続いた。
 彼女たちを乗せた鍵盤は、高速で移動を開始する。イースたちは一陣の風となって加音町を目指した。






「ねえ、イース。何か知ってるのなら、説明してくれないかな?」
「フュージョンの本当の狙いは、加音町って言ってたわね。それってどういうことなの?」

「知っているわけじゃないわ。ただの憶測よ。間違いであってくれればいいのだけど……」

 ショックで悲しみに沈んでいるビートとミューズに代わり、メロディとリズムがイースに問いかける。
 イースは自分の頭の中を整理していくように、順に話していく。

 まず、どうしてフュージョンがメイジャーランドに居たのか?
 イースの知る限り、フュージョンに異世界間移動を行う能力は無かった。そもそも、メイジャーランドの存在すら知らなかったはずだ。
 だとすれば、事は加音町の広場で戦った時まで遡ることになる。
 広場での戦いで一旦退いたフュージョンは、実は逃げたのではなかった。恐らく地中を移動して、せつなたちを尾行していたのだろう。
 そして、響たちの会話を盗み聞きして、ヒーリングチェストの情報を得た。その後、ビートとハミィの後を付けて、メイジャーランドに潜入した。
 帰り際に自力で加音町に戻ることができたのは、吸収した、メイジャーランドの王族の力を使ったに違いない。

「じゃあ、このまま追いかければ、なんとか間に合うかもしれないね」
「でも、それなら、『本当の狙いは加音町』って結論には繋がらないと思うのだけど?」

 奏の言葉に、イースは沈痛な面持ちで頷く。ここからが――本題だった。

「この予想は外れていてほしいのだけど、メイジャーランドでのフュージョンは、一言も話さなかったわよね?」
「あっ! そう言えば、確かに変だよね」
「そうね。広場での戦いでは、おしゃべりなくらい話してたのに」

「それは私も感じていたわ。メイジャーランドで一番多く戦った私ですら、奴がちゃんと話したのを聞いたことがない。つまり――」

 途中から、ビートが会話に参加する。音楽堂の戦いでも、フュージョンが言語を発することはなかった。

「その通りよ。メイジャーランドのフュージョン全てが、奴の分身に過ぎないのだとしたら……」
「本体は加音町に残ったままで、体の一部をメイジャーランドに送り込んだってこと?」
「メイジャーランドで力をつけた分身が、本体と合流することになったら、ますます手に負えなくなっちゃうわね」

 メロディが、ようやくイースの言わんとすることを理解する。
 リズムは、フュージョンがより強化されるのを心配しているようだった。

「それだけじゃないわ。もしかしたら、メイジャーランドの襲撃自体が、私たちを加音町から遠ざけるための陽動作戦だったのかもしれない」
「もしかして、朝のニュースも!? それじゃ、出発前にピーちゃんが来たのは!」
「私たちを、引き止めるためだったってこと?」

「わからないわ。全ては推測に過ぎない。だけど、もしそうだとしたら、今頃は――」
「それも、もうじきハッキリする。見えてきたよ!」

 足元に、調べの館が見えてくる。メロディたちは、飛び降りるように着地した。

「遅かったかもしれない。街から、喧騒が消えているわ……」

 イースが早くも街の異変を感じ取る。
 人なんて見えなくても、音なんて聴こえなくても、気配の違いは感じられるのだ。

「そんなの、ちゃんと確かめないとわからないよ!」
「私、家の様子を見てくる! メロディも!」
「じゃあ、私たちは街の様子を見に行きましょう。ね、ミューズ」
「うん……」

「私も、この目で確かめなければならない。自分がこの世界にもたらした、不幸の全てを……」

 五人は、それぞれに駆け出した。大切な人の元に、その無事を祈って。
 心配の全てが、杞憂であることを願って――



最終更新:2013年02月17日 10:10